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少年達の甘い逃避行

九十年代の始まりは、二メートルほどの雪山にのぼり、行き交う車めがけて雪玉をぶつけていたらトラックの運転手に見つかりゾクゾクして「こら」と叱られていた。家から近い山のスキー場にバスが止まるとスキーシューズをガチャガチャしながらドシと降りてリフトに乗る。九十年代の音楽が山に流れて、十メートル下の白く染まった森林を見てスキーを揺らす。急傾斜のアイスバーンをガリガリ滑りブレーキが利かなくなると転がって口の中で雪の味がした。ナイターまで繰り返しリフトに乗る。帰りのバスの中ではじっとしてスキーウェアの匂いの中、曇った白い窓に指で絵を描いていた。自宅では、ベトナム戦争の映画を何十回も鑑賞していたのは、父親が日大時代にベトナム戦争や文化大革命が背景にあったからで、その映画を早送りしたり、僕が「巻き戻して」と言ったら父親がデッキをいじらなければならない。その作り物の戦争映像を見た祖父はよく怒っていたが僕と父は静かに眺めていた。僕の部屋で競馬のテレビゲームに夢中になって仮想空間に微かに存在した父はさすがに誕生日には違和感を覚えていた。祖父の兄弟のおじちゃんが小学生の僕に戦争の絵を描いてくれたのでそれを手本に絵を描くようになり、ガチャガチャで手に入れたゴム製の人形で手遊びして戦う世界に没頭していた。自宅の氷柱を眺めながら太平洋戦争について祖父にしつこく聞いていた。
「アラスカの寒い所にいた。アメリカの航空機がきて機関砲と爆撃が始まり、破片がヘルメットを貫通して意識を無くした。ここに傷あるだろ」と祖父は頭部を指さしにこやかな笑みを見せた。
「お。友達来たぞ」と祖父が窓を指さした。
「じゃ。行ってくるから帰って来たらまた教えて」
僕達は空手の試合が終わり弁当を食べながら振り返っていた。
「今日だけだよ!前回は僕が一番だったんだから」
「いぇーい!秀太に勝ったー!」
「バーカ!よし」
「冬休み、もう終わるね。札幌行った事ある?」
「あるある!」
「あるある!」
「真似すんな!」
僕達は小学校の冬休みに晴天の中、歩いて札幌を目指した。夏は草原のこの場所で一面に広がった雪の砂漠を長靴でズシズシと歩いていた。
「凍えるな。大丈夫?」
「大丈夫に決まってるっしょ。な?」
「寒いよね。よし」
「うん。寒い。ここどこ?」
「真っ直ぐ歩けば良い」
ツルツルの路面の上にサラサラの雪がドッサリ乗っている。
「そうなのか!?間違ってたらどうする?」
「直也は、間違わない」
しばらく歩いていると、小屋を発見した。
「小屋だ。倉庫かな?」
「使われてなさそうだ」
その小屋に近づいた。
「おい。入ってみるか?」
「よしが先に入れ」
小屋の扉を開けて入ったが誰もいなかった。
「よし?暖かい?」
「外よりは暖かいよ。入れよ直也達」
三人で小屋の中にいた。
「タバコだ」
「駄目だよ」
「ジャジャーン!マッチ発見した!吸おうよ」
秀太は咳き込んでむせた。
「うわっ!吸わない方が良いよ」
「やめとけ。秀太」タバコはジュッと消えた。
「この瓶、お酒?」
「やめようぜもう」
「いや、喉乾いたから、飲む」と言って僕はお酒を飲んだ。
「まずいよこれ。喉熱い」
「ウオッカ?って書いてるの?」
「ひぇ」ザワザワしてきた。
「何か声聞こえない?」
耳を澄ませると男子の声が聞こえる。
「誰か来る。シー」
すると、雪の上を歩くギシッギシッという音が激しくなってきた。
「誰だ!」と外から男子の声が聞こえた。小屋のドアの前で男子数人が喋っている。秀太が身を乗りだしドアを開けた。
「まずいよ」
秀太は外にいる男子四人に掴まれた。
「誰だ。何年だ?」
「四年。お前らこそ何年だ!?」
「六年」
「ここは僕達の基地だ。勝手に入るな!」
「知らなかった」
僕と直也も掴まれてる秀太の体を離そうとした。
「やめろ!」
他の男子が直也に襲いかかってきたが直也は交わし正拳突きをすると相手はゆらゆらして倒れた。掴み合いになったが彼らを簡単に蹴っ飛ばした。
「あそこ見ろ!他にもたくさんいる!」
「早く逃げよう!まずいよ」
二百メートルくらい先に男子が十人くらいいた。
「撤退!」
僕達3人は、その場をあとにした。それを見た男子達が追いかけて走って来た。僕は足が雪に埋まり倒れてしまった。直也と秀太が手を引っ張ってくれた。長靴が脱げてしまい、直也が長靴を雪の中から引っ張り出した。
「よし!早く長靴!」
相手との距離が縮まる。
「お前ら!どこの学校だ!」と十数人が奇声を上げた。
気づいたら、秀太が数人に投げ飛ばされていた。相手の大半が黙ってにやけている不気味な光景が怖かった。絞め技をかけられてる秀太は大声を出した。
「逃げろ!よし、直也」
秀太を開放する相手がこう言った。「逃がしてやる」格闘は中断され僕達三人は、そこから走って逃げ出した。しばらく見つめ、また再度追いかけてきた。
「惑わそう!三人、散らばるぞ!」
「直也!秀太!また地元で会おう!」
直也と秀太は「わかった!」と言った。
僕らは三人、違う方向に向かって散らばった。気づいたら、他校の男子はいなくなっていた。一人ぼっちだった。ここは一体どこだろう。でも安心した。直也も秀太も逃れて一人ぼっちだった。
直也は、大人のおじさんと出会い、話していた。
「知らない学校の生徒と喧嘩になって。友達ともはぐれました」
「それは大変だったね。こんな雪の中。車で送ってあげる。寒いだろ。お腹は空いてないかい?」
「お腹空いてます」
直也は近くのおじさんの家にお邪魔した。
「お邪魔します!」
おじさんの奥さんと見られるおばさんが玄関に出てきた。
「あらっ?」
「一人ぼっちで困ってたんだこの子。この辺の子じゃないみたいだ。鍋を食わしてやれ」
「そうかい。坊や。大丈夫かい?」
「すいません。困ってまして」
おばさんは。台所で鍋を温めていた。
「助かりました!ありがとうございます」
「ストーブ暖かいべ?」
「はい!とっても」
ストーブのジーンとした音が部屋に鳴っているだけで静かだった。やがて、直也の前に鍋が用意され、直也は食べ始めた。
「とっても美味しいです」
秀太は、冬休みの他校のグラウンドにいた。学校の校舎の教室の窓から女の子が見えた。女の子も秀太に気付き、秀太に手を振っていた。秀太は走って校舎に向かっていた。誰もいない。長靴を放り投げ、濡れた靴下で階段を上がった。教室に向かってる途中、秀太は緊張してゆっくりと歩いていた。笛の音が聴こえる。笛の音を頼りに教室にたどり着き教室の扉を開けた。女の子一人が笛の練習をしていた。
「よっ!」
「こんにちは。こんな所で何してるの?」
「さっきさー、ここの生徒だと思うんだけど、喧嘩になって。逃げてきた」
「逃げれて良かった。大丈夫?名前は?」
「秀太だ。空手をやってる」
「凄いね。私は、友達いなくて普段、学校行ってないんだ。だから冬休みに一人で来てるの」
「笛が好きなのか?」
「そうだよ。音楽聴くの好きなんだ。自分では笛くらいしかできないけど」
「音楽室行くべ」
「いいよ。案内する」
秀太と女の子は音楽室の扉を開いた。秀太がピアノに座る。適当にガチャガチャひいた。女の子は笑いながら「下手くそ」と言った。
秀太と女の子は恋に落ちていた。
「秀太君。友達になってくれる?」
「俺は、良いよ。友達だ」
「約束の誓いしよ。こっち来て」
「わかった」
二人は約束の甘いキスを交わした。
僕は、歩きすぎて、田舎の風景を通り越してビル群が見えていた。
「札幌だ…」
僕はビル群を目指して走っていた。いつの間にか、人ごみとビルに僕は囲まれてさまよっていた。僕は財布を見た。お年玉が入っていた。
僕はラッキーだと思い、コンビニに入った。おにぎりとジュースを買った。札幌の公園で食べていた。美味しい。今頃、直也と秀太は、どうしてるかな。目の前には弾き語りのお兄さんがいた。ギターを胸に押し付け歌を歌っている。僕は近づいて目を閉じた。曲に酔いしれながら今日の旅の出来事を振り返っていた。何か喧嘩したけど楽しかったな。刺激的だった。今日の事は秘密だな。僕と直也と秀太だけの思い出だ。じっとギターのお兄さんを見ていたら話しかけられた。
「どこから来たの?」
「秘密です」
「そっか!じゃあもう一曲聴いてくれ」
僕は手をパチパチしていた。


この本の内容は以上です。


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