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高校殺戮

日差しが視界を奪い一日の終わりを告げるようで、でも目覚めるように高層マンションの前をカラスが飛んでいる。夜が終わった静けさに満ちた歓楽街には、ラーメン屋が営業し、飲食しながら営業メールを送る。友達に初めて寮に連れて来られた時を思い出す。未知のアウトロー。
「このマンション、ヤクザとホストしかいない」
オートロックを解除すると高級感のあるエントランスを抜ける。テレビの音が大きく仲間の声は届かない。今日の食器洗いは自分の当番。ホストクラブは夕方からの一部と深夜からの二部に分かれている。昼前に目覚める一部の同僚がテレビに夢中な様子に嫌な予感がした。
「こいつ逮捕…?何か見た事ある。うちの系列?」
液晶に映った人相は、記憶に触れられて脳内アルバムを処理していくようだった。過去の断片図が再生し始める。不気味に加工され、テレビに公開された犯罪者に変貌した「友達」を見た時、知ってるとは言えず、関係を隠し心臓が動揺した。同時に生活の一部である平和主義者の同僚の存在が自分の世界から消えていくのを感じた。何も知らない同僚とテレビに映った友達の落差が心を撹乱した。二部営業の準備時間まで浅い眠りについていた。真っ暗な部屋の中で光と声が夢の中でこだましていた。目覚めると他の店舗の友達がタバコをふかしていた。
「久しぶり」
「何でここに。そう言えば…」
俺の目に訴えかけるその瞳、頭の残像が甦る。報道されて暗い闇を暴かれた「仲間」が封印された地獄から引っ張ってきそうで恐かった。俺は現実の「今」で過去を消した。
「出頭した方が良い」
「バカかお前」
俺は立ち上がり冷蔵庫からペットボトルの水を手にして、飲み干すと、またすぐに布団に入り、目を閉じた。
「高校のアイツは吐かされる。事実を消す事はできない」
「覚えてない。寝てないんだ」
「一年時代の三年がバラしていくだろう。時間の問題」
「そいつら見つけて消すしかない」
「呆れた。もういい」
牧野はスーツに着替えてネックレスをぶら下げて玄関へ歩いていく。呆れられた事で虚無感に襲われた。
「待てよ」
その自分の声は、夢の空虚な場所で反響した。目覚めると暗闇で、テレビだけが反応していた。布団に倒れ枕に頭が吸い込まれるように沈んでいく。教室の机の匂いがして木材の傷の感触があった。複数の学ランが黒板と重なり見えてきた。背後に茶髪のアイツの記憶がある。振り向けばいるだろうと集中した。ゆっくりと俺は後ろの席に顔を回転させた。すると机に頭を沈めて絡まった腕からは茶髪が見えた。押し潰したノートに牧野と書かれていた。校長の話の時、体育館に男子の「シー」という音が響き渡りショックを受けている自分がいた。そう言えば入学式の時も二、三年生が「シー」と口笛を吹いていた。グラウンドを眺めサッカー部や野球部員の端で練習してる影で楽しそうに笑っている部活が華やかに目に映った。      
「あれは、陸上ホッケー部。入る?」
「見学に行く」
グラウンドの隅に隠れた部室で、優しげな仮面が剥がれる先輩達の式典カウントダウンが始まった。埃とタバコの吸殻が散乱した木造の部室で、牧野と学ランを脱ぎジャージに着替えて陸上用ホッケーのスティックを手に取ったのは、一年の四月の涼しい朝方だった。弁当を一時限目で食べて、昼には購買でメンチや焼きそばを買う。親にどうしてもスティックを買って欲しいとお願いし紫色を手にした。筋肉痛で購買まで小走りすると上下関係の人脈の図式が見えてくる。授業中は男子校特有の色で例えるなら「黒」で染め上げられた空気が漂っていた。グラウンドの砂を平らにして、コントロールが利かない危ないボールを飛ばした。優しい先輩の仮面が剥がれ落ちたのは「教育」という言葉を機に展開する。朝から二十三時まで部室で同じ「ルール」が繰り返される。「…飛び込めば」そう言ったのは牧野で地下鉄ホームから線路を眺めていた。車両に乗ると黒い窓に映る自分のやつれた顔を、確認している牧野がいた。人が自分を確認しているのを初めて見る自分に気づく。「彼女から好きってメール。ほら」
そんな牧野が俺にとっては大人へと変わっていく形として羨望していた。走り続け、関節が壊れていくのを我慢していた。練習中、鈍った俺の動きに殺意を抱いた二年の先輩が冷静な表情で俺に近づく。本当の殺意とは沈黙だとは知らなかった。まず頭に手が飛んできた。グラウンドに倒れて、足で限りなく続くキックが内蔵を揺らした。俺はサッカーボールのように転がって、呼吸が苦しくて涙が溢れそうだった。自宅に帰っていつもの顔で親に接する。夜十二時を回っていた。学校での悩みの回答は自分が出さなければならないと無意識に思っていた。先生が言っていた。自分で問題を解き明かす力をつけてください、と。
朝から先輩達がタバコを吸うから今日は東條が当番になった。俺が初めて丸坊主で登校した日だった。
「東條、坊主何ミリ?」
「三ミリ」
一年生全員が坊主になっていた。
「おい、シコレよ牧野」
部長の菱潟が指を指した。
「オモチャ使え。あれ取って」
牧野は立ち上がった。二年生の妻途が牧野の顔に近づく。
「牧野、寝ろよ」
牧野が仕方なく床に寝ると妻途が覆い被さり、唇を奪った。そして、俺は、牧野の裸を見るはめになり、牧野も俺の存在を忘却して、犯された心身は腐りゆくようにオモチャの中に体液を出してしまった。俺の中で何かがブチッと千切れた。
合宿の朝、遠出する為に交通機関を使う事になり、俺達一年は幽霊のように地下鉄の隅で存在を消していた。先輩達は席を占領して、タバコをバカみたいに吸っていた。他校との試合の後、寝泊まりできる施設にいたが一年の睡眠時間は二時間程度で洗濯や御飯の準備に追われていた。でも仲間の為に走る自分は確かにいて、時には一年同士殴り合い、絆が生まれていった。
部長の部屋に呼ばれて「失礼します」と俺は言った。
「裸になれ」
全裸で笑える気分なのは部長の権威であって俺は恐縮していた。
「踊れ」
踊ったら「寒い」と言われて追い出された。
合宿の段階で「退部したら殺す」と先輩に脅されていたので俺の膝の疲労性骨膜炎の関節が骨折してしまうのを防ぐ方法を考えていた。
「…殺す」
俺の言葉を聞いた牧野は、ショックを受けていた。坊主の汗を手で触り顔に土色の汗が流れた。その日の応援歌の発生中に俺は開放的な声を叫んでいた。先輩の機嫌を損なわないように言われた通り、タバコとカップラーメン四人分をコンビニから運んでいた。ジャージからお釣りを先輩に配り、お湯の入ったカップラーメンを木製テーブルに置いた。
「合宿の時、タバコ、バレたろ」
「誰だよ。あの時シキテンしてたの」
「自分…すいません」と言うとホッケーのスティックが飛んできた。頭にぶつかり蹴られて倒された。涙を流す俺に先輩がコールドスプレーでとどめを差した。
「涙ふいてけ」
最後に先輩がそう言うと俺は部室を後にした。
牧野と東條と三人で、俺は商店街の匂いを嗅いでいた。パチンコ屋が視界に入ると横の道に入り、タバコを吸っていた。
「ゲーセン」
ゲームセンターの機械達は俺達三人を励ましてくれるように微笑み、ピコピコ言っていた。プリクラの中に入り三人の作られた笑顔が映される。その当時のプリクラが貼られた古い手帳を開くと俺は、高校の校舎が見える川の橋の上から、プリクラを千切ってばらまいた。歩いて校舎のグラウンドに入ると大きな庭があり、警察の人間が捜査していた。俺は、陸上ホッケー部の生徒のユニフォームを見て微笑した。
「あれ?お前、名前なんていうの?」
部長が俺の蒼白した顔を見て笑っていた。周りの皆が静まり返る。確かに俺は名前で呼ばれていない。怒りというより虚無感が酷かった。その時、木製テーブルの下でスティックを握っていた。
カウントダウンが始まった。夜、十時数分後。東條が部室の照明を切った。真っ暗になった狭い部室で俺達は、ホッケーのスティックで先輩達を叩き潰した。悲鳴が響き、ゴン!という骨が折れる音が十五分続いた。ぐちゃぐちゃになった先輩をグラウンドに繋がるフェンス外側の庭に置いた。スコップで穴を掘って先輩を中に投げ捨てた。埋め終わって倒れた俺達の顔は血で汚れていた。
俺達がフェンスでタバコを吸っていると、道路には車が停まっていた。こちらを見ていて俺達は目を反らした。車のドアが開いて茶髪の男が出てきた。フェンスに近づいてきた。
「何してる?」
俺達は黙って無言だった。男はフェンスから手を伸ばした。受け取ろうとしたらそれは風で吹き飛んでいく。追うようにして歩き、土の上に落ちているその名刺は校舎の灯りが照らしていた。


この本の内容は以上です。


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