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山鳩の声      なべくら ますみ

 
デデッポッポー デデッポッポー
ナクヤツクイテエー

   
遠くに聞こえる山鳩の声に
あの時
背中で泣く孫を揺すり上げながら
歌ったことを思い出した
本当に泣きたいのは
婆さんだったかもしれない

  
眠っている子の布団を跳ねのけ
そのまま掴むようにして抱き
外へと飛び出した
家の軋む音を逃げる背中で聞いた

  
その日 
朝から出掛けた家の者たちは
それきり誰も帰って来なかった
孫の父親も母親も
婆さんのもう一人の息子も

  
何とか崩れなかった家の中は
住めるものではなかったが
婆さんは住んだ 
まだ親の声を聞きたい幼い孫と二人で

  
デデッポッポー デデッポッポー
ナクヤツクイテエー

  
遠くに聞こえた山鳩の声
婆さんはちょっと涙ぐむ
最近ようやく
夜中に突然うなされ
泣き出すことのなくなった孫
もうじき学校から帰って来る

 


林檎園     長尾雅樹

 
一枝のたわみに
収穫のすべてを測ってはいけない
春の雨にぬれる
しとどの花の枝のつやから目をそらす
純情かれんという言葉のむこうに
ささやかなうたげのあとをたどればよい

  
宝石をころがして光のあとをおう
くさむらをすかして空をのぞく

  
幹のひだにきざまれた
ゆるされた過ぎた日のこころをはらって
幻であってくれればよいと願う
小さな花と花のささやきを
果樹園のもえるほのおの色に聞く

  
みちあふれた花びらの誇らかな時間は

  
いまの一瞬に花ざかりのかげろうがゆらぎ
つめたい日の思いをたぐっている

  
寒冷地のかろやかな姫君の願望は
そぼくのゆめを野の風におくり
土のひびきを葉の影にきざんで
草の声を小枝に聴かせている

  
天界のらくえんを宙にうかべて
生きることに酔っているか
夢に死んだ
世界を飛翔する
一面に咲ききそう炎の環から
ふるさとの春は充たされた幕を張る
蜜の味をかすかに鼻孔にただよわせて
とわのひとときを忘れるために
まばゆく散る
花の色


彷徨の秋     高村 昌憲

 
子供だった頃は誰も夢想の中にいた
色々な選択が可能な中で幻想を生き
結局は何も選択しないで夢見ていた
夢想しながら日が暮れた彷徨する秋

  
想像力が幻想となり現実でなくなる
想像力に身を任すのは現実の喪失だ
外国の地へ行く者に幻想はなくなる
様々な方法を一つに選択することだ

  
小屋を想像したい人の自然な営みは
実際に小屋を造ってみることである
歌を創りたいと想像する人の活動は
思い浮かぶ歌を先ず歌うことである

  
建築に必要なのは華美な服ではなく
これから建てたい敷地と材木である
詩や小説に必要なのも虚栄ではなく
美しい言葉とか書きたい命題である

  
想像力が現実から乖離するばかりで
幻想を消せない者は作品を創れない
結実する季節を曖昧にするばかりで
選択できない自己も作品を創れない


楽屋口      原 詩夏至


女達偶像(アイドル)名前に
気楽に「様」などつけ
(たむろ)
小雨の楽屋口に――

  
あたかも昔 
校舎裏の小流れの畔に
かがみ込み凝然と見つめた

蝌蚪(おたまじゃくし)
無数の尾の戦ぎの
菫色の
優雅な不気味さで。

  
そこにあるのは〈連帯〉ではない
――勿論、〈孤立〉でも。
蓋し 
生きるとは 
死ぬとは 
こうして戦ぐことだ
小雨の降るこの〈宇宙〉の楽屋口で
「様」など勝手につけた何かを
あてどなく
優雅に待ちながら。

  
そこにあるのは〈信仰〉ではない
――勿論、〈自由〉でも。
あたかも今
彼女らが
尾を振り
戦ぎながら
茫然と待ち続ける何かが
「様」などあってもなくても
畢竟
〈神〉でも〈恋人〉でもないように。


海      出雲 筑三 


雨が降っている
毎日まいにちの豪雨
とうとうと三千万年ふり続く

 
その少し前までは
一面のマグマオーシャン
山や海には火龍が吼えていた

  
惑星や隕石も先を競って
雷鳴と閃光をともない
寄せ集めの地球星になった

  
雨はなおも降りつづき
星たちの持参した水やミネラルのお陰で
いこいの海からささやかな命を得る

  
水分子には垣根がない
何でも溶かし融合をくり返す
全てを呑みこみ できた海

  
いまどき雨が降っている
そしていきなり豪雨になる
マグマは地中に潜り回遊を辞めない

  
風が不機嫌に波を呼ぶ
恩恵の黒潮は海の動脈
逆流する時は迫っている



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