閉じる


翻訳

アラン 『大戦の思い出』(二十二) 高村 昌憲訳

   第十八章

 

 冬が過ぎました。それと同時に砲弾が大変良く落下した穴に、私たちが間もなく長くは止まらないとの噂が広がりました。或る夜、私がブランデーを飲んで美学談義をするために大尉の家に着いた時、大型トランクが荷造りされているのを見ました。それから私に、古文書が入った貴重な小箱と一緒に行く命令がありました。そして真夜中に電話局員たちの馬車で出発しなければなりませんでした。私は一時間程電話局の避難所で待ちましたが、そこで昔の知合いたちや、若い元気そうな顔付きの何人かの新しい知合いも発見しました。出発は全く自然に喜劇の一シーンの様相を呈していました。雲の中の月を想像して下さい。半分程明るくて道はでこぼこで、一台の馬車の中は集合した人間で一杯です。定められていた時刻丁度に出発しようとしていました。その時に残忍そうなパリ人の下士官が、黒い鞭を持ってメルクリウス(1)の台詞を言いましたが、それは死者たちを導き、そして威厳に満ちた声で呼ぶ者の声でした。「家族よ!」。直ぐに何人かの電話交換手たちは手にヘルメットを持って子供の様にして前に出ます。メルクリウスは続けて言います、「P.C.D.F.(前線の哀れで愚かな者たち)団体のメンバー諸君!」。私たちはヘルメットを脱いで全員が進みました。しかし、やっと私たちが儀式に従って覆われていたのは揺れた馬車そのものです。家族よ、そうではないのです。揺れに揺れて私たちは行きますが、三百メートル行った後で、穴の中で停止させられました。最悪なのは、敵の砲兵隊が目覚めたことです。激しい言葉がありました。でも、私は決して係わりませんでした。私の仕事はトランクの上で徹夜することでした。もう一人の伍長は馬を繋ぐ様に命令しました。しかしながら私は大変自然に間違いに気付きました。私たちは二対の馬を持っていました。馬たちは前もって命令で出発していたのです。泥土で馬たちの顔付きが既に臆病になっていた時(私たちの裡も臆病と言われていた様に)、馬たちの顔付きも緊張していたのです。従ってその努力は裂けて破れました。全員の顔立ちも緊張して出発しなければなりませんでした。そして私は、これが軍隊の決まりであると良く思います。これらの技術的手引きは全てが完全に行われます。面白いのは、補給のための夜間はそれらの規定が忘れられることです。馬へ、そら右だ!そら左だ!と言うのが聞こえます。私が適当な概略を示して言っているのかどうか、あるいはその概略が何か他のものに達するのか私には分かりません。私たちはそこを出発しました。不気味な村から何も無い避難所の土手まで降りました。何も落下して来ませんでした。次にゆっくりと歩きましたが、長い休止もありました。砲手たちは砲架を平原用のものにするために、攻囲戦用のものを変えなければなりませんでした。それは巻揚機やロープを使って行う大変な作業です。決まった時刻に選定した地点に全てが集結されたやり方に、私は一度ならず驚嘆しました。軍隊の管理は如何なる間違いも決して許されません。何も忘れないことを学ぶのもそこです。取分け私は新しい仕事をする時には、私自身が失敗して顔を赤くする時が何度もありました。
  その日の朝に、私たちは凍った泥で起伏の多いヴィニェヴィルの右側で、良く整えられた地点に落ち着きました。数々の避難所は通過しましたが、危険で大きくなかったのです。時折り一発の砲弾しか私たちの処へ来ませんでしたが、屢々混乱しました。私がそこで過ごした一ヶ月間は、十二月と一月の間でしたが、負傷者が一人出ただけでした。その代わりに私たちは、酷い目に遭って泣かされた数々の砲弾を知る様になりました。新型でした。私は大尉と共に色々な破片や照明弾を見分け様としました。アンモニアの臭いを嗅ぎました。成果は遅くなりましたが、驚くべきものでした。私たちは一昼夜の間、アンモニアで涙を流していました。
  大尉は、配属を変えないでも砲兵隊の命令を中尉に任せていて、私たちが分隊の長になっていた意味においては昇進していました。少し後になるとその命令は、作戦区の長官のものとなりました。私は大尉の秘書でした。そして管理することを覚えました。砲弾と荷物の勘定を調べる如く、私には直ぐにそれらのおかしな困難を乗り越えるだろうと思えました。しかし、三日間での報告や六日間での報告を行うという小さな困難は沢山ありましたし、数字は毎週変わっていました。結局のところ十分に注意していても私は二,三回騙されましたし、大変恥を掻かされました。命令の命令には眼に見えない力があり、最小の誤りにも強力な指摘がありました。でも、T大尉は何も言いませんでした。しかしこの沈黙は雄弁でした。現実に私には正確に、如何なる下士官であってもその動きと同じ力がありました。何事においても見習い期間がなければなりません。一週間後に私は出来上がりました。しかし私は、容易な仕事が幾つあっても狂気の沙汰であるこの観念を既に余りに守りましたし、同様に狂気の沙汰の観念により直ぐに修正されましたが、困難な仕事も又幾つもありました。最初は全てが困難ですが、慣れることで全てが容易になります。そして、それは純粋数学の真実であり、食糧の補給の様に必然的なものです。知性とは、これらの様々な仕事を越えた働きでしかありません。それは殆ど慣れることを助けません。屢々仕事を困惑させるものでもあります。私はそれに関係した人物の後を走った或る朝のことを思い出しますが、彼は重要な部品を欠いていた背嚢を背負っていました。それなのに私は離れることが出来ませんでした。砲手たちは私を嘲笑しました。彼らはまさに正しかったのです。無駄な動きが滑稽なのです。最終的に彼らは、私と一緒にいるのを大変自慢する様になりました。
  告げ口をする人の様に、私は軍人の下っ端として大変自然に不信を抱かれるのですが、注目すべきことに私のお気に入りの地位に伴って、私には常に信頼があったことです。私が訊くことが出来たことを相手が繰返して言うのは、まさに何も私に不信が無いと思われているからです。この美徳は私には当然のことです。従って私は自分の席があった避難所において、電話交換手や上等兵たちと仲良く生活しました。私は彼らにチェスのゲームを教えましたし、敷線に関しては些細な問題でも解決するために彼らと一緒に働きました。何故なら、見知らぬ型の電話機や台やベルの装置が来たからです。私はその時、一人か二人の工員を観察しましたが、彼らは大変に高度な知性の観念を持っていたことを私は知りました。彼らの中の一人がチェスの駒の動かし方を覚えた時、それから後は何時も自分が勝つのを自信を持って確信していました。新型の装置と向かい合っても同じで、忍耐強く探している私を見ながらも、私の両手はそれを摑んでいました。そして、「これは全く簡単だ」と言いながらやってみて成し遂げるばかりで、他のことも話すのでした。そして実際にチェスで遊ぶ時も難しいことは何もありませんし、如何なる術策においてもそうなのです。しかし最初は部分部分によって知らなければならず、何も忘れてはならないのです。せっかちなことが唯一の欠点です。しかし誰もそんなことを思っていません。(完)

  
(1)メルクリウスは、ローマ神話の商売の神で、ギリシア神話のヘルメスに当たる。天文学では水星のこと。