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京都、蚕の社のマンションである。

非番のカップルが、朝から怠惰な日常を貪っている。

朝食、洗濯、掃除と、お決まりの家事一式を済ませた玲子は、専用のドレッサーに腰を落ち着け、此れもお決まりのメイクアップに余念がない。

メイクアップを意に介さない笑子の場合は、起きたばかりのベッドの上で、何やら紙切れの束と格闘している。

 「も~、下一桁も当たってない!ウフ損シチャン!」

「―――なあに?宝くじ。」

「ドリームジャンボですぅ。1万5千円どぶに捨てちゃいました。」

「1等幾らなの?」

「―――3億円、前後賞合わせて5億円です・・・5億円あれば、こんな安っぽいマンション引っ越して、武蔵小杉のタワーマンションに、玲子さんと一緒に暮らせるのに・・・。」

「安っぽくて悪かったわね!あなたが選んだんでしょ此処・・・。」

「そうですよ・・・山科の前のマンションが綺麗でよかったけど、空いてなかったし、直ぐ近くにあの切り裂き女医の、アジトもありましたしね・・・。」

「どうして東京の湾岸じゃなくて、川崎の武蔵小杉なの?」

「湾岸の、あのねっとりした海風が嫌いなんです、少しでも内陸のカラッとした山風の方が・・・でも、5億円。1日で稼いじゃう人間も、世の中には居るんでしょうね・・・。」

「そうね、アラブの王様とか、ヨーロッパの有名ファッションデザイナー、F1トップドライバー、IT大手のCEO・・・?」

「引きかえこっちは、1万5千円に未練たらたら・・・如何してこんなに格差があるんですかねぇ~。」

 

入念にファンデーションを展ばす手を止めて、「それは人の性癖だからかも知れないわよ・・・。」

「どういう事ですか?」

「事物 (サービスや物) の需要が分散すれば、そのような人たちは生まれてこないと思うの。もし、超高級ブランドの衣類やアクセサリーが、直ぐ隣の町工場でデザインされ造られていたとすれば・・・でもやはり人は、ヨーロッパブランドに集中するのよね。デザインや、品質の高さには必ずしも関係なしにね。」

「何処そこのどのブランドが良いだとか、誰それの技能が素晴らしいとか云い始めると、真偽を確かめないで其処に集中しちゃうの、自分で判断できないときに他人の評判に頼るのは、人間の性癖でしょ。」

「需要の集中と一緒に、お金も集中するんですよねぇ、このまま行くと、私達は生涯貧乏なんでしょうねぇ。何とかならないもんですかねぇ。」

 

「でもね、格差が更に大きくなってお金の偏在が顕著になると、経済の効率が悪くなるのも事実よ。」

「―――と云うと?」

「資本主義の伸展が最も顕著で効果的な社会は、資金の分布が均等で物資が偏在している状態。その作用は時間の経過と共に、物資を均等化させて資金を偏在させる方向に働くわ。だから、資金が集中してしまった格差社会は、減圧されたチャンバーの中で全員が呼吸しているようなもので、効率が悪いのよ。」

「大金持ちが、それに見合った消費をすればいい訳でしょ?」

「いくら資産家でも、一般人の何万倍も消費が出来るとは思えないわ。」

「投資は?」

「投資は、収益を目的としたものだから、消費とは違うわ。寧ろ多くの場合、一層格差を広げる行為よ。」

「事業に失敗して破産したり、犯罪に遭遇して資産を搾取されないと駄目なんですか?」

「破産や犯罪による搾取も、資産の所有者が替わるだけで、集中偏在に変化はないわ。」

 

「じゃ、貧乏人の私たちは、如何すればいいんですか?」

「格差による経済の破綻を防ぐ動きも世の中にはあるのよ、いい例が安定核原子力発電。個人が扱える電力がほゞ無尽蔵になって、何十年もメンテナンスフリーだから、エネルギーのコストが限りなくゼロに近づいた、そのエネルギーを使って、今や個人で工場の大量生産品に遜色の無い工業製品が作れるわ・・・。」

「そうですね、原材料さえあれば電気製品や機械製品に限らず、肉や野菜、穀物といった食料も、バイオプリンターで製造できるって云うし・・・。」

「原材料もマルチビームCTスキャンに連動したレーザー分別法によって、リサイクルでほゞピュアなものが得られるようになって来てる。車や住宅といった大きなものは別としても、日常必要となる小物の殆どを、個人で作る時代が来るんじゃないかしら・・・。」

「でも物を作るノウハウは、お金を出して教えて貰う必要があるんじゃないですか?ブランド物のバッグや靴の作り方なんて、解らないでしょ。」

「大量生産じゃないから、生産技術はそれ程必要ないのよ。極論すれば、今あるものをCTスキャンしてそのまま3Dプリンターでコピーしても、個人製造のブランドバッグになるわ。」


「でも、世の中どう変わろうとも、結局お金なんですよね。お金さえあれば・・・。」

「生産や流通のあり様で、お金のあり様も変わるものよ。今は、あらゆる価値や信用をお金が代替していて、政府や銀行がそれを保証している。ただ今でも、世界中でそれだけしかない唯一の事物は、お金でも価値を代替できないわ。個人が工場に替わって生産を始めれば、世の中そのような事物だらけになる・・・。」

 「―――本当ですかぁ?」笑子の眼が疑わしげに玲子を斜めに見上げる。

「じゃあなた、大会社のCEO、プロスポーツのスーパープレイヤー、ヨーロッパのトップデザイナー達が巨額の報酬を得る、本当の理由が解る?」

「―――何なんですか?」

「其々の分野のオピニオンリーダーだからよ・・・。巨額の報酬はオピニオンリーダーに伴う、不安や恐怖に対する対価。」

「よく解りませんけど・・・?」

「オピニオンリーダーの恐怖はね、喩えると愛する自分の家族 (子供や配偶者) を自ら外科手術する恐怖に似ていると思う・・・誰に指示される訳でもないから自分の自由に出来るんだけど、その効果は自分のみならず、自分の最も大切な家族をも含めた周囲に広く波及する・・・そんな恐怖よね。」

「恐怖や不安、喜びや悲しみといった人間の感情の価値を、お金で代替するのは難しいわ、だからオピニオンリーダーたちの恐怖の報酬は、天文学的な額になるの。」

ドレッサーの周りを片付けながら、描き終えた顔の出来栄えを確認する。 

「個人の生産物には、必ずそういった本人の感情が附加される、人の感情を代替できるのは、やはり人の感情よね。お金を介した取引は、やがて縮減していくと思うわ・・・。」

「じゃ、めったやたらに貯め込んだ大金持ち達は?」

「―――お金を使うことが、今より難しくなるでしょうね、きっと。」

「じゃ、貧乏な私達とすれば、せっせせっせと3Dプリンターで物を作ってそれで生活すればいい?」

「お金の本質的な価値が低下すれば、他人の為に毎日辛い思いして働いて、収入を得る必要も無くなるわ。」

「―――通勤しなくていいし、嫌な上司の命令も訊かなくていいし、 切り裂き女医の研究室に、解剖報告取りに行かなくていいし・・・。でも、自分たちが作った製品や食材に、全幅の信頼を於いてそれだけで生きなきゃならないから・・・。」

「―――それが、オピニオンリーダーの恐怖よ!」

南側のテラス窓を全開すると、木嶋神社の深い森が眼下に拡がる。

梅雨前の清々しい初夏の空気が、カップルの愛の巣を満たした。

「さあ、明日は久し振りの東京出張よ!京都府警を代表して、本庁の会議に出席するんだから、少しレジュメ読み込んでおかないと・・・。」

「真面目なんだから玲子さん・・・でも明日リニア初体験ですよねぇ!」

笑子が明るく微笑んだ。

 

半年前に大阪まで開通したリニア中央新幹線への乗車は、カップルにとっても初めての経験だった。

リニアの大阪延伸について、京都は常に微妙な立場に立たされ続けた。

名古屋から大きくカーブさせて、京都駅を経由すべきか否か、長い議論の末事業主体であるJR東海は、結局奈良を経由するプランを選んだ。

これによって京都駅から東京に出発する乗客は、リニアを利用する為には名古屋まで東海道新幹線で並行移動するか、新大阪まで逆行移動を余儀なくされる。

西日本最大の文化観光都市を自負する多くの京都市民にとって、俄かに看過できない決定であった。

ところが、奈良市東部で新たに発見された活断層帯により、奈良経由が不可能となり、更に国の仲立ちでJR西日本が事業参加することから、プラン全体が一から見直されることとなった。

JR東海とJR西日本の、其々の思惑の激しい鬩ぎ合いの結果、名古屋からほゞ一直線で新大阪まで結ぶ案が、採用された。

京都と奈良の中間、宇治市南部のJR片町線JR奈良線を繋ぐようにリニア新駅 (新京都駅) を設置する。

JR西日本は敦賀まで開業していた北陸新幹線を、この新駅を経由し新大阪に接続させる方針を固めた。

従って北陸新幹線は、京都市の地下を南北に縦断するが、京都駅には停車しない、更に驚いたことに、関連する全ての事業を2,032年度末までに完成させることが決定されたのである。

リニア新大阪開業は当初予定より4年前倒し、北陸新幹線に至っては全線開通が14年も早くなった。

此れには、時の政権の強い意向が反映された。

2,020年東京オリンピック、2,025年大阪万博、2,027年リニア名古屋開業に続く、経済の牽引イベントを強く求めたのである。


「まあ、御上とすりゃ後になればなるほど、日本の経済規模が縮小して、国の予算を鉄道事業に廻せなくなると考えた訳だ・・・。」

新京都駅のリニアボーディングエリアで、これもリニア初体験の永山がカップルを前にドヤ顔で説明する。

「でも部長、それによって東京と新大阪間に都合3本の高速鉄道ラインが、完成した訳でしょ。震災やなんかでどれか一つ駄目になっても、日本の背骨は維持できるわけですし・・・。」

笑子が明るく話を受ける。

「とばっちりを受けたのが北海道と九州さ、北海道新幹線の札幌開業は6年延期になったし、長崎 (西九州) 新幹線の新鳥栖~武雄温泉間はまだ着工の目途がついていない。収益の望めないローカル新幹線は、後回しにされる訳だ。」

 

床の微かな振動を伴って、ボーディングエリアの内気がざわめき始めた。

列車到着のアナウンスに続き、ゲートが延びて上方スライドの乗降ドアが開く、ボーディング開始の電光掲示に促され、長身のジョン・クアリ共々4人が車中の人間となった。

清潔な乳白色の成形パネルに囲まれた車内は、新幹線のそれと殆ど変らない、違うのは側壁に窓が無い、窓の代わりに巨大な有機ELモニターが付いている。

初代0系の窓にも匹敵する大きさで、車窓が殆ど望めないリニアの車窓を、設定されたプログラムに従い再現する。

レーザー位相干渉ホログラフィーによる立体映像で、見る位置によって画像の再生角度が変わる。

地下ホームに停車中の今は、美しい嵯峨野の竹林の映像が再生されていた。

「外は全く見れないんですか?」不安そうな顔で、玲子が呟く。

「発車すると、ドローンで予め撮影した沿線の風景が再生されるんだそうだ。立体映像で、本物の車窓と見分けがつかんらしい。デッキの乗降ドアの大部分が透明パネルで出来ていて、ライブの車窓はデッキからしか見れないようだ。」

 

発車ベルにも気が付かないうちに、竹林の車窓が静かに動き始める。

暫らくすると、山間の広葉樹林に映像が切替わる、田上山地である。

微かに遠方から聞こえていたゴロゴロという駆動音が無くなり、成層圏に出て安定した航空機のような、ゆったりとした静けさに車内が包まれた。

「―――離陸したな。」

「離陸?」永山の呟きに、笑子が反応する。

「リニアは、約160Km/hでタイヤを上げて離陸する。ガイドウェイの何処にも接触せずに磁場の中を浮上して移動するんだ。」

シートに腰を下ろすと間もなく、うつらうつらと櫓を漕ぎ始めたジョン・クアリが、微かな寝息を立てながら、今は完全に爆睡している。

 

「話は変わりますが部長、今日の会議のテーマなんですが、配布されたレジュメによると、自律微小ロボットと、インプランティングディバイスについてと云うことですが・・・。」

面倒見のいい玲子が、ハットラックの奥から備え付けのブランケットを見つけ出して、ジョン・クアリの膝に掛けながら永山に訊ねる。

「その通り、自律微小ロボットは5年前に君たちが福岡の事件で遭遇した、マイクロドローンが発端だ。弱者の自己防衛が目的で開発されたロボットなんだろうが、一般に普及して犯罪に使われることが多くなった。3Dプリンターで簡単に作れるから、どんな機能を持ってるか作った本人以外分からない。いきなり遭遇して酷いことになって、警察の活動に大いに支障をきたしているんだ。」

「―――例えばどの様な?」

「一番特異なのは、新潟県警の扱った保険金殺人事件だ。被疑者の女は、自分の口腔と膣内に問題の微小ロボットを潜ませていた、人の粘膜と親和性のある素材で覆われていて、一定時間粘膜に付着する。そのロボットの機能は、付着した粘膜から血漿を抽出して、接触する他の組織に粘膜を介して注入するんだそうだ。局部を挿入した被疑者の夫は、ロボットによって妻の血漿を体内に注入され続けた、抗原抗体反応で血液が凝集して二日後に亡くなった。当初は女の証言から病死とされたが、抗原抗体反応の原因が疑問視され、女が被害者に多額の保険をかけていた事実、不倫相手が生化学者であるなどの裏付けの下、女の自宅の排水から微小ロボット本体が発見されて、殺人事件であることが実証された。」

「―――被害者は行為中に気付かなかったのかしら?」隣で聞き耳を立てていた笑子が呟く。

「針で刺す訳じゃないから、痛くは無かったんだろう。不倫相手の学者の話では、準強制性交犯罪対策のツールとして開発したらしい。」

「マイクロドローンのときは、猛毒のアブリンを注射して廻ったのよね。」

「いずれにしても、砂粒の様な微細なロボットだから、カプセルにでも入れて持ち歩けば、強力な武器になる。自己防衛用のツールなんてとんでもない。」


「―――インプランティングディバイスというのは?」

「警視庁に二つ事案があるようだ。渓流釣りで、足を滑らし滝つぼに落ちて亡くなった初老の男が、実は都内某老舗旅館の亭主で、大規模な再開発事業に巻き込まれて、地上げ業者からかなりの圧力を受けていた事が分かった。

担当刑事が不審に思って司法解剖に廻すと、前腕部の橈骨の内側からインプラントされたステンレスカプセルが出てきた。本人認証用の非接触チップを内蔵した一般的なディバイスだったが、本体に付属して心筋の活動電位をモニターするチップも入っていた、ストレージには本人の心電図以外に、得体の知れぬ複雑な波形が記録されていたんだ。人の声だった・・・波形を声紋に置き換えて解析すると、“兄さん死んでくれ!” という義理の弟の叫び声に続いて、本人の悲鳴、頭蓋骨が折れる音。滝の上の岩場で揉み合った声や振動が、生体電位に変換され、記録されていた。弟は地上げ業者周辺のヤクザから、脅されていたようだ。」

 

「もう一つは、深夜の代々木公園で起きた婦女暴行殺人事件。現場周辺の防犯カメラの映像解析から、ある青年が被疑者として捜査線上に現れた。被害者の体液が付着した下着が自宅から発見されたこと、被害者のスマホの液晶保護フィルムの破片から、被疑者の指紋の一部が採取されるに及んで、観念して自供を始めたそうだ。ところが、公判に入ると一転して起訴事実を否認した、代々木公園には行ったが、犯行現場には近付いていないと言い張った、腕に入れているインプランティングディバイスに、GPSが入っているから調べてくれと裁判官に要求したんだ。」

「裁判所が認めて、被告人の左腕中のディバイスを取り出して解析すると、確かに被告人は犯行現場から50m以内に近づいていなかった・・・。」

 

「犯行現場が違ったんじゃないんですか?別の場所で襲われて、瀕死の状態で50m逃げたけど、力尽きて亡くなった・・・。」

笑子が身を乗り出して呟く。

「被害者はスマホと同期したバイタル測定機能付きのスマートウオッチを着けていて、絶命した場所と時間が厳密に特定されている。死因は被害者のショルダーバックベルトによる絞殺だ、絶命するまで絞め続ける必要がある。」

「指紋や、下着が自宅にあったのと矛盾するんじゃないですか?」

「下着は風に吹かれて飛んできたのを、持ち帰ったと云っている。指紋は弁護士が、被告の指紋を微細に再現したゴム手袋を証拠提出した。超精密な3Dプリンターで作成したらしい。」

「だいぶ以前から、指紋の証拠能力としての信頼性が揺らいではいたが、この手袋の件が事実認定されたことで、愈々決定的なものとなった。東京地検は50mの距離を突破できず、アリバイを立証されて被告人は無罪になった。」

 

「まあ、だから本庁のお偉方としても、立件・起訴に当たって新しい技術の展開に酷く不安を抱いている訳で、時代の流れを鑑みるに、それらの判断は尽く慎重にならざるを得ない。今日の会議は、その不安を皆で共有しようって趣旨だろう。」 

「お金さえあれば刑事被告人であろうと、最先端の有効なツールが使えるんですよね、お金が無いって云うだけで、突きつけられた証拠に反論できなかったり、無罪を立証出来なかったりして・・・やっぱり貧乏人はバカを見るんだわ。」

映像の車窓に視線を移しながら、遠い眼で笑子がぼやいた。

「何れの被疑者も、特に裕福な身の上ではなかったと訊いてる。代々木公園の事件で無罪になった青年に至っては、金が無いから自分でディバイスを製作し、市販の麻酔薬を使って自分で手術して腕の中に埋め込んだらしい。」

「―――どんな必要があったのかしら?埋め込んだ目的は何だったんですか?」

玲子が身を起して尋ねる。

「日常生活の中で時々記憶が欠落する、解離性障害って云うんだそうだ。安全の為、子供の頃からGPS発信機を身に着けていた。大人になった今では、記憶外の自分の行動を記録する為に、体内に埋め込んだと言ってる。最初は記憶外の自分がやった事件だろうとも考えたが、その夜の記憶は連続していたから、裁判で争う気になったそうだ。」

「筋肉の運動や、動脈の周りにコイルを巻くことでディバイスを動かす電力を賄う、やがて視覚嗅覚もデーターとしてディバイスに記録されるのかも知れんなぁ・・・。」

「でも部長、その青年もお金さえあれば、自分の障害を気にしなくてもいい安全な環境で暮らすことも出来た訳でしょ、もしそうなら自分の腕切り開いてステンレスのカプセルなんて埋め込む必要も無かった訳だし・・・。」

「―――金、金って随分拘るな、白河。」

「―――宝くじで大金摩っちゃったらしいんですよ。」

呆れ顔で、玲子が呟く。


「―――いいか白河、俺の話をよく訊けよ!」

対面した4人のボックス席の中で、永山の話が続く。

金というものはな、常に人の感情が附いて廻るものだ。そして多くの場合、それは人間の怨み妬み憤りといった情念そのものだ・・・だから、金を儲けるってことは、人の怨み・妬み・憤りをかき集める行為に他ならない。」

「現代は、他人に対する怨み・妬み・憤りの抱き方も様々な世の中だ。罪を犯せば償わなけりゃならんが、償う方法まで考え及んで罪を犯す人間は少ない。世の中が変わる程には、人の情念は変わらんものだ・・・。」

「金を儲けることも、どこかそれに似たような部分がある。人の怨み・妬み・憤りを跳ね除けて生き徹せばそれでいいが、世の中何処かで収支を合せるものだ、本人で無理でも何代か先で、かき集めた人の情念が必ず収支を合せてくる・・・。」

 

ホラーですか部長・・・?」今にも吹き出しそうな顔で、玲子が呟く。

気にも留めずに永山が更に続ける。

「あらゆる犯罪の始発点は、人間の情念だ。そしてそれは、専ら異性か金に纏わりつく。君たち二人には異性という概念が無いだろうから、とどのつまり・・・。」

「そうです、お金だけなんです私達!」

真剣な眼差しで訊いていた笑子が大声を上げた。

つられて長身のジョン・クアリが飛び起きる、丸い白眼をぐりぐり廻して周囲を見渡す、その瞬間車窓の映像に伸びやかな富士山の稜線が・・・。

 

モニターの映像であるから、横並びの車窓ごとに複数の富士山が再生される筈であるが、今、列車の通路に立って歩くと、連続する車窓が映し出すのは只ひとつの富士山である、遥か遠方に三次元の虚像を再生する、位相干渉ホログラフィーの成果なのだ。

再び広葉樹の山間を暫らく走り、延々と続く丘陵住宅地を抜けると、首都圏都市部に入る。

見覚えのある高層ビルがスカイラインを形成し、日本の首都の喧騒が身に迫ってくる。

微睡から完全に覚醒したジョン・クアリの両眼が、不安気にモニターを見詰める。

「東京は初めてなんだ・・・穏やかな京都の景観とは全く違うから、多分不安なんだろう。」様子を見ていた永山が、愛おしげに呟く。

モニターの映像が、東京の名所のそれに切り替わり、活気のある下町の情緒が再生されると、ジョン・クアリの眼に生気が甦る。

列車はやがて品川の地下深く、リニア品川駅の長いホームへ滑り込んだ。

 

「ねえ、まだ時間もあるし、地上に出てコーヒーでも飲まない?何だか外の空気が吸いたい・・・どうですか部長?」

「そうだな、ジョン・クアリに品川の超高層でも見せてやるか。」

品川駅周辺の景観は、リニア開業後もそれ程変わらない。

東に品川インターシティの高層ビル群、西にプリンスホテルを中心とした広大なホテル群。北に2020年開業の新駅 (高輪ゲートウェイ) があって、南にかつて国民的アイドル歌手が新婚生活を送った、有名なマンションのレンガ色の外壁が、今でも聳え立っている。

駅を東に抜けたペデストリアンデッキの透明な屋根から、ジョン・クアリが高層ビルのファサードを見上げて、大きな掌を額に翳した。

ビルの谷間に射し通す午前の陽光が、光と影の明瞭なコントラストを地面に描き出す。

金属的な清潔感に囲まれた広場に、生命の息吹を附加する植栽が配置され、木漏れ日の中を人々が行き交う。

殺伐とした都会の空気にも穏やかな湿り気が加わり、梅雨の気配がまた深くなる。

 

イーストワンタワーのカフェで遅い朝食を摂った4人は、来た道を山手線へと引き返す。

改札口の隣に宝くじのブースがあって、ひと言断ると笑子が駆けだした。

「―――性懲りの無い奴だなぁ。」永山が苦笑する。

消沈した顔立ちで帰ってくると、いきなり「―――当ったりましたぁ!スクラッチ、5口で3万円!白河笑子、この前の借りを倍返し出来ましたぁ!」

満面の笑みが転げ落ちてきた。

呆れ返った3人の視線が、倍返しの女刑事に注がれる。

怨み・妬み・憤り、人の情念が集まって来たような気がした・・・。

 

―――終わり―――。

 

以上、内容は全てフィックションであり、実在の個人、団体等と喩え名称等が共通していても、一切の関係は有りません。

悪しからず、ご了承ください。

尚、添付しました写真は、PhotoAC より転載させて頂きました。 



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