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ホームセンターで

14 ホームセンターで

男が椅子に座って考えに耽っていると、警備員がやって来てそこに座るなと言った。家具売り場で売り物の椅子に座っていたのだ。

 

男は、ホームセンターの中をほっつき歩きながら、何か新しい趣味を見つけなければと考えた。それは簡単に見つかるようなものではなかった。気がついてみると、男は店の売り物を手当たり次第ポケットに突っ込んでいた。そうしていると面倒なことを考えないで済むからだった。

 

男は熱帯魚のコーナーでふと足を止めた。途端に、部屋に大きな水槽を置いて色とりどりの熱帯魚を飼うというイメージが思い浮かんだ。それを新たな趣味にしようと思ったが、水槽と魚それぞれの値段を見てすぐに諦めた。男はため息を一つつくと、店員が見ていない隙に水槽に手を突っ込んで熱帯魚を一匹捕まえた。

 

ホームセンターを出ようとしたところで、男は警備員に呼び止められた。椅子に座っていたところを注意してきた警備員だった。事務所に連れていかれると、男は店のマネージャーにポケットの中身をすべて出すよう迫られた。大人しく言われた通りにした。

 

蛍光マーカー、ダイヤル式チェーン、流しの三角コーナー用ネット、おがくず一袋、腕時計、フリスク、靴用の消臭剤などが次々に出てきた。最後に出てきたのは背中に青いラインが入った小さな熱帯魚だった。そのままポケットに放り込んでいたので呼吸ができずに死んでいた。

 

警備員が今にも殴りかからんばかりの勢いで男に悪態をついた。男は黙ってうなだれるしかなかった。マネージャーにねちねちと説教をされたあと、男はすべての商品を買い取ることを条件に解放された。

 

部屋に帰ると、男は調べられなかった上着の内ポケットから一匹の亀を取り出した。やはりあの熱帯魚コーナーで失敬したものだった。

 

男は畳に腹這いになり、亀と視線の高さを合わせた。あらぬ方を向いてじっと動かない亀を見ていると、男は自分が昔からこの生き物を好きだったことを思い出した。男は亀を飼うことに決めた。それが新しい趣味となった。

 


同級生

15 同級生

男には高校を卒業してから十五年以上にわたって年賀状を交換している同級生がいた。特別親しい友人というわけではなかった。ただ同級生とだけ言うのがちょうどいいような間柄だった。

 

いつも向こうが元日に届くように年賀状をくれ、男がそれに返事を書いた。新年の挨拶に近況を一言添え、今年もよろしくと結ぶのが恒例だった。

 

今年もよろしくなどと言っても、会うことはおろか連絡を取ることさえなかった。高校卒業以来、年賀状の交換以外のどんな関わりも持ったことがなかったのだ。

 

ある春の休日、男は都心の繁華街で偶然その同級生を見かけた。何しろ十数年ぶりのことだった。記憶にある姿とはだいぶ変わっていたが、それでも一目で彼と分かった。

 

同級生は、家電量販店の大きな紙袋をぶら下げていた。一人だった。高校時代に交流がなかったわけではないし、こんな偶然など滅多になかった。男は懐かしさを込めて同級生の名前を呼びかけた。

 

二、三度呼びかけて人波越しに手を振ると、同級生はようやく気づいて男の方を振り返った。目が合い、向こうも男を認めたことが分かった。

 

男は改めて手を高く振ると、そちらに足を踏み出した。ところが、相手はまるで何も見なかったかのようにすっと顔を背け、そのまま行ってしまったのだ。

 

男はもう一度同級生の名前を呼んだ。しかし、相手は聞こえないふりで遠ざかっていくばかりだった。男は軽い裏切りにあった気分でその後ろ姿を見送った。

 

年が明けると、まるでそのときの出来事などなかったかのように、同級生から年賀状が来た。散々迷った挙げ句、男もまた何事もなかったようなふりで返事を出した。

 


足し算

16 足し算

恋人がふいに「7+5が好き」と言った。「8+9はちょっと苦手」

 

「7+5ね」男は言わんとすることが分かったというように応じた。「おれは3+8もけっこう好き。6+7はなんか苦手だけど」

 

「3+8、いいよね」

 

「いいよね。逆だとちょっと違うけど。8+3だと何て言うか……」

 

「分かる」

 

「あと4+9とか?」

 

「それも好き」

 

「いいよね、4+9」

 


失敗二

17 失敗二

コーヒーの乗ったトレイを持って席に向かっていたとき、男はうっかりカップをひっくり返してしまった。

 

すぐに店員が飛んできて、こぼれたコーヒーを拭いてくれた。火傷をしなかったか、荷物は大丈夫だったかなどと気遣われ、男はすっかり申し訳ない気持ちになってしまった。

 

無料で入れ直すという店員の愛想のいい申し出を、男は頑なに固辞した。代わりに、罪滅ぼしの気持ちから、これまで一度も頼んだことのない生クリームがたっぷり乗った飲み物を新たに注文し直した。コーヒーの倍以上の値段だった。同じ店員がその飲み物を作ってくれた。

 

受け渡しのときだった。すっかり恐縮していた男は、指を滑らせてカップを掴みそこねてしまった。

 

カップはカウンターの縁に当たり、下に落ちていった。男は反射的に足を出した。衝撃を緩和するつもりが、むしろ蹴るような具合になってしまった。盛り上がった生クリームを覆うようについていたドーム状のふたが衝撃で弾け飛んだ。

 

プラスチックのカップは横にくるくる回転しながら放物線を描いて飛んでいった。ショーケースや近くの客たちにクリームを撒き散らした挙げ句、カップは鈍い音を立ててフロアに転がり落ちた。

 

男は言葉を失って立ち尽くした。カウンターの向こうの店員もまた身を乗り出したまま表情をなくしていた。店内の誰も何も言わなかった。足を出すなどという余計なことをしなければ、ふたのおかげで被害は最小限で済んだかもしれなかった。

 

男は、ちらりと伺った店員の顔にかすかな殺意が浮かんだのを見てとった。それ以上その場にいられなかった。男は一言も発しないまま、逃げるように店をあとにした。

 

それ以来、男は二度とその店に立ち寄ることはなかった。その店がある通りにも近寄らなかった。まもなく引っ越したのは、その店がある街に住んでいると気持ちが落ち着かなくて仕方ないからだった。

 


デモ

18 デモ

昼休みが終わろうとする頃、男は社員食堂のテレビで新宿でやっているというデモの中継を見かけた。中東で起きている内紛への、先進諸国の武力介入に対する抗議デモだった。

 

空爆で多くの市民が犠牲になっていることを知った男は、居ても立ってもいられない気持ちになり、自分も何か声をあげなければと会社を飛び出していった。

 

中継場所となっていた新宿東口に来てみると、デモはどこにも見当たらなかった。一万人を越える規模と言っていたからすぐに見つかるだろうと、男は通りを探して走り出した。

 

ところが、一時間かけてメインの通りを駆けずり回っても、デモの気配すら見つけることができなかった。「デモはどこでやってるんですか?」男はしまいに通行人に尋ねて回った。みんな眉をひそめて男を避けていった。

 



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