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遠井信也

 遠井信也と山脇俊太はテーブルに浅く尻を乗せて向かい合い話していた。遠井が野球の面白さを熱心に語りはじめたのがきっかけで、二人は、この休み時間中、ずっとこの体制で話をしていた。

「野球が面白いのは、わかるけど、球場に観に行ったことはないな」

「とりあえず、明日うちに来いよ。プロ野球選手のサインとか見せたいし、明日の試合、テレビ中継あるから一緒に観ようぜ。きっと山脇も野球が好きになるよ」

 遠井の熱心な誘いに山脇も興味を示しているようだった。明日の休みは遠井の家に行って、サイン色紙を見せてもらい、その後テレビで野球観戦をすることが決まった。

「おい、日下、明日遠井の家に遊びに行くんだけど、一緒に行かないか」山脇の後ろに座る日下光治に山脇が声をかけた。

「えっ、あー」日下は読んでいた本から視線を外し、山脇を見上げてから遠井に視線を移した。

「遠井、日下も一緒に行っていいだろ」山脇は顎をつき出すように訊いた。

「当たり前だ、日下とも友達になりたかったからな」

「そうだろ、日下は無口だけど話すと面白いし、良い奴なんだ」

「じゃあ、日下、明日誘いに行くな」山脇は日下に向けて右手を上げた。

「わ、わかった。誘ってくれてありがとう」小さな声で礼を言った。

 山脇と日下は幼なじみで小さい頃から仲良しだ。遠井は二人の関係を羨ましく思っていた。大人しく真面目な日下だが、山脇といる時は楽しそうだった。誰とでも仲良くリーダーシップを発揮し人気者の山脇だが、山脇も日下といる時は特に優しい表情をしていた。

 

「俺の夢は野球選手になることなんだ」遠井が野球のグラブを左手に入れ右手でパンパンと叩きながら、山脇と日下を前にして夢を語った。

 山脇と日下は部屋中に貼ってある、野球選手のポスターやサイン色紙の数に圧倒され、それらを見上げながら遠井の話を聞いていた。

「それにしても、サイン色紙の数がすごいな」山脇がそう言うと日下は隣で頷いていた。

「そうだろ、俺の宝物だ」

「将来は遠井のサインがこうして誰かの部屋に飾られるのかな」山脇にそう言われて、遠井は嬉しそうな表情を浮かべた。

「そうなったら最高だけどな。けど厳しい世界だからな」

「頑張れば、きっとなれるよ」山脇が言うと、遠井は何度も頷いた。

「確かに頑張らないといけないけど、まずは野球を楽しみたいんだ。野球選手になれなくても、将来は野球の楽しさを伝える仕事がしたいんだ」

 遠井の野球への熱い思いに、山脇は感動し羨ましく思った。自分にはこんな熱中できるものがないなと、もう一度部屋中のポスターやサイン色紙を見上げていた。

 

「シンヤ」という蚊の鳴くような声と同時に部屋のドアが少し開いた。三人がドアの方に視線をやった。

「あっ、姉ちゃん」遠井が開いたドアの方に向かった。

「お母さん出掛けてるから、とりあえず、さっき焼いた焼き菓子と珈琲持ってきたわ」そう言ってお盆を遠井に渡した。

「姉ちゃん、サンキュー」遠井が盆を受け取った。

「おじゃましています」山脇がドアの外に立つ遠井の姉を覗きこむようにして頭を下げた。続けて日下もペコリと頭を下げた。

「ゆっくりしていってね」遠井の姉が部屋に顔だけ入れて、はにかむような笑みを浮かべた。

「ありがとうございます」山脇が言うと日下も「ありがとうございます」と続けて言って揃って遠井の姉にもう一度頭を下げた。

「どういたしまして、じゃあごゆっくり」遠井の姉は遠井に視線をやってから、二人に向けて、もう一度、はにかむように笑った。

 


医者になりたい

 寝坊した大沢彰は、中学校まで全速力で走り何とか遅刻せずに間に合った。

 校門に立つ先生が「大沢はいつもギリギリだな、五分だけ早く起きればいいんだぞ。この五分の差が将来大きな差になるかもしれないんだ」と説教した。

「はーい、わかりました~」と大沢は右手を小刻みに振って立ち止まることなく教室へ走って行った。

 説教した先生は、わかってくれてないなと苦笑し、大沢の教室へと向かう後ろ姿を腕を組みながら目で追った。「性格が明るくいい子なんだけどな」と呟いた。

 

 大沢は息を切らし教室に入り北尾の席を見ると、北尾の姿がなかった。大沢は首を傾げた。いつもなら、一番後ろの席でふんぞり返って座り、大沢に向かって右手をあげてから「おぅ、おせえぞ」と言ってくるのだが、どういうわけか今日はいない。無遅刻、無欠席だった北尾なのに、どうしたんだろうかと思った。野々村に訊いたが、心配そうに野々村も首を傾げた。

 

 担任の先生から北尾の母親が入院したので北尾は今日からしばらく休みだと聞いた。入院という言葉がすごく重く感じた。

 その日、家に帰ってから大沢は自分の母親から北尾の母親が生死にかかわる病気だと聞かされて、信じられなかった。北尾の母親のふくよかな顔と明るい笑顔から病気を想像することができなかった。

 その晩、布団に入ってから、北尾の家に遊びに行くとジュースやおやつを出してくれた北尾の母親の笑顔が頭に浮かんだ。絶対に元気になってほしいと天井に向かって手を合わせた。北尾はどんな気持ちで過ごしているんだろうか、そんな事ばかり考え寝返りばかりうった。

 

 次の日も北尾は欠席していた。大沢と野々村は二人で下校した。

「北尾の母ちゃん、重い病気みたいだ。俺の母ちゃんが、そう言ってた」大沢の表情はいつもとは違い曇っていた。

「そうなんだ、病名とかはわからないの」

「重い病気としか聞いてない。聞くのが怖いし」

「そうだな、今僕たちに出来ることは、お母さんが元気になることを祈るだけだ」

「早く元気になってくださーい」大沢が曇天の空に向かって大声を張り上げた。

 

 次の週の月曜日に北尾が登校してきた。大沢がいつものようにギリギリで登校すると、後ろの席に北尾の姿が見えた。「おぅ、おせえぞ」と言って右手を上げた。いつもより声は小さかった。

「北尾、お母さん大丈夫だったか」大沢は北尾の姿を見るなり訊いた。涙が出そうになったのをごまかした。

「先週は母ちゃんが倒れて大変だったよ。今は親戚の家から通ってるから疲れるわ」と笑いながら話してくれたが、その笑顔は少しひきつり無理していると大沢にはわかった。大沢もひきつった笑顔を返して言葉は出なかった。それから数日間は北尾は笑っていても笑顔に無理があるのがわかったので、大沢は北尾の母親の話題をすることはなかった。

 

 大沢と野々村は久しぶりに北尾と三人で下校した。北尾の母親が入院してからは、三人で下校していなかった。北尾は授業が終わると先に一人で帰っていった。

 先に帰るな、と言って笑って帰っていったが、大きな背中が丸く小さくなっていた。

 病院に寄っているのか、親戚の家なのでまっすぐに帰らないといけなかったのか、わからなかった。

 野々村も今はそっとしておいてやろうと言った。大沢もそう思った。

 今日は北尾から一緒に帰ろうと声を掛けてくれた。大沢は野々村と顔を見合わせて笑みを浮かべた。

 北尾がちょっと寄り道しようぜと言って、川の土手を駆け上がって行った。二人は北尾を追いかけた。北尾は土手に座り込み、川を眺めていた。

 川が夕日で黄金色に輝いていた。北尾は黙って、それを眺めていた。北尾の顔も黄金色になっていて、少し笑みを浮かべているように見えた。少し沈黙の時間があった。鉄橋を渡る電車が見え、三人は電車を目で追っていた。電車が鉄橋を過ぎると同時に大沢が口を開いた。

「今日は親戚の家じゃないのか」

 北尾が大沢を見上げた。

「おぅ、今日はおばちゃんがうちに来てくれてるんだ。うちの掃除してくれてる」

「そ、そうか」

「母ちゃんの手術はうまくいったみたいで、もうすぐ退院だから」北尾から笑顔が出た。久しぶりに見る顔だと思った。

 大沢と野々村は胸をなでおろした。大沢と野々村にも笑顔が戻り、二人は北尾の両隣に座った。

「よかったな」と北尾に声をかけて、北尾の顔を見ると北尾の目が潤んでいるのがわかった。それを見て大沢も涙が出そうになったが必死で堪え、目頭をおさえた。野々村が北尾と大沢の顔を見ながら何度も頷いていた。

 その後、三人は黙って夕日と川の流れを眺めていた。夕日はゆっくりと沈んでいき、川は静かに流れていた。

「俺、医者になりたいな」北尾が急に言った。

「医者……?」大沢は北尾の口から出た言葉に驚くように目を丸くした。北尾に医者のイメージがなかった。野々村の方が医者らしいなと思った。

「そうだ、母ちゃんの命を救ってくれた医者みたいになりたい。人の命を救う仕事がしたいんだ」北尾の目は、また潤んでいた。

「医者になるのって難しいんじゃないのか」

「あー、今の俺じゃ無理だろうな。俺は今から野々村に勉強教えてもらって、間中高校に入学する。そして大学の医学部を目指すんだ」北尾が少し色を失った空を見上げて涙を拭った。

「また、僕?」野々村が自分の鼻に人差し指を向けた。そして笑った。

 大沢は北尾がすごく大人に見えた。自分には何の夢もないし、ぼーっと生きてるだけだなと思った。

「大沢と野々村は夢とかないの?」北尾は川の方を向いたまま訊いた。

「僕は研究者か教師になりたい」野々村が言った。

「俺は何も考えてないな。俺に向く仕事なんてあるのかな」大沢は下を向いた。

「そうだなぁー、大沢はムードメーカーだし、俺はお前と一緒にいると楽しいから、人を楽しませる仕事なんかがいいんじゃないか」大沢の肩に手をかけた。

「そうかなぁ」大沢は少し照れた。自分といると楽しいと言ってもらったことが嬉しかった。

「僕もそう思う。大沢は明るいから、きっと向いてる」

「お前といると本当、楽しいからいっしょに間中高校目指そうぜ」北尾が親指を立てて大沢に向けた。

「俺の学力じゃ間中高校は無理だよ」

「なに言ってんの、お前は俺よりは頭いいだろ」

「そうだな、それは言えてる」大沢が笑った。

「お前、そこは否定しろよ」北尾は笑いながら大沢の頭を平手で叩いた。

 大沢は北尾が元気になったことが嬉しかった。自分も勉強して間中高校を目指してみよう。そして人を楽しませる仕事について考えてみようと思った。

「お前も俺といっしょに野々村に勉強教えてもらえ」

「OK、それがいい」

「僕が?」野々村は、また自分の鼻に人差し指を向けた。そして笑った。

 


合格発表

「あっ、あったー」山脇は受験番号をみつけ、ガッツポーズをした。

「良かったな、日下は?」

「あっ、ちょっ、ちょっと待って」日下は遠井を手で制しながら、受験番号をさがすことに集中していた。

「あっ、あったよ」受験番号を指差しながら腰が砕けるようにしゃがみこんだ。

「日下、やったな。おめでとう」合格発表に付き合った遠井がしゃがみこんだ日下に野球で鍛え上げられた筋肉質な右手を差し出した。

「あ、ありがとう」日下は細い右手をだし遠井と握手した。遠井は握手したまま、しゃがみこんでいた日下をぐいっと右手一本で起き上がらせた。

 

 遠井は県外の野球の名門高校に入学が決まっていた。寮生活になるので、今後はなかなか会えなくなる。

「これで三人共進路が決まったな」

「遠井は休みの日とか、帰ってこれるのか?」

「いや、練習や試合があるから、なかなか帰ってこれないかもな。帰った時は連絡するよ」

「甲子園に出てくれよ。そしたら応援に行くからな」

「おー、頑張るわ」

「まぁ、もう暫くは中学生活を楽しもうぜ」

「そうだな」

 三人の足取りは軽く浮いているようだった。

 


合格発表2

「よっしゃー」北尾は空に突き抜けるように大きく両手を上げた。

「よし、よし、よーし」大沢は何度もガッツポーズをした。

「おめでとう」野々村が二人に握手をもとめた。

「いやー、本当に間中に合格出来たぞ」

「猛勉強の甲斐があったぁ。これも野々村のおかげだ。家庭教師がよかったからだ。母ちゃんが野々村に授業料払わないといけないって言ってたけど、本当、そうだ」大きな口を開けて笑った。

 北尾と大沢は間中高校を目指すようになってから、野々村の家で勉強を教えてもらっていた。野々村は嫌な顔ひとつ見せずに付き合ってくれた。

「じゃあ、出世払いで頼むよ」野々村が白い歯を見せた。

 


間中高校

 山脇は、間中高校に入学してすぐに仲の良い友達が出来た。一番仲良くなったのは北尾洋輔だ。山脇は北尾をはじめて見た時、乱暴そうに見えたので少し怖かった。ジャイアンと自分で勝手にあだ名をつけた。ジャイアンと仲良くしている男がいた。体が小さかったしジャイアンといっしょにいるのでスネ夫とあだ名をつけた。

 ある日、スネ夫こと大沢が山脇に話しかけてきた。

「山脇は、どこの中学?」

 大沢の顔を見ると微笑んでいた。

「山田谷中学なんだ。田舎だよ」

「へぇー、山田谷からか、すっげぇ田舎だな。ケラケラ、ケラケラ」

 大沢の顔は、微笑みから大袈裟なくらいの笑いに変わった。

 山脇もそれにつられて笑みを浮かべた。最初はバカにしているのかと思ったが、そうではないようだ。

「フフフ、そんなにおかしいかな?」

「小さい頃は、山田谷には人がいないと思ってたよ。俺が悪いことしたら、母ちゃんがよく言ってた。山田谷に捨てに行くってな。だからさ、山田谷は、今でも恐怖の場所。ケラケラ、ケラケラ」

「そこまで田舎でもないよ。駅前はスーパーもあるしパチンコ屋もあるし」

「へぇー、そっか、じゃあ、今度連れていってくれよ」

「あー、いいけど。大沢はどこ出身」

「あー、俺か、ここ間中だよ」そう言って人差し指を地に向け胸を張った。

 山脇は大沢の胸をパンと叩いて、自慢するほどでもないよ。ここだって、そこそこ田舎だよ、そう言って笑った。

「いつもいる北尾とは中学から同じなのか」

「そうだ、あいつ体がでかくて目付き悪いから、怖がられてるけど、本当はいい奴なんだよ。気は優しくて力持ちだ。今度、紹介するから一緒に遊ぼうぜ」

 山脇は北尾について話す大沢の表情を見て、北尾も大沢もいい奴だなと思った。勝手にあだ名をつけていたことを心の中で詫びた。

 

 

 人見知りの日下は、すぐに友達は出来なかったが、山脇に紹介してもらったおかげで北尾や大沢とも仲良くなれた。

 日下は山脇と過ごす時間が楽しかった。しかし、最近は母親や友達が山脇と自分を比べることに嫌気がさすことも多かった。山脇の積極的で明るい性格のおかげで、おとなしい人見知りな自分でもクラスメートと仲良くなれているとわかっているのだが、そんな人気者の山脇に妬みを持つようになっていった。

 高校に入ってから山脇への感謝の気持ちが薄れていき、妬みがドンドンと膨らんでいった。山脇のせいで自分は損をしているんじゃないか。山脇に利用されて山脇の引き立て役になっているんじゃないか、そう思うようになっていった。本当はそうでないとわかっていたが、そう思わないと、自分の存在は山脇がいないと成り立たないような不安が襲った。日下は徐々に心を閉ざしていった。

 

 山脇、日下、北尾、大沢は、いつも四人で下校していたが、この日は山脇が風邪をひいて休んでいたので三人で下校していた。

 北尾は、この機会に日下とも仲良くなろうと思っていた。これまでは山脇がいるから日下がついて来ているだけで、あまり話をする機会がなかった。今日は、日下とも仲良くなろうと思い、いろいろと話をしかけてみようと思った。

「日下は山脇がいないと寂しいんだろ」北尾が日下の小さな背中をパンと叩いた。

「いや、別に」日下は俯きながら言った。

「そうかな、今日は元気なかったぞ」大沢が日下の顔を覗きこんだ。

「そんなに山脇とは仲良いわけじゃないよ。嫌いかもしれない」そう言って、また俯いた。

 北尾と大沢の眉はハの字になった。

「山脇はいい奴じゃないか。本当は日下も好きなんだろ」北尾が心配そうな顔をした。

「そうかな、別に……」日下の声は小さくて聞き取りにくかった。

 北尾と大沢は顔を合わせ、首を傾げた。

「とりあえず、今日は三人で帰ろうぜ」

 

 校門を出た右側にはテニスコートがあり、三人はいつものようにそのテニスコートを横目で見ながら帰っていた。テニスコートでは部活動の練習が始まっていた。あちらこちらから高い可愛い女の声が三人の耳に飛び込んできた。三人の右端を歩く大沢は鼻の下をのばしながらテニスコートに視線を向けていた。

「お前、また安達見てんだろ」真ん中を歩く北尾は、そう言って小柄な大沢の肩に右手をまわし顔を近づけた。大沢は首をすくめて「えへへ」と笑い、頷いた。

 安達はテニス部のなかでも一、二を争う美人だ。大沢は安達に惚れている。北尾は大沢の好きな女のタイプがすぐにわかった。

「確かに、安達はきれいだな。お前、頑張ってモノにしろよ」北尾は右手を大沢の首に回したまま左手親指を大沢の目の前にたてた。

「そ、そんなんじゃないよ」と大沢は顔を赤くした。

「嘘つけー」北尾は大沢の後頭部をポンと叩き「安達に惚れてんだろ、バレバレだ」と笑って大沢を突き放した。小柄な大沢はよろけてフェンスにぶつかった。「バカ力だな、ちょっとは加減しろよ」大沢はフェンスにぶつかった右手をさすりながら笑った。

 北尾は大沢を突き放してから、今度は日下の肩に左手を置いた。

「ところで、日下はどんな女がタイプなんだ、教えてくれよ」日下の耳元に顔を近づけた。

「いや、別にそういうのは興味ないよ」日下は下を向いた。

「なーに、顔赤くなってんの、面白くないなぁ。日下、お前も男だろ。好きな女くらいいるだろ。それとも、これか」そう言って右手を立てて口にあてた。

「違うよー」日下はひきつった笑みを浮かべた。

「そういう北尾は誰がタイプなんだよ」大沢が横からさっきの仕返しとばかりに拳で北尾の二の腕をパンチしながら訊いた。

「あっ、あー、俺か? 俺は小柄な娘が好きだな、三田とかな」

「三田かぁー、確かに小柄で可愛いけど、色気ないよな。俺はやっぱり安達みたいなバーンとした胸と、ぷっくりしたお尻が好きだな」大沢は自分の胸とお尻を手でボリュームをつける仕草をしながら目尻を下げた。

「また、鼻の下伸びてるぞ。お前はやっぱりスケベだ。中学の時から変わってない」北尾は大沢の鼻をつまんだ。

 

 日下が二人と距離をおいて少し前を歩きだした。すると、北尾は、後ろから追いかけた。

「しかし、あれだよな、日下は山脇がいないと何も出来ないよな」北尾が日下の肩に手をおいて笑いながら言った。全く悪気なく軽い気持ちで言った言葉だったが、日下にとっては軽く受けとめることが出来なかった。

「……、そ、そんなことないよ」日下は体を震わせ下を向いて答えた。

「なに、その暗さ。もっと明るくしろよ」北尾は笑ったまま、大きな手で日下の肩をバーンと叩いた。

 日下は顔をしかめた。

「あれ、大丈夫か? 山脇、呼んできてやろうか」大沢も冗談のつもりだった。

「バ、バカにするなよ、山脇なんかいなくても、俺は他の学校に友達がいる」日下はそう言って、二人を置いて走っていった。

「あれっ、怒ったみたいだ」大沢が日下が走る後ろ姿を見ながら呆れるように言った。

「ちょっと言い過ぎたかな」北尾が眉を八の字にして大沢の顔を見た。

「いや、そんなことないと思うけど」大沢は首を傾げた。

 

 その後の日下は北尾や大沢、そして山脇と口をきかなくなってしまった。心を閉ざし、誰とも遊ばなくなってしまった。



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