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目次

<目次>

 

 (1) いただいたチョコレートをつまみながら

 

 (2) 取り残されホモ・サピエンス

 

 (3) エステティクスって言っても整形ではないのです

 

 (4) オンザデッキ   インザキャビン


(1) いただいたチョコレートをつまみながら

 

 学校を出て会社に入り、そして、真面目に働く。

 好きな人を見つけて、家族を作り、家を建てて、孫を抱く。

 まるで絵に描いたような「幸福図」ではあります。

 

 でも、そんな「図」が現実にそぐわなくなって来てるっていうんです。

 

 私たちは、学校で教わりました。

 そして、私は学校で教えました。

 

 何事も懸命に努力をしなさい、努力は人を裏切りません。努力をしていればきっと誰かがそれに応えてくれます。

 勤勉であれ、誠実であれって。

 

 あれは産業革命により、大量生産が可能になった社会でのことでした。

 

 人間はそれまでのんびりと暮らしていたのです。

 鍬が壊れれば、1日をかけて、それをなおし、田畑を耕すことをやめても、なんら影響はありませんでした。

 ところが、大量にものが作られてくると、壊れた鍬をなおすより、そこに飾られてたくさん売られている鍬を買うことを選んだのです。

 そして、せっせと畑を耕し、収穫をあげていったのです。

 

 田畑での仕事が嫌なものたちは、新しくできた工場で働くことを選び出しました。

 工場は彼らを時間で雇いました。

 彼らの時間を買って、賃金として払ったのです。

 続々と立ち上がる新しい仕事が彼らを大量に必要としました。

 

 資本主義の始まりです。

 

 新本主義の統治者たちは、この豊かで、将来性のある時代を維持していくために、賃金だけでは十分ではないと考えました。

 そこに、哲学がないと、到底、維持できないと考えたのです。

 だから、働くことは人間にとって意義あることだと声高に述べたのです。

 

 この哲学は功を見事に奏しました。

 人々は、働くことは善であり、貴いものだと、会社や国のために一身を投げ打つのは素晴らしいことだと、自然に思うようになっていったのです。

 

 だから、会社のために命をかけて働き、国のために命を張ったのです。

 

 そんな時代が今年を契機に変化するのではないかって、あと百年もすれば、あの年がその始まりだって言うようになると、そんな声が聞こえて来たのです。

 

 何が、変わるんだと、で、どうなるんだと、自問自答をするのです。

 

 まず、懸命にものを覚えたり、計算を誰よりも早くやったり、漢字を覚えたり、そんな勉強が一切合切必要なくなります。

 そんなことはAIがやることで、人間は、AIから知識を引き出し、それを再構成する力を持つよう訓練を受けます。

 ほんの数日でいいのです。

 ですから、学校なんてなくなるのです。

 

 会社に入り、真面目に働くなんてこともなくなります。

 そこには、文句も言わず、二十四時間、働き続けるロボットがいるからです。人間は御役御免となったのです。

 

 だから、人間は勉強も労働も必要としなくなったのです。

 いや、誰からも求められなくなるのです。

 

 だったら、何が残るのといえば、それは「時間」です。

 それまで、勉強に取られていた時間、労働に取られていた時間、足りないことに不平不満を述べていた時間が、手元に戻ってくるのです。

 

 産業革命前、人間が、ゆったりとしていたあの「時間」が、私たちの手元に戻ってくるのです。

 

 でも、なぜか、喜べないのです。

 何もしなくていいって、どう言うことなのって、不審に思うのです。

 

 人は、念願であった「時間」を手に入れたのに、この不審はなんだって、そう思うのです。

 でも、時代はうむも言わせずに進行していきます。

 すでに、私たちはその中に片足を突っ込んでしまっているのです。

 学校は、厳しく人間修養を求める場ではなくなり、仲良しこよしで遊ぶ場となり、会社は、利益を優先し、達成度を重視する場ではなく、上司が部下に気を使い、言葉に気をつけ、当たり障りのない組織になっているのです。

 

 それもこれも、当代の人間が求めたことなのです。

 これだけ、世界が変わったのですから、新しい哲学、人間学が必要となります。

 でも、時代の変貌と相対的に、新しい哲学、人間学はまだ出て来ていません。

 旧態依然たる哲学と人間学がのさばっているだけです。

 

 それがやがて、人間に宇宙の果てのような暗黒の不安を与えるのは目に見えています。

 だから、人間は限りある英知をつぎ込んで、新しい画期的な哲学と人間学を作り出さないといけないのです。

 いただいたチョコレートをつまみながら、私はそう考えているのです。

 


(2) 取り残されホモ・サピエンス

 

 サルに似たヒトの前に、謎の物体が出現。

 

 その物体を手にした一匹のサルに似たヒトが、それまで肉を食べては捨てられていたその大腿骨を武器に使い、相手を攻撃して、勝利するのです。

 

 そして、勝利の喜びを表すために、その骨を空高く放り投げます。

 すると、それが宇宙をめぐる軍事衛星になる……

 

 『2001年宇宙の旅』の、あまりに有名なオープニングの場面でした。

 

 しかし、実に、怖い映画でした。

 映画が描く未来がこんなにも怖いとは、思いもしなかったからです。

 

 惑星探査船を制御しているのは「HAL」と名付けられたコンピューターです。

 乗組員には知らされていませんが、この探査船には、サルに似たヒトの前に現れたあの謎の物体の謎を探求すると言う目的があったのです。

 「HAL」は、なにごとも乗組員と話し合うこととインプットされています。同時に、謎の物体については絶対に乗組員に言ってはならないともインプットされています。

 

 知能の高い「HAL」は、この二つのインプットの矛盾に、次第に齟齬をきたし始めるのです。

 

 困った乗組員は、珍妙な指示を出し始めた「HAL」をリセットしようとします。

 自分がリセットされると言う危機を察知した「HAL」は、乗員を排除しようと画策します。そうすれば、あの謎の物体の探索について何も言わないということを守れるとも考えるのです。

 

 コンピューターの反乱です。

 きっと、機械が人間に刃向かう、それが私には怖かったのではないかと思っているのです。

 

 いまのところ、私のMacは反乱を企てることもなく、私の健康を監視し、私が異常な行動、つまり、想定以上の食事をしたり、想定以下の運動であれば、警告を発してくれます。

 さらに、私が文章を綴る際には、一枚の画面に、複数の情報を提示し、私が文章を綴る手助けをしてくれます。

 

 机の引き出しを一杯にするほどのカードを作り、それでも足りなくて、辞書を何冊もそばに置いて、原稿用紙にペンでものを書いていた頃に比べると、雲泥の差がそこにはあります。

 

 きっと、それは、あのサルに似たヒトが動物の骨を振り上げて敵をノックアウトした、あのことに匹敵する革新であったと思っているのです。

 

 あの骨を使い、さらに、黒曜石を使うようになり、そして、火を、ヒトは使うようになるのです。

 そこに至るまで、どのくらいの年月が経過しているのだろうか。

 私はデータを、私のMacに求めます。

 

 石器を使い始めたのは、およそ200万年ほど前。気の遠くなる月日です。

 火を使い始めたのは、170万年から20万年前と幅広い想定がなされています。

 そして、農耕が始まったのが、1万年前、長江流域での発掘で確認されています。

 

 実に長い、気の遠くなるくらい長い年月を、ヒトはコツコツとやって来たんだと感心をするのです。

 

 さらに、考察を進めていきます。

 そうだ、文字を使い始めたのはいつだって。

 紀元前四千年ごろだって、Macが情報を出しました。今から六千年ほど前のことです。

 

 二百年ほど前に、蒸気機関が発明されて、百年ほど前に石油や電気が使われるようになって、ついこの間、私たちはコンピューターを手にしたばかりです。

 

 それなのに、今や、人間が不可能とする演算も可とし、ヒトゲノムも解明、iPS細胞も作れるようになり、人間は人間の命さえも自由に操作できるようになりつつあるのです。

 

 私たちがサルに似たヒトであった時に、膨大な時間の中で、生き、死に、命を継いで来た時代。ところが、今、極めて圧縮された時間の中で、私たちは生きることを余儀なくされているのです。そして、私たちはそれまでのヒトが手にしたこともないようなシンギュラリティが訪れるのを目前にしているのです。

 

 シンギュラリティとは、AIが人間の知性を超える技術的特異点を言います。

 

 その時点で、私たちはホモサピセンスからホモデウスへと進化を遂げるのだと未来学者は言います。

 人間は、「賢いヒト」から「神のヒト」になると言うのです。

 

 すべては、あの骨が始まりになっているのだと思うと、私はあの映画を観た時に感じた恐れが現実のもののなっているのではないかと、あの時以上の怖さに身を震わすのです。 

 

 日常の退屈な時間の中で、そんなことを思うのです。

 この退屈な時間も、一人のヒトにとっては、おそらく、貴重でかけがいのない時であると、そう考えるのです。

 未来は、すぐ目の前に、人が神とならんとする支度を整えてあるのです。

 

 でも、神にならなくてもいい、退屈な時間を、退屈だなって生きている方がよほどいいと、しかし、それさえも許されない未来があるとしたら、私たちはそれに対峙しなくてはいけない。

 

 筑波のお山にでも籠ろうか、それとも、船で沖合に出て、どこか無人の島に行こうか、そんな未来の及ばないところに別天地を求めて、そして、取り残されたホモ・サピエンスとしてひっそりとたゆみない時間の流れに身を任せようと、そんなことを空想するのです。

 


(3) エステティクスって言っても整形ではないのです

 

 哲学って、難しいようですけれど、困った時にそれを乗り越えさせてくれる魔法の思考だと思っているのです。

 

 哲学の三要素というのがあります。

  論理学、倫理学、美学です。

 

 論理学も倫理学も、私、これ、教職にあった時、使っていました。

 私は国語の教師であったのですが、それが得意な子には、教師の話が平坦であると実に面白くない授業になります。それが苦手な子には、教師の顔を見るのも憎らしくなるくらいつまらないものなのです。

 だから、私一工夫したんです。

 

 論理学を使って、現代文の授業を展開したのです。

 これを始めてから、生徒の目が変わったのです。なにせ、私、哲学者になって、生徒に漱石先生や、小林秀雄を抗議するのですから、生徒も目を丸くして、聞き入ったのに違いないのです。

 

 で、何をやったかと言いますと、取り立てて、画期的なことなんてものではないのですけれど。

 

 例えば、「つまり」という言葉が出てくれば、それは A=B だっていう具合です。

 「つまり、すなわち」などいう言葉、その前後、同じことを言っているということを、数式で示したのです。

 「むしろ」は、A<B です。Bの方がAより重要であるということです。

 こんなこともやりました。

 「AはBである。CもまたA’である。」という文があれば、それは<B=C>が成立するというようなことです。

 

 これ、とりわけ、大学入試問題に効果を発揮したんです。

 

 だって、大学の先生たち、こんな論理であの問題を作り、予備校の厳しい批判をかわしているのですから。国語だって、唯一解があるんだって。

 

 試験をやると、国語は曖昧な教科ですから、必ず、自分はこう考えたのだから、これは正解に違いない、だから、何点かおくれって、そんなことを言ってくる生徒がいるんです。

 

 こんなことがありました。

 「ハッとした」に傍線を引き、その時の感情について述べよって言う問題です。 

 曖昧でしょう。

 いくらでも、自由に書けるでしょう。

 

 でも、他の行に、「驚愕した」と言う主人公の心情を説明した部分があるんです。「ハッとした」は「驚愕した」に同等の言葉ですから、ここが根拠になり、「驚愕した」に相当する文章が書かれていなければ、それは誤答になると、「論理学」を使って、優秀な頭脳のあれやこれや言ってくる生徒を撃退していたのです。

 

 で、倫理学はといえば、それはもちろん、生徒指導です。

 

 随分と困った問題をあれやこれやとこなしてきたものだと今思っても憂うつになります。

 

 今も、学校で起こる問題で不幸な事例が新聞に載りますが、あのような記事を読んでますと、そこで、問題解決に当たっている教師のことを思いやるのです。

 あそこにも、自分の家族をほったらかして、問題解決に頑張っている教師がいるに違いないって。同時に、問題が表面化して、こんがらっているさまを見ると、命を張って解決しようとしている教師はいないのかしらっ、とも思うのです。

 

 最近は、教師の悪さも表面化していますから、大人たちが子どもたちに範を垂れると言うことを忘れて、子ども化しているとしか思えないのです。

 

 だいたい、国会での議論の低俗化は、これこそ問題だと思うのです。

 揚げ足を取ったり、弱い大臣にこれでもかって議論を吹っかけるのは、学校のいじめの事案にそっくりです。 

 

 倫理学とは、何が善で何が悪かと言うことを知らしめるものです。

 

 そんなことを思えば、私は、随分と保護者ともやりあいました。なにせ、子供のような保護者なのですから、こちらが弱気であれば、子供の教育はできません。

 子供よりタチの悪い保護者は悪だって、私、そう思って対峙していました。

 

 だから、倫理学は、私が教師であるためにはどうしても必要な哲学であったのです。

 

 さて、美学はといえば、それは美醜を判断する哲学であります。

   論理学では数式を用いて、生徒の奇をてらったのですが、美学はそうはいきません。これだけは数値では表現できない大切なものだからです。

 

 学校が学校であるためには、この「美学」と言う哲学を理解しないといけません。

 当たり前のことなのですが、ともすると忘れがちになるのが、感性のあり方です。もちろん、それは一人一人違うものです。

 ある文学作品を読んで、感じ方が、30人いれば、30通りあってもおかしくないと言うことです。

 

 あるお金持ちがお小遣いに幾らかをやるとネットで放って話題になっていますが、それをよしとする人も、それはないだろうと思う人もいるのと同じです。

 あるいは、俺がこの会社を立て直したんだと言って、そりゃそうだ、彼の行ったことは素晴らしいことだと思う人もいれば、そのかげで塗炭の苦しみを舐めた人がいるんだと悔しく思う人たちもいるのです。

 これが政治になれば、国民をたぎらせて、戦争にまで発展していくのですから恐ろしいことです。

 

 つまり、美学というのは、論理学や倫理学とは違って、実に曖昧な中にある哲学なのです。

 

 でも、はっきりしていることがあります。

 美学は、一人一人が違うことを知る哲学だっていうことです。

 これがいじめをなくす、原動力になるし、国際社会でまっとうな意見を述べる手がかりになるということです。

 

 美学のことをエステティクスと言いますが、どうやら、これは顔貌ではなく、心を良い方へと変貌させる哲学だと思っているのです。

 


(4) オンザデッキ   インザキャビン

 

   船の上で生活するーなんて、私の尽きせぬ夢であるのです。

 

   いやいや、お前さん、一艘のけったいな船を土浦駅から徒歩三分の港にもっているではないか、常日頃、それを自慢げに語っているではないか、それなのに、おかしいことを言うね。

 いよいよもって、ボケてきなさったかなどと、悪たれを垂れる御仁もおられるのではないかと密かに思っているのです。

 

   今、風速9、西北西の風が吹きすさぶ船の中で、この一文をiPadを膝に乗せて、もやいロープに船体が引っ張られて大揺れの中、手元もぎこちなくキーボードを叩いているのです。

 

   いやね、私が言うのは、例えば、イギリスの川で、あのロングボートを浮かべて、そこで寝食しながら、仕事に行ったり、川伝いに旅をしたり、そんな生活をしてみたいと言うことなんですよ。

 

   私の船は、フイッシュイング・ボートなんです。

   ですから、釣った魚を生かしておくためのいけすがあったり、汚れた手や暑い日にかいた汗をさっぱりとさせてくれる簡易シャワーは付いているんですがキッチンはないんです。

 

   港で、船仲間と遊ぶときは、デッキに、乾き物を並べて、ウーロン茶で乾杯なんてやっているんです。

 

   気の利いた仲間がいれば、桟橋にテントとテーブルを並べて、手作りの料理を振舞ってくれるのですが、そうそう、滅多にお呼ばれすることもありませんから、対岸から手を振って、呼んでよと念願するのですが、どうも通じないようで、滅多なことでは呼ばれないということになるのです

 

   でも、一人で、船で過ごすことが好きであるので、呼ばれなくても、一向に差し支えないのです。

 だいたいにおいて、船のオーナーは孤独者なのです。

 

   仕事の煩わしさから逃れたい、ひとときの安息を得たい、そのために、船をもっているのですから。

 それに、船に興味がなければ、船って、本当につまらないんです。

   テレビもないし、それに何より、水の上って言うのは、常に動いているんです。

   陸での生活が身にしみている人間には、時には耐えられないような、それは動きなんです。

   

   いつだったか、隣のヨットのオーナー、仙台で仕事に行っている方なんですが、友人二人、それも女性、その方々を乗せて沖から戻ってきたのです。

 

 私が港に入ってきた時に、彼のヨットが出て行きましたから、戻ってくるまで、一時間も経っていません。一体どうしたことだろうと何気に様子を伺ってしまったのです。

   伺うつもりはなくても、私は、デッキに椅子を出して、傘をさして日陰を作り、iPadで書き物をしていたのですから、どうしてもそれらの一切を見聞きしてしまうのです。

 

   どうやら、おトイレが問題であったようです。

 

   私たちのような小さな船のトイレは、だいたいが手押し水洗です。

   つまり、出した後は、隣にあるコックをヒコヒコとさせながら、サイホンの原理で船外に出すわけです。

   それに、だいいち、さほどに広くはないのです。

 

   ですから、私など、ドアは開けっ放しにして、用をたすのですが、慣れていればともかく、はじめての人は、女性であればなおのこと、それはしようにもできないことだとは思います。

   ですから、仙台の彼、翌日、私が船に立ち寄ったとき、デッキで一人、寂しくしていたのです。だから、昼飯にと買ってきたあんぱんを一つ差し上げたのです。

   きっと、彼が意中とする彼女は、彼が期待するほど、一本マストのヨットには反応しなかったのではないかと思っているのです。

 

   だから、船を持っている人間は、私、概して、孤独であり、懸命の仕事のその苦痛から逃れるために、それを癒しの場としていると考えているのです。

 

   それゆえ、志を同じくする愛しい方と一緒に、船で暮らし、朝焼けを浴びながら、あるいは、夕景を沖で堪能しながら食事し、波に揺られながら、眠るなんて最高だと思うのですが、そうそう、同志は現れないものなのです。

 

   だから、船乗りは独りよがりのロマンチストでもあると、私確信しているんです。

 

   さて、この日、北国あたりでは、車を運転するのも危険なくらいの気象状況でした。

   太平洋岸は、こういう時、すこぶる天気がいいのですから、皮肉なものです。

   しかし、北国を襲っている荒々しい気象の影響は私の船が係留されている港にも押し寄せて、風速9の風を吹かせているのです。

 

   台風で港の水かさが増した時、嵐で港に係留されている船という船が同じように激しく揺れ動いる、私、そんな情景が好きなんです。

 

   ですから、午前中に、仕事を終わらせて、午後、船が風に揺られる港に来て、デッキから落ちそうになりながら、乗り込んで、あまりの風なので、キャビンにもぐりこんでいるという次第なのです。

 

   こんな日は、無遠慮なバス釣り師たちも家でくすぶっています。私の船の横に、半畳ほど使って店を出すヘラブナ釣り師も出てきません。

   ですから、もやいが船を引っ張る音と、唸る風の音しか聞こえないのです。

 

   夏は嵐の日。冬は北風の吹き荒れる日。

   船は最高の哲学の場になるのです。



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