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第1部 第1章 中野定之助

 天明元年の5月。10代将軍徳川家治の嫡男で将軍世子であった家基が急遽した。家基の死から5か月後の10月。一橋徳川家の嫡男、豊千代が、家治の養子に入り新たに将軍世子となり、生母の於富と許嫁の茂姫と共に、江戸城西丸御殿へ遷り住んだ。家斉が西丸御殿に初めて入った日。案内役の石谷清定はなぜか、「宇治之間」だけ素通りしようとした。

 

「何故、この部屋だけ素通りするのじゃ? 」

  家斉は、「宇治之間」の前で立ち止まると石谷に訊ねた。

 

「こちらは、開かずの間として長い間、使われておりません。故に、案内は無用と存じます」

  石谷がすました顔で答えた。

 

「何故、開かずの間となっておる? 」

  家斉が訊ねた。

 

「綱吉公の時代。夜の見回りをしていた火の番が、この部屋の前を通りかかった折、紋付姿の亡霊に出くわしたとの噂が奥女中の間に広まり、いつしか、この部屋は開かずの間となったようです。紋付姿の亡霊の姿を見た者の身にはかならず、災いが降りかかるといわれております」

  石谷が神妙な面持ちで説明した。

 

「この部屋に住むことに決めた」

  家斉は、あろうことか「宇治之間」を居所とすると言い出した。

 

「大納言様。今のお話をお聞きになっておられなかったのですか? この部屋だけはやめておきましょう」

  西丸小姓の木村重勇が、家斉を何とか思いとどまらせようとした。

 

「根も葉もない噂を真に受けてどうする? わしは、亡霊など信じていない故、平気じゃ」

  家斉はそれを逆に面白がった。

 

一橋邸に住んでいたころと違って、自由に外出することもままならない江戸城西丸での暮らしは、遊び盛りの家斉にとって、退屈で窮屈極まりなかったが、於富と茂姫が近くに居ることが心の支えとなった。家斉は、しょっちゅう2人の部屋に来ては1日中入り浸った。奥向へ行くと、やたら目につく風変わりな若侍がいた。奥女中たちの話では、その若侍は、男の身でありながら、立花と茶の湯は師範の腕前だという。広敷役人が、奥向を出入りする者を厳しく監視する中、その風変わりな若侍はなぜか、我が物顔で奥向を出入りしていた。

  

西丸御殿の暮らしにも慣れたある日の昼下がり。家斉が、いつものように廊下を闊歩していると、例の若侍が前方から歩いて来た。若侍は素早く廊下の隅に下がると、家斉が通り過ぎるまでその場に平伏した。

 

「今しがた、廊下で会うたのは何者じゃ? 」

  家斉は、「宇治之間」に戻るなりお供していた木村に訊ねた。

 

「徒頭中野清備の嫡子、中野定之助でござる」

  木村が即座に答えた。

 

「はて? 聞き覚えのない名じゃ」

  家斉は、勢い良く腰を降ろすと言った。

 

「気になりますか? あの者はまだ部屋住ですが、奥向への出入りを許されておるそうです」

  木村が告げた。

 

「ただちに、あの者をここへ連れて参れ」

  家斉が身を乗り出して言った。

 

「御意」

  木村は急いで、定之助を呼びに行った。木村が定之助を呼びに行った時、定之助は、稽古を終えて城を出ようとしていた。

 

「大納言様。中野定之助を連れて参りました」

  木村が、部屋の中へ呼びかけた。

 

「通すが良い」

  すると、部屋の中から上ずった声が聞こえた。

 

「失礼仕ります」

  定之助は、緊張した面持ちで部屋の中に入ると部屋の隅で平伏した。

 

「隅にいては、話が出来ぬではないか。もちっと、ちこう寄らぬか」

  家斉が手招きした。

 

「中野定之助と申します」

  定之助が、家斉の向かい側に座ると頭を下げた。

 

「おぬしが奥向に出入りしているところをよく見かけるが、いったい、奥向には何用で出入りしておるのじゃ? 」

  家斉が身を乗り出して訊ねた。

 

「昨年、奥女中の行儀作法指南役を拝命し、月に3日、奥女中らに稽古をつけておる次第」

  定之助が、緊張した面持ちで答えた。

 

「男のくせに、奥女中の礼儀作法指南役を買って出るとは正気の沙汰とは思えぬな」

  家斉がふんと鼻を鳴らした。

 

「それがしは、伯母が、奥向に長く奉公していたご縁にて元服まで奥向で育ちました。幼くして両親を亡くし、天涯孤独の身であったそれがしを引き取り一人前になるまで育ててくださった皆様のご恩に報いるためにお引き受けした次第」

  定之助が、神妙な面持ちで身の上話をした。

 

「見かけによらず苦労人なのじゃな」

  家斉が言った。

 

「それがしよりも、もっと、苦労をしている者がおります。それがしなど、まだ、恵まれた方ですよ」

  定之助が苦笑いして言った。

 

「おぬしは、奥向に出入りしておる故、わしが知り得ぬ奥向のことを知ることができる。時々、ここに来て奥向の様子を教えてほしい。奥向で暮らす母上や茂姫のことが気がかりで仕方がないのじゃよ」

  家斉は、あくまでも於富と茂姫の様子が知りたいと強調したが、大奥に興味があることも否めなかった。

 

「承知しました。お呼び頂ければ、いつでも馳せ参じます」

  定之助が明るい声で言った。定之助が部屋を出るや否や、木村が、家斉の傍にすっ飛んで来た。

 

「大納言様。中野定之助は、まことに信用のおける男なのですか? それがしには、大奥の御年寄や大納言様のふところに、するりと入り込む人たらしにしか見えませぬ」

  木村が、眉間にしわをよせると言った。

 

「伯母が奥勤めをしていたのじゃ。御年寄と近しくなるのも当然の話じゃ」

  家斉が、定之助をかばうように言った。

 

「大納言様。あの者の伯母は、今は亡き、家基君の乳母の初崎なのですよ」

  どこからともなく美形の若侍が現れて、耳よりの情報をもたらした。その美形の若侍の正体は、田沼意次の甥にあたる意致であった。

 

「それはまことの話か? 」

  家斉は思わず、身を乗り出して訊ねた。

 

「いかにも。大奥の古参の間では有名な話にてござる」

  意致がえへん面で答えた。

 

「おぬし、なかなか使えるのう。向後もよしなに頼むぞ」

  家斉が満面の笑みを浮かべて言った。

 

  別の日の午後。西丸付御年寄となった乳母の大崎が、あいさつにやって来た。

 

「大納言様。将軍世子御着任祝着至極に存じ奉ります」

  大崎が、両手をついて頭を下げると恭しくあいさつした。

 

「何じゃその堅苦しいあいさつは? わしをからかっておるのではあるまい? そなたらしゅうない振る舞いじゃ」

  家斉が口をとがらせて言った。

 

「若様は、今や将軍世子でございます。一橋邸のころと同じようにはまいりません」

  大崎が、神妙な面持ちで告げた。

 

「その方らは、しばし、下がっておれ」

  家斉は、部屋にいた近習たちを体よく追い払うと大崎の傍に坐った。

 

「大納言様。将軍世子が自ら、下座に参られてはなりませぬ」

  大崎が家斉をとがめた。

 

「斯様に遠くては、そなたの顔を見て話が出来ぬではないか」

  家斉が甘えた声で言った。

 

「大納言様。ちと気色が悪いようですが、大事ございませぬか? 」

  大崎が、心配そうに家斉の顔をのぞき込んだ。

 

「大事ない。むしろ、一橋邸にいたころより元気じゃ」

  家斉が豪快に笑った。

 

「言われてみれば、いちだんと凛々しくなられた気が致します」

  大崎が穏やかに微笑んだ。

 

「見かけは凛々しくなっても中身は同じじゃ。将軍世子として世に認められるためにも、より、いっそう精進せねばならぬ」

  家斉がため息交じりに言った。大崎は、ここにきて、家斉の成長ぶりを見せられて思わず涙腺がゆるんだ。一橋邸にいたころは、ぐうたらでわがままだった若殿の成長に驚きつつも喜ばずにいられなかった。世子となって以来、家斉は、よりいっそう学問と武芸に励むようになった。

  

西丸に入城してから3か月が経ったある日。家斉は、家治と共に鷹狩へ出掛けた。驚いたことに、家斉との初めての鷹狩に家治が選んだ鷹場は、家基が突然、体調を崩した因縁のある品川の先の新井であった。鷹狩を楽しんだ後、休憩所へ向かう途中、家斉は、目指す先が、品川の東海寺方面ではないことに気がついた。

 

「これ、その方」

  家斉は、馬上から西丸御書院番御徒頭長谷川平蔵に声をかけた。

 

 「ははあ。何なりとお申し付け下され」

  長谷川が、明るい声で返事した。

 

「この道は、東海寺へ続く道で間違えござらぬか? 」

  家斉は、記憶している東海寺周辺の風景が見えて来ないことを不審に思い訊いてみた。

 

「おそれながら、東海寺ではなく法連寺へ向かっております」

  長谷川が恐縮して告げた。

 

「何故、法連寺なのじゃ? 」

  家斉が、先を進む家治の後ろ姿を見つめながら訊ねた。どうやら、何も知らされていないのは家斉だけらしい。

 

「今朝になり、主殿頭より、皆へ法連寺へ向かうようにとご下命なされた次第」

  長谷川が答えた。

 

家斉は、行先変更の裏に、田沼意次がからんでいると聞いた途端、妙に白けた。家基の死は予期せぬ出来事だった。近習たちは、態度にこそ表さないが、腹の中では、家基の方が良かったと考えているに違いない。家基は、家斉から見ても、将軍を継ぐに相応しい人物だった。将軍となったら、間違いなく名君となっただろう。ぼんやりと考えている内に、一行は法連寺に到着した。家治に続いて本堂に入ると、住職や僧侶たちがそろって出迎えた。家治は、あいさつするを終えるとすぐに用意された部屋に入った。

 

「大納言様。主殿頭が、折り入ってお話したいことがあるとお待ちです」

  家斉があくびをかみ殺しているところに、長谷川が、足早に、家斉の傍にやって来て耳打ちした。

 

(いったい、何用であろうか? )

 

 家斉は首をかしげた。長谷川の案内で意次の元へ行くと、意次は、庭を見渡せる縁側に坐っていた。

 

「大納言様」

 意次は、家斉に気づくと平伏した。

 

「面を上げよ。わざわざ、呼び出して話したいこととは何なのじゃ? 」

  家斉は、意次の隣にどっかりと腰を降ろすと訊ねた。

 

「甥の意致が、一橋家家老から、小姓組番頭頭の西城御側取次見習になりました。改めて、ごあいさつ申し上げたくお呼び立て致した次第」

  意次が告げた。

 

「何じゃ、そんなことか」

  家斉は、何用だろうと警戒していただけに単なるあいさつとわかって拍子抜けした。幕閣の重臣を家族に持つ近習はいくらでもいる。わざわざ、呼び出して話すことでもないだろうと思った。

 

「意致は、大納言様にお仕えできることをたいそう喜んでおりました。一橋家の若様が将軍世子になられたことは、一橋家にお仕えして来た我が家門におきましても誉れにござる」

  意次は、歯の浮くようなお世辞を言って家斉をげんなりさせた。

 

「主殿頭。公方様がお呼びにござる」

  それ以上の話題はなく、家斉が、手持ちぶたさでお茶をすすっているところに、長谷川が、2人の前に馳せ参じた。

 

「これにて御免」

  意次は、風のようにその場から去って行った。

 

「忙しない奴じゃのう」

  家斉が長谷川に言った。

 

「お忙しいにも関わらず、気配りを忘れず忠義を尽くされておられる。頭が下がることばかりでござる」

  長谷川が言った。

 

「おぬしは、主殿頭をずいぶんと慕っておるようじゃが、よもや、あの噂を知らないのか? 主殿頭が、家基君を暗殺したという話は城の外でも有名ではないか」

  家斉が、長谷川を横目でにらむと言った。

 

「あの噂は根も葉もないことにござる。家基君の実父であられる公方様が、子息を亡き者とした敵をお傍におくはずがござらぬ」

  長谷川が真顔で否定した。

 

「その方は、たしか、安永3年から西丸御書院番士に勤仕しておったな。家基君が、倒れた日のことを何か覚えておらぬか? 」

  家斉が慎重に訊ねた。実は、家基の死がずっと、心の中でひっかかっていたのだ。

 

「それがしは、まもなくして、西丸仮御進物番に異動になった故、家基君がお倒れになった安永8年の鷹狩の時分は随伴しておりませぬ。倒れた日の詳細までは存じませぬ」

  長谷川がきっぱりと答えた。

 

「おぬしも、主殿頭に引けを取らず出世が早いのう」

  家斉は思わず皮肉った。

 

西丸仮御進物番は、意次への貢物を管理する役と言っても過言ではない。家斉は、飛ぶ鳥を落とす勢いで権勢を誇る田沼の寵愛を受けた者は、間違いなく出世するとの風説は、まんざら、ウソではないと思った。

 

  鷹狩から数日後。家斉は定之助を部屋に呼んだ。その日、大奥の御三之間では、茂姫の実家から贈られた豪華で珍しい品々のお披露目会が催されていた。家斉は、謁見を許したにも関わらず、定之助が、いっこうに登城しないことに気をもんだ。朝早く、木村から、定之助が登城したとの報せを受け取り、ずっと部屋で待っていたが、いっこうに来る気配はなく、奥向の方が、いつになくにぎわっていることが気になって、奥向の様子を見に行った。家斉は、廊下で会った奥女中を捉まえると定之助を見たかと訊ねた。

 

「お師匠様でしたら、御三之間に入るところをお見かけしましたよ。何でも、薩摩から珍しい贈り物が届いたそうで、朝から奥女中らが押しかけて、御三之間は、それはそれはにぎやかでございます」

  家斉は、茂姫が暮らす御三之間の近くまで行ってみた。障子の隙間から、中の様子をうかがい見ると、定之助が、茂姫を取り囲む奥女中たちの輪の中にとけこんでいるのが見えた。謁見の刻限を過ぎてもいっこうに姿を見せないかと思えば、薩摩の贈り物につられて奥向に長居していたのだ。奥女中たちと楽しそうに語らう定之助の姿を眺めるうちに声をかける機会を失い、御三之間の外で右往左往したところに大崎がやって来た。

 

「大納言様。中にお入りにならないのですか? 」

 大崎は、部屋の中をのぞき見ている家斉の背後に近づくと小声で訊ねた。

 

「中野定之助が中におるのじゃが、あの者に用がある」

  家斉が小声で言った。

 

「大納言様、直々に、家来をお迎えに上がるなどあってはならぬことと存じます。ただちに向かわせます故、お部屋でお待ち下され」

  大崎が小声で言った。

 

「そうしてくれるか」

  家斉はそそくさと退散した。

 

「中野殿。大納言様をお待たせするとは、いったい、そなたは、何様のつもりじゃ? 」

  大崎は、定之助につかつかと近づくと厳しい口調でとがめた。定之助は、決り悪そうに席を立つと何事もなかったかのように涼しい顔で「宇治之間」を訪れた。一方、家斉は待ちくたびれて居眠りしていたが、障子が開くのと同時にあわてて、目の前の書物を広げた。定之助は、颯爽と中に入ると家斉の前に着座した。

 

「いっこうに参らぬ故、おぬしの身に何かあったのではないかと心配したぞ」

  家斉が、扇子で顔をあおぎながら言った。

 

「ご心配いただきましてかたじけのうございます」

  定之助が頭を下げた。

 

「して、薩摩の珍品はどうじゃった? 」

  家斉が上目遣いで訊ねた。

 

「どれも江戸ではめったに、お目にかかれない珍しい品ばかりでした」

  定之助が何食わぬ顔で答えた。

 

「さもあろう」

  家斉が、つまらなそうにつぶやいた。

 

「ちと失礼」

  定之助は、おもむろに席を立つと床の間に飾られていた花の向きを手早く直した。

 

「これ、何をしておる? それは、大崎が生けたものじゃぞ」

  家斉は、定之助の突拍子のない行動にあわてた。

 

「それがしが、手直しを加えたことは御内密に願います」

  定之助が頭を下げた。

 

「そのつもりじゃ。何せ、大崎は気位が高い。手直しが入ったと知れば、さぞかし、おぬしのことを恨むであろう」

  家斉が苦笑いしながら言った。

 

「大崎局に限らず、御年寄の方々は皆がそうでござる」

  定之助が素っ気なく言った。

 

「何か面白きことはないか? 」

  家斉が、身を乗り出すと訊ねた。

 

「近ごろ、奥女中の間では、種姫様のご婚礼の話でもちきりでござる。将軍姫君の入輿は、吉宗公の養女の利根姫以来50年ぶりのことにて、さぞかし、豪華な婚礼となりましょう。幕府の財政は火の車といわれている中、いかなる方法で、莫大な費用を工面なさるのでしょうか? 」

  定之助が饒舌に語った。

 

「こたびも、諸大名に献金させるのではないか」

  家斉が素っ気なく答えた。

 

「諸大名の中には、国役や手伝普請により借金がかさみ、破綻した藩の財政を立て直すため、厳しい年貢の取り立てを行い領民を苦しめている藩主もおるようでござる」

  定之助が、神妙な面持ちで告げた。

 

「ならば、財政が豊かな藩に出させればよかろう」

  家斉が言った。

 

「財政が豊かと言えば、薩摩藩の学問所は、武家に限らず町人や百姓も通うことが許されておると聞きましたぞ」

  定之助が急に話を変えた。

 

「おぬしは、大奥のことだけでなく、政にも精通しておるようじゃ。わしの話し相手として申し分なかろう」

  家斉が満足気に言った。

 

  夕食の前。厠から出て「宇治之間」に戻ろうとした時だった。意次が歩いて来るのが見えた。

 

「大納言様。お待ち下され」

  家斉が通り過ぎようとした時だった。意次が家斉を呼び止めた。

 

「何じゃ? 」

  家斉は、足を止めると気だるそうに訊ねた。

 

「明後日に行われる対局を見届けるようにとの公方様のお言葉を伝えに参った次第」

  意次が答えた。

 

「して、こたびの対局相手は? 」

  家斉が訊ねた。

 

「日本一の将棋指しで御好と呼ばれている9代宗桂が、公方様の対局相手を務めます。公方様は、こたびの対局のために寝る間も惜しんで、新たな戦法をお考えになられております故、見逃せない対戦となりましょう」

  意次は意気揚々と答えた。

 

5代宗印と共に、足袋の着用や将棋掛を役職にするよう上奏するなど出過ぎた真似をして、たいそうひんしゅくを買ったと聞いたが、どうやら、公方様の逆鱗には触れなかったようじゃな」

  家斉は将棋には興味がなかったが、御城将棋を通じて、家治と親密な付き合いをしている9代宗桂や5代宗印をねたましく思っていたので、彼らの申し出が、幕府に拒まれたと知りいい気味だと思っていた。

 

「明後日の総触れの後、黒書院へお越し下され」

  意次が頭を下げた。

 

「相分かった」

  家斉が歩き出そうとしたその時、意次が、どういうわけか目の前に立ちはだかった。

 

「大納言様。ひとつお訊ねしたきことがござる」

 

「何じゃ? 」

 

「今しがた、部屋住の中野定之助が、宇治の間から出てきたところをお見かけ致しました。こたびは何用で、中野をお呼びになられましたか? 」

  意次が上目遣いで訊ねた。

 

「何故、わしが、中野定之助を呼んだ理由を知りたいのじゃ? 」

  家斉が、けげんな表情で聞き返した。

 

「実は先日、中野の屋敷の前を通りかかった折、献残屋の手代が、贈答品とおぼしき品々を積んだ第八車を引いて屋敷から出て来るのを見かけた次第。ざっと見ただけでも相当な数でした。おおかた、遊び金欲しさに、献残屋に贈答品を売ったのでしょうが、あの者が、献残屋に引き取らせるような量の贈答品を受け取れるはずがござらん。何か裏があるに決まっております」

  意次が忌々し気に言った。

 

「定之助は、奥女中の礼儀作法指南役を務めておる。おそらく、御年寄が、献上品を中野家に下げ渡したのじゃろう」

  家斉がぶっきらぼうに言った。

 

「それはまことの話ですか? 」

  意次が、前のめりの姿勢で訊ねた。

 

「公方様の側近のおぬしに知らぬことがあったとはのう」

  家斉は皮肉った。

 

「今、申し上げることは老婆心と思ってお聞き下され。西丸御殿におる者は皆、幕閣で吟味に吟味を重ねて選び抜いた精鋭でござる。向後は、何事も成す前にそれがしに相談するようお願い奉ります」

  意次が、深々と頭を下げると言った。

 

「相分かった」  

  家斉が、つまらなそうに返事した。

 

「中野定之助につきましては、その素性に何か問題があれば出入りを禁じます故、そのつもりでお願い奉ります」

  意次は、言いたいことだけ言うと逃げるようにその場から立ち去った。

  

 明後日、家治と9代宗桂との対局が行われた。対戦の間、9代宗桂は、振り飛史の美濃囲い、左美濃、相居飛車のひねり飛車や空中戦法など、新たにあみだした指し方を披露して場を沸かせた。途中、家治が考え込む場面も見られたが、後半は家治が優勢となり、この対戦は、家治の勝利で幕を閉じた。手に汗握る対局に、将棋を知らない家斉までもが夢中になった。

 

「また、いちだんと腕をお上げになったのではござらんか? 」

  9代宗桂がお世辞を述べた。

 

「そうかのう」

  家治は、いつになく機嫌が良かった。

 

 その日の夜。家斉は、家治が呼んでいると聞いて馳せ参じた。

 「公方様。何用でわしをお召しに? 」

  家斉が訊ねた。

 

「あれを持ってまいれ」

  家治は、近習たちに奥から将棋盤を運ばせた。

 

「公方様御愛用の将棋盤を頂けるのでござるか? 」

  家斉は、運び込まれた立派な将棋盤を見て驚きを隠せなかった。樹齢百年の樹を切り出した丸太で作った逸品である。

 

「大事に使うが良い」

  家治が静かに告げた。

 

 家斉が将軍世子となった天明元年。江戸では、小児病やリウマチが流行し伝承の処方と各地の民間療法を解説した「和方一万方」が出回り庶民の間で民間療法が見直された。

  2年。江戸で大暴風雨が発生し、西日本は凶作に見舞われた。幕閣においては、天明元年に、老中首座の松平輝高が在任のまま急遽したため、田沼意次の嫡子、意知の義父にあたる松平康福が老中首座に就くが、意次の意向により、老中の水野忠友が、勝手掛けを兼務することとなった。勘定奉行には、田沼家家老を兼ねる松本秀持と意次の強い意向により幕府の財務を取り仕切る赤井忠昌が任じられた。御用取次の稲葉正明は、家重の側用人、大岡忠光の有力な後継者であり、意次にとって頼りになる存在であった。奏者番頭には、松平忠福。本来、出世の登竜門である奏者番は、譜代大名の中から選出されることになっているが、意次は、権力を行使して意知を奏者番に就かせた。その他の奏者番の顔ぶれは、家重と家治の2代にわたり幕閣の重職を務めた板倉勝清の嫡子、勝暁。元老中首座、松平輝高の子息、輝和。元老中の阿部正右の息子で、意次には上下銀の返済凍結の一件で恩義のある阿部正倫といった幕閣の首脳を父に持つ子息たちであった。家治は、御意見番として年配の加納久堅を若年寄におき、元家基付重臣の鳥居忠意や酒井忠香を若年寄に再任するなど長く仕える幕臣を重用したが、意次は、田沼派の幕臣と共に実力のある幕臣を積極的に登用した。意知が奏者番から若年寄に昇進した時には、鳥居たちの他に米倉昌晴、太田資愛、井伊直朗がいた。

 

関ケ原の戦以降、西国大名は、外様として幕府の要職に就けない暗黙の了解が存在した。

 幕府は、西国の豊前、豊後、築後、肥前、肥後、日向を天領として西国筋郡代を設けて、島津家、細川家、鍋島家、黒田家の外様大名の監視を怠らなかった。また、豊臣家に縁深い大名は、徳川政権の妨げになるとして幕閣の重職に就けないという風説もあった。幕閣の要職に就けない反面、江戸城の修復などの手伝普請や国役となると、西国大名は真っ先にお声がかかる。西国諸藩の中には、臨時の出費が重なった上、連年の天災や治安悪化の煽りを受けて、借金が増大した藩もあった。そこで、西国大名たちは、米切手を濫発することで強引な資金調達を行った。その結果、米切手の信用不安を招き、大阪金融市場は円滑に機能しなくなり、大阪市場に商品を廻送できない大名や財務状態が悪化した大名たちが、大阪金融市場から締め出された。幕府は、大阪金融市場を正常に戻すため、米切手の検査制度を設けることにした。幕府御用達呉服師の後藤縫殿助が、米切手改役を拝命して大阪に設けられた会所を兼帯することとなった。これまで、米切手の発行は、諸大名の裁量に委ねて来たが、相次ぐ不渡りを受けて、幕府は、米切手の発行量を監視下に置く制度を設けたのだった。選出された大阪の貸商人11軒は、内密御用金を幕府に収めることになった。幕府の名の下で自律的に資金調達ができる大名を監視統制する一方、資金調達ができないと思われる大名や旗本に御用金の貸付を行うことになった。米切手改印制度の改正に対して反発した毛利家、黒田家、鍋島家が、廃止の陳情を行う騒ぎとなった。元々、不時の災害により城郭が破損した門閥大名、老中、京都所司代、大阪城代、寺社奉行といった大名に、軍事的理由から貸し付ける拝借金制度はあったが、天明2年に高田藩の榊原家に貸与された後廃止されて、その代わりとして除置銀が設けられた。

  天明に入ると、幕政は、従来の重農主義から重商主義に取って代わっていた。江戸幕府成立当初は農業が重視され、世の中は米作が中心であったが、時が経つと共に、生糸、絹織物、茶、菜種、魚類など各地でその地方の特色が生かされた特産物が作られるようになった。幕府は、諸藩に対して商人の同業組合である「株仲間」を公認し、同業者以外の商人の同種営業を禁じる独占販売を認める代償として、商人に冥加金や運上金を上納させる。幕府は、上納金の増微を目的に、株仲間の結成を奨励することにより商品流通拡大を期待したが、商人たちの間では、代償として上納する冥加金と運上金が不評を買った。次第に、独占販売を良いことに値を釣り上げる業者が現れ、物価の上昇により貨幣の価値が低下して、同じ貨幣で買える物が少なくなるという現象が起きた。

  江戸を中心とする関東は、金建てである一方、大阪を中心とする関西は銀を基準とする銀建てだった。江戸や大阪は、経済の中心地ともすれ両替商が多いが、商売の方法は統一されていなかった。通常、金は計数貨幣だが、銀は両替の度に目方を計り、その品質や数量を確かめる秤量貨幣で両替商は、客から取った手数料により利益を上げていた。幕府は、貨幣の価値を正常に戻すため、金の2朱に相当する新たな銀貨を鋳造し、8枚で小判1両に換えることとした。また、金銀の流出防止策として長崎貿易の拡大を図った。新たな貨幣の鋳造により銀が不足するという新たな問題が生じていた。

 幕府の政策を審議立案するために編成された評定所構成員たちは、早速、問題を審議するために寺社奉行宅に集まった。構成員は、寺社奉行、町奉行。そして勘定奉行で編成されているが、場合によって、老中、大目付、作事奉行が加わることがある。意次は、郡上一揆の時に才覚を認められて以来、構成員に加わっていた。

 

「わが国は、長崎を介して清やオランダと交易を行っておりますが、輸入よりも輸出が多いのが現状です。オランダとの取引は金銀で支払います故、輸入により、金銀が国外へ流出することが考えられます」

 

「享保の時分には、清からの輸入に頼っていた朝鮮人参が国内で生産できるようになり、近年各地で生産されている特産物が見直されております。株仲間の結成を奨励したことにより、専売制を実施する藩が増えたことですし、俵物の生産を奨励してはいかがでしょうか? 」

 

「それは名案じゃ。清との交易では銅で支払うようにして、オランダとの交易では金銀で支払うことにしてもらえば、おのずと、輸出が増えて金銀の増収が見込めます」

 

「密交易の対策はあるのか? 」

 

「幕府が、俵物の輸出を主導すれば良かろう。幕府が、輸出の独占権を持ち取り締まれば抑止力となるであろう」

 

「長崎俵物と総称する昆布や鮑といった俵物の主な産地は奥州でござる。奥州の物資は利根川を遡り、下総の印旛沼から江戸湾にぬけて江戸へ運ばれます。利根川の周辺の村々は、昔から、水害による利根川の氾濫に悩まされています。それがしは、物資の円滑な輸送はもちろん、水害から、江戸を守るためにも、印旛沼の千拓は必須と存じます」

 

「印旛沼の千拓は、享保9年にも、平戸村の染谷源右衛門が着手しましたが失敗しています。千拓を行うには莫大な費用がかかります。幕府の財政を立て直すどころか、破綻に追い込むことにはなりませぬか? 」

 

「利根川や印旛沼近隣の豪農や豪商に出資を呼びかけてみてはどうかのう? 印旛沼の千拓は、水害による利根川の氾濫に長年、悩まされて来た村々の悲願でもある。出資を打診されて拒む者も少なかろう」

 

「越前守。町人資本の出資でござれば問題なかろう。伊豆守。おぬしが出した案じゃ。おぬしが、中心となり進めるが良い」

 

手賀沼の千拓も並行してはいかがでしょうか? 」

 

「印旛沼および手賀沼の千拓に異論のある者はおるか? 」

  意次は、その場にいた者を見回したが、誰も異論はないように見えた。かくして、一同の同意を得て、印旛沼及び手賀沼の千拓事業に着手することになった。

 

「長崎交易の拡大の件は、それがしに一任してほしい」

  意次が告げた。一同は、政治的手腕を持つ意次ならば安心だと快諾した。しかし、意次は自らが主導するのではなく、意知に任せてみようと考えていた。意知は、奏者番から若年寄になったばかりだが、老中になるためには実績が足りない。国の一大事業ともなる長崎交易の拡大を成功させれば、意知の出世は約束されたようなものだ。意知は、意次から長崎へ赴き、長崎奉行と協議するよう命ぜられた。

 


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