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キャメル編3

 オレは、馬のたてがみを、ずっと見ていた。それはほんの少しだけ色のついた世界の中で、左右に、不規則に揺れている。オレの体を乗せるくらも、小刻みに震えている。夜明けが近いのだと思う。

 

 ディザータ王国の療養所の空き地で、オレとジーンとガイは、ディザータには無い『海』を見に旅に出る計画について話していた。すると、小道から突然白いマントの男がやってきて、オレの『父』の公開処刑が西ザータの監視塔で行われると、知らせてくれた。オレは、その『父』というのを育ての親、『世話係のオヤジ』ではないかと予想し、西ザータの監視塔へ向かう事に決めたのだった。 

 

 オレたちは夜の間は、立派な『オレの家』に毛布をそれぞれ持ち込んで休み、まだ夜の明けていない早朝、ガイの用意した馬に乗ってディザータの門を出た。

 

 オレたちの向かう方向の右手に、塔がとても小さく見えてきた。もう少し走れば、ジョンブリア川の石橋だ。

 雲がどんより重い日の夜明け。灰色にかすんだレンガの塔。――オレは、あんなところに住んでいたのだろうか。本当かどうかさえ、わからなくなってくる。

 

 世話係のオヤジの顔なんて、見たくもない。あの人がいる限り、オレは『放火殺人犯の息子』というおかしな肩書きにとらわれてしまう。でも、あの塔に行くのを選んだのは、最終的にオレ自身なのだった。ドライになりきれないのは、オレの弱さか、強さか。

 

 だからオレは、ずっと馬のたてがみを見ていた。

 

 先頭を駆けるガイが、振り向いて言った。灰色の中の黒い影が、揺れ動く。三つ編みが踊る。
「――もしかして、親父さんに会うの、怖い? そんな風に見えるよ」
「なぜ?」

 オレは、冷静そうな声色で言った。

 

「なぜって、伏し目がちだから。何か考えてるなって。ははは! もうすぐ夜明けだ」

 ガイは、高らかに笑った。そういえば、久しぶりにその笑いを聞いたような気がする。

「じゃあ、ガイ、お前だったら怖いと思うの?」

 

 ガイがなぜか、ひと呼吸置いた。
「もう、よくわかんねえな。思うかも知れんし思わんかもね。俺の両親は、一瞬にして消えちまった。何が起こったかもよくわからねえ間にさ。気がつけば、ひとりになってた。たぶん、怖いとかそういうのじゃなくて、『はあ? この状態、何?』って感じだったような気がする。怖くなったとしたら、それからだな。人の命って、そんなあっという間に、消えちまうんだなって思ったんだよ。学習したのはそこだけ。ひでえバカだよな!」

 

「ガイさん」
 ジーンがガイの左に馬を進めてきた。

 

「わたしは両親を知らないので、怖いなどはよくわからないの。でも、消えてしまうという、あなたの気持ちは十分わかりますよ。働かされて、病気にでもなって、捨てられて、消えるんでしょうね。ごめんなさい、わたしには将来の夢などというものはなくて。小さい頃、ただ思っていたんですよ。自由になったら、どんなに楽しいだろう、って。奴隷だった頃です。いつもいつも、水の入った重いつぼを運ばされてね――」

 

 ジーンは言葉を切った。ジーンの黒いまとめ髪が、風を受けて馬の尾のようになびく。
「ところが、自由になってみたら、天涯孤独の自分がそこにいたのよ。ディザータ王国に着いたときでも、『何をしたらいいのだろう』という思いでいっぱいで。うまく言えなくてすみません」

 

 オレはそのやりとりを、黙って聞いていた。確かに、塔の中に幽閉されていた頃などもう思い出したくもないのだけれど、――オレは小さな頃から、さらに小さな窓に手をかけて、鳥を見ていた。外の世界はきっとすごいところだ、ここを出てみたいな、と自由に憧れた。あの森に手を触れたら、どんな感じがするのかと、夢に見ていた。

 

 でも自由になってどうだ。オレは全身火傷跡だらけ。自分の家に住んでみたって、やっぱりオレは人殺しで、浮浪者ではないか。

 それを考えると、身を斬られるような思いがある。ああ、自由と混沌、虚しさ、それらはすべて、同じようなものなのだ。オレは、『女村長からもらった家』にいた時の、座って何かを待っていた、目的を失った気持ちを今でも思い出す。オレたちは、自由や混沌の中の浮浪者。仲間がいなければ、夢が無ければ、自由はとても怖ろしいものに違いない。ただ、虚しいだけなのだから。

 

 たぶんまたオレは、ガイが『伏し目がち』とからかう目つきをしていたように思う。そう長い間ではない。
 ガイが馬の進行方向、南西を向いたまま、つぶやくように言った。

 

「自由って、何だろうなあ。それ、難しいや。まあそれについて言うならさ、俺はキャメルに出逢えて良かったな、って思うぜ?」
「わたしも、それはそう思います」
 左前を馬で走るジーンの影は、うなずいたように見えた。

 

「だって、キャメルがいなかったら、ジーンの姉ちゃんもオマケでついてこなかったわけだ、ははは!」

「それは言い方悪いが」
 オレはちょっとジーンがかわいそうになったので、言った。

 

「何それ? そんなに決闘したいんですか。喜んで受けますが」

 ジーンが手綱を少し引いて、反応した。

 

 ガイは、手綱を操りながら言った。

「はは、違う違う! キャメルを、ほめてんだよ。キャメルがいたから、ジーンまで巻きこめたんだよ。俺もジーンの言うとおり、両親を失ったときは『自由って何だろう』って思ったんだ。親が見ていなければ、何でもできるさ。ギャンブルに金をいくら賭けてもいいだろ。でも、それって虚しいだけだったぜ。自由が周りに誰もいなくなる事なら、そんなものいらねえや。むしろ妬み深い女か誰かにしつこくしばられてる方がマシ! でも、お前らの顔、見るだろ。自由ってものは、そんな悪い意味の言葉でもない気がするって事! ははは!」

 

「ごめんなさい、うまく言えないけど……わたし、ガイさんをすごく、まともな人だとたまに思います。たまにね。ごめんなさい」
 ジーンの小声がどんよりした雲の中に、ひとすじ澄みわたる。

 

 


この本の内容は以上です。


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