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DAY-2 ③

 ヴィシソワーズを掬いかけたスプーンを器に戻した。読心術を備えた妖怪の一種は、澄ました顔でフルーツをつついている。
「それは多分もう……」
 少ししか時間がないから名残を惜しんでいるせいだ、と言いたかったが、途中でやめた。小僧には関係ない。
「アクティヴィティは、どうする?」
「アクティヴなのは苦手」
「上手にリフティングしてたじゃないか」
「あんなの運動のうちに入らないよ。普段、山奥に押し込められてるからさ、海が臨めればおん
 部屋に戻って身支度を整え、車に乗り込んだ。小僧はチラッと後ろを見て、
「本格的に眠くなったら、そっちで昼寝しようかな」
「キミのパパを運んだこともあった。骨折して唸ってるのを、病院へ」
 すると、小僧は眉根に微かな皺を寄せ、
「そんな話は聞いてないな」
「転んで腕を打ちつけたんだよ」
「ふぅん」
 実子の自分が知らない父のエピソードを他人が把握しているのが不満とでも言いたげだった。仕方ないだろう、関わり合ってきた年月が違うのだから。
 また時間の話題だ。追いかけてこない女は小僧のいわゆる「迂回路のエアポケット」に嵌まり込んで立ち往生しているのか。あるいは最初から存在しないのかもしれないが。

 信号待ちの間、迂闊にもぼんやりしていた。隣でポチャンと音がした。小僧が水を飲んでいた。確かに喉が渇く。いつにも増して。

 

 既知の場を再訪しているのに、懐かしさがない。あまりに久しぶりだからか、同伴者が新鮮過ぎるせいか。
 小僧は海の青さと緑の濃密さに驚嘆の声を漏らしたが、よくある子供のはしゃぎ方とは異なり、すぐ静かになって、眼前に広がる光景にのめり込んでは視線を逸らし、また食い入るように次の眺めに集中することを繰り返した。脳内に書き込んだデータを即時、母船のコンピュータに送信する宇宙人がいたら、こんな按配なのだろうか。

 イルカのショーなどを堪能し、さて、次は……と思ったら眩暈を催した。日差しの強さと暑さと人いきれが身体に堪える。もたついているうちに、小僧は小走りで人混みに紛れてしまった。足が縺れて追いかけられない。何を考えているのか理解もできない。異星の仲間を目聡めざとく見つけて、情報交換のために駆け寄ったのか。そんなことより、あの夫婦に何と言って知らせるかだ。あなた方の息子さんをお預かりしていましたが二日目にして早くも見失いました……とでも報告するのか。バカか。

 我が間抜けさに呆れていると、目の前が真っ白になった。いよいよ頭がおかしくなったか。


DAY-2 ④

「はい。融けちゃうから、速く」
 小僧が早歩きで戻ってきて、ソフトクリームを突き出していた。
「悪いね」
「何を想像してたか大体見当はつく」
 小僧は日陰を指差した。おとなしく誘導に従うしかなかった。

「船旅の疲れが抜けてないな。トシだからしょうがないけど」

「そもそも自家用車で全国縦断なんて正気の沙汰じゃないね」

「結構いるぞ、車好きの旅マニア」
「フリーランスの特権だ。羨ましい」
「会社員だった頃が懐かしくなるときもあるよ」
「戻りたい?」
「いや、それはない」
 小僧はフフフフと笑ってコーンのスリーヴを握り締め、ゴミ箱まで走って行って戻ってきた。
「もうちょっと休ませてあげようか」
「恐縮です」

 子供ガキに気を遣わせてどうする。しっかりしろ。

「おじさんは寝てていいよ」

 連れて来られたのはプラネタリウムのホール。海獣の後に天像儀とは、これ如何いかに。

「だって、海と宇宙は繋がってるんだから。深海の映像、見たことある?」
「うん」
「我々の日常とは別世界でしょ。地続きじゃない感じ。深く深く潜った先に宇宙空間が開けてる気がしない?」
「確かに、深海魚は見慣れた魚より謎の宇宙生物の風情、かな」
 と、宇宙と深海のイメージの親和性について一頻り語らった。
「いつも友達とそんな話をしてるの?」
「そう。宇宙人がコンタクトして来たら、どう対応しようか検討中」

 薄笑いは冗談のしるし。だが、

「考えているのは応戦でも懐柔でもないよ。地球防衛軍じゃあるまいし。侵略者の斥候うかみになって生き延びようって計画」

 

 

《『thirsty』書籍版につづく》


奥付

 

thirsty


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著者 : 深川夏眠
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