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キャメル編8

 オレはレンガの階段を一歩一歩、上る。

 

 オレは塔の中で公開処刑を行うという、西ザータの村長の謎めいた決定を、ついに覆す事ができなかった。オヤジが放火殺人犯であるという証拠は、自白と、なんとオレの存在だった。

 

 オレには、オヤジが無罪であるという事が頭でわかっていたが、オヤジを無罪にするには『目に見える証拠』が必要だ、と村長は言った。しかし、本当の放火殺人犯は、オレが消してしまったのだから、今更用意などできはしない。

 オレは情けなく、処刑が行われるという塔のひとつ上の部屋まで、歩いていくところだ。

  

  西ザータの村長は先に行ってしまっていて、オレの視界にはいない。あの村長、意外と見た目より元気だ。オヤジも、もちろん警備隊二人に連れて行かれた。

 オレたち三人は、せめて話しながら階段を上った。

 

 事件とは無関係な異国の女性、ジーンは一番後ろにいる。オレは、ジーンを個人的な事件に巻きこんでいるようにしか感じられず、そっと振り向いた。ジーンは何か考えている顔だ。少し気になった。
 一瞬、オレは脈が速くなったように感じた。階段の砂が、ジャリジャリ音をたてる。

 

「それにしても、ジーンの黒髪は美しいな! 俺にこの女、くれよ」
 ゆるやかに曲がった階段だ。ジーンとオレの間にいるガイの大声が、塔の石か何かをわずかに震わせた。

 

 ジーンは、聞いているのかいないのか、返事さえない。西ザータの監視塔からオレに見える景色は、青くかすんだ、三角、四角。

 

 いかめしい格好の警備の男が、ケチをつけるように言った。

「東ザータの黒い奴、少しは黙れよ。村長の許可がなければ、お前なんか処刑に立ち会っていいはずがねえんだ。俺は関係ねえけどな。どうせ階段の上までお前らを送れば、俺の任務は終わりだ」

 

「何だって、何が悪い? あのどす黒い泥みてえな男は、たぶん何もやってねえのにさ。なぜ無罪をあばくのに、許可やら何やらが必要なんだ」
 ガイは後ろで、オレの思った通りの事を言った。それで、オレの感覚は間違っちゃいない。そう本気で思った。

 

「だって、証拠無いんだろ、お前らは。なぜ、無罪になるんだよ」
 警備隊の、さっきとは違う男の背中。その重そうな装備を、オレはじっと見た。
 というより――。

 

「全部、聞かれてたみたいだな」
 オレはガイの方を少し振り向いて、苦笑いした。ガイは、どうやって隠れていたのか。オレはまるで、気がつかなかった。

 

 ガイはぐっと黒い顔を上げて言った。

「ああ、俺は面白ぇ話にしか興味無いんでね。あいつがキャメルの親父さんかと思ったら、育ての親だって? 何だよその展開は。じゃ、やっぱお前が刺した奴が本当の親父さんだったわけだ。面白! わけわかんね」
「そうだったみたいだな」

 

 息子よ、と言うだけでは、そいつが本当の親かどうかはわからない。向こうが似た若者と間違えているだけかも知れない。しかし、ヒゲの男はオレを『あの女そっくりだ』と言った。『あの女は、税として差し上げるのはもったいない』と。そういえば、ガイも、オレを『初恋の女そっくりだ』と言った。『国へ税として差し上げる』その女と。

 

 つまり、ガイの初恋の女性は変異種で、オレの母だったのだろう。――あのヒゲの男は、やっぱり本当の父だったのだ。オレが『外人』と時々呼ばれる理由もわかる。

 

「ガイ、あと、ジーン」
 階段の途中で、オレは言った。
「オレの事に頭つっこむのは、よくねえよ。ここらでやめとけ」
 さりげなく言った、つもりだ。

 

 ガイは、どこまでも明るく返答した。 

「はあ? 俺は別にお前の親父さんがどうなろうと、かまわねえよ? ただ、見てえだけなんだ。実のところは。俺は野郎の生き死になんか興味がねえわ。勝手にやってくださいだ。親父さんの無罪うんぬん言ってるけど、目的はそうじゃない。キャメル、お前を見たかっただけ!」
 

 オレたちは階段をそろそろ、のぼり終えてしまう。わずかな砂をつぶす、サンダルの音だ。
「オレが見たい? 気持ち悪いな」
「ガイさん、そっちもいけるのね。すみません、笑いました」

 ジーンの、冗談めいた笑い声が、下からする。

 

 四角い花壇がある。レンガで縁取られた中に、いろんな種類の雑草が咲く。手入れがまったくされていない感じで、花壇というより雑草の群れだ。そうか。オレがここを出たときに見たのは、この花壇。そして、その中の花。雑草にも花は咲く。色とりどりで、とても冷酷だ。

 

「俺はお前が美青年だろうが、そんな事には何も思わん。ただのキレイな野郎だよそれは。ただ、お前の本当の姿、見せてくれよ。そのために、ついて来たぜ、ははは。面白ぇ!」

 ガイの大声に、レンガの上の砂が震えるのだ。

 

「ふふ」
 ジーンの笑い声が下から聞こえた。

 

 


この本の内容は以上です。


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