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その日の午後。

「納得いかないですよ!」

ディックが声を荒たげると、礼拝堂の中で大きく響き渡った。

 

ジェニーは、今日から学校に来ることになっていた。だが、登校していなかったため、ディックは気になって、ドクターに連絡を取ると、ジェニーはエディの元へ行くことを聞かされた。

ディックは、そのことを知って愕然とした。昼休み、真相を知るため、ドクターと教会で待ち合わせをした。

 

「一体、ジェニーはどうしたんですか? 昨日、ドクターの所に行くと約束したのに」

ディックは、ドクターに強く問い詰めた。

 

「私にもわからない。今朝、ジェニーが訪ねて来て、エディの所に行くと言って謝りに来たよ」

「どんな理由で? 」

「真実を知りたいから、彼の所に行くと言っていた」

ディックが顔をしかめて、「真実って? 」

「それ以上は何も言わずに、彼の元へ行ったよ」

ドクターは目を伏せて言った。

 

「もう一度、ジェニーを説得してみます」

「待て、ディック」

ドクターが礼拝堂を出ようとする、ディックを引き止める。

「ジェニー自身が、彼の元へ行くことを決めた以上、そうするしかない」

「そんな・・・・・・それで、ドクターは納得したんですか?」

「納得はしていない。だが、法的に決めらたことだ、どうにも出来んよ」

ドクターの言葉には、悔しさが混じっているようだった。

 

「だが、なんだか変だとは思わないか? 」

ドクターは首を傾げた。

「一体、エディは、どこでハリスの死を知ったんだ。それに、私がエディの親変わりになることを決めて、ジェニーを引き取ろうと思うと、急にタイミング良く現れた・・・・・・まるで、私達の動きを知っているような行動に出ている」

ドクターが考えこんで、何気なく教会を出入する扉の方に目をやると、ピカリと光るものが見えた。扉は木製で出来ていて、2メートル以上の高さがあった。扉の上で何かが反射するように見えた。

 

ドクターが扉の方へ近づく。

「ドクター、他に手立てはありませんか? 」

ディックが、ドクターに切羽詰まったように尋ねた。

「なあ、ディック。脚立を持って来てくれないか? 」

ドクターは、じっと扉の上に目をやっていた。

 


朝。

エディは、町にあるホテルのレストランで朝食を取っていた。レストランと言っても、5人程座れるカウンター席と、テーブル席が二つだけの小さな店だった。

 

エディは、テーブル席に腰かけて、トーストとコーヒーを口にしていた。そこに、ドクターが現れた。

「おや、おはよう。ここにいることがよくわかったね」

エディは、コーヒーカップを手にしたまま感心したように言った。

「他所の人間が来て泊まるのは、ここだけだからな」

そのホテルは町で唯一のホテルだった。そこにエディがいることは、ドクターにはわかっていた。

 

「ジェニーは、どうしている? 」

「このホテルの部屋で、まだ休んでいるよ」と、エディは答えてコーヒーをすする。

「座ってもいいかな? 」

ドクターは睨みながら言う。

「どうぞ」

ドクターは、テーブルを挟んで差し向いに座る。

エディはコーヒーカップを置いて、「私に何か? 」

 

「昨日、教会の礼拝堂でこんなものを見つけたよ」

ドクターは、着ているコートの外ポケットから、小型カメラと取り出してテーブルに置いた。

「それから診療所には、診察用のベッドの下に、こんなものがあった」

今度は、別の外ポケットから小型の盗聴器を取り出してテーブルに置いた。

「知人の電気屋に見せたら、軍などが使う特別なものだと言っていた。こんなことまでして何が目的なんだ? 」

「これを設置したのが、私だと? 」

エディは否定する。

「とぼけるなよ・・・・・・ジェニーは、まだ普通の15歳の少女だ。盗聴や盗撮までして、何を必死になっているんだ?」

「正直に言おう。私は、ある人物からジェニーを引き取って欲しいことを頼まれた。もちろん、彼女の将来も考えてのことだ」

「ある人物っていうのは、 東洋人でジェニーの親なのか? 」

「・・・・・・それは言えない。それに知らないほうがいい」

エディは、忠告するような言い方をする。

 

「ドクター、あなたもわかるだろう。ジェニーが私のところに来たいと言ったのなら、法的には私が親権を持つことになる」

「法的に・・・・・・ふざけるなよ。一体、ジェニーに何を吹き込んだ? 」

ドクターは怒りを抑えながら言った。

「彼女も自分の人生に向きあうことを決めたんだろう」

エディは、論ずるように言う。

 

「ジェニーに不幸なことが起こった時には、私にも考えるがある」

「不幸なこと・・・・・・そんなことはありませんよ」

ドクターの言葉に、エディは堂々と言い切った。

「予定があるんで、この辺で失礼するよ」

エディは、コーヒーを飲み終えて席を立つ。

 


「ここを何時に立つんだ? ジェニーの見送りぐらいさせてくれよ」

ドクターは、呼び止めるように言った。

 

「昼の1時には、ここを立つ。そうだ、ジェニーが可愛がっている猫も連れてゆく」

「猫・・・・・・!?」

ドクターは初めて猫の存在を知って、一瞬考えた。

「何だ、猫のことは知らないようだな。まあ、とにかく安心してくれ。では失礼する」

エディは、ドクターに背中を向けた。

 

「そういえば、ひとつ思い出したことがある」

再びドクターが、エディを呼び止めるように言った。

エディが振り返る。

 

「子供の頃、ハリスは話していた。将来は、国の秘密機関で働きたいと言っていた。当時スパイもののテレビドラマの主人公に憧れていた。ひょっとしたら、ハリスは、その憧れを叶えたんじゃないだろうかって、この道具をみた時、思い出したよ。あんたも、そんな一人じゃないのか?」

 

ドクターは、チラリと盗聴器と小型カメラに目をやって尋ねた

 

エディは、フッと笑みを見せて、「そのテレビドラマなら、私も好きだった。だが、現実的なものじゃない。憧れは憧れのままだよ」と、サラリと言って去って行った。

 

ドクターは、何かをはぐらかされたようで悔しさがこみ上げて来た。だが、東洋人と言ったことに、何か遠い記憶が甦ってきた。そのことを思い出そうとして、しばらく考え込んだ。


 

 


ホテルの前で、ロールスロイスが停まっている。

ホテルの中から、ジェニーが出てきた。

 

ジェニーは髪を上げて、黒のジャケットにパンツ姿だった。それは、エディから用意されたもので、普段とは違った雰囲気が漂わせて、妙に大人びた女性に見えた。

一瞬、運転手がジェニーに見とれていたが、すぐに我に戻り、「荷物をお持ちします」

 

運転手は、スーツケースを受け取り、トランクの中にしまい込んだ。次に子猫が入った、籠タイプのコンテナを助手席に置いた。

 

「エディさんは? 」

「今、あちらの方でお電話中です」

運転手が顔を向けると、遠くで背中を向けているエディの姿が見えた。

 

「一体、彼女がセカンドというのは、どういうことですか? 」

エディは、携帯電話に怒りを抑えながら尋ねた。

「ええ、もちろん。今から彼女を連れて帰ります。任務は完了ですが、なぜ、仕事をさせる私まで、大事な事を黙っていたんでしょうか? 」

「・・・・・・」

エディは相手の言い分を聞いて、「わかりました。いずれにしても、ロンドンに着いたら伺います」

 

エディは不服そうに電話を切った。

 


「ジェニー」

後ろから声がして振り返ると、ディックとアンジェラが見送りに来ていた。

「・・・・・・」

二人が、ジェニーの姿を見て、運転手と同じように見とれていた。

「とても素敵よ」

アンジェラが、ジェニーの姿に感動した様子で言った。

「とても似合っているよ」

ディックも素直に褒めた。

 

「役に立つかわからないけど、これを渡そうと思って」

アンジェラが、ジェニーが休んだ分の授業内容を書いたノートを渡した。

「ありがとう」

ジェニーは嬉しそうに受け取る。

「これは僕からだ。いい弁護士になってくれ」

ディックは願うような言い方で、学校のパンフレツの入った用紙を渡す。

「ありがとうございます。エディさんも弁護士になることに協力してくれると言ってくれました」

 

エディが戻ってきて、見送りにきた二人の顔を見るも、黙って後部座席に乗り込んだ。

 

「ドクターは、どうしたんですか?」

ジェニーが気にかけた。

「見送りに誘ったんだが、急に用事があるらしく、ジェニーには、よろしく伝えておいて欲しいと頼まれたよ」

「そうですか・・・・・・ドクターに、よろしくお伝えください」

ジェニーは、ドクターに別れを言えないのが残念そうに見えた。

 

「そろそろ行こう」

エディが言う。

「それじゃ、元気で」

ジェニーは、ノートとパンフレットを抱きしめるように持ったまま言う。

「ジェニーも元気でね」

アンジェラが涙声になる。

 

 

「もしも、向こうでの生活が無理なら、すぐに戻っておいで、ドクターも自分も待っているからね」

ディックが優しく言う。

「それじゃ、行きます」

ジェニーが二人に礼をして、エディの隣の座席に乗り込んだ。

 

車が動き出した。

ジェニーが車窓を開けて、グッと涙をこらえながら手を振る。

アンジェラは、大粒の涙がこぼれて止まらない。

ディックは、アンジェラの肩に手を掛けて、目で車を追っていた。

 



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