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「どう思う? 」

ドクターが診察室の椅子に腰かけながら、書面を机の上に置いて、ディックに尋ねる。

「ここに書いてあるサインは、神父のものと間違いないんでしょうか?」

ディックもわからない様子で尋ね返した。

 

白髪の男が、ジェニーを引き取ることを告げた時、一枚の書面を取り出した。それは、神父が亡くなった後、白髪の男が、ジェニーを引き取るということの約束の書面だった。

 

「ジェニーは、彼が引き取るということでしょうか?」

「そういうことになる。1991年3月10日に神父はサインをしている。ジェニーが3歳の時のことのようだ。神父は、その後に、この町に帰ってきている。まさか、こんな約束をしているなんて・・・・・・・」

 

「彼は一体、どんな人物なんですか? 」

ディックが不安そうな顔をする。

「エディ・アーノルドと言っていた。彼は、ロンドンで貿易会社を営んでいる資産家のようだ。ジェニーが、そこに行けば生活面は心配することはないが・・・・・・」

ドクターは、言葉を切って考え込んだ。

 

「本当に信用できるんでしょうか? 」

ディックの言葉に、ドクターは黙りこんだままだった。

 

ドクターは、エディに対して信用できないようなところがあった。

神父から、ジェニーの面倒を見て欲しいと頼まれていた。その時、エディのことを言っていなかったことが気になった。

 

「もし可能であれば、ドクターがジェニーの親代わりになっていただけませんか? 」

ディックが願うような言い方をする。

 

「ジェニーには身内がいません。少なくとも、成人するまでは気の知れた人間が、そばにいてあげていたほうがいいと思います」

「・・・・・・そうだな。ハリスからも頼まれていた。ジェニーの親代わりになろう」

ドクターも心を決めた。

 

「後は、どうやって、ジェニーを引き止めるかですね」

ディックは、書面に書いてあることを気にかけた。

 

「心配することはない。最終的に決めるのは、ジェニー自身だ」

「そうですね。ジェニーが、エディのところに行かないと言えば、この書面の意味もないということですね」

「そういうことだ」

ドクターは、自信を持ったように笑みを見せた。

 

 

 


診察室の扉が開いた。

「ジェニーが来ました」

看護師が顔を出して言った。

 

「こっちへ来るように言ってくれないか? 」

ドクターの言葉に、ジェニーが診察室に入ってきた。

「ジェニー、話がある」

ドクターが、診察用の椅子に座るように言った。

「僕は失礼します」

ディックは、二人きりにさせるため診察室を出ようとした。

「ディック」

ドクターが引き止めた。

「君にもいて欲しい」

ドクターが頼むような言い方をする。

「わかりました」

ディックも拒む理由はないと思い、ジェニーの横に立った。

 

「なあ・・・・・・ジェニー。今後の君のことだが、二つの選択がある。ひとつは、昨日現れた、エディという人物の所に行くことができる。この書面に書いてあるのは、間違いなくハリスが書いたもので、法的にも認められているものだ。たぶん、ハリスが君を引き取る時に、彼と交わした約束だと思う」

ドクターが、ジェニーに書面を渡す。

 

「エディとは、まったく面識がないのかい? 」

「一度だけ、教会で神父様と会っていた時にお会いしただけです」

ドクターの尋ねたことに、ジェニーは書面を見ながら答えた。

 

「エディさんは、どんな人なんですか? 」

 

「彼は、ハリスがロンドンにいた頃、同じ職場の仲間らしい。なぜ彼が、君を引き取る人間なったかは、はっきりわからない。正直、エディという人物に君に預けるのは、不安があるんだ」

 

「ドクターも僕も、彼の所には行ってほしくないと思っている」

話の途中、ディックが本音を言った。

 

「良ければ、私のところに来ないか? 」

ドクターが真顔で尋ねた。

「成人するまでは、私が君の親代わりになってもいいと思っている」

ドクターの言葉に、ジェニーは黙り込んだ。

「ロンドンの学校には行けないが、僕も君が弁護士になれるように協力するよ」

ディックも真顔で言う。

 

ジェニーは、すぐには返事をしなかった。下を向いたまま考えているようだった。

「どうだろう? 」

ドクターが、ジェニーの気持ちを探るように尋ねた。

 


「私、先生の所へ行っても、本当に大丈夫なんでしょうか? 」

ジェニーが不安そうに尋ねた。

 

「ああ、今は子供も家を出て、妻と二人だけの生活だ。妻も昔から、ジェニーのことは知っている。家に来ることは了解してもらえると思うよ」

 

「わかりました。いろいろご迷惑をかけるとは思いますが、よろしくお願いします」

 

ジェニーは、神父亡き後、どこに行くべきなのか、自分では決められないことだと思った。だが、見知らむエディの所より、気心が知れたドクターの所で世話になるほうが、落ち着いて生活できると、ジェニーも考えていた。

 

「それじゃ、今日の夜からでも家に来るといい」

「いえ、明日からにさせてもらえませんか? 」

 「どうしてだ? 」

ドクターが気にかけた。

「いろいろと荷造りしたいんです」

「それじゃ、明日の朝、迎いに行くからね」

ジェニーは、ドクターと約束をした。

 

「ありがとうございます」

ジェニーは、二人に深く礼をして、診察室を出た。

 

ドクターとディックは、ホッとした様子で笑みを見せた。

 

その頃、診療所近くで黒のロールスロイスが停まっていた。

後部座席でエディが、盗聴した診察室での会話を一部始終聞いていた。「・・・・・・」

エディは、自分の思惑とは違ったことになろうとしていることに焦りがあった。しばらく考えて、「彼女の所へ行ってくれ」

何か考えがあるように、運転手に言う。

 

「はい」

運転手は返事をして、車を走らせた。

 


ジェニーが家に帰ってくると、扉の前で子猫がいた。まるで、ジェニーの帰りを待っているようだった。

「いたのね・・・・・・」

ジェニーが子猫を抱きかかえた。

「ごめんね・・・・・・明日から私は、この家にはいないの。あなたを連れてゆくことはできないの」

ジェニーは、子猫の頭をさすりながら寂しそうに言った。

 

「君の友達かい? 」

声がして振り返ると、エディが立っていた。

ジェニーは、ハッとした。断る相手に会うことは、正直、バツが悪い気持ちがあった。

 

「まだ生まれて間もないようだね」

エディが笑みをみせて、子猫をみた。

「エディさん、私のことなんですが・・・・・・・」

「待ってくれ! 君が私の元へ来るか、来ないかの話なら、それは明日聞こう。今日は、君に頼みたいことがあるんだ」

エディは慌てるように言った。

 

「頼みたいこと・・・・・・!?」

ジェニーが首を傾げた。

「すまない。急なことを言って・・・・・・・写真を見せて欲しいんだ」

「写真って? 」

「ハリスがロンドンで働いていた頃の写真で、白衣姿の日本人男性が写っているものだ。それには重要なものが書き記してある」

「重要なもの?」

エディの協調するような言い方に、ジェニーが反応するように興味を持った。

 

「ジェニー」

会話の途中に、誰かの声がした。

二人が振り返ると、アンジェラがいた。

「どうしたの?」

ジェニーが、アンジェラに近寄る。

「これを」

アンジェラが、授業内容を書いたノートを持っていた。

「ありがとう」

ジェニーがノートを受け取る。

 

「ねえ、あの人、なぜここにいるの? 」

アンジェラは、エディをチラリと見た。

「ジェニー、邪魔してね。それじゃ、明日」

エディは、アンジェラから警戒されている雰囲気を感じ取って、その場を去ることにした。

 

「もうちょっとだったな・・・・・・」

エディが、車の後部座席に乗り込むと悔しそうに言う。

「いいんですか? 写真のことまで話して」

運転手が心配する。

「彼女を引き取るためだ。多少のルール違反はかまわんよ。出してくれ」

エディは苛立った様子だった。

車は静かに動き出した。

 


夜。

ジェニーは、家で荷造りをしていた。明日には、新しい神父が来ることになっていた。そうなると、家を出なければいけない。ダンボールの中には、ドクターの家に持ってゆくものを入れ込んだ。

 

リビングのテーブルの上に、十字架を目にした。ジェニーが十字架を左の手のひらに置いた。神父が亡くなる時に、十字架を渡されて、『すべての始まりが、ここにある』と、謎めいた言葉を残した。

神父は、何かを伝えようとしていたが、ジェニーには何のことかわからなかった。

 

改めて十字架を見ると、先のほうが複雑な形をしていた。よく見ると、鍵のようなものにも見えた。ジェニーは、何かがひらめいて教会へ向かった。

 

ジェニーが礼拝堂に入ると、正面の壁にはキリスト像の十字架がある。その下には祭壇が置かれていて、そこへゆっくり歩いて行く。葬儀の時は、花を飾り華やかに見える祭壇も、普段は何も置かれていない木で用いれたた箱のものだった。

 

ジェニーが、祭壇の側面に回り扉の前でしゃがみ込んだ。

以前、神父が十字架を使って、祭壇の鍵穴を開けているのを見たことがあった。この中に、神父が伝えたいものの何かがあるように思えた。ジェニーが、十字架を鍵穴へ入れて左右動かすと、ガチャンと開いたような音がした。

扉を開けると、葬儀時に使う装飾品が入っていた。その中に、持ち運び用のアルミケースがあった。

 

その頃、教会の横にロールスロイスが停まっている。

エディは後部座席から、車内に持ち込まれたテレビカメラを見ていた。

カメラには、ジェニーが祭壇の中を開ける姿が映し出されていた。

 

「カメラをズームしてくれ?」

エディが運転手に指示すると、テレビ画面にジェニーの手が大きく映された。

アルミケースを開けて、一枚の写真を取り出すのが見えると、エディは目を見開いてカメラを覗き込む。

すると、「ちょっと出てくる」

エディは、慌てて車から降りた。

 



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