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数ヶ月後。

 

体育館の中で、男子生徒に交じって、女子生徒のジェニーが、バスケットボールに参加していた。ジェニーがボールを受け取ると、ドリブルで素早くリングへシュートする。

 

「ジェニー! 」

コートの端で、クラス担任のディックが声をかけた。

 

ジェニーは、ディックの呼びかけに反応するように、メンバーチェンジをしてコートを出る。

ジェニーは、タオルで額の汗を拭きとりながら、ディックに近寄った。

 

「そろそろ返事を聞かせてもらいたいと思ってね? 」

ジェニーは、セカンダリースクールの生徒だった。卒業後の進路がまだ決まっていない。そのため、ディックが気にかけるようして訪ねて来た。

 

「君なら、学力も優秀でスポーツも万能だから、推薦する学校も十分やっていけると思う」

ディックは、自信たっぷりに言う。

 

「そのことなら・・・・・・もう少し待ってもらえませんか? 」

ジェニーは、浮かない表情をする。

 

「神父は、君がロンドンの学校へ行くことを、許してくれないのか? 」

ディックは、ジェニーの気持ちを察するように尋ねた。

 

「ええ、どうしてかわからないんですが、この町から出てゆくことを許してくれないんです」

 

「君が弁護士になりたいという夢は、素晴らしいことだと思う。人のために、役に立つ人間になりたいという、君の気持ち、神父もわかってくれると思うんだが」

ディックは首を傾げた。

 

 

「ジェニー! 」

コーチが、コートに戻るように指示が出す。

 

「今度、君の進路について、神父に会って相談してみようか? 」

「ええ、お願いします。じゃ、戻ります」

「これを渡しておこう」

ディックは、ジェニーの推薦する学校のパンフレットを渡す。

 

ジェニーは、ディックに軽く頭を下げてコートに戻った。

 


 神父は、診療所にいた。

午前中の診察時間を終えた後、診察室でドクターと神父の二人だった。

 

「あまり、よくないようだ」

ドクターは、レントゲン写真を覗きこみながら、顔をしかめた。

「そうか・・・・・・」

神父は、わかりきった様子で言う。

 

「ジェニーには、病気のことは話したのか? 」

「・・・・・・」

ドクターの尋ねたことに、神父は複雑な表情をする。

 

「どうするつもりだ?」

「そのことだが、私が亡くなったら、ジェニーが成人するまで、君に頼みたいんだ」

 

「・・・・・・」

急なことで、ドクターは少し考えて話出す。

「ジェニーは、ロンドンの学校へ進学したいと希望している。学校は名門校だ。そこで、優秀な成績で卒業すれば、ジェニーにとってはいいことだと思う。だが、君は許していないようだが、どうして何だ? 」

 

「何も、遠くに行かなくとも、地元の学校に行っても、弁護士になる勉強は出来るはずだ」

 

「ジェニーが君の目から離れて、ひとりで生活させるのが心配なのか? それなら、ロンドンに知り合いがいる。彼女に、ジェニーの面倒を見てもらおうと頼んでみようか? 」

ドクターが、神父の気持ちを察するように言う。

 

「ドクター、君の気持ちは嬉しいが、ジェニーは、この町で生活させてほしい。それで、君が目を光らせて見ていてほしいだ」

ドクターは、神父の言い方が、ジェニーを監視して欲しいと言っているようにも思えた。

 

「なあ、神父。医者として聞くじゃない。昔ながらの友人として知りたい。君は、ロンドンで何か特別な仕事をしていて、そのことが、ジェニーと関係しているんじゃないのか? 」

ドクターは、思ったままを聞いた。

 

「私は、ロンドンの商社で働いていた。何も特別なことはしていない」

神父は、否定するような言い方をした。

 

「まあ、仕事には守秘義務があるから、別に言わなくてもいいが。私が、不思議に思ったのは、君が五十を前にして、こんな小さな町に帰ってきて、神父になったことだ。しかも、自分の子供じゃない、ジェニーを連れて」

「この町は、私の故郷だ。帰ってきて何が悪いんだ」

 

「君は、昔から野心家だった。都会に出て、成り上がってゆくタイプだと思ったが」

「君とは、同じクラスメイトだったが、ずいぶん昔のことだ。年老いた分、欲もなくなった」

神父は言い訳ぽく言った。

 

「ジェニーのことを、私に預けたいなら教えてくれないか? 彼女の両親は誰で、今はどこにいるんだ? 」

 

「・・・・・・正直、ジェニーの両親のことは、自分もよく知らない。ある人物から、頼まれて預かった」

「その人物は誰なんだ? 」

ドクターが興味深く尋ねた。

「それは・・・・・・いや、すまん。今の話は忘れてくれ」

神父は、頑に秘密を守っている様子だった。

 

「ドクター、そろそろ失礼する」

神父が、診察室の椅子を立ち上がる。

 

「ハリス、そんなに時間はないぞ。いい結論を見つけろ。それから、あまり自分を刺激するようなことはするなよ」

ドクターは、神父のことを名前で呼んで、忠告するように言う。

「カール、時間を取らせてすまなかった」

神父もドクターの名前で呼んで、診察室を出てゆく。

 

 

 


ジェニーは、友人のアンジェラと一緒に校門を出た。

アンジェラは、ジェニーの家の向かいに住む少女で、学年も一緒だった。

 

「ねえ、アンジェラは進学する学校は決めたの? 」

「ええ、隣町の学校にしたわ」

将来、アンジェラは学校の教員になりたいと思っていた。

「ジェニーは、どうなの? 」

「うん・・・・・希望する学校は決めたんだけど」

ジェニーが浮かない表情になる。

 

「まだ、神父様が許してくれないの? 」

アンジェラは、察するように尋ねた。

「ええ・・・・・・最近は、神父様の体調も悪くて、言い出すタイミングがなくてね」

「そう。でも早く決めないと」

希望校の願書提出の日が近づいていた。

 

「ディック先生が、神父様を説得してくれることを約束してくれたの」

「そう、良かったわね」

「私の方からも機会があったら、説得してみようと思うわ」

「ジェニーだったら、ロンドンの学校も合格できると思うわ。絶対、説得しなきゃ」

アンジェラが、ジェニーを励ますように言う。

「ありがとう」

アンジェラの言葉は、ジェニーを笑顔にさせた。

 

ジェニーが自宅に帰ってきた。

ジェニーは、教会横の建物で、神父と一緒に暮らしていた。

 

ジェニーは、木製扉のドアノブに手をつけた時、ニャーと声がした。ジェニーが振り返ると黒い子猫がいた。生まれて間もなく、手のひらに入るぐらいの大きさだった。再び、ニヤーと泣くと親猫が近寄ってきて、そのまま子猫の体を口にくわえて、どこかに行ってしまった。

 


「ただいま」

ジェニーがリビングに入って来た。

「おかえり」

神父は、キッチンで夕食の準備を始めていた。

 

「神父様、体調のほうはいいんですか?」

ここ数日、神父は寝込んでいたが、今日は体調がよく起きていた。

 

ジェニーは、今一度、進学のことを相談してみようと思った。体調が悪い時は、話を聞き入るほど余裕もないと思い遠慮していた。だが、今日は顔色もいい様子だった。

情熱を持って話してみたら、ロンドンの学校への進学も許してもらえるかもしれない。

 

「神父様、お話しがあります」と、ジェニーは、希望を持って声をかけた。

「何だい? 」

神父が包丁で人参を刻む手が止まった。

ジェニーは、食卓の上にパンフレントを置いた。

それを見るなり、神父は渋い表情で椅子に腰かけた。

 

「来年は、ロンドンの学校に行きたいです」

ジェニーは願うように言った。

 

「なあ、ジェニー。弁護士になりたいというのは、いいことだと思う。だが、地元の学校に行っても、弁護士になれるはずだ」

「私、どうしても、この学校で勉強したいんです」

希望する学校は、イギリスでも有名校で、卒業生には、司法関係で働いている人間を多く出している。ジェニーは、その学校に通いたかった。

 

「地元の学校ならいいが、ロンドンは許さんよ」

神父は、聞き入れることもなく言う。

「どうして・・・・・・ロンドンの学校に行ってはいけないんですか?」

ジェニーが感情的に尋ねた。

 

「・・・・・・」

 神父は答えなかった。その態度を見て、ジェニーは、

「ちゃんと理由を言って下さい。神父様はズルい! 私、神父様なんかに育てられるんじゃなかった!!」

 

ジェニーは、怒りでつい言葉が出た。その態度を見て、

「ジェニー!!」

神父が声を荒げて、椅子から立ち上がった瞬間、急に胸を押さえて苦しそうに床に倒れ込んだ。

 

「神父様! 」

ジェニーは、驚いた様子で神父に近寄る。

「・・・・・・」

神父の息が荒くなった。

 

ジェニーは、慌てるようにして固定電話の受話器を手にして、どこかに電話をする。


次の日の朝。

神父は、病室のベッドで意識を失ったまま寝ている。ベッドの横で、ジェニーは椅子に座ったまま見守っていた。

 

ドアが開いて、ディックが顔を出した。

ディックが中に入ってきて、「ずっと、起きていたのか? 」

「先生、ありがとうございました」

ジェニーは、思いつめた表情で頭を下げた。

 

神父の容体が悪くなった時、ジェニーは真っ先にディックに電話をした。すぐにディックは、ジェニーの元へ来て、診療所へと神父を連れて行った。ジェニーは、病室で神父に付き添い一夜を過ごした。

 

ドクターが入って来た。ジェニーは下を向いたままだった。

ドクターは無表情だった。そうすることで、ジェニーに動揺させないようにしているようにも見えた。

 

「神父の容体は、どうですか? 」

ディックが、ドクターに心配そうに尋ねた。

ドクターは一瞬考えて、「なぁ、ジェニー」

ドクターの呼びかけに、ジェニーが顔を上げる。

「なるべく、神父のそばにいてあげて欲しい」

 

「はい・・・・・・」

ジェニーは静かに頷いた。

ドクターは頼むような言い方をした。それは、神父の命が長くはないと言っているのだと、二人とも思った。

ドクターが出て行く。

 

「昨日から、何も食べていないだろう」

ディックは、思い出したように鞄の中から紙袋取り出した。袋の中はサンドイッチと、パック入りのオレンジジュース入っていて、それをジェニーに渡した。

 

「・・・・・・」

ジェニーは、じっと神父の寝顔を見つめていた。そして、

「私・・・・・・神父様にひどいこと言っちゃった・・・・・・だから」

ジェニーは、ディックの顔を見て、ピンと張り詰めたものが切れた感じになった。

 

「ジェニーのせいじゃない。元々、神父には心臓に持病があったんだ」

ディックがしゃがみ込んで、顔を下に向けたジェニーに言う。

「私が・・・・・・」

ジェニーは半泣き状態だった。

「神父様、ごめんなさい!」

ジェニーは大粒の涙が出して、ディックの胸の中に寄りかかり泣き崩れた。

 

「ジェニー、君は悪くないよ」

ディックは、優しく言ってなだめた。

 



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