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キャメル編7

 オヤジは西ザータ村の塔の中、警備隊に両手を縛られた状態で、オレに最初名前が無かった理由を語った。

 

 オレは、泣いてばかりの、とても弱そうな子どもだったらしい。そして、その名前を教えてくれなかったそうだ。

 だからオヤジは、名前をつけないままで、塔の中でオレを育てた。いつかこの塔を出たら、自分で名前を見つけて来られるほど、オレを強くするために。

 

 そこまでオレがオヤジから直接きいた時、西ザータの村長が「正午が来た」と言い、面会を終わらせて処刑を強行しようとした。 

 

 村長は、重そうな、きらびやかな衣装を正午の光にぎらつかせ、折り畳み椅子を立った。

 

 オレは、村長をにらみつけるため、目をしっかり開いた。ガイが怖いと冗談で言う、この目。

「オレは、実の父を消した。彼は、自分が十数年前の放火犯であると認めた。そして、今度の放火の理由も語った。どうしてオヤジが、まだ幽閉されている? 明らかに無罪だろ」
  

 村長は、不服そうな顔で、立ったまま答えた。衣装が重そうに、口調に合わせて少し揺れる。
「それは、この男の自白があったからだ」
「何だと?」

 オレは、思わず眉を動かした。

 

「この男は自分が放火殺人を犯しました、と自白した。これが、最大の証拠じゃ」

 村長は、冷酷に言い放った。
「そこに、拷問はあったんですか?」
 オレの後ろから、不意にジーンの声がした。オレは、とっさに振り向いた。

 

 ジーンは、村長を真っ黒な目で見ている。闇と、同じ色の目だ。何の表情もたたえてはいない。

「そこに、拷問はあったかときいたんです」

 

 警備隊の中年の男が、静かに口を開いた。
「仕事上、その質問にはお答えできません」
 しかし、その表情に隙があるのを、オレは感じ取った。

 

 ジーンがオレの前に歩み出て言った。まっすぐで、決して折れない木。そんな風にさえ見えた。
「拷問があったかを、なぜ答えられないんですか? 無かったなら、無かったと言えばいい」

 

「この女――」

 警備の若者が槍を動かそうとした。しかし、何だか動かせないようだ。怯えているのか。
 それはオレの目つきか、それとも、迷いなく伸びた木のようにたたずむ、ジーンのせいか。

 

 ジーンは堂々と続けた。警備隊二人とオヤジ、村長のすぐ目の前で。
「そして、塔の中で公開処刑をやるんですね、この西ザータという村では。不思議な習慣ですね。野次馬どもが階段に大勢集まって、危険ですよ。すみません、――公開処刑と言っておいて、なぜ公開できないのよ」
 ジーンの言葉が塔に響く。その声は、危なさをどこかに含んでいる。

 

「処刑の公開を取り消した理由については、私には一切お答えできません」
 警備の中年の男が、ジーンの言葉にかぶさるように言った。

 

「もうよい。退がれ」

 村長が、異国趣味な袖を揺らして、手で合図した。
「すみませんでした、村長」
 警備隊の男は、村長に向かって軽く頭を下げた。

 

 村長が椅子からぶらりと立ったまま、小さすぎる窓の方へ目をやった。
「なら、お前たちこそ、なぜ堂々と無罪を主張できる? 目に見える証拠が無いであろう。私を何か、疑っているのだろう。証拠があるなら、それをもって来るがいい」
 村長は演説した。南側の窓の外に広がるのは、ぼんやりした光と、灰色の風になびく草原だけだ。

 

 オレは、とっさに思いついたので、腕を組んで言った。

「待て、――目に見える証拠だと? 村長、あんただって目に見えるものなど何も、示してないだろう」

 

 村長のしわの奥の目が、塔の中のわずかな光を受け、光る。

「それはお前だ、キャメル」

 

 警備隊に挟まれたオヤジは、苦しそうに呻く。オヤジは、さっきから黙ったままだ。ひどく急に年をとったようなその顔は、ところどころが赤黒くなっている。

 

 村長は、両手を広げて言った。衣装がぶわっと広がる。

「この男は、キャメル、お前を連れていた! これが目に見える証拠じゃ。放火殺人が起こった頃、西ザータ村でとある変異種の美女が誘拐された。犯人は我々の調べにより、同一とされた。……このうす汚い男は、その女にそっくりの、変異種の子を連れていた。変異種というのは、めったにおらぬ、突然変異の人間の事ぞ。――これが、目に見える証拠じゃ。キャメル、お前はまさか、その捜査さえ疑うつもりか? 警備隊ならもう誰でも、知っておるというのに。――それと、自白じゃ」

 

 連続放火事件の時出逢ったオレの実の父を、いつかガイは『絶対に殺すな』と言った。オレは、手にかけてしまった。
 あれは、証拠を残すためだったのだ。今頃になって、オレは自分の過ちに気づいた。

 

 

 

 オヤジの処刑は、なぜだか公開されないままで、塔のひとつ上の部屋で行われる事になった。オレとジーンは、とうとう決定的な『目に見える証拠』とやらを用意する事ができなかった。

 

 オレは、実の父を消した。しかしオレでも、それをひとり口に出すだけでは、何の証拠にもならないのはわかる。村長からしたら、オレがオヤジを無罪にしたいがために、でっちあげた話かも知れない。

 オヤジが有罪だという証拠は、自白と、なんと、オレだった。それは、警備隊なら誰でも知っていると、村長は言った。――オレたちには、『目に見える証拠』が、何も無かった。警備隊全員を納得させられるような、強力な証拠が何も。

 

 

 

 赤っぽい土色のレンガの階段を、オレは上っていく。階段は、砂でざらざらしている。 

 オレの足取りは重かった。オレが、生まれて初めて見た外の世界だ。それが、今は言葉を伴って、下に広がっている。窓から見た森。オレが思ったものと全然違った。背が高かった。三角や四角の家。木でできていた。

 

 何もかも知ってしまった後では、オレは何か虚しいのだ。下を向いた時に、目にかかりすぎた髪をかき上げた。
 その時、オレの肩に手がポンと置かれた。

 

「なあ、キャメル」
 ガイの声だ。思わず振り向く。どこにいたんだ?
「何があっても、なんとか生きられるよう、準備をしてきたぜ」

 

 ありがとう、と言おうとしたら、その後ろにジーンもいた。オレには、仲間がいる! もう塔を追い出された、惨めな少年ではないのだ。

 二人とも、なぜ、こんなオレについて来てくれるのだろう。オレは、いつも表現が下手だ。

 

 階段を上るのに、オレたちについた警備の男はひとりだけだ。
「村の誰かさんに『この女は誰か』ってきかれたぜ。『キャメルの女だ。関係者だ』って言い張った。ははは! ジーンは、いい顔してなかったけど。それでも、止められた。だって、何で親友の彼女が俺についてさ、処刑の場まで乱入してくるんだよ! 意味不明だよな。面白ぇ! あとは、火炎放射器で力押し! 村人に火なんかつけてねえな。ちょっとスタンさせただけだよ。気にすんな」

 ガイが、頭の上で手を叩いて笑った。ひとつひとつ、オレたちは段を上る。

 

 ガイは、どんな場にあっても、ぼんやりした不安を抱えたままの、オレの気持ちを軽くしてくれる。というより、警備隊の聞いているところで、よくスタンなどと大声で言えるものだ。

 

 言葉足らずなオレを、親友と呼んでくれる男だ。


この本の内容は以上です。


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