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 ワンワン

浜田「あっ、おはようございます。こんなところでなんですけれど、この度は奥様のこと、本当にご愁傷さまでございます」

金蔵「まあ長患いせんと逝きましたんで助かりました。寝付かれたらたまりませんからな」

浜田「はーまー」

金蔵「はまだのダジャレか」

浜田「すみません。もう二週間になりますね。何かとご不自由でしょう」

金蔵「なーんも困っとらん」

浜田「私にできることありましたらおっしゃってくださいね。お隣ですから」

金蔵「おおきなお世話じゃ」

浜田「ふん!失礼しました。奥様にはずっとよくしていただいて」

金蔵「あれは人の世話ばかりやいて、無駄遣いしておった」

犬「ワンワン!」

浜田「だめよ、リリーちゃん、お隣のおじいちゃんでしょ」

金蔵「あんたにじいちゃん呼ばわりされとうないわ」

犬「ワンワン、ワン!」

金蔵「犬のしつけもできんのか、全く」

浜田「うちのリリーちゃんは、余程の人でないと吠えないんですのよ」

金蔵「なにか、喧嘩売っとんか」

浜田「はーまー、今日は『燃えないゴミ』だけですので、その持っておられるゴミ出されても回収していただけませんよ」

金蔵「なに!ゴミを出してはいかんのか!」

浜田「いえ、そうではなくて」

金蔵「わしが何も知らんと思ってバカにしとるんか」

浜田「はーまー、ゴミは分別していただかないと」

金蔵「分別のない者が何偉そうに」

浜田「分別がなくて悪うございましたね」

金蔵「ゴミはゴミ。燃えるも何もあるか!」

浜田「ゴミ出しのルール、お読みくださいね」

犬「ワンワンワン」

浜田「あらあら、リリーちゃん、おそそうしちゃって」

金蔵「おい、こいつ、今小便しやがった。うちの塀に」

浜田「ごめんなさいね、リリーちゃん、長話になってしまって」

金蔵「謝るんはわしにやろ!」

 浜田「はーまー、すみません」

金蔵「さては毎朝小便させておったな。臭そうてかなわん。毎朝毎朝」

浜田「今日だけです」

犬「ウー、ワンワンワン!」

金蔵「うるさい!」

浜田「どうしたの?リリーちゃん、『この爺さんが悪い』って、我慢してね、よしよし」

金蔵「水かけるぞ」

浜田「おーこわ、早くお家へ入りましょ」

犬「ウー、ワンワン、ワン!」

 

 ピンポーン

田中「町内会ブロック委員の田中です」

金蔵「今忙しいのや」

田中「お忙しいとこすみません。ちょっと玄関先までおねがいいたします」

金蔵「ブロック売りに来たのか、いらん、帰れ」

田中「ブロックはこの地区のことでして」

金蔵「そのブロックが何の用じゃ」

田中「自治会費の集金です。三百円お願いします」

金蔵「そんなものは払わん、帰れ」

田中「いえ、みなさんに払っていただいております」

金蔵「無駄な金は使わんのじゃ、帰れ」

田中「困ります。自治会員の義務ですのでよろしくお願いいたします」

金蔵「自治会をやめる」

田中「えー、色々お世話になることが多いですから、お困りになるのでは」

金蔵「わしは誰の世話にもならん。帰れ!」

 

  リリーン

友美「もしもしお父さん、元気にしてる?お母さんが亡くなって、家のこと何も分からないでしょ。手伝いに行こうか?」

金蔵「なにも困っとらん。ほっといてくれ」

友美「私ね、転職したの。それを報告したいなあって」

金蔵「家を出て行った娘のことなど聞きとうもない」

安美「はいはい、分かりました。またね」

金蔵「電話してくるな」

 

  チーン

金蔵「母さん、どいつもこいつも優しそうなふりだけして、気に食わん。おまえが死んでしもうて、わしはもうどないしたらええんか分からん」

グスン

金蔵「なーんも分からん、飯だけは炊いとるけど味がせん。友美も家出てもう八年やぞ。今朝も、近所の奴らはみなわしのことバカにしおって、文句つけるんじゃ」

グスン

金蔵「母さん、わしはどないしたらええんや」

 

  ピンポーン

安家「こんにちは。はじめまして。ハッピーホームの安家と申します。只今、排水管の無料清掃を行っております。いかがでしょうか?」

金蔵「無料?ほんまやな」

安家「はい確かです。リフォームのハッピーホームを地域の皆様に知っていただくキャンペーンでございます」

金蔵「排水管って何や?」

安家「トイレや流しの水を流す管でございまして。ほっておきますとつまって大変面倒なことになります」

金蔵「そしたらやってもらおうか。ほんまにただやな」

安家「もちろんでございます。ただ無料で施工させていただくのは二つとさせております。

雨どいのつまりもサービスで点検させていただきます」

金蔵「絶対ただやな」

安家「では来週スタッフと伺いますので」

 

  ゴゴゴー

安家「やっと終わりました。やはりとてもよごれておりました。腐食も進んでいます。定期的にお手入れされないとだめだと思います」

金蔵「この家も建てて四十年、手入れしとらんからなあ」

安家「あと雨どいも草や土が詰まっておりました。一か所だけしか無料サービスできず申し訳ありません」

金蔵「あちこち悪い言われたら気になるな。どないやねん」

安家「この写真をごらんください」

金蔵「なんや、屋根か」

安家「お宅の瓦がほら、こんなに傷んでおります。いつ雨漏りがしても不思議ではありません」

金蔵「うわー、えらいことになっとんのや」

安家「よろしければ格安のお見積りさせていただきますが」

金蔵「えらい物入りやなあ」

安家「すこしでも早い方がいいと思います。あと、この下の壁のミミズのはったようなもの、シロアリかもわかりません。中へ入れていただいてよろしいでしょうか?」

金蔵「まあ入れ」

 安家「失礼します。あーなるほど。あちこちリフォームなさった方が後々のために良いように思います」

金蔵「えらい物入りやなあ」

安家「一番気がかりなシロアリ被害見せていただいてよろしいでしょうか」

金蔵「どないして見るんや」

安家「床下収納から入って、見せていただきます。写真撮ってまいりますのでお待ちください」

金蔵「ほーこんなとこから、ほー」

安家「大変なことになっております。テレビお借りします」

金蔵「なんやこれは。柱がボロボロやないか」

安家「お宅の床下です。大きい画面でしっかりご覧ください。ここまでの被害とは。驚いています。一刻も早く修理されないと家自体が倒壊します」

金蔵「えらいことやないか」

安家「ついでながら、風呂場のカビがすごいです。床も傾いていますし、浴槽と床に隙間があります。水が床下に滲みて湿気を好むシロアリが大量に発生したのではないでしょうか?」

金蔵「えらいことやないか。えっ、倒れるんか?えらいことや」

安家「今すぐというわけではありませんが、早く手を打たれた方が結局は安く上がります」

金蔵「そしたらやってもらおうか」

安家「すぐに見積もりお持ちします。格安でサービスさせていただきますので」

 

   ピンポーン

友美「お父さん、来たよ」

金蔵「何しに来たんや」

友美「カラ元気ばっか出してるから心配で来たんやないの」

金蔵「ほっといてくれ」

友美「お昼ご飯にカップラーメン?」

金蔵「ほっといてくれ」

友美「歳なんやからこんなんばっか食べてたら体壊すよ」

金蔵「ほっといてくれ。晩は飯炊いてる」

友美「いやすごい成長!おかずは?」

金蔵「イワシ、サバ、サンマ の缶詰。文句あるか」

友美「洗濯物たまってるやないの」

金蔵「ほっといてくれ。パンツも靴下も裏返してはいてる。文句あるか」

友美「あれ?この書類、何?」

金蔵「リフォームの見積もりや」

友美「この家の?」

金蔵「わしが、隣のリリーバカ、ハーマーの見積もりしてどないするんや」

友美「ご近所にはお世話になるんやからね。もめごと起こさないでよ」

金蔵「それよりえらいことや、家が倒れるぞ。リフォーム業者に言われた」

友美「古い家やけどそんなことないよ。おかしいよこの見積もり」

金蔵「薄情なおまえとちごてハッピーホームの安家さんは優しいええ人や。わしのこといろいろ気にかけてくれる」

友美「でもおかしい」

金蔵「お前なんかに分からへんやろ」

友美「わたし転職したんよ。リフォーム会社」

金蔵「はよ言わんかい」

友美「この間、電話で言おうとしたら切ってしもたやないの」

金蔵「そやったかな」

友美「おかしいよ、これ、ものすごく。私は事務やけど、専門の人にみてもらおうよ。信頼できるすっごくいい人知ってるから」

金蔵「明日契約することになっとる」

友美「えー!明日その人に来てもらう。正井信也さんていうの」

 

   ガシャガシャドン

正井「初めまして、私こういうものです。ご同業です。よろしくお願いします」

安家「えっ、何か突然ですね。聞いておりませんが」

正井「こちらの娘さんに依頼されまして、見積もり拝見しました」

安家「なるほど、それをいいことに、そちらで契約取りたいわけだ」

正井「いえ、そんなことは考えておりません。考えてはおりませんが、この見積もりあまりにもひどいでしょう」

安家「どこがですか?」

正井「傷んでいた屋根の瓦って一枚だけでしたか?」

安家「あちこちよー傷んでた」

正井「それほど傷んではおりませんよ」

安家「でたらめ言わんとってほしいなあ。証拠は?」

正井「この写真です」

安家「……」

正井「これは刃物で無理やり壊した傷です」

安家「いちゃもんつけて契約取りたいんやな。営業妨害や」

正井「しらを切るつもりですね。風呂場に関しては?」

安家「古なってたから取りかえた方がええと勧めただけや」

正井「でも、このときビー玉を使われましたね。床に転がして傾いているとおっしゃったそうで」

安家「もうボロボロやったから、気持ちよくお風呂に入ってもらいたいと思ただけやないか」

正井「でも排水のために床に傾斜がつけてあるだけで、それで脅かすのはどうかと思います

安家「俺がそんなあくどいことするわけないやろ」

正井「このシロアリの件ですが、この床下の画像は?」

安家「うるさいやっちゃなあ。柱がシロアリにやられとったんや」

正井「私が床下に入って調べましたらシロアリは全くいませんでした。床下の柱もしっかりしていました」

安家「そんなことないやろ。くそおもしろもない」

正井「この画像、この家の物ではありませんね」

安家「あれっ、ようけ家あるから間違えたかな」

正井「これは明らかに詐欺ですよ」

安家「うるさい奴や!商売の邪魔しよってから。くそっ、覚えとけ」

 

   カンパーイ

信也「お父さん、これからよろしくお願いします」

 金蔵「信也君、いや結婚おめでとう!」

金蔵「わしの方こそ。このわがまま娘の友美よろしくたのんます」

直也「友美さんは気持ちの優しい人です。三人で仲良く楽しく暮らしたいです」

金蔵「ありがとう。信也君のお陰でリフォーム詐欺にあわんで助かった。退職金全部なくすとこやった」

信也「気が付いてよかったですよね。ハッピーホームは悪質でしたから」

金蔵「その上、友美と結婚して一緒に住めるやなんてわしはうれしい」

信也「お母さんも喜んでおられますよ」

金蔵「もう仏壇の前でグスングスンせんでもええわ」

信也「あはは、ところで、これ宿泊無料券頂いたんですけど、どうですか?」

金蔵「いや、無料はもうこりごりや」


この本の内容は以上です。


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