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ある日突然はじまった

 ある日、学校の靴箱を開けると、僕のスリッパの上に小さなメモ用紙が一枚乗っていた。最初は、ラブレターなんじゃないかと前向きな事を考えたけれど、だったらメモ用紙なんかじゃあなくて、手紙が入っている筈だと落胆した。

「何だコレ?」

 僕はメモ用紙を手に取ってみた。真っ白い用紙にピンク色の線と、紙の縁に描かれた小さなウサギのキャラクターが印刷された、ただのメモ用紙だった。用件も何も書いていない。ただの白紙だ。可愛い雰囲気の用紙から明らかに女子の物だろうという推測はついたが、辺りを見回してもそれらしき生徒は誰一人見あたらなかった。

 何かの間違いだろうか。

 それとも悪戯だろうか。

 普通に考えれば後者の方が確率が高い。何かの間違いと言ったって、何をどう間違えて白紙のメモ用紙を人のスリッパの上に置くのだろう。しかし後者と言ったって、これがどんな悪戯になるのかもさっぱり解らなかった。

「まぁ、いいか」

 僕はそれほど深く考えずにメモ用紙を捨てた。特にたいした事は無いんじゃないかと思って。何気なく。本当に何気なく。

 

 

 翌朝学校のネズミ色の靴箱を開けると、昨日と同じ白いメモ用紙が入っているのが見えた。取り出すと、昨日と同じ用紙に昨日と同じように何も書いていなかった。白紙のメモ用紙だ。

「……」

 二日も続くとちょっと何かあるんじゃないかと思う。辺りを見回したが、やはり昨日の朝の靴箱風景と何ら代わりはなく、視線を感じる事もない。靴箱の影から誰か俺を見ているんじゃないだろうかと、体を反らして見てはみたが、誰も居る気配は無かった。

「何してんだよ」

 ふと後ろを振り向くと、仲のいいクラスメイトが不思議そうに僕を覗き込んできた。確かに、靴箱でスリッパに履き替えもせずに白紙のメモを持って立ちつくしていたら、相当不思議に思われるだろう。

「あ、いや、その」

 戸惑いながらも、僕は彼に白紙のメモを見せた。

「コレ」

 メモを突きつけられた彼は、不思議そうな表情を隠すことなく僕に見せた。

「何、コレ」

「昨日と今日、二日続けて白紙のメモが靴箱に入ってたんだ」

 彼は“へぇ”と適当な返事を返し、あまり興味無さそうな素振りを見せた。

「何かの合図だったりして」

 彼はクスクスと笑いながら、あまり気を入れない適当な予想をいくつか僕に述べた後、最終的には、

「ま、そんな大した事じゃ無いじゃん。気にしなきゃいいんじゃねーの? それより早く教室行かないと、そっちの方がやばいじゃん」

「……そうだよね」

 僕はスリッパを履き替えて彼と一緒に教室までを歩いた。確かに他人にとってみれば、白紙のメモが入っていただなんて事は大した事でもないし、話題にもそんなにならないくらいの事だろうとも思う。でも、本人としては結構気になるんだけどなぁとは思っていたけれど。

 

 

 三日目の朝、やはり靴箱に白紙のメモが入っていた。昨日クラスメイトに適当にあしらわれただけに、他の誰かには何だか言いにくかった。それでいて、3日続いたと言うことは、これからも続いていくんじゃないかということを何となく想像させた。続いていこうとする些細なこと。でも、些細すぎて何だか人には言えないこと。

「気にした方が負け、なんだろうか」

 僕はメモを取ってそれまでと同じように捨てた。相変わらず、何も記入されていない白紙のメモ用紙だった。

 

 

 

 僕の靴箱にメモ用紙が入る様になってから、2週間が過ぎた。いつも僕の靴箱には白紙のメモ用紙が入っていて、それ以外の事は何ら変化がなかった。だからこそ、僕もいつしかメモ用紙が入っているのが当たり前になってしまった。時に捨てずに普通にメモに使ってしまったりもして、日常的な事の中の一つになってしまっていた。おかしいだろうとさえ思わないほど、ずっとささやかに続いていたから。

 

 

 

 メモ用紙が入ってから1ヶ月が過ぎようとしていたある朝、僕が学校でネズミ色の靴箱を開けると、そこには僕のスリッパが有った。いや、スリッパしか無かった。

「あれ?」

 いつもいつも、きちんと僕のスリッパの上にひらりと乗せてあるメモ用紙が無い。

「おかしいな」

 いつも入っていたのに。ひょっとして、今日はスリッパの下に入っているのかも知れない。スリッパを引きずり出して靴箱の中を覗いてみたが、どう見ても小さな靴箱の中にはスリッパ以外は何も入っていなかった。

 何かの拍子に、落ちたのかもしれない。僕はスリッパを履き替えながら思い立つと、靴箱の下辺りをくまなく探した。風に吹かれて飛んで行ったんじゃないかと、範囲を広げてあちこち探した。

「何してんだ?」

 屈んで探していると、上から声が降ってきた。見上げると、クラスメイトが不思議そうな顔で僕を見ている。

「何か落としたのか?」

 僕は慌てて立ち上がった。まさか、毎朝入っていたメモ用紙を探しているとは言えない。というよりも、僕は何を探しているのだろう。別に、探すような事は無いはずだ。特に何か書かれて居るわけでもないし、重要な訳でも無かったのだから。

「まぁ、ちょっとね。でももういい」

 僕は曖昧に答えた。そうなんだ。別に探す必要もない。いつも入っていたからといって、今日も入っているとは限らないわけだし、ある日突然始まったことなのだったら、ある日突然終わったっておかしくはないのだ。

「ふーん。じゃ、教室行く?」

 履き替え終わっている僕のスリッパに視線を落とし、彼は声を掛けてくれた。僕は何事も無かったような顔で頷いて見せた。何事も無かったような――ではない。何事も無かったんだと、自分に言い聞かせて。

 靴箱を後にするときは、ほんの少しだけ振り返ったけれど。

 

 

 翌朝、期待に胸を膨らませて靴箱を開けると、スリッパの上のメモ用紙が復活していた。それまで通り、昨日無かった事など忘れてしまっているかのように、当たり前のように、さも当然とでも言うように、スリッパの上にぺらんと乗っていた。思わず笑ってしまっている自分が居た。何だか嬉しかった。というより、むしろほっとした。メモ用紙が乗っているなんていう、ちょっと変わったことが僕の中でいつも通りの普通になってしまっていたんだななんて事を思った。

 その日の学校の帰り道、僕は珍しく学校側の文房具屋へ寄った。小さな店で、年輩のおばさんが経営しているその店は、特に品揃えがいい訳でもないので滅多に寄らないのだが、今日はシャープペンの芯を買うつもりだった。わざわざその店を避けてコンビニに行くまでも無いだろうと、気が向いて。

 店の自動ドアが開くと、4畳程の小さなスペースには、他の客は誰も居ない様だった。とりあえず早めに芯を探そうと、ペンだとかの小物ゾーンに足を踏み入れて、

「あ!」

 思わず僕は声をあげた。シャープペンだとかの横に置かれた、小さなメモ帳ゾーンに見慣れたキャラクターが描かれたメモ帳を発見した。かわいいウサギのキャラクターの小さなメモだ。手にとって中をめくると、僕のスリッパの上の乗っているメモ用紙に間違い無かった。僕の靴箱にいつも入れている人は、ここで買ったのだろうか。そんなことを考えて、ふと今まで麻痺していた感覚が一気に蘇って来た。

 僕の靴箱にメモが入っていると言うことは、誰かがそれを入れているのだ。1ヶ月も毎日ずっと。いつもいつも、毎朝僕が来る前か下校した後に。

 

 

 翌朝、僕はいつもよりも30分早く学校へ行くことにした。眠い目を擦りながら、それでも1ヶ月ずっと続けていた犯人が誰か分かるなら、眠さも吹っ飛んでしまうだろう。誰がこんな事を続けていたのだろう。そして、何のためにそれを続けていたのだろう。

 今の間にも、犯人は僕の靴箱にメモ用紙を入れているのではないかと思うと、居ても立ってもいられず、校舎に着くと僕は殆ど生徒の姿も見えない靴箱までの道を走り出していた。もう既にメモ用紙が入っていたなら、それは僕が下校した後に入れている可能性が高い。今入っていなかったら、息を潜めていつもの登校時間まで待っていればきっと!

 興奮とで高鳴る胸を抑えて僕が自分の靴箱の前まで走り込むと、一人の女生徒と目が合った。

「あ」

 彼女は黒目がちの一重の瞳を大きく見開いて、僕を見て明らかに固まっている。彼女の右手は僕の靴箱に手が掛けられていて、犯人は彼女だと全てが物語っていた。

「君、なの?」

 息を切らしながら僕が訊くと、彼女は泣きそうな顔をして頭を下げた。

「ごめんなさい」

 肩上までのボブカットが微かに揺れて、小さな彼女の肩がふるりと震えた。

「私、あなたにずっとお礼が言いたくて、あなたと色んな話をしたくて、でも、あなたは私の事をきっと覚えてなんていなくて……」

 だから、何を書けばいいのか解らなかったと。伝えたいことはいつも些細なことばかりで、でも自分では声が掛けられなかった、と。

 実は、なんとなく彼女のことを覚えていた。半年以上前に帰宅時間を少し過ぎたあたりの頃、校庭で彼女が一人うずくまっていた。声をかけると、貧血だという話で、彼女を連れて保健室に行ったことは覚えている。青い顔をして辛そうにしていた彼女の名札の色を見て同じ学年だという事を思ったくらいで、名前まで覚えてはいなかったけれど。

「もう、しないから。ごめんなさい」

 彼女は消えそうな程の小さな声でそんなことを言って、身を翻した。立ち去ろうとする彼女に、僕は訊かねばならない事がある。何故、僕の靴箱にメモが入っていたのかは解った。でも、

「君の名前!」

 彼女は驚いて振り返った。八の字の眉毛をして、苛められた子犬の様な表情だった。

「君の名前を、僕は知らない。それと、一度だけ、メモが入って居なかった日があったのは、どうしてなの?」

 僕の質問に、彼女は戸惑った表情を浮かべた。

「その日は、風邪をひいてしまったから」

 僕は頭を掻きながら「あの……保健室に、行ったよね? 名前、教えてくれる?」と言うと、彼女はほっとしたように、そしてとても嬉しそうに小さく微笑んだ。

「わ、私の名前はーー」

 

 彼女の名前を確認しながら、笑うと結構可愛いんだなんて事を僕は思って自分の頬を掻いた。

 

 

 

END

2005/03/06

 

 

 

 

 


あとがき

2005年書いたものですが、殆ど手直ししていません。

 

オチがね。

オチが雑。

 

もっとねりこみたいですよね、本当は。

 

そうでなければ、爽やかテイストで書いてますが結構ホラーだからね。

地味にホラーな話だからね。

 

この話終わった後に 「ただし美少女に限る」 とか注釈必要になりそうなくらい結構怖い話な気がしたりしてね。

 

でも、ここでちょっと書きたかったのって当時は

「ちょっと異様なことでも、あんまり些細で気にしないでいるとそれが日常になったりするよね」

ってところをちょっと書きたかったんですよね。

ってのは覚えていたりして。

 

 

2019/01/04


この本の内容は以上です。


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