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それら花々は恍惚をさえ曝さない #2

 

 

 

 

 

どうして、と。想う。ミーは、なぜこんなことを教えて喜んで見せたのだろう?明けた

だって

つぎの朝には、バイクのクラクションの

ほら

音がした。なに?

あなたって

と。

毎晩してあげないと

フエの眼差しは、

でしょ?

横顔のままに

ね?

私を

赦してくれないから

見つめた。

あなたは

誰かしら?

飛び起きもせずに。

すき?

午前7時くらい。

おそらくは。

寝室の壁。垂らされた蚊帳の網の目の白の向こう、壁の高くの通風孔から漏れ入る日差しと、隙間見える曇った空の樹木ごしのかすかな色彩をはらんだ光のつよさで、それ。白濁した色彩。雨が降り始める前の7時くらいであることを、私は知らせられていた。

その空時計が正しかったかどうか、私は終に知らない。いずれにしても、外れてはいなかった。ややあって、45分にはきっちり、いつもように私たちは家を出たのだから。フエも私もそれぞれに、それぞれの仕事へ行くために。

私は立ち上がって、はぐった白い蚊帳の、もたれかかるやわらかな触感に肌をふれられながら、そしてショートパンツをだけ穿いた。

開け放たれたままの、日差しを好き放題に侵入させていたドアをくぐれば、正面の仏間の6面の木の開き戸はすでに開けられていた。想いの他の明るさに私は一瞬まばたいて、フエの、死んだ父親のものだったはずのシャツを着込んだミーが、庭の真ん中にたたずんでいた。

ミーは私に気付く。

門を囲んだブーゲンビリアの樹木、その花々のむらさきがかった紅の色彩の無造作な密集の先に、7台ばかりのバイクの集団が止まっていた。

若いという以外に、年齢もなにもばらばらの、背格好もなにもかもがただ、でこぼこした無造作な集団。《盗賊たち》。

バイクにまたがったまま、口々に何かささやきあいながら、そして彼らの向こうには主幹道路と、その先のハン川の白い水面のさざ浪が見えた。真っ白い、空の色彩を丁寧に反射させてその身に這わせた、それ。すでに私に見飽きられているそれ。

美しい、とは、想わない。絶対に。大陸の海辺の町の泥の河。やがては海との接合面で、海の色彩は泥の色彩と交じり合うことなく衝突する。

色彩の分裂。

とはいえ、た易く河の色彩は、海のあざやかすぎる色彩のうちに四散して飲み込まれ、眼の前で、跡形もなく、為すすべもない海の色彩に掻き消えさせられるしかないのだった。いわば、接合面に曝された色彩の分裂は、河の真水がいまだに真水でありえている、一瞬の猶予が潮に果てる不断の過程の、その名残りが曝した残像だったに過ぎない。

眼差しは、むしろ無残なものとしてそれを見つめていた。そのとき。バイクにまたがったまま。結局はすでに混ざり合っているに等しい、何ものをも引き裂けはしなかった色彩の鮮明な分裂。

庭のまんなかに立ったまま、ミーは私の気配に振り返ったが、私に痛めつけられた頭部の傷はまだ癒えてはいない。その前日の夕方に、フエが捲きなおしてやった包帯は、いまだに取り替えられてもいなかった。

バイクはエンジンを落としてさえいない。ひくい、うなり声だけを静かに立てつづけて、ガソリンは匂いを放ちながら燃えて、やがて、そのうちの一台だけが一度、一瞬だけエンジンを噴かして見せたのだった。ミーは、表情もないままに私にただ手を振って、指をそっちに向けて差した。私を見つめたままで。

行ってきます。

あれは

と?

ぼくの

笑う。

友達なんです

不意に、私を見つめたミーは声を立てて笑っていた。唐突に駆け出すミーの後しろ姿を私の眼差しは為すすべもなく追う。ひとり、と、不意に想った。私は、ひとりで、と。取り残されて。と、そう私は、ひとり、取り残される。

想う。私はひとりで。

その、横並びのバイクのすべてが出鱈目に、それぞれにクラクションを鳴らしてミーを歓迎していた。バイクの上に並ぶ顔。群れ。その眼差しを何かへの軽蔑とともに老いさらばえさせた若者たち。ガキくさいだけの、何かが足りない顔を曝した少年。それら。彼ら。彼。サイズの合わない大きすぎるヘルメットを、風圧にさえ飛ばして仕舞いそうに無造作に、小さすぎる頭に乗せている男。無理やり自分なりのハンサムな表情を作ろうとして失敗した若者。不貞腐れた眼差しに、無理やり微笑んで見せた繊細そうな太った十代の男。それら、人間の顔。

こぼれるほどに笑めば笑むほど知性をなくして仕舞う、生まれてから死ぬまで愚鈍であるに違いない痩せぎすの大柄な男。鍛え上げられたボディビルの筋肉の大柄を、ヤマハの小柄なスクーターに無理やり乗せた男。似合いもしない金髪を誇るように、ヘルメットをあえてかぶらない小柄な男。年のころは二十代前半。彼ら。あるいは、単純に自分の馬鹿さ加減も知らない家畜どもの群れ、と、でも、そう言うしかない集団。

眼差しの中に塊りになってながめられた彼らはもはや、十羽一からげに、出来損ないの人間種の形態の群れとでもいうしかなかった。私の眼差しの中には。

人間の肉体がもつ、美しいとは言い切れないいびつさを素直に形態は曝して、女が一人いた。サングラスをかけて、いかにも東南アジアの熱帯風に、キャミソールだかなんだかわからない露出ばかりの高い赤いドレスを着込んで、ホンダのバイクにまたがったその女は、大柄で、集団の中にひとりグラマーと肥満の危うい狭間に身体をたゆたわせた。二十代半ばのあばずれじみたメイクが、サングラスに隔てられていてさえ見苦しい。彼女がそのまま、駆け寄った華奢なミーを当然のように後ろに乗せて、ヘルメットを廻したほら。

ね?

と、その馴れきった手つきを私の眼差しは見ていた。嫉妬。

自分の飼い猫が他の誰かになついていることを知ったかのような、かすかな、要するにどうということもない感情のざわめき。

私に不意に目醒めたその感情の鮮明さに、私は想わず笑い出して仕舞いそうになったのだった。ミーが、まるで公然の前に趣味的に曝して遣ろうとでもしたかのように、意図された露骨な愛撫として、両手に胸をつかみながら女の体にしがみつくが、年上には違いない彼女の、くずれかけたただただ豊満な身体にまとわりついたミーの身体の痩せたラインは、まるで女の弟、あるいは、見ようによっては妹のようにしか見えない。

みだらなほどにお色気たっぷりの、男好きのするお姉さんと、トランスジェンダーなのかと気を使って仕舞うほどに、少女じみた弟。あるいは、媚びた、図に乗った色気など存在させようともしないその気の無い妹。むしろ、妹として見て遣ったほうが眼には素直になじみ易かったかもしれない。

いっせいに、群がったバイクが長いクラクションを鳴らした。十数秒の。ミーが最後に振り向いて、私に手を振った。盗賊。

野生の《盗賊たち》。

盗人のミーとつるんでいるのだから、彼らだって盗賊なのに違いない。自分勝手に自分で生きているのだから、野性であるには違いない。その数は十人足らず。彼らはつるんで盗みを働き、時には人を傷つけて、それでもどこかでどうにかして生きている、そんな野晒しの少年たち、なのには違いない。

虫も殺せないような、それぞれに何かが足りない若すぎる顔をみんなで揃って曝しながらも。

旋回して、一台一台立ち去っていくバイクの群れを最後まで見送りもせずに、寝室に入った私にやがて、

...Anh

だれ?

...Ai ?

と言った、そのフエが、

...Who came ?

答えなど求めては居ないことなど見なくてもわかる。彼女だって、何がどうなのかの予測くらいすでについているのだった。

ミー。

Mỹ

と。つぶやく、私のその

声を聞き取りもしないうちに、フエは

美しい人

鼻にかかった笑い声を立てたのだったが、咥える。

くわえ込んで、フエはそのままじっとしている。

その、口の中の唾液がしだいにゆっくりと、すぐさま急激に、大量にあふれて、にぶく苛むように濡らしつづけていた。

一秒、二秒、三秒、数えて、かえならず十二まできたら、一度口を離して、息をする。唾液の糸の白い反射光をさえ引きながら。至近距離で、私のそれに吹きかかるのは彼女の息。

半開きの口から吐かれる、かすかにあらい、その。

口を離されてみれば濡れている気はしなくなるそれは、意図もなくフエの吐いた息の冷やした水分の冷たさにその、明らかに濡れてある事実を伝えられていた。

繰り返した。フエは、私の眼差しの許に、もう一度。一秒目から。二、三、四、と。

ただくわえ込んで、それ以外には何もせずに。じっと。舌をさえ動かさずに。

どうして、そんな遣り方をしたのだろう?どうやって教わったのだろう?ミーが教えたままなのだろうか?それとも、フエの独自アレンジなのか、あるいは、それが彼女が許容し獲る最大限の変質性だったということなのだろうか。

いかがわしいだけには違いない行為の、彼女にとってのいかがわしさの許容上限。

それとも下限?

ただ、くわえこんでみること。息もせずに。ずっと。じっと、息をひそめて。鼻からさえ、息をしないで。私は声を忍ばせて笑いながら、フエの頭をなぜたのだった。

いずれにしても、彼は不可解な少年だとは言えた。ミーは。ありていにいえば、謎めいていると言ってもいいのだった。もちろん、彼をそう想うか想わないかは、彼を捉えるものの勝手に過ぎない。

事実、私にとっては彼は単に彼であるに過ぎない。

とはいえ、一般的に言えば、たしかにミーは普通の少年ではないに違いない。にもかかわらず、私が彼をそのまま受け入れて仕舞うのは、私の人格のせいではなくて、すでに、あの最初の邂逅のときに彼と、彼そのものとして、日常の延長どころかその真っ只中で、素手でふれ合って仕舞ったからだという気がした。いわば、暴力的なキスのようなもの。言って仕舞えば舌まで絡めた、その。

水の匂いの飛散。

シャワーの生暖かい水流に、散り散りにタイルに拡散して行ったミーの額からの血。その、色彩と、あるいは匂い。

嗅ぎもしなかったのに。匂い。そんなものなど。

私はあの時、撒き散る水流の水の薄い臭気だけが充満したシャワールームのドアを閉めた跡で、指先に匂いを嗅いでみた。鼻のすれすれに指をちかづけて。背後に聴こえたのは、ドア越しのシャワーの騒音。

遠く、にぶく、かすかに、ただ、

それでも

耳にふれて

かすかに

文字通り

そっと

流れさるだけの。

感じられたもの

想ったのだった。

そのときに

感じられるかもしれない、と。

風の触感

なにが?

そのとき

たとえば

ブーゲンビリアの下に

血の匂い。

花々の

洗い流されても

翳りの下に

あるいは

ミーがフエと

指先の柔らかい皮膚のうえに

遊んでいたときに

いまだに、

それは

執拗に

花の簪

こびりついたままの、それ。

ミーがフエの

匂い。

夥しい髪の毛の黒い

血の。

氾濫の中に

ミーが

差し込んでやったその

流した、赤い

ブーゲンビリアの色彩は

血。

紫ががった

いや、と。

紅。想う

気付いた。私は。その時に。

...NO

いや

...Không phải

指先に、

いいえ

彼の血の匂いなど

違います

こびりついてなどいなかった。私は

そのときに

すでに、いわば

私は、此処にいますよ、と。

 

なぜかその瞬間に

あの女の女声が聞こえた気がしたのだった。頭の

中で、ではなくて予兆のような、いわば

不意の意図されざる想起としてすでに

想い出されていた、たとえばいつか聴いた音楽の

質感その

想起された音のおぼろげな、あくまでも頭で

考えられたにすぎない情報としての記憶

では

なくて

実際に耳で聴いたかのようなリアルな手ざわり。それ

至近距離に

ざらっ、

耳元で

っらっ

 

ざらっ、

 

誰の

 

ざら、っ

 

声?

 

ざ、

 

誰の声?

 

っらっ、

 

それは

 

ざ、

分からなかった。

らっ

らっ

 

ざらっ

と、した、そんな、触感を

ざ、

持った音声

ら、ざ

理沙の声。私は

らっ

ここにいますよ。なぜ?

ざらっらっ

そう想った。いまさらそんな二十年近く昔の女の記憶などが、なぜ想い出されて仕舞わねばならないのか私には理解できないままに、その眼差しにはたわむれるフエのむき出しの皮膚の褐色と、乱れる髪の、そしてきれいに身なりを整えた、ミーのその、抜けるような白い皮膚の色彩が躍った。ブーゲンビリア。花。フィリピンにも、咲くのだろうか?

沖縄にだって咲くのだから、フィリピンの島々にも

ブーゲンビリア。乱れ狂うように

あるいは、その花。あまりにも

当たり前すぎて、ブーゲン、だれも

眼差しなどくれもしない孤立のなかに、

リ、ア

ブーゲンビリア。

ブー

咲くのだろうか?

ゲン、ビ

いわばミーと

り、リー

それは。いずれにしても、その

ぶ、

無距離でじかに

ブーゲ、

周辺の鈍い色彩の氾濫を

んビ

もはや

ンビリ

無造作に

私たちは

ア。ブー

引き裂いて

ゲンビ

ふれ合って仕舞っていたのだった。

リア、り。ブ

みずからの

うーゲン

もう

ビリ、り

色彩を無言に散らしたそれは

いーイ、あ

すでに。

イア、ぶ

ブーゲンビリア

ブ、うー

花々。

その日、ミーが彼の《盗賊たち》に連れられて、バイクで出かけて行って仕舞ったあとに、私は日本語学校へ行く道すがらにミーたちを町で見かけたのだった。

ダナン市。

観光都市として、政府によって急激に整備が整えられ始められたそこは、華やかにイルミネーションで飾られた開発済みの商業圏と、広大な更地になって、暴力的なまでに荒れた、買い上げられたばかりでいまだに何も手付かずの剝き出しの土地とを、無造作に並存させた。そしてその合間に、もとからそこに住んでいる人々の、まるで廃墟か何かのようにしか見えない一般家屋が並ぶ。

居住区。

その廃墟じみた家屋が、彼らにとって当たり前の住まいにすぎない事は知っている。いずれにせよ居住区と商業圏と更地とのむちゃくちゃな共存はお互いに混ざり合って、単に区分不可能に、結局は町にただ混乱した印象をだけ与えていて笑わせた。

バイクに乗って河沿いを走る。泥の河。ハン川。町をきれいに分断し、河に橋は五つもかけられている。ほんの十年前まで、この町には橋などひとつしかなかった、と、ナムという名の私の友人が言った。今、インドのどこかの州に行っている。その、かつてひとつだけだった橋は現存していた。周辺の、いかにも観光都市然とした、ぎざついた、装飾のきつい六車線の橋の片隅に、うち棄てられたようにその貧弱な橋はあって、もう、だれもそこを通りはしない。道さえもが切り離されているので、ひょっとしたら通行禁止なのかもしれない。錆びた鉄骨の老朽化のせいで。

通れるのか通れないのか私は知らない。通りがかりに気にはなっても、あえて知ろうとする気にもなれないほどにもはやその橋には存在感などありはしない。

一瞬で、川沿いにその橋を通り過ぎた。次の角をまがって、細い道路に入って、そして、もうすこし直進すれば、ベトナムでは有名な、その古い日本語学校はあった。

角の手前、川沿いの主幹道路の真ん中に人だかりが出来ていた。見なくても何が起こっているのかはわかった。

交通事故。路上に、数台のバイクがそのまま止まって、誰かはしゃがんで覗き込み、だれかは突っ立ったまま電話をかける。通り過ぎるバイクの群れが盛んにクラクションを鳴らした。遠巻きに、誰かは路面に倒れ臥した人体にスマートホンのカメラを向けて、たぶん、何かにアップロードする気だったに違いない。

スピードを落とす。交通事故。いつもの。高品質で有名な日本製のバイクが氾濫する無造作な交通事情のなかで、バイクの悲惨な事故は後を絶たない。対向車線に大きくまたがって入りこんだ車が、その人だかりを大袈裟に迂回してクラクションを鳴らしていた。

その、気が狂ったように、ながくながくながく、押しっぱなしにされた長いクラクションの騒音を私の耳は聴き取る。

悲鳴のように、甲高い人の笑い声が聞こえた。耳元にどよめく風圧の騒音の中に。

ざわめき。

私は気を取られて、反対車線から迂回にかかったバイクとぶつかりそうになり、罵声。なぜか片腕をひしゃげさせていた女性。ヤマハのスクーター上に、その見事に太った子どもを連れた女は派手なののしり声を浴びせた。

糞野郎

群れ。

死ねよ

騒音の群れ。

人々の。

え?

通り過ぎざまに

何ですか?

垣間見れたのは、疎らな人々の足の群れた翳の向こうの、色彩。

え?

赤。血。彼はヘルメットをかぶっていなかったのかもしれない。いきなり

どうかしましたか?

カーブで曲がろうとしたのか何なのか。酔っ払って運転する時間には、まだ、十何時間か、あるいはすくなくとも四時間程度には早い。

いずれにしても、その血はだらだらとただ、一瞬だらしなく想われたほどに無様に流れ出してアスファルトを染めた。

穢らしい色彩。あんなものが、と想った。その時には、鮮明に。あんなものが、と。その色彩は。私は。あんなものが、と、命を支える大切な血潮であってもいいものなのか?想う。もっと。と。想った。あんなものが、と。想う。私は、もう少し。と。そして、私は、せめて、と。

せめて、もう少しでも美しくあればいいのに。すくなくとも、少しくらいはあざやかであれば。

切実で、切ないほどに孤独で明確な要求として、誰にと言うでもなく、私は頭の中につぶやく。もっと、あるいは、クラクションが止まなかった。通り過ぎる耳元を、人々の声の群らがったざわめきが通過した。

曲がるべき角を行き過ぎて仕舞ったことには、三秒後に気付いた。旋回して戻るにはおそすぎた。そんな気がした。もう一つ先の角を待つほんの数秒のあいだに、不意に眼差しが捕らえたもうひとつの橋の向こう、手付かずの草にまみれた更地の広大な拡がりが、私を惹きつける。唐突に。

そして無意味に。なんども通ったことがある。そこ、その更地の周辺などは。めずらしくも何ともない。そこに行ったところで、何があるわけでもなく、何をするわけでもなく、ぐるっと回ってガソリンとタイヤの寿命を若干無駄にして、結局はそれで終るだけの話だった。いずれにしても時間は、まだあった。

学校が始まるまでの猶予は。

決断したわけでもなく私はそのまま、スピードに任せた惰性の結果としていつか、橋の下をくぐっていた。

更地。

もはや、どこまでも拡がっているさえと言っていい、ただの荒れた地面の拡がり。野鼠と茂りかけた草の緑の色彩のためだけのちいさな野生の王国。

処々、気まぐれに朽ちかけの家屋が点在して、まばらにカフェが客もないままに店を出していた。夜になると、店の前の街路樹に勝手に捲きつけられた無意味にけばけばしいだけの電飾がまばたたいて、それでも大した数の客など引けはしない。無駄だよ、と。

想うしかない。こんなところで、と。

何を遣っても無駄だ。ね?

知ってるでしょ?

ほら

もう、

すでに

朝。8時前。その、空間はもはや朝らしい手付かずの鮮度をなど見事に失っていた。

広大な更地ブロックの、一つの真ん中にミーたちがいた。無数のバイクをでたらめに止めて。

すこしだけ通り過ぎて、曲がった角の、小穢いカフェにバイクを止めた。すこしだけ離れたところに、

すこしだけ

彼らの姿は

ほら

剝き出しのまま見渡せた。小さな

もう

カフェには

すでに

路面席しかない。樹木に埋もれた庭と前面の歩道のすべてに安っぽい赤いプラスティックのテーブルと椅子だけが並べられている。まるで、子供がピクニックにでも来ているような。子供だましの。いかにも貧しい。くだらない。糞つまらない。いない。

客など。

ひとりもいない。

すこしだけ

あれ?、と、

ほら

ややあって、突然

もう

驚いたような顔をした後に、

すでに

めんどくさげに注文を取りに来たそのたったひとりの女は、私のひどい発音のせいで注文など聴き取れはしない。

か、

ふぇ、

ふぇ

でん、

でぇん、ん

だー、

と。

かぁー

なんども

ふ、ふぅふぇ、え

繰り返し、

でんっ

女は

で、んだあー

私のすれすれにまで顔を近付けてみせた。若い、それは匂いでわかる。いかにも色気づいた、そんな。ん?

眼差しは、ミーたちを

なに?

捉えてつづけたままだった。私の

発情した?

それは。BGM

なに?

カフェの。

発情してる?

聴こえていたベトナム語の、

え?

韓国のそれのような

ん?

それ。つんのめった

発情しちゃった?

腰の重いビートの

あれ?

そのくせ

わたしに

薄っぺらい旋律線を

発情中?

乗っけて見せた、そして

あれ?

私は

興味があったわけではない。ミーに。かならずしも。気になっただけだ。

たぶん、そのふたつの言葉には決定的な意味上の違いがある。自信は無い。

嬌声まじりに、わざと戯れたような二十秒とすこしのあとで、カフェの女はやっと私の言葉を聴き取った。あ。

あー

察する、ということは

この国には

あー

ない。わかるか、

あれ

わからないか、

それだけしか。

あー

必要なのは、ただ、

それだけ。

それ

間違いではないから、間違いとは言獲ない。そして暴力。

あざやかな。

あざやかに痛みを曝していた。ミーが明らかに年上のその男に無造作な拳をくれたそのときに。自分の目の前に、地べたに膝をつかせて立たせていた、その。

男。二十三、四くらいの、ベトナム人には珍しく髪を伸ばし、韓国のシンガーかなにかの模倣に、金色に染め上げている長身の男はでたらめに、想いのままに留められたバイクの羅列の向こう、彼らに無造作に囲まれたままに草地にそのまま、もはやと。すべてを。

ね?

あなたに。

わかりますか?

Hiểu không ?

あなたにだけ、すべてを捧げてさえいるんです。

私は。

この

と。そう言いたげに、そして、

ぼくは

何も言わずに顔をかすかにあげて、彼の眼差しは、もはや、ただミーをだけ見つめていたのだった。殴られた後も、何の反応も示そうとはしないで。もう、と。

…Em

わかりますか?

Hiểu không ?

もう、

Em à …

死んでいるんです。

…Em

私は。

Hiểu được không ?

今。

...Em yêu

と、そんなふうに、彼がつぶやいた気がした。私には、そして立て膝のふとももだけがかすかに震えているのがわかる。そんなふるえなど、こんな距離の中に見取れはなどしないのに。

だれかが声を立てて笑っていた。見下ろす、《盗賊たち》の集団の中の。その笑い声はしかし、連鎖しはしなかった。すぐに、私はその意味に気付いた。ひざまづいた男は、失禁していたのだった。両手を垂れ下げたまま、男は、あるいは、その眼差しは、至近距離においては、明らかに彼の恍惚を曝していたのかも知れない。無様なほどに。野放図なまでに。

あるいは。

私には見獲ない。見獲るにはすこしだけ遠く引き裂かれすぎていた私たちの距離のせいで。

コーヒーが差し出され、匂った。香水の。匂い。

女の肌から。さっきとは、あきらかに違う匂い。たったいま、乱暴に吹きかけられたのに違いなかった。あわてて。

にもかかわらずひざまづいた男は眼差しをそらさなかった。ミーを見つめたままで。

焦がれた眼差しのうちに。

振り返ると、真近かに女の横顔が見えた。カフェの、その女の。まるで、女ならすべてそうしなければならないものなのだ、と。そう誰もいないとこであってもだれかを教え諭さなければ気がすまないのだ、と、そんなふうにまで明確に、女は誰もいない空間に向って尻を突き出すようにして。上半身だけを折り曲げて、私の顔のすれすれに顔を差し出して、垂れ下がっていたのは髪の毛。

長く、黒く、匂い立つ。

その先端が、たとえコーヒーの表面にふれて仕舞っていたとしても、そんな事はどうでもいいこと、らしかった。

 

 

 

 

 


それら花々は恍惚をさえ曝さない #3

 

 

 

 

 

肉体の存在、として、ただ、それは眼差しを占領した。女。太りかけた肉体が、豊満といえば豊満な肉体をこれみよがしに暗示し、匂うがばかりに、真新しい香水のこなれない匂いを文字通りばら撒き、かすかな空気の揺らぎの中にその気配を湧き上がらせながら、そして、張り付いたTシャツと、ショートパンツに曝された太ももは、彼女が女であることをだけあからさまに

知ってた?

明示させる。

わたし

ミーが、

何か言った。

聴いた。

女も、何か、

音。

え?

あるいは

と、

声。

私が「え?」どちらかにつぶやいて仕舞いそうになった瞬間に、ミーの承諾が終に下ったに違いなかった。一気に取り囲んだ男たちはその、失禁した男に制裁を加えはじめたが、《砂糖は、》ひん曲がる。《ここに》彼の身体は《あるわ。》

そう言ったに違いない。三十近いはずの女。自分勝手に色づいた女。留保なき暴力。殴られても、彼は倒れそうで倒れない。露骨な媚を曝して、息がかかる至近距離に頬を近付けたまま女は、そして振り下ろされた拳が頭部を上から撃って、彼女はベトナム語を耳元に喋り散らしながら、蹴り上げられる顎、微笑んだままにあ、

と。

その男は一瞬だけ絶望の眼差しを浮かべた。コーヒーシュガーの袋を口に咥えて千切って、そして吹き飛ぶ。

鼻血。

吹き飛ばされる、それ。

彼の体が、終に横だおしに、なぎ倒されるように地に崩れ落ちたのは、小柄な男が思い切り後頭部に蹴りを入れて、鼻血を吹き飛ばさせたその直後だった。

ひざまづいた姿勢のままに、無数の拳と、足と、膝と、時には投げつけられるヘルメットと。なんどもそれらに耐えていたにもかかわらず、一度うつぶせに倒れ臥して仕舞えば、もともとそうでしかなかったかのように、彼はもはや何の反応も見せはしない。

もう

音を立てて、派手に

死にました

女はコーヒーを

ぼくは

掻き混ぜるのだった。

いま

指先に

すでに

つかんだ小さな銀のスプーンで。《しっかり、ね。》すべての挙動にこめられる《ほら、よっく》うざったらしいほどの《ね?》媚。《掻き混ぜないと、》色気づいた《ん、》媚態。《ね?》ください。

と。

ね、くれませんか?そう言っている以外の何物でもない気配だけを、わたしに、ください。それとはお願い。全くつながりをもたない動作のください。一切が欲しいの。ただください。鮮明にいま。明示して、ねぇ。

anh

お願い。

cho em

です。

anh à

ください。

cho em

ねぇ、

anh

あなたを。

cho em nhỉ

ね?

...anh à

ぜんぶ。

hiểu không

いますぐ。

anh à...

何を?と。想う。私は、お前は何をしているのか、と。私は、ミー。想っていた。私は。無抵抗な彼に対する無残なほどの制裁は、突っ立ったままのミーの足元で繰り返されていた。なぜ?

背後のバイクには、あのサングラスの女がまたがったままだった。なにを?

ヘルメットと、サングラスのせいで、いま、彼女の表情などは、なんで?

わからない。倒れ臥した男に加えられ続ける、もはや死体をなぶるようなものでしかない制裁から、容赦もなく、目をは離さないように、見えた。

もう

ミーは。

なにも

目をそらす。

見てもいない

私は、

彼の

傍らの

 

眼差しは

女から。その、露骨過ぎる媚が鼻について仕方ない。匂いさえする気がした。たとえば彼女の体の中の匂いさえ。《ほら、》ミーは制裁を見下ろし続けて、そして何を、と。《もう、》想いながら?《いいわ。》想った。なにを、《ね?》何をしたのだろう?《飲んで。》その《ほら、》男は。《ね、わかる?》みんなの前で《おいしいから、ね?》失禁して、そのくせ許しをさえ乞わずに、《でしょ?》ただ、ミーが加えさせるに違いない制裁をすべて《んー》受け入れることをだけ願った《ね?》男。恐怖?

《じゃない?》

むしろ、《ね?》恍惚のための、失禁だったのだろうか。ぼろくずのように《ほら、》破壊されていく男。

まるで、《いいのよ、》いびつな宗教画かなにかのような?《もう、》女が両手のひらをつつむように《ね?》添えて、差し出したコーヒーに手を伸ばした。指先に、コーヒーのグラスの淵を撫ぜる。

《でしょ?》

触感がある。その。

それ。

悲しみ。不意に、私が《どうぞ。》襲われた感情。《飲んで》女は媚びて、《もう、》言う。《いいから、》意図された《我慢しないで。》高めのソプラノ。

...Uống đi

むしろ、私はグラスに添えられた女の手ごとつかんで、それを口に運んだ。女は

Anh à...

かすかに鼻からだけ笑い声を立てていた。《おいしい?》言う。至近距離に身を折り曲げながら。

Ngon

ミーは

không ?

笑わない。私は悲しい。一気に飲み干した。女が《もう、》耳元で、声を立てて《あなた》笑う。《もう、飲んだの?》悲しい。《もう?》泣き伏したくなるほどに。《じゃった?》私は《ねぇ、》なぜ?こんなにも《おいしい?》悲しいのだろう?

おいしかった?怒りの表情さえ浮かべているわけではない。

ミーは、ただ、彼のほんの少しの目の前に落ちていた、その眼差しの下の、ひたすら凄惨な暴力をただ、見ていただけだった。あるいは、見つめていると言ったら、その言葉のあまりにも大袈裟な使い方であるか、その言葉に新しい意味を付け加えることにしかならない。

うち棄てられただけにすぎないの眼差し。

自分に捧げられた彼の下僕たちの曝す、眼の前の暴力に対して、そのまま、ミーは何の気もなく。背後に警報音が鳴った。

電子音。

なにかの、家電のタイマーにすぎない。耳障りなほどではない。いずれにしても、それは私が存在している空間を壊して仕舞った。

一瞬で。女は、あわてて奥に引き込んだ。

私の手の中から、飲み干されたグラスごと、女の手がすべり抜けていく。気付いた。

ふと。

ふと、私は、気付いていた。その制裁はたぶん、ミーがやめろというまで続けられることになっているに違いない。規律としてなのかどうかは知らない。いずれにしてもミーが満足し、それを制止するまで、それは続けられて仕舞うしかないのだった。

男たちは事実、自分たちの暴力に明らかに飽きていた。自分たちが下す行為に戸惑いなどはない。しかし、興奮も衝動ももとからありはしない。

男が例えこのまま死んだとしても、それがミーの望みなら、それでいいと言うことなのだろう。気にするな。

と。なにも。

じゃん?

どうでもいいことだ。

だろ?

そんな事は。

違う?

だれが

死んだところで。

じゃない?

殴ること。蹴ること。壊すこと。それだけに彼らは無理やり集中して、ときにミーに

見ていますか?

流し目を

ほら

くれた。

すべてを

壊れていく

あなたに

肉体。ミーの足元で、薄い草の茂った中に身をくの字にひん曲げて。そのくせ、自分の肉体を守ろうとするでもなくて。私に、壊されたばかりの、どうするだろう?ミーは、もっと、私が、本当に、ミーを私が壊して仕舞ったら?

目の前に、自分自身がそうさせているように。全身を血に塗れさせて。

壊せ

どうやって?

もっと

どこまで?

完全に

人が

絶望の

加えられる暴力など、

その

たかが

先まで

知れている。

壊せ

所詮は。

容赦もなく

結局は、死

壊せ

という、要するに

ぶっ壊せ

ただ

完璧なまでの

それだけの

逃げ場もない

結果に

絶望だけを

辿り着いて

咬ませてやれ

終って仕舞うしかない、そんな、

彼に

惨めな

くれてやれ

破壊の

壊せ

どうしようもない

彼を

凄惨さ。眼差しの先で、金髪だった男はもはや、地の泥と自分の血に塗れて複雑な色彩に染まり、その眼差しをさえ苦痛そのものと化させていた。そして、あるいは、いまやその鮮烈なはずの苦痛さえもが麻痺していた。ただただ、自分の肉体に加えられる衝撃を、ただただ享受しているだけの、ただただ息づく生物の、ただただかろうじて息づいたままの、ただただ要するに彼はゴミクズ以下の残骸でしかない。

私は立ち上がって、一万ドンの紙幣を抜いた。テーブルに置いた。こんな店のコーヒー一杯の支払いとしては、多すぎるくらいだった。振り返ると、そこ、粗雑な、家畜の棲家あるいは古びた物置にしか見えないちいさな家屋の剝き出しの奥のほうに、女は私を見つめたまま立ち尽くしていた。

電子音は鳴りっぱなしだった。なにもかもが放置され、そんなことはどうでもいいのだ、と。調理台の上の電気機器のどれかに指先を伸ばしかけたままに、女は首をだけよじって、私を捉えて離さなかった。

みじろぎもせずに。その眼差しのうちに、私を絡め、私にすがりつき、私を抱きしめてそして咀嚼しているかのように。ね?

見える?

女の瞳孔は開いていて、

いま

そして、

私は

もはや

あなたを見ています

そこには

あなただけを

何の表情も

いま

ない。空洞?

からっぽの

ただの。

なにもない

白と黒の。

色彩さえない

あざやかな。

あなたを

かすかに

わたしの

開かれた唇は、

あなたを

あるいは

あなただけ

いま、

あなただけを

女は口から

わたしは

息遣う。

いま

しずかに。

そして

無言のままに。

だから

眼差し。

なおも

その。

ね?

何もかもが足りなくて、もはや完全に人間種の種としての尊厳をかけた知性をさえ消滅させて仕舞った女の眼差しは、極端な潤いをだけ曝して、私を捉えて離しはしない。彼女。

女は何も言わない。

私は背を向ける。バイクにまたがって、エンジンをかけようとしたときに、向こう、振り返ったミーが私を見ているのに気付いた。

何の屈託も無く、あの、出がけのミーに何ら変わらない素直な笑い顔を、ミーは曝していたのだった。今にも手を振りだしそうなほどに、ね?

と。

一瞬のためらいの後で、私は

元気?

微笑を返し、

愉しんでる?

クラクションを

ねぇ

一度だけ

ね?

鳴らしてやった。ミーの眼差し以外にはふれない。舌がふれる。

 

ふれた。あ、

 

と。そう

 

あ、とさえ、そう想う、そんな、間。

 

も。

 

そんな間もなくて。

 

そっと。

 

それ。

は。そして

 

それは。

不意に。

 

不意に、それは離れた。フエの唇が。くわえ込んだ私のそれから。

フエが、口を離した後で、一瞬ためらったことには気付いていた。もういちど、前のように唇を開いて、包み込んで仕舞うのではなくて。あ。

じゃ

もう少し

じゃなくて

違うもの。あ。もう

なくて

すこしだけ。

もう

やがてはん。

すこし

ややあって、と、いう、そんな間さえも

ちょっとだけ

ないうちにあ。舌を

もうすこし

出して、んー。上目遣いに

も、

フエは

ちょっと

眼差しを

も、

くれた。ね?

でしょ?

違う?

ほら

ね、と。意図された、いたずらな色彩をその両眼にそろえて曝してみせて、舌はべたっと無造作にそれにおしつけられて、私は瞬く。確認されたもの。る、もの。ふたりに。愛しています、と。もはやそんな言葉の発話さえも無意味であるにすぎないが、とはいえ確認され続けるそれ以外ではありえない状態。

愛しています

差し伸ばされた指先は、フエの眉を

あなたも

なぜた。唾液は、

わたしを

舌をつたって垂れる。触感。眉の。やわらかに、そっとふれた、やわらかな。それはやわらかい。

フエがもう一度口に含んで仕舞う前に、私は彼女の頬に両手を当てた。もういいよ。

と。

なんで?

そのときに、眼差しはまばたくのだった。フエの、なんで?

Why ?

もう

Tai

いいの?

Sao ?

なんで、もう

Anh

いいの?

à...

すでにフェラチオになど飽きて仕舞っていたフエ自身がすでに、もっとしたいなどとは想ってさえいないくせに。立ち上がった私の、そしてシャワールームに、フエはついてこない。

放尿した。目の前に、なぜそんなところにあるのかその必然性が理解できない鏡が、それは私を映す。

美しい男。確かに。通った鼻筋。澄んだ眼差し。日に灼けていいる。荒々しいほどに。匂う。男の匂い。フエはいつか嘆息した。もっと、色が白ければいいのに。

夢見られたように

日本から来たばかりのときのように?

白い

そう。

雪のように

あの頃のように、ゆでて、裸に剥いたばかりの

花のように

卵のように。

世界の終わりの

結局は、

もはや誰もいなくなった空の曝した白濁のその

この

色のように

熱帯の町では日に灼けない白い肌が尊ばれ、そのくせ殆どの人たちはあまりにも当然な褐色の肌を曝す。観光の白人たちはそんな異人種の奇妙な価値観など知ったことではないと、彼らの眼の前でこれ見よがしに肌を曝す。直射日光のまぶしさの下で。そして、白人たちの肌の留保なき白さは、ベトナム人たちにとってはかならずしも彼らが尊ぶ白肌の白さと概念的に一致するわけではない。それら、所詮は他者の色、に、すぎないもの。彼らの眼の前を通り過ぎていくていく、異常な白さ。

着ているもので、そもそもが外国人か現地人化の区別がついた。なにがなんでも現地の女たちは日差しを遮断しようとする。律儀なほどに。儀式ばって見獲るほどに。たしかに、理に適ってはいた。熱帯の太陽の下で生まれ、死んでいくしかない人たちにとって、強烈過ぎる熱帯の日差しはただ、繊細に息遣うやわらかな肌を無残にも破壊していく行為にすぎない。いずれにしても、隠れ、隠さなければ為らない。その、太陽の、強大な光の容赦もなく巨大でぶ厚い束からは。

正午、町は廃墟になる。だれも、外に出ようとはしないから。灼熱。それに、ここぞとばかりに肌を曝し、日差しの色彩に染まって仕舞おうともくろむのは本来その閃光からは縁遠い、昏い冬の異郷の人々の気狂いじみた感性に過ぎない。

放たれた自分の尿の匂いが立って、一瞬だけその固有の鮮度を撒き散らし、鼻は次第に馴れていく。女たちが私にくれる、虐待された犠牲者のような眼差し。もう、と。

許してくれませんか?

一杯にこれ見よがしに媚を曝すか、必死に媚を、自虐的に隠しこんで。

お願いです。

見つめられるもの。

許してください。

それが、

あなたを見つめる

いま、

わたしを

自分自身にさえ見つめられる。うすくくもった鏡の表面に。考えてみれば、彼らが、熱帯のアジア人たちが曝す褐色は、結局は偽りの色彩であったのかもしれない。すでに彼らと同じように日に染まった私のそれをも含めて。尊ばれる純白の色彩。それは彼らにとって稀な色彩であり、かつ、日に灼けないもともとの本来彼らにあるべき色彩だったはずだからだ。たとえそれが、人種の限界あるいは必然として、白人たちのそれに比べればあきらかにくすんで黄ばんではいたとしても。どこかいかにも生き物臭いなまなましい、あるいは、百合の花弁の付け根近くの、かすかに黄色を感じさせる、そんな色彩を想わせて、決定的に薄汚れた色彩であったとしても。熱帯のアジア種。アジアの黄土色に固有の白ささえ失わずには生きられない生き物たち。

私たちの褐色には、すくなくとも黒人たちの褐色の色彩の素直さは、本質的に存在しない。月の裏側に住んでいたとしても、黒人たちの色彩はそれ自らの色彩を誇るに違いない。アフリカあるいはアフリカ由来の褐色にはあるそんな尊厳などアジアの褐色には存在はしない。残念ながら。

シャワーを浴びた後で、ショートパンツだけを履いて、シャワールームの外に出ると、その部屋、フエの父と、彼女の弟の共有だったそれの真ん中に、その男はたたずんでいた。

何も言わずに、眼差しをただ私の方にくれているが、彼が私を見ているわけではないことなど、私にはわかっている。彼はもう、すでに、何も見獲てなどいないのだから。

彼が顕れるときは、いつも

こんにちは

そうだった。結局は、

ここに

その、

います

あからさまに

わたしは

見開かれた、色彩の無い、無慈悲なまでに色彩を失って仕舞った、そのまん丸で穴ぼこのような眼差しで、事実として何を見ているわけでもないのだった。

Đậtダット。フエに

おはよう

殺されて仕舞った、その

世界よ

父親。

おはよう

開かれた口は、唯、

こんにちは

よだれか何かを派手にたらしたように、

世界よ

だらだらと

こんにちは

無意味に

世界よ

血を、その色彩。

見えますか?

垂れ流される血。

わたしが

ひとすじの細い線分になって。

あなたを

赤。

見ています

鮮やかな。その。色のすべてに、色彩。もう、

見えますか?

ふれることなどできないのですよ、と。そう言ったがばかりに、

見ています

ただ

わたしは

色彩をなくして仕舞ったその男は、

あなたを

口から垂れ流すそれ、

そっと

血だけを純粋な鮮度そのものとして、血は

わかりますか?

赤い。ただ

あなたは

ひたすら、あざやかな。

わたしが

見たこともないほどの、鮮明な

あなたが

赤さ。

見ている

赤、と、

その

そう呼ばれるべきものは、

わたし

ここまで赤くなければ為らないのだと、

わたしが

言葉もなく

見えますか?

自らの存在でじかに耳元に

あなたは

ささやいて

いま

教え諭そうとしているかのような。

色彩。

いろ

消滅して仕舞った色彩の中に、彼は

Màu sắc

ただ、昏く、眼差しは揺らぎもしなかった。あなぼこ、の、よう、な、それ。

不意に空間に空いたあなぼこ、の、よう、に、それは。ねぇ、と。

んね?

何を言って欲しいの?私は想う。何を

と。

何を?

あなたは

知っている。

見えますか?

もはや

わたしが

欲望など存在しない彼に、欲しいものなど何もない。意志もなければ希望もない。怨念?記憶の残存?まさか。きれいなまでに空っぽで、なにも、なにもかもなく、彼は唯、そこでしずかに血を流す。ただ、だらしなく。ただただ、穢らしいほどに見もふたも無く、その鮮明すぎる赤の、目舞うほどにも美しい色彩の純粋さをだけ曝して。なに?

ね?

欲しいの?

何が

ねぇ

欲しいの?

ね、何が?

耳元に

したいの?

つぶやいてやろうとする私は、

あなたは

その眼の前に左手の人差し指を一本だけ立てて、彼の唇に近づけてみていた。接近。ゆっくりと、させる。そっと、接近させる。吐かれる息さえ感じられないくらいに息をひそめて、近付けて、指先はそしてふるえていた。私の。

集中。ふるえた。やわらかい、意識の、やわらかい集中が、かすかに、不意に、そっと。あるいは、ふっと。

ふ、っと。

と。ふっ、と、そう私を、微笑ませて、ほら。

いま

なにか、言ってみなよ。

ふるえる

と。君が。

ね?

君がもはや聴き取れもしない、かつての君の言葉をでも。

かすかに、私の指先だけがふるえ、そしてやさしく、やわらかく差し伸べられていた、それ。

指先。

私の爪、きれいに砥がれた、その、爪、ね。

あなた

日に灼けて

きれいに

黄ばんだ、

ね?

レースのカーテン越しの

しなくちゃ

日差し。

ね?

ふれるのは、その

でしょ?

日差しの

ね?

温度。それだけ。流れる。口からは、血。

血が口から流れつづけていた。

開かれた口の中に、色彩をなくした昏さだけが穴を開けて、なにもそこには見獲はしない。

あなぼこ。

やっぱり、と。

昏いあな。

やっぱり

流れるがままに、血。空間に

ねぇ

無数の

ね?

線を引いて、だらだらと。

さあぁぁぁぁぁぁら、と。

さらっ、と。

さ、

らっ。

さらっ、

と。

すううーっ。

すっ。

つうっっ、と。

っうっっ

と。

ぷちっ、と、した、その、それ、不意の、そして気泡。

ちいさな。

流れ出す血の中の。その表面に、それ。

ひとつの気泡。

誰もいない空間には、誰もいない。がらんとした空間。あの男は、何の必然で、どうしてなんどもなんどもここに現れるのだろう。結局は、何の言葉も、何の行為も為し獲ないままに、すぐに消えうせて仕舞うにすぎないのに。彼がいなくなった後の床には何の痕跡も無く、ただ、日差しが、すり抜られたレースのカーテンが戯れた翳、を、だけ、翳?と、さえ、言獲ない淡い色彩のたゆたい、に、すぎ、ない、それ。

ら。

フエがいない。

部屋を出た、ふたつ目の裏の居間のシャッターは押し広げられていて、日差しをそのまま差し込ませていた。無防備に、シャッターの向こうに、光のじかの散乱が散った。

色彩の、むしろ怒り狂ったような気配もない鮮度。

そこから出て行ったのに違いなかった。シャッターの隙間から、シャワーも浴びずに?いつも、朝、シャワーを浴びた後でなければ、外になど一切出ようとはしないのに。ほんの近所に、朝ごはんを食べに行くのにさえも。

壁の向こうに、窓を通して遠く喚声が聞こえていた。歓声?まるで、パーティか何かがすでに始まっていたような。嬌声?たとえば、結婚式の。大声で。花嫁と花婿が、いま、みんなの前で始めてのキスをする。普通、今後よほどの露出狂でもないかぎり皆の前でキスなどすることはないのだから、ひょっとしたら、最初で最後なのかも知れない、不特定多数の、そしていずれかの知り合いたちの眼差しの前に曝される唯一のキス。

ほら

喝采、嬌声、喚き散らされ、酒気を帯びた声。囃したて、囃したてられて、

おめでとう

そんな。

ん?

群れて、連なって、反響しあって、そしてぶつかり合っては、とはいえ砕け散りもしない、それら、声。

声、の群れ。声。その。

声。いずれにしても、それら、人間の。声。

無数の。

音声。聴く。遠く、かすかに。私は。

見た。

百メートルも無い向こうの、穢く小さい道裏市場の向かい、いきなり開けた広大な更地の真ん中に、人だかりが出来ていた。五十人足らず、子供や老婆も含めれば、もっと。

家を出て、声の方に歩み寄った私は、そして男たちは怒号を上げていた。汗の匂いさえした。剝き出しの褐色の肌の群れがあった。私と同じように、まだショートパンツだけの、着ざらしの彼らが群れを成して制裁しているのは、あの少年だった。ミー。まるで、猫が加えるつつんだ手の平のパンチのような、たわいも無い暴力が、少年の華奢な体だけを自在になぶった。

更地の尽きたところには、主幹道路と、その先にハン川が姿を曝す。朝、とはいえ、日差しの直射に私の肌は温度を感じた。曝された素肌は。ブーゲンビリア。

道の両脇に、手入など何も無く野生を曝すのは、ブーゲンビリアの、そして路面に散ったのは、それら、花々の色彩。季節など無関係に、咲き放題に咲いては花弁ごと堕とす、それら。なぜ?

どうして、と。

私は想うのだった。なんで君はそこに、と。

どうして傷付いたままなのだろう?

想う。

いまもずっと。

見ていた。

ブーゲンビリア。むらさきがかった紅の花々が空間にあふれかえっている。散乱?

ただよい、泳ぐことさえない、無造作な、無慈悲なまでの停滞。少しの気配のふるえでさえも、そんなもの、散乱。もはや存在などする必要もないのだとばかりに、なぜ?

涙さえ流しもせずに、そこにたたずみながら、あるいは永遠に?なぜ、悲しんでいるのだろう?

飽きもせずに。

倦みもせずに。

終ることなく、そして、つきることなく。理沙。

私は、想えば、彼女の本名さえ知らない。彼女、その、美しい、壊れた女。壊された?

理沙。彼女が、眼差しの先、指先をは決してふれ獲はしないぎりぎりの、そんな距離にたたずんで、ただ、その、見も知らぬ、色彩の無い女。誰?

鮮明な血をだけ流しながら。

つぶやく。知ってる。

すでに。

ぼくは

それが理沙であることは。

想わず

その、見知らぬ女が。

君を

堕ちる。

抱き締めそうになって

花々の中に、

涙した

堕ちる。たとえば、ブーゲンビリアの。上に。下に。中に。あるいはその散乱に。乱れて、散って、そして身動きさえしない。すべては。

おはよう

停滞。すべては鮮やかなまでにその自らの停滞を曝し、そして、むごたらしいほどのあきらかさで、それらは息づいていた。花。フエ。百合。

世界さん

彼女は、その時、その群がって、やる気も無い制裁をきまぐれに加え続けるだけの集団の中で、ミーを保護しようとしていた。

おはよう

やめて、と。

はじめまして

やわらかく、諭されるように誰かに引き剥がされては、

世界さん

もう、手を。

おはよう

そして、駆け寄って、ふたたび、

どうぞ

ださないで、この

よろしく

怒号。

世界さん

くそやろう。冗談のようなこの、暴力、まんこやろうども。小学生の、糞ども。演劇の舞台のような、くそまみれの。そんな、

腐った糞塗れの穢い豚野郎ども。

暴力を彩る容赦ない怒号。まるで、目の前で人が殺されようとしているかのような。戦争でも起こっているような。不意に攻め込んで来たどこかの国の軍隊が、目の前で民間人の子供を、戦車にそのまま轢き殺して仕舞ったかのように。無慈悲な誤爆の無数の爆弾が、市街地をいきなり廃墟にして仕舞ったかのように。一瞬で燃え上がらせられながら、見た。燃え上がる、火炎と黒鉛と、怒号。

いま、目隠しされた女が一人、後ろ手に連衡される。不意に、彼女にとっては、まさにそうでなければならない(そして)明確な(誰にも)シグナルに(その意味など)突き動かされて、(理解できなかった)、怒号。

響く。白人のあの軍服の男が、いきなり発砲して、与太つきながら低速で駆け出した彼女の背中を撃ったから。

くの字に曲がった身体。それは彼女の全力疾走だった。

一瞬、空中に浮かんで、血が噴き出すのを待たずに、たたきつけられた地に撥ねる。ブーゲンビリア。怒号。

花々。

静寂。微笑むのか?

咲き乱れた、花。

喚声。叫ぶ。彼女は。

花々。

ブーゲンビリアの花々が、私を覆いつくした。何も聴こえない。私はすでに気付いていた。色彩など、花々はとっくの昔に失って仕舞っていた。その、生まれたときにはすでに。匂う。

色彩が。

ブーゲンビリアの花弁が、散乱した。あまりにも色あざやかに、私は悲しかった。理沙が、悲しんでいるのではなくて。たぶん、それは私の悲しみに違いなかった。彼女が涙を流しているのではなかった。その、見ず知らずの、見獲もしない昏いだけの女が。

あなぼこの。

私が。

ほらあなの。

私が、ただ、涙を流し続けているのだった。もう、

と。

想う。そう、

許してあげる。私はそう想った。すべてを、私は許す。

 

駆け寄る私に、フエがすがる眼差しをくれた。一瞬だけ、そこに救いを見出した気配が曝された。お願い、と、そんな、短い懇願だけが私の眼差しを刺す。まばらで、自分たちが加えている暴力に対して、もはややる気など失って仕舞っていた集団を、無造作にぶつかりながら掻き分けて、フエを引き離そうと、まるでエスコートするようなやさしさでその肩を抱いていた男を私は殴った。

何も言わずに。怒号はその瞬間に沈黙した。

だれもが私の名前をは知らない。そして、だれもがわたしをは知っている。フエのうちに棲みついている、あの女の日本人の旦那。不意にひっぱたかれた女のような、卑屈な非議の眼差しをくれた無言のその男とは、一度近くの海鮮料理屋で飲んだことがあった。兄さん。

大柄な、

まぁ、

太った男。

飲めよ

色は

anh

白い。

Uống đi

どうして?

Anh ơi

男の眼差しは、泣きもしないままに、どうしてあなたは、なじる。そんなことするの?数人の、周囲の子どもたちの遊びまわる嬌声だけが聞こえていた。私の耳に。子どもの一人が、ものめずらしそうに私のショート・パンツを引っ張って、上眼に見あげ、声を立てて笑った。すべての人間が私から目を離さずに、そして、何も言わない。ミーは、うつむくわけでもなく、私を見つめていた。かすかに、口元をだけ微笑ませて。彼が、私が制裁から救ってやったことに、彼が何の感謝も感じてはいないことは、すでに明らかだった。そして、私はそれに対して何の不快感もなかった。

むしろ、彼がそうであるのは当然である気がしていた。私が勝手に入り込んだだけだった。彼の固有の時間の中に。

彼がそれを望んだわけではない限り、命じられたのでも乞われたのでもないままにしゃしゃり出てきた他人に、彼が何らかの感謝を感じる必然性などなにもありはしない、と。私の個人的な感覚をは別にして、彼のその感覚のリアルを、ただ、その眼差しは素手で教えていた。でしょ?

と。

ね?

私がそっと、

じゃない?

手のひらを伸ばし、ミーの更地の泥に塗れた皮膚に触れると、その触感。

ざらつた、土の。

その瞬間、ざらっつっ、と。もはやフエは大声に泣きじゃくっていて、私にしがみつく。私に殴られた男を押しのけて、ねぇ、と。

彼らは、迫害者なのよ、と。

殺して

しがみつき、

壊しちゃって

泣きじゃくり、

ね?

ときに私の傍らに、

じゃない?

煙草を吸いながら立っていた、色の白い男を罵っていた。フエは。食って掛かり、唾を吐きかけ、咬み付こうとする程に。おっさん。

ケツの穴にでもぶち込まれちまえよ、糞野郎。

フエの頭を撫ぜながら、

家畜の糞でも食わせてやるか?

私は慰める。

おやじのちんぽこでもしゃぶってろよこのくそまんこやろう

フエの逆上した怒りは収まらない。咬みつけるだけ咬みつき、確かに、むしろ私たちは、彼らに集団で迫害されているに違いないのだった。迫害者は彼らだった。そして、彼らも、迫害者として、そこに立っていた。鉄拳制裁を厭わない暴力的なひとりの外国人を表情もなく見つめながら。

フエを腕に抱いたまま、私はそこを立ち去る。立ち去り際に、その、私に殴られた男の足元に、フエは唾を吐いた。

唾が、サンダル履きのその、裸の足の甲を穢した。瞬間、逆上した男は食ってかかろうとしたが、すぐさま私の存在に気付いて、結局は膨大な罵り言に挿げ替えて仕舞う。

矢継ぎ早の、自分にしか聴き取れない小声の。

ミーが無言のままに、私たちを家まで先導していた。私に、彼の住処の場所を、わざわざ教えてやらなければならないかのように、まったく。

フエの家、あの、

大変だよ

敷地前の路面に

もう

ブーゲンビリアを撒き散らした、

まったく

広大な、

廃墟のような家に。

ね?

足元に散乱したブーゲンビリアの花々を踏み散らしながら。

いずれにしても、その、色の白い男、飲んだ以外にも二三度カフェで顔を合わせ、にこやかに挨拶したこともあった男、そのたびに名前を聴いたはずの、結局は名前など覚えてはいないその男、私に殴られて、犬のように沈黙した男、いずれにしても彼が、あの制裁の首謀者なのに違いなかった。

今に帰って、私に疲れ果てた身を預けたままのフエをソファに座らせてやる。フエは泣きやまない。彼女の前にひざまづいて、涙を拭ってやる、その指先をあふれだした涙がさらに濡らし続ける。顔を覆いもせずに、ただ私だけを見つめて、背筋さえ伸ばして、フエは

ねぇ

むちゃくちゃに、ただ、

わたし

泣きじゃくる。

泣いてるの

轢き付けさえ全身の筋に起こしながら。私は

もう

すでに、ミーが

泣いてるの

理沙、二十年も前に死んだあの女の生まれ変わりであることを、どうしようもない事実して認識していた。

知ってますか?

為すすべもないほどに、

泣いてるの

その事実は抗いようも無かった。

わたしは

前日に

もう

帰ってこなかった、そのミーが、どこで何を遣っていたのかは知らない。ミーは、裏庭の、家屋の間際によじれて傾き、四方一杯に花を撒き散らしたブーゲンビリアの下で、泥だらけのシャツをはたいていた。フエの弟のものだった、その。大きすぎて、シャツは彼には似合わない。

口付ける。

そっと、そして、その、わなないて、はげしく痙攣し続ける、涙にぬれた唇は、フエの、その、そして、わたしのその優しい口付けの意味をは受け取らない。私の

もう

ふれられただけにすぎない唇が、

終わりだよ

彼女のわななく

もう

顎のせいで、

なにもかも

もみくちゃにされて、私は

すべて

目をさえ

すでに

閉じなかった。

ね?

見つめるのは、見開かれたままの、涙にぬれた瞳に映った光の残像に過ぎない。あるいはそれは、私の残像。フエが、見ているわけでさえなく、理の当然としてだけ

え?

映して

なに?

仕舞っている

あ、

もの。

少年が、やっと家屋に入ってきて、フエのそばで服を脱ぎ棄てた。そのまま洗濯機に放り込み、シャワールームに入っていく。ダットたちの部屋のそれ、彼がかつて私に水浸しにされ、責め苛まれたそこに。

私たちがいつも使っている、その。

フエは泣きやまない。

唇は外さない。そして、彼女は唇に、むしゃぶりつこうともせずに、ただわなないて顎を震わせ、気付く。無反応のうちに、悲しいほどに彼女は私を求めていた。

もっと。

願う。

近くへ。

願って、

もっと。

願って、いる、目の前の

近くへ。

女。

もっと、と。

泣く女。

もっと。

泣きながら。

至近距離以上に、もっと、私をさえ通り過ぎて仕舞うほどに、もっと、近くへ。渇望する。フエが、飢える。声もなく。表情にさえ曝さないままに。

口付けでも、それ以上の、あの行為によっても結局は、なにも満たされ獲はしない渇望。もはや、何に渇望しているのかさえわからない。水平に、ゆっくりと鮮やかな血が流れていった。

眼差しの先に。それ。

それは、美紗子の。

天井にさかさまに突っ立って、美紗子はその、色彩を見事になくしたままに、ただ、右側、水平に、右の方に向ってだけ、鮮血をほとばしらせていく。

ゆっくりと。まるで、彼女にとっての左の方に、そっちの方にしか、重力など存在しないとばかりに。

その、見えはしない力に、それでもそっと添い遂げようとたくらんだかのように。

流れる。

迸って、ゆっくりと流れる鮮血。嘲笑われた、間延びした時間が、それにはスピードを与えなかった。ゆっくりと。

ただ。誰にも気付かれないほどに、限りもなく限界を超えてゆっくりと。

そっと。

ふっと。

ふうっと。

ふっ………、と。何を見てるの?

想う。私は。想うのだった。何を、あなたはと。想う。見ているの?と、そんなに、両方の目を見開いてまで。

まだ死んでさえいないのに。

昏い彼女の、見開かれた目は何をも見い出さなかった。

鮮やかな血の色彩に目舞いそうな、そんな気がしたときに、フエ。その、至近距離の鼻から吐かれた、吐息のような大きな息が、そして、私は彼女の唇に舌を差し込んだ。

フエが、泣きながら私を見つめて話さない。私をなど、見留めてもいない癖に。彼女の、ただ、私を見つめる眼差しが見い出しているもの、それはたぶん、なんでもないのだった。

あるいは、単なるブランク。単なる。そして、埋め尽くす、彼女の、視界。埋め尽くした、それ、私の。視界。フエは、見つめて、埋め尽くしたのは、私は、フエ、彼女の視界は一杯に私で埋め尽くされる。ねぇ。

声。近くへ。

来て

もっと、ね。

わたしを通り過ぎた

近くへ

向こうへまでも

きて。フエの

来て

舌は、ただふるえるばかりで、口蓋の中にちぢこまって、私の舌にさえふれようとはしない。燃え上がらせることは出来るだろうか?

私は想った。

明確で、鮮明なたくらみとして。散乱するがままの、停滞した花々を、燃やして仕舞うこと。ブーゲンビリアの。一気に、眼差しが。私の眼差しが、一瞬にして、捉え続ける、すべて、ブーゲンビリア。燃え上がらせて仕舞うこと。

炎が踊る。

舞う。

花々は燃え尽きもせずに、そのまま燃え続けるのだろうか?あるいは永遠に?時さえもが果てたその後にまでも。たとえば、その夢を見ているところの、私の命自体がとっくに尽きた先にさえも、永遠に、花々は燃え上がり続けたのだろうか?

花々。むらさきがかった紅。それらは、いま燃え上がるために存在しているのだと、ひとつのまったき自覚として私は認識していた。

燃え上がるためだけに存在していた、それら、花々の永遠の停滞。

花々は燃え上がった。

あるいは、私の眼差しが尽きたその先にまで、彼ら自身のその必然の許に、彼らだけのために。

私は、それらを燃え上がらせるすべさえもなく、ただ、見つめるにすぎない。その色彩。どうして、と。

想う、どうして、私は泣き続けているのだろう?

頬にふれる涙の触感も、温度の暖かさも、曇ってゆく眼差しの濁った混濁も、そんなものなど何一つ残しもしないそれは、そしてて、私は泣く。

涙さえないままに。

泣いていた。流れ落ちるままに、涙の。フエは、私が立ちあがるのを引き止めない。しゃくりあげ続けながら、変わらないきれいな姿勢で、すべてを任せる。私に。フエは、私が彼女の頭を、それが明確な愛撫であるかのように撫ぜてやるのに、ただ、留保無く無抵抗に、そのままに。

私が為したがままに。あるいは、いまここで、彼女の首を絞めたとしても、彼女はすぐさま受け入れて仕舞うに違いなかった。やがてあの女、カフェの、あの、色気づいた女に、土砂降りの雨の中にしてやったときように。

不意に、首を締め上げた私に、私のうえで、彼女が何の抵抗さえ曝さなかったように。しなさい。

と。

そのまま。

お願い

のぞむがままに。

あなたのもの

息を詰めて、顎を突き出して身をのけぞらし

わたしは、わたしの

窒息寸前の、苦痛、そして

あなたのもの

土砂降りの雨、閉じられたシャッターの向こう。正午の。フエの頭をなぜる、私の優しすぎる指先の触感に、ときに彼女の髪の毛は絡もうとするが、絡み付けずに滑らかな、そのてざわりだけをかすかに、しかし鮮明に残した。

ショートパンツだけを履いて、髪をふきながら出てきたミーが、私に微笑んだ。曝された上半身の肉付きは、どんなに痩せてあばらさえ浮かせていたところで、そうなるしかない最低限の筋肉を張らせた、そんな、少年らしい繊細にしなる強靭ささえもない。まるで、皮膚と骨の間に、うっすらとした貧弱な贅肉だけすべりこませたような、うすらべったいその胸元に、小さい乳首の色彩の沈濁だけを尖らせた。

どこにも、男じみたところのない身体。ミーはすれ違いざまに私の腰を、逆に慰めをくれるかのようにやさしく叩いて、声を立てて笑った。なめらかに、垂直に流れた背筋のラインをはっきりと刻んだ、その、日差しを斜めにあびた後姿はただ、美しい。息を飲むほどに。

フエは、しゃくりあげるをやめない。

ミーは、私たちのふたつの肉体がかさなり合う傍らに座り、そして、微笑む。ときに

やぁ

眼差しにかすかに媚びた

愉しんでる?

色彩を曝して。かならずしも私たちを見つめるでもなく、興味をそそられたわけでもなく、そして、フエはいちどだけ、まばたいた。

 

やがて、惰性にまかせた行為が終ったあとで、フエが言った。何年ぶりかに、その体内がその行為の結果を受け入れたあとで。彼女の体のうえに、そして私の体重をすべて彼女に預けて仕舞ったその身体の重さに、汗ばんで、私の頭をやさしく、自分のせいで、なにもかも、すべて、ぜんぶ、ことごとくがなにもかも、ただ自分だけのために、もはや完全に、すべてが、まったきすべてが木っ端微塵に終って仕舞って、(そして)もはやどうしようもなく、(曝されたのは、)絶望するしか(廃墟。)無くて、(光、)むしろ、(瞬かれたのは廃墟の、)立ち尽くしているのさえもが苦痛なのだと、そんな(光。)誰かの頭をなぜて遣っているかのように、ただ。

やさしい、手のひらの愛撫。疲労。あの、白い男、彼のうちに飼われている犬が吠え掛かってきたのを、ミーが捕まえて路面に叩きつけて仕舞ったのだ、と言った。

フエは。彼女のけだるげな息遣いの切れ目に、私は発される英語と、ベトナム語の混ざった言葉の意味を照合していく。飛び掛ってきたその放し飼いの中型犬の首輪をつかんで、振り上げては叩き付ける。市場の前の朝のまばらな人々の前で、それをなんども繰り返したらしかった。フエは、犬が泣き叫ぶ、空間が引き裂かれたような絶叫に目を覚ました。私も、シャワールームのなかで、いつだったかに遠く聴いていた気がしないでもなかった。わからない。

美しい背筋を曝して、ミーが仏間の方に立ち去って行って仕舞ったあとで、私は彼女をソファのうえに横たわらせたのだった。そっと。

フエは抵抗しない。彼らは頭がおかしいののよ、と、言った。終ったあとで、フエは。そして、私は横たわった彼女の傍らに寄り添って、そして、ただ、彼女の頬を撫ぜるのだった。しゃくりあげ続けながら、彼女は、そして、フエ。

呆然としたように、私の頭をなぜながら、力尽きた私を抱きしめもせずに、ひどい。

 

 

 

 

 


それら花々は恍惚をさえ曝さない #4

 

 

 

 

 

憎悪。留保も無く。憎む。迫害者たちを。嫌悪。たたきつけられた犬は立ち上がれもしなかった。フエは、何の抵抗も曝さずに、私の指先が彼女をなぜるがままにまかせ、指先は、悪趣味なピンク色の寝巻きの上からそのかたちをなぞった。怒号が立つ。一瞬唖然とした後で、人々は駆け寄って、なかなかその暴力をやめな いミーは、そしてだれかに突き飛ばされた。羽交い絞めされ、それでもその犬の首輪を放さない彼の憎悪。そして彼らの。指先は、いつか、やさしく彼女のそこを這う。フエのパンツを剥ぎ取って棄てるのに、時間などかからない。人々は、怒号に塗れ、ミーからやっと剥ぎ取られた犬はすでに口を広げきったまま、舌をさえ喉に押し込んで仕舞って、失心のうちに窒息しかかる。目を開けたまま。その、あるいは、精神の崩壊を曝した無残な白眼は、何ものをも見はしない。フエ。しゃくりあげるだけのフエは。ショートパンツを脱ぎ棄てた私の裸をさえも。どうするだろう?壊れ果てたように、しゃくりあげるしかない彼女のそのふるえる唇の先に、それを近付けてやったら?

ふくむのだろうか?唇に。

彼女は、朝のように、やさしく、装って、いつくしんだ眼差しを曝して、泣き叫びながら、太った女が犬をゆする。大丈夫?北欧系の、生きてる?薄い茶色の短毛の死んでない?猟犬。まだ?駆け寄ったとき、フエの眼差しが捉えた泥だけの犠牲者は、ミー。眼差しに透明な憎悪だけを曝して、ミーは。犬に向けていたのと同じ、それ、眼差し。あるいは、下をだけ脱がされた、大股を開かせられて無防備なフエの眼差し。無言の。

どうしたの?と。あなた、何をするの?と、その問いかけさえも無い眼差しに私が口付ければ、唇を濡らしたのは涙。その許可も無く私は彼女を愛する。ゆっくりと、傷つけないように彼女を完全に奥まで確認しきったあとに、かすかに身を起こして、見れば、ブーゲンビリアの下に、美紗子は横向きの血を流した。シャッターの向こう、日差しの中に、彼女の昏く失われた色彩がそこでだけ、ブーゲンビリアの花々の色彩の鮮やかさを、無きものにして仕舞っていた。そして、鮮やか過ぎる水平の血の流れは、どこまでも落ちて北の方に流れ去っていく。唇は痙攣をやめない。フエ。

しゃくりあげ続けるフエ。ふるえ続けるその下唇を、私は口に含んだ。土砂降りの雨の日に、やがてあのカフェの女が私にそうするのと、ちょうど同じように。

まるで、それを記憶の中で模倣して仕舞ったかのように。

一瞬だけ眼差しが白濁した気がして、そして。力尽きれば、そうしなければ為らないと決まっていさえいるかのように、フエは私の頭をなぜるしかない。誰も助けてくれなかった、と言った。フエは。

あんなにも人々が私たち二人だけをとり囲んでいるのに、だれも、だれひとりとして、私たちをたすけてくれるものはだれもいなくて、そして、むしろそこに取り囲んでいたのはだれもが迫害者たちだけだった。だれ一人として、そして、戯れるような拳に殴打をくれられて、ミーの眼差しは憎悪を絶やさない。それが、さらに、彼らを怒らせて、その、残酷なほどの軽蔑の光は、すでに彼らを十分以上にたじろがせていた。まるで、一度も殴りもしかったかのような、やさしいただふれただけにすぎない暴力が、彼を苛む。引っ掛けられて、転がされて、土の触感を感じる。背後にフエの立てた悲鳴を感じる。

聴く、よりむしろ。

感じていた。遠く、鮮明に感じられたもの。

憎しみ。それは。

ただ、ミーは、なんらかのものへの破壊欲などではなくて、単純な憎しみだけに駆られていたに違いない。私が見た、あの澄んだ目のミーは。

彼の純粋な憎しみは、もはや、彼から行動をさえ奪って仕舞った。壊すべきものなどなにもない。なにも。なにもかも。燃え上がって仕舞えればよかった。

憎しみそのものとして。そのとき、一瞬たりとも燃え上がれもしない彼はただ、眼差しに純粋な憎しみとしてだけ、映ったすべての形象を捉えるしかなかった。ぴったりと、容赦もなくふれあって、汗ばんだ皮膚の籠りあった温度に耐えられず、身を起こし、そっと、自由になっていく。私は。フエのなかで、やわらかくなりかけたそれが、内部に押し付けていたものが、ゆっくりと、垂れ堕ち始める。フエの体の外に。

そのままに、股をひらいたままで、両腕さえ投げだして、フエは留保ない絶望を眼差しに曝していた。

もう救われはしないのだと、そう自覚して、もはや一切の喜びさえも無く。

しゃくりあげる声さえ、なにも無い。

想い出したように、言った。

彼らは狂ってるわ。

あの、ミーを囲んでいた人間たち殆どすべての、近所に住まう人間たち、彼らのことを言ったのだということに、おくれて

They are...

気付く。

...Crazy.

4月30日。そして、5月1日も、休み。だから、ベトナムに住む人間たちはみんな、連休だということになる。私も、フエも。30日はサイゴン陥落の記念日で、そしてあけて1日はメーデー。ここは、社会主義国家だった。町にはときにスローガンを書きつけたいわゆる社会主義アートが眼に留まる。

外気に触れて急激になえきったそれを為すすべもなく垂らし、私は、あるいはあの青年。ミーが彼らに制裁を命じたその青年のそれをなぞってみたかのように、私はミーの投げ出されていた足元に方膝にひざまづいて、

やぁ

垂れ下げられた私の両腕は

元気?

何をも

終った?

つかまない。

もう

ミーは、微笑んだままに

終ったの?

私を見つめていた。

何をも踏みしめない、脱力して放置されたフエのくの字に立てられたままのその足と同じように、私の垂れ下げられた手は何をも、彼。ミーはどうしたのだろう?あの青年を。

垂れ堕ちる、私が吐き出したもの。フエが体内にいだいた小さなそれを起爆させ、発芽させたかも知れない、その、そしてミーは。

彼はあのまま殺して仕舞ったのだろうか。殺させて、仕舞ったのだろうか。

生きているだろうか?彼は。

たとえ虫の息であったとしても。たとえば、あの更地に放置されて?雨は降らなかった。その二日間の間には。だから、日差しは彼の肌を焼いたのだろうか?

放置されたままに。焼かれたのだろうか?為すすべもなく。垂れ下がる。彼の皮膚の上に、彼がにじませた汗の粒が。

そして、結局は、私は為すすべもなくてミーの傍らに横たわった。合成ビニールの、日本製のソファの、此処では高級で、とはいえ明らかに安物の触感が、肌にじかに触れていた。貨幣価値のマジック。貧しい日本人は此処ではリッチ・マンになりおおせて、ホスト上がりのいかがわしい起業コンサルの私のようなものが立派な日本語教師になりおおせ、そして、安っぽい日本産の粗悪品は高級品になる。

日本製はなぜあんなに高いのか、と、ベトナム人生徒に聞かれたとき私は答えた。日本に行って、働けばわかるよ。

ビールも何も、日本で、日本製がいかに普通のありふれたプライスを曝しているだけに過ぎないかが。

わかるよ。

奴隷労働、のようなもの。

わかるよ。

安価に買い叩かれて、後進国の国際支援の名目で日本の末端企業にこき使われる。安価なだけが取り柄の労働力として、かの国で酷使されて使い棄てられ、現地人たちに軽蔑さえされながら、あるいは日本の高貴を極めた至高の独自文化を破壊する唾棄すべき金目当ての移民どもと罵られ、それでも彼らの多くは言う。その契約が切れた後で。もう一度日本に戻りたいと。

その理由は私にはわからない。あんな、暴動さえ起こせない去勢された家畜どもの共同体に。

立ち上がったフエが、自分のそこを確認した。彼女が受け入れたもの。単なる、性行為の必然的な代償にして、哺乳類たちの存在根拠。そこに人格など存在せず、人権も存在しない。

昼間、参加している、いわゆる《送り出し会社》の、ウェブ面接に立ち会ったことがあった。広い会議室に、だれもが使っているみんなの日本語という教科書の、第20課程度、初級の半部くらいの教程を終えたばかりの若いベトナム人技術者たちが、外付けカメラを取りつけらたノート・パソコンの前に、ご大層に二十人ばかり整列する。フエは、笑いもせずに、私に眼差しをくれた。

絶望的な色彩を隠しもせず、消し去りもせず、ただ、容赦もなく曝して、そこに、生きてあること、存在すること、それ自体がすでに手遅れだと言わんがばかりに、もう

遅い、と。女性主体のベトナム人教師たちは

もう

パソコンの背後に、7人近く座りこんで事の首尾を

なにもかも

観察する。日本人は

すべて

私しかいない。特別扱いの

終ったの

日本人。まるで、

もう

殖民地を視察しに来たサーか何かのように。学生たちは

絶望するしか

《送り出し会社》の制服に正装して、奴隷じみて

ただ

個性を奪われ、日本風に

もう

パイプ椅子に座る。自動車部品系の

絶望するしか

下請け製造企業らしかった。大阪の会社だ。外国人相手に

ないの

容赦のない、大阪なまりが

もう

耳につく。早口の、

ないもかも

抑揚の激しい

終ったの

踊るような発音が

知ってる?

起立したベトナム人の一人ひとりに

あなたは

浴びせられていく。諦めて仕舞わなければならないことを、

知ってる?

ただ、なすがままに

もう

諦めただけなのだと、そう

なにもかも

つぶやいたように、そんな

私たちは

色彩を、一瞬だけ

終ったの

眼差しに曝して、

ね?

フエ。

立ち上がったフエが、よろめいたのはその瞬間にだけ。やがてそのままたちずさんで、彼女は想い出したようにいまさら服を脱ぎ捨てた。上半身にだけにはりつて、彼女が行為の最中に垂れ流した汗を吸った、その、それ。

褪せかかったピンク色の。

立ち上がった教え子の一人ひとりが、丸暗記の、文法的な理解の一切無い自己紹介を大声で発話する。斜め背後から見るパソコン画面にどんな顔が並んでいるのかは見獲ない。ただ、窓越しの光を直射した、やわらかい白濁。その液体。

垂れ堕ちている。

床に。太ももをつたって。私が吐き出して、彼女に与えたもの、彼女が受け取ったもの。フエが。受胎?あるいは。フエが求め続けていたものを、彼女の体内のそれは浴びて、飢えたように分裂し始めるのだろうか?

その、彼女がはぐくむ細胞が。

それとも、唯の無駄なのだろうか。結局のところ、日本語以外に英語さえ話せもしないから必死になって、奴隷どもに日本語を勉強させるしかない数人の彼ら雇用主のサーたち、日本語を勉強したばかりの外国人労働者に馴れた崩れかけの日本語は、WiFi電波をとおして、極端なほどに聴き取りづらい。

あぁたぉおなまぇえはぁ?

一問一答に、なまりの強い

あなたのお名前は?

外国人の日本語は、海の向こうで

しぃゅっしぃいんはぁあ

聴き取られ獲て

出身は?

いるのだろうか?電話回線のような背後のノイズをは

どのくぅらぁあいにほぉんぐぅおぉ

ふくまない、クリアなひしゃげた

どのくらい日本語を

ノイズのような声の

べんきゅょうぉしますぃたはぁ

群れ。質問と

勉強しましたか?

全く違う答えをなんども返して仕舞うベトナム人には、容赦もない軽蔑が与えられる。

ちょっと

見下しきった

あんた

笑い声。ベトナム人たちはそれを

馬鹿?

当然のものとして、ただ

てか

無根拠に

むしろ

受け入れるに過ぎない。すぐに

糞?

想う。

死んだら?

私は、まるで、これは

お前ら

単なる人身売買に過ぎない、と。故国から

日本語も話せないなら

連れてこられた

むしろ

奴隷労働者たち。

死ねよ

やわらかく膨らんだ尻を曝す。立ち尽くしまま。日差しは斜めに、そしてフエはそのまま身動きもしない。私の視線すら考慮には入れずに、彼女には、私の知らないむしろただ彼女にだけに見い出されていた時間が流れていた。

私の眼差しの先で。

わたしは

《有償奴隷たち》、と、心の中でだけで私は

ここに

彼らをそう呼んだ。パソコンの

います

向こうで、裕福で住みやすく近代的で安全で礼儀正しく世界中の人々の尊敬を集めた東洋最高の国から、苦笑混じり褒められたことがわかれば、にこにこ媚びた笑顔を曝してみせる。

お願いします

買ってください。

わたしは

Sir、私をできるだけ

ここに

高価に買ってくれませんか?

います

かの国を、無数の

あなたの

《有償奴隷たち》が

眼の前に

回転させる。安価な

わたしは

労働力が、かの国の誇った

ここに

製造クオリティを

います

維持させる。フエは、

見えますか?

思いつめたように、壁に

あなたは

作られた、小さな

見えますか?

母と妹、一緒に、彼女が二十歳のときに死んで仕舞った彼女たちのためだけに作られた祭壇に、そしてフエはちいさな台に上がって、背伸びして、線香に火をつけた。

ながいながい、その線香。それは線香立ての灰の中に突き刺されて、体の中から垂れ流れだしているものはそのままに。

馬鹿?

一問も答えられなかった学生の

お前、

ひきつった表情。垂直に

糞だろ

伸ばされたふるえる背筋、あまりにも

死ねよ

下手くそな発音。不用意な

お前

相槌。それらの

死ね

すべてが、ベトナム人教師たちの

価値ない

頭を抱えさせ、ときに

お前

不意の失笑を

生きる

呼ぶ。

価値、ない

お手上げだよ、と。

死ね

台から降りて、振り向いたフエは私を見つめるのだった。見つめる?そうではなくて。

ただ、不意に、意図もされないままに想い出されて仕舞ったように。

私の存在を、そういわれて見ればそこにいたに違いない私の存在を、振り返ったその眼差しにふれさせて仕舞った瞬間に、唐突に想い出したような。あれ?

やっと、               

いたの?

想い出せたことに

そこに

表情さえなくその眼差しの奥にだけ笑んでみせ、

あら

そこには。

こんにちは

彼女が振り返ってみるべきべき必然など、そこに私がいるという、それ以外には存在しないことなど、すでに、私にも、彼女自身にも、知られていたには違いないままに、そして。

契約が成った《有償奴隷たち》は、買われて行ったかの国で、同じような外国人の群れの中に投入される。外国人だらけの寮。まるで、奴隷村のような。形成される、《有償奴隷たち》のコミュニティ、決して、かの国の人間たちには、軽蔑交じりの白い目では見られても、尊敬の眼差しなど一切向けられはしない、そこ。《奴隷村》。

どこが奴隷売買と違うのか、私にはわからない。そして、その会社に参加している限り、結局は私は奴隷商人の端くれには違いなく、かの故国は余りにも洗練された奴隷労働市場の大国以外の何者でもない。曝された、褐色の皮膚。

臀部と、下腹部と、かすかな胸にだけ、女性性を表現した、痩せた身体。フエ。むしゃぶりつきたいような、とは、間違っても言獲ない。とは言え、それはあからさまに女性のもの以外ではなく、すべての曲線がただ、しずかにその女性性をだけ、曝す。

女。あなたは、と。

女を見ています。わかりますか?そう、耳元にささやかれたような。

日差しの中。朝の日差し。それはやわらい。かすかに霞む。まだかろうじて朝と呼んでもいい気がする、とはいえすでに褪せかけて、失われはじめていた朝の日差し。

なぜかは知らない。

頭の中で、モーリス・ラヴェルの、二番目のヴァイオリンソナタが、鳴った。自分勝手に。何の想い入れもない曲。

まるで、耳元に再生されたように。

いい加減な記憶をだけ、でたらめにつぎはぎにしたものしかないはずなのに、まるで、本当に耳元に、勝手に、だれかが弾きはじめて仕舞ったかのように。ためやいも容赦もなく。

愛着も、なにか固有の記憶も、想い出も、なにもありはしない、唯、頭のどこかに記憶されていたに過ぎない曲。かならずしも美しいとも想わない。鳴る。

響く。それだけ。眼差し。

フエは、私からもはや目をそらさない。

ぐるっと、外を廻って来たのに違いない。日差しを注ぎこむ、開かれたままの研磨の荒い鉄板のシャッターの、そのあやういぎざつきにふれて仕舞いそうなすれすれに、意味もなく添って入って来たミーは、右手に引きちぎられたバナナの葉っぱをもてあそんでいた。私には目もくれない。そのまま、フエに寄り添うように耳打ちし、相変わらず、ショートパンツのままのミーは、不思議に、彼女へのかすかな同性愛のような気配をさえ暗示させて、フエ。彼女は彼に身を寄せられるにまかせたまま、至近距離に、無造作にふれ合う皮膚。

耳元から唇を離したミーは、不意に声を立てて笑った。私に流し目をくれる。

Go

フエが、

wedding party

表情さえ変えずに、私に

Anh

言った。行きましょう。

ね?

結婚式に。

あなた

結婚式?

Lễ kết hôn ?

けっこんしき、に、いきましょう

私の問いかけにはうなずきもしないで、フエは

けこんしきいぃんきましょ

つぶやいて、そして、フエが不意に声を立てて笑った。

 

シャワーは一緒に浴びた。先に出た私が、普通にショートパンツを履いて、ソファでパソコンを見ていると、ミーは私たちの寝室から、勝手に探り出してきたフエのパーティドレスや、アオヤイを、テーブルの上にでたらめに並べていった。ぬれた髪をバスタオルに拭き取りながら、裸のままにフエは出てきて、その無造作に積まれた衣装の山に目をくれて、そのミーの行為には文句さえつけない。

扇風機を廻し、椅子に座りこんで、身をくねらせて、ミーが選んで差し出すドレスのひとつひとつに駄目出ししていく。駄目よ。

これは?

テーブルの上の、無造作な

違うわ。

これ?

ドレスの山を、なんども

それじゃない。

これは?

ひっくりかえして、ときに

それも。

声さえ立てて笑いながら

気分じゃない。

これ?

なかなか乾きもしない

なかったっけ?

どれ?

その髪の毛。ぬれた光沢。ながい、

もっと、ほかに。

あれ?

そして

ちゃんと、持ってきたの?

これ?

ながい選別。不意に

全部。

どれ?

立ち上がったフエは、寝室に引き込んで、私のためのスーツを一そろい持ち出す。着て。

ほら

ね?

わたしの

ようやく

ハンサムさん

選んだ、候補の四着をミーに抱えさせて、フエは寝室に引き込もった。私は立ち上がって、スーツに着替え、どうせフエの着替えは時間がかかるに決まっていた。

んー

冷蔵庫をあけ、

やっぱ

グラスに氷を

なんか

落とす。

違うの

鳴らされる音。

なんか、

注ぐ水。透明な。

色彩。

違うんだよね

透明無色とはいえ、まがうことなくそこにそれが存在していることを執拗なほどに明示した、その、色彩さえない存在の色彩、と、しか、言獲ないその、実体。顔を上げた至近距離に、あの、朝の白い男が立ち尽くしていた。私が殴ってやった、あの。

彼。

息がかかりあうべき距離に。

彼の名前は知らない。

その、見たこともない穴だらけの形態。無造作に、翳に無数の洞穴を穿って子どもが戯れたような。

絶望。

留保なき、容赦なき、無慈悲なまでの、唯のむき出しの絶望。不意に開かれた真ん丸く開いた口から、血が一気に下にあふれだす。床を、水浸しに血で浸していきながら。

色彩の無いその男。あるいは穴だらけの欠損物。彼はただ、そこで絶望していた。なにに、というわけでさえもなくて。

もはや。ただの昏さそのものとして。まばたく。私は。

空間に、彼が存在していた気配だけでも探してみる。床は窓越しの陽光を、反射させる。あわい、いたずらなだけの反射の白濁、グラスにふれた唇に、その触感がある。冷たく、硬く、ぬれた、その。

私は息遣う。振り返った先の、屋外の竈へとつづく開け放たれたドアの向こうの、まだるっこしい逆光の中で、見も知らない老人が開け放った口からいっぱいの血を垂れ流す。しずかにだらだらと、そして彼の周囲に光は無く、色彩も無く、音もない。

ミー。

不意に、耐え難いほどに沸き立ったどうしようもない懐かしさに、私は想わず手を差し伸べるのだが逆光の中、庭は日に照っている。

きらめき、きらめきながらもそこにはもはや、朝の気配は完全にない。朝の不在に容赦もない。

ただの、午前だという以外の何ものをも曝さない、光。土に蒸したこけ。錆びた、冴えた緑彩。その横には赤茶に錆びついたトタン屋根の下の崩れかけの竈。煤にまみれ、誰も使わなくなったそこの横には、積まれたままの薪の山がその名残を留めて、てっぺんで猫が見つめていた。白い、その猫が。

私を。

ミーが消えうせても、消えうせないままの私に残った、その耐えられない懐かしさの残存に、私はなすすべもなく涙を流していたのだった。

声は無い。

泣き声をさえ、もはやなくして仕舞った気がした。あまりに切なる悲しみに、泣き声さえもが追いつけないのではなくて、もとから泣き声などもっていなかったのだ。私は。そうとしか想えなかった。さまようしかない眼差しの中に、苔の向こう、やがてはバナナの木が無造作に実をつけていた。さかさまに、天を向いて房を曝して。淡い、緑とさえ呼び獲ないほどの、淡すぎる緑。酸味が匂う。

背後に、花のない、名前さえ知らない樹木は沈黙するだけだ。

 

寝室に入ると、すべて肌を曝したミーが、そしてその前にフエは、ひざまづく。褐色の肌の背中が、くらんだ日差しの中にいよいよ色彩を濃くした。

あなたは

何をしてる?と、

なにを

問いかけるまもなく、フエが

してるの?

自分の下着を

あなたたちは

とっかえひっかえして、ミーのための下着を選んで遣っていた。

少年が、少しだけ照れくさそうな笑みを装って、私に眼差しを投げたのは一瞬に過ぎない。白いミーの肌と、フエのそれが、鮮やかな対比を作っていた。戸惑いを曝したままに、私は、しずかに息遣って、前触れもなく振り向いたフエの唯単につぶらなだけの眼差しが、そして、広げた薄くピンク色がかった下着をフエは私に差し出して見せる。どう?

似合うかな?

ねぇ、これなんか、

んー

どうかな?

ね?

倒錯的な匂いがする。むしろ、同性愛的な。

どう?

まだ未成年の、いわば土くれをつけたままの奴隷の少女を、大人のレディが慰み者にしている、そんな、あるいはエレガントで貴族的な戯れ現場を見せ付けられたような。

生乾きのフエの髪の毛が、雪崩れを打って背中に堕ちた。

私の同意を獲ないままに、顎をしゃくったフエの指図にしたがって、ミーは片足を上げて、足元に屈みこんだフエの広げた薄手のそれに足を差し込む。華奢な、少女のような。

ミー

どうしてだろう、と、私は

Mỹ

想った。

なぜ、彼を少年だと想いこんでいたのだろう。あの、彼に、暴力を容赦もなく加えて仕舞った早朝に、水流の飛び散るシャワールームで彼を裸にひん剥いて、私の眼差しは彼の全裸を視界に治めていたのに。

なぜ、彼は少年でなければならなかったのだろう?すくなくとも、私にとっては。

フエが、彼の眼差しの前で、好き放題に肌を曝してなんとも想わないその必然性を、ようやく理解した気がした。確かに、彼の名前は明らかに女性名なのだから、そうでなければならないはずだった。

薄手の下着が、彼の下半身をつつみ、下着だけを身に着けた、短髪の少女がいたいけもなくはにかみながら、私に上目遣いをくれる。

刈り上げられた髪の毛がむしろそこに、鮮やかな倒錯の気配をあたえていた。まるで、収容所に収容された、捕虜の少女かなにかのように。これから拷問を受けるのか、性奴隷としてなぶられるのか、明日の栄光と勝利のための人体実験に供されるのか、単に集団屠殺されるのか、いずれにしても何かが間違っている。そして、それはまったくもって彼のせいではない。あるいは、正確に言えば、彼女の。

うすく肉付いただけの、少女の、少年の胸をいっぱいに詰め物のされたブラが隠す。肌色の、余りに地味なそれ。それが、アオヤイ用のものだということは知っている。選んであったアオヤイを、フエは彼が、自分の16歳で失ったその妹であるか何かのように着せてやる。まず、パンツを。真っ白い、さらさらする薄手のそれ。かすかな光沢は、単に、それが絹だから、なのだろうか。

薄紫色のトップが彼女の上半身をつつみ、垂れ下がったやわらかな生地がパンツを上から隠して仕舞う。下からわき腹へと、斜めに這い昇って散らされた、何かの花の図柄。

紅に、紫味をかすかに含ませたそれ、想起される、ブーゲンビリアの色彩に、かすかに目舞う。

どう、

ね?

で、

似合う?

すか?

どうぇすか

私を振り返ったフエに、私はなにも答えなかった。下半身を膨らませるだぶついたパンツが、本来ありもしない曲線とボリュームをそこに華奢な質感のままに与え、下着に作られた体のラインに無造作に添ったトップが、痩せた身体に仮構されたひたすら女性的な曲線を、ふるえるように繊細に描く。

痛ましい。

刈り上げられた徒刑囚のような髪の毛と、眼差しを色づかせた少女の、ただただ綺麗でしかない気配が、あまりにも女性美を強調したアオヤイに飾られてもはや、残酷な刑罰をだけ、ただ、眼差しの前に曝していた。

目をそらしもせずに、私は彼女の名前を呼んだ。

ミー

Mỹ

何?

Nói gì ?

つぶやく、フエの声が、

なんて、

ひざまづいたままの下方から

言ったの?

聴こえた。

đẹp

美しい

私は言った。フエはややあって、声を立てて笑う。でしょう?

ね?

Mỹ

そうでしょう?

もっと、さ、だから

んー

ほら、言ったじゃやない。

ちゃんと

なんか、なんか

あんた、結構、かわいいのよ

背筋くらい

ね。なんか

まって。

伸ばすものよ

違わない?

わたしほどじゃないけど。

だから

ねぇ

でしょ?

もっと

どうなの?

違う?

ばか

なんか、さ

やっぱ、この色

なにやってるの?

違うんだって

言ったじゃない

ねぇ

わかる?

すごく映えるね?

なにやってるの?

違う?

んー

馬鹿な子

じゃない?

あんたに

ほんとに

でも

ね?

声。フエが放つ、ベトナム語の音声の群れ。その、否応無く感じ取られる、聴き取れさえしない言葉の意味の群れが耳にじかにふれて、私は目をそらした。ミーはそして、もしろその、美しいものが持っていてしかるべき矜持をあえてこれによがしに曝して見せたように、

どう?

直視した。

綺麗でしょ

私を。

どう?

なぜ、と。

わたしは

想う。なぜ、

綺麗でしょ?

ここにいるの?

ね?

何の必然性も、ありはしないのに。なんの記憶さえももはや存在してはいないのに。振り返った向こうの、たんなる無意味なヴォイドとして、通路の用をしか足さない三番目の居間の突き当たりの壁際に、ただ、血を流し続けるのは理沙。

その、見たこともない、ただ単に地味な、それが女であることが確認できるだけの不細工な形態。デッサンのゆがんだ、できそこないの人体造型。

色彩を無慈悲なまでに完全になくして仕舞って、そして、どうして、と、私の想いは言葉にはならない。背後に、ミーの笑い声が聴こえた。どうして、と。こんなふうに、君は、と、私は、生まれ変わって仕舞ったのだろう、想う。私は、君は、と。なぜ?こんな異国で。そして。

そんな大量の血など、どうして?人体に含まれているはずも無いのに、理沙の開かれた口はその鮮烈な血の色彩の濁流を、あふれさせて留まらない。教えて。

どうして?

花々

そんなところに

きらめくのは

涙さえ、

花々

たたずんでいるの?

その

もう、

色彩は

噴き出しながら

見い出され獲たことなどあったのだろうか?

私は

光と

鮮血を

網膜に

ながさない。

つかれた嘘を通さずに

ただ、

そのものとして

朽ち果てたように。私は寧ろ、涙さえも流せないままに、背後のミーたちを悲しむ。自分自身さえもが悲しい。体中に、あるいは体中の神経の線の中が痛い。感じ取られていた痛みなど、どこにありはしないのに。

やがて、疲れ果ててソファに身を投げていた私に、アオヤイで着飾ったふたりが姿を顕した。奥の日翳げから、色づきあった笑い声をふたりだけで立てながら。並べば、フエのほうが少しだけ背が高く、あるいは、余り似ていない姉妹のように見えるかも知れない。

私が投げて遣った微笑みは、騒ぎ立つ彼女たちには何の影響さえ及ぼさない。無造作な、彼女たちの戯れあいの中に、ようやく私の存在に気付いたかのように、やがてフエは言った。

Đẹp trai

私に。

あら、

装って

ハンサムさん。

媚をあふれさせた笑みをくれて。

完璧に施された、いかにも描かれたはっきりとしたメイクが、ふたりに造り込まれた美しいふたりの女を存在させる。

虚構された美、そして、虚構されてあることを、一切悔いようとはしない。恥ずかしげもなく、迷いもなく、あなたが見ているのはいわば描かれた美しい絵なのだと、そのまま地の声で耳元に話されたような、そんな、私を戸惑わせたふたりの化粧の美しさ。

ミーの短髪が、あきらかに理不尽な悲惨さを、その美しさに鮮やかな破滅の色彩を加えて、みずからは何を意識するわけでもない。

そこに目醒めさせて仕舞った、容赦もない破滅美をなど、知らないわ。

と。ねぇ

なに?

ミーの友達の

それ

結婚式なのだ、と、フエが私に口ぞえした。彼女の、彼女のお姉さんの。

Her girl friends’

微笑む。そして

Syster

笑う。繰り返す。

marriage

それを。微笑み、そして

Anh à

笑う。

Hiểu không ?

ふたりは。

外にひっぱり出したホンダの真っ白いスクーターを運転するのは私だった。ミーを真ん中にして、フエがうしろから私の腹部に手を廻し、しがみつく。お互いに、体は押しつぶされそうなほどに密着し、その息ぐるしさにミーは大袈裟にわざと暴れてみせる。声を立てて笑いながら。ふたりは、いずれにしても、きっかけを探し出しては戯れあうことをやめない。

家を出るときにすれ違った、路上でトヨタのワゴン車を洗車していたあの白い男は、私たちに気付いた瞬間に明らかに殺意を孕んだ、暗い、陰湿でただ暗い感情を、眼差しに容赦なく曝した。戯れあう二人には、気付かれもしないままに。

通り抜ける風の向こうで、大声にフエがいちいち英語に翻訳してくれるミーの指示の先に辿り着いたのは、その前の日の朝の、あの喫茶店だった。

前面道路の半分にまでもはみ出してテントが張られ、その翳の下に丸テーブルが並べられる。アルミの。そして敷かれた粗い装飾布が、無造作に日翳げに色彩を投げる。その飢えに、必要以上にグラスと茶碗と平皿が並べられ、料理の殆どがラップされたまま、すでに並べられていた。

午前十一時。もうすぐ、パーティが始まるのだった。用意された席の半分以上を、人々が埋めていた。若い、十代から二十代の、行ってその後半までの若い男たちと女たちが、でたらめに座を埋めて、だれもがすぐにはその眼の前に顕れた、アオヤイの美しい女の一人がミーだとは気付かない。ほんの数秒の眼差しの、戸惑った揺らめきの後に、彼らは急に喚声を上げてミーに群がり、罵るような賛辞をくれる。

あの女はいない。そして、もう、私は確信してさえいた。これは、あの女結婚式に違いないと。群がってくる集団の中に、顔の半分近くを包帯にぐるぐる巻きにした男が、笑い顔をときに痛みにひきつらせて仕舞いながらミーにじゃれる。右足を引きずって。

彼は、ぼろぼろになっても、生きてはいた。集団リンチの犠牲者。女たちは、私に、だれもがそうするような、一様の流し目をくれた。いつものように。

あら

ただ、

やだ

私は

どなた?

その

ハンサムさん

眼差しに倦む。

人の子を散らしたように、喚声を上げ続ける集団が場を空けて、その、ミーをバイクの後ろに乗っけていたサングラスの女がそれに違いない、彼女の彼女がそこに微笑む。極端に露出の高いドレスに、書かれた完璧な顔を曝して。女のとなりがミーの席であることは、すでに法律で決まっている。女の眼差しが、私とミーとを交互に前後して、どちらにともなく媚びて色づく。

ミーが、彼らに私たちを何と言って紹介したのかは知らない。ミーの到着だけを待っていたように、ビールは抜かれ、皿の上のラップははがされて、強奪されるようにパーティは始まった。ハンだ、と

Hằng...

言って、フエが私に紹介したミーの恋人は、むしろ、何かの精神疾患か、薬物の影響を感じさせるほどに、開かれきった瞳孔に私を捉えて、ふるえる黒眼はただ、無言に媚を曝す。何も言わない。挨拶さえしない。ドレスに押し込んだ体の輪郭が、彼女の性別をうざったいほどに大声で喚き散らす。二十代の前半。たぶん。この女の姉に違いない。あの女は。

ざわめき声が群れをなして、好き放題に、乾杯の音頭が四方で鳴って、それらのでたらめな連鎖のなかに三十分おくれて、バイクに乗った新郎と新婦たちが到着したときには、すでに席は乱れ始めている。ベトナムの街中に、どこにでも必要以上に濫立するブライダルショップのどれかひとつで、ウェディングドレスの着付けをしていたに違いなかった。透けるレース地の、純白のドレスが必要以上に強調されたその豊満な体をラインごと膨張させて、むしろ、みだらなまでの無様な肥満を感じさせた。

まるで、高額娼婦の熟れの果てかなにかのような。

それは、あの女だった。予想の通りに、そして、妹の祝福を受けるすれ違いざまに、私に、何の色づきもない、会ったこともない人を見るような眼差しをくれたのが、私を一瞬戸惑わせた。

誰かが持ち込んだ、こまのついた巨大なスピーカーから鳴らされだした轟音の、現地のダンスミュージックが空気を割って、あるいはその騒音のただなかに、新郎と新婦は長い長いキスを曝した。やせたひょろながい痩せ身の黒スーツの新郎は、まるで、卑猥な純白の肉の塊に体ごと突っ込んでいるように見える。

彼。

目を、やさしく閉じて、地味な顔立ちを精一杯に気取って。

 

まどろむ。

カフェの奥の、物置のような彼女たちの寝室のベッドの上に横たわったまま。

それほど飲んだわけでもないのに目舞いがして、帰ろうとするのを新郎が引き止め、私を彼らのベッドに横にならせた。

ただただ乱雑に小穢い部屋の開けっ放しの向こうに、パーティの騒音が、次第に人数を間引きさせながら立ち騒ぎつづける。目舞いはやまない。さまざまな混濁した匂いが鼻にふれて、離れない。女の。

女?

女たちの?男と女の。

薫り。

残り香、匂い。生活臭、臭気。腐敗臭、衣服の匂い、その他。

誰が一体住んでいるのか、もはや定かではない男用、女用、あきらかな子供用、各種のサイズ、色、かたち、それらがでたらめに山づみされた、壁の隅の無造作な衣服の山が、いつまでも鼻に馴れない匂いを撒き散らす。

剥げて、漏れて染みた雨水のつけた色彩の鈍い混濁を曝す壁面に、日差しが投げやりにうちつけてその、廃屋のようなたたずまいを容赦なく曝した。約二週間の休暇のあとで、いよいよ日本に渡るのだという、ヴァンという青年が言った。

いつか、二日前か、その前か。あの、《送り出し会社》の生徒が。最後に、個人的に施してやった会話の授業の中で。

私が質問したのは、単純な構文。あなたは、と。

日本と、ベトナムと、どちらに住みたいですか?

比較構文の例題。笑んだ私の顔に、いつでも真っ向から、無意味に微笑を返す悪びれもないヴァンが、素直にベトナムです、と答えた。

どうしてですか?

大袈裟に、おどけた表情を曝して見せた私に声を立てて笑いかけ、留保もなく答える。

ベトナムのほうが、きれいです。から。

笑うしかない。一瞬たりとも外国人の心情さえ考慮に入れない、田舎者じみた愛国の表明。それが当然で、だれもがそう想うに違いない当たり前の常識であるかのように。《有償奴隷たち》なのに、帰ってきた後でもなぜ、日本にふたたび行きたがるのだろう?

なんども、なんども、チャンスをうかがって。

捲き上げられたままの蚊帳が、風にそよぐ。雨の日に、やがてはあの女が私に覆いかぶさるときにも、もっと湿った気配をたたえて、そよぐそれ。名前は知らない。女の。

匂う。

その女が、入り口の向こう、日差しの下の、テントが無理やり作った日陰の中に、正午過ぎの祝福を浴びる。血まみれのミーが、絶望さえさらさら無い、表情の欠けた眼差しを曝した。

問いかけようとする。何を?

声も

ねぇ

でない。

かなしいの?

何を

さびしいの?

見てるの?新婦が新郎の頭を戯れに引っぱたいて見せ、君は。何を?

うれしいの?

見てるの?何を?

どうしたの?

両目が開かれただけの血まみれの顔がつつんだ、その、精神?そのうちに、壊れかけの。

はかなむの?

瀕死の。

あわれむの?

死にかけた。

ふるえるの?

美しいミー、君は、

いとい、のろわしみ

今更

なげいているの?

血に塗れて

おののくの?

君は、嬌声。へたくそなカラオケの轟音が鳴り、ひときわ高い笑い声を立てるのはハンの傍らに立った女装のミー。なにも、言葉を発そうともしない唇をミーは、ただ、力なく開き。

死にゆくミー。

なぜ、今更。想った。

君はふたたび死のうとするの?

まばたき、指先が私の額に触れたことに気付く。ミー。彼女は静かに、案じる眼差しで私を見下ろした。覗き込むように。

額に手を当てて、彼女は私の熱を、なぜか測る。その手のひらが私の体温にじかに触れていた。十六歳よ、と、フエは、彼女に髪をとかさせながら、言った。誰にと言うわけでもなく、そして、私のために英語で。結婚式のために、うちを出る前の、最後の身づくろいに追われながら。

知ってた?

お父さんとお母さんは、もういない。

あなたは

どこに?

知ってた?

天国に。

指先。上を指すフエの指先の向こうに、色彩の無いダットが張り付いたままだった。

ミーは、フエの髪をとかしてやりながら、あなぼこ。昏いそれ、私から微笑む眼差しをそらさない。流す。それは、血を。下に。重力に素直に。もはやそんなもの、彼が感じているはずもないのに。ただの、欠損した出来損ないのあなぼこのくせに。

見開いただけの眼差しが仰向けに横たわったまま、覗き込む彼女の眼差しにふれる。鮮やかな、薄紫のアオヤイが匂いを立てる。どこかで決定的に、他人を排斥しながら色づいた清冽さを香らせる、絹固有の匂い。

瞬き、私は目を閉じていた。閉じられた眼差しの向こうに、遠くフエの声が聞こえていて、離された手のひらは名残らせた彼女の体温の残像だけを、感じさせる。

かすれる衣擦れの音、そして、空気のざわめき。

立ち去った少女。あるいは少年。美しいミー。

やがてすぐに死んで仕舞う、その、彼女。彼らに惨殺されて。

自分の血と体液と汚物に塗れて。

刈り上げられた短髪が、どうしようもない悲惨さを付与するむき出しの美しさ。誰かが私をまたがって、壁際に添い寝した。女。体をよせて、私の腹部に添えられた手のひらが、私をただいつくしむようになぜた。あ。

大丈夫、と。いいのよ。

ね?

そのまま

寝て仕舞っても、

構わない。

から、

手のひらの触感が、そう

ね?

つぶやく。何も心配はないから。

なにも、と。そして視界に、もはやなにも入れたくはなかった。ただ、私はまどろんだ。閉じたまぶたの中にさえ、止め処もない視覚が止め処も無くなにかを見せ付けるのをやめはしないことなど知っていながら。例えば花。

見い出されている花々の美しい色彩。

停滞したブーゲンビリアは音さえ立てない。

鈍い、締め付けられ苦痛に似た疲労が、鼻の付け根、目の奥にほのかに停滞した。フエの妹と母親は、彼女の目の前で死んで仕舞ったのだ、と、その弟は言った。ナムに、英語に通訳してもらいながら、私はそれを聴いたのだった。私たちの結婚式の前日の、家族だけのうちわの小さなパーティで。ナムという陽気な乱入者を含めて。

彼がむかし語る。

酔いつぶれかけた眼差しを、鈍くナムにだけ投げかけて、フエの長身の弟は。

彼が十八歳だった頃、庭先で、やがては土地問題のせいで喧嘩別れして仕舞う前の、いとこが生んだ二人目の幼児をあやしてやるフエ。日曜日。

昼下がり。

その日も暑苦しかったのだろうか?妹を連れて、英語学校へ行く母親が、またがったバイクのクラクションを鳴らして、妹に催促をかける。

きらめかせるのは直射日光。

奥から、歯ブラシを口に刺したまま顔を出した妹に、甲高い罵声を浴びせたのは、その母親と、それに同調したフエ。

早く。

Nhanh

駆け込んだ奥で、うがいをする音が派手に鳴る。

幼児が、転びそうになって、あわてて駆け寄ったフエが抱きかかえた腕のなかに、幼児はもがく。言葉にはならず、吠えるのとも、鳴くのとも違う、あきらかにヒト、その、言葉にいまだふれないままのヒト科ヒトの稚児が立てた嬌声。

白いアオヤイのまま駆け出してきた妹がバイクに飛び乗ったときに、その、赤いヤマハのスクーターが揺れる。

大袈裟な罵り声。時間はまだ、十分にある。それに、遅刻することが当たり前の国なのだった。いつでも、いかなるときも、どんな場所でも、どんな場合でも。ここでは三十分程度の遅刻は倫理だ。

ふかされたエンジンが音を立てて、フエは手を振ってみせる。お互いにいらだった彼女たちは無言のまま振り返らない。そのまま、吸い込まれるように走り出し、主幹道路に曲がろうとしたその瞬間に、逆光のふたりの翳を大型トラックが消し去って仕舞う。

一瞬のうちに。

何事も無かったかのように。バイクごと、轟音さえ立てずに、ただ、短いノイズが遠く聴こえた。

そうなる事が、当たり前の、当然であるかのように。音響そのものが消滅したかのような、ほんの刹那の静寂、その、真空に落ち込んだに違いない寂とした一秒未満、やがて、一気に罵声が立ちかい、騒音、そして怒号、人々が駆けつけていくことが、音響として理解された。

立ったまま、失心していたフエは、ただ、すべてを音響として、それらのすべてにふれていた。容赦もないその現実、それそのものに。涙を拭って、自分の眼差しのすぐ先で起こったことであるかのように語る。

弟、、名前は忘れて仕舞った。彼は。その日、そもそも、その日もいつものように、Trần Thị Ý チャン・ティ・イーのうちに入り浸りっぱなしで、うちにはいなかったと言う彼は。

俺がいれば

フエ。

なんとか、

ミーを立たせてふたたびひざまづき、メイクの修正をほどこしてやるフエ。美しい女たち。装われた女、留保なく、自分たちが女であると言うどうしようもない真実を装って表現しつくす女たち。ミーが、私の体の上にその幼いからだを曝して、腰を使う。それが、夢だということには、すでに気付いていた。

あの時、メイクをもう一度施されなおすミーを見やりながら、不意に鳴った Line の無料通話の、向こうで、困り果てた顔をした美沙子の、老いさらばえた顔が、斜めにさした日差しの、画面を反射させた白濁の中に、

地震よ。

顰め声で言って、すぐさま鼻にだけ笑い声を立てた美沙子の声にはなぜか、軽蔑し、嘲笑うような気配があった。

白い肌が、色彩を失ったままに、私の体は快感をさえ、あるいは、そのそもそもの触覚それ自体をさえ、発動させない。自分勝手に、ミーは腰を降るしかなく、彼女の顔は見えない。

ただ、色彩をなくし、暗い、彼女のそれは、私の眼差しに見つめられることを拒否しながら、関西よ。

美紗子が言った。

こんどは。

笑う。

こっちもいっぱいゆれたよ。となりだからな、すぐ、と、諦めはて、軽蔑しきり、挙句嘲笑し、生まれてきたこと、それ自体を後悔させてやりたい、そんな欲望に突き動かされたはずなど無かった。そんなはずは、と、戸惑いを曝す私を、ミーは考慮しない。

穴を空けたように、開かれきった口が垂れ流すのは、鮮烈な血の色彩、赤。

私は、彼女に壊される、上に乗ったミーに、彼女、私が壊して仕舞った残骸。こっちも、と。

土砂が崩れたばかりよ。もう一度。

台風のせいで。

あのあと、すぐにね。

美紗子。美紗子は水平に、血を流す。

静かに、ものも言わずに。

凄惨なまでの、日本の自然。叩き潰し、なぎ倒し、破壊し、破滅させ、それを繰り返しつづけなけば気がすまい、その。理不尽で、無慈悲で、容赦もなく、絶望的であること事態を、ただ恍惚として曝し続けるかのような。

ただ、過酷でだけあろうとする。

それ。じかに、私の唇に触れたそれが、誰だかは知っていた。色彩の無い、彼。

両目から、血を流す。色彩。

冷酷なほどにその鮮度を誇る、その色彩、それは赤。見事なまでに、ただ、醜悪な彼。

もはやかたちを留めない、たんなる昏さ。

穢らしい、その。

目を背けることさえできずに、私は、朽ちかけの。

腐りかけの。

ボロボロの。

悲惨な

汚穢そのもの。

永遠に穢いもの。

破滅した。

原型さえない。

無慈悲なまでの。

ただ昏いだけのあなぼこで、色彩もないままに、決してその姿を曝しはしない、彼。

止め処も無い両目の血。開かれた口からは、そして、それら、血。その色彩。

私。

それは、色彩を喪失した私にほかなならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2018.09.01.

Seno-Lê Ma

 

2)に続く

 

 

 

 

 

《イ短調のプレリュード》、モーリス・ラヴェル。

Prelude in A mainor, 1913, Joseph-Maurice Ravel

 

 

 

 

 

《雨の中の風景》連作:

 

 

  

…underworldisrainy

http://p.booklog.jp/book/124235/read

 

 

 

 

 

《雨の中の風景》連作:

 

 

 

堕ちる天使

http://p.booklog.jp/book/124278/read

 

 

 

 

 

《雨の中の風景》連作:

 

 

 

scherzo; largo

http://p.booklog.jp/book/124483/read

 

 

 

 

 

《雨の中の風景》連作:

 

 

 

堕ちる天使

http://p.booklog.jp/book/124278/read

 

 

 

 

 

それら花々は恍惚をさえ曝さない

散文

http://p.booklog.jp/book/125077/read 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


奥付


それら花々は恍惚をさえ曝さない


http://p.booklog.jp/book/125047


著者 : Seno Le Ma
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/senolemasaki0923/profile
 
 
 
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