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ジーン編18

 ジーンは、オレに、自分が『シールズ帝国』の奴隷であった事を打ち明けた。ジーンは、旅人風の男装をして、偽の身分証明書を造り、シールズ帝国の門の警備を通ったという。

 そして、ジーンはそこまでしたのに、この東ザータ村でまた、奴隷のように働かされている、と言った。そこまでオレがきいた時に、木からガイが、するすると下りてきたのだった。

 

 ガイは珍しく、静かに言った。

「急に木から下りてきたのはね、――キャメルが心配だからじゃなくて、夢が見つかっただけ。キャメルが無意識に思い描いてんのと、たぶん同じ夢だよ。狂気みたいなものと笑ってくれればいいぜ。狂ってなきゃ、俺は野郎なんかに食べ物はやらん」

 

 ガイが急に上を向いて、ポン、と手をたたいた。
「要するに、俺もキャメルも狂ってると思えばいいじゃん。ディザータ王国の事さえ知らねえな。俺、ジーンの姉ちゃんの話、ずっと気配消して聴いてたけど。ははは! シールズ帝国なんて南にある事くらいしか知らね! ジーンの姉ちゃんはそこの奴隷だったのかー、面白ぇ。――俺はどこか、遠くへ行きたいんだよ。それだけ! それが、夢!」

 

 ガイが両手を勢いよく広げた。バッ、という空気の音がした。
「俺は『海』というものを知らん。いつか行ってみたいと思うんだ。『海』がある事ぐらいは学校で学んだ。でもキャメルと出逢うまでは、行ってみたいだの、そんな事考えてもみなかったぜ。――俺は、この村でなんとなく生きて、死ぬんだ。そういう風にずっと思ってた。行くって言ったって、近くの森だけ。それが普通だと思ってた! でも、今の俺は違う。違うって叫びたいくらいだぜ」

 

 ガイは、短い刃を持ったまま、オレの方へ近づいて来た。異国風の曲刀だ。オレの剣より、いくらか太く、月のような形をしている。
「キャメル、お前はどこか遠くへ、行くんだろう?」

 ガイは、丸い目を開いたまま、言った。

 

 オレは、正直返答に困った。確かにオレはここに長くはいないつもりだった。どこかへ行きたい。そう思っても、どこへ行ったらいいのだろう。どこへ行ったら、自分は満たされる? オレは短い生涯、何をしたいんだ?

 

 もっと現実的な話をすれば、誰と、どんな国へ向かって、――どこで食糧や水は調達するのだろう。この国は比較的安全だが、盗賊などが現れる国もあるそうだ。そういう時は、どうするのだろう。雨が降らない地域もあると書物にはあった。そういう場合、水はどうするのだろう? 自由の中に立ちすくむ、迷子みたいなオレだ。

 

「お前が遠くへ行くのなら」
 ガイは、至近距離でまっすぐオレを見た。丸い両目をいっぱいまで開いているガイの表情は、どこか悲しい。
「俺も行きたい。連れて行ってくれ」
 ガイが言って、オレに、黒くてほとんど見えない手を差し出した。

 森が揺れ踊る音がする、夜の空き地。

 

 ジーンの表情は、よく見えない。ただ、風に黒髪がなびいているのが、わかるだけだ。
「ガイさん」

 ジーンは、呼びかけた。
「何?」

 ガイは、顔のあたりをこすって応えた。

 

 ジーンは、真面目な声色で言った。

「ガイさんは、海へ行きたいんですか? なら先に、知っておかなければいけない事がありますよね。……ディザータの南端のここから一番近くの海は、シールズ帝国の南東にある海です。ザラム湾っていうところです」

 

 オレはピンと来た。『ザラム湾』。あのオレが殺した父の、故郷は『ザラム王国』と聞いた。オレの実の父は、そこから『舟』で来たと言った。

 

「ジーン……」
 ガイは驚いたように、言った。
「あんた、本当に教育受けてないの?」

 

「シールズの奴隷に学校など無いですよ。わたしはこのあたりが比較的治安がいいのと、偶然背が高くて力の強い女に生まれましたので。シールズの海に行った事は無いけれど、シールズを出る前に、男装して旅をした事があるのよ。弱そうな男から衣装を奪ってね。なので、海がある事くらい、経験で知っていますよ」

 

 何も言わずに話をきいていたオレも、これには驚いた。ジーンには、かなり行動力があるようだ。しかも、他の国の事情に、オレに比べたらはるかに詳しい。

 

 ジーンは、黒い目を大地の方へ落として、言葉を続けた。

「ガイさんがそういう夢を持っているなら、仕方がないけれど、わたしが知っている限りの『国』についての面白い情報を教えてあげましょうか。キャメルさんにもどうせ語る予定だったので」

 

「仕方がないけれどって何だよ」
 ガイはまたすねる。

 

「仕方がない、という意味ですよ。ガイさん。あっ、ごめんなさい」
 ジーンは、口を袖で隠して笑った。

 

 強気な表情で、ジーンは言った。さっき泣いたのが、ウソみたいだ。

「個人的に、誰かに聞いてほしかった、っていうのもあるけれどね。――ごめんなさいね、二人とも。夜が明けてきています。あさっての日が暮れた頃、この空き地へ来ていただけないかしら? わがままで、すみません。ここの管理人に見つかると、困ります」
 

 そういえば、ジーンの表情が、オレにも見えるようになってきている。夜明けが、近い。

 

 ジーンは、笑顔を作った。

「それまでは、キャメルさんもガイさんも、ゆっくりお休みくださいね。わたしは徹夜には慣れてるので、心配しないで」
 夜明けの気配がする。オレは上を向いた。星が消えていく。鳥たちが騒ぎ出す。

 

 


この本の内容は以上です。


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