目次
目次
まえがき
新まえがき 2019.12.20
地球の王チュクウ~神統記の巨人ギガース、巨人アグリオス、巨人クリュテイオス、巨人グラティオーン、巨人エウリュトス、巨人ブリアレオース、半人半獣の怪物テュポン、鍛冶の祖トバルカイン
全能神ゼウスの一族~英雄ペルセウス、素戔鳴尊、全能神ゼウス、周、サイス朝、孫子、ソクラテス、臨済宗、リトアニア大公国、明、李氏朝鮮、マイソール王国、ロスチャイルド家、太平天国、サムスン・グループ
宇宙人トバルカイン(チュクウ)の一族①~出羽、十和田、イスラエル王国、ダヴィデ朝、テーベ神官都市、太陽神ラー、太陽神アメン、ユダ王国、晋、趙、朴氏、ペグー王朝、能、伊賀忍者、ソ連国家保安委員会
宇宙人トバルカイン(チュクウ)の一族②~拓跋部、北魏、吐蕃、回鶻汗国、ヴァイキング、ノルマンディー公、キエフ公国、甲賀忍者、ヴィジャヤナガル王国、スフォルツァ家ミラノ公、ソビエト社会主義共和国連邦
宇宙人トバルカイン(ルハンガ)の一族③~サハラ砂漠、ソドムとゴモラ、プント王国、インダス文明、パーンダヴァ族、英雄アルジュナ、燕、ローマ帝国、諸葛孔明、サファヴィー朝、シク教国、バアス党
宇宙人トバルカイン(オロクン)の一族④~桃源郷、仙人、ラテン王国、ヒッタイト帝国、シュメール都市国家ウルク、アーリア人、魯、孔子、東胡、天狗、匈奴、アラン人、西ゴート王国、ブルガリア帝国、大元帝国
宇宙人トバルカイン(クウォス)の一族⑤~海の民、エジプト第25王朝、プトレマイオス朝、ハザール帝国、イエス・キリスト、グルジア王国、ジャン=ジャック・ルソー、フランス革命、ノルディック、ケムトレイル
宇宙人エラドの一族~女神エリウ、ラテン王国、シュメール都市国家ウル、アーリア人、衛、老子、道教、セレウコス朝、カッパドキア王国、橘諸兄、小野妹子、ブルガリア帝国、ブニョロ帝国、ウィルタ族
宇宙人マハラエルの一族~戦闘の女神マッハ、フルリ人、ウラルトゥ王国、イリュリア王国、楼蘭、モラヴィア王国、平将門、平清盛、ムラービト朝、ムワッハド朝、フス派、雑賀衆、ヘーチマン国家、スタジオ・ジブリ
宇宙人スバルの一族~天孫氏、ゼブルン族、シュメール都市国家シッパール、プール族、シバ王国、破壊神シヴァ、楚、鮮卑、ヴァンダル王国、シュリーヴィジャヤ王国、シビル汗国、円谷プロダクション
デウカリオンの一族(マウンド派)~ニューグレンジ、モホス文明、フェニキア人、カルタゴ、天孫族、多氏、秦、呉、前漢、新羅、日本武尊、インカ帝国、ジョージ・モンク、フリーメイソン、オナシス財閥
デウカリオンの一族(ピラミッド派)~ギザのピラミッド、ラムセス3世、曹、テオティワカン宗教都市、越、熊襲武尊、後漢皇帝、魔法使いの神殿、クメール王朝、ムハンマド・アリー朝、チャーリー・チャップリン
ブルガリア皇帝イヴァン・アセン3世の一族~ソロモン1世、エチオピア帝国、クリミア・ハン国、ハルハ部、ケニア共和国、チャック・ベリー、アース・ウィンド&ファイア、ボブ・マーリー、エディ・マーフィー
ブルガリア皇帝イヴァイロの一族~ヴィスコンティ家、メディチ家、クリストファー・コロンブス、ヴァスコ・ダ・ガマ、イエズス会、フランシスコ・ザビエル、トスカーナ大候国、ローマ教皇フランシスコ
ブルガリア皇帝ゲオルギ2世の一族~オスマントルコ帝国、北元、スペイン無敵艦隊、ロシア帝国、サルディーニャ王国、リンカーン大統領、宰相ビスマルク、怪僧ラスプーチン、エルドアン大統領
オスマントルコ皇帝ムラト2世の一族~イヴァン大帝、チューダー朝イングランド王国、宗教革命、エリザベス女王、清教徒革命、第一次サウード王国、第二次サウード王国、サウジアラビア王国
オスマントルコ皇帝メフメト2世の一族~マクシミリアン1世、バイエルン王国、交響曲の父ハイドン、サド侯爵、文豪ゲーテ、楽聖モーツァルト、ヘミングウェイ、三島由紀夫、シド・バレット、トランプ大統領
オスマントルコ皇帝スレイマン1世の一族①~宇佐美定満、蘆名盛氏、柴田勝家、上杉謙信、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、徳川家光、伊達政宗、水戸光圀、乾隆帝
オスマントルコ皇帝スレイマン1世の一族②~蘆名盛氏、高山右近、千利休、黒田官兵衛、有馬晴信、宮本武蔵、天草四郎、鄭成功、ヌルハチ、愛新覚羅家
オスマントルコ皇帝オスマン2世の一族~オリバー・クロムウェル、大英帝国、アメリカ合衆国、エドガー・アラン・ポー、オーソン・ウェルズ、ザ・ビートルズ、モンティ・パイソン、レッド・ツェッペリン
オスマントルコ皇帝アフメト3世の一族~ピヨートル大帝、ナポレオン皇帝、モルモン教、ルーズベルト大統領、ケネディ大統領、ザ・ドアーズ、プーチン大統領、ウィキリークス、Qアノン
オスマントルコ皇帝ムスタファ3世の一族~乾隆帝、マイソール王国、宝暦事件、トンブリー朝タイ王国、詩聖タゴール、マハトマ・ガンディー、ジャワハルラール・ネルー
オスマントルコ皇帝セリム3世の一族~道光帝、曽国藩、胡林翼、李鴻章、西郷隆盛、吉田松陰、西太后、大本教、中江兆民、ジャン・コクトー、ミケランジェロ・アントニオーニ、ジェームズ・ディーン、つげ義春
オスマントルコ皇帝マフムト2世の一族①~曽国藩、東郷平八郎、乃木希典、児玉源太郎、袁世凱、黄金栄、蒋介石、小津安二郎、手塚治虫、ジャン・クロード=カリエル、ヴェルナー・ヘルツォーク
オスマントルコ皇帝マフムト2世の一族②~胡林翼、山口春吉、北一輝、大杉栄、鄧小平、ルイス・ブニュエル、サルトル、池田大作、キューブリック、宮崎駿、セックス・ピストルズ、マイケル・ジャクソン
オスマントルコ皇帝マフムト2世の一族③~李鴻章、勝海舟、福沢諭吉、坂本龍馬、張嘯林、杜月笙、黒澤明、田中角栄、習近平国家主席、マーティン・ルーサー・キングJr、ドゥテルテ大統領、橋本龍太郎
オスマントルコ皇帝アブデュルメジト1世の一族~犬養毅、頭山満、義和団の乱、幸徳秋水、文鮮明、大山倍達、田岡一雄、高畑勲、安孫子素雄、梶原一騎、アントニオ猪木、鳥山明、高田延彦、秋元康
オスマントルコ皇帝メフメト5世の一族~孫文、夏目漱石、張作霖、橋本忍、毛沢東、徳田球一、金日成、小沢一郎、金丸信、藤本弘、赤塚不二夫、ジャッキー・チェン、金正恩委員長
特別篇 宇宙人とぼく
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まえがき

ダヴィデの一族とは?

 

 

表と裏、陰と陽、光と影、善と悪、生と死、サンダとガイラ(?)。ダヴィデの一族とタナトスの一族はかように表裏一体の存在である。チュクウはルハンガと共にクリュテイオスを生んだが、両者とも、クリュテイオスと関係がある。チュクウから生まれたクリュテイオスから、更にタナトスが生まれているのだ。つまり、タナトスにもチュクウの血が流れている。ただ、両者の間には超えることができない巨大な隔たりが横たわっている。王者とできそこないという否定し難い事実である。

 

ダヴィデの一族は地球の王チュクウの子孫であり、帝王として民を正しく導く使命を帯びて生まれてくる。一方、できそこないであり、誰にも好かれないタナトスは、高い知能を悪に用いて強い者を数で圧倒し、ウソをついて真実を覆すことを本能としている死の種族だ。しかし、両者も元を辿れば同じ先祖に行き着くということで、ダヴィデの一族もタナトスの一族も同じような習性を持っている。

彼らは敵の目をごまかすために影武者を用いる。庶子の異母兄弟を投入し、影武者部隊を編み、影武者を駒のように徴用し、いくつもの顔を持ち、いくつもの名前を変えて生きていく。また、敵が多い場合には死んだことにして潜伏するということもする。更に、彼らは、筆者が優性遺伝子ブリーダーと呼ぶ、帝王の一族と死の種族で構成された中立を旨とする秘密結社を使い、多くの庶子を作る。このとき、帝王が女を選ぶのではなく、女が帝王を選んでいる。これにより、帝王は統治という使命に専念することができる。優性遺伝子ブリーダーは、帝王が寝ている間に女を連れ込み、帝王に催眠術をかけて子供を作る。この方法により、帝王ひとりにつき、庶子は数百人は存在することになる。

 

偉大な帝王は、誰でも自分の知らない間にたくさんの子供を儲けているのだが、こうして多くの庶子を作ることが、大規模な影武者部隊を編むことを可能にしている。同時に、このような状況は多くの語られない重要なドラマを生んでいる。この3つのポイントは、ダヴィデの一族とタナトスの一族の共通のポイントである。

 

真の帝王ともいうべき人々は、ひとつの帝王ではなく、同時に複数の帝王を演じ、帝国を統治する。例として、アヤチ。このアヤチはクビライの子と言われているが、筆者の私見では彼は実際にはチンギスの孫であり、モンケの子である。クビライは、モンケが優性遺伝子ブリーダーによってアヤチを儲けたことを知っていた。そのため、アヤチを邪険に扱った。モンゴル帝国を離れたアヤチは、その後、稀代の帝王の片鱗を見せることになる。アヤチはエチオピア帝国、オスマントルコ帝国、モスクワ公国を築き、同時に統治している。

チンギスの孫アヤチは、イムラクであり、オスマン1世であり、イヴァン1世であった。4人でひとりであり、ひとりで4人である。アヤチも上記のように庶子の異母兄弟を投入し、大規模な影武者部隊を作っていた。これにより、離れた帝国を同時に統治することが可能であった。これが真の帝王の姿である。ダヴィデの一族、及び、タナトスの一族の場合、このような例は枚挙に暇がない。読者の方にはこの点を良く頭に入れて置いていただきたい。

 

帝王は、自分の遺伝子を残すことではなく、自分が築いた家、帝国が繁栄することを願う。いい女が選んだ男の子供なら間違いない。優れているのであれば血筋は関係ない。後継者は誰でもよいと考えている。ただ、そのために弊害が起きることも少なくない。例として、クビライが子のアヤチと対立したり、武田信玄が父を追放するというようなことが起きる。もちろん例外もあるが、多くの場合、帝王の親子は実の親子ではないのだ。また、母が異なるということで異母兄弟同士が争うということもままある。

 

筆者はどうして同一人物の帝王を洗い出すことが出来たか?多くの帝王の場合、生年、生没年が合致、或いは近い場合があるのだが、同一人物と考えて良い。筆者はそのようにして多くの帝王の正体を見破ってきた。帝王の正体を見破った瞬間、多くのドラマが頭を駆け巡ることになる。だが、筆者はそれらのドラマをここで描くことはしない。それらのドラマは各自が思い描くことで、古代に想いを馳せる悦びを楽しんでいただきたい。

 

 

 


新まえがき 2019.12.20

新まえがき

 

 

「悪い顔」でタナトスの一族の歴史を精査することで、ダヴィデの一族の歴史も鮮明になった。自分で書いていながら新鮮な驚きの連続であった。

 

筆者を助けてくれている宇宙人の正体がじつはアフガニスタンの奥地に住む謎の多い少数民族カラシュ人だということ(推測だがあながち外れていないと思う)。そして宇宙人は思っていた以上に我々と同じ人間であり、我々と同じような生活をしているということ(経済システムは採用していない)。

つまり、遠い銀河系の彼方から来ていると考えられていた人々は、じつはものすごく身近で、昔から誰でも知っている人々だった。筆者が考えた格言「未知は宇宙の果てに行かなくても案外身近にある」という言葉を地で行くものだ。ただ、彼らは実際に宇宙と地球を自由自在に往来することが出来るし、簡単だから宇宙人と呼んでいるものの、彼ら自身は地球人として地上で暮らしている。

 

宇宙人たちは人類の王としてさまざまな帝国、文明を築いてきた。タナトスの一族は彼らのマネをしているようだ。だが、タナトスの王が常に犯罪者(猟奇殺人鬼、大量殺人機、人喰い、子供殺し、レイピスト、変態同性愛者)でしかないのに対し、宇宙人の王は常に真の英雄であり、詩人であり、芸術家として絵画、文学、音楽を嗜み、ミュージシャンとして俳優としてコメディアンとして人々を喜ばせてきた。

「悪い顔」に携わっている間は筆者の心も暗く荒むのだが、ダヴィデの一族に携わっている間は新鮮な驚きと感動の連続であった。陳腐な感動などではなく、間違いなく崇高な響き、神々しさを含んだ種類の感動である。この感動は決してタナトスには作れないものだ。

タナトスはにべもなく封建主義を嫌う。しかし、封建主義が危険なのはタナトスのような犯罪者が王になった時に限定される。それ以上に民衆は優れた人物に支配されたいという本能を持つ。優れた人物の支配は民衆にとって快楽だ。誰でも好きな人間のために働きたいと思うものだ。現在、人々が苦しんでいるのはバカのために働いているからである。封建主義の否定は真の王の殺害であり、民主主義は犯罪者の悪意の隠蔽でしかない。

 

すべては生没年の符号である(近代では顔が似ているか似ていないかで判断することもあるが)。生没年の符号で全ての謎が解けたといっても過言ではない。以前は恥ずかしくも、名前を知れば歴史の全てが分かると堅く信じていた。が、もちろん、100%の不正解ではない。50%は正解だが、それがすべてではなかったことを知ることが出来た(ただ、名前を知れば歴史の全てが分かると信じていた頃の仕事も役に立ってはいる)。

 

また、以前からオスマントルコ帝国がキングメーカーとしてタナトスの圧制に苦しむ人々を救うべく稀代の英雄を世界中に送り出していたことを知っていたが、オスマントルコ帝国以前にはブルガリア帝国がキングメーカーの役割を果たしていたことを知った。ローマ帝国のように、あまり歴史の表舞台には登場しない地味な印象の国だが、非常に多くの偉大な王を生んでいる。

 

更に、タナトスの一族はカラシュ人が超科学を操る宇宙人の正体だということを知っていたようだ。カラシュ人の村の近辺にはユダヤ人1908の一族が築いたヒヴァ・ハン国やガジャール朝、ユダヤ人1731の一族が簒奪したハザール帝国があったのだ。

タナトスは、我々に「宇宙人はあくまでも遠い宇宙から来ている」と信じて欲しかったのだ。もしも、宇宙人がじつは我々と同じ人間で、同じ地球上に暮らしているということが知れたら・・・?これがタナトスの懸念である。今までのように神頼みするように宇宙人に「助けてください」と祈るのではなく、同じ人類として理解しあい、連合する可能性がある。それを恐れているのだ。

そのことを知った数日後、筆者は自宅から市街地に向かっていたのだが、橋を通りかかった瞬間、大量の鵜が川下から飛んできて頭上を通過していった。100羽はいただろうか。鵜につられたようでシラサギやゴイサギが何羽か混じっていたが、この鵜の大群は宇宙人に操られていたようだ。

最初は「大地震の予兆か?」などと思い、「まあいいや」と先に進み、土手の上を自転車で走っていたところ、先ほどの鵜の大群が筆者の後を追い、筆者を追い抜いた後に、土手の上のサイクリングコースの前方を横切った。大群で横切った。この時に「先へ行くなという宇宙人のメッセージだ」と直感し、先へ進むのを断念した。ということがあったのだ。

宇宙人があれほどの大群を操るのは始めてみたがよほどのことが待ち受けていたのかもしれない。つまり、筆者が宇宙人の正体がカラシュ人だということを知ったことで、本願寺は筆者の殺害を邪教信者に指令していたのかもしれないのだ!

 

宇宙人は生物、無生物、水、火、大気、全ての物質を分子の次元で操ることが出来る。彼らは、よく昆虫、鳥類などの飛ぶことができる生物を操って筆者の前方を横切らせることがある。この場合は「前に進むな。危険だ」という宇宙人の暗号である。夏にはオオスズメバチなどのハチ類、蝶、トンボ、セミ、カナブンなどを。一年を通してすずめ、シラサギ、カラスなどを飛ばし、農薬で汚染された危険な場所や仏教の悪意(集団ストーカーの待ち伏せ)などを警告してくれる。

一度などは、河原を散策していると数千匹の羽虫が前方に立ち塞がったことがある。丸でミクロイドSの虫柱のようだった。これは2014年春頃のできごとで、宇宙人のフェイクプレーンを発見するのは2015年暮れのことだから、宇宙人のメッセージなどとはつゆほども考えなかった頃のことである。

だが、今思えば宇宙人は「前に進むな」というメッセージを虫に託していたのだ。どうしても先へ行かせたくなかった。だからあのような大量の羽虫を発生させたのだ。つまり、河原という場所柄、筆者を農薬で被爆させるべく、筆者が通過すると見込んだ場所に、浄土真宗信者の農民(地元は曹洞宗が多いが)が予め大量の農薬を重点的に撒いていたのだと推測される。

だが、この当時の筆者は本願寺がHAARPを使って生物を操っていたと考えていたので「くそお本願寺め、オレの散歩を邪魔する気か」と憤りを感じ「意地でも突破してやる」と突っ込んだところ、鼻や耳に大量の羽虫が入り往生したため、断念したことがある。

今回の鵜の大群を使ったメッセージもそれと同じである。烏合の衆と良く言われるが、まさに、大量の邪教信者が先で待ち伏せしていたのではないかと推測される。

 

 

 


地球の王チュクウ~神統記の巨人ギガース、巨人アグリオス、巨人クリュテイオス、巨人グラティオーン、巨人エウリュトス、巨人ブリアレオース、半人半獣の怪物テュポン、鍛冶の祖トバルカイン

 

 

・ルハンガ(200万年前)

・チュクウ(200万年前)


※画像はイエティの足跡。幅38センチ、長さ81センチ。オリジナル人類ルハンガは200万年前にビクトリア湖で生まれた。当時のビクトリア湖には、身長50センチのキブウカ、身長100センチのカゾオバ、身長140センチのアブク、身長170センチのクウォス、ムシシ、イマナ、ワルムベ、身長4メートルのルハンガがいた。人類という種の存続をかけて各々が各々の獲物に特化したことが要因となり、50センチから4メートルまで身長差が出た。

ルハンガは体長が6メートルある巨大クロコダイルを素手で狩り、食べていた。彼らの身体は豊かな体毛に覆われていたが、それは猫型の猛獣の牙や爪を無力化するためである。

200万年前「ビクトリア湖の大移動時代」に参加した地球の王ルハンガは、ナイジェリアに入植して「チュクウ」を生んだ。オリジナル人類ルハンガは、インドシナ半島に棲むといわれている獣人オラン・ダラムの姿をしていた。一方、ナイジェリアに住んだチュクウは、身長が4.5mにまで巨大化し、身長が4mを誇るルハンガの巨躯を凌駕した。その姿はヒマラヤに目撃されるイエティと同じだと考えられる。

その巨体と怪力により、チュクウは地球の王としてニジェール流域に君臨した。彼らは主にクロコダイルを素手で狩って食べていたが、時にライオンやゾウ、カバの天敵となった。

彼らの身体能力は凄まじく、跳躍は高さ3mを超え、時速60kmで走り、岩を投げた。何よりも、彼らは素手で猛獣を殴り殺した。地球の王たる所以である。古代アメリカ大陸でサーベルタイガーと素手で戦った彼らは、サーベルタイガーを滅ぼしてしまったほどだ。

その後、ルハンガ、チュクウなどの所謂獣人は他のオリジナル人類と混合することで、稀代の英雄をたくさん生んだ。そして、英雄たちは代々、タナトスを天敵として狩ってきた。

根深誠著「イェティ(山と渓谷社刊)」には、イェティ(チュクウ)に遭遇した目撃者の報告が紹介されている。「イェティはヤクの二本の角を掴んで引き裂くようにしてへし折り、それから腹部をえぐって殺した。イェティは仔ヤクを岩に叩きつけてから、ヤクの腹部に顔を埋めて生き血を飲み始めた」。丸で漫画のようだが、イェティはヤクのような大きな哺乳類を、ハエでも殺すように容易に殺している。彼ら、地球の王である獣人が、通常の人類の想像を超えた身体能力を誇っていることがわかる。尚、ルハンガとチュクウの名は、他のオリジナル人類同様にアフリカに古くから伝わる神々の名である

 

・パンコー族(100万年前)

・チャク族(100万年前)

 

※画像はチッタゴンの森林地帯。獣人がいてもおかしくないロケーションである。200万年前、「チュクウの大移動時代」を実施したルハンガとチュクウは、アフリカを離れて小型のオリジナル人類モリモなどと同様にチッタゴンに入植し、「パンコー族」「チャク族」を生んだ。

パンコーの名の由来はルハンガであり、チャクの名の由来はチュクウである。ルハンガ=ルハンガー=パンコーとなり、チュクウ=チャクウ=チャクとなる。当初、彼らは毛深く、3m~4mの巨体を誇っていた。だが、100万年の間にミャンマー人に吸収され、名前だけがルハンガとチュクウの名残りとなった。オリジナルのパンコー族とチャク族は、身長が最大で4m~4.5mあったはずだ。

 

※画像はタイに住む多毛症の少女である。タイに住んでいるということで、マレーシアの獣人型UMAオラン・ダラムの血が流れている可能性がある。古(いにしえ)のパンコー族の生き残りと考えることも出来る。これは病気ではない。

 

※画像はインドに住む多毛症の姉妹である。インドに住んでいるということで獣人型UMAイエティの血が流れている可能性がある。古(いにしえ)のチャク族の生き残りと考えることも出来る。これは病気ではない。

 

※画像は多毛症の青年。国籍不明。多毛症の専門サイトに掲載されていたのを拝借した。これは永らく謎とされているビッグフットの姿そのものと考えてよいのではないか(身長は普通だが)。多毛症は病気ではなく、身長が4.5m~3mを誇るイェティ、或いはビッグフットの隔世遺伝である。獣人の体毛が濃く、尚且つ長いのは、猫類猛獣の牙や爪を無力化するためである(画像の彼の場合、体毛は薄いが、伸ばせば顔のように濃くなるのではないか。或いは現代人の血が濃いために薄いのかもしれない)。

 

※画像はメキシコに住むヘスス・アセベス氏。顔に毛が生える病気「多毛症」の患者とされている。だが、実際には病気ではなく、オリジナル人類ルハンガやチュクウの隔世遺伝だと考えられる。彼らは、古(いししえ)のチュクウの顔や多毛という特徴を備えた稀有な人々である(体自体は現代人と同じで、身体能力も普通だが)。謎の多いイエティ、ビッグフットもこんな感じの顔をしているものと考えられる。そういう目で見ると興味深い。

 

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・ギューゲース(50万年前)

 

※画像は中国の獣人イエレンの手のミイラである。よく見ていただきたい。イエレンの手には織田信長、豊臣秀吉、徳川家康と同じますかけ線が深く刻まれている(フェイクではありえない)。因みに手相の本を見ると、両手共にますかけ線がある人はめったにいないと書かれている。さすが地球の王だ。

オリジナル人類クウォスがインドを通過した際、獣人ルハンガとチュクウは、アボリジニの顔をしたクウォスと接触、親交を暖めた。お互い、姿かたちが異っていたにも拘らず、クウォスは獣人を同じヒトとして認識し、獣人もクウォスを同じ仲間として認めた。彼らは、お互いを嫌悪し、攻撃することはなかった。彼らは、見かけで判断するのではなく、内面を見抜く鋭い洞察力を備えていた。つまり、非常に知性に溢れていたのだ。
交配も可能であったため、ルハンガとチュクウはクウォスと混合した。この時に「神統記」に記されている巨人「ギューエース(ギューゲース)」が生まれた。ギューエースの名の由来はクウォスであり、別名ギューゲースの名の由来はチュクウとクウォスの組み合わせである。クウオス=ギャオース=ギューエースとなり、チュクウ+クウォス=チュクウォス=ギューゲースとなる。彼らが親交を持った証拠は、彼らが残した名前にある。

 

中国の獣人イエレンの遭遇+目撃例

 

・1974年 第一生産大隊の朱国強は赤毛の大男と接触。発砲するとイエレンは音に驚いて林の中へ逃げた。

・1975年 龍口生産大隊は農民の甘明を保護。甘明はイエレンに捕まったが、必死の思いで逃げてきたと証言。

・1977年 森林保護員の楊万春は幅約2メートルの川を隔ててイエレンと向き合った。イエレンは犬、ロバなどをまねた何種類かの声を発したという。

 

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異なる人類の大混血時代+「神統記」の巨人たちの正体(盤古の時代)

 

・アグリオス(45万年前) チュクウ+ルハンガ+クウォス
・アルキュオネウス(45万年前) オロクン+クウォス
・エウリュトス(45万年前) ウェネ+ヒッポリュトス
・エピアルテース(45万年前) ヒッポリュトス
・エンケラドス(45万年前) カアング+ヒッポリュトス
・グラティオーン(45万年前) アグリオス+ヴィディエ+ウェネ
・クリュティオス(45万年前) アグリオス+ヴィディエ+クウォス
・パッラース(45万年前) ワルムベ+レザ
・ヒッポリュトス(45万年前) ヴィディエ+パッラース+ヴィディエ+クウォス
・ポリュポーテース(45万年前) パッラース+ヴィディエ+クウォス
・ポルピュリオーン(45万年前) パッラース+ヒッポリュトス+ウェネ
・ミマース(45万年前) ムワリ+ムシシ

 

※画像は身長218cmのチェ・ホンマン。「神統記」に登場する上記の巨人たちは、現在では獣人型UMAと呼ばれている。オリジナル人類ルハンガは身長4m、オリジナル人類チュクウは身長4.5mという巨躯を誇るが、現在、ルハンガはマレーシア人にオラン・ダラムと呼ばれ、チュクウはネパール人にイエティと呼ばれている。

45万年前、その巨躯の持ち主と、現代人と変わらない身長の人類が交配し、古代中国に生まれたのがアグリオスからミマースに至る「神統記」の巨人たちである。現在、彼らは中国人にイェレンと呼ばれている。生まれた当時、彼らは盤古(パングア)を称した。パングアの由来はルハンガである。

最大4.5mの巨躯を誇るルハンガとチュクウは、現代人と変わらない身長の人類と交配することで身長が2m~3mにまで縮んだ。その混血とは、ビッグフット(アメリカ)、イエレン(中国)、アルマス(シベリア)、ロシアン・イエティ(ロシア)、ヨーウィ(オーストラリア)のことである。

タイムラインにすれば、イエレン(ギューゲース)は50万年前に生まれ、巨人たちがシベリアにまで生活圏を拡大したことでアルマス、ロシアン・イェティが生まれた。そして、ビッグフットは巨人たちが45万年前にアメリカに渡った時の産物であり、ヨーウィは巨人たちが30万年前にオーストラリアに上陸した時の産物だといえる。

 

シベリアでマンモス狩りを行う(45万年前)※画像は身長230cmのアンドレ・ザ・ジャイアント

 

※「盤古の大移動時代」に参加して中国に移り、更に「獣人の大狩猟時代」に参加してシベリアに移住したチュクウは、シベリアでマンモスなどの巨大哺乳類を狩っていたと考えられる。この時にアルマス、ロシアン・イエティが生まれた。

19世紀中ごろ、ザーナという雌のロシアン・イエティが地元男性数人と交配し、子供も儲けたという。その子どもはちょうど、アンドレ・ザ・ジャイアントのような姿だったかもしれない。ただ、ロシアン・イエティは平均身長が2mほどだというからアンドレ・ザ・ジャイアントの方が勝っている。

 

ソーク族(40万年前)※画像はソーク族(sauk)

 

※「獣人の大狩猟時代」に参加したチュクウは、人類初のアメリカ大陸上陸を果たし、北東部森林地帯(現イリノイ~ニューヨーク近辺)に居を構え、「ソーク族」を称した。ソークの名の由来はチュクウである。チュクウ=シュクウ=ソークとなる。ソーク族の名は、もともとビッグフットの名だったと考えられる。しかし、3mの身長を誇ったソーク族は、現代人と変わらない身長のインディアンと混血していくうちにインディアンに吸収されてしまったと考えられる。

 

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異なる人類の大混血時代(汎人類の一大ムーヴメント)

 

・キュクロプス(30万年前) チュクウ+カリュプソー
・ステロペース(30万年前) イストロス+アルペイオス
・ブロンテース(30万年前) ウラニアー+クリュテイオス
・アルゲース(30万年前) アルキュオネウス


・ヘカトンケイル(30万年前) ベカタン+キャラ+エウリュトス
・コットス(30万年前) ブカット+エウリュトス
・ブリアレオース(30万年前) ポルピュリオーン+アグリオス
・ギューゲース/ギューエース(30万年前) チュクウ+クウォス

 

※画像はヨーウィと似ているとされているビッグフットである。30万年前、アメリカ大陸を離れて古代オーストラリア大陸に上陸した巨人たちは、現在、獣人型UMAとして知られているヨーウィの姿をしていた。ヨーウィの姿をした巨人たちはアボリジニ(オリジナル人類クウォス)と交配することで「神統記」に記されているキュクロプスの部族とヘカトンケイルの部族を生んだ。

 

※画像はタイソンのアップである。デビュー後、連戦連勝だったが、対戦相手はみな、タイソンの顔を怖がっていた節がある。彼の顔は獣人エウリュトスの名残りを残しているのかもしれない。

超古代の日本で、コットスはウラヌスと合体することで事代主神(ことしろぬし)と呼ばれた。コットス+ウラヌス=コットスラヌス=ことしろぬし(事代主)となる。コットスはピグミー族の姿をしたブカット族と巨人エウリュトスの合体部族であるが、彼らは2つの姿を持っていたと考えられる。

1つは平均身長140cmのピグミー族に片寄った170cm~180cmの種族と、身長3mを誇る巨人エウリュトスに片寄った身長180cm~200cmの筋骨隆々の部族である。古代にアフリカに移り住んだ彼らは現在では人類学者からバントゥー族(他称)と呼ばれている。いわゆる黒人のことである。マイク・タイソン、ボブ・サップなどは巨人エウリュトスの面影を残しているのかもしれない。

 

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テュポン(4万年前)※画像は台風だが、台風の由来はテュポンである

 

※「神統記」で半人半獣の巨大怪物と呼ばれたテュポンは、じつは地球の王であるルハンガとチュクウの合体部族である。チュクウ+ルハンガ=チュハン=テュポンとなる。「神統記」に於いては史上最強の怪物と呼ばれた。このテュポンからは宇宙人(科学の種族トバルカイン)が生まれた。

 

トバルカイン(4万年前)※画像は鍛冶の始祖トバルカイン

 

※トバルカインは鍛冶の始祖とされている。じつにUFOの発明者らしい。トバルカインは、半人半獣の巨大怪物テュポンが巨人アルキュオネウスと連合することで生まれた。テュポン+アルキュオネウス=テュポルキュオネ=トバルカインとなる。

トバルカインは4つの種族の合体部族であるため、後に4つの派閥にトバルカインは分離した。チュクウのトバルカイン、ルハンガのトバルカイン、オロクンのトバルカイン、クウォスのトバルカインである。ここに、気仙沼に住んでいたケシャンボ(河童)がルハンガのトバルカインと合体し、トバルカインに仲間入りした。彼らは自身をスバル人と呼んだ。ということで、トバルカインの種族は5つであるが、卓越した科学の力を継承しているのは、チュクウのトバルカインと一部スバル人のみである。

宇宙人の仲間にはトバルカインだけでなく、エラドとマハラエルがいる。トバルカインと同じでエラド、マハラエルも巨人の子孫である。エラドの祖は巨人エウリュトスであり、マハラエルの祖は巨人ブリアレオース(+オリジナル人類マベエ)である。

つまり、宇宙人の種族は、最初は3メートル以上の巨躯を誇った巨人だった可能性がある。しかし、現代人の種族と交配する内、永い年月をかけて現代人と同じ身長になったのだ。ただ、この時の巨人の特徴を持った大きな人間がごくたまに、極地的に生まれることがあるようだ。

「神統記」の巨人(獣人)の子孫である超科学の種族・宇宙人たちは2万年前に既にUFOを発明し、火星にまで行っていた種族である。また、すべての物質を分子の次元で操作し、直接、核分裂も行うことができた。地球の番人であるトバルカインは、タナトスとタナトスの邪教信者を、古代都市ごと核分裂で焼き払ってきた。その名残りが荒涼たるサハラ、カラコルム、ゴビなどの砂漠である。

 

・雷雨の神チャク(4万年前)

・創造主クグマッツ(4万年前)

 

※画像は南米に住んでいたとされているパタゴン人。彼らは、宇宙人チュクウのトバルカインが古代マヤに住んでいた時の子孫と考えられる。近代に入り、パタゴン人が南米にやってきた白人を見ると驚き、「空から来たのか?」と問いかけてきたという。

超科学の種族トバルカインは古代マヤに入植し、「雷雨の神チャク」を称した。更に、巨人ミマースと組んで「創造主クグマッツ」を生んだ。チャクの名の由来はチュクウであり、クグマッツの名の由来は、ギガースとミマースの組み合わせである。チュクウ=チャクウ=チャクとなり、ギガース+ミマース=ギガマース=クグマッツとなる。

 

※画像は背の高いロシア人(?)女性。隣に立つ空色の服を着た女性でさえ180cmほどはありそうだが、そうなるとこの女性は3mくらいの上背がある可能性がある。だが、もしそれが本当なら大ニュースになるはずなので勘違いかもしれない(或いはフェイク画像にひっかかった。或いはニュースなど関係なく存在している)。

ただ、ロシア人は基本的に宇宙人の子孫なので隔世遺伝で先祖である巨人の特徴を持ち、巨大化する可能性もゼロではないと考えられる。また、なぜか不明だがネットを見ているとロシア産と考えられる、非常に大きな女性の画像を見つけることが多い。

 

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UFOと共に現れる獣人グラスマン(画像はグラスマン※フェイクの可能性もあり)

 

・1988年、アトキンスと息子ティムが衝撃的な体験をした。ティムが一人でケンモア森林地帯を訪れた時、突然なにものかに岩を投げつけられたのだ。驚いたティムは家に逃げ帰り、父親に告げた。アトキンスは息子を連れて現場に向かい、辺りの様子を伺った。すると、再び2人めがけて岩が飛んできた。

見ると少し離れたところに全身を毛に覆われた獣人が立っている。体長約2メートル。筋骨隆々で体重は130キロはあろうかという怪物だった。

ところが、2人がこの獣人グラスマンに約30メートル付近にまで接近したところ、その姿が突然消えたのである。この体験以来、アトキンス親子はグラスマンは何らかの霊的な存在だと考えている。学研「未確認動物UMA大全」より

 

※ムー関係の書物に目を通すと、「獣人がUFOと共に現れることがある」と記している。それもそうだろう。宇宙人と獣人は共に「神統記」に登場する巨人たちの子孫で、血を分けた家族なのだから。

 

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ビッグフット遭遇+目撃例(画像はビッグフット)

 

・1924年 ワシントン州セントヘレンズ山近郊にあるエイブキャニオン鉱床採掘権を持つフレッドベック、マリオンスミスら5人は鉱床調査のために峡谷に分け入った際、ビッグフットに遭遇し、これを狙撃した。

その後、5人が寝泊りしていた仮設小屋にビッグフットが投石した。いわば報復ともいうべきこの事件のために5人は仕事をあきらめ、小屋から退去したという。

・1924年 カナダのアルバート・オストマンがブリティッシュコロンビア州トバインレッドに金鉱彫りに出かけた際、就寝中に寝袋ごと運び出され、軟禁された。オストマンを誘拐したビッグフットは4頭いて、家族らしきものを構成しているように見えた。因みにオストマンは数日後、隙を見て逃げ出している。

・1963年 デイタス・ペリーは、ギフォードピンショー国有林の南のサドルから、ひとりのビッグフットがずっと彼のあとをついて来たという。その時は6メートルの距離から相手を見ている。それ以来、パンサー川からケスネル川に至る広い一帯でビッグフットを目撃している。日向ぼっこしているところを見たとか、モノをねだられたとか言っている。

・1975年 メリーランド州ベルエアーにビッグフットが出現。獣人は車を飛び越えて逃亡したが、その際に壊れたヘッドライトからひと塊の体毛が採取された。

・1976年 カリフォルニア州ミルバレーでパトロール中の警官2人が遭遇。ビッグフットは体長2.5メートルで奇声を発して逃亡した。

・1982年 ビッグフットがロサンゼルス市中に出現。住人が騒いだため治水用の排水路に逃げ込んで姿を消したが、あとには強烈な異臭が漂っていたという。

・鳥獣保護の専門家ジム・ヒューキンの言葉「彼は何でも食べます。生きているもの、死んでいるもの、新鮮なもの、腐ったもの。機敏ですばやく強い足を持っています。のろのろしたサスカッチなど見た人はいないでしょう。彼は限界というものを知りません。どんな高い山も登りますし、どんな急流でも泳げます。彼には障害というものがないのです。クーガーのような大型の獣でも彼は走って追いかけ、あるいはこっそり忍んで倒すことができます。彼は鹿のように軽やかに跳躍することができます。ユーモアの精神にあふれています。人間の車や家屋に向かって石を投げても人間そのものに危害を加えません。」

・デイタス・ペリーの言葉「これまでずいぶんサスカッチに声をかけられたり口笛やヨーデルを吹かれたりしたことがあったな。なんだかわからない言葉で怒鳴られたりある時なんか立っているとパッと小突かれたこともある。どうも俺が他の動物に襲われないように見張ってくれてたみたいなんだ。」

・デイタス・ペリーの言葉「いろんなところでビッグフットがナイフや削り道具にしている石に出くわす。私はレイ・ウォレス氏がくれた石を思い出した。ビッグフットが鹿を殺すために投げるものだという石だ」

 

※ジム・ヒューキンとデイタス・ペリーの言葉はロバート・マイケル・パイル著「ビッグフットの謎」から抜粋している。デイタス・ペリー氏は、若い頃にビッグフットが築いた円形の闘技場をサンザシの茂みの中で見つけたという。曰く「女たちが男たちの闘いを見るんだよ」「武器は石から棍棒まで何だってありだよ。」パイル氏がインディアンから聞いた話では、アダムズ山の南面にも別の四角い闘技場があるという。

 

 

 


全能神ゼウスの一族~英雄ペルセウス、素戔鳴尊、全能神ゼウス、周、サイス朝、孫子、ソクラテス、臨済宗、リトアニア大公国、明、李氏朝鮮、マイソール王国、ロスチャイルド家、太平天国、サムスン・グループ

 

異なる人類の大混血時代(一大汎人類ムーヴメント)

 

ツォウ族(30万年前)※画像はツォウ族の男性

 

※「獣人の大移動時代」に参加したソーク族(チュクウ)は古代アメリカ大陸を離れると、モンゴルを経て古代台湾に入植した。ソーク族はツォウ族を生んだ。ツォウの名の由来はソークである。ソーク=ツォウク=ツォウとなる。 


・ペルセーイス(30万年前)

・クリュセーイス(30万年前)

 

※画像はオーストラリアの珊瑚礁である。ツォウ族は巨人ミマース、巨人パッラースと共に、古代オーストラリアにオケアーニス海洋の娘たちに属するペルセーイス(ペルセウス)を生んだ。ペルセーイスの名の由来はパッラース、ツオウ、ムシシ(ミマース)の組み合わせである。パッラース+ツオウ+ムシシ=パッラツオウシ=パラソウシ=ペルセーイスとなる。

更に、ペルセーイスは巨人クリュテイオスと共にオケアーニス海洋の娘たちに属するクリュセーイスを生んだ。クリュセーイスの名の由来はクリュテイオスとペルセーイスの組み合わせである。クリュテイオス+ペルセーイス=クリュセーイスとなる。

 


サイシャット族(7万年前)※画像はサイシャット族の族長

 

※ツォウ族はオリジナル人類ムシシ、ヴィディエと合体して、台湾に「サイシャット族」を生んだ。ツォウ+ムシシ+ヴィディエ=ツォウシシディエ=シオウシッシデ=サイシャットとなる。

サイシャット族は単なる先住民族ではなく、塩椎神、素戔鳴尊、全能神ゼウス、冥界神セト、女神イシス、アダムの子セツなどの神々を生んだ部族である。サイシャット=サイシャツ=塩椎神(しおつち)。サイシャット+ウラニアー=サイシャニアー=素戔鳴尊(すさのおう)。サイシャット=サイシ=ゼウス。サイシャット=シャット=セト。サイシャット=イシャツ=イシス。サイシャット=シャツ=セツとなる。

 


ヘラクレス(7万年前)

 

※ヘラクレスとは、台湾のサイシャット族のことであるが、ヘラクレスの物語は全て、オーストラリア、メラネシア、南シナ海で起きたことである。ヘラクレスの目的は、主に、反自然の種族の成敗であった。

ネメアのライオン、レルネのヒュドラ、ケリュネイアの鹿、エリュマントスの猪、アウゲイアスの家畜小屋掃除、ステュムパリデスの鳥退治、クレタの暴れ牛、ディオメデスの人喰い馬、アマゾネスとの戦闘、ゲリュオンの赤い牛、ヘスペリデスの黄金の林檎、ケルベロスの生け捕りの中でも、特にエリュマントスの猪とディオメデスの人喰い馬はタナトスの一族である。

 

ペルセウス(7万年前)

 

※「第1次アルゴス号の大航海時代」に参加したペルセーイスは、英雄ペルセウスとして、ケルケイース(ゴルゴン)、メーティス(メドゥーサ)の国に取り付いたタナトス一族を皆殺しにした。この時、一部のタナトスはクリュサウル、ペガサスとなって逃亡し、ダナオスの一族はアルゴス号に閉じ込められてオセアニアに連行され、タンナ島に封じ込められた。


・塩椎神(7万年前)

・摂津国(7万年前)

・素戔鳴尊(7万年前)

・筒之男命(7万年前)

 

※画像は素戔鳴尊。サイシャット族は古代日本に摂津という拠点を得た。彼らは塩椎神(しおつち)でもあり、素戔鳴尊でもあり、筒之男命でもあった。要は、3者の正体はサイシャット族だということである。

しおつちの名の由来はサイシャットである。サイシャット=サイシャツ=しおつちとなる。その後、彼らは「摂津」に拠点を得た。摂津の名の由来はサイシャットである。サイシャット=シャツ=摂津となる。高天原と摂津は、塩椎神(サイシャット族)の勢力圏だった。


・ヴァルハラ(7万年前)

・戦士の守護女神ワルキューレ(7万年前)

 

※画像は戦士の守護女神ワルキューレの飛翔。「第2次アルゴス号の大航海時代」に参加したサイシャット族(素戔鳴尊、筒之男命)は、神話通り、葦原中津国に向かった。葦原中津国は2種類あるが、ひとつめは八代湾~天草諸島に跨る地域であり、2つめはアナトリア半島~ナクソス島に跨る地域である。彼らが目指したのは2つめの葦原中津国である。
アルゴス号は、途上の北アメリカにミドガルド王国などを残しつつ、アースガルド(メキシコ)に到達した。大西洋側に出た彼らは、上陸ポイントを「ベラクルス」と命名した。更に、北メキシコに入植したサイシャット族は「ヴァルハラ王国」を築いた。ヴァルハラの名の由来はペルセウスとヘラクレスの組み合わせである。ペルセウス+ヘラクレス=ペルヘラ=ヴァルハラとなる。
現ベラクルスでは「ワルキューレ」が生まれた。ベラクルス、ワルキューレの名の由来は共にヘラクレスである。ヘラクレス=エラクーレス=ワルキューレとなる。

北アメリカにあったミドガルド、北メキシコにあったヴァルハラ、アースガルドの名は北欧神話に出てくるため、北欧に存在したと考える人も多い。しかし、大概の場合、神話の舞台は神話が編まれた土地で起きた事柄ではない。北欧神話の場合も同様である。

北欧神話を伝えた人物はアメリカ大西洋岸を北上し、グリーンランド、アイスランド、アイルランドを経てバルト海に至る航路を採った。つまり、北欧人から見ると北欧神話を伝えた人物は北から来たように見えたのだ。そのため、ミドガルド、ヴァルハラ、アースガルドは北方にあると考えられた。


・オリンポス神族(4万年前)

・全能神ゼウス(4万年前)

 

※画像はゼウスと女神の戯れ。「第2次アルゴス号の大航海時代」に参加したサイシャット族は、メキシコを離れ、第二の葦原中津国(エーゲ海)を目指した。クロノスはケルンを拠点にし、インチキ宗教により、大量の弱者を信者として擁し、ヨーロッパを支配していた。これに対抗するべく、現オリンポス山付近に入植したサイシャット族は「オリンポス神族」を結成した。

オリンポスの名の由来はウラヌスとポセイドンの組み合わせである。ウラヌス+ポセイドン=ウラヌポセ=オリンポスとなる。オリンポス神族には「ゼウス」「ポセイドン」「ハデス」「ヘスティア」「デメテル」「ヘラ」などの神々が属しているが、ヘスティア、デメテル以外はサイシャット族の合体部族から生まれた。

現オリンポス山付近に拠点を構えたサイシャット族は、「ゼウス」を生んだ。ゼウスの名の由来はサイシャットである。サイシャット=サイシャ=ザイシ=ゼウスとなる。


・アトランティス王国(4万年前)

 

※画像はアトランティス王国が存在したと考えられるオーストラリア南部の砂漠地帯。ゼウス以外は「オリンポス神族の大航海時代」に参加し、北アメリカ、マヤ、南アメリカ、南極大陸の発見を経てオーストラリアに入植した。デメテルを生んだアドメテーはエロスと組んで「アトラス」を生んだ。その後、アトラスはタナトスと組んで「アトランティス王国」を築いた。アトランティスの名の由来はアトラス、タナトスの組み合わせである。アトラス+タナトス=アトラナトス=アトランティスとなる。


・スエズ(4万年前)

・ティタノマキア(4万年前)

・ギガントマキア(4万年前)

 

※画像はギガントマキアの図。「アトランティス人の大航海時代」に参加したゼウスは、「アベルの大航海時代」の人々と連合し、エジプトで体制を整えてから古代ヨーロッパに侵攻した。クロノスが掌握していた大量の愚か者たちは、しかし、単なる頭数を上回るゼウスたちの実力に翻弄され、容易に退けられた。

クロノスはヨーロッパからパプアに逃亡し、ダニ族となる。クロノスは「できそこないでも数で圧倒すれば優れた者に勝てる」と信じていたが、この時は、優れた者ができそこないの「数で圧倒する方法」を凌駕したため、敗北を喫した。

 

・スワジ(2万年前)

・オデュッセウス(2万年前)

・テセウス(2万年前)

 

※画像はオデュッセウスとテセウスが生まれたスワジ。オデュッセウスの物語は、実際には「トロイア戦争」ではなく、「最終戦争ラグナロク」の後に、ゼウスが世界中を巡り、諸国のタナトスを成敗して回ったた話だと考えられる。当時のゼウスは、現スワジやキンシャサに住んでいた。オデュッセウスの名の由来は、ヴィディエ、ゼウスの組み合わせである。ヴィディエ+ゼウス=ヴィディゼウス=オデュッセウスとなる。
シベリア・モンゴル(キコネス人、パイエケス人、アルキノオス王、ナウシカ姫)、コンゴ(ロトパゴイ人)、カリブ海(カリュプソー島)、ナイジェリア(キュクロプス)、セネガル(アイオロス)、ナミビア(人喰いライストリュゴン)、黒海(魔女キルケ)、オーストラリア(海の怪物スキュラ)、ヨーロッパ(ヘリオス島)というように、名前を精査すると舞台が見えてくる。
一方、オデュッセウスは「テセウス」とも呼ばれた。テセウスの名の由来はヴィディエ、ゼウスの組み合わせである。ヴィディエ+ゼウス=ディエゼウス=テセウスとなる。アテナイの王子テセウスの物語も、オデュッセウス同様に、数々の王国に取り付いたタナトスの一族を退治して回る話である。ここでは割愛するが、鉄の棍棒男ペリペテス、四つ裂き男シニス、牝猪パイア、蹴落とし男スケイロン、レスリング男ケルキュオン、引き伸ばし男ポリュペモンの名は、みな、反自然の種族に属していることがわかる。


・スーサ(1万3千年前)

・太陽神シャマシュ(1万3千年前)

 

※大地殻変動を機に「ヘリオポリスの大航海時代」に参加したゼウスは、アフリカから古代メソポタミアに入植し、「スーサ」を築いた。スーサの名の由来は素戔鳴尊である。素戔(すさ)=スーサとなる。太陽神シャマシュの由来はゼウスとマスカットの組み合わせである。ゼウス+マスカット=ゼウマス=シャマシュとなる。

 

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真のイスラエル王国の時代(宇宙人の古代台湾統治時代)

 

・ルカイ族(クウォスのトバルカイン)

・ツォウ族(ゼウスの一族)

・サイシャット族(ゼウスの一族)

・タオ族(エラド)

・セデック族(マハラエル)

・クーロン族(チュクウのトバルカイン+ルハンガのトバルカイン)

・タオカス族(エラド+クウォスのトバルカイン)

・パゼッヘ族(ルハンガ+スバル人)

・アリクン族(オロクンのトバルカイン)

・ロア族(マハラエル)

・シラヤ族(スバル人+ルハンガのトバルカイン)

 

※画像は台湾の絶景。真のイスラエル王国とは、葦原中津国(天草諸島~八代湾)と高天原(台湾)による連邦国家だった。古代台湾はもともとオリジナル人類ニャメ(アミ族)の領土であり、日本神話で見られる天津神の故郷でもある。

BC35世紀頃、上記の宇宙人(超科学の種族)たちが集合し、最初の人類エスが築いた葦原中津国と連合してイスラエル(台湾、沖縄諸島、九州)を統治していた。

 

・神農(BC35世紀頃)

・女真(BC35世紀頃)

・朝鮮(BC35世紀頃)

 

※画像は神農である。イスラエル時代、ゼウスの一族は朝鮮半島、満州に領土を得た。朝鮮(チョソン)、満州の民族女真族(ジュシャン)の由来はシュシャン(スーサ)である。ゼウスの一族はオロクンのトバルカインと組んで神農(シェノン)も生んだ。神農(シェノン)の由来はゼウスとアルキュオネウス(オロクンのトバルカイン)の組み合わせである。

 

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・スイス(BC32世紀)※画像はスイス

 

※「ソドムとゴモラ」が起きるとスーサにいたゼウスはメソポタミアを離れて、西方に向かった。イベリア半島を北上し、ライン流域を遡り、彼らはアルプス山脈のふもとにまで及んだ。彼らは当地を「スイス」と命名した。スイスの名の由来はゼウスである。ゼウス=ゼイス=スイスとなる。

 

古代スイスの王(エラム王国の歴代王)

 

・ペリ 在位BC2500頃

・イグリシュ・ハラム 在位BC2460頃

・イルカブ・ダム 在位BC2450頃

・アル・エンヌム 在位BC2420頃

 

・ルフ・イシュシャン 在位BC2350頃

 

・クティク・インシュシナク 在位BC2240頃

 

・ギル・ナンメ 在位BC2030頃

・エンピ・ルッハン 在位BC2010頃

 

・エパルティ3世 在位BC1850頃

・アッタフス 在位BC1830頃

・シルクドゥフ 在位BC1792頃

・シムトゥ・ワラタシュ 在位BC1772~1770

 

・シウェ・パラル・フッパク 在位BC1770~BC1745

・クドゥズルシュ1世 在位BC1745~BC1730

・クティル・ナフンテ1世 在位BC1730~BC1700

・リラ・イル・タシュ 在位BC1700~BC1698

・テムティ・アグン1世 在位BC1698~BC1690

・タン・ウリ 在位BC1690~BC1655

・テムティ・ハルキ 在位BC1655~BC1650

・クク・ナシュル2世 在位BC1650~BC1635

・クティル・シルハハ1世 在位BC1635~BC1625

・テムティ・ラプタシュ 在位BC1625~BC1605

・クドゥズルシュ2世 在位BC1605~BC1600

・タタ 在位BC1600~BC1580

・アッタ・メッラ・ハルキ 在位BC1580~BC1570

・パラ・イシュシャン 在位BC1570~BC1545

・クク・キルワシュ 在位BC1545~BC1520

・クク・ナフンテ 在位BC1520~BC1505

・クティル・ナフンテ2世 在位BC1505~?

 

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海の民

 

・アカイワシャ人(BC13世紀) チュクウ+ウェシュシュ
・ウェシュシュ人(BC13世紀) クウォス+シュシャン
・シェクレシュ人(BC13世紀) チュクウ+ルハンガ+クウォス
・チェケル人(BC13世紀) チュクウ+ルハンガ
・トゥルシア人(BC13世紀) チュクウ+ルハンガ+シュシャン
・ルカ人(BC13世紀) アルキュオネウス

 

※画像は海の民のレリーフ。タナトスの一族に属する海の民(デニエン人、シェルデン人)以外の6種の海の民はトバルカインとゼウスの一族で構成されていた。海の民は、「クウォスのトバルカイン」に掲載されているルカイ族の男のような顔をしていたと考えられる。オロクンのトバルカインはルカ人と呼ばれた。

 

・女神イシス(BC13世紀)

・エフェソス(BC13世紀)

 

※画像はエフェソス遺跡。ウェシュシュの名の由来はスイスとシュシャンの組み合わせである。スイス+シュシャン=ウイスシャン=ウェシュシュとなる。ウェシュシュ人は、トゥルシア人、チェケル人、ルカ人らと共にラムセス3世に加勢し、海の民(デニエン人・シェルデン人)を退けた。

その後、ウェシュシュ人は古代エジプトに入植して「女神イシス」を祀った。イシスの名の由来はウェシュシュである。ウェシュシュ=エスス=イシスとなる。また、彼らは古代アナトリアにも入植し、「エフェソス」を築いた。エフェソスの名の由来はウェシュシュである。ウェシュシュ=ウエシュシュ=エヘスス=エフェソスとなる。

 

海の民ウェシュシュ人とエフェソスの王(エラム王国の歴代王)

 

・キディヌ

・インシュシナク・スンキル・ナッピピル

・タン・ルフラテル2世

・シャッラ

・テプティ・アハル

 

・イゲ・ハルキ

・パヒル・イシュシャン

・アッタル・キッタフ

・フンマン・ニメナ

・ウンタシュ・ナピリシャ

・ウンパタル・ナプリシャ

・キディン・フトゥラン1世

・キディン・フトゥラン2世

・ナピリシャ・ウンタシュ

・キディン・フトゥラン3世

 

・ハッルトゥシュ・インシュシナク

・シュトルク・ナフンテ1世 在位BC1184~BC1155

・クティル・ナフンテ3世

・シルハク・インシュシナク

・フテルトゥシュ・インシュシナク

・シルハナ・ハムル・ラガマル

 

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Shutruk-Nahhunte II(BC11世紀半ば) エラム王 在位不明※画像なし

文王(?~BC1056) 周朝始祖 在位BC1152~BC1056

 

※「マハーバーラタ戦争」を機に、エラム人の王族は東アジアに向かった。彼らは古代中国に上陸すると、殷に寄生していた人身御供の種族(サトゥルヌスの一族)を皆殺しにした。その後、ウェシュシュ人は「周」を開いた。周(チョウ)の名の由来はツオウである。ツオウ=チオウ=周(チョウ)となる。

 

Shutur-Nahhunte I(BC11世紀半ば) エラム王 在位不明

武王(?~BC1043) 西周初代王 在位BC1046~BC1043

スサノオ(生没年不詳)

 

※アッシリア王はアッシリアや中央アジアでヤマタノオロチ(ティアマトの蛇)を祀り、人身御供を開催していた。優れた人間を公的に殺害し、性奴隷、或いは人肉を供給するためである。彼らはスサノオ(スーサの王?)に退治されるが、スーサの王とはダヴィデの一族であり、エラム王+周の武王のことを指している可能性がある。スサノオが倒したヤマタノオロチとは殷の王+アッシリア王のことだった。

 

・成王 西周第2代王 在位BC1042~BC1021

・康王 西周第3代王 在位BC1020~BC996

 

昭王(?~BC977) 西周第4代王 在位BC995~BC977

ニムロト(生没年不詳) シェションク1世父

 

※南征して行方不明になった昭王は、故地帰還を思い立った。つまり、中国人の顔をした昭王の軍団はシルクロードを経てエジプトにまで足を伸ばした。ひとまず、リビアに根を下ろして警察としての地位を得てリビア人を指揮下に置いていた昭王の軍団は、22年後のBC945年にリビア人王朝を古代エジプトに打ち建てている。

 

穆王(?~BC922) 西周第5代王 在位BC976~BC922

シェションク1世(?~BC922) リビア朝初代ファラオ 在位BC945~BC922

 

・共王 西周第6代王 在位BC992~BC900

・懿王 西周第7代王 在位BC899~BC892

 

孝王(?~BC886) 西周第8代王 在位BC891~BC886

オソルコン1世(?~BC887) リビア朝第2代ファラオ 在位BC922~BC887

シェションク2世(?~BC885) リビア朝第3代ファラオ 在位BC887~BC885

 

夷王(?~BC878) 西周第9代王 在位BC885~BC878

タケロト1世(?~BC872) リビア朝第4代ファラオ 在位BC885~BC872

 

レイ王(?~BC841) 西周第10代王 在位BC877~BC841

オソルコン2世(?~BC837) リビア朝第5代ファラオ 在位BC872~BC837

 

宣王(?~BC782) 西周第11代王 在位BC828~BC782

シェションク4世(?~BC785) リビア朝第7代ファラオ 在位BC798~BC785

 

幽王(?~BC771) 西周第12代王 在位BC781~BC771

パミ(?~BC778) リビア朝第8代ファラオ 在位785~778

 

携王(?~BC750) 西周第13代王 在位BC770~BC750

イニ(?~BC750) エジプト第23王朝第9代ファラオ 在位BC755~BC750

 

平王(?~BC720) 東周初代王 在位BC771~BC720

オソルコン4世(?~BC716) リビア朝第11代ファラオ 在位BC730~BC716

テフナクト(?~BC720) エジプト第24王朝初代ファラオ 在位BC727~BC720

 

・桓王 東周第2代王 在位BC719~BC697

・荘王 東周第3代王 在位BC696~BC682

・釐王 東周第4代王 在位BC681~BC677

・恵王 東周第5代王 在位BC676~BC675、BC673~BC652

 

襄王(?~BC619) 東周第6代王 在位BC651~BC619
プサムテク1世(?~BC610) サイス朝初代ファラオ 在位BC664~BC610

 

・頃王 東周第7代王 在位BC619~BC613

・匡王 東周第8代王 在位BC613~BC607

 

定王(?~BC586) 東周第9代王 在位BC697~BC586※画像なし

プサムテク2世(?~BC589) サイス朝第3代ファラオ 在位BC595~BC589※画像なし

ソロン(BC639~BC559) 政治家

 

簡王(?~BC572) 東周第10代王 在位BC586~BC572

ウアフイブラー(?~BC570) サイス朝第4代ファラオ 在位BC589~BC570

 

イアフメス2世(?~BC526) サイス朝第5代ファラオ 在位B570~BC526

霊王(?~BC545) 東周第11代王 在位BC571~BC545

景王(?~BC520) 東周第12代王 在位BC545~BC520

 

プサムテク3世(?~BC525) サイス朝第6代ファラオ 在位BC526~BC525※画像なし

悼王(?~BC520) 東周第13代王 在位BC520※画像なし

ピタゴラス(BC582~BC496) 宗教結社ピタゴラス教団教祖

 

敬王(?~BC476) 東周第14代王 在位BC520~BC476

孫武(BC535~BC?) 兵法家

 

・元王 東周第15代王 在位BC476~BC469

・貞定王 東周第16代王 在位BC468~BC441

・哀王 東周第17代王 在位BC441

・思王 東周第18代王 在位BC441

・考王 東周第19代王 在位BC440~BC426

 

威烈王(?~BC402) 東周第20代王 在位BC425~BC402※画像なし

アミルタイオス(?~BC399) エジプト第28王朝初代ファラオ 在位BC404~BC399※画像なし

ソクラテス(BC469~BC399) 哲学者

西門豹(生没年不詳) 政治家・武人※画像なし

 

※西門豹は、河伯の人身御供の儀式をインチキとし、教団関係者を問答無用で皆殺しにした。ただ、河伯は仲間を官僚として魏の国の中枢に送り込んでいた。そのため、彼らは魏の王を操り、西門豹を左遷させた挙句、正義漢の彼に民に圧政を敷くことを強要した。これに嫌気が差した西門豹は、自から官職を辞退

 

安王(?~BC376) 東周第21代王 在位BC401~BC376※画像なし

ハコル(?~BC380) エジプト第29王朝第2代ファラオ 在位BC393~BC380※画像なし

ヒポクラテス(BC460~BC370) 医学者

 

烈王(?~BC369) 東周第22代王 在位BC375~BC369

ネクタネボ1世(?~BC362) エジプト第30王朝初代ファラオ 在位BC380~BC362

マルクス・フリウス・カミッルス(BC446~BC365) ローマ将軍

 

ネクタネボ2世(?~BC343) エジプト第30王朝第3代ファラオ 在位BC360~BC343※画像なし

プラトン(BC427~BC347) 哲学者

 

ダレイオス3世(BC380~BC330) 第10代ペルシア皇帝+エジプト第31王朝初代ファラオ※画像なし

アリストテレス(BC384~BC322) アレクサンドロスの教師

カウティリヤ(BC350~BC283) 「実利論」著者

アンティゴノス1世(BC382~BC301) アンティゴノス朝初代マケドニア王 在位BC306~BC301

 

顕王(?~BC321) 東周第23代王 在位BC368~BC321※画像なし

アレクサンドロス3世(BC356~BC323) アルゲアス朝第26代マケドニア王 在位BC336~BC323

セレウコス1世(BC358~BC281) セレウコス朝初代王 在位BC305~BC281※画像なし

チャンドラグプタ(?~?) マウリヤ朝初代マガダ王 在位BC317~BC298※画像なし

 

※アレクサンドロス代王は33歳で死んだことにし、チャンドラグプタに変身してマウリヤ朝を開いた。チャンドラグプタのチャンドラの由来はアレクサンドルである。つまり、アレクサンドル代王は58歳まで生きた。アレクサンドル大王の教師アリストテレスはカウティリヤに変身してチャンドラグプタを援助した。

 

慎ケン王(?~BC315) 東周第24代王 在位BC320~BC315

ピリッポス3世(?~BC317) アルゲアス朝第27代マケドニア王 在位BC323~BC317

 

赧王(?~BC256) 東周第25代王 在位BC314~BC256

アンティオコス1世ソテル(?~BC261) セレウコス朝第2代王 在位BC281~BC261

 

・アンティオコス2世テオス セレウコス朝第3代王 在位BC261~BC246

・セレウコス2世カリニコス セレウコス朝第4代王 在位BC246~BC226

・セレウコス3世ケラウノス セレウコス朝第5代王 在位BC226~BC223

 

・アンティオコス8世グリュポス セレウコス朝第16代王 在位BC125~BC96

・セレウコス6世エピファネス・ニカトル セレウコス朝第17代王 在位BC96~BC95

 

アンティオコス10世エウセベス(?~BC83) セレウコス朝第18代王 在位BC95~BC83※画像なし

ガイウス・マリウス(BC157~BC86) 共和政ローマ末期軍人・政治家

 

ティグラネス1世(?~BC69) セレウコス朝第19代王 在位BC83~BC69※画像なし

シナトルケス(?~BC70) アルサケス朝第11代パルティア王 在位BC76~BC70※画像なし

ガイウス・マリウス(BC110~BC82) ローマ軍人※画像なし

マルクス・リキニウス・クラッスス(BC115~BC53) 第一回三頭政治

グナエウス・ポンペイウス・ストラボ(?~BC87) ローマ将軍※画像なし

マルクス・アントニウス・クレティクス(BC115~BC72) ローマ執政官BC99※画像なし

 

アンティオコス13世アジアティクス(?~BC63) セレウコス朝第20代王 在位BC69~BC63

プラアテス3世(?~BC57) アルサケス朝第12代パルティア王 在位BC70~BC57※画像なし

 

ミトラダテス3世(?~BC55) アルサケス朝第13代パルティア王 在位BC58~BC55

グナエウス・ポンペイウス(BC106~BC48) 第一回三頭政治

 

フラーテス4世(?~BC2) アルサケス朝第15代パルティア王 在位BC38~BC2

マルクス・アエミリウス・レピドゥス(BC90~BC13) 第二回三頭政治

 

オロデス2世(?~BC37) アルサケス朝第14代パルティア王 在位BC57~BC37

マルクス・アントニウス(BC83~BC30) 第二回三頭政治

 

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アルタヴァスデス(?~BC229) アルサケス朝第30代パルティア王 在位227~229

仇首王(?~BC234) 第6代百済王 在位214~234

 

比流王(?~344) 第11代百済王 在位304~344

コンスタンティヌス1世(?~337) コンスタンティヌス朝初代ビザンツ皇帝 在位324~337

 

・コンスタンティウス2世(317~361) コンスタンティヌス朝第2代ビザンツ皇帝 在位337~361

・ユリアヌス(332~363) コンスタンティヌス朝第3代ビザンツ皇帝 在位360~363

・ヨウィアヌス(331~364) コンスタンティヌス朝第4代ビザンツ皇帝 在位363~364

 

※コンスタンティヌス朝以後、ウォレンティアヌス朝1代、テオドシウス朝4代、レオ朝5代、ユスティアヌス朝6代、ヘラクレイオス朝11代の王が続く。

 

コンスタンティノス5世(718~775) イサウリア朝第2代ビザンツ皇帝 在位741~775

秦河勝(718?~?) 武人

 

※コンスタンティノス5世は秦河勝に変身し、常世の神の神官を皆殺しにした。常世の神は藤原不比等の子らが運営していた。藤原武智麻呂、藤原房前、藤原宇合、藤原麻呂の没年が符号しているが、それが証拠である(公式には天然痘で死んだとされているがウソだ)。

 

・レオーン4世(750~780) イサウリア朝第3代ビザンツ皇帝 在位775~780

・コンスタンティノス6世(771~797) イサウリア朝第4代ビザンツ皇帝 在位780~797

・エイレーネー(752~803) イサウリア朝第5代ビザンツ皇帝 在位797~802

・ニケフォロス1世(760~811) イサウリア朝第6代ビザンツ皇帝 在位802~811

・スタウラキオス(?~812) イサウリア朝第7代ビザンツ皇帝 在位811~812

・ミカエル1世ランガベー(?~844) イサウリア朝第8代ビザンツ皇帝 在位812~844

・レオーン5世(?~820) イサウリア朝第9代ビザンツ皇帝 在位813~820

 

・ミカエル2世(770~829) アモリア朝初代ビザンツ皇帝 在位820~829

・テオフィロス(813~842) アモリア朝第2代ビザンツ皇帝 在位829~842

・ミカエル3世(840~867) アモリア朝第3代ビザンツ皇帝 在位842~867

 

※アモリア朝以後はマケドニア朝18代、ドゥーカス朝5代の王が続く。

 

・アレクシオス1世コムネノス(1048~1118) コムネノス朝初代ビザンツ皇帝 在位1081~1118

・ヨハネス2世コムネノス(1987~1143) コムネノス朝第2代ビザンツ皇帝 在位1118~1143

・マヌエル1世コムネノス(1118~1180) コムネノス朝第3代ビザンツ皇帝 在位1143~1180

・アレクシオス2世コムネノス(1169~1183) コムネノス朝第4代ビザンツ皇帝 在位1180~1183

 

アンドロニコス1世コムネノ(1123~1185) コムネノス朝第5代ビザンツ皇帝 在位1183~85※画像なし

ヘンリー2世(1133~1189) プランタジネット朝初代イングランド王 在位1154~1189

 

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イサキオス2世アンゲロス(1156~1204) アンゲロス朝初代ビザンツ皇帝 在位1185~1195

ベーラ3世(1148~1196) アールパード朝第14代ハンガリー王 在位1172~1196

ペタル4世(?~1190) アセン朝初代ブルガリア王 在位1185~86、1187~90

イヴァン・アセン1世(?~1196) アセン朝第2代ブルガリア王 在位1187~90、1196

イヴァンコ(?~1196) アセン朝第3代ブルガリア王 在位1196

 

アレクシオス4世アンゲロス(1182~1204) アンゲロス朝第3代ビザンツ皇帝 在位1203~04※画像なし

カロヤン(?~1207) アセン朝第4代ブルガリア王 在位1197~1207※画像なし

イムレ1世(1174~1204) アールパード朝第15代ハンガリー王 在位1196~1204※画像なし

サワ(1174~1236) セルビア大主教※画像なし
テオドロス1世(1175~1222) ラスカリス朝初代ビザンツ皇帝 在位1205~1222

 

ボリル(?~1218) アセン朝第5代ブルガリア王 在位1207~1218※画像なし

栄西(1141~1215) 臨済宗開祖

 

※栄西の本名は賀陽氏だが、賀陽(がよう)の由来は香夜(かや)である。以下のアセン朝ブルガリア王は軒並み臨済宗の僧侶となった。臨済宗は基本的に宇宙人の一族が設けた善の宗教であるため、頻繁にタナトスの王が経営する東西本願寺、浄土真宗に攻撃されている。

 

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ジョン(1167~1216) プランタジネット朝第3代イングランド王 在位1199~1216

島津忠久(?~1227) 島津家初代当主

 

※ジョン欠地王がイングランドを離れて遠く日本に移住した。彼らの一族は島津を名乗った。島津の由来はスミスである。

 

・島津忠時(1202~1272) 島津家第2代当主

・島津久経(1225~1284) 島津家第3代当主

 

※島津忠時が薩摩守護となり、島津久経が始めて薩摩に入国する。この時に「ばってん」「おいどん」などの方言が生まれた。ばってんは英語「but」、おいどんは英語「I done it」が訛って生まれた。島津氏は正義の心が強く、邪教浄土真宗を弾圧した。

 

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イヴァン・アセン2世(?~1241) アセン朝第6代ブルガリア王 在位1218~1241※画像なし

退耕行勇(1163~1241) 臨済宗僧侶※画像なし

 

カリマン1世(?~1246) アセン朝第7代ブルガリア王 在位1241~1246※画像なし

釈円栄朝(1165~1247) 臨済宗僧侶※画像なし

ヴワディスワフ3世(1165~1231) ピャスト朝ポーランド王国第16代ポーランド公 在位1202~1206

 

カリマン2世(?~1257) アセン朝第9代ブルガリア王 在位1256~1257※画像なし

テオドロス2世ラスカリス(1221~1258) ラスカリス朝第3代ビザンツ皇帝 在位1254~58※画像なし

アレクサンドル・ネフスキー(1220~1263) リューリク朝第48代キエフ大公 在位1249~1263

 

コンスタンティン・ティフ(?~1277) アセン朝第10代ブルガリア王 在位1257~1277※画像なし

蔵叟朗誉(1194~1277) 臨済宗僧侶※画像なし

シュヴァルナス(?~1270) リトアニア大公国初代大公

ヘンリー3世(1207~1272) プランタジネット朝第4代イングランド王 在位1216~1272

 

※ヘンリー2世の後にリチャード1世(クリュニー大主教アイマールの一族)がイングランド王になり、ヘンリー3世の後、エドワード1世、エドワード2世(如信の一族)、エドワード3世(本願寺門主覚如の一族)とタナトスの王が続くことになる。特に、エドワード3世が事実上の兄であるヴァロワ朝初代フランス王フィリップ6世と「百年戦争」を始めたため、フランスとイングランドが不幸になっていく。

 

イヴァイロ(?~1279) アセン朝第11代ブルガリア王 在位1277~1279

円爾(1202~1280) 臨済宗僧侶

 

イヴァン・アセン3世(?~1280) アセン朝第12代ブルガリア王 在位1279~1280※画像なし

イクノ・アムラク(?~1285) エチオピア帝国ソロモン朝初代皇帝 在位1270~1285


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リトアニア大公国初代大公シュヴァルナスの孫

 

アルギルダス(1296〜1377) リトアニア大公国大公


中世リトアニアの君主。アルギルダスは1345年から1377年にかけてリトアニア人とルーシ人の君主とリトアニア大公国を統治した。西方の国境を守る弟のケーストゥティスの支持の許でアルギルダスはバルト海から黒海、モスクワまで50マイルにも及ぶ広大な領域を築いた。 wikiより


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リトアニア大公国初代大公アルギルダスの子

 


アンドリュス・アルギルダティス(1325〜1399)※画像なし
朱元璋(1328〜1398) 明初代皇帝 在位1368~1398

島津氏久(1328~1387) 島津家第6代当主※画像なし


※ヨーロッパに生まれた朱元璋の正体はリトアニア大公アルグルダスの子アンドリュス・アルギルダティスである。アンドリュス・アルギルダティスは朱元璋を称し、明を建国した。

 


コンスタンティナス・アルギルダティス(1335〜1388)※画像なし
李成桂(1335〜1408) 李氏朝鮮初代王 在位1393~1398


※ヨーロッパに生まれた李成桂の正体はリトアニア大公アルグルダスの子コンスタンティナス・アルギルダティスである。李成桂は李氏朝鮮を建国した。

 

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明皇帝朱元璋の子


朱椿(1371〜1423)
太宗李芳遠(1367〜1422) 李氏朝鮮第3代国王 在位1401~1418
ヤドゥ・ラーヤ(1371〜1423) マイソール王国初代王 在位1399〜1423

島津久豊(1375~1425) 島津家第8代当主


※太宗李芳遠は朝鮮半島からインドに赴き、マイソール王国を築いている。オデヤ(ウォディヤール)家の名の由来は朝鮮語「オディヤ?(どこだ?)」であり、マイソールの由来は「ムイ、ソウル(ソウルじゃない)」である。

 

イ・ジョン(1407~1453) 太宗の子※画像なし

足利義量(1407~1425) 室町幕府第5代征夷大将軍

島津忠国(1403~1470) 島津家第9代当主※画像なし

 

※ダヴィデの一族の王朝である明の皇帝は、朝鮮や日本にも進出することを狙っていた。朱元璋の子朱椿は李氏朝鮮では太宗に変身し、朝鮮半島を治めた。その後、太宗の子イ・ジョンが日本に進出し、足利義量として征夷大将軍に即位した。しかし、異分子の侵入を察知した善如の一族は義量を亡き者にしようと画策し、これに気付いた義量は18歳で死んだことにしていち早く日本を脱出し、李氏朝鮮に帰還した。彼は46歳まで生きた。

 

足利義輝(1536~1565) 室町幕府第13代征夷大将軍

隆慶帝(1537~1572) 明第13代皇帝

 

※明第12代皇帝嘉靖帝は工作員として日本に潜入し、足利義晴の子として義輝を生んだ。しかし、義輝は弟である義栄に正体を知られたため、執拗なまでに狙われ続けた。1565年、義輝は三好三人衆に殺害されたことにして父の故地中国に渡り、1567年に隆慶帝に即位した。彼はなぜそんなにすぐに明の皇帝になれたのか?それは、義輝(隆慶帝)が嘉靖帝(ダヴィデの一族)の子だったからだ。

 

足利義昭(1537~1597) 室町幕府第15代征夷大将軍

 

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足利義輝(隆慶帝)の子

 

足利輝若丸(1562)※画像なし

万暦帝(1563~1620) 明第14代皇帝

徐光啓(1562~1633)

高攀龍(1562~1626) 東林七賢

繆昌期(1562~1626) 東林七賢※画像なし

 

※足利義輝の子輝若丸は早世したことにし、潜伏して育ち、中国に潜入して万暦帝(ダヴィデの一族)として明皇帝に即位した。また、足利義輝の一族は、足利義栄(本願寺門主善如の一族)が作った「東林党」を簒奪した。しかし、そのために足利義栄が化けた魏忠賢によって東林党は手ひどく弾圧された。

 

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足利義昭の子

 

足利義尋(1572~1605)※画像なし

楊漣(1572~1625) 東林六君子

袁化中(1572~1625) 東林六君子※画像なし

周起元(1571~1626) 東林七賢※画像なし

 

永山義在(1575~1635) 義尋弟※画像なし

左光斗(1575~1625) 東林六君子

魏大中(1575~1625) 東林六君子

島津忠恒(1576~1638) 薩摩藩初代藩主※画像なし

 

泰昌帝(1582~1620) 明第15代皇帝

定遠君1580~1620 仁祖父※画像なし

周朝瑞(1580~1625) 東林六君子※画像なし

周宗建(1582~1625) 東林七賢

周順昌(1584~1626) 東林七賢※画像なし

黄尊素(1584~1626) 東林七賢

 

平島義次(1596~1680) 義助の子

李慶昇(1593~1626) 東林七賢

仁祖李倧(1595~1649) 李氏朝鮮第16代国王

 

崇禎帝(1611~1644) 明第17代皇帝

昭顕世子(1612~1645) 仁祖の子※画像なし

ナラサー・ラージャ1世(1615~1659) マイソール王国第12代王※画像なし

島津光久(1616~1695) 薩摩藩第2代藩主

 

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島津重年(1729~1755) 薩摩藩第7代藩主

クリシュナ・ラージャ2世(1728~1766) マイソール王国第18代王 在位1734~1766

洪大容(1731~1783) 新羅学者

 

島津重豪(1745~1833) 薩摩藩第8代藩主※画像なし

ナンジャ・ラージャ(1747~1772) マイソール王国第19代王 在位1766~1772※画像なし

マイアー・アムシェル・ロスチャイルド(1744~1812) ロスチャイルド家始祖

 

※ナンジャ・ラージャはドイツに進出し、マイアー・アムシェルに変身してロスチャイルド家の始祖となった。しかし、残ったのは西本願寺門主法如に簒奪されたロンドン家だけで、わずかに残されたパリ家も半ば簒奪されている。フランクフルト家、ウィーン家、ナポリ家は、当然、ロンドン家のひとり勝ちを求めた西本願寺門主法如の一族によって潰された。

 

島津斉宣(1774~1841) 薩摩藩第9代藩主

チャーマ・ラージャ9世(1774~1796) マイソール王国第21代王 在位1776~1796

洪景来(1780~1812) 洪景来の乱指揮者※画像なし

 

島津斉彬(1809~1858) 薩摩藩第11代藩主

洪秀全(1814~1864) 太平天国指導者

李景夏(1811~1891) 李氏朝鮮武臣※画像なし

 

金允植(1835~1922) 独立活動家

 

李完用(1856~1926 )独立協会

ソン・ビョンジュン(1857~1925) 一進会

原敬(1856~1921) 第19代内閣総理大臣 任期1918~1921

 

羅喆(1864~1916) 檀君教教祖

李範允(1863~1940) 独立活動家※画像なし

徐載弼(1864~1951) 独立協会

尹致昊(1865~1945) 独立協会、万民共同会

 

・洪震(1877~1946) 独立運動家

 

洪思翊(1888~1946)※画像なし

池青天(1888~1957) 独立活動家※画像なし

金佐鎮(1888~1930)

呂運亨(1886~1947) 建国準備委員会

キム・ヒョンチュン(1888~1942)独立活動家

 

洪龍浩(1906~?)カトリック平壌代牧区司教

イ・ビョンチョル(1910~1987) サムスン・グループ創業者

 

ニコラス・チョン・ジンスク(1931) ローマ・カトリック教会枢機卿、第13代ソウル教区大司教※画像なし

李会昌(1935) 韓国大統領候補

 

 

李健熙(1942) 2代・4代目サムスン電子会長

 

 

 


宇宙人トバルカイン(チュクウ)の一族①~出羽、十和田、イスラエル王国、ダヴィデ朝、テーベ神官都市、太陽神ラー、太陽神アメン、ユダ王国、晋、趙、朴氏、ペグー王朝、能、伊賀忍者、ソ連国家保安委員会

宇宙人の正体と歴史(カインの血族)

 

トバルカイン(4万年前)

 

チュクウのトバルカイン

ルハンガのトバルカイン

オロクンのトバルカイン

クウォスのトバルカイン

スバル人

 

エラド(4万年前)

マハラエル(4万年前)

 

※トバルカインは、最大最強の怪物テュポンが巨人アルキュオネウスと連合することで生まれた。テュポン+アルキュオネウス=テュポルキュオネ=トバルカインとなる。エラドの名の由来は巨人エウリュトスであり、マハラエルの由来はオリジナル人類マベエと巨人ブリアレオースの組み合わせである。

著名なコンタクティ、ビリー・マイヤーによると彼が知る宇宙人はエラ人、プリヤール人を名乗るそうだが、エラ人はエラド、プリヤール人はマハラエルのことで間違いないだろう。

トバルカインは4つの種族の合体部族であるため、後に4つの派閥にトバルカインは分離した。チュクウのトバルカイン、ルハンガのトバルカイン、オロクンのトバルカイン、クウォスのトバルカインである。ここに、気仙沼に住んでいたケシャンボ(河童)がルハンガのトバルカインと合体し、トバルカインに仲間入りした。彼らは自身をスバル人と呼んだ。ということで、トバルカインの種族は5つであるが、卓越した科学の力を継承しているのは、クウォスのトバルカイン、オロクンのトバルカイン、エラド、スバル人のみである。

 

超科学の種族の国 五岳神の国

 

※画像は宇宙人がUFOを発明した国があった南極大陸。1万3千年前、地球は現在と地軸が異なり、北極点がグリーンランド付近にあった。そのため、アイスランド、アイルランド、ブリテン島、ユトランド半島、スカンジナビア半島は凍結し、厚い氷の下に眠っていた(学者は氷河期があったと勘違いしている)。

そして1万3千年前の日本列島は赤道付近にあり(ワニの化石が日本で発見されたのはそのせいである)、南極大陸の南アメリカ側はもっと北に位置し、大陸の半分ほどは完全凍結を免れ、森林や河川も存在したと考えられる。

超科学の種族(トバルカイン、エラド、マハラエル)は凍結を免れた地域に住みつき、科学の道に邁進し、物質を分子のレベルで操作する技術やUFOなどを開発した。南極には名前があった。超古代、南極は「五岳神(ウーユエ)」の国と呼ばれた。

五岳とは、中国の道教に登場する、南北中東西に位置する5つの聖山のことである。だが、それらはじつは南極の山々を指していた。東岳泰山とは標高3680mのペンサコラ山のことであり、南岳衡山とは標高4528mのカークパトリック山のことである。

中岳嵩山とは標高5140mのマッシフ山のことであり、西岳崋山は標高4187mのシドリー山、北岳恒山は標高4191mのプラトー山のことである。東岳大帝とは、道教では冥府の王のことを指すだが、オリジナル人類ヴィディエは、東岳大帝(南極の王)と呼ばれた。 

 

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死神タナトスにとっての地獄~閻魔大王の裁きの時代

 

※写真は宇宙人(科学の種族トバルカイン)が搭乗する白銀色に光るフェイクプレーン(輪郭はなぜかぼやけており、双眼鏡で見てもはっきりしない)。常にテレポートしており、通常は急に目の前に出現する。目の前で消えることもあるが、これは「そこから離れろ」という意味であり、消えるのを見ることが出来るのは農薬汚染度の高い地域を歩いている時に限られている。

 

※画像は職務中の閻魔大王。科学の種族は、知能を悪に用いる者をできそこないと認定し、UFOで火星送りにしていた。 冥界の巨山と呼ばれた「羅ホウ山」とは、火星の火山であり、太陽系でもっとも巨大な火山、標高2万7千mのオリンポス山のことを指している。中国神話で冥界の神々と呼ばれた人々は、できそこないを裁いていた種族のことであり、「十王」 と呼ばれた。

地球上の、タナトス(できそこない)を嫌う、世界中の優れた王族が団結し、「十王」を結成していた。秦広王、楚江王、宋帝王、五官王、閻羅王、変成王、太山王、平等王、都市王、五道転輪王である。閻魔大王(ヤマ)は太陽神シャマシュのことであり、ホウ都大帝はルハンガとヴィディエ、太乙救苦天尊はヴィディエとチュクウのことである。

安倍総理と仲間たちのように平気でウソをつき、テッド・バンディ事件の真犯人ブッシュ元大統領、狂気の怪物モンサント社のように子どもを笑いながら殺すような反自然的な人々は、みな火星で裁かれ、死ぬまで強制労働を課せられた。 ただ、優れた人々は罪悪感が強い。そのため、精神的な健康を理由に、火星の強制労働施設は長らく閉鎖されているようだ。

 

・創造神テペウ(2万年前)

 

※チュクウのトバルカインは、雷雨の神チャク、創造主クグマッツが支配する古代マヤに基地を築いた。この時に「テペウ」が生まれた。テペウの名の由来はトバルカインである。トバルカイン=テペウカイン=テペウとなる。テペウは、創造主として崇められ、王として古代マヤを統治したと考えられる。彼らは、基本的に科学文明を放棄していた。マヤ人が、宇宙人の子孫を自称するのは、これがゆえである。

 

出羽国(1万3千年前)

 

※画像は「最終戦争ラグナロク」によって荒廃したネバダ砂漠(ミドガルド王国の成れの果て)である。この時、「ユグドラシルの大航海時代」に参加したチュクウのトバルカインは古代マヤを離れ、東北地方に入植して「出羽国」を建てた。出羽の名の由来はテペウである。テペウ=テヘ=出羽となる。

 

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●ポスト大地殻変動の時代(科学の種族トバルカインの動向)

 

テーバイ王国(1万3千年前)※画像はサハラ砂漠

 

ルハンガのトバルカインは超科学を継承し、現サハラ砂漠にテーバイ王国を築いた。気仙沼の河童(ケシャンボ)はルハンガのトバルカインと合体し、スバル人(サハラの語源)となった。カゾオバ+トバルカイン=ゾオバル=ソバル=スバルとなる。

ルハンガのトバルカインスバル人(身長1m)は現サハラで超科学の研究に勤しんだが、BC32世紀頃「ソドムとゴモラ」の際、科学の悪用を阻止するためにテーバイ王国の街や科学設備を核分裂させて爆破した。

 

タップ・オ・ノス(1万3千年前)

 

オロクンのトバルカインは超科学を継承し、大地殻変動後は凍結した南極(五岳神の国)を離れて古代スコットランドに移った。彼らはタップ・オ・ノスに住んだ。タップ・オ・ノス(Tap O' Noth)の意は「北のテーベ」である。

彼らは、超科学を追及していたが、BC5千年頃のトロイア戦争+マートゥーレスの戦いの折、ダーナ神族の一族がタップ・オ・ノスに侵入したため、科学の悪用を阻止するために施設を核分裂で爆破した。その後、オロクンのトバルカインは出羽国を訪れ、竜飛岬(由来はタップ)周辺に国を作る。

 

・テワ族(1万3千年前)※画像はテワ族の少女

・ティワ族(1万3千年前)

・トワ族(1万3千年前)

 

クウォスのトバルカインは超科学を放棄し、原始的な生活を望んでコロラド流域に移住した。テワ、ティワ、トワの名はトバルカインに由来している。彼らは自分たちをマヤ人の子孫、宇宙人の子孫だと信じている。

 

天孫氏(1万3千年前)※画像は小型人類ホモ・フローレシエンシス発掘現場

 

スバル人の祖は、上記のようにオリジナル人類カゾオバであり、もともとは気仙沼に住んでいたケシャンボ(河童)である。しかし、ルハンガのトバルカインとの混血が進むと、身長1mのスバル人と普通身長(170~180cm)のスバル人の身長差が顕著になった。

普通身長のスバル人はそのままテーバイ王国に残ったが、身長1mのままのスバル人は新天地を求めてテーバイ王国を離れ、フローレス島に本拠地を据え、沖縄諸島をはじめ、バヌアツ諸島、ツバル諸島などの太平洋の島々を勢力圏に収めた。ホモ・フローレシエンシスの化石は、じつは埋葬されたスバル人の遺骨だと考えられる。

スバル人と妖怪キジムナーは祖を同じくする家族である。両者はオリジナル人類カゾオバの子孫であるため、沖縄では交流があったようだ。ところで、沖縄の歴史書には伝説の天孫氏が登場する。彼ら自身の正体や王国の歴史、王の系譜は不明であり、国の様子さえ詳らかでないが、謎に包まれた天孫氏の王朝とは、妖怪キジムナーと小型宇宙人の王国だったのではないかと考えられる。

 

女神エリウ(1万2千年前)※画像はエリウ

 

エラドは大地殻変動が起きると、超科学の継承を決意し、凍りついた南極(五岳神の国)からマハラエルと共に古代アイルランドに移住した。エリウの名の由来はエラドである。

 

・戦闘の女神マッハ(1万2千年前)※画像は戦闘の女神マッハ

・魔神バロール(1万2千年前)

 

マハラエルは大地殻変動が起きると、超科学の継承を決意し、凍りついた南極(五岳神の国)からエラドと共に古代アイルランドに移住した。マッハ、バロールの名の由来はマハラエルである。

 

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真のイスラエル王国の時代(宇宙人の古代台湾統治時代)

 

・ルカイ族(クウォスのトバルカイン)

・ツォウ族(ゼウスの一族)

・サイシャット族(ゼウスの一族)

・タオ族(エラド)

・セデック族(マハラエル)

・クーロン族(チュクウのトバルカイン+ルハンガのトバルカイン)

・タオカス族(エラド+クウォスのトバルカイン)

・パゼッヘ族(ルハンガ+スバル人)

・アリクン族(オロクンのトバルカイン)

・ロア族(マハラエル)

・シラヤ族(スバル人+ルハンガのトバルカイン)

 

※画像は台湾の絶景。真のイスラエル王国とは、葦原中津国(天草諸島~八代湾)と高天原(台湾)による連邦国家だった。古代台湾はもともとオリジナル人類ニャメ(アミ族)の領土であり、日本神話で見られる天津神の故郷でもある。

BC35世紀頃、上記の宇宙人(超科学の種族)たちが集合し、最初の人類エスが築いた葦原中津国と連合してイスラエル(台湾、沖縄諸島、九州)を統治していた。

 

ユダ(BC35世紀頃) ペレツ父

 

※以前、ユダの名の由来はエウドーラーと考えていたが、「ルツ記」の場合は十和田が由来だと考えられる。十和田=とあだ=あだ=ユダとなる。つまり、ユダとは縄文人の顔をした十和田や出羽国の首長だった。以下、ユダの子たちは縄文時代の十和田・津軽・出羽の首長を代々務めたと考えられる。

「ルツ記」に記された物語は、時期的には「モーゼスの大移動時代」前後、BC35世紀頃から始まったと考えられる。舞台は、現イスラエル周辺ではなく、縄文時代の十和田・津軽・出羽、古代チベットである。

 

十和田の縄文人首長(歴代ユダの系統)

 

・ペレツ(BC35世紀頃)

・ヘツロン(BC35世紀頃)

・ラム(BC35世紀頃)

・アミナダブ(BC35世紀頃)

・ナフション(BC35世紀頃)

・サルマ(BC35世紀頃)

・ボアズ(BC35世紀頃)

・オベデ(BC35世紀頃)

・エッサイ(BC35世紀頃)

 


ダヴィデ(BC35世紀頃) イスラエル王国第2代王 在位BC35世紀頃

 

※古代日本は、同時期にイスラエル王国、エジプト王国と呼ばれていた。ロア族(ブリアレオース)が統治していた高天原(台湾)は、最初の人類エスが統治していた葦原中津国と連合した。これにより、台湾~九州地域はイスラエルと呼ばれ、葦原中津国と十和田が連合することで九州~本州はエジプトと呼ばれた。エス(葦原)+ブリアレオース(ロア族)=エスリアレ=イスラエルとなり、エス(葦原)+トバルカイン+ティカル(十和田)=エスバテ=エジプトとなる。
当時の出羽国は、トバルカイン(出羽)とデウカリオン(津軽)が共存し、両者は共同で偉大な先祖を祀る記念碑として巨大なピラミッドの試作品を十和田湖、青森(黒又山)に建造していた。彼らは偉大な先祖のために巨大な記念碑を築くことを人生の全てだと定めていた。

その後、「モーゼス(武蔵)の大移動時代」を機にモンゴルに渡った十和田の縄文人たちは、更に、モンゴルからチベットに移り、「ダヴィデ朝」を築いた。ダヴィデやトボット(チベット)の由来は十和田である。ダヴィデ王とは、十和田からチベットに入植した縄文人の首領のことである。モンゴル人やチベット人が、隣人である中国人よりも、遠く離れた日本人に似ているのはこのためである。

 

・テーベ(BC35世紀)

・太陽神ラー(BC35世紀)

・太陽神アメン(BC35世紀)

・善神デーヴァ(BC35世紀)

 

※預言者ナタンの一族に怒り心頭のオロクンのトバルカインはソロモン朝、ダヴィデ朝を核分裂させ、焼き尽くした。これが黙示録アルマゲドンである。しかし、オロクンのトバルカインはこの時に大きな罪悪感を抱えてしまったため、自身は超科学を放棄し、全てをチュクウのトバルカインに譲り渡し、アーリア人となった。

放射能で汚染されたモンゴル、チベットが居住に適さなくなると、「ヨシュアの大移動時代」に参加して南下したダヴィデの一族(チュクウのトバルカイン)はナイル流域に根を下ろし、ルクソール地方にテーベを築いた。テーベはサハラに存在した第一のテーバイ王国に続く、第二のテーバイ王国でもある。

ダヴィデの一族は最初に太陽神ラーを祀り、次に太陽神アメンを祀った。テーベに住んでいたダヴィデの一族は善神デーヴァとも呼ばれた。テーベの由来はダヴィデであり、ラーの由来はガラクサウラー(サウル)であり、アメンの由来はガラクサウラーとメネストーの組み合わせ(ソロモン)である。ダヴィデ=ダーヴィ=テーベとなり、ガラクサウラー+メネストー=-メネ=アメンとなる。

 

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●インダス文明の礎

 

・シバ王国(BC32世紀頃)

・プント王国(BC32世紀頃)

 

※BC32世紀頃「ソドムとゴモラ」が発生すると、ルハンガのトバルカインは超科学を放棄する決意をし、現サハラを離れてパンジャブに根を下ろした。スバル人は超科学を継承しつつシバ王国を築き、ルハンガのトバルカインはプント王国を築いた。この2つの王国は連合体だったため、パンジャブの由来となった。プント+シバ=プンシヴァ=パンジャブとなる。

テーベのダヴィデの一族はこの時にパンジャブに赴いて、シバ王国、プント王国を築いた兄弟ルハンガのトバルカインとスバル人を援助した。この時にいわゆる「インダス文明」が始まり、同時に、テーベのダヴィデの一族は善神デーヴァと呼ばれた。以下がインダス文明を築き、善神デーヴァと呼ばれたエジプト第11王朝のファラオたちである。

 

インダス文明の王(エジプト第11王朝、第13王朝、第18王朝歴代ファラオ)

 

・メンチュヘテプ1世 エジプト第11王朝初代王 在位?~BC2134

・アンテフ1世 エジプト第11王朝第2代王 在位BC2134~BC2117

・アンテフ2世 エジプト第11王朝第3代王 在位BC2117~BC2069

・アンテフ3世 エジプト第11王朝第4代王 在位BC2069~BC2060

・メンチュヘテプ2世 エジプト第11王朝第5代王 在位BC2060~BC2010

・メンチュヘテプ3世 エジプト第11王朝第6代王 在位BC2010~BC1998

・メンチュヘテプ4世 エジプト第11王朝第7代王 在位BC1998~BC1991

 

・セベクヘテプ1世(?~BC1800) エジプト第13王朝初代王 在位BC1803~BC1800

・セネブエフ(?~BC1796) エジプト第13王朝第2代王 在位BC1800~BC1796

・アメンエムハト5世(?~BC1793) エジプト第13王朝第3代王 在位BC1796~BC1793

・アメンエムハト6世(?~BC1785) エジプト第13王朝ファラオ 在位BC1788~BC1785

・セベクヘテプ2世(?~BC1750頃) エジプト第13王朝ファラオ 在位BC1750頃

・ホル(?~BC1760頃) エジプト第13王朝ファラオ 在位BC1760頃

・アメンエムハト7世(?~BC1770頃) エジプト第13王朝ファラオ 在位BC1770頃

・ウハエフ(?~BC1757) エジプト第13王朝ファラオ 在位?~BC1757

・ケンジェル(生没年不詳) エジプト第13王朝ファラオ 在位不明

・アンテフ4世(?~BC1750頃) エジプト第13王朝ファラオ 在位BC1750頃

・セベクヘテプ3世(?~BC1741) エジプト第13王朝ファラオ 在位BC1745~BC1741

・ネフェルヘテプ1世(?~BC1730) エジプト第13王朝ファラオ 在位BC1741~BC1730

・セベクヘテプ4世(?~BC1720) エジプト第13王朝ファラオ 在位BC1730~BC1720

・アイ(?~BC1677) エジプト第13王朝ファラオ 在位BC1700~BC1677

 

・イアフメス1世(?~BC1546) エジプト第18王朝初代王 在位BC1570~BC1546

・アメンヘテプ1世(?~BC1524) エジプト第18王朝第2代王 在位BC1551~BC1524

・トトメス1世(?~BC1518) エジプト第18王朝第3代王 在位BC1524~BC1518

・トトメス2世(?~BC1504) エジプト第18王朝第4代王 在位BC1518~1504

・ハトシェプスト(?~BC1483) エジプト第18王朝第5代王 在位BC1498~BC1483

・トトメス3世(?~BC1450) エジプト第18王朝第6代王 在位BC1504年~BC1450

・アメンヘテプ2世(?~BC1419) エジプト第18王朝第7代王 在位BC1453~BC1419

・トトメス4世(?~BC1386) エジプト第18王朝第8代王 在位BC1419~1386

・アメンヘテプ3世(?~BC1349) エジプト第18王朝第9代王 在位BC1386~BC1349

・ホルエムヘブ(?~BC1293) エジプト第18王朝第14代王 在位BC1321~BC1293

 

※エジプト第18王朝(BC1293)とアメン大司祭国家(BC1080)の間にマハーバーラタ戦争が起きた。マハーバーラタ戦争では、アラビア半島、シナイ半島、パンジャブが核分裂で砂漠化したが、テーベの都市も核分裂で消滅し、砂漠化したと考えられる。これを機に、超科学の放棄を決意したダヴィデの一族(チュクウのトバルカイン)はテーベに残った。

 

・ヘムネチェルテピエンアメン・ヘリホル(?~BC1074) 初代アメン大司祭 在位BC1080~BC1074

・ピアンキ(?~BC1070) 第2代アメン大司祭 在位BC1074~BC1070

・カーケペルラー・セテプエンアメン・パネジェム1世(?~BC1032) 第3代アメン大司祭 在位BC1070~BC1032

・マサハルタ(?~BC1046) 第4代アメン大司祭 在位BC1054~BC1046

・ヘムネチェルテピエンアメン・メンケペルラー(?~BC992) 第5代アメン大司祭 在位BC1045~BC992

・スメンデス2世(?~BC990) 第6代アメン大司祭 在位BC992~BC990

 

カーケペルラー・セテプエンアメン・パネジェム2世(?~BC969) 第7代アメン大司祭 在位BC990~BC969

唐叔虞(生没年不詳) 晋初代王 在位不明

 

※アメン大司祭は春秋戦国時代の中国に進出して晋(ジン)を建てた。ジンの由来はシナイだと考えられる。

 

プスセンネス3世(?~BC945) 第8代アメン大司祭 在位BC969~BC945

ヤロブアム1世(?~BC910) 北イスラエル王国初代王 在位BC931~BC910

 

※アメン大司祭国家はタニス朝と協力関係にあったが、タニス朝がタナトス(アッシュール・ダン1世の一族)だと分かると、アメン大司祭たちはテーベを離れた。彼らは、アッシュール・ダン1世の一族レハブアムがシェションク1世に排除された現イスラエルに移住し、北イスラエル王国を建てた。アメン大司祭国家最後のファラオ、プスセンネス3世がそのままヤロブアム1世に変身して北イスラエル初代王に即位した。

 

アビヤム(?~BC910) ユダ王国第2代王 在位BC913~BC910

アサ(?~BC873) ユダ王国第3代王 在位BC913~BC873

ナダブ(?~BC900) 北イスラエル王国第2代王 在位BC901~BC900

 

※アビヤムはアサに変身してユダ王国の正常化を試み、一方、ナダブに変身して北イスラエル王国の正常化を試みた。ナダブが北イスラエルにかかりっきりの時、ユダ王国はアッシュール・ダン1世の一族がため、荒んだ。

 

レイ侯(?~BC859) 晋第5代王 在位?~BC859

ヨシャファト(?~BC849) 在位BC873~BC849

 

※この時代から晋の王族がユダ王、イスラエル王を兼任し、タナトスが推し進める偶像崇拝の撤廃に苦慮している。偶像崇拝はできそこないが権威を得る方法でしかない。ホンモノに偶像は必要ない。

 

靖侯(?~BC841) 晋第40代王 在位BC859~BC841

ヨラム(?~BC842) ユダ王国第5代王 在位BC849~BC842

ヨラム(?~BC842) 北イスラエル第10代王 在位BC851~BC842

 

献侯(?~BC812) 晋第6代王 在位BC823~BC812

イエフ(?~BC815) 北イスラエル第11代王 在位BC842~BC815

 

文侯(?~BC746) 晋第11代王 在位BC781~BC746

ウジヤ(?~BC742) ユダ王国第10代王 在位BC783~BC742

 

昭侯(?~BC739) 晋第12代王 在位BC746~BC739

ヨタム(?~BC735) ユダ王国第11代王 在位BC742~BC735

 

鄂侯(?~BC718) 晋第14代王 在位BC724~BC718

アハズ(?~BC715) ユダ王国第12代王 在位BC735~BC715

 

ヒゼキヤ(BC740~BC687) ユダ王国第13代王 在位BC716~BC687
ギュゲス(?~BC652) リディア王国初代王 在位BC687~BC652※画像なし

武公(?~BC677) 晋第18代王 在位BC678~677※画像なし

 

※ユダ王ヒゼキアは、ユダ王マナセ(アッシュール・ダン1世の一族)を嫌悪し、ユダ王国を離れてリディア王国を建設した。ギュゲスの由来はギューゲースである。

 

文公(?~BC628) 晋第24代王 在位BC636~BC628

アルデュス(?~BC629) リディア王国第2代王 在位BC678~BC629

 

襄公(?~BC621) 晋第25代王 在位BC628~BC621

趙夙(生没年不詳) 趙初代王 在位不明

サデュアッテス(?~BC617) リディア王国第3代王 在位BC629~BC617

 

霊公(?~BC607) 晋第26代王 在位BC620~BC607

成季(生没年不詳) 趙第2代王 在位不明

 

成公(?~BC600) 晋第27代王 在位BC607~BC600

宣子(?~BC597) 趙第3代王 在位?~BC597

 

悼公(?~BC558) 晋第30代王 在位BC573~BC558

アリュアッテス(?~BC560) リディア王国第4代王 在位BC619~BC560

ヒュスタスペス(?~BC550) ダリウス1世父

 

文子(?~BC541) 趙第5代王 在位BC583~BC541

クロイソス(?~BC547) リディア王国第5代王 在位BC560~BC547

 

簡子(?~BC476) 趙第7代王 在位BC516~BC476※画像なし

ダリウス1世(BC550~BC486) ペルシア帝国初代皇帝 在位BC522~BC486

 

定公(?~BC475) 晋第34代王 在位BC512~BC475

クセルクセス1世(?~BC465) ペルシア帝国第2代皇帝 在位BC486~BC465

 

幽公(?~BC416) 晋第37代王 在位BC434~BC416

アルタクセルクセス1世(?~BC424) ペルシア帝国第3代皇帝 在位BC464~BC424

 

静公(?~BC349) 晋第40代王 在位BC357~BC349※画像なし

成侯(?~BC350) 趙第13代王 在位BC374~BC350

 

恵文王(?~BC266) 趙第16代王 在位BC298~BC266

フィレタイロス(?~BC263) ペルガモン王国初代王 在位BC282~BC263※画像なし


※ユダ王の系譜はペルシア帝国の系譜を築き、晋の系譜はペルガモン王国の系譜を築いた。ペルガモンの名の由来はトバルカインとアメンの組み合わせである。トバルカイン+アメン=バルカメン=ペルガモンとなる。

 

アッタロス1世(?~BC197) ペルガモン王国第3代王 在位BC241~BC197

準王(?~BC195) 馬韓初代王 在位BC220~BC195※画像なし

 

※ペルガモン第3代王の時代に、アッタロス1世はアナトリア半島から朝鮮半島に移った。この時に朴氏、文氏が生まれた。※朴(PARK)、文(MOON)の由来はペルガモンである。ペルガモン=PARKMOON=PARK(朴)+MOON(文)となる。

 

エウメネス2世(?~BC159) ペルガモン王国第4代王 在位BC197~BC159

衛満(?~BC161) 衛氏朝鮮初代王 在位BC194~BC161

 

エウメネス3世(?~BC129) ペルガモン王国第7代王 在位BC133~BC129

氏名不詳(?~BC129) 衛氏朝鮮第2代王 在位BC161~BC129

ニャティ・ツェンポ(?~BC127頃) 吐蕃王朝初代王 在位BC127頃

 

※ペルガモン王エウメネス3世はアナトリア半島を支配しながら衛氏朝鮮の王を兼任し、ダヴィデ朝の土地現チベットに移住して吐蕃王朝初代王に即位した。この時に現在使用されているチベット(トゥボ)の名が生まれた。トゥボの由来はダヴィデである。

 

襄王(?~BC58) 馬韓第7代王 在位BC73~BC58

元王(?~BC33) 馬韓第8代王 在位BC58~BC33

稽王(?~BC17) 馬韓第9代王 在位BC33~BC17

赫居世居西干(?~AD4) 新羅初代王 在位BC69~AD4

 

儒理尼師今(?~57) 新羅第3代王 在位24~57

拓跋毛(生没年不詳) 拓跋初代大人 在位不明

 

※朴氏政権の新羅王族は鮮卑が支配するモンゴルに移住して拓跋部を生んだ。拓跋(ツォボ)の由来は十和田である。十和田=ツォヴァダ=ツォボとなる。

 

拓跋鄰(生没年不詳) 拓跋第13代大人 在位不明

ピューソウティ(?~242) パガン朝初代王 在位167~242

 

※拓跋第13代大人はピューソウティに変身してパガン朝を開いた。パガンの由来は朴(パク)と文(ムン)の組み合わせと考えられる。パク+ムン=パクン=パガンとなる。

 

拓跋詰汾(?~220) 拓跋第14代大人 在位?~220※画像なし
劉備玄徳(161~223) 蜀初代皇帝 在位221~223

関羽(160~220)※画像なし

張飛(?~221)※画像なし

 

※三国志の英雄、張飛と関羽の正体は劉備玄徳であり、劉備玄徳の正体は拓跋第14代大人だったと考えられる。拓跋詰汾は南遷したことで知られているが、この時に劉備に変身し、影武者に張飛、関羽を演じさせ、蜀を建てた。

蜀は拓跋部(チュクウのトバルカイン)が建てたが、魏は曹操(デウカリオンの一族ピラミッド派+熊襲武尊)が建て、呉は孫権(諸葛均+ルハンガのトバルカイン)が建てた。この3者が日本でヤマト王権の王を兼ねた。

 

ヤマト王権の大王(魏呉蜀の歴代皇帝)

 

・曹丕(187~226) 魏初代皇帝 在位220~226

・曹叡(206~239) 魏第2代皇帝 在位226~239

・曹芳(232~274) 魏第3代皇帝 在位239~254

・曹髦(241~260) 魏第4代皇帝 在位254~260

・曹奐(246~302) 魏第5代皇帝 在位260~265

 

・孫権(182~252) 呉初代皇帝 在位222~252

・孫亮(243~260) 呉第2代皇帝 在位252~258

・孫休(235~264) 呉第3代皇帝 在位258~264

・孫皓(243~284) 呉第4代皇帝 在位264~280

 

・劉備(161~223) 蜀初代皇帝 在位221~223

・劉禅(207~271) 蜀第2代皇帝 在位223~263

 

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大和人の大航海時代

 

※魏呉蜀が滅ぶと、3つの王族は「大和人の大航海時代」を実施した。中国人、朝鮮人、日本人が一斉に太平洋を横断し、ユカタン半島を横切り、大西洋を北上してブリテン島に上陸した。中国人の子孫は、王氏、建氏を例にすると「キング」「カーペンター」を称した。

朝鮮人の子孫は、朴氏(パク)を例にすると、PARK、BERGから始まり、BERKIN、PERKINS、PARKSや、ユダヤ人の名として知られるBERGが付く名をたくさん生んだ。日本人の子孫はブリテン人のファーストネームを付け、さん付けで呼び合った。例としてジョンさん、ウィリアムさん、ロバートさんなどだが、これがジョンソン、ウィリアムソン、ロバートソンなどになった。また、この時代に中国語、朝鮮語、日本語などが英語に取り入れられた。


■日本語由来の英語


BOY(少年)=坊や
HOWL(吠える)=吠える
KILL(殺す)=斬る
KINKY(ヤバイ)=禁忌
LUCK(幸運)=楽
OI=おい
DAMN(畜生、呪う)=ダメ
BIMBO(売女)=貧乏
BOLLOCKS(クズ野郎)=ボロクソ
TITS(乳)=乳
DUMB(間抜け)=ダメ
DOOR(扉、戸)=戸
BUGGER(男色、獣姦、寄生虫、野郎)=バカ
NOVEL(小説)=述べる
OK(了解)=了解
YES(了承など)=よし
(CHALLEN)GERなどのGER=者(しゃ)

 

※OKの由来は本国でもいろいろ推測されているが、実際には日本語の「了解」が由来と考えられる。了解(りょうかい)=りおうかい=OK(オーカイ)となる。アメリカ英語のOKの発音はオーケイだが、イギリス英語のOKはオーカイと発音する。イギリス人スミス(島津氏)さんが九州に上陸すると、OKが「よか」に再度変化する。OK(オーカイ)=オカ=よかとなる。


■朝鮮語由来の英語


HURRY(急ぐ、急げ)=パリイ(急いで、早く)
UN(否定)=アン、アニ(否定の意)
WHY(なぜ?)=ウエ(なせ?)
WHAT(何?)=ボ(何?)
GO(行く、行け)=カー(行こう、行け)
YEAH(はい)=イエ(はい)
SURE(了解)=チョア(良い、好き、了解などの意)
TOO(〜も)=ド(〜も)
BITCH(売女)=ビッチ(狂ってる)
SICK(頭がおかしい)=セッキ(キチガイ)


※アメリカは「ワッ(ト)」と発音するが、イギリスでは「ウォッ(ト)」と発音する。ウォットは「ボ」の発音に似ている。朝鮮語の「パリカー(早く行け)」は「HURRY GO」と同じである。朝鮮語には明るくないのでこれくらいしか分からない。


■中国語由来の英語


KIN(親戚)=親(キナ)
WAIT(待て)=ウェイ(もしもし)
YES(了承など)=ヨッシ


※中国語には明るくないのでこれくらいしか分からない。


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※蜀の王族は古代ウェールズに入植し、グウィネズ王国、ポーイス王国、ダイフェド王国などを建てたと考えられる。ダイフェドの由来はヤマトの人と考えられる。大和(だいわ)+人=だいわと=ダイフェドとなる。ダイフェド王はしばらくの間、イングランドとアジアを往来し、パガン朝の王も兼任した。

 

Anwn Ddu(?~357) ダイフェド王国初代王 在位357

パイティンリ(?~344) パガン朝第4代王 在位324~344

 

Ednyfed(?~373) ダイフェド王国第2代王 在位373

Triffyn Farfog(?~385) ダイフェド王国第4代王 在位385

ティンリチャウン1世(?~387) パガン朝第5代王 在位344~387

 

Clotri(?~405) ダイフェド王国第3代王 在位405

チャウントゥイッ(?~412) パガン朝第6代王 在位387~412

 

Aergol Lawhir(?~515) ダイフェド王国第5代王 在位515

タラムンピャ(?~516) パガン朝第7代王 在位494~516

 

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サレ・ナクウェ(?~915) パガン朝第33代王 在位906~915

王建(847~918) 前蜀初代皇帝 在位907~918

 

※パガン王は、この頃から頻繁に中国で蜀の復活を試みている。

 

テインコ(?~931) パガン朝第34代王 在位915~931

王衍(901~926) 前蜀第2代皇帝 在位918~925

孟知祥(874~934) 後蜀初代皇帝 在位934

李順(?~934) 李蜀初代皇帝 在位934

 

ニャウン・ウ・ソウラハン(?~964) パガン朝第35代王 在位931~964

孟昶(919~965) 後蜀第2代皇帝 在位934~965

 

チーソ(?~992) パガン朝第36代王 在位986~992

王均(?~1000) 大蜀初代皇帝 在位1000

 

アノーヤター(?~1077) 在位1044~1077

Gruffydd ap Rhydderch(?~1055) ウェールズ王 在位1047~1055

Gruffydd ap Llywelyn(?~1063) ウェールズ王 在位1055~1063

Maredudd ab Owain ab Edwin(?~1072) ウェールズ王 在位1063~1072

Rhys ab Owain(?~1078) ウェールズ王 在位1072~1078

 

※当時はノルマン人の征服時代であり、家族であるウェールズ人を救うためにパガン朝のアノーヤター王はイングランドにまで渡り、1人4役でウェールズ王を30年間兼任していたようだ。

 

ナラパティシードゥー(?~1210) パガン朝第45代王 在位1173~1210

呉曦(?~1207) 蜀初代皇帝 在位1207

 

チョウスワー(?~1299) パガン朝第50代王 在位1287~1299

ワーレルー(?~1296) ペグー王朝初代王 在位1287~1296

 

伊賀忍者の首領(アユタヤ朝+ペグー朝+ダホメ王国の歴代王)

 

ビンニャー・エー・ロー(?~1353) ペグー王朝第6代王 在位1331~1353

ラーマーティボーディー1世(?~1369) アユタヤ朝初代王 在位1350~1369

 

※アユタヤ朝初代王が伊賀国を築いた。伊賀の由来は偉大な先祖、諸葛(ジューガー)である。ジューガー=ユガ=伊賀となる。アユタヤの由来はオリジナル人類ヴィディエである。ヴィディエ=ウィティエ=アユタヤとなる。

 

ビンニャー・ウー(?~1385) ペグー王朝第7代王 在位1353~1385

観阿弥(1333~1384) 能の始祖

ラーメースワン(?~1370) アユタヤ朝第2代王 在位1369~1370

ボーロマラーチャーティラート1世(?~1388) アユタヤ朝第3代王 在位1370~1388

 

※画像は能の一場面。能の頃から芸能界は忍者・優性遺伝子ブリーダーと一心同体だったようだ。確かにゆっくりと動かす能のすり足は忍者のすり足に似ている。能楽師の修行は、そのまま忍者の修行と重なっていたのかもしれない。

 

インタララーチャー1世(?~1424) アユタヤ朝第7代王 在位1409~1424

ラーザーディリ(?~1423) ペグー王朝第8代王 在位1385~1423

ビンニャー・ダンマヤーザー (?~1426) ペグー王朝第9代王 在位1423~1426

 

ボーロマラーチャーティラート2世() アユタヤ朝第8代王 在位1424~1448

世阿弥(1363~1443) 観阿弥の子

ビンニャー・ラン1世(?~1446) ペグー王朝第10代王 在位1426~1446

ビンニャー・ワーレルー(?~1450)  ペグー王朝第11代王 在位1446~1450

 

ラッサダーティラートクマーン(?~1534) アユタヤ朝第13代王 在位1533~1534

タカーユッピ(?~1539) ペグー王朝第17代王 在位1526~1539※最後の王

 

※タウングー朝(タナトスの一族)に故郷を追われた最後のペグー王タカーユッピはおよそ100年かけて西アフリカに渡り、ダホメ王国を築いた。ダホメの由来はデーヴァとアメンである。デーヴァ+アメン=デヴァメン=デバメ=ダホメとなる。

 

ガニヘス(?~1620) ダホメ王国初代王 在位1600~1620

高坂甚内(?~1613) 忍者

 

ダコドノウ(?~1645) ダホメ王国第2代王 在位1620~1645

百地丹波(1556~1581) 伊賀流忍術の祖

服部正重(1580~1652) 忍者・服部半蔵の次男

 

※百地丹波は織田信長の伊賀攻めで死亡したとされている。しかし、死んだことにして潜伏し、服部正重に化けていた可能性がある。或いは現ベナンに帰還してダホメ王としてベナンに君臨した。他にも著名な忍者として活躍したダホメ王もいたと考えられるが、ダホメ王と忍者双方の生年が不明のため全く分からない。

 

・ウェグバジャ(?~1685) ダホメ王国第3代王 在位1645~1685

・アカバ(?~1708) ダホメ王国第4代王 在位1685~1708

・アガジャ(?~1732) ダホメ王国第5代王 在位1708~1732

 

ボーロマラーチャーティラート3世(?~1758) アユタヤ朝第34代王 在位1733~1758

タメイントー・ブッダケティ(?~1747) ペグー王朝初代王 在位1740~1747

ビンニャー・ダラ(?~1757) ペグー王朝第2代王 在位1747~1757

テグベソ(?~1774) ダホメ王国第6代王 在位1732~1774

 

※アユタヤ最後の王はペグー朝の再興を夢見てミャンマーに進出し、1人2役でペグー王を演じたが、コンバウン朝(タナトスの一族)の支配下に落ちた。その後、徳川吉宗(西本願寺門主良如の一族)がお庭番を創設すると、アユタヤの王族はお庭番にこぞって参加した。

お庭番は大奥も管理した。このお庭番が発展し、現代のキングメーカーとして優性遺伝子ブリーダー(仮称)となる。伊賀忍者時代から彼らは金次第で何でもやった。政治的な信条を持たない彼らは現在に於いても何も変わっていない。現在では世界中の芸能人を管理している(場合によっては政治家なども)。

 

御庭番の首領(アユタヤ朝+ダホメ王国の歴代王)

 

・ボーロマラーチャーティラート4世(?~1758) アユタヤ朝第35代王 在位1758

・ボーロマラーチャー3世(?~1767) アユタヤ朝第36代王 在位1758~1767

 

※アユタヤ朝35代王、36代王はアユタヤ朝が滅ぶと、日本に移住してお庭番に収まった。その後は、歴代のダホメ王がお庭番の頭領を兼任した。黒人の卓越した身体能力は忍者の世界では重宝され、ダホメ王が忍者の頭領に易々と収まった。ゾマホン・ルフィン氏はその子孫と考えられる。

 

・クプリンガ(?~1789) ダホメ王国第7代王 在位1774~1789

・アゴングロ(?~1797) ダホメ王国第8代王 在位1789~1797

・アダンドザン(?~1818) ダホメ王国第9代王 在位1797~1818

 

ゲゾ(?~1858) ダホメ王国第10代王 在位1818~1858

 

※ダホメの12人の国王の中で最も偉大な国王とされ、ダホメの全盛期を築き上げた。

 

・グレレ(?~1889) ダホメ王国第11代王 在位1856~1889

・ベハンジン?~1894) ダホメ王国第12代王 在位1889~1894

・アゴリ・バボ(?~1900) ダホメ王国第13代王 在位1894~1900

 

※ダホメ王国が滅ぶと、ダホメの王族は日本に移住して優性遺伝子ブリーダーの要員となる。優性遺伝子ブリーダーは表向きには芸能リポーターを装っていることが多い。

 

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KGB議長+ナイジェリア大統領(優性遺伝子ブリーダーの頭領)

 

ンナムディ・アジキウェ(1904~96) 初代ナイジェリア大統領 任期1963~66※画像なし

イワン・セーロフ(1905~1990) 初代KGB議長 任期1954~1958

 

※初代ナイジェリア大統領アジキウェは最後のダホメ王の孫と考えられる。同じチュクウのトバルカインに属するスターリンがソビエト連邦を築いたため、ダホメの王族もロシアに移住してKGBを設立した。彼らはKGBとして働きながらナイジェリアを治めた。有能な芸能人、政治家を生むための組織・優性遺伝子ブリーダーの頭領も代々務めたと考えられる。

 

ャスティン・アホマデグベ(1917~2002) ベナン共和国暫定大統領

ジョンソン・アグイイ=イロンシ(1924~1966) 第2代ナイジェリア大統領※画像なし

アレクサンドル・シェレーピン(1918~1994) 第2代KGB議長 任期1958~61※画像なし

ウラジーミル・セミチャストヌイ(1924~01) 第3代KGB議長 任期1961~67※画像なし

ヴィタリー・フェドルチュク(1918~2008) 第4代KGB議長 任期1982※画像なし

ヴィクトル・チェブリコフ(1923~1999) 第5代KGB議長 任期1982~88※画像なし

ウラジーミル・クリチュコフ(1924~2007) 第6代KGB議長 任期1988~1991

 

※第6代KGB議長クリチュコフはソ連8月クーデターを指揮したが、これはタナトスの一族(西本願寺門主寂如の一族+西本願寺門主大谷光瑞の一族)とチュクウのトバルカインとの戦いであった。同時に、両者による優性遺伝子ブリーダーの主導権を巡る戦いでもあった。優性遺伝子ブリーダーの主導権を握ることで、タナトスは優れた人間を繁殖させ、全世界規模で管理し、家畜のように徴用することができるのだ。

 

ムルタラ・ムハンマド(1938~1976) 第4代ナイジェリア大統領 任期1975~76

レオニード・シェバルシン(1935~2012) KGB議長臨時代行

オルシェグン・オバサンジョ(1937) 第5、12代ナイジェリア大統領 任期1976~79、1999~2007

 

※ムハンマド大統領は、ビアフラ戦争を指揮したタナトスの一族(ズールー王族)ヤクブ・ゴウォン大統領をクーデターで破り、追放した。 これは石油利権を賭けたタナトスの一族と東本願寺門主大谷光勝の一族による芝居だったが、優性遺伝子ブリーダーの主導権争いでもあった。

 

 

 



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