目次
目次
まえがき
地球の王~獣人ビッグフット、全能神ゼウス、宇宙人、天狗、巨石建造(ピラミッド派、マウンド派)の種族、ダヴィデ王、善神デーヴァ
ギュゲスの一族~ローマ執政官、ペルシア皇帝、アレキサンダー大王、秦始皇帝、セレウコス朝、プトレマイオス朝、匈奴、ローマ皇帝
ユリウス・カエサルの一族〜初代ローマ皇帝アウグストゥス、諸葛氏、高句麗、ブルガリア帝国、リトアニア大公国、明、李氏朝鮮、マイソール王国、太平天国、サムスン・グループ
イエス・キリストの一族~クレオパトラ7世、洗礼者ヨハネ、イエス・キリスト、十二使徒、初代ローマ教皇ペトロ、ブリトン王国、ベネディクト会、カンタベリー大主教、ジャン・カルヴァン、ブルボン朝フランス王国
マホメットの一族~イスラム帝国、シーア派イマーム、アッバース朝、セルジューク・トルコ帝国、ハプスブルグ家、エステ家、オーストリア=ハンガリー帝国、バアス党
アラリックの一族~西ゴート王国、南朝宋、シャルルマーニュ大帝、イングランド王国、キエフ公国、ポーランド王国、ノルマンディー公国、モンゴル帝国、カーカティヤ朝、甲賀忍者、エチオピア帝国、チムール帝国
シャルルマーニュ大帝の一族~ビザンツ帝国、後蜀、ロタリンギア王国、ハンガリー王国、カスティーリャ王国、セルビア王国、チェコ共和国、ハンガリー共和国
オスマン1世の一族~北元、イヴァン雷帝、シク教国、スペイン無敵艦隊、ロシア帝国、サルディーニャ王国、ハプスブルグ朝オーストリア帝国、リンカーン大統領、宰相ビスマルク、怪僧ラスプーチン
ソロモン1世の一族~ズールー帝国、ケニア共和国、チャック・ベリー、アース・ウィンド&ファイア、ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズ、エディ・マーフィー
イヴァン1世の一族~フス派、ボヘミア王国、雑賀衆、鈴木孫一、ロシア正教会モスクワ総主教、ヘーチマン国家、アフガニスタン王国、救済同盟、ナロードニキ運動、スタジオ・ジブリ、押井守
ヴィスコンティ家の一族~ヴィスコンティ家、クリストファー・コロンブス、アメリゴ・ベスブッチ、ヴァスコ・ダ・ガマ、イエズス会、フランシスコ・ザビエル、ローマ教皇フランシス
フリードリヒ1世の一族~サファヴィー朝、グリュックスブルグ朝デンマーク王国、プロイセン帝国、フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ、レーニン、チェ・ゲバラ、ホメイニ師、メドベージェフ首相
イヴァン大帝の一族~チューダー朝イングランド王国、宗教革命、ブルボン朝フランス王国、西郷氏、東郷氏、清教徒革命、ジャン=ジャック・ルソー、フランス革命、サウジアラビア王国
バーブルの一族~ムガール帝国、ムハンマド・アリー朝、エジプト共和国、チャールズ・チャップリン、サルバドール・ダリ、ハロルド・ピンター、ボブ・ディラン、デヴィッド・ボウイ、プリンス
マクシミリアン1世(ハプスブルグ家)の一族~バイエルン王国、交響曲の父ハイドン、サド侯爵、文豪ゲーテ、楽聖モーツァルト、KKK、ヘミングウェイ、太宰治、三島由紀夫、ピンク・フロイド、トランプ大統領
オリバー・クロムウェルの一族~大英帝国、アメリカ合衆国、エドガー・アラン・ポー、デ・キリコ、ロベール・ブレッソン、オーソン・ウェルズ、ザ・ビートルズ、モンティ・パイソン、レッド・ツェッペリン
宇佐美定満の一族~蘆名盛氏、柴田勝家、上杉謙信、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、徳川家光、伊達政宗、水戸光圀、乾隆帝、阮朝ベトナム帝国
蘆名盛氏の一族~高山右近、千利休、黒田官兵衛、有馬晴信、宮本武蔵、天草四郎、鄭成功、ヌルハチ、愛新覚羅家
ピヨートル大帝の一族~ナポレオン皇帝、モルモン教、ザンジバル帝国、ルーズベルト大統領、ケネディ大統領、ザ・ドアーズ、プーチン大統領、ウィキリークス、ニルヴァーナ、Qアノン
乾隆帝の一族~マイソール王国、宝暦事件、トンブリー朝タイ王国、詩聖タゴール、マハトマ・ガンディー、ジャワハルラール・ネルー
嘉慶帝の一族~道光帝、曽国藩、胡林翼、李鴻章、西郷隆盛、吉田松陰、西太后、大本教、中江兆民、ジャン・コクトー、ミケランジェロ・アントニオーニ、ジェームズ・ディーン、つげ義春
曽国藩の一族~東郷平八郎、乃木希典、児玉源太郎、袁世凱、黄金栄、蒋介石、小津安二郎、手塚治虫、ジャン・クロード=カリエル、ヴェルナー・ヘルツォーク
胡林翼の一族~山口春吉、北一輝、大杉栄、鄧小平、ルイス・ブニュエル、サルトル、マルグリット・デュラス、池田大作、キューブリック、ゲンズブール、宮崎駿、セックス・ピストルズ、マイケル・ジャクソン
李鴻章の一族~勝海舟、福沢諭吉、坂本龍馬、張嘯林、杜月笙、黒澤明、田中角栄、習近平国家主席、マーティン・ルーサー・キングJr、ドゥテルテ大統領、マルコムX、青島幸男、橋本龍太郎
同治帝の一族~西太后、犬養毅、頭山満、義和団の乱、幸徳秋水、文鮮明、大山倍達、田岡一雄、高畑勲、安孫子素雄、梶原一騎、アントニオ猪木、鳥山明、高田延彦、秋元康
光緒帝の一族~孫文、夏目漱石、張作霖、甘粕正彦、橋本忍、毛沢東、徳田球一、金日成、小沢一郎、金丸信、藤本弘、金正日、赤塚不二夫、ジャッキー・チェン、金正恩委員長
奥付
奥付

閉じる


<<最初から読む

28 / 29ページ

光緒帝の一族~孫文、夏目漱石、張作霖、甘粕正彦、橋本忍、毛沢東、徳田球一、金日成、小沢一郎、金丸信、藤本弘、金正日、赤塚不二夫、ジャッキー・チェン、金正恩委員長

 

道光帝の子

 

愛新覚羅奕ケン(1840~1891)

岡田以蔵(1838~1865)※画像なし

中岡慎太郎(1838~1867)
高杉晋作(1839~1867)

田中光顕(1843~1939)

 

文久元年(1861年)8月、武市の結成した土佐勤王党に加盟(ただし、名簿の写しからは池内蔵太や弘田恕助と共に名前が削除されたとみられる)。文久2年(1862年)6月、参勤交代の衛士に抜擢され、瑞山らと共に参勤交代の列に加わり京へ上る。

これ以降、土佐勤王党が王政復古運動に尽力する傍ら、平井収二郎ら勤王党同志と共に土佐藩下目付の井上佐市郎の暗殺に参加。また薩長他藩の同志たちと共に、安政の大獄で尊王攘夷派の弾圧に関与した者達などに、天誅と称して集団制裁を加える。越後出身の本間精一郎、森孫六・大川原重蔵・渡辺金三・上田助之丞などの京都町奉行の役人や与力、長野主膳(安政の大獄を指揮した)の愛人・村山加寿江の子・多田帯刀などがこの標的にされた(村山加寿江は橋に縛りつけられ生き晒しにされた)。このため後世「人斬り以蔵」と称され、薩摩藩の田中新兵衛と共に恐れられた。岡田以蔵wikiより

 

安政元年(1854年)、間崎哲馬に従い経史を学び、翌年には武市瑞山(半平太)の道場に入門して剣術を学ぶ。安政4年(1857年)、野友村庄屋利岡彦次郎の長女・兼(かね)15歳と結婚。文久元年(1861年)には武市が結成した土佐勤皇党に加盟して、本格的に志士活動を展開し始める。 中岡慎太郎wikiより

 

長州藩では、晋作の渡航中に守旧派の長井雅楽らが失脚、尊王攘夷(尊攘)派が台頭し、晋作も桂小五郎(木戸孝允)や久坂義助(久坂玄瑞)らと共に尊攘運動に加わり、江戸・京都において勤皇・破約攘夷の宣伝活動を展開し、各藩の志士たちと交流した。高杉晋作wikiより

 

土佐藩士武市半平太の尊王攘夷運動に傾倒してその道場に通い、土佐勤王党に参加した。叔父の那須信吾は吉田東洋暗殺の実行犯だが、光顕も関与した疑いもある。しかし文久3年(1863年)、同党が八月十八日の政変を契機として弾圧されるや謹慎処分となり、翌元治元年(1864年)には同志を集めて脱藩。のち高杉晋作の弟子となって長州藩を頼る。

第一次長州征伐後に大坂城占領を企図したが、新撰組に摘発されたぜんざい屋事件を起こして大和十津川へ逃れる。薩長同盟の成立に貢献して、薩摩藩の黒田清隆が長州を訪ねた際に同行した。第二次長州征伐時では長州藩の軍艦丙寅丸に乗船して幕府軍と戦った。後に帰藩し中岡慎太郎の陸援隊に幹部として参加。田中光顕wikiより

 

※岡田は、愛新覚羅奕ケンの影武者として生まれた。岡田以蔵は父と同様に、同時進行で中岡慎太郎や高杉新作を演じ、工作活動に従事した。岡田はまず最初に自分を死んだことにして、その後は中岡や高杉晋作として生きたが、本願寺に狙われていた彼は結局その後、2年しか生きられなかった。

 

第7王女(1840~1845)※画像なし

婉貞/ワンチェン(1841~1896) 西太后の妹

出口なお(1837~1918) 大本教教祖

 

出口なお(以下、『なお』と表記)は、江戸時代末期から明治時代中期の極貧の生活の中で日本神話の高級神「国常立尊」の神憑り現象を起こした。当時、天理教の中山みきなど神憑りが相次いでおり、なおの身に起ったことも日本の伝統的な巫女/シャーマニズムに属する。当初は京都丹波地方の小さな民間宗教教祖にすぎなかったが、カリスマ的指導者・霊能力者である出口王仁三郎を娘婿としたことで、彼女の教団「大本」は全国及び海外に拡大した。出口なおwikiより

 

ーーーーーーーーーーーー

 

愛新覚羅奕ケンと婉貞の子

 

戴瀚(1865~1866)
孫文(1866~1925) 辛亥革命指揮者

夏目漱石(1867~1916) 文豪

中村是公(1867~1927)

塚本善五郎(1869~1904) 芥川龍之介養父※画像なし

 

中国の政治家・革命家。初代中華民国臨時大総統。中国国民党総理。「中国革命の父」、中華民国では国父(国家の父)と呼ばれる。また、中華人民共和国でも「近代革命先行者(近代革命の先人)」として、近年「国父」と呼ばれる。孫文wikiより

 

大学時代に正岡子規と出会い、俳句を学ぶ。帝国大学(後の東京帝国大学、現在の東京大学)英文科卒業後、松山で愛媛県尋常中学校教師、熊本で第五高等学校教授などを務めた後、イギリスへ留学。帰国後、東京帝国大学講師として英文学を講じながら、「吾輩は猫である」を雑誌『ホトトギス』に発表。これが評判になり「坊っちゃん」「倫敦塔」などを書く。

その後朝日新聞社に入社し、「虞美人草」「三四郎」などを掲載。当初は余裕派と呼ばれた。「修善寺の大患」後は、『行人』『こゝろ』『硝子戸の中』などを執筆。「則天去私(そくてんきょし)」の境地に達したといわれる。晩年は胃潰瘍に悩まされ、「明暗」が絶筆となった。夏目漱石wikiより

 

日本の官僚・実業家・政治家である。南満州鉄道株式会社(満鉄)総裁、鉄道院総裁、東京市長、貴族院議員などを歴任した。 作家・夏目漱石の親友としても知られ、官僚出身らしからぬ豪放磊落な性格で、「べらんめい総裁」「フロックコートを着た猪」「独眼龍」などの異名をとった。 中村是公wikiより

 

※婉貞の子として生まれたものの、一年で早世したとされている戴瀚だが、実際には敵が多いため両親が彼を死んだことにして潜伏させていた。実際には彼は生き延び、孫文として辛亥革命を成功させている。しかし、弟光緒帝の子である毛沢東の中国共産党と対立することとなる。

また、夏目漱石と中村是公は愛新覚羅奕ケンの庶子であり、2人とも日本に於ける孫文の影武者として投入されていた。しかし、漱石も是公も影武者でありながら、その類まれな才能によって自らを影武者の地位から解放し、漱石は文豪として歴史に名を残した。また、是公は漱石の親友としても知られているが興味深いことだ。

ただ、漱石は大谷によって愛新覚羅奕ケンの庶子であることを知られていた。そのため、本願寺は漱石のイギリス留学時もイギリスの西本願寺門主法如と文如の一族と連絡を取り合い、現地の邪教信者に命じて漱石に嫌がらせをしていた。「漱石日記」では、漱石が本願寺の邪教信者たちに嫌がらせをされ、精神的に打ちひしがれていく様子が記録されている。妻の鏡子さん(真宗王国広島出身)も浄土真宗信者であったため、本願寺に指示されれば漱石にイヤガラセをした。漱石曰く「周りの者が狂っているので自分も狂ったフリをしている」笑 いや、笑い事ではないが。

 

光緒帝(1871~18) 清第11代皇帝 在位1875~1908
毛胎昌(1870~1920) 毛沢東の父

 

道光帝の第7子醇親王奕譞の第2子として生まれる。母は西太后の妹である。従兄の同治帝が早世した後に権力保持を狙う伯母の西太后によって擁立された。即位したのは3歳の時であり、実権は西太后が握り垂簾聴政が行われた。当初は東太后や伯父の恭親王奕訢も政権を担ったが、光緒7年(1881年)に東太后が急死、光緒10年(1884年)に恭親王が西太后に失脚させられると西太后が事実上政権の首班になった。光緒帝wikiより

 

※西太后は光緒帝を毒殺したことにして光緒帝と共に湖南省に逃亡した。光緒帝はそこで毛胎昌を称した。毛沢東の父である。毛沢東は、伯父である孫文と争うことになる。

 

名前が無い子(1875)
張作霖(1875~1928)

 

1916年に袁が死去。これを好機と見た張は策略を用いて段を失脚させ、奉天省の支配権を獲得した。さらに勢力を広げ、1919年には黒竜江省・吉林省も含めた東三省全域を勢力圏に置き、「満洲の覇者」として君臨した。彼の率いる勢力は本拠地とした都市の名を採って奉天派と呼ばれ、張は「満洲王」と呼ばれるほどの威勢を誇った。wikiより

 

※愛新覚羅奕ケンと婉貞の子には、名も無く早世した子がいるが、彼は実際には生き延び、長じて張作霖となった。張作霖は、先祖の故地を奪還すべく、満州の王となった。残念ながら、志半ばで本願寺の陰謀により、討たれた。

 

 

戴洸(1880~1884)
井上日召(1886~1967) 血盟団

 

日本の宗教家、政治運動家、テロリスト。 日蓮宗僧侶としていわゆる近代日蓮主義運動の思想的系譜に連なり、戦前の右翼テロリスト集団「血盟団」、戦後の右翼団体「護国団」の指導者を務めた。本名は井上昭。昭の字を分けて日召とす。wikiより

 

※愛新覚羅奕ケンと婉貞の子として生まれながら、4歳で早世したとされている戴洸だが、敵が多いために両親が彼を死んだことにして潜伏させていたのだ。彼は日本に送り出されて無事に成長し、井上日召として、日本を統べる邪教本願寺を壊滅せんと血盟団を組織している。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

愛新覚羅奕ケンの子

 

 

愛新覚羅ツァイフェン(1883~1951)

 

溥儀は清朝滅亡後も皇帝の尊号を保持しつつ紫禁城に住むことを許され、載灃はその後見を続けた。しかし、1932年の満州事変により日本が傀儡国家満州国を成立させ、溥儀をその元首である執政(のち皇帝)に担ぎ出した時には、前途を危ぶんでこれに反対した。その後も溥儀には従わず、もっぱら北京市内の自邸(醇親王府)に居住して、満州国とは最後まで一線を画した。このため、中国が日本との戦争に勝利したあとも溥儀のように漢奸として糾弾されることはなかった。中華人民共和国発足後も引退生活者としての生活が保障され、北京でその生涯を閉じている。wikiより

 

ツァイタオ(1887~1970) ※画像なし

甘粕正彦(1891~1945) 満映所長

 

日本の陸軍軍人。陸軍憲兵大尉時代に甘粕事件を起こしたことで有名。短期の服役後、日本を離れて満州に渡り、関東軍の特務工作を行い、満州国建設に一役買う。満洲映画協会理事長を務め、終戦直後、服毒自殺した。wikiより

 

※甘粕は甘粕事件で知られ、大杉栄を惨殺した犯人とされているが、実際には2人は同じ道光帝の一族であるため、大杉栄が治安警察に狙われていることを受けて甘粕が殺したことにして大杉を逃がしたと考えられる。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

愛新覚羅ツァイフェンの子

 


愛新覚羅溥儀(1906~1967) 満州国皇帝

四元義隆(1908~2004) 血盟団※画像なし

三上卓(1905~1971) 血盟団※画像なし

菱沼五郎(1912~1990) 血盟団※画像なし

佐郷屋留雄(1908~1972) 玄洋社系右翼団体愛国社党員※画像なし

 

その後は紫禁城に住むことを許されるものの、北京政変で紫禁城を追われてしまう。さらに当初庇護を受けようとしたイギリスやオランダ公館に庇護を拒否されてしまい、天津の日本租界で日本公館の庇護を受けた。

これ以降の縁で、満州事変以降関東軍の主導で建国された満洲国の執政に就任、満州国軍大元帥や満州国協和会名誉総裁などを兼任し、帝政移行後の大満洲帝国で皇帝に即位した。満州国皇帝としては元号から康徳帝と称されることもある。大東亜戦争における日本の敗戦と、ソビエト連邦軍の侵略を受けた大満洲帝国の崩壊とともに退位した。wikiより

 

ーーーーーーーーーーーー

 

養父塚本善五郎(夏目漱石)の子

 

芥川龍之介(1892~1927) 作家

 

※芥川は、母フクが優性遺伝子ブリーダーによって塚本善五郎(夏目漱石)の子を儲けたと考えられる。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

甘粕正彦の子(優性遺伝子ブリーダーによる)

 

淀川長治(1909~1998)

 

日本の雑誌編集者、映画解説者、映画評論家。約32年にわたって『日曜洋画劇場テレビ朝日系列)』の解説を務め、人懐こい笑顔の表情で解説を進めていくことで「ヨドチョーさん」「ヨドさん」と呼ばれるほどに多くの視聴者に親しまれてきた。また同番組の解説の締め括りには毎回「それではまた次回をお楽しみに、サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ」と強調して言う独特の語り口から全国的に有名になり、「サヨナラおじさん」とも呼ばれた。wikiより

 

橋本忍(1918~2018) 脚本家

 

1949年、サラリーマン生活のかたわら、芥川龍之介の短編小説『藪の中』を脚色した作品を書く。社用で上京した際に佐伯に渡していた脚本が、黒澤明の手に渡り映画化を打診される。黒澤から長編化するよう依頼され、芥川の短編小説『羅生門』も加えて加筆。最終的に黒澤が修正して完成させた脚本を基に、翌1950年に黒澤が演出した映画『羅生門』が公開され、橋本忍は脚本家としてデビューした。同作品はヴェネツィア国際映画祭グランプリを受賞するなど高い評価を受けた。1951年に退社して上京し専業脚本家となる。wikiより

 


大島渚(1932~2013) 映画監督

 

京都大学卒業後、1954年(昭和29年)に松竹に入社。大船撮影所で大庭秀雄や野村芳太郎などの元で助監督を務めた。1959年(昭和34年)、長編『愛と希望の街』で映画監督としてデビュー。同作のタイトルは当初『鳩を売る少年』であったが、松竹幹部から「題名が暗くて地味」だと指摘され、妥協案として落差を表した『愛と悲しみの街』という改題を提案したが、公開時には本人の知らないうちに『愛と希望の街』へと変更されていた。

翌1960年(昭和35年)の『青春残酷物語』や『太陽の墓場』といったヒット作により、篠田正浩や吉田喜重とともに松竹ヌーヴェルヴァーグの旗手として知られるようになった。しかし、自身はそのように呼ばれることを望まなかったという。wikiより

 

※橋本は、黒澤、小津と共に日本の知性として世界中の才人を開眼させ、才能を開花させた。彼らの仕事により、人類の知性は数歩、あゆみを進めた。黒澤明とは同じ道光帝の一族であるため、気が合い、非常にたくさんの優れた仕事を残した。また、池田大作とも同じ道光帝の一族であるため、脚本家として映画「人間革命」の製作に携わった。大島渚は若い頃の橋本によく似ている。兄弟ではなく、親子の可能性もある。

 

藤子不二雄/藤本弘(1933~1996) 漫画家

 

※安孫子氏同様に、藤本氏は人間の内面に肉迫した小品を多く発表し、SF短編集としてまとめている。ドラえもんと同じ絵柄に込められた世の中に蔓延る矛盾の指摘、文明の万能感を嘲笑する強い皮肉は、後味が悪いことも多い。オバケのQ太郎、パーマン、ドラえもんなど、子供向け作品も多く、日本に生まれた子どもなら、のび太、ジャイアン、スネオ、しずかちゃんを知らぬものはいない。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

毛胎昌(光緒帝)の子

 

毛沢東(1893~1976) 中華人民共和国初代国家主席

 

中国共産党の創立党員の1人で、長征、日中戦争を経て党内の指導権を獲得し、1945年より中国共産党中央委員会主席と中央軍事委員会主席を務めた。 日中戦争後の国共内戦では蒋介石率いる中華民国を台湾に追放し、中国大陸に中華人民共和国を建国した。以後、死去するまで同国の最高指導者の地位にあった。wikiより

 

ーーーーーーーーーーーー

 

光緒帝の子(優性遺伝子ブリーダーによる)

 


徳田球一(1894~1953) 日本共産党

 

日本の政治運動家、革命家、弁護士、政治家。衆議院議員(3期)、戦前の非合法政党時代より戦後初期に至るまでの日本共産党の代表的活動家で、戦後初代の書記長を務めた。徳球の愛称で知られる。沖縄県国頭郡名護村(現:沖縄県名護市)出身。wikiより

 


三浦義一(1898~1971) フィクサー

 

日本の右翼。フィクサー。日本銀行総裁・一万田尚登の親戚筋の立場を利用して、戦時中に日本金銀運営会に入り込み、その組織と利権を掌握した。 父の三浦数平(大分県士族)は大分市長、衆議院議員を務めた。wikiより

 


金日成(1912~1994) 北朝鮮民主人民共和国初代国家主席

 

朝鮮の革命家・独立運動家で、北朝鮮の政治家、軍人。満州において抗日パルチザン活動に部隊指揮官として参加し、第二次世界大戦後は朝鮮半島北部に朝鮮民主主義人民共和国を建国した。 以後、死去するまで同国の最高指導者の地位にあり、1948年から1972年までは首相を、1972年から死去するまで国家主席を務めた。また、同国の支配政党である朝鮮労働党の党首(1949年から1966年までは中央委員会委員長、1966年以降は中央委員会総書記)の地位に、結党以来一貫して就いていた。

称号は朝鮮民主主義人民共和国大元帥・朝鮮民主主義人民共和国英雄(3回受章しており「三重英雄」と称される)。 北朝鮮においては「偉大なる首領様」などの尊称の下に神格化され、崇拝されている。彼の死後1998年に改定された憲法では「永遠の主席」とされ、主席制度は事実上廃止された。wikiより

 

※中国、北朝鮮、そして日本の共産党の党首が、みな光緒帝の子だったというのは興味深いことだ。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

徳田球一の子(優性遺伝子ブリーダーによる)

 

赤塚不二夫(1935~2008) 漫画家

 

※毛沢東の血筋に生まれたためか、赤塚のギャグには政治的なアプローチも散見される。彼が愛新覚羅の一族誕生の地、満州で生まれたのも偶然とはいえない。鳥山明、高橋留美子、吉田戦車、野中英次ら、先駆的ギャグのパイオニアである。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

張作霖の子(優性遺伝子ブリーダーによる)

 

アンワル・アッ=サーダート(1918~1981) エジプト大統領

 

1970年9月28日、ナセル大統領が死去すると副大統領として大統領代行を務めることになったサダトは、国民へ大統領の死去を伝えるスピーチを行った。同年10月15日、サダトは正式に大統領に就任する。大統領就任後はナセルの社会主義的経済政策を改めて経済自由化を進めるとともに、イスラーム主義の運動を解禁してエジプトの路線を大きく右旋回させた。

これらの政策に対する反対派は一掃し、国有メディアはそれを革命の矯正と名付けた。さらに1961年にシリアが離脱して以来、連合国家の体をなしていなかったアラブ連合共和国の正式な解体を決断し1971年9月2日、国号をエジプト・アラブ共和国に改めた。 wikiより

 

ーーーーーーーーーーーー

 

金日成の子(優性遺伝子ブリーダーによる)

 

石田幸四郎(1930~2008) 公明党

 

北海道札幌市生まれ。明治大学商学部を卒業後、聖教新聞広告部に務める。 1967年1月29日、第31回衆議院議員総選挙に旧愛知6区から立候補し、初当選(通算10期)。公明党臨時党大会で公明党副書記長に就任し、19年に渡り務める。 1986年12月、衆参同日選挙後に行われた公明党大会で公明党筆頭副委員長に就任する。wikiより

 


小渕恵三(1937~2000) 内閣総理大臣

 

衆議院議員(12期)、総理府総務長官(第29代)、沖縄開発庁長官(第10代)、内閣官房長官(第49代)、外務大臣(第126代)、内閣総理大臣(第84代)、自由民主党幹事長、自由民主党副総裁、自由民主党総裁(第18代)などを歴任した。wikiより

 


小沢一郎(1942) 自由党党首

 

日本の政治家。自由党所属の衆議院議員(17期)、自由党共同代表。閣僚として、自治大臣(第34代)、国家公安委員会委員長(第44代)を歴任。党務においては、自由民主党幹事長(第26代)、新生党代表幹事(初代)、新進党党首(第2代)、自由党党首(初代)、民主党代表代行、民主党代表(第6代)、民主党幹事長(第9代)、国民の生活が第一代表(初代)、生活の党と山本太郎となかまたち共同代表(初代)などを歴任した。wikiより

 

※本願寺の悪意により、小渕首相は暗殺され、一方、本願寺のメディアにより小沢氏は汚名を着せられた。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

毛沢東の子(優性遺伝子ブリーダーによる)

 

金哲柱(1916~1938) 北朝鮮民主人民共和国

金丸信(1914~1996)

 

1916年、平安南道大同郡で金亨稷と康盤石の次男として誕生。1926年に、小学校に通う際、革命組織であるセナル少年同盟(朝鮮少年団の前身)のメンバーとなり、新聞『セナル』の発行に参加。1930年代初頭に、抗日遊撃隊に入隊。1935年、延吉の石人溝付近において、日本軍との戦闘により死亡。金哲柱wikiより

 

衆議院議員(12期)、防衛庁長官(第35代)、副総理(民間活力導入担当)、建設大臣(第34代)、自由民主党国会対策委員長、自由民主党総務会長、自由民主党幹事長、自由民主党副総裁(第9代)などを歴任。金丸信wikiより

 

※金日成の弟である金哲柱は、日本軍との交戦中19歳で死んだことにし、極秘に日本に渡ったと考えられる。日本に腰を落ち着けた彼は、金丸信として生きた。金丸信は、1990年に金日成と会談しているが、興味深いことだ。ただ、本願寺に正体を見破られていたため、金丸は病気にさせられて暗殺された。

 


金英柱(1920) 北朝鮮民主人民共和国

 

金英柱が生まれた1920年、一家は南満州に移住したため、金英柱は満州で育った。 成長した金英柱は、関東軍の通訳として働いた。1937年6月4日に朝鮮の咸鏡南道甲山郡が匪賊に襲撃される事件(普天堡の戦い)が発生した。満州国の朝鮮人治安関係者が調査をした結果、「襲撃事件の首謀者金日成は、諱を金成柱といい、関東軍の通訳として働いている金英柱の実兄である」との証言を得た。金英柱は協力を求められ、祖母の李寶益と共に、日本・満州国側に投降するよう金日成に呼びかけている。wikiより

 


金正日(1941~2011) 北朝鮮民主人民共和国第2代国家主席

 

北朝鮮を建国した金日成の長男であり、同国の最高指導者の地位を父より継承した。権力継承後、死去するまで朝鮮労働党中央委員会総書記、朝鮮民主主義人民共和国国防委員会委員長、朝鮮人民軍最高司令官、朝鮮労働党中央軍事委員会委員長、朝鮮労働党政治局常務委員を務めた。

称号は朝鮮民主主義人民共和国元帥、朝鮮民主主義人民共和国英雄(三回受章しており「三重英雄」と称される)。死後、朝鮮民主主義人民共和国大元帥の称号を追贈された。wikiより

 

※金正日は存命中に映画「男はつらいよ」が好きだと述べていた。それは、映画自体がおもしろいということもあるが、渥美清が同じ道光帝の一族でもあったため、余計親しみが沸くということだろう。小泉首相の金正日との対談は、道光帝の一族と本願寺の一族の対決であった。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

石田幸四郎の子(優性遺伝子ブリーダーによる)

 

管直人(1946) 内閣総理大臣

 

立憲民主党所属の衆議院議員(13期)、国のかたち研究会設立者・会長、立憲民主党最高顧問。 厚生大臣(第85代)、副総理(鳩山内閣)、財務大臣(第13代)、内閣府特命担当大臣(科学技術政策、経済財政政策)、内閣総理大臣(第94代)、旧民主党代表、民主党代表(初代・第3代、第8代)、民主党政策調査会長、民主党幹事長、民主党代表代行などを歴任した。中選挙区制時代の選挙区は旧東京7区、小選挙区比例代表並立制導入後は東京18区および比例東京ブロック。wikiより

 


野田佳彦(1957) 内閣総理大臣

 

千葉県議会議員(2期)、財務副大臣(鳩山由紀夫内閣)、財務大臣(第14代)、内閣総理大臣(第95代)、民主党国会対策委員長(第7代・第10代)、民主党幹事長代理、民主党代表(第9代)、民主党最高顧問、民進党幹事長(第2代)などを歴任。wikiより

 

※本願寺は彼らが光緒帝の一族であることを優性遺伝子ブリーダーから聞き出して知り、民主党政権を倒し、安部政権を誕生させるために311を準備した。それ以来、安部政権は日本近海で核実験を繰り返しているが、そのたびに、TVで地震速報が流れている。だいたい震度3。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

孫文の子(優性遺伝子ブリーダーによる)

 

ジャッキー・チェン(1954) 俳優・映画監督

 

恵まれた身体能力を活かして、暗い復讐劇が多かったカンフー・アクション映画の世界に、ハロルド・ロイドやバスター・キートンなどのコメディ映画の要素を取り入れた、コミカルで明るい作風のカンフー映画を送り込み、一躍アジア圏で有名になる。その後ハリウッドにも進出し数多くの映画に主役として出演。60歳を越えた2017年現在でも自らアクションスタントをこなすことで知られる。代表作は『プロジェクトA』など多数。wikiより

 

※ジャッキー・チェンは若い頃の孫文に似ている。ところで、筆者が高校生の頃、ジャッキーは女子に大人気だったが、それに反発していたのか、男子は大体「おれはブルース・リーの方が好きだ」と言っていたものだ。しかし、ジャッキーの監督作は非常に練られており、本場ハリウッドが失ったもの、往年のハリウッドの「質」を継承していた。

ジャッキーのアクション演技も、実際には単なるアクションではなく、往年のチャップリン、キートン、ハロルド・ロイドのスラップスティック精神を正しく継承している。チャップリン、キートン、ロイドのやっていたことはジャッキーが80年代に追求していたアクション、そのものである。チャップリンたちはギャグの追及のあまり、一方ではスタントやアクションの分野に足を踏み入れていた。それを継承できたのはアメリカ人ではなく、当然、香港のジャッキー、ユン・ピョウ、サモ・ハン・キンポーなどカンフーを極めた人たちだった。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

井上日召の子(優性遺伝子ブリーダーによる)

 

麻原彰晃(1955~2018) オウム真理教

 

熊本県出身の日本の宗教家、テロリスト。宗教団体オウム真理教の元代表・教祖。日本で唯一の「最終解脱者」を自称していた。宗教的な概念を自らに対して都合良く曲解して殺人を肯定し、自らの信者を利用して国家転覆を最終目標とする一連のオウム事件を起こし、1995年(平成7年)5月16日に地下鉄サリン事件の首謀者として逮捕された。

逮捕されてからは、死刑を免れるために心神喪失状態を装っていた。1996年(平成8年)3月27日に警視庁本庁舎から東京拘置所に移送され、2006年(平成18年)に死刑確定、2018年(平成30年)7月6日に死刑が執行された。死刑執行の直前に通される教誨室では誰に対しても終始無反応であったが、遺体の引取先を聞かれた際、「四女」とだけ言い遺した。wikiより

 

※上のwikiの情報はすべてフェイクではないか?とにかく、麻原は本願寺に最初からロックオンされていた。これは、優性遺伝子ブリーダーが守秘義務を意図的に怠り、本願寺に道光帝の一族の情報をすべて横流ししていたことに起因する。

麻原が実力を発揮し、オウム真理教を設立すると、本願寺はすぐさま上祐と村井をスパイとして派遣、潜入させた。荒木村重や明智光秀を信長の周囲に配置したのと同様に、上祐と村井は麻原のすぐそばに配置された。麻原は処刑されたその日が来るまで、上祐と村井が本願寺の一族だと知りえたことが、一瞬でもあっただろうか?

 

ーーーーーーーーーーーー

 

金正日の子

 

金正恩(1984) 北朝鮮民主人民共和国第3代国家主席

 

北朝鮮の政治家、軍人。同国の第2代最高指導者金正日総書記の三男で後継者。父の死により最高指導者の地位を継承した。現在、朝鮮労働党委員長、朝鮮民主主義人民共和国国務委員長、朝鮮労働党中央委員会政治局常務委員、朝鮮労働党中央軍事委員会委員長、朝鮮人民軍最高司令官を務める。党内序列は第1位。軍事称号(階級)は朝鮮民主主義人民共和国元帥。wikiより

 

※上の写真は若い頃の毛沢東である。金委員長は、若い頃の毛沢東にそっくりであるが、これは、彼が毛沢東の孫だからだろう。髪型のテイストも同じである。

 

 

 


奥付


ダヴィデの一族 良い顔 写真集


http://p.booklog.jp/book/124616


著者 : 大本正 (C)masahiro taguchi 2018
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/danejin/profile


感想はこちらのコメントへ
http://p.booklog.jp/book/124616



電子書籍プラットフォーム : パブー(http://p.booklog.jp/)
運営会社:株式会社トゥ・ディファクト



この本の内容は以上です。


読者登録

大本正さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について