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まえがき
地球の王チュクウ~神話の巨人ギガース、巨人アグリオス、巨人クリュテイオス、巨人グラティオーン、冥府の河ステュクス、最大最強の怪物テュポン、トバルカイン
全能神ゼウスの一族~周、スサノオ、リトアニア大公国、明、李氏朝鮮、マイソール王国、太平天国、サムスン・グループ
宇宙人トバルカイン(チュクウ)の一族①~出羽、十和田、イスラエル王国、ダヴィデ朝、テーバイ王国、テーベ神官都市、太陽神ラー、太陽神アメン、ユダ王国、朴氏、ペグー王朝
宇宙人トバルカイン(チュクウ)の一族②~拓跋部、北魏、吐蕃、回鶻汗国、ヴァイキング、ノルマンディー公、キエフ公国、ノルマン朝、スフォルツァ家ミラノ公、ブハラ・ハン国、ソビエト連邦、ヨシフ・スターリン
宇宙人トバルカイン(ルハンガ)の一族③~シバ王国、プント王国、破壊神シヴァ、パーンダヴァ族、サカ王朝、諸葛孔明、シク教国
宇宙人トバルカイン(オロクン)の一族④~ラテン王国、シュメール都市国家ウルク、アーリア人、魯、孔子、東胡、匈奴、アラン人、西ゴート王国、サクソン人、ブルガリア帝国、大元帝国、天狗
宇宙人トバルカイン(クウォス)の一族⑤~海の民、エジプト第25王朝、プトレマイオス朝、ハザール帝国、イエス・キリスト、グルジア王国、ジャン=ジャック・ルソー、フランス革命、ノルディック、ケムトレイル
宇宙人エラドの一族~女神エリウ、ラテン王国、シュメール都市国家ウル、アーリア人、衛、老子、道教、セレウコス朝、カッパドキア王国、橘諸兄、小野妹子、ブルガリア帝国、ブニョロ帝国、栄西、臨済宗
宇宙人マハラエルの一族~戦闘の女神マッハ、フルリ人、ウラルトゥ王国、イリュリア王国、楼蘭、モラヴィア王国、平将門、平清盛、ムラービト朝、ムワッハド朝、フス派、雑賀衆、ヘーチマン国家、スタジオ・ジブリ
宇宙人スバルの一族~ゼブルン族、シュメール都市国家シッパール、アーリア人、楚、ツバル、ジャワ、バリ島、シビル汗国、円谷英二
デウカリオンの一族(マウンド派)~ニューグレンジ、モホス文明、フェニキア人、オルメカ文明、始皇帝陵、日本武尊、古墳時代、マムルーク朝、インカ帝国、ジョージ・モンク、フリーメイソン、オナシス財閥
デウカリオンの一族(ピラミッド派)~ギザのピラミッド、ラムセス3世、曹、テオティワカン宗教都市、越、熊襲武尊、後漢皇帝、魔法使いの神殿、クメール王朝、ムハンマド・アリー朝、チャーリー・チャップリン
ペルシア帝国ダリウス大帝の一族~ローマ執政官、リディア王国、ペルシア帝国、ピタゴラス、ソクラテス、プラトン、アレキサンダー大王、マウリア朝マガダ王国、ユリウス・カエサル、ローマ帝国
ブルガリア皇帝イヴァン・アセン3世の一族~ソロモン1世、エチオピア帝国、ケニア共和国、チャック・ベリー、アース・ウィンド&ファイア、ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズ、エディ・マーフィー
ブルガリア皇帝ゲオルギ2世の一族~オスマントルコ帝国、北元、スペイン無敵艦隊、ロシア帝国、サルディーニャ王国、リンカーン大統領、宰相ビスマルク、怪僧ラスプーチン、エルドアン大統領
モンゴル皇帝イェスデルの一族~ヴィスコンティ家、クリストファー・コロンブス、アメリゴ・ベスブッチ、ヴァスコ・ダ・ガマ、イエズス会、フランシスコ・ザビエル、ローマ教皇フランシス
モンゴル皇帝クン・テムルの一族~グリュックスブルグ朝デンマーク王国、プロイセン帝国、フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ、レーニン、チェ・ゲバラ、ホメイニ師、メドベージェフ首相
モンゴル皇帝モーラン・ハーンの一族~イヴァン大帝、チューダー朝イングランド王国、宗教革命、ブルボン朝フランス王国、清教徒革命、サウジアラビア王国
モンゴル皇帝バヤン・モンケ・ボルフ晋王の一族~マクシミリアン1世、バイエルン王国、交響曲の父ハイドン、サド侯爵、文豪ゲーテ、楽聖モーツァルト、ヘミングウェイ、三島由紀夫、シド・バレット、トランプ大統領
オスマントルコ皇帝スレイマン1世の一族①~宇佐美定満、蘆名盛氏、柴田勝家、上杉謙信、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、徳川家光、伊達政宗、水戸光圀、乾隆帝
オスマントルコ皇帝スレイマン1世の一族②~蘆名盛氏、高山右近、千利休、黒田官兵衛、有馬晴信、宮本武蔵、天草四郎、鄭成功、ヌルハチ、愛新覚羅家
オスマントルコ皇帝オスマン2世の一族~オリバー・クロムウェル、大英帝国、アメリカ合衆国、エドガー・アラン・ポー、オーソン・ウェルズ、ザ・ビートルズ、モンティ・パイソン、レッド・ツェッペリン
オスマントルコ皇帝アフメト3世の一族~ピヨートル大帝、ナポレオン皇帝、モルモン教、ルーズベルト大統領、ケネディ大統領、ザ・ドアーズ、プーチン大統領、ウィキリークス、Qアノン
オスマントルコ皇帝アフメト3世の一族~マイソール王国、宝暦事件、トンブリー朝タイ王国、詩聖タゴール、マハトマ・ガンディー、ジャワハルラール・ネルー
オスマントルコ皇帝セリム3世の一族~道光帝、曽国藩、胡林翼、李鴻章、西郷隆盛、吉田松陰、西太后、大本教、中江兆民、ジャン・コクトー、ミケランジェロ・アントニオーニ、ジェームズ・ディーン、つげ義春
オスマントルコ皇帝マフムト2世の一族①~曽国藩、東郷平八郎、乃木希典、児玉源太郎、袁世凱、黄金栄、蒋介石、小津安二郎、手塚治虫、ジャン・クロード=カリエル、ヴェルナー・ヘルツォーク
オスマントルコ皇帝マフムト2世の一族②~胡林翼、山口春吉、北一輝、大杉栄、鄧小平、ルイス・ブニュエル、サルトル、池田大作、キューブリック、宮崎駿、セックス・ピストルズ、マイケル・ジャクソン
オスマントルコ皇帝マフムト2世の一族③~李鴻章、勝海舟、福沢諭吉、坂本龍馬、張嘯林、杜月笙、黒澤明、田中角栄、習近平国家主席、マーティン・ルーサー・キングJr、ドゥテルテ大統領、橋本龍太郎
オスマントルコ皇帝アブデュルメジト1世の一族~犬養毅、頭山満、義和団の乱、幸徳秋水、文鮮明、大山倍達、田岡一雄、高畑勲、安孫子素雄、梶原一騎、アントニオ猪木、鳥山明、高田延彦、秋元康
オスマントルコ皇帝メフメト5世の一族~孫文、夏目漱石、張作霖、橋本忍、毛沢東、徳田球一、金日成、小沢一郎、金丸信、藤本弘、赤塚不二夫、ジャッキー・チェン、金正恩委員長
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まえがき

 

地球の王の一族~獣人ビッグフット、全能神ゼウス、宇宙人、天狗、ユダ、ダヴィデ王、善神デーヴァ

全能神ゼウスの一族~周、スサノオ

デウカリオンの一族(マウンド派)~ニューグレンジ、モホス文明、フェニキア人、オルメカ文明、始皇帝陵、日本武尊、古墳時代、マムルーク朝、インカ帝国、ジョージ・モンク、フリーメイソン、オナシス財閥

デウカリオンの一族(ピラミッド派)~黒又山、ギザのピラミッド、ラムセス3世、曹、テオティワカン宗教都市、越、熊襲武尊、後漢皇帝、魔法使いの神殿、ククルカンの神殿、クメール王朝、チャーリー・チャップリン

ギュゲスの一族~ローマ執政官、ペルシア皇帝、アレキサンダー大王、秦始皇帝、セレウコス朝、プトレマイオス朝、匈奴、ローマ皇帝

ユリウス・カエサルの一族〜初代ローマ皇帝アウグストゥス、諸葛氏、高句麗、ブルガリア帝国、リトアニア大公国、明、李氏朝鮮、マイソール王国、太平天国、サムスン・グループ

イエス・キリストの一族~クレオパトラ7世、洗礼者ヨハネ、イエス・キリスト、十二使徒、初代ローマ教皇ペトロ、ブリトン王国、ベネディクト会、カンタベリー大主教、ジャン・カルヴァン、ブルボン朝フランス王国

マホメットの一族~イスラム帝国、シーア派イマーム、アッバース朝、セルジューク・トルコ帝国、ハプスブルグ家、エステ家、オーストリア=ハンガリー帝国、バアス党

アラリックの一族~西ゴート王国、南朝宋、シャルルマーニュ大帝、イングランド王国、キエフ公国、ポーランド王国、ノルマンディー公国、モンゴル帝国、カーカティヤ朝、甲賀忍者、エチオピア帝国、チムール帝国

シャルルマーニュ大帝の一族~ビザンツ帝国、後蜀、ロタリンギア王国、ハンガリー王国、カスティーリャ王国、セルビア王国、チェコ共和国、ハンガリー共和国

オスマン1世の一族~北元、イヴァン雷帝、シク教国、スペイン無敵艦隊、ロシア帝国、サルディーニャ王国、ハプスブルグ朝オーストリア帝国、リンカーン大統領、宰相ビスマルク、怪僧ラスプーチン

ソロモン1世の一族~ズールー帝国、ケニア共和国、チャック・ベリー、アース・ウィンド&ファイア、ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズ、エディ・マーフィー

イヴァン1世の一族~フス派、ボヘミア王国、雑賀衆、鈴木孫一、ロシア正教会モスクワ総主教、ヘーチマン国家、アフガニスタン王国、救済同盟、ナロードニキ運動、スタジオ・ジブリ、押井守

イエズス会(ヴィスコンティ家)の一族~ヴィスコンティ家、クリストファー・コロンブス、アメリゴ・ベスブッチ、ヴァスコ・ダ・ガマ、イエズス会、フランシスコ・ザビエル、ローマ教皇フランシス

フリードリヒ1世の一族~サファヴィー朝、グリュックスブルグ朝デンマーク王国、プロイセン帝国、フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ、レーニン、チェ・ゲバラ、ホメイニ師、メドベージェフ首相

イヴァン大帝の一族~チューダー朝イングランド王国、宗教革命、ブルボン朝フランス王国、西郷氏、東郷氏、清教徒革命、ジャン=ジャック・ルソー、フランス革命、サウジアラビア王国

バーブルの一族~ムガール帝国、ムハンマド・アリー朝、エジプト共和国、チャールズ・チャップリン、サルバドール・ダリ、ハロルド・ピンター、アレハンドロ・ホドロフスキー、ボブ・ディラン、デヴィッド・ボウイ、プリンス

オスマントルコ皇子ジェム・スルタンの一族~マクシミリアン1世、バイエルン王国、交響曲の父ハイドン、サド侯爵、文豪ゲーテ、楽聖モーツァルト、ヘミングウェイ、三島由紀夫、ピンク・フロイド、トランプ大統領

オリバー・クロムウェル(イギリス共和国)の一族~大英帝国(イギリス政府、イギリス王室)、アメリカ合衆国、ワッハーブ派、エドガー・アラン・ポー、チャーチル首相、ジョルジョ・デ・キリコ、ロベール・ブレッソン、オーソン・ウェルズ、ザ・ビートルズ、モンティ・パイソン、レッド・ツェッペリン

オスマントルコ皇帝アフメト3世の一族~ピヨートル大帝、ナポレオン皇帝、モルモン教、ルーズベルト大統領、ケネディ大統領、ザ・ドアーズ、プーチン大統領、ウィキリークス、Qアノン

オスマントルコ皇帝スレイマン1世~宇佐美定満、蘆名盛氏、柴田勝家、上杉謙信、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、徳川家光、伊達政宗、水戸光圀、乾隆帝、阮朝ベトナム帝国

蘆名盛氏の一族~高山右近、千利休、大友宗麟、黒田官兵衛、有馬晴信、宮本武蔵、天草四郎、大塩平八郎

乾隆帝の一族~マイソール王国、宝暦事件、トンブリー朝タイ王国、詩聖タゴール、マハトマ・ガンディー、ジャワハルラール・ネルー

嘉慶帝の一族~道光帝、曽国藩、胡林翼、李鴻章、西郷隆盛、吉田松陰、西太后、大本教、中江兆民、ジャン・コクトー、ミケランジェロ・アントニオーニ、ジェームズ・ディーン、つげ義春、野中英次

曽国藩の一族~東郷平八郎、乃木希典、児玉源太郎、袁世凱、黄金栄、蒋介石、小津安二郎、手塚治虫、ジャン・クロード=カリエル、ヴェルナー・ヘルツォーク

胡林翼の一族~山口春吉、北一輝、大杉栄、笹川良一、鄧小平、ルイス・ブニュエル、ジャン=ポール・サルトル、マルグリット・デュラス、池田大作、スタンリー・キューブリック、セルジュ・ゲンズブール、宮崎駿、セックス・ピストルズ、マイケル・ジャクソン

李鴻章の一族~勝海舟、福沢諭吉、坂本龍馬、張嘯林、杜月笙、黒澤明、スカルノ、ネイション・オブ・イスラム、田中角栄、習近平国家主席、マーティン・ルーサー・キングJr、ドゥテルテ大統領、青島幸男、橋本龍太郎

同治帝の一族~西太后、犬養毅、頭山満、義和団の乱、幸徳秋水、文鮮明、大山倍達、田岡一雄、高畑勲、梶原一騎、安孫子素雄、アントニオ猪木、鳥山明、高田延彦、秋元康

光緒帝の一族~孫文、夏目漱石、張作霖、甘粕正彦、橋本忍、毛沢東、徳田球一、金日成、小沢一郎、金丸信、藤本弘、金正日、赤塚不二夫、ジャッキー・チェン、金正恩委員長

 

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ダヴィデの一族とは?

 

 

表と裏、陰と陽、光と影、善と悪、生と死、サンダとガイラ(?)。ダヴィデの一族とタナトスの一族はかように表裏一体の存在である。チュクウはルハンガと共にクリュテイオスを生んだが、両者とも、クリュテイオスと関係がある。チュクウから生まれたクリュテイオスから、更にタナトスが生まれているのだ。つまり、タナトスにもチュクウの血が流れている。ただ、両者の間には超えることができない巨大な隔たりが横たわっている。王者とできそこないという否定し難い事実である。

 

ダヴィデの一族は地球の王チュクウの子孫であり、帝王として民を正しく導く使命を帯びて生まれてくる。一方、できそこないであり、誰にも好かれないタナトスは、高い知能を悪に用いて強い者を数で圧倒し、ウソをついて真実を覆すことを本能としている死の種族だ。しかし、両者も元を辿れば同じ先祖に行き着くということで、ダヴィデの一族もタナトスの一族も同じような習性を持っている。

彼らは敵の目をごまかすために影武者を用いる。庶子の異母兄弟を投入し、影武者部隊を編み、影武者を駒のように徴用し、いくつもの顔を持ち、いくつもの名前を変えて生きていく。また、敵が多い場合には死んだことにして潜伏するということもする。更に、彼らは、筆者が優性遺伝子ブリーダーと呼ぶ、帝王の一族と死の種族で構成された中立を旨とする秘密結社を使い、多くの庶子を作る。このとき、帝王が女を選ぶのではなく、女が帝王を選んでいる。これにより、帝王は統治という使命に専念することができる。優性遺伝子ブリーダーは、帝王が寝ている間に女を連れ込み、帝王に催眠術をかけて子供を作る。この方法により、帝王ひとりにつき、庶子は数百人は存在することになる。

 

偉大な帝王は、誰でも自分の知らない間にたくさんの子供を儲けているのだが、こうして多くの庶子を作ることが、大規模な影武者部隊を編むことを可能にしている。同時に、このような状況は多くの語られない重要なドラマを生んでいる。この3つのポイントは、ダヴィデの一族とタナトスの一族の共通のポイントである。

 

真の帝王ともいうべき人々は、ひとつの帝王ではなく、同時に複数の帝王を演じ、帝国を統治する。例として、アヤチ。このアヤチはクビライの子と言われているが、筆者の私見では彼は実際にはチンギスの孫であり、モンケの子である。クビライは、モンケが優性遺伝子ブリーダーによってアヤチを儲けたことを知っていた。そのため、アヤチを邪険に扱った。モンゴル帝国を離れたアヤチは、その後、稀代の帝王の片鱗を見せることになる。アヤチはエチオピア帝国、オスマントルコ帝国、モスクワ公国を築き、同時に統治している。

チンギスの孫アヤチは、イムラクであり、オスマン1世であり、イヴァン1世であった。4人でひとりであり、ひとりで4人である。アヤチも上記のように庶子の異母兄弟を投入し、大規模な影武者部隊を作っていた。これにより、離れた帝国を同時に統治することが可能であった。これが真の帝王の姿である。ダヴィデの一族、及び、タナトスの一族の場合、このような例は枚挙に暇がない。読者の方にはこの点を良く頭に入れて置いていただきたい。

 

帝王は、自分の遺伝子を残すことではなく、自分が築いた家、帝国が繁栄することを願う。いい女が選んだ男の子供なら間違いない。優れているのであれば血筋は関係ない。後継者は誰でもよいと考えている。ただ、そのために弊害が起きることも少なくない。例として、クビライが子のアヤチと対立したり、武田信玄が父を追放するというようなことが起きる。もちろん例外もあるが、多くの場合、帝王の親子は実の親子ではないのだ。また、母が異なるということで異母兄弟同士が争うということもままある。

 

筆者はどうして同一人物の帝王を洗い出すことが出来たか?多くの帝王の場合、生年、生没年が合致、或いは近い場合があるのだが、同一人物と考えて良い。筆者はそのようにして多くの帝王の正体を見破ってきた。帝王の正体を見破った瞬間、多くのドラマが頭を駆け巡ることになる。だが、筆者はそれらのドラマをここで描くことはしない。それらのドラマは各自が思い描くことで、古代に想いを馳せる悦びを楽しんでいただきたい。

 

 

 


地球の王チュクウ~神話の巨人ギガース、巨人アグリオス、巨人クリュテイオス、巨人グラティオーン、冥府の河ステュクス、最大最強の怪物テュポン、トバルカイン

チュクウ(200万年前)※写真はビッグフット


※200万年前「ビクトリア湖の大移動時代」に参加した地球の王ルハンガは、ナイジェリアに入植して「チュクウ」を生んだ。オリジナル人類ルハンガは、インドシナ半島に棲むといわれている獣人オラン・ダラムの姿をしていた。一方、ナイジェリアに住んだチュクウは、身長が4.5mにまで巨大化し、身長が4mを誇るルハンガの巨躯を凌駕した。その姿はヒマラヤに目撃されるイエティと同じだと考えられる。

その巨体と怪力により、チュクウは地球の王としてニジェール流域に君臨した。彼らは主にクロコダイルを素手で狩って食べていたが、時にライオンやゾウ、カバの天敵となった。彼らの身体能力は凄まじく、跳躍は高さ3mを超え、時速60kmで走り、岩を投げた。何よりも、彼らは素手で猛獣を殴り殺した。地球の王たる所以である。古代アメリカ大陸でサーベルタイガーと素手で戦った彼らは、サーベルタイガーを滅ぼしてしまったほどだ。

彼らの豊かな体毛は、猛獣の牙や爪を無力化する機能があり、防弾チョッキのようなものだった。その後、ルハンガ、チュクウなどの所謂獣人は他のオリジナル人類と混合することで、稀代の英雄をたくさん生んだ。そして、英雄たちは代々、タナトスを天敵として狩ってきた。

 

チャク族(100万年前)

 

※「チュクウの大移動時代」に参加したチュクウは、モリモなどと同様にチッタゴンに入植し、「チャク族」を生んだ。チャクの名の由来はチュクウである。チュクウ=チャクウ=チャクとなる。当初、彼らは毛深く、3m~4mの巨体を誇っていた。だが、100万年の間にミャンマー人に吸収され、名前だけがチュクウの名残りとなった。

 

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・ギューゲース(50万年前)

・アグリオス(45万年前) チュクウ+ルハンガ+クウォス
・アルキュオネウス(45万年前) オロクン+クウォス
・エウリュトス(45万年前) ウェネ+ヒッポリュトス
・エピアルテース(45万年前) ヒッポリュトス
・エンケラドス(45万年前) カアング+ヒッポリュトス
・グラティオーン(45万年前) アグリオス+ヴィディエ+ウェネ
・クリュティオス(45万年前) アグリオス+ヴィディエ+クウォス
・パッラース(45万年前) ワルムベ+レザ
・ヒッポリュトス(45万年前) ヴィディエ+パッラース+ヴィディエ+クウォス
・ポリュポーテース(45万年前) パッラース+ヴィディエ+クウォス
・ポルピュリオーン(45万年前) パッラース+ヒッポリュトス+ウェネ
・ミマース(45万年前) ムワリ+ムシシ

 

※その後、クウォスがインドを通過した際、獣人チュクウの部族は、アボリジニの顔をしたクウォスと接触、親交を暖めた。お互い、姿かたちが異っていたにも拘らず、クウォスは獣人を同じヒトとして認識し、獣人もクウォスを同じヒトとして認めた。彼らは、お互いを嫌悪し、攻撃することはなかった。彼らは、見かけで判断するのではなく、内面を見抜く鋭い洞察力を備えていた。つまり、非常に知性に溢れていたのだ。
交配も可能であったため、ギガースはクウォスと混合した。この時に「ギューエース(ギューゲース)」が生まれた。ギューエースの名の由来はクウォスであり、別名ギューゲースの名の由来はチュクウとクウォスの組み合わせである。クウオス=ギャオース=ギューエースとなり、チュクウ+クウォス=チュクウォス=ギューゲースとなる。彼らが親交を持った証拠は、彼らが残した名前にある。

 

シベリアでマンモス狩りを行う(45万年前)

 

※画像はマンモス。「盤古の大移動時代」に参加して中国に移り、更に「獣人の大狩猟時代」に参加してシベリアに移住したチュクウは、シベリアでマンモスなどの巨大哺乳類を狩っていたと考えられる。根深誠著「イェティ(山と渓谷社刊)」には、イェティに遭遇した目撃者の報告が紹介されている。

「イェティはヤクの二本の角を掴んで引き裂くようにしてへし折り、それから腹部をえぐって殺した。イェティは仔ヤクを岩に叩きつけてから、ヤクの腹部に顔を埋めて生き血を飲み始めた」。丸で漫画のようだが、イェティはヤクのような大きな哺乳類を、ハエでも殺すように容易に殺している。彼ら、地球の王である獣人が、通常の人類の想像を超えた身体能力を誇っていることがわかる。

 

ソーク族(40万年前)

 

※「獣人の大狩猟時代」に参加したチュクウは、人類初のアメリカ大陸上陸を果たし、北東部森林地帯(現イリノイ~ニューヨーク近辺)に居を構え、「ソーク族」を称した。ソークの名の由来はチュクウである。チュクウ=シュクウ=ソークとなる。

 

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大混血時代(汎人類の時代)

 

 

・ステュクス(30万年前) カゾオバ+チュクウ+クウォス

 

※「キブウカの大移動時代」に参加したカゾオバは赤髪の白人であった。彼らは東南アジアに入植し、獣人の姿をしたチュクウ、アボリジニの姿をしたクウォスと組んで「ステュクス」を生んだ。ステュクスの名の由来はカゾオバ、チュクウ、クウォスの組み合わせである。カゾオバ+チュクウ+クウォス=ゾオチュクウォス=ステュクスとなる。ステュクスは、大洋の娘たちに名を連ね、冥府の河として知られた。

 

・キュクロプス(30万年前) チュクウ+カリュプソー
・ステロペース(30万年前) イストロス+アルペイオス
・ブロンテース(30万年前) ウラニアー+クリュテイオス
・アルゲース(30万年前) アルキュオネウス


・ヘカトンケイル(30万年前) ベカタン+キャラ+エウリュトス
・コットス(30万年前) ブカット+エウリュトス
・ブリアレオース(30万年前) ポルピュリオーン+アグリオス
・ギューゲース/ギューエース(30万年前) チュクウ+クウォス

 

テュポン(4万年前)

 

※テュポンは地球の王であるルハンガとチュクウの合体部族である。チュクウ+ルハンガ=チュハン=テュポンとなる。「神統記」に於いては史上最強の怪物と呼ばれた。このテュポンからは宇宙人(科学の種族トバルカイン)が生まれている。

 

トバルカイン(3万年前)

 

※トバルカインは、テュポンがアルキュオネウスと連合することで生まれた。テュポン+アルキュオネウス=テュポルキュオネ=トバルカインとなる。

トバルカインは4つの種族の合体部族であるため、後に4つの派閥にトバルカインは分離した。チュクウのトバルカイン、ルハンガのトバルカイン、オロクンのトバルカイン、クウォスのトバルカインである。ここに、気仙沼に住んでいたケシャンボ(河童)がルハンガのトバルカインと合体し、トバルカインに仲間入りした。彼らは自身をスバル人と呼んだ。ということで、トバルカインの種族は5つであるが、卓越した科学の力を継承しているのは、チュクウのトバルカインと一部スバル人のみである。

2万年前にUFOを発明し、火星にまで行っていた種族だ。地球の番人であるトバルカインは、核兵器を発明し、タナトスとタナトスの邪教信者を、古代都市ごと焼き払ってきた。その名残りが荒涼たるサハラ、カラコルム、ゴビなどの砂漠である。

 

・雷雨の神チャク(4万年前)

・創造主クグマッツ(4万年前)

 

※科学の種族トバルカインは古代マヤに入植し、「雷雨の神チャク」を称した。更に、ミマースと組んで「創造主クグマッツ」を生んだ。チャクの名の由来はチュクウであり、クグマッツの名の由来は、ギガースとミマースの組み合わせである。チュクウ=チャクウ=チャクとなり、ギガース+ミマース=ギガマース=クグマッツとなる。ミマースは、ペルーから来たパチャママの片割れである。
チャクは、東西南北の4つのチャクに分かれているとされる。4つのチャクとは、タルタロス(オーストラリア)のキュクロプス、ミドガルド(カリフォルニア)のスクルド、高天原(台湾)の天香語山命、そして、古代マヤの雷雨の神チャクを指している。

 

 

 


全能神ゼウスの一族~周、スサノオ、リトアニア大公国、明、李氏朝鮮、マイソール王国、太平天国、サムスン・グループ

ゼウス(4万年前)


※チュクウから分かれ、古代アメリカ時代に生まれた「ソーク族」は、その後、台湾に移住して「ツオウ族」を生んだ。ツオウ族はパッラース、ミマースと合体して神統記最初の英雄「ペルセウス」を生んだ。ペルセウスは「アルゴス号の大航海時代」に、ゴルゴン、メドゥーサなど、多くのタナトスを皆殺しにしている。更に、ツオウ族はムシシ、ヴィディエと合体して、台湾に「サイシャット族」を生んだ。ツオウ+ムシシ+ヴィディエ=ツオウシシディエ=シオウシッシデ=サイシャットとなる。
サイシャット族は単なる台湾の先住民族ではなく、塩椎神、素戔鳴尊、全能神ゼウス、冥界神セト、女神イシス、アダムの子セツなどの神々を生んだ部族である。サイシャット=サイシャツ=塩椎神(しおつち)。サイシャット+ウラニアー=サイシャニアー=素戔鳴尊(すさのおう)。サイシャット=サイシ=ゼウス。サイシャット=シャット=セト。サイシャット=イシャツ=イシス。サイシャット=シャツ=セツとなる。特に、全能神ゼウスは、テセウス、オデュッセウスと名前を変えながらことあるごとにタナトスを狩り、皆殺しにした。

 

40万年前 「ソーク族誕生」

 

人類初のアメリカ大陸上陸を果たし、北東部森林地帯(現イリノイ~ニューヨーク近辺)に居を構えたチュクウは「ソーク族」を称した。ソークの名の由来はチュクウである。チュクウ=シュクウ=ソークとなる。

 


■30万年前 「ツオウ族誕生」

 

アプチが、マヤから東アジアに帰還した際、ソーク族は同行していた。彼らは、台湾に入植すると「ツオウ族」を生んだ。ツオウの名の由来はソークである。ソーク=ツオウク=ツオウとなる。

 


■30万年前 「ペルセーイス(ペルセウス)誕生」

 

「カオスの大移動時代」に参加したミマースは、パッラースや台湾から来たツオウ族と共に、オーストラリアに「ペルセウス(ペルセーイス)」を生んだ。ペルセウスの名の由来はパッラース、ツオウ、ムシシ(ミマース)の組み合わせである。パッラース+ツオウ+ムシシ=パッラツオウシ=パラソウシ=ペルセウスとなる。

 


■30万年前 「クリュセーイス誕生」

 

「カオスの大移動時代」に参加したクリュテイオスはペルセーイスと共に「クリュセーイス」を生んだ。クリュセーイスの名の由来はクリュテイオスとペルセーイスの組み合わせである。クリュテイオス+ペルセーイス=クリュセーイスとなる。

 


■7万年前 「ウラヌスの大移動時代」

 


■7万年前 「第1次アルゴス号の大航海時代」

 


■7万年前 「ペルセウス誕生」

 

「第1次アルゴス号の大航海時代」に参加したペルセーイスは、英雄ペルセウスとして、ケルケイース(ゴルゴン)、メーティス(メドゥーサ)の国に取り付いたタナトス一族を皆殺しにした。この時、一部のタナトスはクリュサウル、ペガサスとなって逃亡し、ダナオスの一族はアルゴス号に閉じ込められてオセアニアに連行され、タンナ島に封じ込められた。この時から、ペルセウスの子孫は、時期が来るとタナトスを皆殺しにするようになる。プーチン大統領、習国家主席、トランプ大統領は現代のペルセウスである。

 


■7万年前 「サイシャット族(ヘラクレス)誕生」

 

「第1次アルゴス号の大航海時代」に参加したペルセウスは、台湾に上陸してクリュセーイスと共に合体部族を生んだ。この合体部族の誕生に参加したのはペルセーイス側からはパッラース(ヴィディエ+レザ)、ムシシが、クリュセーイス側からはグラティオーンとムシシである。しかし、グラティオーン自体がアグリオス(チュクウ+ルワ)とディオーネー(ヴィディエ+ウラニアー)の合体部族である。つまり、ペルセーイスからは3部族、クリュセーイスからは5部族が参加している。
この時に生まれたのは、台湾少数民族として知られる「サイシャット族」である。サイシャットの名の由来はチュクウ、ムシシ、ヴィディエの組み合わせである。チュシシディ=ツォウセーイシディ=サイシャットとなる。サイシャット族は後に「ヘラクレス」と呼ばれることになる。ヘラクレスの名の由来はペルセーイスとクリュセーイスの組み合わせである。ペルセーイス+クリュセーイス=ペルクリュセ=ヘラクレスとなる。

 


■7万年前 「ヘラクレス誕生」

 

ヘラクレスとは、台湾のサイシャット族のことであるが、ヘラクレスの物語は全て、オーストラリア、メラネシア、南シナ海で起きたことである。ヘラクレスの目的は、主に、反自然の種族の成敗であった。ネメアのライオン、レルネのヒュドラ、ケリュネイアの鹿、エリュマントスの猪、アウゲイアスの家畜小屋掃除、ステュムパリデスの鳥退治、クレタの暴れ牛、ディオメデスの人喰い馬、アマゾネスとの戦闘、ゲリュオンの赤い牛、ヘスペリデスの黄金の林檎、ケルベロスの生け捕りの中でも、特にエリュマントスの猪とディオメデスの人喰い馬はタナトスの一族である。

 


■7万年前 「塩椎神誕生」「摂津国誕生」

 

サイシャット族は日本に上陸し、現地人に「塩椎神(しおつち)」と呼ばれた。しおつちの名の由来はサイシャットである。サイシャット=サイシャツ=しおつちとなる。その後、彼らは「摂津」に拠点を得た。摂津の名の由来はサイシャットである。サイシャット=シャツ=摂津となる。高天原と摂津は、塩椎神(サイシャット族)の勢力圏だった。

 


■7万年前 「素戔鳴尊誕生」

 

サイシャット族(塩椎神)は、新規の合体部族天照大神(ニャメ+ドーリス)に敗北し、台湾を離れた。この時にチュクウとムシシは「素戔鳴尊」と呼ばれた。素戔鳴尊の名の由来はサイシャットとウラニアーの組み合わせである。サイシャット+ウラニアー=サイシャニアー=素戔鳴尊(すさのお)となる。素戔鳴尊はチュクウとムシシ、ウラニアーによる合体部族である。

 


■7万年前 「第2次アルゴス号の大航海時代」

 


■7万年前 「ヴァルハラ誕生」「戦士の守護神ワルキューレ誕生」

 

「第2次アルゴス号の大航海時代」に参加した素戔鳴尊、筒之男命は、神話通り、葦原中津国に向かった。葦原中津国は2種類あるが、ひとつめは八代湾~天草諸島に跨る地域であり、2つめはアナトリア半島~ナクソス島に跨る地域である。彼らが目指したのは2つめの葦原中津国である。
アルゴス号は、途上の北アメリカで常世国、ミドガルド王国などを残しつつ、メキシコに到達した。大西洋側に出た彼らは、上陸ポイントを「ベラクルス」と命名した。更に、北メキシコに入植した塩椎神の勢力は「ヴァルハラ王国」を築いた。ヴァルハラの名の由来はペルセウスとヘラクレスの組み合わせである。ペルセウス+ヘラクレス=ペルヘラ=ヴァルハラとなる。
ベラクルスには、「ワルキューレ」が生まれた。ベラクルス、ワルキューレの名の由来は共にヘラクレスである。ヘラクレス=エラクーレス=ワルキューレとなる。北アメリカにあったミドガルド王国、北メキシコにあったヴァルハラ王国名は北欧神話に出てくるため、ミドガルド、ヴァルハラは北欧に存在したと考える人も多いだろう。しかし、大概の場合、神話の舞台は神話が編まれた土地で起きた事柄ではない。タナトスを皆殺しにするため、科学の種族は核兵器によってミドガルド、ヴァルハラを消滅させたが、北欧神話は、その時の生存者が何万年もさすらったあげく、北欧に辿り着き、現地人に伝えたものである。

 


■4万年前 「オリンポス神族誕生」

 

「第2次アルゴス号の大航海時代」に参加したサイシャット族は、メキシコを離れ、葦原中津国を目指した。クロノスはケルンを拠点にし、インチキ宗教により、大量の弱者を信者として擁し、ヨーロッパを支配していた。これに対抗するべく、現オリンポス山付近に入植したサイシャット族は「オリンポス神族」を結成した。オリンポスの名の由来はウラヌスとポセイドンの組み合わせである。ウラヌス+ポセイドン=ウラヌポセ=オリンポスとなる。ご存知のように、オリンポス神族には「ゼウス」「ポセイドン」「ハデス」「ヘスティア」「デメテル」「ヘラ」がいる。ヘスティア、デメテル以外はサイシャット族の合体部族から生まれた。

 


■4万年前 「全能神ゼウス誕生」

 

現オリンポス山付近に拠点を構えたサイシャット族は、「ゼウス」を生んだ。ゼウスの名の由来はサイシャットである。サイシャット=サイシャ=ザイシ=ゼウスとなる。

 


■4万年前 クロノスに呑み込まれる

 

クロノスは、大量の信者を強い発言力・強固な城壁として動員し、オリンポス神族を退けた。優れたオリンポス神族は、だが、数で勝るできそこないに敗北した。間違っていても、誰にも好かれていなくても頭数で勝れば勝てるということをクロノスは証明した。ヘシオドスは、この敗北を「クロノスに呑み込まれた」と表現した。

 


■4万年前 「オリンポス神族の大航海時代」

 


■4万年前 全能神ゼウス、クレタに潜伏

 

「オリンポス神族の大航海時代」に参加しなかったゼウスは、神統記の通りにクレタに潜伏した。ただ、このクレタはエーゲ海のクレタ島のことではなく、マレー半島~ソロモン諸島の間に存在したクレタ王国のことである。

 


■4万年前 「アトランティス王国誕生」

 

ゼウス以外は「オリンポス神族の大航海時代」に参加し、北アメリカ、マヤ、南アメリカ、南極大陸の発見を経てオーストラリアに入植した。デメテルを生んだアドメテーはエロスと組んで「アトラス」を生んだ。その後、アトラスはタナトスと組んで「アトランティス王国」を築いた。アトランティスの名の由来はアトラス、タナトスの組み合わせである。アトラス+タナトス=アトラナトス=アトランティスとなる。後に、タナトスがアトランティスの王統を簒奪すると、かつての大英帝国のように世界侵略を標榜し、残虐の限りを尽くした。

 


■4万年前 「アトランティス人の大航海時代」

 


■4万年前 「スエズ誕生」

 

クロノスを倒すべく、全能神ゼウスは、エジプトに拠点「スエズ」を築いた。スエズの名の由来はゼウスである。ゼウス=セウズ=スエズとなる。ゼウスは、クロノスの一族を皆殺しにするために史上初の武器を製作した。それまでも、石器のナイフ、弓矢、槍などはあったが、ゼウスは投石器などを作った。

 


■4万年前 全能神ゼウス、クロノスをギリシアから追放

 

「アトランティス人の大航海時代」に参加したゼウスは、「アベルの大航海時代」の人々と連合し、エジプトで体制を整えてからギリシアに侵攻した。クロノスが掌握していた大量の愚か者たちは、しかし、単なる頭数を上回るゼウスたちの実力に翻弄され、容易に退けられた。クロノスはギリシアからパプアに逃亡し、ダニ族となる。クロノスは「できそこないでも数で圧倒すれば優れた者に勝てる」と信じていたが、この時は、優れた者ができそこないの「数で圧倒する方法」を凌駕したため、敗北を喫した。

 


■4万年前 「ティタノマキア」

 


■4万年前 「ギガントマキア」

 


■4万年前 「フッキとヌアの大航海時代」

 


■4万年前 「スワジ誕生」

 

「フッキとヌアの大航海時代」に参加したゼウスは、スエズから南アフリカに移り、「スワジ」を築いた。スワジは宿神(スシェン)、朱雀(ツークエ)とも呼ばれた。スワジの名の由来はスエズであり、スシェンの名の由来はシュシャンである。スエズ=スワズ=スワジとなる。ツークエの名の由来はチュクウである。チュクウ=チュークエ=ツークエとなる。
ゼウスは、カアングと共に「キンシャサ」を築き、白虎(ベイフー)と共に「アジスアベベ」も築いた。キンシャサの名の由来はカアングとゼウスの組み合わせであり、アジスアベベの名の由来はゼウスとベイフーの組み合わせである。カアング+ゼウス=カアンセウス=キンシャサとなり、ゼウス+ベイフー=アゼウス+アベイフ=アジスアベベとなる。

 


■2万年前 「オデュッセウス(テセウス)誕生」

 

オデュッセウスの物語は、実際には「トロイア戦争」ではなく、「最終戦争ラグナロク」の後に、ゼウスが世界中を巡り、諸国のタナトスを成敗して回ったた話である。当時のゼウスは、現スワジやキンシャサに住んでいた。オデュッセウスの名の由来は、ヴィディエ、ゼウスの組み合わせである。ヴィディエ+ゼウス=ヴィディゼウス=オデュッセウスとなる。
シベリア・モンゴル(キコネス人、パイエケス人、アルキノオス王、ナウシカ姫)、コンゴ(ロトパゴイ人)、カリブ海(カリュプソー島)、ナイジェリア(キュクロプス)、セネガル(アイオロス)、ナミビア(人喰いライストリュゴン)、黒海(魔女キルケ)、オーストラリア(海の怪物スキュラ)、ヨーロッパ(ヘリオス島)というように、名前を精査すると舞台が見えてくる。
一方、オデュッセウスは「テセウス」とも呼ばれた。テセウスの名の由来はヴィディエ、ゼウスの組み合わせである。ヴィディエ+ゼウス=ディエゼウス=テセウスとなる。アテナイの王子テセウスの物語も、オデュッセウス同様に、ヴォドゥン王国に取り付いたタナトスと反自然の種族を退治して回る話である。ここでは割愛するが、鉄の棍棒男ペリペテス、四つ裂き男シニス、牝猪パイア、蹴落とし男スケイロン、レスリング男ケルキュオン、引き伸ばし男ポリュペモンの名は、みな、反自然の種族に属していることがわかる。

 


■1万3千年前 全能神ゼウス、デウカリオンとピュラに助言を与える

 

ギリシア神話に「デウカリオンとピュラ」の説話がある。これは、実際には、ゼウスが、単身タルタロス(オーストラリア)に赴き、「デウカリオン」と「ピュラ」に対し、緊急脱出用の大型船を造るように進言したことを意味している。

 


■1万3千年前 「ヘリオポリスの大航海時代」

 


■1万3千年前 「スーサ誕生」

 

「ヘリオポリスの大航海時代」に参加したゼウスは、メソポタミアに入植し、「スーサ」を築いた。スーサの名の由来は素戔鳴尊である。素戔(すさ)=スーサとなる。

 


■BC5千年 「トロイア戦争」

 


BC1027年 「周誕生」

 

「ベーシュタードの大航海時代」に参加したウェシュシュ人は、東アジアに帰還した。彼らは中国に上陸すると、殷に寄生していた人身御供の種族、能登族を皆殺しにした。その後、ウェシュシュ人は、蚩尤が生んだ「周氏(チョウ)」に参加し、共同で「周」を開いた。周(チョウ)の名の由来はツオウである。ツオウ=チオウ=周(チョウ)となる。

 


■BC32世紀 「スイス誕生」

 

「ドルイド教の大航海時代」に参加したゼウスは、ライン流域を遡り、アルプス山脈のふもとにまで及んだ。彼らは当地を「スイス」と命名した。スイスの名の由来はゼウスである。ゼウス=ゼイス=スイスとなる。

 


■BC19世紀 「海の民の大航海時代」

 


■BC19世紀 「ウェシュシュ人誕生」

 

「海の民の大航海時代」に参加した粛慎は、祖を同じくするスイス人と連合した。この時に「ウェシュシュ人」が生まれた。ウェシュシュの名の由来はスイスとシュシャンの組み合わせである。スイス+シュシャン=ウイスシャン=ウェシュシュとなる。彼らは、トゥルシア人らと共にイランに入植し、デニエン人、シェルデン人とは異なる、正義の側の海の民に参加した。

 


■BC19世紀 「女神イシス誕生」「エフェソス誕生」

 

ウェシュシュ人は、トゥルシア人、ペリシテ人、チェケル人、ルカ人らと共にラムセス3世に加勢し、海の民(デニエン人・シェルデン人)を退けた。その後、ウェシュシュ人はエジプトに入植して「女神イシス」を祀った。イシスの名の由来はウェシュシュである。ウェシュシュ=エスス=イシスとなる。また、彼らはギリシアにも入植し、「エフェソス」を築いた。エフェソスの名の由来はウェシュシュである。ウェシュシュ=ウエシュシュ=エヘスス=エフェソスとなる。

 


■BC1700年 ウェシュシュ人、アテナイ王国と対立

 

「海の民の大航海時代」に参加したウェシュシュ人は、司神タナトスに支配されたアテナイ王国と対立した。この模様は、ギリシア神話では、ゼウス(ウェシュシュ人)とアテーナイ(司神タナトスと大量の信者たち)の対立として記されている。この戦争は、スエズ(エジプト)対アデン(アラビア半島)の戦いであった。

 


■BC1027年 「ベーシュタードの大航海時代」

 


■BC1027年 「周誕生」

 

「ベーシュタードの大航海時代」に参加したウェシュシュ人は、東アジアに帰還した。彼らは中国に上陸すると、殷に寄生していた人身御供の種族、能登族を皆殺しにした。その後、ウェシュシュ人は、蚩尤が生んだ「周氏(チョウ)」に参加し、共同で「周」を開いた。周(チョウ)の名の由来はツオウである。ツオウ=チオウ=周(チョウ)となる。

 


■BC967年 「エジプト第22王朝樹立」

 

南征した「周」の昭王は、急に故地帰還を思い立った。つまり、中国人の顔をした昭王の軍団はシルクロードを経てエジプトにまで足を伸ばしたのだ。ひとまず、リビアに根を下ろして警察としての地位を得てリビア人を指揮下に置いていた昭王の軍団は、22年後のBC945年にリビア人王朝を古代エジプトに打ち建てている。シュシャン人(スーサ)の子孫である昭王は、シルクロードを通過した際に「シュシャンキ(シュシャン人)」を称した。それが、シェションク1世の名の由来である。

 


■BC663年 プサメティコス1世、初代ファラオに即位 「サイス朝(エジプト第26王朝)樹立」

 

中国から逃亡した「周」の王族に属する2つの王統が合体し、「第26王朝(サイス朝)」を樹立した。サイスの名の由来はスイス(周氏の祖ウェシュシュ人の故地)、或いはゼウスである。ゼウス=セウス=サイスとなる。

 


■BC341年 「スイス復活」

 

ペルシア帝国に飲み込まれたサイス王家は、故地スイス(シュヴィーツ)に帰還して、スイスの名を復活させた。エジプト人の顔をした彼らは現地のヨーロッパ人と混合して「スイス人」を形成する。スイスの名の由来はサイスである。

 

 3??年 西門豹生誕

 

西門豹は、河伯の人身御供の儀式をインチキとし、教団関係者を問答無用で皆殺しにした。ただ、河伯は仲間を官僚として魏の国の中枢に送り込んでいた。そのため、彼らは魏の王を操り、西門豹を左遷させた挙句、正義漢の彼に民に圧政を敷くことを強要した。これに嫌気が差した西門豹は、自から官職を辞退


■BC341年 「朱氏誕生」

 

ペルシア帝国のエジプト王位簒奪に続いてアレキサンダー大王の侵略に晒されたエジプトから脱出した東方組サイス王家は、故地である中国に帰還した。エジプト人の顔をしたサイス王家は中国人と混合して「朱氏」を形成した。朱(チュ)の名の由来はスーサである。スーサ=チューサ=チュ(朱)となる。蚩尤、周氏、趙氏に続き、中国に上陸したゼウスの系統として、朱氏は4世代目にあたる。朱氏からは朱蒙が登場し、彼は、マヤから来たククルカン神族と組んで、BC37年、朝鮮半島に「高句麗(ゴグリョ)」を建設している。

 


■BC1世紀 「高句麗誕生」

 

「ケツァルコアトルの大航海時代」に参加したククルカン(加賀氏)は、ケツァルコアトルと共に満州から朝鮮半島に赴いた。ククルカンは、ゼウスの末裔である朱蒙(朱氏)と組んで「高句麗(ゴグリョ)」を建てた。ゴグリョ(高句麗)の名の由来はククルカンである。ククルカン=ゴグリョカン=ゴグリョとなる。古代朝鮮の王国、高句麗と百済はユカタン半島から来たのだ。

 


■AD3世紀 「大和人の大航海時代」

 


■AD3世紀 「ロス誕生」

 

「大和人の大航海時代」に参加した朱氏は、ブリテン島に上陸した。朝鮮人の顔をした朱氏は現地人と混合して「ロス」を成した。ロス(ROTH)の名の由来は「朱」である。

 


■AD6世紀 「勿吉の大航海時代」

 


■AD870年 「東林書院誕生」「朱子学誕生」

 

デーンローの成立、デーン税の取立てを機に、イギリス人の一族、ロス、キング、ロード、ウィロウ、ハンター、リー、スイスの氏族がイングランドを発ち、中国へ帰還した。イギリス人の顔をした彼らは中国人と混合して先祖の姓を復活させた。スイス(SWISS)は「周」を、ロス(ROTH)は「朱」を、キング(KING)は「王」を、ロード(ROAD)は「程」を、ウイロウ(WILLOW)は「楊」を、リー(LEIGH)は「李」を、ハンター(HUNTER)は「羅」の名を復活させた。
周氏からは周敦イ、程氏からは「東林書院」を設立した程コウ、程イが、王氏からは「新法党」の指導者であり「新学」の創始者王安石が、楊氏からは楊時が、羅氏からは羅従彦が、李氏からは李トウが、朱氏からは「朱子学」を築いた朱熹が輩出された。その後、非東林派の首領に就任したタナトスの血を継ぐ魏忠賢は、AD1623年に秘密警察を掌握し、東林書院に弾圧を加えた。この「東林書院」の人々が、中国を脱出してイングランドに帰り、「イーストウッド」の姓を称したかどうかは定かではない。

 


■AD1009年 「東アジア王族のリトアニア大移住」

 


■AD1236年 シュヴァルナス、第4代大公に即位 「リトアニア大公国誕生」

 

「東アジア王族のリトアニア大移住」に参加した中国人・朝鮮人の顔をした唐・高句麗・新羅王家の人々は、現地人と混合してリトアニアの統率を始めた。その後、リトアニアはAD1236年に大公国としてポーランド王国と共に中欧を統べ、ロシア帝国、スウェーデン王国と肩を並べる大国となるまで成長を遂げた。
古代中国や朝鮮半島を統一した王族がリトアニアを統治するのだから強大化も当然だろう。李氏からはパレモナス、金氏からはギムプタス、朱氏からは第4代リトアニア大公シュヴァルナス、閔氏からは初代リトアニア大公ミンダウガス、第2代リトアニア大公ミンガイラスなどの王が輩出された。

 


■AD1331年 「スイス原初同盟誕生」

 

スイス人は、後に「原初同盟」を結成して、AD1331年にハプスブルグ家から独立を果たしている。周、サイス朝の子孫であるスイス農民が「モルガルテンの戦い」でハプスブルグ家の軍隊を退けたため、スイス歩兵の勇名が全ヨーロッパに轟いたといわれている。

 


■AD1368年 朱元璋、初代皇帝に即位 「明誕生」

 

劉氏がアフリカに残したフォン人(韓山童、韓林児)が中国に帰還し、紅巾族を指揮して元朝に対して蜂起した。それを利用したのがリトアニア大公国から帰還した朱元璋であった。AD1269年にリトアニアに権力闘争が発生すると、シュヴァルナスはリトアニアを脱出して故地東アジアに帰還した。リトアニア人の顔をした彼は元朝治世下の中国に移り、中国人と混合を繰り返して朱元璋が誕生する母体を築いた。明の皇帝「朱元璋」は、第4代リトアニア大公シュヴァルナスの子孫なのだ。

 


■AD1368年 「シュヴィトリガイラ誕生」

 

その後も、朱氏とリトアニアの縁は継続した。AD1424年、永楽帝が第三次タタール遠征にて死す、と見せかけてリトアニアに逆戻りしているのだ。永楽帝はシュヴィトリガイラを名乗り、リトアニア大公の座に返り咲いた。

 


■AD1744年 マイアー・アムシェル・ロスチャイルド生誕 「ロスチャイルド財閥誕生」

 

明が1646年に滅亡すると、朱氏は子氏(チー)を連れて再度、ヨーロッパに落ち延びた。当時、リトアニア大公国はポーランド王国に飲み込まれて消滅していたため、彼らは、神聖ローマ帝国治世下のドイツに根を下ろした。中国人の顔をした朱氏と子氏は、「大和人の大航海時代」を経てドイツにやってきた諸子百家「農家」の子孫バウアー家に接近して自身の血統を打ち立てた。その時に誕生したのがマイアー・アムシェル・ロスチャイルドである。ロスチャイルドの名の由来は朱(チュ)と子(チー)の組み合わせである。

 

第二次ブルガリア皇帝イヴァン・アセン2世の子

 


カリマン1世(1234〜1246)※画像なし
シュヴァルナス(1236〜1270) リトアニア大公国大公


※ブルガリア皇帝の子、カリマン1世はリトアニア公国に潜入して、シュヴァルナスとして大公に就任し、リトアニアとブルガリアを同時に統治した。


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シュヴァルナスの孫

 

アルギルダス(1296〜1377) リトアニア大公国大公


中世リトアニアの君主。アルギルダスは1345年から1377年にかけてリトアニア人とルーシ人の君主とリトアニア大公国を統治した。西方の国境を守る弟のケーストゥティスの支持の許でアルギルダスはバルト海から黒海、モスクワまで50マイルにも及ぶ広大な領域を築いた。 wikiより


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アルギルダスの子

 


アンドリュス・アルギルダティス(1325〜1399)
朱元璋(1328〜1398) 明初代皇帝


明の始祖であり、初代皇帝である。廟号は太祖(たいそ)。その治世の年号を取って、洪武帝(こうぶてい)と呼ばれる。また、生まれた頃の名は、朱重八(しゅ じゅうはち)といい、後に朱興宗(しゅ こうそう)と改名し、紅巾(こうきん)軍に参加する頃にさらに朱元璋と改名し、字を国瑞(こくずい)とした。 wikiより


※ヨーロッパに生まれた朱元璋の正体はリトアニア大公アルグルダスの子アンドリュス・アルギルダティスである。朱蒙の子孫であるため、アンドリュス・アルギルダティスは朱元璋を称し、明を建国した。


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アルギルダスの子

 


コンスタンティナス・アルギルダティス(1335〜1388)
李成桂(1335〜1408) 李氏朝鮮初代王


元(モンゴル)の武官、1357年から高麗の武官、李氏朝鮮の創始者にして初代国王。咸鏡南道の永興(金野郡)の出身。『李朝太祖実録』によれば本貫は全州李氏という。大韓帝国期に太祖高皇帝の称号を送られた。 wikiより


※ヨーロッパに生まれた李成桂の正体はリトアニア大公アルグルダスの子コンスタンティナス・アルギルダティスである。李成桂は李氏朝鮮を建国した。

 

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朱元璋の子


朱椿(1371〜1423)
太宗李芳遠(1367〜1422) 李氏朝鮮第3代国王
ヤドゥ・ラーヤ(1371〜1423) マイソール王国初代王 在位1399〜1423


※太宗李芳遠は朝鮮半島からインドに赴き、マイソール王国を築いている。オデヤ(ウォディヤール)家の名の由来は朝鮮語「オディヤ?(どこだ?)」であり、マイソールの由来は「ムイ、ソウル(ソウルじゃない)」である。

 

イ・ジョン(1407~1453) 太宗の子

足利義量(1407~1425) 室町幕府第5代征夷大将軍

 

※ダヴィデの一族の王朝である明の皇帝は、朝鮮や日本にも進出することを狙っていた。朱元璋の子朱椿は李氏朝鮮では太宗に変身し、朝鮮半島を治めた。その後、太宗の子イ・ジョンが日本に進出し、足利義量として征夷大将軍に即位した。しかし、異分子の侵入を察知した善如の一族は義量を亡き者にしようと画策し、これに気付いた義量は18歳で死んだことにしていち早く日本を脱出し、李氏朝鮮に帰還した。彼は46歳まで生きた。

 

足利義輝(1536~1565) 室町幕府第13代征夷大将軍

隆慶帝(1537~1572) 明第13代皇帝

 

※明第12代皇帝嘉靖帝は工作員として日本に潜入し、足利義晴の子として義輝を生んだ。しかし、義輝は弟である義栄に正体を知られたため、執拗なまでに狙われ続けた。1565年、義輝は三好三人衆に殺害されたことにして父の故地中国に渡り、1567年に隆慶帝に即位した。彼はなぜそんなにすぐに明の皇帝になれたのか?それは、義輝(隆慶帝)が嘉靖帝(ダヴィデの一族)の子だったからだ。

 

足利義昭(1537~1597) 室町幕府第15代征夷大将軍

 

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足利義輝(隆慶帝)の子

 

足利輝若丸(1562)※画像なし

万暦帝(1563~1620) 明第14代皇帝

徐光啓(1562~1633)

高攀龍(1562~1626) 東林七賢

繆昌期(1562~1626) 東林七賢※画像なし

 

※足利義輝の子輝若丸は早世したことにし、潜伏して育ち、中国に潜入して万暦帝(ダヴィデの一族)として明皇帝に即位した。また、足利義輝の一族は、足利義栄(本願寺門主善如の一族)が作った「東林党」を簒奪した。しかし、そのために足利義栄が化けた魏忠賢によって東林党は手ひどく弾圧された。

 

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足利義昭の子

 

足利義尋(1572~1605)※画像なし

楊漣(1572~1625) 東林六君子

袁化中(1572~1625) 東林六君子※画像なし

周起元(1571~1626) 東林七賢※画像なし

 

永山義在(1575~1635) 義尋弟※画像なし

左光斗(1575~1625) 東林六君子

魏大中(1575~1625) 東林六君子

 

平島義次(1596~1680) 義助の子

李慶昇(1593~1626) 東林七賢

仁祖李倧(1595~1649) 李氏朝鮮第16代国王

 

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泰昌帝(1582~1620) 明第15代皇帝

定遠君1580~1620 仁祖父※画像なし

周朝瑞(1580~1625) 東林六君子※画像なし

周宗建(1582~1625) 東林七賢

周順昌(1584~1626) 東林七賢※画像なし

黄尊素(1584~1626) 東林七賢

 

崇禎帝(1611~1644) 明第17代皇帝

昭顕世子(1612~1645) 仁祖の子※画像なし

ナラサー・ラージャ1世(1615~1659) マイソール王国第12代王※画像なし

 

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クリシュナ・ラージャ2世(1728~1766) マイソール王国第18代王

洪大容(1731~1783) 新羅学者

 

チャーマ・ラージャ9世(1774~1796) マイソール王国第21代王

洪景来(1780~1812) 洪景来の乱指揮者※画像なし

 

洪秀全(1814~1864) 太平天国指導者

李景夏(1811~1891) 李氏朝鮮武臣※画像なし

 

金允植(1835~1922) 独立活動家

 

李完用(1856~1926 )独立協会

ソン・ビョンジュン(1857~1925) 一進会

原敬(1856~1921) 内閣総理大臣

 

羅喆(1864~1916) 檀君教教祖

李範允(1863~1940) 独立活動家※画像なし

徐載弼(1864~1951) 独立協会

尹致昊(1865~1945) 独立協会、万民共同会

 

洪震(1877~1946) 独立運動家

 

洪思翊(1888~1946)※画像なし

池青天(1888~1957) 独立活動家※画像なし

金佐鎮(1888~1930)

呂運亨(1886~1947) 建国準備委員会

キム・ヒョンチュン(1888~1942)独立活動家

 

洪龍浩(1906~?)カトリック平壌代牧区司教

イ・ビョンチョル(1910~1987) サムスン・グループ創業者

 

ニコラス・チョン・ジンスク(1931) ローマ・カトリック教会枢機卿、第13代ソウル教区大司教※画像なし

李会昌(1935) 韓国大統領候補

 

 

李健熙(1942) 2代・4代目サムスン電子会長

 

 

 

 

 


宇宙人トバルカイン(チュクウ)の一族①~出羽、十和田、イスラエル王国、ダヴィデ朝、テーバイ王国、テーベ神官都市、太陽神ラー、太陽神アメン、ユダ王国、朴氏、ペグー王朝

宇宙人の正体と歴史(カインの血族)

 

 

トバルカイン(4万年前)

 

チュクウのトバルカイン

ルハンガのトバルカイン

オロクンのトバルカイン

クウォスのトバルカイン

スバル人

 

エラド(4万年前)

マハラエル(4万年前)

 

※トバルカインは、最大最強の怪物テュポンが巨人アルキュオネウスと連合することで生まれた。テュポン+アルキュオネウス=テュポルキュオネ=トバルカインとなる。エラドの名の由来は巨人エウリュトスであり、マハラエルの由来はオリジナル人類マベエと巨人ブリアレオースの組み合わせである。

著名なコンタクティ、ビリー・マイヤーによると彼が知る宇宙人はエラ人、プリヤール人を名乗るそうだが、エラ人はエラド、プリヤール人はマハラエルのことで間違いないだろう。

トバルカインは4つの種族の合体部族であるため、後に4つの派閥にトバルカインは分離した。チュクウのトバルカイン、ルハンガのトバルカイン、オロクンのトバルカイン、クウォスのトバルカインである。ここに、気仙沼に住んでいたケシャンボ(河童)がルハンガのトバルカインと合体し、トバルカインに仲間入りした。彼らは自身をスバル人と呼んだ。ということで、トバルカインの種族は5つであるが、卓越した科学の力を継承しているのは、チュクウのトバルカインと一部スバル人のみである。

 

・雷雨の神チャク(4万年前)

・創造主クグマッツ(4万年前)

 

※科学の種族トバルカインは古代マヤに入植し、「雷雨の神チャク」を称した。更に、巨人ミマースと組んで「創造主クグマッツ」を生んだ。チャクの名の由来はチュクウであり、クグマッツの名の由来は、ギガースとミマースの組み合わせである。チュクウ=チャクウ=チャクとなり、ギガース+ミマース=ギガマース=クグマッツとなる。
チャクは、東西南北の4つのチャクに分かれているとされる。4つのチャクとは、4つのトバルカイン、チュクウのトバルカイン、ルハンガのトバルカイン、オロクンのトバルカイン、クウォスのトバルカインのことである。

 

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●死神タナトスにとっての地獄 閻魔大王の裁きの時代

 

※写真は宇宙人(科学の種族トバルカイン)が搭乗する白銀色に光るフェイクプレーン(輪郭はなぜかぼやけており、双眼鏡で見てもはっきりしない)。南極大陸はムー帝国(モホス文明)の植民地だったが、そこに科学の種族(トバルカイン、エラド、マハラエル)が住みつき、核兵器、UFOなどを開発した。南極は、「五岳神(ウーユエ)」の国と呼ばれた。

五岳とは、中国の道教に登場する、南北中東西に位置する聖山のことである。それらは、じつは南極の山々を指していた。東岳泰山は3680mのペンサコラ山、南岳衡山は4528mのカークパトリック山、4350mのマークハム山、中岳嵩山は5140mのマッシフ山、西岳崋山は4187mのシドリー山、北岳恒山は4191mのプラトー山のことである。東岳大帝とは、冥府の王のことだが、ヴィディエは、南極の王として東岳大帝と呼ばれた。 

 

※写真は火星の火山オリンポス(標高2万7千m)と職務中の閻魔大王。科学の種族は、知能を悪に用いる者をできそこないと認定し、UFOで火星送りにしていた。 冥界の巨山と呼ばれた「羅ホウ山」とは、火星の火山であり、太陽系でもっとも巨大な火山、2万7千mのオリンポス山のことを指している。中国神話で冥界の神々と呼ばれた人々は、できそこないを裁いていた種族のことであり、「十王」 と呼ばれた。

地球上の、タナトス(できそこない)を嫌う、世界中の優れた王族が団結し、「十王」を結成していた。秦広王、楚江王、宋帝王、五官王、閻羅王、変成王、太山王、平等王、都市王、五道転輪王である。閻魔大王(ヤマ)は太陽神シャマシュのことであり、ホウ都大帝はルハンガとヴィディエ、太乙救苦天尊はヴィディエとチュクウのことである。

安倍総理と仲間たちのように平気でウソをつき、テッド・バンディ事件の真犯人ブッシュ元大統領、狂気の怪物モンサント社のように子どもを笑いながら殺すような反自然的な人々は、みな火星で裁かれ、死ぬまで強制労働を課せられた。 ただ、優れた人々は罪悪感が強い。そのため、精神的な健康を理由に、火星の強制労働施設は長らく閉鎖されているようだ。

 

・創造神テペウ(2万年前)

 

※チュクウのトバルカインは、雷雨の神チャク、創造主クグマッツが支配する古代マヤに基地を築いた。この時に「テペウ」が生まれた。テペウの名の由来はトバルカインである。トバルカイン=テペウカイン=テペウとなる。テペウは、創造主として崇められ、王として古代マヤを統治したと考えられる。彼らは、基本的に科学文明を放棄していた。マヤ人が、宇宙人の子孫を自称するのは、これがゆえである。

 

・出羽国(1万3千年前)

 

※最終戦争ラグナロクにより、ミドガルド王国はネバダ砂漠と化した。この時、「ユグドラシルの大航海時代」に参加したチュクウのトバルカインは古代マヤを離れ、東北地方に入植して「出羽国」を建てた。出羽の名の由来はテペウである。テペウ=テヘ=出羽となる。

 

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●ポスト大地殻変動の時代(科学の種族トバルカインの動向)

 

テーバイ王国(1万3千年前)※画像はサハラ砂漠

 

ルハンガのトバルカインは超科学を継承し、現サハラ砂漠にテーバイ王国を築いた。気仙沼の河童(ケシャンボ)はルハンガのトバルカインと合体し、スバル人(サハラの語源)となった。カゾオバ+トバルカイン=ゾオバル=ソバル=スバルとなる。

ルハンガのトバルカインスバル人(身長1m)は現サハラで超科学の研究に勤しんだが、BC32世紀頃「ソドムとゴモラ」の際、科学の悪用を阻止するためにテーバイ王国の街や科学設備を核分裂させて爆破した。

 

タップ・オ・ノス(1万3千年前)

 

オロクンのトバルカインは超科学を継承し、大地殻変動後は凍結した南極(五岳神の国)を離れて古代スコットランドに移った。彼らはタップ・オ・ノスに住んだ。タップ・オ・ノス(Tap O' Noth)の意は「北のテーベ」である。

彼らは、超科学を追及していたが、BC5千年頃のトロイア戦争+マートゥーレスの戦いの折、ダーナ神族の一族がタップ・オ・ノスに侵入したため、科学の悪用を阻止するために施設を核分裂で爆破した。その後、オロクンのトバルカインは出羽国を訪れ、竜飛岬(由来はタップ)周辺に国を作る。黙示録アルマゲドンの後はアーリア人(プール族)となる。

 

・テワ族(1万3千年前)※画像はテワ族の少女

・ティワ族(1万3千年前)

・トワ族(1万3千年前)

 

クウォスのトバルカインは超科学を放棄し、原始的な生活を望んでコロラド流域に移住した。テワ、ティワ、トワの名はトバルカインに由来している。彼らは自分たちをマヤ人の子孫、宇宙人の子孫だと信じている。

 

ツバル(1万3千年前)※画像はツバル諸島

 

スバル人は超科学の継承を決意し、大地殻変動後は珊瑚でできた絶海の孤島ツバルを発見。移住した。彼らは、同時にテーバイ王国にも居住していた。

 

女神エリウ(1万2千年前)※画像はエリウ

 

エラドは大地殻変動が起きると、超科学の継承を決意し、凍りついた南極(五岳神の国)からマハラエルと共に古代アイルランドに移住した。エリウの名の由来はエラドである。

 

・戦闘の女神マッハ(1万2千年前)※画像は戦闘の女神マッハ

・魔神バロール(1万2千年前)

 

マハラエルは大地殻変動が起きると、超科学の継承を決意し、凍りついた南極(五岳神の国)からエラドと共に古代アイルランドに移住した。マッハ、バロールの名の由来はマハラエルである。

 

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●旧約聖書ルツ記の一族

 

※「ルツ記」に記された物語は、時期的には「モーゼスの大移動時代」前後、BC35世紀頃から始まったと考えられる。舞台は、現イスラエル周辺ではなく、縄文時代の十和田・津軽・出羽、古代チベットである。

 

ユダ(BC35世紀頃) ペレツ父

 

※以前、ユダの名の由来はエウドーラーと考えていたが、「ルツ記」の場合は十和田が由来だと考えられる。十和田=とあだ=あだ=ユダとなる。つまり、ユダとは縄文人の顔をした十和田や出羽国の首長だった。以下、ユダの子たちは縄文時代の十和田・津軽・出羽の首長を代々務めたと考えられる。

 

・ペレツ(BC35世紀頃)

・ヘツロン(BC35世紀頃)

・ラム(BC35世紀頃)

・アミナダブ(BC35世紀頃)

・ナフション(BC35世紀頃)

・サルマ(BC35世紀頃)

・ボアズ(BC35世紀頃)

・オベデ(BC35世紀頃)

・エッサイ(BC35世紀頃)

 


ダヴィデ(BC35世紀頃) イスラエル王国第2代王 在位BC35世紀頃

 

※古代日本は、同時期にイスラエル王国、エジプト王国と呼ばれていた。ロア族(ブリアレオース)が統治していた高天原(台湾)は、最初の人類エスが統治していた葦原中津国と連合した。これにより、台湾~九州地域はイスラエルと呼ばれ、葦原中津国と十和田が連合することで九州~本州はエジプトと呼ばれた。エス(葦原)+ブリアレオース(ロア族)=エスリアレ=イスラエルとなり、エス(葦原)+トバルカイン+ティカル(十和田)=エスバテ=エジプトとなる。
当時の出羽国は、トバルカイン(出羽)とデウカリオン(津軽)が共存し、両者は共同で偉大な先祖を祀る記念碑として巨大なピラミッドの試作品を十和田湖、青森(黒又山)に建造していた。彼らは偉大な先祖のために巨大な記念碑を築くことを人生の全てだと定めていた。

その後、「モーゼス(武蔵)の大移動時代」を機にモンゴルに渡った十和田の縄文人たちは、更に、モンゴルからチベットに移り、「ダヴィデ朝」を築いた。ダヴィデやトボット(チベット)の由来は十和田である。ダヴィデ王とは、十和田からチベットに入植した縄文人の首領のことである。モンゴル人やチベット人が、隣人である中国人よりも、遠く離れた日本人に似ているのはこのためである。

 

・テーベ(BC35世紀)

・太陽神ラー(BC35世紀)

・太陽神アメン(BC35世紀)

・善神デーヴァ(BC35世紀)

 

※預言者ナタンの一族に怒り心頭のオロクンのトバルカインはソロモン朝、ダヴィデ朝を核分裂させ、焼き尽くした。これが黙示録アルマゲドンである。しかし、オロクンのトバルカインはこの時に大きな罪悪感を抱えてしまったため、自身は超科学を放棄し、全てをチュクウのトバルカインに譲り渡し、アーリア人となった。

放射能で汚染されたモンゴル、チベットが居住に適さなくなると、「ヨシュアの大移動時代」に参加して南下したダヴィデの一族(チュクウのトバルカイン)はナイル流域に根を下ろし、ルクソール地方にテーベを築いた。テーベはサハラに存在した第一のテーバイ王国に続く、第二のテーバイ王国でもある。

ダヴィデの一族は最初に太陽神ラーを祀り、次に太陽神アメンを祀った。テーベに住んでいたダヴィデの一族は善神デーヴァとも呼ばれた。テーベの由来はダヴィデであり、ラーの由来はガラクサウラー(サウル)であり、アメンの由来はガラクサウラーとメネストーの組み合わせ(ソロモン)である。ダヴィデ=ダーヴィ=テーベとなり、ガラクサウラー+メネストー=-メネ=アメンとなる。

 

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●インダス文明の礎

 

・シバ王国(BC32世紀頃)

・プント王国(BC32世紀頃)

 

※BC32世紀頃「ソドムとゴモラ」が発生すると、ルハンガのトバルカインは超科学を放棄する決意をし、現サハラを離れてパンジャブに根を下ろした。スバル人は超科学を継承しつつシバ王国を築き、ルハンガのトバルカインはプント王国を築いた。この2つの王国は連合体だったため、パンジャブの由来となった。プント+シバ=プンシヴァ=パンジャブとなる。

テーベのダヴィデの一族はこの時にパンジャブに赴いて、シバ王国、プント王国を築いた兄弟ルハンガのトバルカインとスバル人を援助した。この時にいわゆる「インダス文明」が始まり、同時に、テーベのダヴィデの一族は善神デーヴァと呼ばれた。以下がインダス文明を築き、善神デーヴァと呼ばれたエジプト第11王朝のファラオたちである。

 

・メンチュヘテプ1世(?~BC2134) エジプト第11王朝初代王 在位?~BC2134

・アンテフ1世(?~BC2134) エジプト第11王朝初代王 在位

・アンテフ2世(?~BC2134) エジプト第11王朝初代王 在位

・アンテフ3世(?~BC2134) エジプト第11王朝初代王 在位

・メンチュヘテプ2世(?~BC2134) エジプト第11王朝初代王 在位

・メンチュヘテプ3世(?~BC2134) エジプト第11王朝初代王 在位

・メンチュヘテプ4世(?~BC2134) エジプト第11王朝初代王 在位

 

・セベクヘテプ1世(?~BC1800) エジプト第13王朝初代王 在位BC1803~BC1800

・セネブエフ(?~BC1796) エジプト第13王朝第2代王 在位BC1800~BC1796

・アメンエムハト5世(?~BC1793) エジプト第13王朝第3代王 在位BC1796~BC1793

・アメンエムハト6世(?~BC1785) エジプト第13王朝ファラオ 在位BC1788~BC1785

・セベクヘテプ2世(?~BC1750頃) エジプト第13王朝ファラオ 在位BC1750頃

・ホル(?~BC1760頃) エジプト第13王朝ファラオ 在位BC1760頃

・アメンエムハト7世(?~BC1770頃) エジプト第13王朝ファラオ 在位BC1770頃

・ウハエフ(?~BC1757) エジプト第13王朝ファラオ 在位?~BC1757

・ケンジェル(生没年不詳) エジプト第13王朝ファラオ 在位不明

・アンテフ4世(?~BC1750頃) エジプト第13王朝ファラオ 在位BC1750頃

・セベクヘテプ3世(?~BC1741) エジプト第13王朝ファラオ 在位BC1745~BC1741

・ネフェルヘテプ1世(?~BC1730) エジプト第13王朝ファラオ 在位BC1741~BC1730

・セベクヘテプ4世(?~BC1720) エジプト第13王朝ファラオ 在位BC1730~BC1720

・アイ(?~BC1677) エジプト第13王朝ファラオ 在位BC1700~BC1677

 

・イアフメス1世(?~BC1546) エジプト第18王朝初代王 在位BC1570~BC1546

・アメンヘテプ1世(?~BC1524) エジプト第18王朝第2代王 在位BC1551~BC1524

・トトメス1世(?~BC1518) エジプト第18王朝第3代王 在位BC1524~BC1518

・トトメス2世(?~BC1504) エジプト第18王朝第4代王 在位BC1518~1504

・ハトシェプスト(?~BC1483) エジプト第18王朝第5代王 在位BC1498~BC1483

・トトメス3世(?~BC1450) エジプト第18王朝第6代王 在位BC1504年~BC1450

・アメンヘテプ2世(?~BC1419) エジプト第18王朝第7代王 在位BC1453~BC1419

・トトメス4世(?~BC1386) エジプト第18王朝第8代王 在位BC1419~1386

・アメンヘテプ3世(?~BC1349) エジプト第18王朝第9代王 在位BC1386~BC1349

・ホルエムヘブ(?~BC1293) エジプト第18王朝第14代王 在位BC1321~BC1293

 

※エジプト第18王朝(BC1293)とアメン大司祭国家(BC1080)の間にマハーバーラタ戦争が起きた。マハーバーラタ戦争では、アラビア半島、シナイ半島、パンジャブが核分裂で砂漠化したが、テーベの都市も核分裂で消滅し、砂漠化したと考えられる。

これを機に、超科学の放棄を決意したダヴィデの一族はテーベに残り、超科学の継承を決めたチュクウのトバルカインはテーベを離れて現ロシアに移住した。ロシア人の大部分は宇宙人(科学の種族チュクウのトバルカイン)の子孫だと考えられる。

 

・ヘムネチェルテピエンアメン・ヘリホル(?~BC1074) 初代アメン大司祭 在位BC1080~BC1074

・ピアンキ(?~BC1070) 第2代アメン大司祭 在位BC1074~BC1070

・カーケペルラー・セテプエンアメン・パネジェム1世(?~BC1032) 第3代アメン大司祭 在位BC1070~BC1032

・マサハルタ(?~BC1046) 第4代アメン大司祭 在位BC1054~BC1046

・ヘムネチェルテピエンアメン・メンケペルラー(?~BC992) 第5代アメン大司祭 在位BC1045~BC992

・スメンデス2世(?~BC990) 第6代アメン大司祭 在位BC992~BC990

 

カーケペルラー・セテプエンアメン・パネジェム2世(?~BC969) 第7代アメン大司祭 在位BC990~BC969

唐叔虞(生没年不詳) 晋初代王 在位不明

 

※アメン大司祭は春秋戦国時代の中国に進出して晋(ジン)を建てた。ジンの由来はシナイだと考えられる。

 

プスセンネス3世(?~BC945) 第8代アメン大司祭 在位BC969~BC945

ヤロブアム1世(?~BC910) 北イスラエル王国初代王 在位BC931~BC910

 

※アメン大司祭国家はタニス朝と協力関係にあったが、タニス朝がタナトス(アッシュール・ダン1世の一族)だと分かると、アメン大司祭たちはテーベを離れた。彼らは、アッシュール・ダン1世の一族レハブアムがシェションク1世に排除された現イスラエルに移住し、北イスラエル王国を建てた。アメン大司祭国家最後のファラオ、プスセンネス3世がそのままヤロブアム1世に変身して北イスラエル初代王に即位した。

 

アビヤム(?~BC910) ユダ王国第2代王 在位BC913~BC910

アサ(?~BC873) ユダ王国第3代王 在位BC913~BC873

ナダブ(?~BC900) 北イスラエル王国第2代王 在位BC901~BC900

 

※アビヤムはアサに変身してユダ王国の正常化を試み、一方、ナダブに変身して北イスラエル王国の正常化を試みた。ナダブが北イスラエルにかかりっきりの時、ユダ王国はアッシュール・ダン1世の一族がため、荒んだ。

 

レイ侯(?~BC859) 晋第5代王 在位?~BC859

ヨシャファト(?~BC849) 在位BC873~BC849

 

※この時代から晋の王族がユダ王、イスラエル王を兼任し、タナトスが推し進める偶像崇拝の撤廃に苦慮している。偶像崇拝はできそこないが権威を得る方法でしかない。ホンモノに偶像は必要ない。

 

靖侯(?~BC841) 晋第40代王 在位BC859~BC841

ヨラム(?~BC842) ユダ王国第5代王 在位BC849~BC842

ヨラム(?~BC842) 北イスラエル第10代王 在位BC851~BC842

 

献侯(?~BC812) 晋第6代王 在位BC823~BC812

イエフ(?~BC815) 北イスラエル第11代王 在位BC842~BC815

 

文侯(?~BC746) 晋第11代王 在位BC781~BC746

ウジヤ(?~BC742) ユダ王国第10代王 在位BC783~BC742

 

昭侯(?~BC739) 晋第12代王 在位BC746~BC739

ヨタム(?~BC735) ユダ王国第11代王 在位BC742~BC735

 

鄂侯(?~BC718) 晋第14代王 在位BC724~BC718

アハズ(?~BC715) ユダ王国第12代王 在位BC735~BC715

 

静公(?~BC349) 晋第40代王 在位BC357~BC349

フィレタイロス(?~BC263) ペルガモン王国初代王 在位BC343~BC263


※ユダ王の系譜はペルシア帝国の系譜を築き、晋の系譜はペルガモン王国の系譜を築いた。ペルガモンの名の由来はトバルカインとアメンの組み合わせである。トバルカイン+アメン=バルカメン=ペルガモンとなる。

 

アッタロス1世(?~BC197) ペルガモン王国第3代王 在位BC241~BC197

準王(?~BC195) 馬韓初代王 在位BC220~BC195※画像なし

 

※ペルガモン第3代王の時代に、アッタロス1世はアナトリア半島から朝鮮半島に移った。この時に朴氏、文氏が生まれた。※朴(PARK)、文(MOON)の由来はペルガモンである。ペルガモン=PARKMOON=PARK(朴)+MOON(文)となる。

 

エウメネス2世(?~BC159) ペルガモン王国第4代王 在位BC197~BC159

衛満(?~BC161) 衛氏朝鮮初代王 在位BC194~BC161

 

エウメネス3世(?~BC129) ペルガモン王国第7代王 在位BC133~BC129

氏名不詳(?~BC129) 衛氏朝鮮第2代王 在位BC161~BC129

ニャティ・ツェンポ(?~BC127頃) 吐蕃王朝初代王 在位BC127頃

 

※ペルガモン王エウメネス3世はアナトリア半島を支配しながら衛氏朝鮮の王を兼任し、ダヴィデ朝の土地現チベットに移住して吐蕃王朝初代王に即位した。この時に現在使用されているチベット(トゥボ)の名が生まれた。トゥボの由来はダヴィデである。

 

襄王(?~BC58) 馬韓第7代王 在位BC73~BC58

元王(?~BC33) 馬韓第8代王 在位BC58~BC33

稽王(?~BC17) 馬韓第9代王 在位BC33~BC17

赫居世居西干(?~AD4) 新羅初代王 在位BC69~AD4

 

儒理尼師今(?~57) 新羅第3代王 在位24~57

拓跋毛(生没年不詳) 拓跋初代大人 在位不明

 

※朴氏政権の新羅王族は鮮卑が支配するモンゴルに移住して拓跋部を生んだ。拓跋(ツォボ)の由来は十和田である。十和田=ツォヴァダ=ツォボとなる。

 

拓跋鄰(生没年不詳) 拓跋第13代大人 在位不明

ピューソウティ(?~242) パガン朝初代王 在位167~242

 

※拓跋第13代大人はピューソウティに変身してパガン朝を開いた。パガンの由来は朴(パク)と文(ムン)の組み合わせと考えられる。パク+ムン=パクン=パガンとなる。

 

拓跋詰汾(?~220) 拓跋第14代大人 在位?~220※画像なし
劉備玄徳(161~223) 蜀初代皇帝 在位221~223

関羽(160~220)※画像なし

張飛(?~221)※画像なし

 

※三国志の英雄、張飛と関羽の正体は劉備玄徳であり、劉備玄徳の正体は拓跋第14代大人だったと考えられる。拓跋詰汾は南遷したことで知られているが、この時に劉備に変身し、影武者に張飛、関羽を演じさせ、蜀を建てた。

蜀は拓跋部(チュクウのトバルカイン)が建てたが、魏は曹操(デウカリオンの一族ピラミッド派+熊襲武尊)が建て、呉は孫権(諸葛均+ルハンガのトバルカイン)が建てた。この3者が日本でヤマト王権の王を兼ねた。

 

ヤマト王権の大王(魏呉蜀の皇帝)

 

・曹丕(187~226) 魏初代皇帝 在位220~226

・曹叡(206~239) 魏第2代皇帝 在位226~239

・曹芳(232~274) 魏第3代皇帝 在位239~254

・曹髦(241~260) 魏第4代皇帝 在位254~260

・曹奐(246~302) 魏第5代皇帝 在位260~265

 

・孫権(182~252) 呉初代皇帝 在位222~252

・孫亮(243~260) 呉第2代皇帝 在位252~258

・孫休(235~264) 呉第3代皇帝 在位258~264

・孫皓(243~284) 呉第4代皇帝 在位264~280

 

・劉備(161~223) 蜀初代皇帝 在位221~223

・劉禅(207~271) 蜀第2代皇帝 在位223~263

 

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大和人の大航海時代

 

※魏呉蜀が滅ぶと、3つの王族は「大和人の大航海時代」を実施した。中国人、朝鮮人、日本人が一斉に太平洋を横断し、ユカタン半島を横切り、大西洋を北上してブリテン島に上陸した。中国人の子孫は、王氏、建氏を例にすると「キング」「カーペンター」を称した。

朝鮮人の子孫は、朴氏(パク)を例にすると、PARK、BERGから始まり、BERKIN、PERKINS、PARKSや、ユダヤ人の名として知られるBERGが付く名をたくさん生んだ。日本人の子孫はブリテン人のファーストネームを付け、さん付けで呼び合った。例としてジョンさん、ウィリアムさん、ロバートさんなどだが、これがジョンソン、ウィリアムソン、ロバートソンなどになった。また、この時代に中国語、朝鮮語、日本語などが英語に取り入れられた。


■日本語由来の英語


BOY(少年)=坊や
HOWL(吠える)=吠える
KILL(殺す)=斬る
KINKY(ヤバイ)=禁忌
LUCK(幸運)=楽
OI=おい
DAMN(畜生、呪う)=ダメ
BIMBO(売女)=貧乏
BOLLOCKS(クズ野郎)=ボロクソ
TITS(乳)=乳
DUMB(間抜け)=ダメ
DOOR(扉、戸)=戸
BUGGER(男色、獣姦、寄生虫、野郎)=バカ
NOVEL(小説)=述べる
OK(了解)=了解
YES(了承など)=よし
(CHALLEN)GERなどのGER=者(しゃ)

 

※OKの由来は本国でもいろいろ推測されているが、実際には日本語の「了解」が由来と考えられる。了解(りょうかい)=りおうかい=OK(オーカイ)となる。アメリカ英語のOKの発音はオーケイだが、イギリス英語のOKはオーカイと発音する。イギリス人スミス(島津氏)さんが九州に上陸すると、OKが「よか」に再度変化する。OK(オーカイ)=オカ=よかとなる。


■朝鮮語由来の英語


HURRY(急ぐ、急げ)=パリイ(急いで、早く)
UN(否定)=アン、アニ(否定の意)
WHY(なぜ?)=ウエ(なせ?)
WHAT(何?)=ボ(何?)
GO(行く、行け)=カー(行こう、行け)
YEAH(はい)=イエ(はい)
SURE(了解)=チョア(良い、好き、了解などの意)
TOO(〜も)=ド(〜も)
BITCH(売女)=ビッチ(狂ってる)
SICK(頭がおかしい)=セッキ(キチガイ)


※アメリカは「ワッ(ト)」と発音するが、イギリスでは「ウォッ(ト)」と発音する。ウォットは「ボ」の発音に似ている。朝鮮語の「パリカー(早く行け)」は「HURRY GO」と同じである。朝鮮語には明るくないのでこれくらいしか分からない。


■中国語由来の英語


KIN(親戚)=親(キナ)
WAIT(待て)=ウェイ(もしもし)
YES(了承など)=ヨッシ


※中国語には明るくないのでこれくらいしか分からない。


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※蜀の王族は古代ウェールズに入植し、グウィネズ王国、ポーイス王国、ダイフェド王国などを建てたと考えられる。ダイフェドの由来はヤマトの人と考えられる。大和(だいわ)+人=だいわと=ダイフェドとなる。ダイフェド王はしばらくの間、イングランドとアジアを往来し、パガン朝の王も兼任した。

 

Anwn Ddu(?~357) ダイフェド王国初代王 在位357

パイティンリ(?~344) パガン朝第4代王 在位324~344

 

Ednyfed(?~373) ダイフェド王国第2代王 在位373

Triffyn Farfog(?~385) ダイフェド王国第4代王 在位385

ティンリチャウン1世(?~387) パガン朝第5代王 在位344~387

 

Clotri(?~405) ダイフェド王国第3代王 在位405

チャウントゥイッ(?~412) パガン朝第6代王 在位387~412

 

Aergol Lawhir(?~515) ダイフェド王国第5代王 在位515

タラムンピャ(?~516) パガン朝第7代王 在位494~516

 

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サレ・ナクウェ(?~915) パガン朝第33代王 在位906~915

王建(847~918) 前蜀初代皇帝 在位907~918

 

※パガン王は、この頃から頻繁に中国で蜀の復活を試みている。

 

テインコ(?~931) パガン朝第34代王 在位915~931

王衍(901~926) 前蜀第2代皇帝 在位918~925

孟知祥(874~934) 後蜀初代皇帝 在位934

李順(?~934) 李蜀初代皇帝 在位934

 

ニャウン・ウ・ソウラハン(?~964) パガン朝第35代王 在位931~964

孟昶(919~965) 後蜀第2代皇帝 在位934~965

 

チーソ(?~992) パガン朝第36代王 在位986~992

王均(?~1000) 大蜀初代皇帝 在位1000

 

アノーヤター(?~1077) 在位1044~1077

Gruffydd ap Rhydderch(?~1055) ウェールズ王 在位1047~1055

Gruffydd ap Llywelyn(?~1063) ウェールズ王 在位1055~1063

Maredudd ab Owain ab Edwin(?~1072) ウェールズ王 在位1063~1072

Rhys ab Owain(?~1078) ウェールズ王 在位1072~1078

 

※当時はノルマン人の征服時代であり、家族であるウェールズ人を救うためにパガン朝のアノーヤター王はイングランドにまで渡り、1人4役でウェールズ王を30年間兼任していたようだ。

 

ナラパティシードゥー(?~1210) パガン朝第45代王 在位1173~1210

呉曦(?~1207) 蜀初代皇帝 在位1207

 

チョウスワー(?~1299) パガン朝第50代王 在位1287~1299

ワーレルー(?~1296) ペグー王朝初代王 在位1287~1296

 

・タカーユッピ(?~1539) ペグー王朝第17代王 在位1526~1539※最後の王

 

※タウングー朝(タナトスの一族)に故郷を追われた最後のペグー王はおよそ100年かけて西アフリカに渡り、ダホメ王国を築いた。ダホメの由来はデーヴァとアメンである。デーヴァ+アメン=デヴァメン=デバメ=ダホメとなる。

 

・ガニヘス(?~1620) ダホメ王国初代王 在位1600~1620

 

テグベソ(?~1774) ダホメ王国第2代王 在位1732~1774

タメイントー・ブッダケティ(?~1747) ペグー王朝初代王 在位1740~1747

ビンニャー・ダラ(?~1757) ペグー王朝第2代王 在位1747~1757

 

※ダホメ第2代王はペグー朝の再興を夢見て、西アフリカを離れてミャンマーにまで進出し、1人2役でペグー王を演じたが、コンバウン朝(タナトスの一族)の支配下に落ちた。

 

・ゲゾ(?~1858) ダホメ王国第9代王 在位1818~1858

 

※ダホメの12人の国王の中で最も偉大な国王とされ、ダホメの全盛期を築き上げた。

 

・アゴリ・バボ(?~1900) ダホメ王国第13代王 在位1894~1900※最後の王

 

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アーネスト・ホースト(1965) 格闘家

 

※K1では非常に強かったため、ホーストはチュクウの血が流れているのではないかと考えられる。ダホメ王国の子孫の可能性もある。

 

 

 



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