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ジーン編16

 オレは、療養所のパンを分けてもらうついでに、療養所の白い壁の西側で、ジーンと小声で喋った。

 オレは、ジーンに、十五年間塔に幽閉されていた事を打ち明けたが、ジーンに「もっと教えて」と言われると、教えたくなくなるのがオレの性格だ。

 

「なぜ?」

 ジーンの反応が面白いと思ったオレは、あえて、話すのをじらした。


「ごめんなさい、わたし、小さい頃に同じような経験があったの。それに、浮浪者同士、仲間でしょう」
「そうか」

 

 オレはそこまで言われると、もう少し話したくなった。このジーンという、自分に向かって『外人』だの『浮浪者』だの言う女性に、少し興味があるのだ。

 

「オヤジにたぶん十五歳って言われてさ、なぜか塔から外へ出された。行く場所も帰る場所も無い浮浪者。それだけだな」

 オレはまた、白い壁にもたれて、頭の後ろで腕を組んだ。

 

 ジーンが下の雑草の方を向いた。まだ少し草花は濡れている。
「そうか、十五年も塔の中にいたんですね。それって楽しかった? 悲しかった? 何とも思わなかった? ――奴隷や家畜の扱いに、とても似ているよね」

 

「最初から、そういうものだと思っていた」
 オレが短く言うと、ジーンがはっとした顔で、こちらを向いた。

 

 森林から、ガサガサと音がした。これが、大自然。塔から出た時の鳥肌が立つような思いは、今でもあるのだ。

 つかの間、オレたちは、その音に身をあずけていた。

 

 

 

「あの、ごめんなさい」

 ジーンが、突然手を合わせた。オレは、なぜ、謝るのかと言おうとした。

 

「わたし、その白い食べ物、思い出したんですよ。たぶんあれかな。あれはずっと東の方の国の、『トーフ』という食べ物を、まねて作ったものよ」
「トーフというのか。またいつか作ってくれよ」

 

 ジーンは、月明かりの下、目を細めたように見えた。

「あのね、ごめんなさいね、本物のトーフというものは、普通は工房で作るもので、貧しい外人ごときが簡単に作れるものじゃないんですよ。あれは、ミルクを使ってまねてみただけのもの。それでいいなら、明日にでもどうぞ。誰にも見つからない場所ならね。いや、見つかってもいいかな。どうせクビに決まってますから。――本物の首が飛ばないように、気をつけなきゃね」

 ジーンは、何かを嘲笑うような言い方をした。

 

 オレは、この女性の事が、よくわからなくなってきた。――女性は、ガイの言う通り、二面性があるのだろうか。
「なぜ、クビになってもいいから、オレにパンをくれるんだ?」

 

 ジーンは、顔の方へ両手をもっていった。
「あなたこそ、わたしにはわけがわからない」

 

 ジーンの両手で口を覆う仕草。それが、オレには泣いているように見えた。
「キャメルは、どうせそう言っておいて、遠い国へ帰るんでしょう? この国の人だなんて、信じられないでいますよ。あなたは、前に地図を見せてくれたよね。『星』とか『最果て』というところへ、行きたいの? そんなところ、どうやって行くの?」

 ジーンは声を荒げた。その後、両手を下ろして、また白い壁に大きな体をあずけ、ため息をついた。

 

「星へ行けないと、なぜわかるんだよ」
 オレは壁にもたれたまま、腕を組んだ。見栄を張った。

 

「……北極星以前に、キャメルは、わたしの来たところすら知らないんじゃない? わたしの生まれた場所さえ知らないのに、北極星へ行くだなんて、バカげた話よね」

 ジーンは、まっすぐオレの目を見ている。その目に、涙が溜まっている。 

 

「確かに」
 オレは、月夜の下、つぶやくように言った。そうだ、ジーンは、どういう人なんだろう。オレは、ジーンの事を何も知らないのだ。

 

 ジーンは、両手で顔を覆って、――その両手を、少し下げて、オレを見た。

「ごめんなさい、わたし、『国について教えてあげる』って前に言ったよね。すっかり、忘れていました。ここならどうせ助からない患者とわたしたちしかいないので。キャメル、あなただけに語ろうと思うの」

 

「なぜ、オレなの?」
 オレは疑問をそのままぶつけた。

 

「目が、まだきれいだもの」
 ジーンは、まっすぐオレを見た。その目から、涙がこぼれ落ちて、暗い大地に消えた。

 


この本の内容は以上です。


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