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堕ちる天使 #3

 

 

 

 

 

呼吸。それにあわせて、ただ、その腹部はふくらんで、しぼみ、いよいよその色彩は、間接的にしか当らない穏かな日陰の色彩に濃く、はっきりと、鮮明に、浮かび上がらせられるほかない。

 

ややあって、彼女を振り落として、立ち上がろうとした私を理沙はもはや引き止めない。体中を虚脱して、立ち上がるすべをさえ知らないように。横たえられて息遣うだけの理沙の身体に、私は眼差しをくれた。

何度も、何度も、くりかえし私に、眼差しによって、見つめられ、そして、その形態をなんども認識されながらも、目を閉じて仕舞えば必ずしも正確には、想い描かれ獲はしないその。

投げ出された腕は、ベッドの上に、反対側にくの字に曲がって静止していた。

私は、グラスの破片を片付けて仕舞おうとしたのだった。理沙のために。彼女の柔らかいはずの足の裏の皮膚を、食い込まれたガラスの先端によって、傷つけられないですむように。

ベッドの脇に立ちずさんで、そらされた眼差しは、大きく一面に開かれた窓の向こうの、渋谷の、その果ての、新宿の、それら、連続していく風景を見る。

はっきりと眼差しは捉えながらも、鮮明に見えているはずの形態と色彩は、結局はそれが明確に何であるのか見い出せずに、樹木群だとか、ビル群だとか、都市だとか、そんな、もはやなにも言っていないに等しい言葉に堕して仕舞うよりほかはない。

 

穢い。

 

理沙は言った。身じろぎさえしないままに。

聴く。私は、彼女の口から吐れる言葉。なんか、

ね。

聴いた。

「穢いんだよ」

なにが?

声にはならなかったはずの、その、私の言葉は彼女に聴き取れ獲ただろうか?

単純に、

「どうしようもなく」ね?

空気のふるえのような、気配のようなものとしてくらいには。

どうしようもなく穢い」んー

美しい。身を横たえて、完全に

ね。「毎日、なんか」うまく、

理沙。何の力さえ入れることさえできなくて

うまく、さ。「時間が、」なんか、うまく「埋まらないから」言えないけど、

身を投げ出して、理沙は。

埋まるけど。」うまく、

美しい。あるいは、綺麗、と?

「結局は。埋まるけど、でも、」

ただただ綺麗だと、そう言えばいいのだろうか?

うまく、は。言獲ない、「けど、ね?」

私は、半ば息をひそめて

「毎日、時間を」

盗み見しようとしたかのように彼女を、

「埋めるために店、」ね?「行くじゃない?」

理沙。その皮膚に息遣われる、あきらかな

じゃん?「で。」てか、

理沙の生存の痕跡。いまも、目覚め続けて、

「シャワー、浴びたい」でも、ね?

冴えきっている、その、存在。目の前に。

「穢いんだよね。」んっ、「結局は」と。

見つめた。私は。そして、彼女の

じゃない?(違う?)「でも、実際遣ってるときは、」

理沙の吐き捨てる、ささやく声を

「そんな風じゃない」ん、(と。)

耳を澄まして聴くが、やがては

だ、よ。「そんな風じゃなくて

そのベッドの脇にひざまづいて。

そう「なんか、情が?」ん?笑っちゃうよ

聴き耳を立てる。耳を

ね。なんか、「入ってみたり、」ねぇ、「さ、」

澄まし。

「微妙に。」ほんとに、

空間に、やわらかく、冴えた

微妙に「でも、」ってか、

痕跡を残して、すぐさま

「はっきりとね、」かな?「やっぱ」

消えていくその、

「感じてるから。」ね?

音声。理沙の

「こころ?」う、「って、」ん「言うの?」

アルト。なんども

なんか、「そういうの。」ん、

聴き取られてきたその音色。無数の

「そういう、」さ。わかるでしょ。

記憶さえもされずに

「けど」さ。

棄てられて仕舞ったそれら

ほら。「なんか、咥えてあげたり」

音色の実在。

「入れさせてあげたり」ご希望どおりに、さ。

わからないのは、ただ

望みにそって、「こすったげたり」さ。

彼女の感情だった。なにを

「チュって」ね?ほら

感じているのか、なにを

「入れてあげたり、さ。」

感情は描こうとしているのか、そして

わかる?「そういうときって」んー

私のそれも同じように、形には

「所詮、さ。」じゃ、ない?

なりもしないままに

やっぱね「ふれあい?」

揺らぎ

「体と体がふれ合うと、」てか笑う「やっぱ」

集中して

んーでも「心も、触れ合うのね」

拡散して

でもでもでも「何のかんの言って」てかでも

聴く。理沙の

ね、妬ける?「笑う。」ね?むしろ

声を。

なんか、ね「笑っちゃうけど、想う。」妬ける?

なんども繰り返された気がした。

実際、「いいヤツじゃんって。」かな?

同じ会話。

「所詮、」って、

なんども、瑞々しい

クラって「本当に、」ふいに

理沙のその声は。

「クラって、」入るの。

すでに、なんども、明日

「心に入るんだよね」すこんっ、

花はどうなって仕舞うだろう?

てか、わっ「心?」

背後のそこに

「みたいな?」心が、

活けられたまま、ただ

入るって、ん言うか。「けどね」でも。

そこに棄て置かれている花は。

すこん、って。「帰るじゃん。」最後。

枯れるのか。あるいは

ね?あとで。の、あとで。「洗ってやるじゃん。」

その色彩。咲き誇られた

「体。」一緒に、さ。

純白を。その

また、「客ので、」

花びらの色彩。それ。

またねって「確かにカスもいるし、カスは」ね?

純白を、その息吹きを、くすませて、

「結局カスなんだけど」

刻み始めるのだろうか?はっきりと

まじで、なんか「なるよ。普通」

すでに刻まれていたに違いない色彩の破滅の

ふ、「ちょっと、さ。」ふうーって。

その明らかな

「いじらしいかなって。」て「でもね」

顕在。

自然に。「擬似恋愛とか」て?「まで」

破滅していく花。破滅の

「そこまで行かないけどさ」どう、しよう、も、なく、

色彩。それら。

さ。「なっちゃうよ」ね「で、」

曝されて仕舞うのだろうか?

「想うの」い。ぃ、いつも。

その

「結局は、ね?」

純白の、あざやかな

でも、さ。「後で、自分の体洗ってるとき」笑う。

鮮度、そして、鮮明さそれ自体の上に

んだけどきたっ、きっ「穢って。」

それ自体にかぶさりさえして

笑っちゃうよ。き、「やばっ」

滅びていく

「穢っ」って、き。

色彩。

ね?「て、なんかね。そう

いつ?

「そう想ったりして」

明日。その

「繰り返す。何回も」

目覚められた朝には?ならば

「一日に」でしょ?

いますぐ棄てて仕舞うべきだったのだろうか?

「もう、あんなのに」でも、「ふれたくないって」

その、花々は

いっつも「匂いあるじゃん」

今、まだ

「嗅ぎたくもないって」っつ、いっつもだよ。いっつ

理沙を、

洗う。「味とか」口の中。も。

悲しませてはいない

も、ね。「もう。も、嫌だって」吐きそう。

まさにその

まじで「でも、」笑うよ。「次、くるじゃん」

今のうちに。

「客。」すぐに、さ。

彼女には隠し通して。

「やっぱ、ふれ合うの。」

天使が

すぐに。「心?」

そらから堕ちてきた天使が、ふいに

「的な?」また。ふ、

持って行って仕舞った、と。

「どう?なんか」

そんな、笑うしかない

どう?「ね?」

嘘でも?

「穢くない?」じゃない?でしょ?「決定的にね?と、そう言った理沙は表情さえ変えない。

私はひざまづいたまま、その、だらしなく、開かれた足を広げて、身をくの字にまげて、理沙をびっくりさせないようにそっと、ゆっくりと、そして、ひそかに、彼女のそれに口付けるのだった。

潤ってもいないそこに。

あるいは、つまりは、許しの口付け。ね。と。

ね。

大丈夫。君は、ね。

ね?

許されたから、と。

ね?

誰に?何の権限があって?誰かを、許すべき権限も、許し獲る権威さえないままに、許すしかなく、許されるしかなく、許しあうしかなく、ならば、明らかに何の意味さえない行為に過ぎないそれを、それらを、そして、私は彼女を許した。

理沙を。

イエス・キリストかなにかであるわけでもない私の

唇に触感がある。味覚。

それはあるいは、許しの

体温と。

口付けなどではありえずに、たんなる

嗅ぎ取られる、生命体の、生き生きとした、生の証明。

いつもの前戯。

匂う。嗅ぎ取られるのだろうか?

ただの

私も。私が決しては感じ取りはしない、私のそれら、痕跡の群れを。何の許可もなく、誰の承認もなく、ただ、撒き散らさざるを獲ないその。

単なる、その

痕跡。

発情したにすぎない男たちがかわるがわる

痕跡どころか、これからも、いのちの崩壊のとき、それをさえ通り抜けて、こまかな分子に解体されて仕舞うまでの、存在の長さを、死との接触を当然の不可能性のうちにさえ通り抜けて、ここに、存在していなければならない痕跡。私は

彼女に与えたと同じ

ここにいいた。理沙と同じ空間の中に。

単なる前戯

為すすべもない。

なにも、結局は許されもしないままに

ただ許しあうしかなかった

私たちは

 

ね。

ほら。と。

不意の甲高い、はしゃぎ声を立てて理沙は上半身を起こすのだが、「ね。」

自分のそれを、指先に開いて見せた。

「ほら」なにが?

「ね?」

ん?「ほら。

笑う。理沙は、声を立てて、微笑んだ私の顔をのぞきこみ、「じゃない?」

ね。と、理沙は言う。

 

私も、笑う?

ね。

笑う。

「笑えない?」なんか、

答えて、ん?と、つぶやかれたその、それ。

私の鼻が立てた声は、何だったのか。

何かを肯定したのか。疑問に伏したのか。

笑い、瞬く。

声を立てて。

聴いた。

私たちの声が、空間に響きさえもせずに、微妙にふれ合って、ただ消え去っていくのを。

 

 

 

 

 

* *

 

 

 

いつものように、そして時間は消費されていく。

大量にあったとしても、持て余されて濫費されるに過ぎないに違いないそれらは結局のところ、ただそこにあるだけで、終にはきらめきさえもし獲ずに消え去るにまかされるほかないのだが、色彩を濃くしていく午後の光が、いつか私たちを追い詰めていく。

いずれにしても夜が来れば、理沙は彼女の部屋から出て行って、そして、いつもの彼女の《穢い》仕事にふけるしかなく、時間を持て余すいまの私たちは、にもかかわらず時間を濫費するしかない。

追い詰められていく時間の経過の中に、そして、やがてはそんな夜が明けることなど知っているし、とはいえ私たちがどうしようもない、泣き伏したくなるほどのいたたまれなさばかりを感じて仕舞ったのは、なぜなのか。

 

うつむいて、自分のそれを覗き込むようにして、不意に、声を立てて笑い、理沙は、何か企んだ笑みをにじませて、私に眼差しをくれて、何も言わないままに、

なに?

そう言った私には、言葉も返さない。

ね。「笑う。」

なんか、さ。

笑った。

ん?「笑っちゃう」言った。

理沙は。

想う。私は。

明確な意味を結んだ言葉はいつでもいかがわしく、そして、意味さえ結ぼうとしない野放図に濫費された言葉らしきもの、それは

言葉など

単なる息遣われたノイズに過ぎない。

たぶん、そのどちらをも、私は愛することなど出来ないのだった。

明確に意味を持った言葉など

理沙の指先で、気まぐれにいじられる彼女のそれの、その、形態。美しいとは言えず、何度見ても、見飽きこそしても、

まったく無意味だった

見馴れることのないそれ。

私がそれに対する異性だったからなのだろうか。それとも、

ふたつのものが愛し合うさなかには

そんなものなのだろうか?だれにとっても。同じようないびつさを晒しているに違いない唇は、すでに見馴れ尽くされて、ときにピンク色や、赤で、あるいはもっと濃い黒ずみさえ持った色彩によって、意図的に彩られなければならなかったというのに。

それは無様に黒ずんみ、赤い剝き出しの色彩をだけ曝すしかなくて、ね。

と、そう、何かの同意を求めながら理沙は、そして彼女自身、それが何の同意を求めたそれなのか、知りもしないことなど明白であるにもかかわらず、声。

なにか言いかけて、発話されて、あ、と、わ、と、ん、の、その中間にたゆたうしかなかった音声を、鼻に、理沙は発して仕舞った後に、見あげられた上目使いの眼差しの、私のまぶたに唇をくれた。

ほんの数秒だけ。

短く。

伸ばされた指先が私のそれにふれて、いじり、戯れ、理沙は見る。ゆっくりと、それが侵入していくのを。

それが、どんなに過剰な比喩を用いても、一つになるということをは決して意味し獲ないことは、誰でもすでに、気付いて知っている。

たんなる肉の交錯にすぎないそれ。

ただふれ合って、そして、にもかかわらず抱きしめあう腕のようには絡まりあいもしない。あるいは唇と唇のようには。

そうなるようになっているから、そうなるに過ぎないもの。口が言葉を吐くように。口が物を入れて、噛み砕き、舌が味覚を感じ、喉は飲み込んで、胃は消化して、肛門は排泄する。それら、そうなるからそうなるに過ぎないもの。口は息を吸い込めるようになっている。

吐き出せるようにも。

口は異物を嘔吐するようになっている。

異物を飲み込むようにも。

煙を吸い込むようにも、白い薬物を舐めてみるようにも。

咳き込み、そして、あるいは唾を吐き捨てるようになっている。

咥えこむように。やがて、それはそこに入っていく。包み込まれるように。白い肌が不意に一方的につきたてた、黒褐色の毛羽立ったそれが、より濃い黒ずんだ褐色の、つるつるしたほうに。

いつもの。

そして、それが愛の行為だというのなら、なんなのだろう?むなしいとさえ言い獲ない。

私と理沙の、いたずらじみて微笑みあうしかない眼差しの先の、いつも、それ。結ばれること。ひとつになること。理沙が終に声を立てて笑って仕舞ったので、私も、声をさえ立てて。

笑う。理沙の髪の毛を撫ぜた。かすかに目を閉じて、まぶたを閉じたその無防備を装った表情を、理沙は、何気もなく曝した。

眼差しのすみに垣間見られる光の色彩。

斜めに。

青。

細かく言えばきりもないが、ようするに、青。

もうすぐその空の色彩は、ひょっとしたら紅蓮の、破滅的な色彩に染まって、一気にそのあざやかさを失っていくに違いない。

理沙の、不意に伸ばされた指先が、私の腹部を撫ぜた。

 

 

 

 

 

堕ちる天使

 

 

見て。

そう、不意に、何かに気付いて首を上げた理沙が言った。結局のところ、ふたたび、なしくずしに始まったそれがやがては途中で終って仕舞ったそのあとの、二時間近い、長い、ながい時間の浪費の、その尽きかけた時間に。

私の体の上で。私は見た。横に無理してねじられた理沙の、その横顔。

綺麗だよ」

その唇が言った。つぶやくのではなくて、はっきりと。そこにはいない誰かにまで、聴こえることが望まれていたかのように。

はっきりと、あきらかに、そして、私にはわかっていた。理沙が何の説明もくださないうちに、彼女がその眼差し一杯に、捕らえているものの、その色彩。

夕焼ける、もはや紅蓮の空。夕暮れの時間の最期に、燃え上がるように空の一部が曝した、その。

理沙の、窓のほうを向いた横顔が、正面からその窓越しの光に染まっていた。

褐色の肌は赤らんでオレンジ色に染まり、かすかに首を動かすたびに推移する翳との複雑な、ときほぐし難いグラデーションを、私に捉えられたその眼差しの中に曝して仕舞い、振り返って私を見て、何か言いそうになった理沙の頭を羽交い絞めにして、奪うように私は口付けた。

彼女が何か言い出す、その言葉が生れ堕ちる前に破壊して仕舞う、ただ、それだけのために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2018.08.20.

Seno-Lê Ma

 

 

 

《イ短調のプレリュード》、モーリス・ラヴェル。

 

Prelude in A mainor, 1913, Joseph-Maurice Ravel

 

 

 

 

《雨の中の風景》連作:Ⅰ

 

 

 

…underworldisrainy

http://p.booklog.jp/book/124235/read

 

 

 

 

 

 

《雨の中の風景》連作:Ⅱ

 

 

 

堕ちる天使

http://p.booklog.jp/book/124278/read

 

 

 

 

 

 

《雨の中の風景》連作:Ⅲ

 

 

 

ラルゴのスケルツォ

http://p.booklog.jp/book/124483/read

 

 

 

 

 

 

《雨の中の風景》連作:

 

 

 

 silence for a flower

http://p.booklog.jp/book/124970/read

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


奥付


堕ちる天使 2


http://p.booklog.jp/book/124536


著者 : Seno Le Ma
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/senolemasaki0923/profile
 
 
 
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