閉じる


ジーン編14

 オレは、手で足のつま先をつかんで、黒ぶちの石床の冷たさを感じている。少し、姿勢を崩してみる。左脚を、床につける。次に、右脚を。

 

 女村長から立派な家をもらったはいいが、食糧が無い。

 どうしていいかわからなかったオレは、東ザータ村の南端のガイの家に行こうかと思ったが、やめた。それは、格好良くないからだ。食糧をもらいに行く事じゃなく、『どうしていいかわからない』オレを、ガイに見られたくなかった。

 

 とりあえず、空腹をまぎらわせるために、西ザータの憎たらしい村長との話に、思いを巡らせた。――食糧は、明日を待てば、なんとかなるだろう。

 

 


 オレはしっかり、西ザータの村長の話を聞いていた。オレの父は『息子と共に幽閉された』と村長は言った。
 これは、明らかにおかしい。

 オレは、確かに幽閉されていた。しかし、オレの父は、幽閉されていたか?

 

 去年の放火事件で、オレが刺したヒゲの男は、その実の父のはずだ。

 父は、二度放火殺人を犯した事情さえ、詳しく語ってくれた。父は、ザラム王国から来た外国人で、差別を受けていた、と。母は、オレそっくりだ、と。それで、オレは実の父だと納得がいったのだ。

 

 では、あのヒゲの男以外に、『父』がいる? ――誰かが、西ザータの塔にまだ、幽閉されている。 

 

 塔を出るとき、『まるい階段』を、いくらか下りた記憶がある。――下にも、部屋があったのだろうか。下の部屋に、幽閉されている『父』がいるとしたら……偽者? それとも、オレが刺した『父』が、偽者だったのだろうか?

 だとしたら、何のために? 

 

 その時、ドアがガチャガチャ不快な音を立てた。誰かがノックしている。

 

 

 

「誰だ」
「キャメルさん、こんばんは。ジーンです」
 女性の声。わりとよく響く。ジーンの声に違いなかったので、開けた。

 

「キャメルさん、あなたの事が心配で、つい来てしまいました。ごめんなさい」

 ジーンは、軽く頭を下げた後、少し舌を見せた。生意気な謝り方だ。

 

「そこから一歩も入るなよ」

 オレは、またしても腕を組んで、見栄を張った。

 

「あっ、すみません。でも、ほら!」 

 薄暗いランプを近づけると、ジーンが持って来たのは、青リンゴのたくさん入ったかごだった。

 オレは一瞬、目まいがした。木から落ちた時の事を、鮮やかに思い出してしまったのだ。

 

「すみません、あなたはずっと、療養所暮らしだったよね。もしかして、料理を作った事が無かったら、どうしているかしら、と思いました。本当に、ごめんなさいね」
 ジーンはまた頭を下げてそう言って、オレをチラッと見る。

 

「とりあえず、パンが欲しいんだけど。ある?」
 オレは、いいタイミングで来てくれるものだ、と思って言った。

 

「診療所にいっぱいストックがありますよ。この青リンゴを食べながら、診療所まで歩きませんか?」
「リハビリのために、とか言うんだろう。こんな真夜中に」

「はい。リハビリです」

 ジーンは、わずかな明かりの中、口に手をあてて笑ったように見えた。

 

「他の患者は、いいの?」
「あんなもの、どうでもいいですよ。どうせ、東ザータの人でしょう」

 ジーンは、ランプをかかげた。ジーンの髪がドアの外、夜風になびくのが見える。

「わたし、いい人じゃないの」

 

  

 

 ほとんど明かりの無い小道。石がすき間なくしきつめられた、東ザータ唯一の大通り。地面のざらざらを薄いサンダルごしに感じる。
 青リンゴをまたひと口かじる。真夜中は、リンゴも黒い。ランプ片手に、あの時見えたリンゴは何だったのだろう、と考える。今は、こんなにそばにあるのに。
 青リンゴは、夜でもさわやかな音を立てる。
 

「ジーン」
「はい」
 オレが呼びかけると、ジーンが立ち止まったように見えた。昼頃の雨の後の、輝く石の道路。

 

「もう一つ、リンゴくれよ」
「どうぞ」
 ランプの黄色い光の下。オレはジーンに、青リンゴを手渡される。

 

「あなたって、案外わがままなところ、ありますよね」
「そう?」

 オレはジーンを見たが、暗くてよく見えない。向こうに、きらめく石の道路があるだけだ。

 

「わたしの分、一緒に食べようと思ったのに、ひとつも、残ってないんだけどな」
「ああ、そう」

 オレは、短く応えた。

 

「でも、なんか憎めないです。ごめんなさい」
「オレは、誰に憎まれてもいいよ。気にしてない」

 

 オレは、青リンゴの芯を見ながらそう言った。食べた後の青リンゴの姿には、歯の形が残っている。

 オレはなぜか、青リンゴの芯を握りしめる。

 


この本の内容は以上です。


読者登録

雨野小夜美さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について