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ジーン編13

 東ザータ村を連続放火事件から救った『英雄』のオレは、東ザータのちょうど真ん中あたりの療養所で、一年以上、傷を癒していた。

 傷のようやく癒えたオレは、何をしていいかもわからないまま、女村長がくれた木造の家に住む事になった。

 これは、その晩の話だ。

 

 オレは、何度も言うように、ベッド、つまり足の生えた木の上で寝るのは、嫌いだ。
 療養所では木の上で暮らしていたから、ある程度慣れたが、それでも、嫌いなものは嫌い。ベッドを無視して、その右の石の床の上で寝ていた。たぶんこれはなかなかいい家で、床にしきつめられた石は黒ぶちの見た目、触ってみると、ひんやりした感触がある。

 

 オレは昔から塔の石の上で暮らしていたから、寝床が冷たくて硬い方がやっぱり安心する。
 この家はオレの家という事になっている。今まで暮らしていた療養所の少し北西で、北の方の森林地帯にほぼ接している。太った女村長が、村を救ったほうびとして建ててくれたものだ。
 

 女村長は、相変わらず何か隠している。オレに言えない事があるからに違いなかったが、それでも家はくれた。そこは感謝している。
 

 ただ、その家の中で、『どうしよう』と思ってしまうオレがいるだけだ。
 

 オレは、長く療養所にいて、飯もジーンか誰かが作って、それをもらっていた。森が、窓から枝がたれてくるほど近くにあるのだが、オレはもともとこの村の人でもないので、ガイの言うような、なんとかベリーやキノコの採り方も知らなかった。

 とりあえず、今夜は何か食べなければならない。なのに、家はあるけれど、食糧が無いのだった。
 

 パンは、買ってくるものみたいだ。ミルクを飲みたいと思っても、あれは山羊や牛の乳だと、書物で学んだ。なら、山羊や牛を飼っていないかぎり、誰かからもらうか買うしかない。バターはどこにあるのだろう。バターは、作れるのだろうか? 何から、作るのだろう?

 つまり、オレはまだ、ものすごく世間知らずなようだ。

 

 食べ物を自分で作った事も無いオレだ。食べ物は、自然と与えられるものだと思っていた。ジーンが、火傷で寝たきりだったとき、スプーンで口に運んでくれたように。

 

 オレは、立派な家だけもらったところで、どうしていいかわからず、なぜか、塔の中の生活を思い出す。
 

 

 

 

 世話係のオヤジは、パンを買って来てくれていたのだろうか? いつもパンは粗くて固かった。

 水はどこからくれていたのだろう。

 

 オヤジは、「お前は窓から見える、あの星が故郷だ。大人になったら、あの星から馬車が迎えに来る」だの、「お前は実は、とらわれの王子だ」だの、わけのわからないウソばかりつく。オレは、「オヤジ、王子が何で幽閉されてるんですか」と返す。

 塔にずっと幽閉されていたオレは、窓の外に憧れてはいたものの、世話係のオヤジとの生活が、……今じゃ、懐かしく思えるのだ。

 目の前に広がるのは、現実だけ。

 

 

 

 

 現実世界、オレの家の大きな窓からは、木の枝や葉がベッドの上にだらんとはい出している。その向こうに、『井戸』が見えた。書物で、見た事がある。ああ、あれで、水が飲めるようだ。
 

  オレは、ベッドにかかっている、枝と葉っぱを無理矢理どけて、真っ暗の中、ランプ片手に、窓から外に出た。桃色の井戸を覗きこむと、水面に、闇の模様が映る。

 ギーギーいう井戸を動かして、壺に水をくんだ。これで水は大丈夫だ。
 

 さて、パンはどうしたらいいのか。女村長はそこまで考えもしていなかったようだ。格好悪いが、村の南端のガイの家に行って、わけてもらおうか?
 

 オレはとりあえず壺を大事に抱えて、窓から家に戻った。立派なベッドについた、皮のサンダルの足跡。壺の水は、澄んでいる。それに口をつけた。なかなか美味しい。
 

 思えば、塔の中で飲む水は、いつも濁っていた。療養所の水は、いつも木の皮のくずやホコリが浮かんでいた。こんなに澄んだ水を飲むのは、生まれて初めてだ。

 それはそうだけれど。
 

 とても、空腹を感じる。オレは、気付けば壺を置いて、黒ぶちの床に座り、腕をひざの上にのせている。

 この切なさは、塔を突然出されたあの日と同じだな、とふと思うのだ。
 

 塔を出た頃と同じだ。この一年ちょっと、いろいろな人に出逢ったけれど、それでもオレは、まだどこへも帰れない浮浪者なのだった。

 

 


この本の内容は以上です。


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