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16.

 

 梅雨入りのニュースが終わったところでテレビを消し、聡子は部屋を出た。雨などどこ吹く態の晴天を公園へ向かう。コンビニには寄らない。お茶は買ってあるから、とメールにあったから。

 

 待ち合わせは相変わらずの公園だ。水飲み場に着くと黒葛原が、今日は聡子を見つけて手を挙げた。ジャム瓶を置いていたときと同じく、微妙な間を取ってベンチに腰を下ろすと、彼はリュックサックから風呂敷包みを取り出した。

 

「どうしても見せたくて」

 

 包みの中身は、端切れをつないで作った布製の表紙を持つ古いアルバムだった。一見するだけで高価そうな、煌びやかな和服地ばかりが使われている。退色は著しいものの華やかさは失われていない。表紙をめくると、黒地に吉祥模様を散らした引き振袖の、角隠し姿の女性が現れた。隣のページには同じ花嫁が、りりしい紋付袴の花婿と並んでいる。モノクロームだが、着物や背景にした調度から婚礼の豪華さが伝わってくる。

 

「本庁の管財課が解体前の調査に来て、土蔵の二階の梁の上にあったのを見つけたらしい。表紙に使われている布には今では作るのが難しいものもあるらしくて、歴史資料館が欲しがっているそうだ。だから、今のうちにと思って頼み込んで借りてきた」

 

 添え書きには端正な女手で、昭和十四年五月吉日とある。

 

ページをめくる。松林を背景にして塩田の縁に座っている人々。この場所は、と説明を聞いて聡子は驚いた。長閑な景色は今や、幹線道路沿いにマンションや大型店舗が立ち並ぶ一帯だ。

 

 そして開く。左右に立派な門松を飾った大きな建物が正面から写されている。看板には大きく、四元商店。聡子は黒葛原を見た。彼は頷いた。

 

「善治郎さんの家だ」

 

 若い当主を中心に、晴れ着の人々が並ぶ正月の記念写真だった。次は先ほどの花嫁が、赤ん坊を抱いて雪景色の中に立つもので、赤ん坊は制帽を被った小学生になり、次はゆりかごで眠る新生児の傍らで得意げに澄ましている。

 

「他は後でゆっくり見てもらうことにして」

 

 肩先を寄せて来て、これだよ、と黒葛原は職場でいつも彼が使っている青い付箋を付けたページを開いた。

 

祭りの写真だった。造花や幟で飾り立てたトラックの前で、店の名を染め抜いた法被に鉢巻姿の青年が数人、笑顔を見せている。黒葛原が指した添え書きの中に、善治郎の名があった。

 

「僕は、この人が善治郎さんじゃないかなと思うんだけど」

 

 黒葛原が言ったのは、左から二番目。トラックの荷台に背をもたせ掛け、鉢巻からはみ出した前髪の奥から、強い視線を送ってきている。利かん気の強い頑丈な輪郭に、達者そうな口元。拗ねたような照れたような曖昧な笑顔は、まだどこかあどけない。添え書きの年から、高校生くらいだろうか。

 

「きっとそう。ほら、こんなに目を細めて。善治郎さん、いつも光が眩しい眩しいって」

 

 日陰者にはとつぶやいた言葉を思い出し、聡子は写真の縁にそっと触れた。資料館に展示だって。大した出世だねと、写真のひねくれ坊主の頭を撫でてやりたかった。

 

「俺ぁ、見世物じゃないよ」

 

 善治郎の照れる声が聞こえた。

 

 


奥付



幻でなく


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著者 : 求堂 咲
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