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目次

<目次>

 

 (1) 経木に入った弁当

 

 (2) しゃぶしゃぶのマナー

 

 (3) 触らぬ神の一変する姿は幻影か

 

 (4) 隣地は借金をして買えって……

 

 (5) カキーンと音する時代


(1) 経木に入った弁当

 

 日本橋に、弁松総本店という弁当屋があります。

 

 私の知り合いで、銀座でちょっとした会社をやっている人物がいまして、何年かに一度、人寄せをして、ちょっとした会を開くのです。

 いや、彼が趣味でやっているマジックを披露するための会なんですが、私も、見よう見まねで、出来合いの「たね」を使って、少しやるんです。

 でも、私のは、彼のように人を集めてみせるレベルではなく、本当に、お遊び程度なんです。

 

 で、彼が人寄せして、マジックを披露した後、気のあったもの同士、食事会をするのですが、留守番をしている家の人にもと、彼は、帰りには弁当を用意してくれるのです。

 その弁当が、日本橋の弁松総本店のものなのです。

 

 この弁当、味付けは幾分濃いめなんです。

 

 生姜を細かく刻んだ辛煮は、それだけでを口に含むと、私ばかりではなく、きっと、若者たちもご飯を一口頬張りたくなるに違いない、そんなしょっぱさなのです。

 

 私の母の出は、東京は下町のさらに下の街ですから、出される料理はいつもしょっぱいもので、母の兄弟たちは、さらに、そこに醤油をドボドボと注いで味をさらに濃いめにしますから、私は子供頃からしょっぱい味には慣れているのですが、それでもやはりしょっぱいと感じるのです。

 

 はすやタケノコの甘煮も入っています。

 これも、母の実家と同じで、大きく切られた野菜を嬉しく思っていました。

 上品な料亭で食する野菜は、皆どれも小ぶりで、これでもかと薄く切られ、味もまた薄く整えられていますが、ここのは、ハスも厚めに切られ、タケノコも大きく、なんだか、それだけで得したような気分にさせられるのです。

 

 濃いめの味付けの中で、さほどでもないのが出汁巻卵です。

 実際は、濃いめなのだと思います。その証拠に、卵の色は消えて、出汁の濃い色が出ていて、それが濃さを証明していると私思っているんです。

 きっと、卵がきっと新鮮なのでしょう、それに、丁寧に優しく作られているのでしょう。

 ふんわりした食感は一口で食べるには惜しい気がします。

 だから、いつも、おちょぼ口になって、お猪口の酒を飲むように、ゆっくりと出汁の味と卵の味を確認するように食べているのです。

 

 見るからに、固そうな魚も入っています。

 メカジキの照り焼きです。

 照り焼きとはいえ、照りはさほどありません。しかし、口に入れると、さほどのボソボソした感覚もなく、味が染み込んで、美味しいと感じるのですから、絶妙です。

 これも、ちびちびと歯でかじっては、一杯の酒で飲み込みます。

 

 何と言っても、美味しいのが、タコの桜煮です。

 普段はタコは食することはないのですが、ここの弁当だけは特別です。気持ち悪さが一つもなく、口に含みたいと思わせてくれるのですから、私、これ絶品だと思っているんです。

 

 この濃いめの味付けは、明らかに、肉体労働をする人たちが喜びそうな味付けです。

 日本橋は、今でいう「築地の魚河岸」があったところです。

 

 江戸時代の話です。

 いそがしい市場の人間が、食事もそこそこにして、仕事に従事しているのを見て、食べきれなかったものを包んで出したのがその始まりだと伝え聞いたことがあります。

 ですから、この店の弁当は今でも当時と同じく、経木に収まっているのです。

 

 経木にこびりついた米粒を箸の先でつまんだり、縁に寄せて一粒でも無駄にしまいと食べるのですが、これも弁松総本店の弁当を食べる私の楽しみであったのです。

 当時の私は、今と違って、幾分酒も嗜んでいましたから、土産にもらったその弁当を下段のご飯と上段のちょっと濃いめのおかずを肴に翌日の晩酌に供することが楽しみであったのです。

 

 秋に開催される彼のマジックを見て、翌日は、土産にもらった弁松の弁当で一杯飲むのです。

 

 冬は、朝から屠蘇をいただき、正月だからと昼酒に頭を朦朧とさせるのを好みました。

 春は、桜を愛でながら、花びらの一片を猪口に浮かべて風情を楽しみました。

 夏は、バルコニーに冷えたビールに枝豆、たったそれだけで、涼しさを感じます。

 そして、秋はといえば、白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけりという心境で一献傾けるのです。

 

 今年の秋は、幼な子たちが滞在していますから、しっとりと静かに飲むわけにはいきませんが、秋も深まった頃合い、幼な子たちをオーストラリアに送り出してから、一献傾けたいと思っているのです。

 

 もう、マジックの会を催す彼は鬼籍に入りましたから、以来、弁松総本店の弁当を口にしてはいません。

 弁当一個を頼むのは気が引けますから、今度、東京に出た折にでも、デパートかどこかで買ってきてみようかと思っているのです。

 

 秋の晩、彼を思い出しながら、弁当をつまみに、一献傾けるのもいいかなぁって思っているんです。

 


(2) しゃぶしゃぶのマナー

 

 いやぁ、中国人の多さには驚きました。

 

 久しぶりに浅草に出かけました。

 いや、三歳のGOKUに浅草を見せたかったのです。

 牛久の大仏がたいそう気に入り、もう一度行きたいというのですが、見聞を広めるには、いろいろなところに行って、さまざまなことを知るのがいいと思って、そうしたのです。

 

 その浅草で、大勢の着物姿の男女を見かけ、最近の若い人たちは、随分と粋な格好でデートを楽しんでいるものだとすれ違うたびに感心をしていたのです。

 しかも、着方も随分と乙にいっています。

 帯や裾がだらしなくないのです。きちっとしているのです。

 

 でも、すれ違った男女の会話が耳に入ってきて、「あれ、この人たち」って思ったんです。

 

 日本人は、ジーンズに上着を羽織って、欧米人は、半ズボンにTシャツ一枚、中国人はどこかで着物を借りて、着付けもしっかりとして、日本人のように振舞っているのですから、浅草はもはや昔とは違う別の世界になっているなんて思ったりして、せめぎ合う人並みに揉まれながら歩いていたのです。

 

 日中両国の相互理解に関する共同世論調査というのがあります。

 2005年から始まり、両国の国民の印象を調査し続けてきました。最近、最新のデータが公表されました。

 それによりますと、中国人民の日本に対する「良い」印象というのが、前年度から10パーセント上回り、過去最高の42パーセント超えを示したというのです。

 

 いつだったか、銀座三越のライオンの彫像のあるあの玄関前で座り込んで、買ったものを広げている中国旅行者の一団を見たときは、三越も大変だと同情したものでした。

 しかし、この日、浅草で会った彼らは、あの時の人々は異なり、日本人の目を多少とも意識しているかのようでした。

 

 マナーは格段によく、地べたに座り込む一団もなく、荷物を広げ、大声で会話する人もいませんでした。何より、多くの人が日本の艶やかな着物を着ているのですから。

 ですから、欧米の旅行客に混じって遜色のないマナーぶりは、この国の人々の意識が大きく向上したことを示していると思ったのでした。

 

 観音様にお参りする前、浅草今半でしゃぶしゃぶをいただいたのですが、GOKUがいるので、座敷の席を用意してもらいました。

 

 三階のそこにも、中国人家族が二家族いました。

 私たちと同じように、子供づれです。

 

 店の雰囲気もあったのだと思いますが、普段、少々マナーの悪いGOKUも、テーブルのそばで世話をしてくれる綺麗な着物姿のお姉さんに緊張したのか、ちょこんと座って、いつものようにわがままを言わずに、お肉をいただいていました。

 

 隣のテーブルから、北京語の語尾を巻いた特徴ある言葉が漏れ伝わってきます。

 GOKUがちゃんと座って食べているのを見て、日本人の子を見なさいと母親が言ってるようです。それを聞かされた子供は、衝立を覗き込んで、GOKUのありようを確認して、行儀をただしたようです。

 

 だから、私も、GOKUがお行儀よくしているから、隣の中国から日本にやってきた子がGOKUの真似をしてお行儀よくしたよって言ってやったんです。

 子供は素直ですから、この日の GOKUはこれまで最高のマナーで食事をすることができたのです。

 いや、もしかしたら、そんなことではなくて、この店のしゃぶしゃぶのお肉が美味しかったのかもしれませんが。

 

 その後、浅草からお台場まで船で川を下りましたが、そこにも中国人旅行者はあふれていました。

 

 彼らは、日本を観光して、日本の美味しい安全な食べ物を食べて、そして、日本の子供たちの振る舞いや、日本人の立ち居振る舞いを体験して、きっと、あの傍若無人な振る舞いを自ら改めたのだと、私は思ったのです。

 

 私たち日本人だって、過去、随分とヨーロッパで「悪態」を晒してきた旅行者であったのです。

 それが洗練されて、今に至るのですから、あの時の体験は生かされたと思うのです。

 

 ですから、中国の人たちが、日本を楽しく体験し、好感を持ってくれることは、きっとあと数年後、日中の新たな展開をこの人たちが作り出してくれると思っているのです。

 

 GOKUは、半分オーストラリア人になっていますが、そのGOKUも、浅草今半で、美味しいお肉をいただき、日本人としてのものを食べる時のマナーをきっと教わったと思うのです。

 


(3) 触らぬ神の一変する姿は幻影か

 

 子供を連れたちょっと小太りの、加えて、不機嫌そうな表情の母親が、カートを通路の中ほどに置いて、買い物をしていました。

 

 後ろから来た人が、すみませんと声をかけても、ごめんなさいと声をかけるでもなく、面倒くさそうにカートをちょっと横に移動するだけです。

 続々と続く買い物客たちは、カートで遮られた細い通路を通り抜けていきます。

 

 この手の自分勝手な買い物客は、あたりまえにいるものと、それゆえ、触らぬ神に祟りなしとでも言いたげに、買い物客はさっさと進んでいくのです。

 

 その「触らぬ神」が、タケノコの千切りにしたものを手に取り、裏の細かい字で書かれた商品説明を見て、それを無造作に放り出しました。

 その様子を遠目に見ていた私ですが、その後、その棚の前を通った私は、その放り出されてあったタケノコの袋を手にして元に戻してやったのです。

 

 裏には、原産地が「中国」と書かれていたのを、私はそのおりに見たのです。

 

 あの「触らぬ神」、これが原因で、このタケノコの袋を放り投げたに違いないと私思いました

 よく見ると、すぐ近くに、このタケノコよりも値段が高い日本のタケノコの水煮が置かれていましたから、きっと、これを買ったのかもしれません。

 残念ながら、それは見過ごしたので、本当に買ったのかどうかは知る由はないのですが。

 

 実は、私も、中国で作られた食品は、避ける傾向があるんです。

 

 お前さんの好きなiPhoneだって、ほとんどは中国で作られているんだぜって言う声が聞こえてきます。今、私の手元にあるXS Maxだって広州から発送されていましたから、その通りです。

 設計はアメリカ、製造元は台湾、工場は中国と分かれていますが、iPhoneが中国製だとは誰も思っていません。

 

 近くのホームセンターに出かけますと、除草剤しかり、肥料しかり、安いのは中国製で、それを私は手に取ります。

 安心の日本製は高すぎるからです。

 作られている内容物を見ても、嘘でない限り、入っている薬品類は同じですから、それに、この安い除草剤、本当に効き目があるんです。

 

 そんな中、スーパーで買い物をするとき、中国のものを避ける理由は、もちろん、安全上の理由からにほかなりません。

 だって、中国人だって買わないものを日本人が買ってどうするんだと言う思いがあるからです。

 

 訪日中国人が、日本の食べ物は安全で美味しいと言い、日本の化粧品も安全で効果絶大と言っているんです。

 まして、品質管理の厳しい日本ですから、いかに中国のものだって、健康に害するものを棚に陳列するわけではありませんから、安心なのでしょうが、やはり「ブランド」がそこはものを言うのが、消費者心理なのです。

 

 ブランド、つまり、あるものに対して、他のものと区別する各種の情報を言います。

 そこに、消費者の経験や好き嫌いが加味されるから、企業としては、ブランドを大切にしないと、とんでもないことになると言うわけです。

 

 あのシャープが中国人経営者を迎えて、売り上げを伸ばし、再建を軌道に乗せつつあると言う記事を読んだのは最近のことでしたが、つい先日の記事では、その再建に落とし穴があったと言うのです。

 つまり、シャープのブランド力がなし崩し的に落ちてしまっていると言うのです。

 中国では、シャープの品物は安く売られ、そのため、安物は良くない、だから、買わないと言う悪循環が生まれて、経営は落ち込みがちになっていると言うのです。

 

 iPhoneは、その点で、ブランド力を保っています。

 ジョブズの「自由になるために知的に武装する道具」と言うキャッチコピーが生きているのです。

 彼は、ブランドをとりわけ気にした経営者です。

 製品そのものの優位性はもちろんですが、品物が入る化粧箱から、その中の仕組みまで凝りに凝っているのです。

 これが、彼の製品のブランドが他とは違うことを示し、消費者にいくばくかの安心感を与えているのです。

 それに、安売りはしません。

 させないように、取り組みもしています。

 

 ジョブズは、自らの製品に、機能や技術だけではなく、そこに、文学的なストーリー性を付与した経営者だと思っているのです。コマーシャルを見るとそれがよくわかります。

 日本では、中国の食品が、中国では日本のシャープが、ブランドでいくばくかの損を被っている。そこには、ジョブズのいう、製品に対する文学的物語性が欠けているからなのです。

 

 それがために、中国ではシャープの製品が敬遠され、日本では中国の食品が同じ憂き目にあっているのだと。

 

 小太りの不機嫌そうにしている母親が、他人の迷惑を顧みずに通路に無造作にカートを奉仕出し、買い物をしています。

 周囲は、この手の女にはちょっかいを出しません。

 迷惑そうな表情をするけど、無視して通り過ぎていくのです。

 

 そんな中、女は、一つの袋を手に取り、何気に、袋のうらに目をやります。

 不機嫌そうな表情の女の表情が一変します。そして、カートを他人の迷惑にならないよう通路に止め、声をかけてきた見知らぬ買い物客に愛想のいい笑みを返し、その品物をカートに入れます

 値段は安いし、品質も最高級、めったに手に入らない中国製の製品です。

 

 そんなイメージが出てくる国の品物になればと思うのです。

 しかし、それにしても、身も心も売ってしまった日本企業の品物は、かつての栄光ある製造業として立ち直れるのか心配するのです。

 


(4) 隣地は借金をして買えって……

 

 取手の学校に勤めはじめた頃のことです。

 ある教師がこわもての上司に、自分たちは「教員」なのか、それとも「教師」なのかと、夏の研修会の折に問うたことがありました。

 

 こわもての上司は、先生方をあごで使っていると、その質問した先生は考えていたからです。

 少しは、自分たちに敬意を示せって。

 

 こわもての上司は、先生方は、とりわけこの学校の先生方は「銀行員とか警備員とか、言われたことだけを行う<員>ではなく、自ら考えて、生徒のために尽くす<師>であり、「医師や技師」と同じように専門性を強く帯びた方々ですから、当然、「教師」であり、「教員」ではありませんと答えたのです。

 

 銀行員や警備員が、医師や技師、ましてや教師とは違って専門性がないと、昔も今も、私は思ってはいませんが、面白い喩えだと思っていたのです。

 

 「士」とつく人々もいます。

 弁護士に、税理士、それに、建築士など。

 

 それぞれの字に謂れがあり、歴史があり、それぞれに意味があるのだとは思いますが、あの先生は、自分が「教師」であると言われて、満足そうにしていたのを思い出すのです。

 きっと、こわもての上司が説明したように、自分たちは、生徒のために教え導く、専門的な職業に従事する者たちであるということに満足したのだと思うのです。

 

 ところが、先だって、珍妙な「師」に出会ったのです。

 「地面師」なる「師」です。

 

 学生の頃、近所に住む社長と懇意になり、彼の経営する人形町界隈の浴衣問屋でアルバイトをしていたことがあります。

 冗談か、本当のことかわかりませんが、この社長の一代記を聞いたことがありました。

 

 終戦直後、この辺りは焼け野原、空襲で役所の書類は焼けて、不動産登記も証明もままならない。登記簿に名を連ねていた人も、空襲で、あるいは、戦争で亡くなり、にっちもさっちもいかなくなり、まだ若かった社長は、早い者順で、この辺り一帯の土地をものにしたというのです。

 まるで、西部劇で、馬を走らせて、そこに旗を立てて、自分の土地とした、あの出来事同じことが東京の一角でなされたというのです。

 まゆつばものだとは思うのですが、話として面白いものでした。

 

 狭い国土の日本ですから、都心であれば、わずかな土地でも財産になります。

 社長の話は、まさに濡れ手で粟の一代出世物語と相成っているわけです。

 

 でも、実際、終戦後の期間、そして、90年代のバブル期にあって、この「地面師」たちが暗躍した時代があったというのです。

 終戦直後は、空襲で、書類も焼け、不確かな中で、それ幸いに、詐欺まがいに土地を転がした輩が多数いたと言います。

 バブルの頃は、土地の価格が高騰し、一億で買っても、翌週にはそれが二億になるという馬鹿げた時代が確かにありました。

 金の匂いを嗅ぎつけて、「地面師」たちはうごめいたというのです。

 

 しかし、今回摘発された「地面師」は、まるで、『スティング』ばりの算段をとって、大手の建築会社を騙したのですから驚きです。

 

 土地の所有者になりきる女を設定し、その代理人なる人物、物件を扱う業者もまた設定しました。さらに、土地の所有者が確かにその人物であることを証明するためにパスポート、実印と印鑑証明までも偽造したのですから、まさに、組織としての徹底した騙しのテクニックがそこにはあったのです。

 

 まさに、映画『スティング』ばりの仕掛けです。

 

 映画では、賭け競馬の設定ですした。

 強欲なギャングの親分を寄ってたかって騙すストーリーが面白く、観客として騙されることに面白さも感じたのですが、50億もの金を損失した会社にとっては腹立たしいことこの上ないことでしょう。

 

 土地扱いを商売にしている会社の人間をも騙すのですから、この「地面師」たち、名うての「師」であったのではないかと思っているのです。

 

 「教師」の「師」に、満足の表情を見せたあの教師には失礼ですが、「師」は同時に、「ペテン師」にも、「詐欺師」にも使われることを思うと、さほどありがたい名称ではないなと、今更のように思うのです。

 

 そんなことを考えていましたら、なんとか不動産のものと名乗る男の方が我が宅のチャイムを鳴らしました。

 

 我が宅の西、奥まったところ、南東は二階建てのアパート、その横には立派な一戸建てが、さらに、西には別に一件、新築の一戸建てがある、ちょっと日の当たりにくいあの土地が売りに出されたというのです。

 

 格安の物件なので、ぜひ、隣地である我が宅に買ってもらいたいと、その男は笑みを浮かべて言うのです。

 

 隣地は借財をしても買えって、そんな話を聞いたことがあります。

 土地が大きくなることで活用の幅が増えるとか、家庭菜園や駐車場としての活用も可能、それに、訳のわからない隣人が来るのではないかと言う不安もなくなり、第一、建物が建って風通しが悪くなる心配もない、そんなことから、この言葉があるようなのです。

 

 我が宅の隣地にまつわる「地面師」のあまりのタイミングの良い登場に、私もまた微笑んだのでした。

 

 「地面師」はそれを好感触と捉えたでしょうが、私の口から出た言葉は、「これだけあれば、我が宅はもう十分すぎるくらいです」と言うさりげない、断りの言葉であったのす。

 

 



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