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ジーン編12

 オレとジーンとガイは、炎を囲んで、何時間と語り合った。

 なぜかは、うまく説明できそうにない。ただ、オレは、ジーンとガイに出逢った事を、何かが変わる『きっかけ』のように感じていた。――何かは、さっぱりわからない。

  オレの身体はとても疲れていたが、座って少し話すくらいはできそうだった。

 

  ジーンは、オレの、炎をはさんで反対側に座っている。ジーンの黒い目の中に、炎のチラチラした光が映る。

 

 

 

 ガイは、オレの右側で、首をかしげた。
「確かに、外国人か何か、キャメルだけじゃなくて、髪を伝統的なこういう風に結ってねえやつもよく見るなあ。だから、別にジーンの姉ちゃんやキャメルを何とも思わねえけどよ」
 

 ガイは、細い三つ編みを一本引っ張って言った。

「でもそいつらが、どこでどうやって働いてるかなんて、考えた事も無かったぜ」

 

 オレもそう思った。確かに、外国人だろうと、働いていなければ暮らす事はできない。女性でも、家庭が無ければ働くしか無い。

 

「そしてその賃金も、わかるでしょう?」
 ジーンの言葉は、大きくはなくてもよく響く。

「帰る場所の無い場合がほとんどの外人を、できるだけ安い賃金で働かせる。それがこの南方集落のやり方です」

 ジーンは、炎をはさんで反対側に座り、風に揺らめく炎を見ながら言った。

「外人を、まるで奴隷のように働かせる。ディザータ南方集落が宴を開くのは、実はここに来た外人に呪文をかけるためよ。『城塞都市の方が、差別がひどい』とね。最初は、ああやって外人を歓迎するの! ――実際、わたしは首都プルミアに行った事があるけれど、そんなに変わらなかったですね。ディザータ王国で一番外人に優しい、と呪文をかけ、考える機会を労働で奪い、きつい仕事を辞めようとすれば罰金を払えと脅す。わたしも帰る場所が無いから、ここでとても安い賃金で、働いています……バカで孤独なわたしよね。どうしていいのかも、わからないのです」

 ジーンは、言い終えてから、目をつむった。
 

「そうなの? ここにはそう貧しい人いないかと思ってた」
 ガイはあごに人差し指をあてた。ガイの横顔が、炎に照らされて赤く輝く。

 

 ジーンは炎の向こうで、少し呆れたように言った。

「まあ、通行人を見るだけでは、その人が貧しいかどうかなんてわからないと思いますよ。特に、ディザータ南方集落の人々は、そう誤解している人が多いと思います。ここには奴隷制が無いので、余計にそう。すれ違う外人さんは、あり金全部はたいて、今夜のパンを買いに行くのかもしれないのにね!」

 

「そうか――俺たち、仲間だな」
 ガイは何かうわの空のように言って、上を見上げていた。ぽつぽつと、雨が降り出した。

 

「わたしが、ガイさんの仲間ですか? まさか」

 ジーンが、袖を揺らした。


「そう思うよ」
 オレは足を組み直して、言葉を続けた。
「あいつ、もともと貧しくないけどさ、浮浪者だから」

 

「ガイさんは、東ザータの人じゃないの?」

 ジーンは炎の向こう、目を細めて、疑うような目つきだ。

 

「あいつは浮浪者だよ。南方集落東ザータの、浮浪者。オレもね」
 オレは目を閉じて、また開けた。
「だから、ジーンの言いたい事は、オレたちにはよくわかる」

 オレは一旦、言葉を切った。風が、少しずつ強くなる。炎は、オレたち三人の真ん中で踊る。

 

 オレは、ジーンをまっすぐ見て、続けた。

「オレとガイにも、帰る場所が無いんだ。――ガイは、東ザータの人で、家はあるけどさ、帰る場所は無いよ。金も無いね。だから、三人とも、仲間」

 ガイが、チラっとこっちを見たような気がしたが、オレは、さほど気にしなかった。

 

「そうなんですか」
 ジーンは、炎に語りかけるような言い方をした。
「ガイさん、それは、失礼しました。わたしの、……仲間なんですね。わたし、言い過ぎました。本当に、ごめんなさい」

 

「いいよ。気にしてないぜ?」
 ガイは、大地に手をつきくつろいだ姿勢で、のんきに言った。――オレは、こういうとき、ガイがとても年上なのだと感じる。

 ジーンが一瞬、目をいっぱいに開いて、ガイを見た。

 

 ガイが体を起こし、炎に手をかざした。風が強いが、危なくないのだろうか。
「で、なんであんたら、ナイフ持って決闘してたの? 意味わかんね」

 

「毎日に耐えられなかったから」
 ジーンはひざを強く抱えている。
「ここが、つまらなかったから、ただ、惨めだったから」

 

 ジーンが吐き捨てるように言った。ガイは、口をとがらせて応えた。
「仕事あるだけいいだろ」
 オレは、あえて何も言わなかった。

 

 ジーンは、ひざをぎゅっと抱え、怒ったように言った。

「ここまでさらせば、黒い小人さん、いくら頭悪くてもわかるでしょう? わたしは、つまりそういう理由で、望まない仕事をしているの! やり方さえ、火傷の手当ての仕方さえ、わからないままでね。――キャメルさんが回復してくれて、本当にうれしい。わたしが何をやったって、亡くなっていく人ばかりなので」

  

 ガイは、両手を頭の後ろで組んで言った。

「要するに、つまらなかったから戦った、と? 変な姉ちゃんだなぁ」

 

「ごめんなさい。その通りです」
 ジーンが、炎の向こうから、ガイに軽く頭を下げる。

 

「ごめんなさい、わたしは、看護は下手で学ぶ気も無いけれど、剣技には自信があるんです。我流ですけどね。――つまらなかったから、戦ったのよ。それだけ。それに、キャメルさんを、どこか遠い国の戦士などと誤解していて、キャメルさんには申し訳なく思っています。ごめんなさい」

 

「いいよ」

 オレは、ぼそっと返事した。
 

 ジーンが、手をひざからパッと放した。
「……わたしたちは、仲間ですね。まさか三人とも、浮浪者だなんて」
 ジーンが、炎の向こうで、不自然な笑顔を作った。寂しそうにも見えた。

 

「では、さすがにもうお時間なので。仕事に戻りますね」
 ジーンは足早に、草花の茂る道へ消えた。遠くの方で、雷の音が聞こえ始めた。
 

 

 

 

  塔を追い出されたオレは、今頃になって、自由の厳しさをひしひしと感じている。もし、塔から出てこなければ――なんて考える自分さえ、心のどこかにいる。

 

 オレは今、ジーンを仲間だと思う。実に変なつながりだ。
 自由の中に立ちすくむ、三人の浮浪者。

 


この本の内容は以上です。


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