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ジーン編11

 オレとジーンとガイは、火を囲んで話す事になった。

 オレは、ガイがジーンを暗殺者か何かと疑っているのかと思い、こまめにガイの横顔を見ていたが、ガイは、すっかり忘れているように見えた。

 

 ガイがボロの麻の袋から、火炎放射器を取り出した。

「ジーン、これが火炎放射器だ。よく見てな! この木片じゃねえ! 俺の勇敢さと賢さを、だ!」
「はい」

 ジーンは、興味が無い、という顔で返事をした。しかしガイは、気にしていないようだ。

 

「ほれ、どうだ」
 ガイは適当そうに組み立てられた木片で、木の枝に一瞬で火をつけた。オレはいつも思うのだが、一体あれはどういう仕組みなのだろうか。すごい。

 

「ところで、なぜ火なんだ? ここは明るいのに」

 オレは、何気なく言った。

 

 ジーンは目を下の方にやった。
「囲むのにちょうどいいからですよ。わたし、あのガイさんという年上の男性の、近くにいるのは良くないと思っています」
「あんだって?」

 ガイは少しふくれた。

 

「近くにいるのは良くない、という意味ですよ。ごめんなさい」
 ジーンは口を手で覆って、失笑した。
「それに、ここには戦争があるように見えないからよ」

 

 オレは、疲れて腰を下ろした。しかし、腕は組んだ。 

「ふーん、戦争があるとなぜ、火をたいてはダメなんだ?」

 

「煙があがるからですよ。ここに人がいるという事がわかるからです」

 ジーンは静かな声で応えた。火を、見つめたままで。

 

 ジーンは芝に座った。何だか周りを見渡している。オレもガイも、なんとなく一緒に座った。オレの右側に、ガイ。炎を囲んだ向こうに、ジーン。
 

 ほんの少しだけ、時間が流れたような気がする。沈黙だ。いつの間にか、空は白く曇り、風が木の葉を二、三枚さらってゆく。火は広がり、風に揺られ、炎になる。

 

 ジーンが少し、オレの方に向かって頭を下げた。
「キャメルさんは、きっと、火など見たくもないでしょうね。わたし、火を見るのが好きなので。本当に、ごめんなさい。わがままでした」
「そう」

 

 炎が燃えさかる。療養所のランプで、火には慣れたつもりでいた。でも、やっぱり炎は苦手だな、とオレは苦笑いした。二人には、気づかれないように。全身を火傷した事。あの感覚は、嫌でも思い出す。

 

 ガイが黒光りする足を腕で抱えて、座っている。
「そりゃそうだろな。火傷した奴にまた火見せるなんて、わがまま以外の何でも無いよ。俺にはその痛みなんてわかんねえけどさ。でも、その火を消してはいけないとも思うよ。たぶん、見つめなきゃならねえ。もう一人のお前みたいなもんだ」
 ガイは、落ちていた小枝で何か遊んでいる。土に何か書いている。

 

「そして、このところ風が強い日が多いし、キャメル、お前といるときはなぜか、たいてい風が吹いてる。そういう思い出が少ないながら、あるよ。――お前、昔とだいぶ変わったな。だいぶ変わったとも思うけど、でも俺はお前を今でも、炎みたいな奴だと思ってるぜ。お前、気性も激しいけどさ、ははは、なんかね! なんか、そう思うよ!」

 ガイは、顔の前で手をたたいた。

 

 オレが、炎のように見える。それはガイから何度となく聞かされた言葉で、正直、あまり好きではなかった。その言葉は、心の中の心配事をかき乱すみたいで。

 けれど、目の前の炎を見ていて、それはいつも闘っているな、と思う。強い風と、いつも闘っている。嫌な思い出もあるのだが、少なくともオレは火じゃなく『炎』なのだ。そう信じなければ。

 

 ジーンが口をゆっくり開いた。
「わたしも、キャメルさん、あなたが炎のようだと思います。他に何と言ったらいいのか――くどいようですが、わたしはあなたを『きれい』と言いました。その顔立ちも、端正だと思うけれど、ガイさんがうまく表現してくれました。あなたの目が、この炎のようにきれいだと思ったんです。変な意味で伝わっていたら、すみません。炎を、消しましょうか?」

 

 オレは、首を振った。

「いいよ、やっぱり。消さなくていい」
 これが、もう一人の自分の姿。あれだけ火傷しても、なぜか消す気になれなかった。放火犯の父を刺したときの、どうしようもない気持ち。あれもある程度、覚えているのに。

 

 炎を、消す気になれない。そして、ジーンをわがままだとも、思えない。
 オレはむしろ、他の事が気になってしまったので、言った。
「ジーン」

 

「はい」
 ジーンは座ったまま、まばたきして、姿勢を正した。

 

 オレは、療養所のある方角を指さした。

「仕事は、いいのか? もう二時間くらい、経っているような気がするが」

 

 ジーンは、ずっと炎を見ている。炎は、ただ大きく燃えている。

「大丈夫ですよ。わたしは、どうせ外人の女だから。――東ザータの人を助ける仕事など、やりたくもないの」

 

「――どういう意味だ?」

 オレは、目をジーンの方にやって言った。

 

 ジーンは首を振って、後ろで結んだ黒髪の、後れ毛をどけた。

「この村の男性には、きっとわからないでしょうね。女性と外人が、ここでどのような扱いを受けているか。この村にはいろんな肌や髪の人がいますよ。でも、外人の女がつける仕事など、限られているの。ガイさんにまで話す気は無かったけれど」

 

「じゃあ、やめて別の話にすれば?」
 そう言うガイは大人げなく、腹を立てたように見えた。

 

「ああ、こういうのもいいかもしれませんね。この村で生まれ育ったと思われる黒い小人さんが、どれだけ世間知らずか教えてあげましょうか? ごめんなさい」

 ジーンは、また口に手をあてて、失笑した。

 

 ガイは目を細めた。
「俺は、世間知らずだよ?」

 

 オレはちょっと驚いた。ガイがそういう方向に話を持っていくとは、思わなかったのだ。

 

「世間知らずだし、見た目からして貧しいジーンにしてみれば、お坊っちゃまみたいな俺だ。でも俺の方が年上なの、気づいてる? シールズ帝国とか、ヴァーナ王国とか、そういうのは行った事無いけど、名前くらいは知ってるさ。そして、ジーンより俺は、生きてきた分だけその虚しさを知ってる。自由に生きられる、怖ろしさと虚しさをね」

 

 ガイが、何だか空っぽな言い方をするので、オレはぞっとした。ガイは、たまにとても空っぽな部分をオレに見せる。自分について、 『家のある浮浪者』なんて言い方をする。

 

 オレは、ジーンに、ガイについてうまく説明できなかったので、こういう言い方をした。

「ジーン、これ以上、ガイに余計な事言わないでくれないかな」
「はい」
 ジーンは目を細めて顔を上げた。顔の輪郭を縁取る炎。
「わかりました。ごめんなさい」

 

 ジーンが、軽く頭を下げた。オレには、その表情は見えなかった。
「わたしは外人ですので、少しここの村人嫌いなところがあるんですよ。ガイさんに限らずね。でもここの外人は、みんなそうだと思いますよ?」

 

 

 

 

 


この本の内容は以上です。


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