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1にゃん

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1にゃん

 はぁ~、いいお湯だよなぁ、やっぱ、ウチの湯はぁ~極楽極楽♡
 な~んて呟きながら、四年ぶりに帰ってきた我が家の温泉へ入る。客が入った後の真夜中だ。いつものクセで、程よく掃除しがてらの入浴だ。掃除も体も洗い終わって洗髪後のシャワーの時だった。
 器用に前足で風呂のドアをこじ開けて、黒猫のつやちゃんが入ってきた。つやちゃんは濡れるのを極端に嫌がる。雨など降っている時は、民宿から一歩も出ない。用を足しに外に行かなくていいのか不思議に思うくらい、健流の部屋のベッドで寝そべっている。
 シャワーが終わり、湯船に浸かる時に、無駄だと思ってはいるが、「つやちゃん、おいで」と声をかけてみた。そうすると、つやちゃんはこの四年間の間にどんな変化があったの!? と疑問に思うくらい素直に寄ってきて、岩風呂の健流の背中をザラザラした舌で舐めた。
 確かに、つやちゃんは、この温泉のお湯が大好きだ。猫の健康にいいのかどうかは知らない(多分悪いと思う)けど、よく舐めているのを見かける。
 なぁんだ、呼んだからきたんじゃなくて、飲みたかっただけかぁ……と思うと、ちょっと悔しくて、久しぶりにつやちゃんに会えた嬉しさも相まって、いたずらをしてやろうって気になった。
 今まで、小さい頃から、溺れちゃいけないって思ってやっていなかったことだ。
 湯の上で飛行機着陸しまーすと、ぶーんぶーんとつやちゃんを両手で抱っこして振り回してやったのだ。
 つやちゃんは、嫌がって暴れまくる。爪も本気で立ててきた。
「痛い痛いすっごく痛い!」
 肉食獣の鋭い爪である。人間の皮膚は太刀打ちできずに、血が滲んできた。本気で爪を立てられた痛みで大騒ぎで痛い痛いと暴れていると
「あ」
 ぼちゃっとつやちゃんを湯船に落としてしまった。俺は大慌てで、つやちゃんを救い出そうとして、湯船に這いつくばった。つやちゃん!と探すがいない……しかし、湯船からもうもうと上がる湯けむりにぼわんと黒いものが見えた。
 黒猫のつやちゃんではない。黒い着物……黒い和服を着た美しい女性が手をお尻の後ろについて座って湯船に浸かっている。髪も濡れそぼって、綺麗な漆黒のつやつやとした長い髪が湯船に広がっている。
 まるで、花魁のように大きく襟ぐりを開けた着物の着こなしで、帯は金糸で織った贅沢な作りで前で結わえてある。古ぼけたピンクのリボンが帯に挟みこんであるのが不似合いだった。
 俺が修行していた時の旅館にたまにこういう芸者さんや舞妓さんを見かけたな……塗りではない、透けるような白い肌、目は大きく吊り目で悪戯っぽさを感じる金色の目だ。
 その目を見て茫然自失状態から抜けだした俺は、タオルを素早く腰に巻きつけた。
 すると、その女性は「かかか」と大きな口を開けて、のけぞって笑った。
「健流のそんなもの、もう見慣れておるにゃ」


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