目次
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まえがき 悪の足跡の追求
タナトスの解説(集団ストーカーの指揮者、対人恐怖を作る人々)
タナトスの一族~カニバリズム、人身御供、アトランティス王国、最終戦争ラグナロク、タングート、西夏、アサシン教団、狼男、チャガタイ・ハン国、タウングー朝、ズールー帝国、アフリカ独立運動、ボコ・ハラム
ティールタンカラの一族~アーリア人、仏教、継体天皇、中臣鎌足、藤原不比等、白河天皇、鳥羽天皇、マリ帝国、聖フェーメ団、ジェノヴァ共和国、ルクセンブルク公国、モナコ公国
デウスの一族~ジャイナ教、河伯、サータヴァーハナ朝、フン族、アッティラ帝王、稲荷神社、九頭龍、風水、足利尊氏、後醍醐天皇、シャーマニズム、クエーカー教、住友財閥、三井財閥
ダーナ神族の一族~ディオニュソス、デニエン人、猿田彦、契丹、デーン人、鬼、酒呑童子、ハーバード大学、ジョージ・ワシントン大統領、アメリカ連合国、統一イタリア王国、カナダ、ニュージーランド、阿含宗
アブラハムの一族~シュメール文明、エフライム族、バアル、アフラマズダー、ゾロアスター教、マケドニア王国、聖徳太子、ピサ共和国、奥州藤原氏、フランシスコ・ピサロ、ヴァーサ朝、フィンランド共和国
預言者ナタンの一族~ラピタ文化、ダン族、ソロモン王、ミディアン人、ストーンヘンジ、アテーナイ王国、ヒクソス、アマルナ宗教改革、ケント王国、最澄、空海、源氏・平氏、マフディー国家
アッシュール・ダン1世の一族~魔神アスラ、タニス、北イスラエル王国、アルメニア王国、グノーシス主義、コプト教、聖コルンバ、アルシング議会
ガリアのドルイド司祭(東本願寺)の一族~アテネ民主制、ローマ執政官、ソピテース、デマゴーグ、ヘロデ大王、ローマ帝国、フィリキ・エテリア、青年トルコ革命、クルディスタン労働者党
聖ドナトゥスの一族~渤海王、ブワイ朝、テンプル騎士団、ジンバブエ王国、ダホメー王国、ハイチ帝国、トンガ王国、リベリア共和国、ブータン王国、黒人地位向上協会、バハーイー教
ローマ教皇レオ1世の一族~ランゴバルト王国、メロヴィング朝、マズダク教、ウイグル可汗、浄土教、曹洞宗、ノルマン人、カルマル同盟、出雲大社、コーザ・ノストラ、オーストラリア、バチカン市国委員会
クリュニー大主教ベルノの一族~ナバラ王国、フランク・ローマ皇帝、カペー朝フランス王、民衆十字軍、土肥実平、長宗我部氏、キャンディ王国、三菱財閥、モロ民族解放戦線、ルワンダ大虐殺
クリュニー大主教アイマールの一族~キエフ大公国、シトー会、北条時政、聖フランチェスコ会、シチリア王国、イタリア共和国
クリュニー大主教ヒューの一族~ヒメネス朝ナバラ王、バルセロナ朝アラゴン王、ブルゴーニュ朝カスティーリャ王、バルバロス・ハイレッディン、チュニジア、アルジェリア、ユニオン・コルス
カペー朝ルイ7世の一族~メリナ王国、カンボジア王国、カリブ族、四季協会、ゴーストダンス、マウマウ団、ドラヴィダ進歩党、カーゴカルト、パプアニューギニア、クメール・ルージュ
カペー朝フィリップ2世の一族~ドイツ騎士団、白蓮教、小西行長と弥助、マラッカ王国、ブルネイ帝国、ベネズエラ共和国、リンガトゥ教、呪術師スビキロ、バラク・オバマ、フアン・グアイド
親鸞の一族~浄土真宗、時宗、一向宗、世界初の精神病院ベドラム、ブルゴーニュ朝・アヴィス朝ポルトガル王国、コンキスタドール、メキシコ帝国、麻薬カルテル
如信の一族~魔女狩り解禁、異端審問、伊勢大社、カペー朝フランス王、ボルボン朝スペイン王、スペイン共和国
覚如の一族~紅巾の乱、華僑、百年戦争、殺人集団タギー、琉球王国、アチェ王国、黎朝ベトナム帝国、白蓮教、シンガポール、日清食品、社会民主党、全能神
善如の一族~倭寇、恭愍王、足利義満、日野富子、三浦倭館、東林党、魏忠賢、フランシス・ドレイク、バッカニア海賊、カタール首長
綽如の一族~ヴァロワ=ブルゴーニュ公、ブルボン公、能登守、ハプスブルグ朝スペイン王国、デュポン財閥、ケベック解放戦線
巧如の一族~ジル・ド・レ、ヴァロワ朝フランス、マルタ騎士団、マラーター族、アフガニスタン王国、オマーン王国、ザンジバル帝国、ソコト帝国、マルタ共和国
存如の一族~応仁の乱、アラゴン王国、アヴィス朝・ブラガンサ朝ポルトガル王国、ポルトガル共和国、アルバニア共和国、マザー・テレサ、神の愛の宣教者会
蓮如の一族~スイス連邦参事会、魔女狩り、パッツィ家、ロレーヌ公、一向一揆、秘密委員会、ベルギー王国
実如の一族~毛利元就、オルデンブルク朝デンマーク、モロッコ王国、フランコ将軍、パレスチナ解放機構、トントンマクート、岸信介、佐藤栄作、安倍晋三、統一協会
証如の一族~明智光秀、魔女狩り、戦国時代、オランダ王国、近衛家、クウェート王国、イギリス東インド会社、南アフリカ連邦、ジャム・カシミールのムジャヒディーン、湾岸戦争
顕如の一族~万暦の三征、魔女狩り、オランダ東インド会社、スチュアート朝、老論派、バプティスト教会、メソジスト教会、ヴァンダービルト財閥、パール・ジャム、KORN
教如の一族~織田信雄、東山天皇、仁孝天皇、孝明天皇、カメハメハ大王、ハワイ王国、トンガ王国、サモア独立国、フィジー共和国、エチオピア連邦民主共和国
宣如の一族~ハプスブルグ家、ブルボン家、プファルツ朝スウェーデン王、フルベ聖戦、フランス共和国、イスラーム・マグリブ諸国のアル=カーイダ機構
琢如の一族~英蘭戦争、マラーター王国、ベンガル太守、アワミ連盟、バングラデシュ、ジャマート=ウル=ムジャーヒディーン
常如の一族~後金時代、李氏朝鮮末期、琉球第二尚氏王統、東学党、ゴ・ディン・ジエム、大韓民団、戸塚ヨットスクール、ベトナム社会主義共和国、国民民主党、自由朝鮮
一如の一族~名誉革命、ジャコバイト、オラニエ=ナッサウ王家、南アフリカ連邦、オレンジ革命
真如の一族~イエズス会弾圧、ムガール皇帝、マラーター同盟、タタ財閥、デカン・ムジャヒディーン
従如の一族~田沼意次、徳川家重、松平定信、井伊直弼、水野忠邦、徳川慶喜、静岡県知事
乗如の一族~フランス革命、ベトナム植民地、ブラジル帝国、YMCA、セブンスデー・アドベンチスト教会、国際赤十字社、花粉症、AIDS
達如の一族~復古神道、尊皇攘夷、天理教、金光教、神社本庁、日本社会党、講談社、日本会議、ヒカルランド
大谷光勝の一族~興宣大院君、明治天皇、ビアフラ共和国、ソンミ村虐殺、コリン・パウエル、コンドリーザ・ライス、トニー・ブレア
大谷光榮の一族~大谷大学、大正天皇、昭和天皇、アドルフ・ヒトラー、ハインリヒ・ヒムラー、軍産複合体、パフラヴィー朝皇帝、アウグスト・ピノチェト、立憲民主党
大谷光演の一族~重慶爆撃、CTスキャン、ダライ・ラマ14世、ディズニー・カンパニー、スティーブン・スピルバーグ、ジャニーズ、タイム・ワーナー社、YOUTUBE
大谷光暢の一族~市川團十郎、ラビア・カーディル、ブルース・リー親子暗殺、地下鉄サリン事件、天安門事件、オウム地下鉄サリン事件、酒鬼薔薇聖斗、雨傘革命
大谷暢顕の一族~TV局アナウンサー、宮崎勤事件、足利事件、オウム真理教、神戸連続児童殺傷事件、学級崩壊、大阪池田小児童殺害事件、てるくはのる事件、SEALDs
大谷暢裕の一族~「集団ストーカー問題を克服する」、2014香港反中デモ、2014香港反政府デモ、2019逃亡犯条例改正案撤回デモ
大宛のドルイド司祭(西本願寺)の一族~大宛、クシャーナ朝、鳩摩羅什、曇鸞、浄土宗、隋、ウマイヤ朝イスラム帝国、北宋、舜天王統、ブギス族、ジョホール朝、林本源、中国仏教協会、台湾
王安石の一族~南宋皇帝、今川国氏、デリー・スルターン朝、曹洞宗、永平寺、総持寺、コーカンド・ハン国、イエメン王国、イスラム国
今川国氏の一族~アステカ帝国、凄惨な人身御供儀式、串刺し公ヴラド・ツェペシュ、見付天神の人身御供、血の伯爵夫人エリザベート・バートリ、モルダヴィア公、ルーマニア王国、モルドバ共和国
准如の一族~小早川秀秋、ドン・コサック、古儀式派、ノーベル賞、ベルナドッテ朝スウェーデン王、温暖化十字軍、グレタ・トゥーンベリ
良如の一族~保科正之、徳川綱吉、生類憐みの令、火付盗賊改、子供を殺すための法律「ブラック法」、大英帝国、オックスフォード=アスキス伯爵、MI6長官
寂如の一族~女帝エカチェリーナ、秘密結社イルミナティ、ナチス帝国、特高警察、モサド、中央情報局、アメリカ連邦捜査局
住如の一族~ナーディル・シャー、黒住教、ビン=ラディン・グループ、アルカーイダ、ソマリランド大統領、GOOGLE
湛如の一族~ジュンガル帝国、チャックリー家、タイ王国、ネパール王国、モンゴル人民革命党、霊友会、世界救世教、祟教真光、日本相撲協会
法如の一族~アヘン戦争、ロスチャイルド財閥、ロックフェラー財閥、スカル&ボーンズ、第一次世界大戦、ホスピス、ロイター通信、北大西洋条約機構、アムネスティ・インターナショナル、児童文学ハリー・ポッター
文如の一族~九条道前、ウィリアム・ピット、薩摩戦争、切り裂きジャック、インディアン虐殺、BBC、タイタニック号沈没、ツタンカーメンの呪い、国際連合、連続児童殺人鬼アルバート・フィッシュ
本如の一族~ウクライナ東方カトリック教会、東トルキスタン、セルビア公国、ムスリム同胞団、ユーゴスラビア紛争、チェチェン紛争、南オセチア紛争、ウクライナ政変
広如の一族~長州藩藩主、伊藤博文、大隈重信、山縣有朋、龍谷大学、新渡戸稲造、白洲次郎、東条英機、日産コンツェルン、731部隊、ベトナム戦争
ネルソン・ロックフェラーの一族~ヘンリー・キッシンジャー、ビル・クリントン、湾岸症候群、ジョン・ベネ殺害事件、レバノン空爆、ロシアの人喰いズマガリエフ、ゾディアック、サムの息子、フェイスブック
デヴィッド・ロックフェラーの一族~ジョージ・ソロス、CNN、モンサント社、遺伝子組み換え作物、成長ホルモン、コソボ爆撃、コロンバイン高校銃撃、同性愛人喰いジェフリー・ダーマー、レオナルド・ディカプリオ
大谷光尊の一族~ウィンザー朝イギリス王室、ファシスト党、ディープ・ステート、連続殺人鬼ウィリアム・ハイレンズ、ウクライナ21、Twitter
大谷光瑞の一族~マンチェスター侯爵、ジョージ・H・W・ブッシュ、ケネディ大統領暗殺、湾岸戦争、冷戦終結、法輪功、国境なき記者団、自動運転技術テロ、オール電化テロ
大谷光照の一族~サウジアラビア王ファイサル、ロバート・ケネディ暗殺、ジョージ・W・ブッシュ、除草剤ラウンドアップ、連続殺人犯テッド・バンディ、世界同時多発テロ、キャラバン
大谷光真の一族~リヒテンシュタイン公、悪魔ビル・ゲイツ、マイクロソフト社、上祐史裕、プログラム自動ダウンロードテロ、異常行動テロ
大谷光淳の一族~リヒテンシュタイン公、2ちゃんねる、仙台女児連続暴行事件犯人、2019逃亡犯条例改正案撤回デモ、Qアーミージャパン
ユダヤ人(1731)の一族~ハザール帝国、薔薇十字団、カバラ神秘主義、ホフユーデン、人体自然発火事件、シオニズム運動、精神医学、エスペラント、モサド、ドイツキリスト教民主同盟、ゲノム編集
ユダヤ人(1908)の一族~ヒヴァ・ハン国、ガージャール朝、アドルフ・ヒトラー、ツングース大爆発、ロケット、マンハッタン計画、原子爆弾、水素爆弾、レーザー、コンピューター
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住如の一族~ナーディル・シャー、黒住教、ビン=ラディン・グループ、アルカーイダ、ソマリランド大統領、GOOGLE

住如(1673~1739)
細川宣紀(1676~1732) 肥後藩藩主
細川有孝(1676~1733) 宇土藩藩主※画像なし

 

※住如は、日本では細川宣紀と細川有孝として肥後藩と宇土藩の藩主を務めていた。益城(メキシコ)の王というところだ。

 

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細川宣紀(住如)の子

 

細川利昌(1672~1715)※画像なし

ナーディル・シャー(1688~1747) アフシャール朝初代皇帝

 

アフガニスタン:ナディル・シャー即位(1736)
アフガニスタン:ナディル・シャー、デリー大虐殺(1739)

 

※利昌は細川宣紀が1687年に死ぬと、跡を継ぎ、翌年、従五位下、采女正に叙任いだ。その後、利昌は1715年に死んだことにしてアフガニスタンに渡った。利昌はナーディル・シャーは称し、1736年にアフシャール朝シャーに即位した。

まず、その前段階として彼は邪教信者をサハヴィー朝の皇帝付きの奴隷として送り込み、サハヴィー皇帝に嫌がらせを指示していた。これによって激しい人間不信と心労に陥ったサハヴィー朝皇帝は無力化し、臣下との絆も断たれた。機能不全に陥ったサハヴィー朝は、そこをナーディル・シャーに突かれた。

ナーディル・シャーは事実上、サハヴィー朝を滅ぼし、アフガンにアフシャール朝を築いた。しかし、デリーで無差別な大虐殺を指揮したため、部下たちに皇帝の資質を疑われた。嫌われていたナーディル・シャーは部下たちによって惨殺されている。その後、ナーディル・シャーの残党は日本に帰還し、コラズムを由来に「黒住教」を築いている。

 

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ナーディル・シャーの孫

 

シャー・ルフ(1734~1796) アフシャール朝第4代皇帝

 

ナーディル・ミルザー(?~?) アフシャール朝第4代皇帝シャー・ルフの子※画像なし

黒住宗忠(1780~1850) 黒住教開祖

 

※ナーディル・ミルザーのはっきりした生年月日は不明だが、1785年、父によって皇太子に任ぜられている。その後、1803年に反乱を起こしたナーディル・ミルザーはガージャール朝皇帝ファトフ・アリー・シャーに目をつぶされ、舌を切断された上、殺害されたとされている。だが、実際にはミルザーはアフガンから逃亡して日本に逃げ延び、黒住宗忠となった。黒住(くろずみ)の名の由来はコラズムである。宗忠は1814年に天命を悟り布教活動に入る。

 

黒住宗篤(1848~1889) 黒住教三代教主

 

黒住宗子(1876~1936) 黒住教四代教主

Awad bin Aboud bin Laden(生没年不詳)※画像なし

 

※黒住宗子は、先祖の故地であるコラズムに帰還した。そして現地人の女と結婚し、ムハンマド・ビン=ラディンを儲けたと考えられる。

 

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黒住宗子(Awad bin Aboud bin Laden)の子

 

黒住宗和(1905~1973) 5代教主

華頂博信(1905~1970) 博恭王妃経子の子(徳川慶久の孫)

ムハンマド・ビン=ラディン(1908~1967) サウジ・ビン=ラディン・グループ創始者

 

Awad bin Aboud bin Ladenの子※画像なし

モハメド・アン=ヌメイリ(1930~2009) スーダン民主共和国大統領3・5代大統領

アブドゥラフマン・アフメド・アリ・トゥール(1931~2003) ソマリランド初代大統領

 

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黒住宗和の子

 

 

平成天皇(1933)

黒住宗晴(1937) 6代教主

オマル・アブドッラフマーン(1938~2017) イスラム集団指導者

イスラム・カリモフ(1938~2016) ウズベキスタン・イスラム運動指導者

アフメッド・シランヨ(1936) ソマリランド第4代大統領

佐々井秀嶺(1935) インド仏教復興運動

 

※インドの仏教信者約1億人を自由自在に操ることができる。インドのラジコンマスター。

 

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ムハンマド・ビン=ラディンの子

 

Yeslam bin Ladin(1950)※画像なし

アイマン・ザワーヒリー(1951) ジハード団首領

 

Ghalib bin Laden(195?)※画像なし

ファティー・シャクァキー(1951~1995) イスラーム聖戦パレスチナ指導者

イヤド・アグ・ガリー(1954) アンサール・アッ=ディーン指導者

ムハンマド・ファラジュ(1954~1982) ジハード団首領

ローワン・ウィリアムズ(1950) カンタベリー大主教

 

オサマ・ビン=ラディン(1957~2011) アルカーイダ首領

 

※イスラム原理主義テロ組織アルカイダの創設者。アルカイダはタナトスの子孫で構成されている。人類の発展に寄与することが無い、滅ぶべきならず者の集団だ。死んで初めて役に立つような人々である。ビンラディンは2011年にアメリカ軍の急襲で死んだことになっているが、たぶん生き延びて潜伏し、今も尚、イスラムのテロ組織を指導しているだろう。先祖のシャー・ルフに似ている。

ユダヤ・十字軍に対する聖戦のための国際イスラム戦線を組織している。

 

Shafiq bin Laden(195?)※画像なし

黒住宗道(1962) 7代教主

アブドラガク・ジャンジャラーニ(1959~1998) アブ・サヤフ指導者

 

Abdullah bin Laden(196?)※画像なし

ハリド・シェイク・モハメド(1964)

タレク・マールフィ(1965) アンサール・アル=シャリーア指導者

 

Yasser bin Laden(196?)※画像なし

アブー・ムスアブ・アッ=ザルカーウィー(1966~2006) イラクの聖戦アル=カーイダ組織

アンワル・アウラキ(1971~2011) アラビア半島のアルカーイダ指導者

アーマド・ウマール(1972) アル・シャハブ指導者

 

Mohammad bin Laden(1967)※画像なし

ラムジ・ユセフ(1967)

サンダー・ピチャイ(1972) グーグル社CEO

ジュマ・ナマンガニ(1969~2001) ウズベキスタン・イスラム運動指導者

アブ・マンスール(1969) アル・シャバブ指導者

 

1993年の世界貿易センター爆破事件の主犯。1995年にパキスタンのイスラマバードのゲストハウスに潜伏しているところをパキスタン軍統合情報局(ISI)とアメリカの外交保安部(DSS)によって逮捕された。ニューヨークで裁判にかけられ、世界貿易センター爆破事件やボジンカ計画などの主犯として2つの終身刑が宣告されている。アメリカ同時多発テロ事件の発案者とされるハリド・シェイク・モハメドはラムジの叔父にあたる。 wikiより

 

※GOOGLE社長サンダー・ピチャイは、自動ダウンロード機能を駆使して自社のプログラムを反抗的な人々のパソコンに送り込み、破壊している。ビル・ゲイツと同様に、ITテロリストである。

 

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オサマ・ビン=ラーディンの子

 

Abdallah bin Laden(1976)※画像なし

ナシール・アル=フサイシ(1976) アラビア半島のアルカーイダ指導者

モクタル・アリ・ズベイル(1977~2014) アル・シャバブ指導者

バイトゥッラー・マフスード(1974~2009) パキスタン・ターリバーン運動指導者

 

ハムザ・ビン=ラディン(1989~2019) アルカーイダ後継者

アレクサンドリア・オカシオ=コルテス(1989) 民主党

 

※アルカーイダの首領ビン=ラディンの娘。似ている。絶対にそう。間違いない。テロリストの娘のくせに民主主義もクソもない。こういう女はスペイン人にも見えるし、イスラム教徒(北アフリカ人、アラビア人、イラン人)、インド人、ウイグル人、メキシコ人、マレー人、ムラートにも見える。つまり東西本願寺の一族。

 

 

 


湛如の一族~ジュンガル帝国、チャックリー家、タイ王国、ネパール王国、モンゴル人民革命党、霊友会、世界救世教、祟教真光、日本相撲協会

湛如(1716~1741)
今川範彦(1716~1749) 今川家当主※画像なし
細川宗孝(1716~1747) 肥後藩藩主※画像なし
ガルダンツェリン(?~1745) ジュンガル帝国ホンタイジ 在位1727~1745※画像なし

ジェプツンタンパ1世(1635~1723) 初代ジェプツンダンパ

 

※湛如は、今川範彦として今川家当主、細川宗孝として肥後藩の藩主を務めながら、ガルダン・ツェリンとしてジュンガル帝国を指揮した。湛如本体は主にジュンガル帝国で暮らし、清と頻繁に交戦している。同時にラマ僧ジェプツンタンパ1世としてモンゴル、チベットにかけて邪教信者を獲得した。ジェプツンタンパ1世の生誕日は1635年であるが、湛如とは81年も隔たりがある。これは僧としてハクをつけることを目的としたフェイク生誕日だろう。

 

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ジェプツンタンパ2世(湛如)の子孫

 

ジェプツンタンパ2世(1724~1758) 第2代ジェプツンダンパ※画像なし

ジェプツンタンパ3世(1758~1773) 第3代ジェプツンダンパ※画像なし

ジェプツンタンパ4世(1775~1813) 第4代ジェプツンダンパ※画像なし

ジェプツンタンパ5世(1815~1841) 第5代ジェプツンダンパ※画像なし

ジェプツンタンパ6世(1842~1848) 第6代ジェプツンダンパ※画像なし

ジェプツンタンパ7世(1849~1868) 第7代ジェプツンダンパ※画像なし

 

 

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ガルダンツェリン(湛如)の子

 

ツェワン・ドルジ・ナムジャル(1732~1750)※画像なし

ラーマ1世(1737~1809) チャックリー朝初代王 在位1782~1809

 

※ラーマの由来はラマ僧のラマである。大谷仕込のイヤガラセにより、タークシンを発狂させて殺害した。その後、チャックリー朝を開いた。現在、タイでは1日2回、国民は朝8時と夕方6時に国家が流れている間、1分間動きを止めている。大谷の指示により日本には集団ストーカーのために一部タイ人が輸入されているが、こういう人々なら何でも命令を聞くことだろう。

なぜ白人列強がタイ王国と日本だけ侵略しなかったか、これで理解できるだろう。白人列強は大谷の子孫である。そのため、浄土真宗に支配された日本と大谷の子孫のチャックリー朝が支配するタイ王国を侵略することはなかった。侵略する必要がなかった。かように、大谷は家族には優しい一面を持っている。

 

ラーマ2世(1767~1824) チャックリー朝2代王 在位1809~1824

 

治世の前半はたびたびビルマが攻めてきたが、後半ではビルマがイギリスに占領され、攻めてこなくなったため、国内の整備などを行った。 wikiより

 

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ラーマ2世の子

 

ラーマ3世(1788~1851) チャックリー朝3代王在位1824~1851

 

ラーマ3世は信心深い国王としても知られる。仏日には功徳のため貧困層の人民に食料を配給したり、動物を人間の手から解放したりした(タイでよく行われる功徳)。また50以上の寺院を建立・修繕した。wikiより

 

ラーマ4世(1804~1858) チャックリー朝4代王在位1851~1868

マートバル・シンハ・タパ(1798~1845) ネパール王国首相

 

※ラーマ4世は邪教「タマユットニカーイ」を創設した。「王様と私」のモデル。弟ジャンガ・バハドゥル・ラナと共にネパールに進出し、ラナ家を拠点に世襲制宰相の一族として独裁政権を築いた。尤も、ゴルカ朝自体がタナトス一族(ティールタンカラの一族)の国である。

 

73人の子女のうちのひとり

長松日扇(1817~1939) 本門佛立講教祖

ジャンガ・バハドゥル・ラナ(1816~1877) ラナ家祖、ネパール宰相独裁政権

 

※湛如の一族には、この時から日蓮宗の簒奪が頭にあった。

 

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ラーマ4世の子

 

ラーマ5世(1853~1910) チャックリー朝5代王在位1868~1910

西田無学(1850~1918)※画像なし

 

※ラーマ5世は奴隷売買を廃止し、一方で子どもを60人儲けたことで知られている。他方、ラーマ5世は日本に渡り、西田無学を名乗り、宗教化・仏教思想家として子孫のためにいずれ来る日本に足場を築いてやっている。

 

ダムロン・ラジュンバアブ(1862~1943)

田中智学(1861~1939) 日蓮宗国柱会教祖

ジャ・ラマ(1862~1922) 西部モンゴル反清独立運動指導者

 

※一方、ダムロンは弟のジャヤンタと共にタイからモンゴルに赴き、謎のラマ僧ジャ・ラマを名乗り、ジュンガル帝国の再興を夢見た。

 

サヴァング・ヴァドハナ(1862~1955) 

 

※マヒタラーティベートアドゥンラヤデートウィクロムの母親。一方、父親は西本願寺門主広如の一族である。

 

ジャヤンタ・モンコル(1866~1907)※画像無し

ジェプツンタンパ6世/ボグド・ハーン(1869~1924) 第8代ジェプツンダンパ、大モンゴル国皇帝

バリンギーン・ツェレンドルジ(1868~1928) ボグド・ハーン政権、モンゴル人民共和国首相

廣瀬正徳(1865~1938) 日本相撲協会初代理事※画像無し

 

※ボグド・ハーンの正体は、チャックリー朝ラーマ4世の子ジャヤンタ・モンコルである。ジャヤンタは兄のダムロンと共にモンゴルに侵入し、先祖の故地ジュンガルを掌握すべく動いた。

 

ダムロンの37人の子女のうちのひとり

ジェプツンタンパ9世(1932~2012) 第9ジェプツンダンパ

 

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サヴァング・ヴァドハナの子

 

マヒタラーティベートアドゥンラヤデートウィクロム(1891~1929) サヴァング・ヴァドハナの子

ダムディン・スフバートル(1894~1923) モンゴル人民革命党指導者

ホルローギーン・チョイバルサン(1895~1952) モンゴル人民革命党指導者

 

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ラーマ5世の子

 

名前がない男子(1872)※画像なし

御木徳一(1871~1938) パーフェクトリバティー教団教祖

中野與之助(1872~1940) 三五教教祖、オイスカインターナショナル理事長

 

※名前もなく、早世したラーマ5世の子はじつは潜伏して成長し、日本で育てられた。男子は御木徳一を名乗ってPL教団を設立し、一方では中野與之助を名乗り、三五教(あなない)の教祖となる。三五の由来は1935年に日本に上陸したことを意味し、三五(あなない)とはシベリアの少数民族ナナイ族に由来している。

 

キティヤカラ・ヴォララクサナ(1874~1931)

トグス・オチリン・ナムナンスレン(1878~1919) モンゴル初代首相

 

アモーン・サマルルクサナ・キティヤカラ(1897~1968) キティヤカラ・ヴォララクサナの子※画像なし

関口嘉一(1897~19??) 佛所護念会教祖

 

マノジマノプ・キティヤカラ(1901~1902) キティヤカラ・ヴォララクサナの子※画像なし

佐原忠次郎(1900~1958) 妙道会教団教祖※画像なし

岡野正道(1900~1978) 孝道教団教祖※画像なし

戸田城聖(1900~1958) 創価学会第2代会長

 

※ラーマ5世の息子たちの目的は、日蓮宗の簒奪である。画像がないので確かなことは言えないが、佐原忠次郎、岡野正道、戸田城聖の3人は同一人物の可能性が高い。特に佐原と戸田は生没年が全く同じである。

 

ビブラヤ・ベンチャン・キティヤカラ(1903~1969) キティヤカラ・ヴォララクサナの子※画像なし

宮本ミツ(1900~19??) 妙智会教団教祖

 

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ラーマ5世の子

 

ラーマ6世(1881~1925) チャックリー朝6代王在位1910~1925

ダムビン・チャグダルジャヴ(1880~1922) モンゴル人民革命党指導者

大西愛治郎(1881~1958) ほんみち教祖

 

※義務教育制度、ボーイスカウト、タイ赤十字社を設置した。

 

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ラーマ5世の子

 

プラチャトラ・ジャヤカラ(1881~1936) タイ王室皇子

岡田茂吉(1882~1955) 世界救世教教祖

シーサワーウォン(1885~1959) ラオス王国初代王

 

ピアン・チャトラジャヤ・ナ・アユーダヤ(1899~1938) プラチャトラ・ジャヤカラ第3妻

岡田よし(1897~1962) 世界救世教第2代教祖

 

バダララダ・チャトラジャヤ(1924~2008) ピアン・チャトラジャヤ・ナ・アユーダヤの子※画像なし

岡田斎(1927~2013) 世界救世教第3代教祖※画像なし

岡田恵珠(1927~2016) 崇教真光第2代教祖

 

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プラチャトラ・ジャヤカラ(岡田茂吉)の子

 

岡田光玉(1901~1974) 崇教真光教祖、世界真光文明教団教祖

 

※優性遺伝子ブリーダー、或いは自力で岡田茂吉が儲けた実子だと考えられる。光玉は異母兄弟となるため、世界救世教とは袂を分かち、独自に崇教真光、世界真光文明教団を築いた。

 

マユラチャトラ(1906~1970) プラチャトラ・ジャヤカラの第一子(長女)※画像なし

小谷喜美(1901~1971) 霊友会第2代教祖

北村サヨ(1900~1967) 天照皇大神宮教教祖

 

スラチャトラ・チャトラジャヤ(1929~1993) プラチャトラ・ジャヤカラの子※画像なし

高橋信次(1927~1976) GLA総合本部教祖

花田勝治(1928~2010) 横綱若乃花、第6代日本相撲協会理事

 

Princess Hiranyachatra Chatrajaya(1933~1998)※画像無し

中丸薫(1937) ジャーナリスト

 

※中丸薫氏は推古天皇、クレオパトラの生まれ変わりであると述べている。そうなのだろう。

 

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ラーマ5世の子

 

ベンバドハナボングセ(1884~1909)ラーマ5世の子

プラヤー・マノーパコーンニティターダー(1884~1948) タイ王国初代首相

ソリーン・ダンザン(1885~1924) モンゴル人民革命党指導者

ドグソミーン・ボドー(1885~1922) モンゴル人民革命党指導者

 

※マノーパコーンニティターダーは、タイ王室ベンバドハナボングセ王子の影武者として生まれたが、影武者の地位から脱し、タイ初代首相に就任している。その後、彼は日本に渡り、大西愛治郎として「ほんみち」の教祖となる。顔が良く似ているため、マノーパコーンニティターダーと大西は同一人物で間違いない。

1928年、大西は不敬罪でほんみちの信者500人と共に検挙されているが、本願寺の家族であるため無罪になっている。しかし、この後にタイに帰国し1932年~33年まで初代首相を演じた。首相の役割が終了すると、再度日本に戻り、1936年に布教活動を再開するが1938年に再度不敬罪で検挙された。戦後に釈放されると1950年から改めて布教活動を始めた。

 

陳如桂(1962) プラヤー・マノーパコーンニティターダーの子(深セン市市長)

 

※香港デモの参加者は非常に数が多く、恐怖すら覚えるほどの人数であるが、じつは彼らは深セン市から香港に流れ込んでいるのではないかと考えられる。その場合、市長である陳氏の関与が考えられる。もちろん深セン市の市民は、みな法輪功の信者だろう。

 

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ラーマ5世の子

 

チャドゥドゥジ・ダラディロク(1892~1923)

久保角太郎(1892~1944) 霊友会教祖

 

ヴァラナンダ・ダヴァジ(1922~1990) チャドゥドゥジ・ダラディロクの子

アウンサン(1915~1947) ビルマ建国の父

日顕(1922) 日蓮正宗総本山大石寺第67世法主

 

※以上、日蓮正宗といい、霊友会といい、創価学会といい、天照皇大神宮教といい、湛如の一族は日蓮宗の簒奪を目論んでいることが分かる。

 

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マヒタラーティベートアドゥンラヤデートウィクロムの子(サヴァング・ヴァドハナ側)

 

ラーマ8世(1925~1946)

 

1946年6月9日朝、ラーマ8世はボーロマピマーン宮殿の自身の寝室で、額から後頭部にかけて銃弾が貫通した状態の死体となって発見された。傍らには自動拳銃コルト・ガバメントが落ちていた。第一発見者のチット侍従の証言を要約すれば「午前9時20分頃、チット、ブット両侍従がラーマ8世の寝室の前に控えていたところ、中から銃声が聞こえた。チット侍従が中に入ってみるとラーマ8世がベッドの上で頭から血を流していた」とのことである。 wikiより

 

※この暗殺劇が契機となり、ラーマ8世の子孫はタイ王国では歓迎されていないようだ。平山赳夫も本願寺の家系の中ではどっちつかずの印象が強い。ただ、西本願寺門主湛如の家系であるため、本願寺は一応家族として認めているようだ。しかし、西本願寺門主広如の子孫側がラーマ8世の子たちによる復讐を恐れている印象がある。そのため、タクシン・チナワットは追放された。

 

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ネパール王トリブバン・ビール・ビクラム・シャハの子(ジャンガ・バハドゥル・ラナの玄孫)

 

Princess Trilokya Rajya Lakshmi Devi(1923~?)※画像無し

インドラ・ラージャ・ラクシュミー・デビー(1924~1950) マヘンドラ・ビール・ビクラム・シャハ妻※画像無し

鳩山安子(1922~2013) 鳩山由紀夫・邦夫母

 

※鳩山安子氏は顔がインド系なのでインドラとは同一人物と考えられる。愛新覚羅家の優れた血筋を取り込むために鳩山一郎に接近した。由紀夫や邦夫は鳩山一郎の子である。偽装婿の威一郎は西本願寺門主広如の一族なので、一郎氏はタナトスに囲まれていたことになる。あまりに無防備だ。日本の愛新覚羅家は本願寺によって容易に潰されてしまった。先祖の徳川家光が頼りない子孫を嘆き、泣いていることだろう。

 

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鳩山安子の子(ジャンガ・バハドゥル・ラナの子孫)

 

鳩山由紀夫(1947) 内閣総理大臣

ギャネンドラ・ビール・ビクラム・シャハ(1947) ネパール王国第12代君主

 

※由紀夫氏はなぜネパールによく行っていたのか、これで謎が解けた。ギャネンドラ王は鳩山安子の本体インドラとマヘンドラ・ビール・ビクラム・シャハ王の子である。ややこしいが、由紀夫は威一郎の子ではなく、鳩山一郎の子である。由紀夫はそのキャラで愛新覚羅家の崩壊を促進させた。

 

鳩山邦夫(1948~2016) 自民党議員

ラーム・バラン・ヤーダブ(1948) ネパール共和国初代大統領

 

※うちの母は2008年6月16日に亡くなったが、その翌日17日に邦夫が宮崎勤の処刑を執行している。これは何を意味するのか?筆者に「次はお前だ」という暗号を送ったつもりなのかもしれない。ていうか、枯れの方がは既に命ではないがw 邦夫は実質ネパールの大統領を勤めていたが、その急死により、影武者ラームは大統領職から解かれた。

 

ディレンドラ・ビール・ビクラム・シャハ(1950~2001) マヘンドラとインドラの子※画像無し

岡田克也(1953) 立憲民主党議員

 

※岡田氏は顔が濃いので、どこのタナトスの一族に属するのか考えていたが、鳩山氏との関連でネパールだということに気付いた。鳩山兄弟とは異父兄弟となる。

 

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ラーマ8世の子(優性遺伝子ブリーダーによる)

 

平沼赳夫(1939) ラーマ8世の子(自由民主党)

 

谷垣禎一(1945) ラーマ8世の子(安倍政権)

 

※谷垣氏は2018年10月に安倍晋三と面会した。本願寺の一族の皆殺しを恐れた彼は、このとき、安倍に直接「そろそろ退陣しろ」と忠告をしたようだ。

 

ソムチャーイ・ウォンサワット(1947) ラーマ8世の子(タイ王国首相)

タクシン・チナワット(1949) ラーマ8世の子(警察中佐・タイ王国首相)

フン・セン(1951) カンボジア王国第3代首相

 

12月2日、憲法裁判所による司法クーデターが発生し、2007年12月総選挙の組織ぐるみの選挙違反を表向きの理由にして、国民の力党は解党処分となり、ソムチャイ首相を含む党幹部の公民権を5年間剥奪するという違憲判決が出された。これによりソムチャイ政権は、首相就任から約2ヶ月半で崩壊することになった。 ソムチャーイ・ウォンサワットwikiより

 

日本時間2006年4月4日午後11時に国王に退陣を表明、次期首相が決まるまで休養に入った。当面の間、首相の職務はチッチャイ・ワンナサティット副首相が代行することとなった。しかし、実際には暫定首相としてタクシン首相が職務を行い国民からの反発を招き、2006年9月19日のクーデターに繋がった。 タクシン・チナワットwikiより

 

※現在、インドシナ半島はタナトスに席巻されているようだ。タイ王国では、現ラーマ王の父方が西本願寺広如の一族(リンドン・ジョンソンの子)であるため、タイ王室は簒奪されている状態だといえる。そのため、チャックリー家の血筋のタクシン・チナワットは影武者であるフン・センを頼りカンボジア王国に逃げているようだ。

 

古屋圭司(1952) 平沼赳夫の子(安倍政権)

 

三木谷浩史(1965) タクシン・チナワットの子(楽天CEO)

ジャック・マー(1964) タクシン・チナワットの子(アリババ社創業)

 

※ジャック・マーはいい人だと思いたかったが、顔を見る限り、どう考えても西本願寺門主湛如の血筋である。短期間でこれだけの巨大な財力を築くことが出来るのは本願寺が弱い人間を信者として掌握しているからだろう。弱い人間はなんでも言うことを聞く、そして絶対に裏切らない。その弱さゆえに。

 

インラック・シナワトラ(1967) タクシン・チナワットの子(タイ王国首相)

 

政権下で行われた国家安全保障会議事務局長の人事問題についてタイ憲法裁判所が「インラックおよび関係閣僚が憲法に違反して縁者登用(不当介入)した」と2014年5月7日に認定しインラック首相は失職した。 wikiより

 

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チャドゥドゥジ・ダラディロクの孫

 

ダサナワラヤ・ソーンソンクラム(1945)

池坊保子(1942)

藤田紀子(1947)

 

※藤田紀子は、ダサナワラヤ・ソーンソンクラムの影武者として生まれたと考えられる。

 

貴乃花光司(1972)

 

※貴乃花の家族は霊友会の信者ということが知られていたが、曽祖父が霊友会教祖の久保角太郎なので信者なのは当然というわけだ。兄の若乃花との対立もこの辺にあるのだろう。巷では父は輪島という声もあるが、三木谷やタクシン・チナワットにクリソツのため、ラーマ8世の系統の血を継いでいると考えられる。

 

朝青龍(1980) 若乃花の子(横綱)モンゴル国レスリング協会会長、モンゴル国民投資銀行経営者

 

※顔が初代若乃花に良く似ている。つまり、朝青龍は二代目若乃花とは異母兄弟ということになる。二代目若乃花は二代目貴乃花とは異父兄弟であり、初代貴乃花は偽装結婚だったのだろう。

 

日馬富士(1984) 若乃花の子(横綱)

 

※この湛如の血筋は、人が良いタイ人の遺伝子により、本家の本願寺の悪辣さに比してそれほど悪いとは思えないが、日馬富士は本願寺(或いは霊友会)の要請により、安倍政権の不祥事を隠すためのフェイクニュースに出演した。それは二代目貴乃花も同様である。

 

 

 


法如の一族~アヘン戦争、ロスチャイルド財閥、ロックフェラー財閥、スカル&ボーンズ、第一次世界大戦、ホスピス、ロイター通信、北大西洋条約機構、アムネスティ・インターナショナル、児童文学ハリー・ポッター

法如(1707~1789)
大ウィリアム・ピット(1708~1778) イギリス首相

フランシス・ダッシュウッド(1708~1781) 地獄の火クラブ主催者

 

イギリス:植民地七年戦争(1756)
カナダ:モントリオール落城(1760)
中国:甘粛、回教徒の乱(1781)
中国:甘粛、回教徒の反乱(1784)

 

※法如は回教徒の反乱を指揮しているが、この路線は孫の本如に引き継がれている。法如は主にイングランドでウィリアム・ピットとして生きた。ピットは七年戦争を指揮し、インド亜大陸、北アメリカ大陸、西インド諸島などの植民地でフランス勢力を駆逐することに成功し、大英帝国の強い征服本能を伸長した。

一方、法如はダッシュウッドを演じ、秘密結社「地獄の火クラブ」を主宰した。この組織は女性との乱交の際、盛り上げるために悪魔の崇拝儀式を実施していたと言われている。乱交は映画「アイズ・ワイド・シャット」を髣髴とさせるものだっただろうか?悪魔崇拝儀式はお遊びだったと言われているが、タナトスの王、本願寺門主が直々に関わっているんだからそんなわけない。

 

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法如(大ウィリアム・ピット)の子

 

ジョン(1756~1835)※画像なし

ダニエル・シェイズ(1749~1825) ウィスキー反乱指導者※画像なし
ミゲル・イダルゴ(1753~1811) メキシコ独立運動指導者※画像なし

 

アメリカ:ウィスキー反乱(1786)
アメリカ:ウィスキー反乱(1791)

 

※法如は新興国であるアメリカ合衆国に進出し、ダニエル・シェイズを生んで浄土真宗お得意の下層民の蜂起を指揮している。法如の子はメキシコでも生まれた。ミゲル・イダルゴは大谷の子らしく2万3千人の民衆を動員し、数で圧倒する形でメキシコ独立運動を展開した。イダルゴの顔はピットに良く似ている。

 

ジェームズ・チャールズ(1761~1781)※画像なし

アイザック・ディズレーリ(1766~1848) 作家

 

ハリエット(1770~1786)※画像なし

ネイサン・メイアー・ロスチャイルド(1777~1836)

 

※後継者を守るため、ネイサンは女として生まれた。だが、16歳になるとハリエットは死んだことにし、その後はネイサン・メイアーとして生きた。

 

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ネイサン・メイアー・ロスチャイルドの子

 

ライオネル・ロスチャイルド(1808~1879)

ベンジャミン・ディズレエリ(1804~1881) イギリス首相

ウィリアム・ハンティングトン・ラッセル(1809~1885) スカル&ボーンズ創設

アルフォンソ・タフト(1820~1891) スカル&ボーンズ創設

ウィリアム・ロックフェラー(1810~1906)※画像なし

 

※スカル&ボーンズ創設者ラッセルは顔が気持ち悪いので殺人を嗜み、人肉を食べていたと考えられる。ラッセルやタフトはディズラエリとは似ていないが、異母兄弟であり影武者として生まれたのだろう。そのディズラエリの影武者が独立してスカル&ボーンズを創設した。

 

※ディズレエリの思惑通り、アヘンを吸って堕落する中国人

 

※「1876年5月のことである。中国は南京の通りでパニックが起こった。 目に見えない悪魔が徘徊し、弁髪を次から次へと切り取ってしまったのだ。 人々は安全のため、両手で髪を握って歩くようになった。この恐慌はやがて上海にまで広がり、それから他の町に飛び火し、そして別のパニックが持ち上がった。 『圧殺狂』つまり、眠っている間に体を押し潰されるという恐怖がそれである。この『髪切り魔』の跳梁は3年近く続いた。それ以後も何度か同じ事件が起きておりこの現象には長い歴史があるわけだ。
 こうした中国の騒ぎを伝える新聞記事は朝食の際に英国人の物笑いの種となったが これは1922年10月、ロンドンで同じような恐るべき事態が発生した時に消し飛んだ。 1人の男が若い女性を捕まえては髪を切り落とし救援にかけつけた騎士きどりの連中を尻目に『魔法にかかったごとく』消えうせてしまったのである。」怪奇現象博物館より

 

これはディズレエリ首相が製作したフェイクニュースである。当時、1840年にアヘン戦争、1857年にアロー号戦争などイギリスの策略による中国侵略が行われ、川鼻条約、南京条約、 天津条約などが結ばれたにもかかわらず、中国側はそれらの条約などを軽く見ていたこともあり、三度目の正直、業を煮やした侵略者イギリスが1875年に「マーガリー事件」を作って中国に仕掛けたのだ。
この事件は、イギリス雲南探検隊の通訳マーガリー(当時上海領事)が中国人に殺害された事件だが、マーガリー氏は仲間のイギリス人に殺害されたのは間違いない。そして中国人に罪を着せた。あるいは犯人の中国人は白人に飼われていた可能性もある。まあこれが大谷のいつもの手なのです。
これを機に、イギリスは事件の審理・賠償から天津条約の改訂に発展させることに成功し、1876年9月に芝罘条約を成立させた。この条約締結を喜ばない中国人民の不満の矛先をそらさなくてはならない。ということで白人は毎度超常現象か連続殺人鬼を登場させるのだがこのときはオカルトに託された。この現象は3年間続いたと言うがそれが何を意味するかと言えば中国人を黙らせるのに3年かかったということだろう。
そして1922年のイギリスでは何が起こっていたか?アイルランドで独立機運が高まり、6月28日にアイルランド人市民が決起したのだ。

 

ナサニエル・ド・ロスチャイルド(1812~1870)

 

メイヤー・アムシェル・ロスチャイルド(1818~1874)  庶民院議員、馬主※画像なし

ポール・ジュリアス・ロイター(1816~1899) ロイター通信創業

 

ルーイーズ(1820~1894) フランクフルト本家マイアー・カール・フォン・ロートシルト妻※画像なし

フローレンス・ナイチンゲール(1820~1910) クリミア戦争従軍看護婦

 

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ライオネル・ロスチャイルド(ベンジャミン・ディズレエリ)の子

 

ナサニエル・ロスチャイルド(1840~1915) 初代ロスチャイルド男爵

ジョン・ロックフェラー(1839~1937) ロックフェラー家初代当主

フレデリック・ベイカー(1843~1867) 幼児性愛殺人犯(女児1人)※画像なし

 

※イギリスの銀行家、政治家、貴族。英国ロスチャイルド家嫡流の第3代当主。顔は全然似ていないが、ジョンはナサニエルの異母兄弟であり、影武者であった。だがジョンは影武者の地位から脱却し、石油王、財閥として大成した。ロックフェラーの名の由来はルキフェル(ルシファー)である。ルキフェル=ルッキフェル=ロックフェラーとなる。

また、一方でロスチャイルドはイギリス全土を、ロックフェラーはアメリカ全土を行脚して幼児性愛殺人を行っていたと考えられる。イギリスで一度見つかった時には、しがない事務員フレデリック・ベイカーの仕業にしたが、余罪をもっとあるだろう。

 

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ナサニエル・ド・ロスチャイルドの子

 

アーサー・ド・ロスチャイルド(1851~1903)※画像なし

チャールズ・テイズ・ラッセル(1852~1916) エホバの証人教祖

ウッドロウ・ウィルソン(1856~1924) アメリカ大統領

 

イギリス:旅客船ルシタニア号沈没(1915)

 

※ウィルソンは、父ベンジャミン・ディズレエリよりも祖父である大ウィリアム・ピットに似ている。ウィルソンは、旅客船ルシタニア号を自らの指示で沈め、それをドイツのせいにしてアメリカ国民を第一次世界大戦に参加させた。合言葉は「リメンバー・ルシタニア」だった。ルシタニア号を沈没させて数千人の乗客を殺したウィルソンは、ニューヨークで400人の子供を殺して食べた連続殺人鬼ロイド・ジョージと組み、第一次世界大戦を指揮し、ダヴィデの一族に挑戦した。プロイセン帝国、オーストリア帝国、オスマントルコ帝国はダヴィデの一族が統治していた。

 

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ジョン・ロックフェラーの子

 

エリザベス・ロックフェラー(1866~1906) 長女※画像なし

リジー・ボーデン(1860~1927) 猟奇殺人(両親2人)

 

アルタ・ロックフェラー(1871~1962) 3女

フリードリヒ・エーベルト(1871~1925) ヴァイマール共和国初代大統領
カール・デンケ(1870~1924) 同性愛シリアルキラー(少年・男性30人)

 

※アルタの影武者として生まれてきたエーベルトとデンケは、アルタが結婚すると独立し、同性愛趣味に走った。その趣味は過激化し、ホームレス男性や家で少年を自宅に招き、殺して食べるようになった。主犯はエーベルトであり、異母兄弟であるデンケは手伝いをしていたと考えられる。顔を見ればどちらがホンモノの人殺しか誰でも分かる。総勢30人を殺害している。

 

ジョン・D・ロックフェラー(1874~1960) ジョン・ロックフェラーの子

カハル・ブルハ(1874~1922) IRA長官

ルートヴィヒ・テスノー(1872~1904) 幼児性愛シリアルキラー(女児4人)※画像なし

 

ブルハはアイルランド独立運動の指導者マイケル・コリンズへ敵意を抱いていたことで知られる。コリンズはIRAの情報局長にすぎなかったが、アイルランド共和主義者同盟(IRB) での地位と彼のカリスマ性によってブルハをしのぐ影響力を保持していた。1920年に開かれたIRAの会議で、ブルハはイギリス軍を待ち伏せした際には降伏を呼びかけてから攻撃するよう主張したが、現場の指揮官の反対により提案は却下された。ブルガはまた、戦線をイギリス本土へと拡大するように主張したが、これはコリンズの反対により実行されなかった。 wikiより

 

※顔は全然似ていないが(口は何か似てる)、ブルハはジョンの異母兄弟であり、影武者を務めていた。ブルハはアイルランドでIRA長官に就任し、アイルランドの善人を殺すために働いただろう。総勢4人を殺害している。

 

パーシー・エイヴァリー・ロックフェラー(1878~1934) ジョン・ロックフェラーの甥
ハンス・ルター(1879~1962) ヴァイマール共和国第2代大統領
フリッツ・ハールマン(1879~1925) 同性愛シリアルキラー(男性・少年24人)

 

※ハールマンは影武者に過ぎず、実際の犯行は本体であるパーシーやルターが行っていたと考えられる。ハールマンは異母兄弟の趣味の手伝いをしていたに過ぎない。処刑役もハールマンで決まりだ。総勢24人を殺害している。

 

ジェラルディン・ロックフェラー(1882~1973) ジョン・ロックフェラーの姪

クルト・フォン・シュライヒャー(1882~1934) ヴァイマール共和国初代首相
ペーター・キュルテン(1883~1932) デュッセルドルフの吸血鬼(女性・少女9人)

 

※クルトとキュルテンは、ジェラルディンの影武者として生まれた。ここでもキュルテンの事件の真犯人はクルトだと考えられる。異母兄弟のキュルテンは手伝いをしていた。これで、グロスマン以外のドイツの異常性犯罪の犯人は、デンケもハールマンもキュルテンも、みなロックフェラー家から生まれたことが分かる。総勢9人を殺害している。

 

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カハル・ブルハ(ジョン・D・ロックフェラーJr)の子

 

テレサ・メイヤー(1915~1996) ヴィクトル・ロスチャイルド第2妻※画像なし

シシリー・ソンダース(1918~2005) ホスピス創立

 

※ソンダースは、実質、ゴキブリホイホイでしかないホスピスを創設した悪党である。この写真はしんみりしないな。よく見てください。おじいさんが中指立ててるw

 

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レオポルド・ド・ロスチャイルド(1845~1917)の子

 

アンソニー・グスタフ・ド・ロスチャイルド(1887~1961)※画像なし

ヘイスティングス・イスメイ(1887~1965) NATO初代事務総長

ジョン・メイナード・ケインズ(1883~1946) イギリス経済学者

ジョゼフ・フォリアン(1884~1968) ベルギー王国第49代首相 任期1950~1952
ハロルド・アプテッド(1882~1902) 幼児性愛殺人犯(7歳女児1人)※画像なし

Robert Foot(1889~1973) BBC4代事務局長※画像なし

 

※イスメイとフォリアンはアンソニーの影武者として生まれた。アプテッドの事件は2人の仕業である。一方、イスメイとケインズがくりそつである。髭があるか、ないかの違いでしかない。

 

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チャールズ・ロスチャイルド(1877~1923)の子

 

デイム・ミリアム(1908~2005)※画像なし
ジャン・デュヴュザー(1900~1977) ベルギー王国第48代首相 任期1950
アーノルド・ソーディマン(1899~1936) 幼児性愛シリアルキラー(少年4人)
ジョン・クリスティー(1899~1953) 連続殺人犯(女性3人)※画像なし

 

※デュヴュザーはデイムの影武者として生まれた。彼は、ソーディマン、クリスティーによる犯罪の真犯人でもある。総勢7人を殺害している。

 

ヴィクター・ロスチャイルド(1910~1990)※画像なし

ヨセフ・ルンス(1911~2002) NATO第5代事務総長

ガストン・エイスケンス(1905~1958) ベルギー王国第47代首相 任期1949~1950

ジャン・ヴァン・ウッ(1907~1991) ベルギー王国第50代首相 任期1952~1954
ジェイク・バード(1901~1949) 異常性愛シリアルキラー(女性44人)

エド・ゲイン(1907~1983) 人食い殺人(女性2人)
ブルーノ・ルートケ(1908~1944) 異常性愛シリアルキラー(女性51人)

 

※ルンス、エイスケンス、ウットはヴィクターの影武者として生まれた。3人は共同でバード、ゲイン、ルートケの犯罪を行った。バードは完全に冤罪であり、ゲインはただの精神薄弱者と考えられる。ただ、その顔つきから、ルートケは3人の犯罪の手伝いをしていたと考えられる。ジェイク・バードは1947年に逮捕されたが、これは奇しくもエイスケンスが首相に就任する2年前のことである。これは何を意味するのか?総勢97人を殺害している。

タナトスの一族は冤罪要員として年齢、容姿が近い人間を選ぶ。そのために優性遺伝子ブリーダーを使って大量の異母兄弟を作ることがある。

 

キャスリーン・アニー・パノニカ(1913~1988)
テオ・ルフェーヴル(1914~1973) ベルギー王国第53代首相 任期1961~1965

ピエール・アルメル(1911~2009) ベルギー王国第54代首相 任期1965~1966
ハロルド・ヒル(1915~1942) 幼児性愛シリアルキラー(女児2人)
アーサー・ジョーンズ(1916~??) 幼児性愛殺人犯(少女1人)※画像なし
ゴードン・カミンズ(1914~1942) 異常性愛シリアルキラー(女性4人)※画像なし

 

※ルフェーブル、アルメルはキャスリーンの影武者として生まれた。2人はヒル、ジョーンズ、カミンズの事件の真犯人でもある。ただ、ヒルは顔が似ているのでじつは若き日のルフェーブルの姿だと考えられる。女児を殺した異常者がベルギーで首相に就任しているわけだ。総勢7人を殺害している。

 

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ライオネル・ネイサン・ド・ロスチャイルド(1882~1942)の子

 

レオポルド・デーヴィッド・ド・ロスチャイルド(1927~2012)※画像無し

ピーター・ベネンソン(1921~2005) アムネスティ創設

 

※アムネスティはウソをつくために設けられた権威である。人権はアムネスティに管理されている。つまり、人権は我々のものではなく、アムネスティの所有物ということができる。

 

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ヴィクター・ロスチャイルド(1910~1990)の子

 

サラ・ロスチャイルド(1934)
マルク・エイスケンス(1933) ベルギー王国第61代首相 任期1981
アルバート・デサルヴォ(1931~?) ボストン絞殺魔(女性13人)
アルフレッド・ホワイトウェイ(1931~1953) 異常性愛シリアルキラー(少女2人)※画像なし
メルヴィン・リース(1933~1995) 異常性愛シリアルキラー(女性家族4人)※画像なし

チャールズ・マンソン(1934~2017) マンソンファミリー教祖(無差別殺人5人)

 

※エイスケンスはサラの影武者として生まれた。顔がよく似ているため、デサルヴォはじつは若き日のエンスケンス本人だと考えられる。デサルヴォ時代に殺しの修行を積んだエイスケンスはホワイトウェイ、リース、マンソンなどの事件の真犯でもある。マンソンはエイスケンスとは異母兄弟(庶子)の関係だと考えられるが、カリスマではなく、単なるヤク中だろう。総勢24人を殺害している。

 

ジェイコブ・ロスチャイルド(1936) ロスチャイルド財閥当主

ハインリヒ・ポメレンケ(1937~2008) 異常性欲シリアルキラー(女性10人)

ジョン・コールマン(1935) 300人委員会提唱※画像無し

 

資金がだぶついていたロスチャイルド卿は、1993年から投資管理会社RITキャピタル・パートナーズと投資、会社セント・ジェイムズ・プレイス・キャピタルを創設して、投資事業を再開した。さらにアメリカにもロスチャイルド・ウォルフェンソン投資会社を創設する。ソビエト連邦が崩壊して市場が自由化したロシアにも関心を持ち、にはロシア・アメリカ投資会社の創設に協力した。1994年からは投資会社ロスチャイルド・アセット・マネジメントを創設してバイオ産業に投資を開始した。 ジェイコブ・ロスチャイルドwikiより

 

※ジョン・コールマンはジェイコブ・ロスチャイルドの影武者として生まれた。もし、コールマンの正体が本当にジェイコブだとしたら、陰謀論者はなんと思うだろうか?ジェイコブ自身が300人委員会をデッチあげたとすればこんなバカげた話はない(笑)

コールマンは300人委員会を提唱した人物だが、タナトス系の陰謀論の情報には特徴がある。それは、その情報を知ったからといって何も変わらないことだ。300人委員会があることを知っても何もならない。何も解決しない。つまり、タナトスは「弱者の脳は記憶する機能しかない」ということを知ってて誤誘導している。これがタナトスの目的なわけだ。記憶機能しかない脳を持つ人の場合、悪の組織の名を記憶すれば他の情報は入ってこない。それが目的なのだ。

 

ミランダ・ロスチャイルド(1940)※画像なし
ジャン=リュック・デ・ハーネ(1940~2014) ベルギー王国第63代首相 任期1992~1999
ロバート・ハンセン(1939~2014) 異常性愛シリアルキラー(女性21人)※画像無し
ローレンス・ビッテイカー(1940) 異常性愛シリアルキラー(少女5人)
クリフォード・オルソン(1940~2011) 異常性愛シリアルキラー(少女11人)
リチャード・ビーゲンワルド(1940~2008) 異常性愛シリアルキラー(女性5人)
マルセル・バルボー(1941) 異常性愛シリアルキラー(女性8人)

 

※ハーネはミランダの影武者として生まれた。ハーネは、ハンセン、ビッテイカー、オルソン、ビーゲンワルド、バルボーの事件の真犯人である。尤も、ビッテイカーの場合はハーネと同じ影武者として生まれた異母兄弟の庶子だと考えられる。あとの犯人は実際には冤罪要員として適当に年齢が近い人物を見繕って集められた無関係な人々だ。哀れとしか言いようがない。総勢45人を殺害している。

 

エマ・ジョージナ・ロスチャイルド(1948)※画像なし

ジョン・ケリー(1943) オバマ政権閣僚

ジョン・ウェイン・ゲイシー(1942~1994) 同性愛シリアルキラー(少年28人)※画像無し

リチャード・スペック(1941~1991) 大量殺人(女性8人)

ロバート・モラー(1944) 第6代FBI長官

ミット・ロムニー(1947) 実業家、政治家

ロジャー・ウォータース(1943) 元ピンク・フロイド

セバスティアン・ピニェラ(1949) チリ大統領

 

※全員、顔が長いところが似ている。ケリー、モラーはエマの影武者として生まれた。ケリーはゲイシーの事件の真犯人の可能性がある。スペック事件の場合、顔が似ているのでスペックはじつは若き日のケリー本人だと考えられる。極悪非道と呼ばれるゲイシーだが、哀れなことにただの冤罪だと考えられる。総勢36人を殺害している。ピニェラは安倍が指導するTPPを批准した悪党である。

ロジャー・ウォータースは才能豊かなシド・バレットを陥れた。シドは、ピンク・フロイドのリーダーとして稀有な才能を発揮したが、西本願寺門主法如の一族にマークされていたため、命令された邪教信者たちのイヤガラセによって精神的な破綻をきたし、早々に引退した。本願寺のイヤガラセにはバンドメンバーのロジャー・ウォータースも加わっていた。

彼はピンク・フロイドの楽曲のいくつかで、暗にシドをディスっている。そのためか、ロジャーは80年代後半に他のメンバーに追い出されてしまい、ピンク・フロイドの名前の使用権を巡って裁判沙汰を起こしている。

アルバム「原子心母」の1曲「もしも」が代表的な例である。「もしもぼくがキチガイになってもぼくを苦しめないでおくれ」「もしもぼくが良い人間であるなら友達との間に距離があることがわかるだろう」「もしもぼくがキチガイになってしまっても君はまたぼくを遊び仲間に入れてくれるだろうか」などと歌っている。

別のベストセラーアルバム「狂気」にもそんな歌詞の曲がある。その名もズバリ「ブレインダメージ」である。「キチガイが芝生の上に腰を下ろしている。楽しかった日々をあたまの中に思い描いている。そこにイヤなやつらはいない」「もしかしたら君のおつむが爆発するかもしれないという暗い予感。キチガイがあたまの中にいる」「君がいくら叫んだところで君の声は誰にも届きはしない。そして昔、君がいたバンドが君の知らない曲を演奏し始める。あとで月の裏で会いましょう。これ以外の言葉が頭に浮かばないんだが。この曲は実にすばらしい出来だ!」もし、シドがこの曲を聴いていたとしたらひどく悲しんだはずだ。

 

ベンジャミン・メイヤー・ロスチャイルド(1952)

ジェレミー・コービン(1949) 影の首相、労働党党首

リチャード・トレントン・チェイス(1950) 精神異常シリアルキラー(女性・幼児数人)

フレデリック・モーゼス・マッカラム(1950) 精神異常殺人(家族7人)※画像なし

 

※コービン、ピニェラはベンジャミンの影武者として生まれた。ただ、ベンジャミンは早世しているので4人の内の誰かが死んだはずのベンジャミンの可能性がある。ズバリ、コービンではないか?

 

ヴィクトリア・キャサリン・ロスチャイルド(1953)※画像なし

テリーザ・メイ(1956) イギリス首相

ヒー・フェルホフスタット(1953) ベルギー王国第64代首相 任期1999~2008

アイリーン・ウォーノス(1956~2002) 女性シリアルキラー(男性6人)

デビッド・アイク(1952) レプティリアン提唱

ロビン・ゲチト(1953) 悪魔崇拝儀式(女性6人)

ロバート・モーズリー(1953) 同性愛シリアルキラー(脳を食べた)

 

※テリーザ・メイとフェルホフスタットはヴィクトリアの影武者として生まれた。メイはウォーノスの事件の真犯人であり、フェルホフスタットはゲチト、モーズリーの事件の真犯人である。人の脳を食べている時に逮捕されたモーズリー。だが、どう考えても、顔ではフェルホフスタットにかなわわない。3人とも良く似ているが間違いなく異母兄弟の庶子だろう。タナトスは、自分が捕まった時の身代わりのために多くの庶子を作る。本当に脳を食べたのもモーズリーではなく、フェルホフスタットだろう。

少女時代のテリーザ・メイは、顔が先祖ウッドロー・ウィルソンに良く似ている。男を憎悪し、6人も殺したアイリーン・ウォーノスの顔はテリーザ・メイに良く似ている。同一人物だろうか?もちろん異母姉妹の影武者の方が可能性は高い。総勢13人を殺害している。メイはモーズリーにも良く似ている。

レプティリアン説を提唱したアイクは、ゲチトに良く似ている。同一人物だろうか?アイクもヴィクトリアの影武者として生まれた。レプティリアン説は誤誘導が目的であることは疑いようがない。爬虫類型宇宙人なんているわけない。ただ、比喩としては参考になる部分もある。

 

アムシェル・メイヨー・ジェームズ・ロスチャイルド(1955~1996)

イエルン・ストルテンベルク(1959) NATO事務総長

ティム・クック(1960) アップル社CEO

Stephen J. Adler(1955) ロイター通信編集長

 

※ストルテンベルクとクックはどう見ても同一人物にしか見えない。気のせいだろうか?NATO事務総長がアップル社CEOを兼任することで何か旨味があるのだろうか?

 

※タナトスの軍隊NATO軍の速攻部隊

 

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ジェイコブ・ロスチャイルド(1936)の子

 

Beth Matilda(1964)※画像なし

J・K・ローリング(1965) ハリー・ポッター原作

 

※ハリー・ポッターのような話は好みではないし、映画はCGだらけでおもしろくないが、世界的に大ヒットした。もちろんだ。世界中の邪教信者が欲しくなくても脅されれば買うからだ。どのみち盗作だろう。

 

ナサニエル・フィリップ・ロスチャルド(1971)

ブライアン・ミラー(1972) 精神異常犯罪者(女性2人)

ジョン・シラチ(1971) 少年性愛強姦魔(少年数十人)※画像なし

デヴィッド・ハーカー(1975) 人食い殺人(女性1人)※画像なし

マイケル・エコルス(1975) 黒魔術儀式(少年3人)※画像なし

 

※ナサニエルはシリアルキラーである。ナサニエルは、ミラー、シラチ、ハーカー、エコルスの事件の真犯人である。総勢約6人を殺害している(これだけのはずがない)。

この法如の一族のベルギー首相たちの画像を見て思うのは、果たして、笑っているからいい人なのか?笑っていないから悪い人なのか?ということである。ここに並べたベルギー首相たちは、なぜか、みな楽しそうだ。

 

 

 


文如の一族~九条道前、ウィリアム・ピット、薩摩戦争、切り裂きジャック、インディアン虐殺、BBC、タイタニック号沈没、ツタンカーメンの呪い、国際連合、連続児童殺人鬼アルバート・フィッシュ

文如(1744~1799) 九条尚実猶子

九条道前(1746~1770) 九条家第15代当主※画像なし

 

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九条道前(文如)の子

 

二条治孝(1754~1826) 九条尚実の弟九条幸教の玄孫※実際には九条道前(文如)の子※画像なし
トーマス・ウォーカー(1758~1797)※画像なし
小ウィリアム・ピット(1759~1806) 第16、18代イギリス首相 任期1783~1806

アントン・アンヘロヴィッチ(1756~1814) ウクライナ東方カトリック教会初代大主教

 

イギリス:第四次英蘭戦争(1780)
イギリス:ジョージ3世発狂(1788)
イギリス:オーストラリアを流刑地に指定(1788)
イギリス:トラファルガーの戦い(1805)

 

※文如の子二条治孝は、トーマス・ウォーカーとして西アフリカで奴隷貿易に従事し、三角貿易により莫大な財産を得た。1784年と1792年の間に11回もアフリカ人奴隷をアメリカに運んだ。ウォーカーは、ジョージ・W・ブッシュの先祖と言われている。確かに両者とも、非人道な大谷家の系譜に属するが、優性遺伝子ブリーダーを重用しているため、直接の血縁はない。

また、奴隷商人トーマス・ウォーカーはウィリアム・ピットでもあった。ピットは、オランダと組み、第4次英蘭戦争を指揮した。ウィリアム・ピットとオランダの敵は、ホイッグ党とハノーヴァー王室である。この戦争のおかげで邪魔者を排除できたため、ピットは首相に就任できた。また、二条治孝はアントン・アンヘロヴィッチとしてウクライナ東方教会を組織化した。

 

九条輔家(1769~1785) 九条家第16代当主※画像なし

イグナシオ・アジェンデ(1769~1811) メキシコ独立運動指導者

 

※九条輔家はアジェンデに変身し、法如の子であるイダルゴと組んでメキシコ独立運動を指揮したが、やはり親子や異母兄弟ではなく、伯父と甥の関係になるため、途中で対立した。

 

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二条治孝の子

 

九条輔嗣(1784~1807) 九条家第17代当主※画像なし

ヘンリー・ジョン・テンプル(1784~1865) 第35、37代イギリス首相 任期1855~1865

 

※生麦事件(隠れ念仏信者の薩摩藩士がテンプルの指揮でイギリス人を襲撃した)

 

※クリミア戦争とナイチンゲール(ナイチンゲールはテンプルが送り込んだイギリス政府工作員だった)

 

※九条道前(文如)の孫九条輔嗣はイギリスに渡り、ヘンリー・ジョン・テンプルに化けた。そういえば写真を見るとテンプルは普通の白人には見えない。テンプルは、九条輔嗣が死んだ二年後の1809年にイギリス政府に参加している。これはテンプルの正体が九条輔嗣だという証拠である。

ジョン・テンプルは首相になる前は生麦事件を指揮した。「リメンバーナマムギ」といっていたかどうかは定かではないが。テンプルは家族の東西本願寺の大谷と連絡し、浄土真宗を弾圧していた島津氏と薩摩藩を何とかすべきだと考えていた。生麦事件は、島津氏を悪者扱いし、戦争に導くための口実つくりとして、薩摩の隠れ念仏信者にイギリス人を殺害させた陰謀である。

テンプルは、イギリス首相任期中にも陰謀に手を染めた。クリミア戦争時代に、近代最初のフェイクニュースを手がけたのだ。フェイクニュースの目的は、自分にとって都合が悪い情報のメディア上からの風化である。テンプルは「デヴォンシャーの悪魔」というフェイクニュースを手がけたが、これにはどういう目的があったのだろうか?

 

「デヴォンシャーの悪魔」

 

1855年2月8日、早朝。デヴォンシャー州トップジャムのアルバート小学校校長は表に出て、ある異常に気づく。校長は村の方々に奇妙な足跡を見つけたのだ。ひづめの跡のようにも見える。最初は蹄鉄を打った馬の足跡かと思ったが、おかしい。 馬や蹄のある動物なら4本足のはずだが、この足跡の主は明らかに2本足で歩いている。
しかもまっすぐに整然と足跡は続いている。障害物があってもかまわずに進んでいる。つまり、壁、屋根にも足跡が残っていた。
足跡は長さ10cm、間隔は20cm程度ではっきり雪の上、壁、屋根に残っている。 干し草の山も同じ、この足跡の主には障害物など関係ないらしい。そしてその足跡の主は、一晩で60km近くも歩いた。付近の町でも同じ様な足跡が発見されたのだ。ヤギのようなひづめを持ち、コウモリのような羽も生えている動物、と言えば欧米では悪魔を思い浮かべる。そのためにこの足跡の主は「デヴォンシャーの悪魔」と呼ばれるようになる。怪奇博物館より
これは、テンプル首相が製作したフェイクニュースである。なぜこのようなウソをつく必要があったのか? 時おりしも、クリミア戦争の真っ只中であり、戦争が進むにつれ、政治的にも軍事面にもさまざまな失策が露呈されていた。「デヴォンシャーの悪魔」の報道がされた1855年は、国民的な不満が極度に高まっていた時期なのである。
1854年。セヴァストポリの包囲作戦はクリミア戦争の要というべく、戦争の終焉にいたるまで3年間も延々と続いた。イギリス軍部内では戦略上の不備、装備の貧弱、傷病兵に対する手当の無能ぶりが暴露され惨たんたる状態がつづいた。冬にはコレラの流行と極寒に襲われ、そのための死者数はロシア軍の弾丸に倒れた人の数を上回ったという。
クリミア戦争での有名人にはナイチンゲールがいる。「ランプをもったレディ」として知られるナイチンゲールが傷病兵たちのためにコンスタンチノープル郊外のイギリス陸軍病院へ派遣されたのもこのような事情からであった。ナイチンゲールの過剰な宣伝も、ある意味、国民の不満の隠蔽・国家への不満の矛先をそらしたいという思惑が根底にある。ナイチンゲールは傷ついた兵士の味方ではなく、本願寺の人間だった。

 

九条尚忠(1798~1871) 九条家第18代当主※画像なし

サミュエル・ヒューストン(1793~1863) テキサス大統領

 

アメリカ:アラモの戦い(1846)
アメリカ:米墨戦争(1846~1848)

 

※ヒューストンは、仲間の隊がメキシコ軍に包囲されたことを知りながら放置し、願わくば皆殺しにされることを祈った。これにより、メキシコと戦争をする口実ができた。これはメキシコに対する侵略ではなく、制裁、成敗、敵討ちである。合言葉が「リメンバー・アラモ」だった。知りうる限り、これは「リメンバー・パールハーバー」の原型である。

 

二条斉信(1788~1847)※画像なし

西園寺寛季(1787~1856)※画像なし

ジェイムズ・ガスコイン=セシル(1791~1868) 第二代ソールスベリー侯爵

 

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九条尚忠の子

 

九条道孝(1839~1906) 九条家第20代当主

ネルソン・マイルズ(1839~1925) アメリカ陸軍将軍

ジョルジュ・クレマンソー(1841~1929) 第40、53代フランス首相 任期1906~09、1917~20

デヴィッド・デイヴィス・ウォーカー(1840~1918) トーマス・ウォーカーの孫

 

アメリカ:シャイアン虐殺(1864)
アメリカ:ウンデッド・ニーの虐殺(1890)

 


アメリカ:メイン号沈没と米西戦争(1900)

 

※マイルズは、アメリカ・インディアン種族に対する絶滅作戦のほとんど全てを指揮した。白人がインディアンを絶滅に追い込んだというよりは大谷の子孫であるネルソンが独断でやったことだ。インディアン絶滅の真犯人である。自分の指示に反対する白人は闇から闇へ消したはずだ。そのための将軍という肩書きである。大谷はウソをつくために常に権威を騙る。

ウンデッド・ニーの虐殺では、女子どもを含む300人の虐殺につながった。一方、米西戦争に於いては、ネルソンは開戦前に自らの指示で戦艦メイン号を沈めてたくさんのアメリカ兵を見殺しにし、それをスペインのせいにした。フィリピン、キューバを奪うためにスペインとの戦争の口実を取り付けたのだ。この場合、被害者は多ければ多いほど良かった。合言葉は「リメンバー・メイン」だった。多くの人々を殺してきたマイルズの冷たいまなざしは、常人を凍りつかせずにはおかない。

またランドリューの影武者の仲間には奴隷商人トーマス・ウォーカーの孫デヴィッド・デイヴィスがいた。デヴィッドは表向きは卸売服飾店経営者だったが、裏では黒人奴隷売買・人身売買に従事していた。そのため、リンカーンが作った奴隷解放の風潮が癇に障っていた。デヴィッ・デイヴィスドがリンカーン暗殺の犯人であるが、表向きのロールのおかげで誰にも疑われなかった。

 

松園尚嘉(184?~?)※画像なし

ニコラ・パシッチ(1845~1926) セルビア王国首相

C. P. Scott(1846~1932) ガーディアン・メディアグループ創業

 

※パシッチは、甥ロイド・ジョージの悲願である第一次世界大戦実現のために骨を折った。姪の子たち(黒手組)にオーストリア皇太子を暗殺させ、オーストリア帝国が黒手組を引き渡すように言うとこれを拒否した。オーストリアはこれに怒って第一次世界大戦が始まるのだが、これはタナトス特有の罠だった。嫌がらせをして敵を怒らせ、先に手を出させる。先に手を出した方が悪だ。敵が悪なら自分たちは正義の味方だ、ということである。

 

鶴殿忠善(1853~1895)※画像なし

アーサー・バルフォア(1848~1930) 第50代イギリス首相 任期1902~1905

William Pirrie(1847~1924) 造船会社ハーランド・アンド・ウルフ社会長

ヴィンチェンツォ・ヴェルゼーニ(1849~1918) 異常性愛シリアルキラー(女性2人)

 

※ヴェルゼーニの犯罪の真犯人はバルフォアと考えられる。金も権威もあり、伝手も多い彼らは自在に世界中に姿を表すことが出来る。ということで、バルフォアはイタリアを選んだ。彼は2人殺したところで犯罪が発覚し、ヴェルゼーニに罪を着せてトンズラした。だが、上のバルフォアの顔を見れば、殺したのはたった2人であるはずがない。恐ろしきは西本願寺門主文如の一族。

因みに、イギリス留学中に夏目漱石はイギリスの邪教信者に嫌がらせを受けており、それが神経衰弱の原因であった。その指揮を執っていたのは切り裂きジャックことガスコイン=セシル首相とバルフォア首相である。

 

バルフォアはイギリス政府のシオニズム支援を約束したバルフォア宣言で知られる。どんなことにも常に距離を置いて冷めた目で見るバルフォアが例外的に熱心に取り組んだのがシオニズムだった。バルフォア自身も死の直前に「私の生涯の全仕事で最も価値があったのは、ユダヤ人の為にした仕事だったように思う」と語っている。 アーサー・バルフォアwikiより

 

アンリ・ランドリュー(1869~1922) 連続殺人鬼(女性・少年11人)

 

※ランドリューは結婚詐欺をしながら女性を9人、そして少年2人を殺害している。この事件はチャップリンの「殺人狂時代」のモデルだが、実際の真犯人はクレマンソー首相ではないかと考えられる。ランドリューの活動期間1915年~1919年は、クレマンソーが首相をしていた時代(1917年~1919年)と符合する。これは真アルバート・フィッシュことロイド・ジョージ首相と共通する事項だ。最高の権威に就いている時にこそ、殺人を趣味として楽しむこと。これが本願寺の嗜みなのだろう。

ランドリューはクレマンソーと非常に顔が似ているが、2人は親子だと考えられる。だがランドリューはその事実を知らない。母が優性遺伝子ブリーダーによって自分をクレマンソーの子として生んだことを知らなかった。しかし、クレマンソーは知っていた。で、顔が似ているということでランドリューはクレマンソーの身代わりとなった。

処刑直前に面会しに来た神父に言ったランドリューの言葉 「私よりあなたの魂を救済する事を考えた方がいい」。この言葉を見る限り、彼は本当に何も知らなかった。彼は哀れなフィッシュと同じで、殺人鬼の汚名を着せられて処刑されたのだ。

 

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ジェイムズ・ガスコイン=セシル(西園寺寛季)の子

 

西園寺師季(1826~1851)※画像なし

ロバート・ガスコイン=セシル(1830~1903) 第49代イギリス首相 任期1895~1902

切り裂きジャック(?~?) 連続殺人鬼

 

※ジェイムズの子、小ウィリアム・ピットの孫であるロバートは人相が悪いが、それもそのはず。彼は、切り裂きジャックその人である。1887年11月13日日曜日、社会主義者と失業者から成る数万人の群衆がロンドンのトラファルガー広場に集結し、 政府に対してデモを行った。 市警察長官サー・チャールズ・ウォーレンは武装した兵士と2000名の警察官に処理を命じたが、 暴動が発生し数百人の負傷者と2人の死亡者が発生。この事件は「血の日曜日」事件と名づけられた。
これに対し、切り裂きジャックの登場は翌月、1887年の12月である。 切り裂きジャックは1887年12月~1891年4月の4年間、ロンドンのイースト・エンド、ホワイトチャペル地区で売春婦10数人をバラバラにした連続猟奇殺人犯のパイオニアだが、おもしろいことに第2次ガスコイン=セシル内閣は、1886年~1892年と切り裂きジャックの活動期間と符合している。これは偶然だろうか?

夏目漱石のイギリス留学は1900年であることから、切り裂きジャック事件の直後となる。漱石は、ガスコイン=セシル首相の在職中にイギリスに留学したわけだが、セシルが指揮する集団ストーカーによって精神に異常をきたしてしまう。優れた人間はタナトスの天敵であるが、この当時から集団ストーカーは世界規模であった。

 

※セシル(57歳)がイギリス首相時代に惨殺した被害者のひとり。ただ、57歳だと重労働なので以下の5人の息子たちに手伝ってもらっている。切り裂きジャックの手伝いは、息子たちにとっては大谷の成人の儀式「人間狩り」である。

 

ジェイムズ・ガスコイン=セシル(1861~1947) ソールスベリー侯爵

アーサー・コナン・ドイル(1859~1930) 推理小説家

ヴァルター・ジモンス(1861~1937) ヴァイマール共和国第3代大統領

Jack Pease(1860~1943) BBC初代会長

 

※父の連続猟奇殺人を手伝ったのは26歳のときだった。父と同じように目の奥に光る冷たい光は、侯爵でありながら対峙する者を戦慄させる力を持つ。影武者のコナン・ドイルは推理作家の草分けとして名高いが、ほとんどの作品は盗作と考えられる。

 

ウィリアム・ガスコイン=セシル(1863~1936) エクセター司教

ジョセフ・ブルース・イズメイ(1862~1937) 海運企業ホワイト・スター・ライン経営者
カール・グロスマン(1863~1922) 喰人シリアルキラー(少年少女26~100人)

 

※ウィリアムが父の連続猟奇殺人を手伝ったのは24歳のときだった。司教でありながら、ならず者のような顔をしている。その後、彼は殺人キャリアをドイツに移し、100人近い少年少女を殺し、一部を食べていたという。哀れなことだが、もちろんグロスマンは、ただの学のない異相の貧乏人に過ぎない。

一方、ウィリアムにはイズメイという影武者がいた。イズメイは、本願寺一族の敵であるJ・P・モルガンを貶めるためにタイタニック号沈没事故を指揮した。ホワイト・スター・ラインを所有していたモルガンに責任転嫁して罪悪感を刺激することが目的だった。その思惑通りか、モルガンは事故翌年に亡くなった。イズメイはモルガンひとりを貶めるために1513人を殺した。

 

ロバート・ガスコイン=セシル(1864~1958) チェルウッド子爵、国際連盟創設者

H・G・ウェルズ(1866~1946) SF小説家

William Bridgeman(1864~1935) BBC4代会長

 

※父の連続猟奇殺人を手伝ったのは23歳のときだった。切り裂きジャックの殺人を担った殺人集団のひとりが「国際連盟」を創設した。一方、ロバートの影武者にはHGウェルズがいた。「タイムマシン」の概念を発明するなど、ウェルズはSFの草分け的な作家だが、ほとんどが盗作だと考えられる。ウェルズは本体のロバートと共に国連創設に尽力したことでも知られている。

 

エドワード・ガスコイン=セシル(1867~1918)

ジョージ・ハーバート(1866~1923) 第5代カーナヴォン伯

Ronald Collet Norman(1873~1963) BBC5代会長※画像なし

 

※父の連続猟奇殺人を手伝ったのは20歳のときだった。顔が気持ち悪いので兄弟の中で一番殺人を楽しんだと考えられる。一方、ツタンカーメン発掘に資金援助をしていたジョージ・ハーバートはエドワード本人が演じていたようだ。画像を見ると分かるがくりそつである。つまり、ツタンカーメンの呪いだなんだ言われているが、結局は利権を独り占めしたいエドワードが間者を使ってハワード・カーターらを闇から闇へと消していたのだ。

 

ヒュー・ガスコイン=セシル(1869~1956) クイックスウッド男爵

John Henry Whitley(1866~1935) BBC3代会長

 

※父の連続猟奇殺人を手伝ったのは18歳のときだった。

 

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九条道孝(ネルソン・マイルズ)の子

 

九条道実(1870~1933)※画像なし

佐竹義生(1867~1915)※画像なし

デヴィッド・ロイド・ジョージ(1863~1945) 第53代イギリス首相 任期1916~1922
アルバート・フィッシュ(1870~1936) 幼児性愛カニバリズム(少年少女400人)

 

※写真は左上からアルバート・フィッシュを騙ったロイド・ジョージ(30代)、大蔵大臣時代のロイド・ジョージ(40代前半)、逮捕されたホンモノのアルバート・フィッシュである。そして下が親戚のヒトラーとの記念スナップ。人殺しは気が合うものだ。

じつはフィッシュは影武者としてロイド・ジョージに名前を貸していたに過ぎない。一連のアルバート・フィッシュ連続児童殺人事件の真犯人はイギリス首相ロイド・ジョージである。イギリス首相ロイド・ジョージはニューヨークで400人もの子供を殺しておきながら、影武者フィッシュを身代わりに電気椅子に座らせ、自分はのうのうと82歳まで生きた。

ネットでロイド・ジョージ首相の写真を眺めていたら、どうも処刑されたアルバート・フィッシュは別人だと気付いた。30代のフィッシュと40代前半のロイド・ジョージは顔を見れば赤の他人ではないことがわかる。
40代後半の首相時代のロイド・ジョージは、40代前半のロイド・ジョージと30代のフィッシュとは別人だと思ったが、どうも同一人物だ。つまり、処刑された男だけが違う。ロイド・ジョージはニューヨークで子供を狩って食べ続け、処刑の時だけは別人を送り込んだようだ。
フィッシュは1910年から1933年まで血に塗れた仕事をしたとされている。プロファイリングではシリアルキラーは若い頃から殺人に精を出すものだが、フィッシュのデビューは40歳である。妙だ。一方で、これはロイド・ジョージが1905年に政界入りし、大蔵大臣、首相を務め、1931年に自由党党首職を辞した時期に符合する。
ロード・ジョージという本願寺の子孫である男は、イギリス政界で働いている際に、お忍びでイギリスからニューヨークに行き、アルバート・フィッシュの名を借りて子供を狩り、殺し、食べていたのだ。400人は殺したとされている。
名前を貸していたフィッシュはロイド・ジョージとは異母兄弟と考えられる。そのため、影武者として働いたのだろう。しかし、子供を狩り、殺して食べる趣味はなかった。そのため、フィッシュの6人の子供たちは手をかけられるどころか、虐待されることもなく、無事に育った(殺人鬼マニアの中では謎とされている)。ただ、フィッシュは影武者であるため、ロイド・ジョージの犯罪の隠蔽、手順の管理などは手伝ったと考えられる。1930年代のニューヨークを恐怖に陥れ、カニバリズムに狂った少年少女殺人鬼の正体はイギリスの首相だった。ロイド・ジョージの父は、インディアン虐殺作戦の指揮、すべてを取り仕切ったネルソン・マイルズ陸軍将軍(ウィリアム・ジョージ)である。

 

菊麿王妃範子(1878~1901)※画像なし

ドラグーティン・ディミトリエビッチ(1876~1917) 秘密組織黒手組指導者

George Villiers(1877~1955) BBC第2代会長

Allan Powell(1876~1948) BBC6代会長

Ernest Simon(1879~1960) BBC8代会長

 

武彦王(1898~1987) 菊麿王妃範子の子※画像なし

ガヴリロ・プリンツィプ(1894~1918) 黒手組

ネジェルコ・チャブリノヴィチ(1895~1916) 黒手組

トリフコ・グラベ(1895~1916) 黒手組

Philip Inman(1892~1979) BBC7代会長

 

※黒手組メンバーは、ロイド・ジョージの姪の子とその影武者たちで固められていた。黒手組はセルビア首相パシッチと組み、オーストリア帝国を嵌めて伯父ロイド・ジョージの悲願、第一次世界大戦開戦のために尽力した。

 

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九条道実(佐竹義生)の子

 

佐竹義春(1890~1944)※画像なし

W・アヴェレル・ハリマン(1891~1986) トルーマン政権商務長官

Junius Spencer Morgan III(1892~1960) JPモルガン孫

John Reith(1889~1971) 初代リース伯、BBC初代事務局長

 

※西本願寺門主文如の一族がBBCを始め、代々、BBC事務局長、BBC会長を務めた。世界のすべてのフェイクメディアの親であり、西本願寺門主良如の一族が運営するMI6、西本願寺門主法如の一族が運営するロイター通信とは表裏一体の組織である。

 

九条道秀(1895~1961)※画像なし

Henry Sturgis Morgan(1900~1982) JPモルガン孫※画像なし

マンリオ・ブロジオ(1897~1980) NATO第4代事務総長

アール・ネルソン(1897~1928) 精神異常シリアルキラー(女性22人)

 

※元来、J・P・モルガンと息子のJrは良い人々だったが、孫の代にモルガン家はタナトスの家系となった。

 

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恒憲王妃敏子の子(九条道実の孫)

 

邦寿王(1922~1986)※画像なし

ピーター・キャリントン(1919~2018) NATO第6代事務総長
パウル・ファンデン・ブイナンツ(1919~2001) ベルギー王国第55代首相 任期1966~1968
エドワード・レオンスキ(1917~1942) 異常性愛シリアルキラー(女性3人)
ネヴィル・ヒース(1917~1946) 異常性愛シリアルキラー(女性2人)

Michael Swann(1920~1990) BBC14代会長

 

賀陽美智子(1923~2009)※画像なし

マーガレット・サッチャー(1925~2013) 第71代イギリス首相 任期1979~1990

ルース・エリス(1926~1955) 殺人犯(男性1人)

イルマ・グレーゼ(1923~1945) アウシュヴィッツ収容所看守(女性囚人3万人管理)

 

※サッチャーは賀陽美智子の影武者として生まれた。過去にサッチャーはルース・エリスとして男性を殺している。ルース・エリスの被害者は1人だが、文如の一族の伝統に則れば、サッチャーが殺した可能性が高い。冤罪要員には異母兄弟か、或いは必ず年齢・容姿が近い人物を選ぶ。

また、19歳のサッチャーは戦争時代には親戚が運営するアウシュヴィッツ収容所で看守のバイトをしてこともあるらしい。彼女は、収容所で一番恐い看守として恐れられていたようだ。なにしろ、「鉄の女」ですから。女性囚人に猛犬をけしかけたり、銃で撃ったり、鞭打ったり、他にもいろいろ考えられるがサディスティックの限りを尽くした拷問を楽しんでいたようだ。しかし、ナチス敗北前夜、サッチャーはちゃんとイギリスに帰還し、あとは異母姉妹と考えられるイルマにすべてを押し付けたようだ。

 

賀陽健憲(1942~2017)※画像なし

ジョン・メイジャー(1943) 第72代イギリス首相 任期1990~1997

イアン・ブレイディ(1938~2017) ムーアズ殺人事件犯人

ピーター・サトクリフ(1946) ヨークシャーの切り裂き魔(女性13人)

クリストファー・パッテン(1944) 香港反政府デモ指導者、BBC23代会長

Michael Grade(1943) BBC21代会長

David Clementi(1949) BBC25代会長

 

※gradeとパッテンはよく似ている。メイジャー、サトクリフ、クレメンティも傾向が似ている。サトクリフはメイジャーの異母兄弟で影武者として生まれた可能性が高い。メイジャーの犯罪を手伝っていたのだろう。影武者の責務としてメイジャーの罪を背負った。ただ、顔、姿、年齢が近いだけでブレイディは冤罪だろう。

この一族の伝統を鑑みれば、「ムーアズ殺人事件(1963~1964)」の真犯人は20歳のメイジャーと考えられる。これは家族であるメイジャーが、弟(ブレア)や妹(メイ)たちが一人前のタナトスになるために「拷問大会」を開催したということになる。10~12歳のブレア、7~9歳のメイが扱いやすいようにメイジャーは成人ではなく十代の被害者を集め、拷問を監督した。そして、最後にメイジャーが止めを刺していたと考えられる。ブレイディーとヒンドリーは哀れだが冤罪だ。

そして、「ムーアズ殺人事件(1963~1964)」の最中の1964年に、21歳のメイジャーはロンドン特別区議会の選挙で当選している。同地方議会においてメイジャーは住宅供給委員会の議長を務めたという。

その後、33歳のメイジャーが再度殺人を開始する。1975年~1980年まで殺人行脚を続けた結果、彼は「ヨークシャーの切り裂き魔」と呼ばれた。この時には、子分として22歳のブレア、21歳のメイが手伝っていた可能性もある。

文如の一族はイギリスの司法・警察組織を掌握しているのでメイジャーたちは「何もしていない」のと同じだ。1979年、メイジャーはハンティンドンシャー選挙区から保守党候補として立候補し、庶民院議員に初当選した。メイジャーが政界に入るのと前後してヨークシャーの切り裂き魔は姿を消すことになる。

 

 

 


本如の一族~ウクライナ東方カトリック教会、東トルキスタン、セルビア公国、ムスリム同胞団、ユーゴスラビア紛争、チェチェン紛争、南オセチア紛争、ウクライナ政変

本如(1778~1826)

イオアニス・カポディストリアス(1776~1831) フィリキ・エテリア会長・ギリシア初代大統領

アウグスティノス・カポディストリアス(1778~1857) ギリシア第2代大統領
ミロシュ・オブレノヴィッチ1世(1780~1860) 初代セルビア公

ミハイロ・レヴィトスキー(1774~1858) ウクライナ東方カトリック教会大主教

 

※本如はジャハンギルを名乗り、新疆では回教徒を総動員し、清に挑戦した。この時に生まれた回教徒の指揮系統は今でも生きており、ラビア・カーディルなどもこの指揮系統を利用している。子孫である西本願寺の門主、大谷光瑞のシルクロード探検隊も故郷を目指して新疆にやってきたことがある。

 

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旻姫(1790?~1803) 本如妹

ガムザット・ベク(1789~1834) ダゲスタン初代イマーム

ハジー・ムラード(1790~1852) ダゲスタン第2代イマーム、アヴァール指導者

フリホリー・ヤクヒモヴィッチ(1792~1863) ウクライナ東方カトリック教会大主教

 

※旻姫は実際には男子だが、女子として育てられたようだ。その後、早世したことにして兄である本如に同行してダゲスタンなどの国家を築いた。

 

広如(1798~1871)

シャミール(1797~1871) ダゲスタン第3代イマーム

アレクサンダル・カラジョルジェヴィッチ(1806~1885) 第4代セルビア公

 

※広如は本如に同行していたが、途中で日本に帰還した。その後は影武者であるシャミールやカラジョルジェヴィチが独自に動いた。シャミールはダゲスタンに独自の国家を作ろうとし、一方、カラジョルジェヴィチはオスマントルコ帝国を内部から破壊しようとバルカン半島のセルビアに足場を得た。

 

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ミロシュ・オブレノヴィッチ1世(本如)の子

 

Princess Savka(1814~1848)※画像なし
張楽行(1811~1863) 捻軍首領※画像なし

スピリドン・リュトヴィノヴィッチ(1810~1869) ウクライナ東方カトリック教会大主教

 

※サヴカは、34歳で死んだことにして中国に潜伏して張楽行として活動した。張楽行は、子であるゴン得樹、蘇天福と組んで捻軍として清に対して蜂起した。

 

ミラン・オブレノヴィッチ2世(1819~1839) 第2代セルビア公
ヤクブ・ベク(1820~1877)

ヨセフ・セムブラトヴィッチ(1821~1900) ウクライナ東方カトリック教会大主教

 

中国:江北に捻軍、新疆に回軍起こる(1857)
中国:捻軍、山東に入る(1865)
中国:ヤクブ・ベク、新疆に自立(1866)

 

※セルビア公ミランは、清を内部から破壊するためにヤクブ・ベクとして新彊に足場を得ようと画策した。

 

ミハイロ・オブレノヴィッチ3世(1823~1868) 第3代セルビア公

ゴン得樹(?~1863) 捻軍首領※画像なし
蘇天福(?~1863) 捻軍首領※画像なし

ジュリアン・サス=クイロフスキー(1826~1900) ウクライナ東方カトリック教会第2代大主教

Miloš Obrenović(1829~1861) ミラン1世父※画像なし

 

Prince Todor(1836?)※画像なし

シルヴェスター・セムブラトヴィッチ(1836~1898) ウクライナ東方カトリック教会初代大主教

 

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Miloš Obrenović(ミハイロ・オブレノヴィッチ3世)の子

 

ミラン1世(1854~1901) セルビア王

岡部長職(1855~1925) 英国公使館参事官、外務次官、司法大臣、東京府知事、枢密顧問官

 

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セルビア王ミラン1世の子

 

Prince Sergei(188?)※画像なし

アリハーン・トラ(1884~1946) 第二次東トルキスタン大統領

岡部長景(1884~1970) 外交官・子爵、岡部長職の長男

 

George Obrenović(1890~1925)※画像なし

ホージャ・ニヤーズ(1889~1941) 第一次東トルキスタン大統領

岡部長剛(生没年不詳) 岡部長職の次男※画像なし

 

※ミラン1世の子たちは、大日本帝国で要職に携わりながらトルキスタン独立にこだわった。

 

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セルビア公アレクサンダル・カラジョルジェヴィッチの子

 

アルセン・カラジョルジェヴィチ(1859~1938)

コンスタンチン・コンスタンチノヴィチ(1858~1915) ロシア大公

加藤高明(1860~1926) 内閣総理大臣

アンドレイ・シェプティスキー(1865~1944) ウクライナ東方カトリック教会第3代大主教

 

選挙公約であった普通選挙法を成立させ、日ソ基本条約を締結しソ連と国交を樹立するなど、一定の成果をあげた。しかし一方では共産党対策から治安維持法を同時に成立させた。 この法規は後に言論弾圧の口実として使われ、特に戦時中に乱用されたとして治安維持法反対派からは強く批判されている。wikiより

 

※加藤高明とアンドレイ・シェプティスキーは、異母兄弟と考えられる。

 

パヴレ・カラジョルジェヴィチ(1893~1976) ユーゴスラヴィア公※画像なし

ハサン・アル=フダイビ(1891~1973) ムスリム同胞団第2代指導者

ヨシフ・ズリピジ(1893~1984) ウクライナ東方カトリック教会第4代大主教

 

※ハサンとヨシフは良く似ている。明らかに同一人物である。

 

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Princess Helenの子(セルビア王ペータル1世の孫)

 

Prince Vsevolod Ivanovich(1914~1973)

ミラスロフ・イヴァン・ルバチフスキー(1914~2000) ウクライナ東方カトリック教会第5代大主教

 

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ロシア大公コンスタンチン・コンスタンチノヴィチの子

 

Prince Georgy Konstantinovich(1903~1938)※画像なし

Ruggero Farace(1909~1970) イタリア外交官、Princess Catherine Ivanovna夫

ハサン・アル=バンナー(1906~1949) ムスリム同胞団創設

シー・ケネン(1905~1988) アメリカ・イスラエル公共問題委員会創設

 

※顔は似ていないが異母兄弟だと考えられる。子の、マムーン・アル=フダイビなどがシー・ケネンに似ている。

 

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パヴレ・カラジョルジェヴィチの子

 

アレクサンダル・カラジョルジェヴィチ(1924~2016)※画像なし

ムスタファ・マンシュール(1921~2002) ムスリム同胞団第5代指導者

マムーン・アル=フダイビ(1921~2004) ムスリム同胞団第6代指導者

 

Prince Nikola(1928~1954)※画像なし

モハムド・マーディ・アケフ(1928~2017) ムスリム同胞団第7代指導者

 

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Princess Catherine Ivanovnaの子(セルビア王ペータル1世の曾孫)

 

Nicoletta Farace(1938)※画像なし

ルボミル・フサール(1933~2017) ウクライナ東方カトリック教会第6代大主教

 

Fiammetta Farace(1940)※画像なし

フェトフッラー・ギュレン(1941) トルコ・イスラム法学者ハナフィー派

 

ギュレン運動はかつてトルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領の支持母体となるなど、ギュレンとエルドアンは協力関係にあった。しかし2013年末にエルドアン政権に大規模汚職事件の名の下に第一回目ソフトクーデターを試み、エルドアン側はギュレンが仕掛けたものとして両者の関係は悪化。2016年7月15日にトルコで発生したクーデター未遂事件では、クーデターを試みた勢力がギュレン運動とつながっていたと目され、アメリカに対しギュレンの身柄引き渡し要求が行われたが、ギュレン自身は関与を否定している。 wikiより

 

Giovanni Farace(1943) 

モハマド・バディー(1943) ムスリム同胞団第8代指導者

ジョハル・ドゥダエフ(1944~1996) チェチェン・イチケリア大統領

 

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ユーゴスラヴィア王アレクサンダル1世の孫

 

アレクサンダル2世カラジョルジェヴィチ(1945) ユーゴスラビア王太子※ペータル2世の子

ムハンマド・ムルシー(1951) ハサン・アル=バンナーの子(エジプト・アラブ共和国第3代大統領)

パーヴェル・ラザレンコ(1953) オリガルヒ・ウクライナ首相

アスラン・マスハドフ(1951~2005) チェチェン独立派最高指導者

ヌーリー・マーリキー(1950) イラク第4共和制初代首相

 

※悪人としてイラクの政界から追放されたマーリキーは、エジプトで投獄されたムルシーにクリソツである。

 

アラブの春における民主化後では最初となるエジプト大統領に選出されるが、政教分離などの世俗的な価値観が浸透していないエジプト でイスラム主義に基づいた統治を進め、モハメド・エルバラダイら国内の世俗派から強い反発を受けた。政権後半にはイスラム主義に基づいた新憲法制定を目指した事で大規模な反政府運動が発生し、最終的に政権担当能力を疑問視したアブドルファッターフ・アッ=シーシー国防大臣らによるクーデターにより解任され、身柄を拘束された(2013年エジプトクーデター)。 wikiより

 

※2004年ベスラン学校占拠事件

 

Prince Christopher(1960~1994) Prince Andrewの子※画像なし

アレクサンドル・スモレンスキー(1954) オリガルヒ・SBSアグログループ

アーマド・サラマ・マブルーク(1956) アル=ヌスラ戦線指導者

 

※スモレンスキーはマブルークの影武者として生まれたが、ウクライナでオリガルヒとして成り上がった。

 

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Prince Tomislavの子(ユーゴスラヴィア王アレクサンダル1世の孫)

 

Prince Nikola(1958)※画像なし

ヴィクトル・ピンチュク(1960) オリガルヒ

イホル・コロモイスキー(1963) オリガルヒ・ウクライナ第二の富豪

 

Princess Katarina(1959)※画像なし

ペトロ・ポロシェンコ(1965) ウクライナ大統領

アブドゥル・シャクールアル=トルキスタニ(1965) 東トルキスタン・イスラム運動指導者※画像なし

ハシム・サチ(1968) コソボ解放軍指導者

シャミル・バサエフ(1965~2006) チェチェン独立派強硬派指導者

 

※上の4人は異母兄弟と考えられる。顔の傾向が良く似ている。トルキスタニ、サチはポロシェンコの影武者として、ピンチュクはコロモイスキーの影武者用に生まれたのだろう。コロモイスキーはムルシーに良く似ている。ポロシェンコはウクライナ第二の富豪が異母兄弟であるため心強いのだろう。

 

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Princess Catherine Ivanovnaの孫(ロシア大公コンスタンチン・コンスタンチノヴィチの曾孫)

 

Eduardo Alberto Grundland(1967) Nicoletta Faraceの子※画像なし

ミヘイル・サアカシュヴィリ(1967) 第3代グルジア大統領

ラムシュ・ハラディナイ(1968) コソボ解放軍指導者

アブドゥラ・マンスール(生没年不詳) 東トルキスタン・イスラム運動指導者

アブー・ジャバール・シャキイ(1968) タハリール・アル=シャーム指導者、シリア反政府勢力指導者

 

※この4人、顔が似すぎ。明らかに兄弟。マンスールはひとりだけ東アジア系だが、それでも似ている。

 

グルジア:南オセチア紛争(2008)

 

※サアカシヴィリとハラディナイは非常に良く似ている。異母兄弟の影武者ではなく、同一人物の可能性もある。つまり、サアカシヴィリに危機が迫った時、コソボに逃亡・潜伏してハラディナイに早代わりするのだ。マンスールは生年が不明だが、2人に良く似ているため仲間に加えた。

 

Alessandro Farace(1971) Giovanni Faraceの子

ビタリ・クリチコ(1971) ポロシェンコ政権

ファビエン・クラン(1977~2019) ISIS指揮者

 

※ビタリ・クリチコは、この前(2019年2月)殺害されたファビエン・クランに良く似ている。

 

Sebastian Arcelus(1976) Fiammetta Faraceの子※画像なし

ヴォロディーミル・フロイスマン(1978) ポロシェンコ政権ウクライナ首相

アブー・モハンマド・アル=ジュラーニ(1975) アル=ヌスラ戦線指導者

ウォロディミル・ゼレンスキー(1978) ウクライナ第6代大統領

 

 

 



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