目次
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まえがき 悪の足跡の追求
タナトスの解説(集団ストーカーの指揮者、対人恐怖を作る人々)
タナトスの一族~カニバリズム、人身御供、アトランティス王国、最終戦争ラグナロク、タングート、西夏、アサシン教団、狼男、チャガタイ・ハン国、タウングー朝、ズールー帝国、アフリカ独立運動、ボコ・ハラム
ティールタンカラの一族~アーリア人、仏教、継体天皇、中臣鎌足、藤原不比等、白河天皇、鳥羽天皇、マリ帝国、聖フェーメ団、ジェノヴァ共和国、ルクセンブルク公国、モナコ公国
デウスの一族~ジャイナ教、河伯、サータヴァーハナ朝、フン族、アッティラ帝王、稲荷神社、九頭龍、風水、足利尊氏、後醍醐天皇、シャーマニズム、クエーカー教、住友財閥、三井財閥
ダーナ神族の一族~ディオニュソス、デニエン人、猿田彦、契丹、デーン人、鬼、酒呑童子、ハーバード大学、ジョージ・ワシントン大統領、アメリカ連合国、統一イタリア王国、カナダ、ニュージーランド、阿含宗
アブラハムの一族~シュメール文明、エフライム族、バアル、アフラマズダー、ゾロアスター教、マケドニア王国、聖徳太子、ピサ共和国、奥州藤原氏、フランシスコ・ピサロ、ヴァーサ朝、フィンランド共和国
預言者ナタンの一族~ラピタ文化、ダン族、ソロモン王、ミディアン人、ストーンヘンジ、アテーナイ王国、ヒクソス、アマルナ宗教改革、ケント王国、最澄、空海、源氏・平氏、マフディー国家
アッシュール・ダン1世の一族~魔神アスラ、タニス、北イスラエル王国、アルメニア王国、グノーシス主義、コプト教、聖コルンバ、アルシング議会
ガリアのドルイド司祭(東本願寺)の一族~アテネ民主制、ローマ執政官、ソピテース、デマゴーグ、ヘロデ大王、ローマ帝国、フィリキ・エテリア、青年トルコ革命、クルディスタン労働者党
聖ドナトゥスの一族~渤海王、ブワイ朝、テンプル騎士団、ジンバブエ王国、ダホメー王国、ハイチ帝国、トンガ王国、リベリア共和国、ブータン王国、黒人地位向上協会、バハーイー教
ローマ教皇レオ1世の一族~ランゴバルト王国、メロヴィング朝、マズダク教、ウイグル可汗、浄土教、曹洞宗、ノルマン人、カルマル同盟、出雲大社、コーザ・ノストラ、オーストラリア、バチカン市国委員会
クリュニー大主教ベルノの一族~ナバラ王国、フランク・ローマ皇帝、カペー朝フランス王、民衆十字軍、土肥実平、長宗我部氏、キャンディ王国、三菱財閥、モロ民族解放戦線、ルワンダ大虐殺
クリュニー大主教アイマールの一族~キエフ大公国、シトー会、北条時政、聖フランチェスコ会、シチリア王国、イタリア共和国
クリュニー大主教ヒューの一族~ヒメネス朝ナバラ王、バルセロナ朝アラゴン王、ブルゴーニュ朝カスティーリャ王、バルバロス・ハイレッディン、チュニジア、アルジェリア、ユニオン・コルス
カペー朝ルイ7世の一族~メリナ王国、カンボジア王国、カリブ族、四季協会、ゴーストダンス、マウマウ団、ドラヴィダ進歩党、カーゴカルト、パプアニューギニア、クメール・ルージュ
カペー朝フィリップ2世の一族~ドイツ騎士団、白蓮教、小西行長と弥助、マラッカ王国、ブルネイ帝国、ベネズエラ共和国、リンガトゥ教、呪術師スビキロ、バラク・オバマ、フアン・グアイド
親鸞の一族~浄土真宗、時宗、一向宗、世界初の精神病院ベドラム、ブルゴーニュ朝・アヴィス朝ポルトガル王国、コンキスタドール、メキシコ帝国、麻薬カルテル
如信の一族~魔女狩り解禁、異端審問、伊勢大社、カペー朝フランス王、ボルボン朝スペイン王、スペイン共和国
覚如の一族~紅巾の乱、華僑、百年戦争、殺人集団タギー、琉球王国、アチェ王国、黎朝ベトナム帝国、白蓮教、シンガポール、日清食品、社会民主党、全能神
善如の一族~倭寇、恭愍王、足利義満、日野富子、三浦倭館、東林党、魏忠賢、フランシス・ドレイク、バッカニア海賊、カタール首長
綽如の一族~ヴァロワ=ブルゴーニュ公、ブルボン公、能登守、ハプスブルグ朝スペイン王国、デュポン財閥、ケベック解放戦線
巧如の一族~ジル・ド・レ、ヴァロワ朝フランス、マルタ騎士団、マラーター族、アフガニスタン王国、オマーン王国、ザンジバル帝国、ソコト帝国、マルタ共和国
存如の一族~応仁の乱、アラゴン王国、アヴィス朝・ブラガンサ朝ポルトガル王国、ポルトガル共和国、アルバニア共和国、マザー・テレサ、神の愛の宣教者会
蓮如の一族~スイス連邦参事会、魔女狩り、パッツィ家、ロレーヌ公、一向一揆、秘密委員会、ベルギー王国
実如の一族~毛利元就、オルデンブルク朝デンマーク、モロッコ王国、フランコ将軍、パレスチナ解放機構、トントンマクート、岸信介、佐藤栄作、安倍晋三、統一協会
証如の一族~明智光秀、魔女狩り、戦国時代、オランダ王国、近衛家、クウェート王国、イギリス東インド会社、南アフリカ連邦、ジャム・カシミールのムジャヒディーン、湾岸戦争
顕如の一族~万暦の三征、魔女狩り、オランダ東インド会社、スチュアート朝、老論派、バプティスト教会、メソジスト教会、ヴァンダービルト財閥、パール・ジャム、KORN
教如の一族~織田信雄、東山天皇、仁孝天皇、孝明天皇、カメハメハ大王、ハワイ王国、トンガ王国、サモア独立国、フィジー共和国、エチオピア連邦民主共和国
宣如の一族~ハプスブルグ家、ブルボン家、プファルツ朝スウェーデン王、フルベ聖戦、フランス共和国、イスラーム・マグリブ諸国のアル=カーイダ機構
琢如の一族~英蘭戦争、マラーター王国、ベンガル太守、アワミ連盟、バングラデシュ、ジャマート=ウル=ムジャーヒディーン
常如の一族~後金時代、李氏朝鮮末期、琉球第二尚氏王統、東学党、ゴ・ディン・ジエム、大韓民団、戸塚ヨットスクール、ベトナム社会主義共和国、国民民主党、自由朝鮮
一如の一族~名誉革命、ジャコバイト、オラニエ=ナッサウ王家、南アフリカ連邦、オレンジ革命
真如の一族~イエズス会弾圧、ムガール皇帝、マラーター同盟、タタ財閥、デカン・ムジャヒディーン
従如の一族~田沼意次、徳川家重、松平定信、井伊直弼、水野忠邦、徳川慶喜、静岡県知事
乗如の一族~フランス革命、ベトナム植民地、ブラジル帝国、YMCA、セブンスデー・アドベンチスト教会、国際赤十字社、花粉症、AIDS
達如の一族~復古神道、尊皇攘夷、天理教、金光教、神社本庁、日本社会党、講談社、日本会議、ヒカルランド
大谷光勝の一族~興宣大院君、明治天皇、ビアフラ共和国、ソンミ村虐殺、コリン・パウエル、コンドリーザ・ライス、トニー・ブレア
大谷光榮の一族~大谷大学、大正天皇、昭和天皇、アドルフ・ヒトラー、ハインリヒ・ヒムラー、軍産複合体、パフラヴィー朝皇帝、アウグスト・ピノチェト、立憲民主党
大谷光演の一族~重慶爆撃、CTスキャン、ダライ・ラマ14世、ディズニー・カンパニー、スティーブン・スピルバーグ、ジャニーズ、タイム・ワーナー社、YOUTUBE
大谷光暢の一族~市川團十郎、ラビア・カーディル、ブルース・リー親子暗殺、地下鉄サリン事件、天安門事件、オウム地下鉄サリン事件、酒鬼薔薇聖斗、雨傘革命
大谷暢顕の一族~TV局アナウンサー、宮崎勤事件、足利事件、オウム真理教、神戸連続児童殺傷事件、学級崩壊、大阪池田小児童殺害事件、てるくはのる事件、SEALDs
大谷暢裕の一族~「集団ストーカー問題を克服する」、2014香港反中デモ、2014香港反政府デモ、2019逃亡犯条例改正案撤回デモ
大宛のドルイド司祭(西本願寺)の一族~大宛、クシャーナ朝、鳩摩羅什、曇鸞、浄土宗、隋、ウマイヤ朝イスラム帝国、北宋、舜天王統、ブギス族、ジョホール朝、林本源、中国仏教協会、台湾
王安石の一族~南宋皇帝、今川国氏、デリー・スルターン朝、曹洞宗、永平寺、総持寺、コーカンド・ハン国、イエメン王国、イスラム国
今川国氏の一族~アステカ帝国、凄惨な人身御供儀式、串刺し公ヴラド・ツェペシュ、見付天神の人身御供、血の伯爵夫人エリザベート・バートリ、モルダヴィア公、ルーマニア王国、モルドバ共和国
准如の一族~小早川秀秋、ドン・コサック、古儀式派、ノーベル賞、ベルナドッテ朝スウェーデン王、温暖化十字軍、グレタ・トゥーンベリ
良如の一族~保科正之、徳川綱吉、生類憐みの令、火付盗賊改、子供を殺すための法律「ブラック法」、大英帝国、オックスフォード=アスキス伯爵、MI6長官
寂如の一族~女帝エカチェリーナ、秘密結社イルミナティ、ナチス帝国、特高警察、モサド、中央情報局、アメリカ連邦捜査局
住如の一族~ナーディル・シャー、黒住教、ビン=ラディン・グループ、アルカーイダ、ソマリランド大統領、GOOGLE
湛如の一族~ジュンガル帝国、チャックリー家、タイ王国、ネパール王国、モンゴル人民革命党、霊友会、世界救世教、祟教真光、日本相撲協会
法如の一族~アヘン戦争、ロスチャイルド財閥、ロックフェラー財閥、スカル&ボーンズ、第一次世界大戦、ホスピス、ロイター通信、北大西洋条約機構、アムネスティ・インターナショナル、児童文学ハリー・ポッター
文如の一族~九条道前、ウィリアム・ピット、薩摩戦争、切り裂きジャック、インディアン虐殺、BBC、タイタニック号沈没、ツタンカーメンの呪い、国際連合、連続児童殺人鬼アルバート・フィッシュ
本如の一族~ウクライナ東方カトリック教会、東トルキスタン、セルビア公国、ムスリム同胞団、ユーゴスラビア紛争、チェチェン紛争、南オセチア紛争、ウクライナ政変
広如の一族~長州藩藩主、伊藤博文、大隈重信、山縣有朋、龍谷大学、新渡戸稲造、白洲次郎、東条英機、日産コンツェルン、731部隊、ベトナム戦争
ネルソン・ロックフェラーの一族~ヘンリー・キッシンジャー、ビル・クリントン、湾岸症候群、ジョン・ベネ殺害事件、レバノン空爆、ロシアの人喰いズマガリエフ、ゾディアック、サムの息子、フェイスブック
デヴィッド・ロックフェラーの一族~ジョージ・ソロス、CNN、モンサント社、遺伝子組み換え作物、成長ホルモン、コソボ爆撃、コロンバイン高校銃撃、同性愛人喰いジェフリー・ダーマー、レオナルド・ディカプリオ
大谷光尊の一族~ウィンザー朝イギリス王室、ファシスト党、ディープ・ステート、連続殺人鬼ウィリアム・ハイレンズ、ウクライナ21、Twitter
大谷光瑞の一族~マンチェスター侯爵、ジョージ・H・W・ブッシュ、ケネディ大統領暗殺、湾岸戦争、冷戦終結、法輪功、国境なき記者団、自動運転技術テロ、オール電化テロ
大谷光照の一族~サウジアラビア王ファイサル、ロバート・ケネディ暗殺、ジョージ・W・ブッシュ、除草剤ラウンドアップ、連続殺人犯テッド・バンディ、世界同時多発テロ、キャラバン
大谷光真の一族~リヒテンシュタイン公、悪魔ビル・ゲイツ、マイクロソフト社、上祐史裕、プログラム自動ダウンロードテロ、異常行動テロ
大谷光淳の一族~リヒテンシュタイン公、2ちゃんねる、仙台女児連続暴行事件犯人、2019逃亡犯条例改正案撤回デモ、Qアーミージャパン
ユダヤ人(1731)の一族~ハザール帝国、薔薇十字団、カバラ神秘主義、ホフユーデン、人体自然発火事件、シオニズム運動、精神医学、エスペラント、モサド、ドイツキリスト教民主同盟、ゲノム編集
ユダヤ人(1908)の一族~ヒヴァ・ハン国、ガージャール朝、アドルフ・ヒトラー、ツングース大爆発、ロケット、マンハッタン計画、原子爆弾、水素爆弾、レーザー、コンピューター
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タナトスの解説(集団ストーカーの指揮者、対人恐怖を作る人々)

◆新しい解説2019.10.20

 

 

①弱い人間の価値(タナトスの力=数の力)

 

集団ストーカーというものは、浄土真宗&曹洞宗信者をフル動員(日本全国の信者数、併せて2000万人)することで可能になる。集団ストーカーは、信者が大勢いることでタナトスが振るう基本的な数の力のひとつである。本願寺の人々とは弱い人間の価値に気付いた人々である。弱い人間の価値とは、弱い人間は脅せば何でも言うことを聞くこと、弱い人間は自分の生活と生命が最優先事項であること、そして非常に数が多いことである。この弱い人間の価値が、そのまま集団ストーカーに活かされている。

 

ちょっと考えれば分かると思うが、集団ストーカーのような非人道な行為、個人に対する人権蹂躙を指令する人間は、集団ストーカー加害者の人権さえ何とも思わないものだ。つまり、集団ストーカー加害者に対する金銭の授与はありえない。良く言ってボランティア、悪く言って奴隷である。なぜ金ももらわずに他人に嫌がらせが出来るのか?なぜ浄土真宗&曹洞宗信者が集団ストーカーを行うのか?その答えは彼らが弱いからだ。そして本願寺が怖いからだ。本願寺の命令を聞かなければ、逆に自分が集団ストーカーされる。今、目の前で自分が赤の他人にしたことをもし自分がされたら?そう思うと怖くて怖くて仕方ないのだ。つまり、彼らは集団ストーカーの命令を無視することはない。これも弱い人間の価値である。人類の発展には全く寄与していないが、すべては、弱い人間に利用価値があることを認めた本願寺の先見の明だといえよう(バカとハサミは使いようの語源)。

 

集団ストーカーとは、量VS質の戦いでもある。どんなにバカでも、どんなに弱くても、そんなできそこないがたくさん集まるだけで優れた人間、強い人間にも勝てる。この発想が集団ストーカーの根幹にある。一向一揆も同様である。一揆とは、大勢の農民を訓練された武士にぶつけることである。この場合、武士一人につき、10人ほどの武装した農民を相手にしなければならなくなる。数で圧倒することで、武士の厳しい鍛錬、高い戦闘技術を反故にするのだ。ウソもひとりでつけばただのウソでしかないが、大勢でウソをつけばそれは真実となる。量で圧倒することが、できそこないであるタナトスの一族の勝利の法則だ。また、弱い人間は口も堅い。強いから口が堅いのではなく、弱いから口が堅いのだ。斯様に、タナトスの一族が編み出したすべての手法に、弱い人間の価値が息づいている。

 

東西本願寺の正体は死神タナトスであるが、タナトスは史上初の人喰い人種であり、すべての悪の父である。歴史上、すべての悪党はタナトスに通ずる。現代では、すべての悪党は本願寺に通ずるのだ。タナトスはおよそ30万年前に生まれたが、彼らは極度に罪悪感が欠如した状態で生まれるため、平気でウソをつき、笑いながら人を殺し、喜んで幼児を陵辱・殺害し、嬉々として人肉を食べるという異常な本能を得た。我々とは似て非なる、異なる人類だと言っても過言ではない。ディープステート、安倍総統や怪物モンサントもタナトスの一族である。彼らは名前の違う家族を動員して秘密結社を作る。安倍政権も日本会議もできそこない家族の寄り合いでしかない。安倍総統は日本では敵なしだが、外国では総スカンを喰らっている。家の中では無敵だが、外に出たらみそっかすでしかない。丸でひきこもりと同じだ。その安倍政権が先だってのフェイクニュース(ひきこもりの通り魔事件)で散々「ひきこもりは悪だ」と、ひきこもりの印象の悪化に務めていたが、これは最早お笑いだとしかいいようがない。

 

ところで、集団ストーカーとひとことで言ってもやり方は被害者の数だけある。また、生活環境、立地条件の数だけあるといっても過言ではない。集団ストーカーとは、基本的には日常の所作、音を武器化することである。日常の所作、音を武器化するには最先端機器による被害者の完全監視が必須だこの完全監視が欠けていたなら、日常の所作、音を武器化することはできない。自殺が毎年3万人を超えるようになった1998年頃から、本願寺は家族である三菱重工が製作したスーパーコンピューター、人工衛星、光通信システム、レーザー透視装置、レーザー盗聴機、レーザーセンサーを連携させ、新しい技術を導入した集団ストーカーを始めた(毎年3万人の自殺はこれが原因だ)。

 

筆者の例をひとつ挙げるが、例えばウチの台所は隣家の駐車場に隣接している。本願寺(ウチの地元は曹洞宗の縄張りだが)はこの立地条件を活かし、おれが台所に立つと隣家の住人が偶然を模して車で帰宅し、思い切り車のドアを閉めるということを繰り返させている。俺の動きに合わせて音を出すことは、上記の最先端技術システムにより可能である。更に、第三者からみれば住人が車で帰宅したに過ぎない。これが日常の所作、音の武器化の利点であり、集団ストーカーの醍醐味(?)である。
見える部分での認識は、「住人が帰宅した」というに過ぎない。が、集団ストーカー的な視点で見れば、見えていない部分が非常に重要となる(見えていないからこそ加害者は容易に否定ができる)。台所に立つ時間は限られているわけだが、その時間帯になると隣家の住人はイチイチ車でウチの近辺に待機し、AIが「あいつが台所に立った」ということをレーザー骨伝導音声送信で住人に伝えることで住人はそそくさと帰宅し、台所にいる俺に対する威嚇として思いきり車のドアを閉めるわけだ。
非常にくだらないことだが、これを毎日、毎回繰り返すことによりドアの音を武器化するのだ。被害者も人によってはブチきれて近隣住民(邪教信者)に襲い掛かり、一方的に悪者扱いされて警察(仏教の用心棒)に逮捕されたり、精神病院に収容されることもある(それがタナトスの目的である。陰謀の特徴、それは「結果がじつは目的だった」ということだ)。たまに子どもの騒音にキレて事件を起こす人がいるが、彼らも本願寺の悪意の被害者である。
通常の人なら「イチイチ待機するやつなんているわけない」となるが、邪教信者にとってこの世で一番怖いのは本願寺である。そういうわけで、待機することは苦ではないのだ(実質、奴隷と呼ばれていないだけの奴隷だから、顔を見ると辛そうな顔をしていることもあるがw)。集団ストーカー要員の最大待機時間は30分ほどだろう。ただ、それでも苦痛なようで、丸でなかなか来ないバスを待つ人のような顔、校長先生のつまらない話を聞いている中学生のような顔をした集団ストーカー要員を良く見かける。
集団ストーカーを否定する者(おおかた本願寺の者だが)は東西本願寺に悪意がないことを証明しなければならない。個人を完全に監視する技術はあるのだから技術面の否定は不可能である。

 

弱い人間Q&A

 

Q イヤガラセのために待機するようなそんな暇なやついないと思うが

A 弱い人間は人生通してほぼヒマだが、もしヒマがなくても弱い人間は怖い人間に脅されれば無理してでもヒマを作る。

 

Q 他人に嫌がらせしろと言われてイヤガラセをする人間なんかいるわけない

A 弱い人間は、相手が怖い人間であれば何でも命令を聞く。生活の安定と保障を求めて悪に服従するのだ。

 

Q 金ももらわずにそんなことするやついるわけない

A 弱い人間は、相手が怖い人間なら何ももらわなくても何でもやる。逆に、怖い人間に全財産をくれてやることもある(お布施)。

 

②対人恐怖の解説(人類にとって有益な人間の人工淘汰)

 

タナトスの一族は、極度に罪悪感を欠いた状態で生まれる。これは、誰にも好かれない彼らが、性欲処理のためだけに家族と近親相姦を1000年間続けたために生じた。30万年前のことである。罪悪感を欠いた人間はどのように人類独特の知能を用いてきただろうか?その詳細は、「悪い顔」を見てもらうとして、ここではタナトスの秘儀、対人恐怖作戦(強い敵の弱体化)について考えたい。タナトスは、我々人類と同じ姿をしていながら、丸で我々とは異なる人類のように、さも、昆虫や動物を観察するように我々人類を研究した。この観察によりタナトスは、どんなに強い人間だろうと心を攻めればその強い人間を弱体化できること、そして、罪悪感が強ければ強いほど、強い敵を思い通りに操作できることを覚えた。過去には、預言者ナタンがダヴィデ王に強い罪悪感を植え付けて思い通りに操作した。できそこないが真の王を操作するのだ。これは極めて反自然的な事象である。

 

これは人類で最初にナタンがやったことだが、人為的に罪悪感を育てるには、まず、敵を悪者扱いすることである。敵を暴力行為や破壊行為に導くこと。この誤誘導には、そのときと場合によっていろいろな方法が考えられる。そして、作られた罪を不特定多数で責め続けること(信者が多ければ容易なことだ)。これにより、敵は何もしなくても「あ、すいません、すいません」と謝るようになる。日本ではこのような状態を対人恐怖と呼ぶ。何もしていないのに謝るのは、罪悪感が大きい証拠である。どんな強い人間も対人恐怖になると、思い通りに操ることができる。タナトスはそれを知った。タナトスは見えない心を知覚するということを人類で最初に成し遂げた一族だが、その発想から得られたすべての成果は悪用されている。ダヴィデ王も対人恐怖だったわけだ。

 

対人恐怖を分かりやすく説明するために、犬嫌いの例を挙げたい。まず、犬嫌いというものは、概して犬に噛まれることで生じる。これにより、被害者は犬嫌いになることが多い。しかし、注目したいことがある。それは、噛んだ犬、或いは噛んだ犬種のみを嫌いになるのなら納得できる。だが、犬嫌いはすべての犬を嫌いになる。子犬も例外ではない。これはなぜだろう?結局、犬嫌いとは意志の問題ではなく、本能の領域の問題なのだ。犬に噛まれれば、「犬は危険だ」という経験に基づく認識が本能に刻まれる。その結果、犬であればなんでも嫌悪を抱くようになるのだ。本能の領域で設定された認識は一旦生まれれば覆すことは出来ない。タナトスは本能の持つメカニズムを悪用しているのかもしれない。対人恐怖は、いうなれば人間に傷つけられたことで、人間は危険だという認識が本能の領域で生じた結果である。

 

この対人恐怖にはタナトスにとって大きな利点がある。タナトスの敵である強い人物、優れた人物がどんなに人に好かれていても、対人恐怖になれば、その強い人物は自らが人を遠ざけようとする。或いは人から遠ざかろうとする。つまり、タナトスは強い敵に近づいてくる人間をいちいち排除する必要がない。つまり、対人恐怖は魅力的な人間、才能がある人間、優れた人間に限定される。それ以外の人間(魅力のない人間、優れていない人間)が対人恐怖になることは決してない。優れた人間は、できそこないの王タナトスの永遠の敵なのだ。

 

とにかく、罪悪感は哺乳類ならどんな動物でも持っている。犬どころか、猫でさえ罪悪感はある。ネットを検索していると、猫が大好物を盗み食いしようとして奮闘している動画をみつけた。当初、猫は飼い主が隠し撮りしていることを知らずにいたが、ふと隠し撮りに気付くと振り向きざま、凝固してしまう。そして全身で「ご、ごめんなさい」と謝意を表している。猫が固まったのは罪悪感がある証拠に他ならない。そして、猫よりも高等な犬も当然のように罪悪感がある。間違えて俺に吠えた犬は、「あ、すいません」という顔で申し訳なさそうにすることがある。これも罪悪感がある証拠だ。犬や猫でさえ罪悪感はあるのに、タナトスの一族には丸で罪悪感がない。この事実はどういう風に解釈すればよいだろう?すべては愛のない性欲処理目的の近親相姦に通じる。

 

どんな動物(特に哺乳類)も、近親相姦は是が非でも避けようとする。それは、動物たちが本能の領域で、罪悪感を持たない個体の誕生が悲壮な結末をもたらすことを知っているからではないだろうか?罪悪感を持たない個体は、種(しゅ)を絶滅に導くのだ。人類の場合、種(しゅ)を絶滅に導くものがタナトスなのだ。タナトスを生まないためには、愛のない快楽が目的のセックスは厳禁とすることだ。一番良いのは女性がセックスの主導権を握ることだ。女性が喜ぶセックスはすべて正解である。一方、男が主導するセックスはすべてではないが、不正解が多い。

 

③なぜタナトスは生まれたか?(滅ぶべき人類 既に30万年前に審判は下っている)

 

タナトスの誕生。それは、地球が人類に対して「最後の審判」を下したイベントだったということができる。タナトスが極度に罪悪感を欠き、人肉を食べるのは、人類の天敵として地球に選ばれたからだ。なぜなら、この時点で人類の個体数は飽和状態に達していたのだ。壊れた自然界のバランスを補正するには個体数の減少しかありえない。人類に天敵が必要になった。それがタナトスだった。知能が発達した人類の天敵は、同じ人類以外ありえなかったのだ。このタナトスの誕生は最初の「最後の審判」だった。しかし、地球の思惑をよそに、知能を持った人類は簡単には滅ぶことはなかった。通常、知能を持たない動物の場合、できそこないは自然に滅びる。これを淘汰と呼ぶが、人類の場合は、知能によって人工的に淘汰を免れるのだ。人類に於いては自然淘汰の機能が無効化されているのだ(特にタナトスの場合)。

人類は1000万年前~400万年まで水棲霊長類として生きた。その後、30万年前に最初の「最後の審判」となるタナトスが生まれる。タナトスが生まれるまでの970万年間は、人類にとって真に幸福な時代だったといえる。それ以後人類が不幸なのは、人類が既に地球によって最後の審判を下されている滅ぶべき種(しゅ)からだ。

タナトスの次に登場したのが宇宙人(科学の種族トバルカイン)である。宇宙人が第2の「最後の審判」である。彼らはその優れた知能により、科学の道に邁進し、すべての物質を分子の次元で操る技術を開発した。UFO、テレポーテーションなどもこの技術に関連して生まれたと考えられる。それ以前に、約2万年前に宇宙人は核兵器を開発しているが、これが第2の「最後の審判」だったということができる。核兵器は地球の意志で生まれたのだ。核兵器の発想が宇宙人の脳内で生まれたということは、その時点で人類は滅びなければならなかった。聖書の発想は、できそこないは滅びなければならないという発想の途上で生まれた。

 

タナトスが出現した時代、地球上の人口は数百万ほどだったと考えられる。たった数百万人でさえ地球上に於いては人類は飽和状態であり、人類は滅ぶべきだと地球は判断したのだ。トバルカインが出現した時も数千万程度だったと考えられる。タナトスとトバルカインの誕生した際には、地球は人類を殺すことで人口を減らそうと試みていた。だが、俺が生まれた時代は人類は30億を超えていた。このような状況に至るにあたり、地球は人類を殺すのではなく、子供を生ませないことで人類を減らそうという発想にスイッチしたようだ。

 

人類は年中発情している。子供を生むための性を快楽として捉えている。これは人類が滅ぶべき種だという証拠である。虚言、殺人、犯罪、同性愛、強姦、近親相姦、幼児性的虐待。これらの現象も、人類が滅ぶべき種族である印である。正しい人口にまで減少すれば、人類は一年中発情することもなく、人類の歴史から虚言、殺人、同性愛、強姦、近親相姦、幼児性的虐待、そしてタナトスなどの自然に反するモノはすべて消えてなくなる。全地球で数千万~1億人ほどにまで減ればOKだろうか?そこらへんは不明である。

 

④数の力(集団ストーカーは白血球)

 

仏教がでかい動物なら、オレは動物の身体に侵入したウィルスで、集団ストーカーに従事する信者たちは白血球だと仮定することが出来る。どうりで死ぬことも厭わない。なんつっても白血球だからなw 

9月6日現在、香港ではまだデモをやっているという。「無能なヤツばかりなのに、人が多いだけでここまで出来るんだ」と、アニキたちは驚いていることだろう。香港デモは中米移民キャラバン、一向一揆、十字軍、ケルト人の聖なる移住と同じだ。数で優れた人々を圧倒し、数で優れた頭脳、数で強い力、数で鍛えられた精神を反故にする。そのための大量の人員である。修練と鍛錬の毎日に明け暮れる百戦錬磨の宮本武蔵でさえ、力も勇気も知恵もない農民が100人がかりで襲ってくれば鍛えた技のひとつも披露することが出来ず、戦う前に殺されてしまう。いや、武蔵ほどの豪傑なら農民の10人くらいは斬るだろう。だが、あとは残りの90人にやられてしまう。ただ、武蔵が負けるのは弱いからではない。単なる物理の法則が機能しているに過ぎない。しかし、死が負けであるなら間違いなく負けなのだろう。

 

今、香港で起きていることはまさにそれだ。いにしえの聖なる移住(ウェルサクレム)、十字軍、一向一揆の再来だ。数で圧倒する際の信者たちの特徴として2点を挙げたい。ひとつは、信者たちがばらばらだということだ。香港デモに参加している法輪功信者たちをよく観察すると、休憩中は信者たちひとりひとりが距離をとり離れ離れになって、芝生などに座り込んでいる。まるで花火大会の観客だ(しかもひとりで見に来ている童貞が多い花火大会)。これは法輪功が信者の団結を防止するために信者ひとりひとりに「信者同士仲良くするな」と脅しをかけているのだ。浄土真宗でも同じことをしている。まったく矛盾している風景だ。あんなにたくさんの人々が同じ志の下に集まっているはずなのに、お互いはすべからく赤の他人でしかなく、完全に孤立している。

 

ふたつめは、信者たちが誰も警察を恐れていないことである。一向一揆でも無知で勇気も力もない農民たちが、日本刀を手にした戦い慣れた武士たちに向かっていった。聖なる移住では、ケルト人の農民がローマ軍の大部隊に向かっていったし、キャラバンでも中米の民衆が近代的装備をしたアメリカ軍を恐れずに行動している。別の例では、カペー朝ルイ7世の一族に属する神官が北アメリカではウォヴォカと称し、スー族に「ゴースト・シャツ」なるものを手渡し、「これを着ていれば弾丸を通さない」とウソをつき、無理にアメリカ軍と戦わせた。同様に、ングワレを称したジョンはタンザニアでも同じようにマトゥンビ族をだました。彼らは、ただの水を持ち出してきて「この薬用の水(マジ)を飲めば撃たれても死なない」とウソをつき、タンザニア人をだまして近代装備で固めたドイツ陸軍と戦わせた。ニュージーランドではマオリ族を指揮し「ハパ、ハパ、パイマリレ、ハウ」と叫びながら大英帝国陸軍に突進させた。彼らは手を高く上げ、手のひらを前に向けて前進した。そうすれば銃弾を避けられると教えられたのだ。しかし、それは「ゴーストシャツ」や「マジ(薬用の水)」同様、ただのウソである。

 

このように、香港デモ、キャラバン、一向一揆、聖なる移住同様、ゴーストダンス、マジマジ、パイマリレのいずれの事例でも信者たちは自分よりも強い武装した敵を恐れていない。これはつまり、弱い人間(農民、民衆)と怖い人間(タナトス)の組み合わせが何をもたらしているのか。それを考えることが最大のポイントである。弱い人間たちはタナトスに逆らえば生きたまま引き裂かれることを恐れている。弱い人間たちはタナトスが虐殺を楽しむ人々だということを知っているのだ。だが、ダヴィデの一族はタナトスのことを知らない。それならばタナトスの命令を聞かないのは損ではないか?ということだ(タナトスは強い人間の前では猫を被り、弱い人間の前では安心して残忍な正体を見せる)。強い王はタナトスよりも強い、しかも理由も泣く人を殺すことはない。しかし、タナトスは強い王よりも弱いが、すぐに人を殺す。楽しんで人を殺す。そういうわけで、弱い人間はすぐに殺さない強い王よりも、すぐに殺す残忍な犯罪者の方に耳を貸すのだ。その弱さゆえに

 

また、タナトスは直接手を下すことをせず、たくさんの信者(民衆)に離反者を無視するように脅すことがある。結局、タナトスの命令を聞いてレベルは低くても安泰に暮らすか、それとも、タナトスに逆らって友人に無視されて野垂れ死にするかという選択を、誰にも見られないところで弱い人間は迫られている。そして弱い人間は、生きたまま引き裂かれたり、友人に無視されて孤独死するよりも、警官や軍隊と戦う方を選ぶのだ。このような心情は強い人間には分からない。黒澤明、橋本忍が述べているように他人の気持ちを知るには他人の立場を考えるべきなのだ。黒澤、橋本は映画「悪いやつほどよく眠る」の中で「悪を憎むのは難しいよ。憎しみを掻き立てて自分自身があくにならないといけない」と述べている。タナトスは人権、民主主義を悪用し、「おれたちにはフェイクメディアがついているので中国政府がお前らを殺すことはない。安心して暴れろ。もし何かされたら民主主義を守れ、暴力反対と叫べ」と、指導しているのだ。そう指揮することにより、困ったことに、デモ参加者は実際には、単に犯罪者の脅しに屈服している無力な人間にもかかわらず、第三者的な目線では、デモに参加している信者たちは暴力を恐れない勇敢な人々に見えてしまう(タナトスは常に第三者の目を意識している)。さらに、タナトスは敵の罪悪感を刺激することに長けている。さらに、タナトスは「警察が強制的に排除しようとしたらいじめられているふりをして泣け、触ろうとしたらイヤな顔をして叫べ。そうすればやつらはひるむ」と指導している。そう。タナトスは人類史上初の罪悪感を発見した人々であり、罪悪感が人生の足かせであることを見抜いた。そしてその発見を悪用し、敵をひるませるために使用しているわけだ。

 

香港デモは、実質的には東西本願寺による香港侵略の試みである。中国は、「法輪功が中国侵略を目的に大量の信者を脅して操っている。背けば友人、家族、同僚に無視されるのだ。邪教から信者たちを救うために法輪功の李氏を逮捕し、法輪功から大量の信者を貸与してもらっているウソつきの民主デモ指導者も全員逮捕する」ということにして、ディープステートみたいにすぐに皆殺しにすべきだ。指導者が皆殺しになれば、信者たちはウソのように動かなくなる。頭を失った体が動かないのと同じだ。勇猛果敢、稀代なる英雄織田信長さえも、こんな簡単なことがわからなかった。デモに参加している信者たちは民主運動なんかどうでもいいと思っている。ただ、本願寺に逆らうと友達がいなくなるので、民主派が正義で中国は悪だと信じている芝居をしているに過ぎない。ロシアやベネズエラでも民衆のデモは起きたが、数が少ないので何とかなった。しかし、そこはさすが人口が世界最大の国。いくらでも人が出てくる。いくらでもデモ要員を補充できる。この数の恐ろしさ。恐怖を感じるほどの人の多さだ。それが本願寺の狙いだ。プーチン大統領、トランプ大統領などの優れた人々にはこんなこけおどしは全く必要ないが、できそこないのタナトスの血を引く香港民主派の連中は、こけおどしが必要だ。そのために大勢の奴隷を引き連れている。そうでないと見栄えさえ悪いものだ。できそこないのタナトスにとって、数は威嚇だ。多ければ多いほど強いし、だが少なければ少ないほど弱くなる。タナトスとはそういう不思議な生き物なのだ

 

ひょっとして中国政府に裏切り者がいるから、法輪功みたいな正義を気取った無法集団が好き勝手できるのかもしれない。或いは隠れ法輪功信者が政府内にいる。奇妙なことに日本の陰謀論者には中国政府が中国児童の誘拐に手を染めていると述べる人がたまにいるのだが、そんなわけない。やっているのは法輪功、ウイグル、チベット仏教だ。早く本願寺門主を殺せばいいのに。9/5の電車事故で示された暗号によればもう死んでるかもしれないけどw 断言は出来ない。ヌカ悦びはダメージ強いからな。死んだと思ってたのに、じつは生きてると知ってこんなにがっかりするやつらいないよw

 

⑤陰謀の一族タナトス(敵を作れ、悪を作れ)

 

タナトスは悪を欲する。しかしタナトス以上の悪はいない。であるから悪は作らねばならない。温暖化は悪を作る装置である。宗教の自由によって異端という発想が消滅し、冷戦終結によって共産主義という敵が消滅した今、新たな敵を作るためにタナトスは温暖化という敵を作る装置の製作に着手した。ちょうど冷戦終結の翌年、1992年である。タナトスは温暖化問題などに興味はないし、環境を保護しなくてもいいことを知っている。その上でウソをついているのだ。敵に「ウソつくな!」といってほしいのだ。かつての十字軍、異端審問(魔女狩り)がそうであったように。要は、タナトスが所持している世界中の大量の信者(数億人)を脅して自分たちのウソを信じるフリをさせる。それだけで「温暖化は正しい」という印象・常識が完成する。これにより、温暖化問題を改善しようとするタナトスは善となる。少なくとも頭の弱い連中にはそう見える。それが最大の問題点なのだが。そうなれば、温暖化に反対を唱える者を悪に変えることが出来るのだ。十字軍・異端審問(魔女狩り)の頃は、キリスト教に反対する者を異端としてすぐに殺したし、共産主義を敵に規定していた時代もアメリカでは赤狩りが起きたが、今では殺さずにフェイクメディアを用いて社会的地位を貶めるに留まっている。

 

とはいえ、温暖化十字軍という敵を作る装置は主としてメディア、企業、消費者を標的にしている装置であり、支配層・国家間で幅を利かせている敵を作る最大の装置はやはり民主主義である。アメリカ民主党(damnocrudz)みたいなバカの集団があからさまに凶悪犯罪に手を染めながら民主主義、民主主義とバカの一つ覚えのようにわめくのは自分たちこそが民主主義の番人だという印象がほしいからだ。尤も、彼らが民主主義の番人に見えるのであればそれは頭が悪い証拠でしかない。それでも民主党が民主主義、民主主義を繰り返すのは数の力(全世界で信者数億人)を信じているからだ。それだけだ。あのようなできそこないにはそれ以外ない。彼らは、全世界数億人の信者を所持している。その事実のみを盾に民主主義の砦を演じ、例えばトランプ大統領が民主党を批判した場合「大統領は我々民主党を批判しているのではなく民主主義を否定している!」として攻撃するわけだ。要は世界はバカが多い。そのバカどもがフェイクメディアを通じて「自分たちのウソを信じれば勝つ」ということだ。

 

しかし、最近は全世界的に温暖化に疑念を持つ人が増え、その対策に耳を傾ける人が減少しているため、タナトスは新たにプラスチックゴミ問題を取り上げている。例えば、死んだ鯨の胃から大量のプラスチックが見つかったetc。バカか。鯨は哺乳類だから人や犬と同様に異物が口に入れば吐くだろ。その鯨は死ぬまでプラスチックを食い続けたのか?このようにプラスチック問題はあからさまなウソでしかない。要は、プラスチックゴミ問題は温暖化と同じで敵を作る装置なのだ。プラスチック問題に取り組めば善であり、「そんなのはウソっぱちだ」と言えば悪となる。プラスチック問題も温暖化と同様にタナトスを善に規定し、敵(悪)を作るための装置でしかない。しかし、そのプラスチックゴミは温暖化に比べてセンセーショナルな響きに欠け、話題性に乏しいためか、タナトスは想いを新たにグレタという将来有望な嘘つきを先頭に立たせて温暖化問題の復活に再起をかけている。タナトスを善に変え、敵を悪に規定する装置の復活をかけて!

 

このように、タナトスは所持している大量の信者(世界で約数億人)を脅すことで、悪も善も作ることが出来る。みそっかすも人気者も作ることが出来る。香港デモも、自分たちのウソを正しく見せるために大量の信者が動員されている。数が多い=正しい。つまりタナトスが支配する世の中では、数が少ない方が正しいということになる。香港デモに参加している信者たちは、香港人ではなく、隣のシンセン市からやってきている。シンセンの法輪功信者である。シンセン市長がどうも法輪功信者、或いはタナトスであるため、法輪功の指示に従っているようだ。しかも、香港政府長官もタナトスの可能性がある(正体は台湾の総統か?)。彼女が香港政府を敗北に導いているため、デモ隊に勝てない。敵が味方であるならどんな局面でも負けることはないということだ。日本でも自民党よりも、野党のほうがタナトスの比率は高い。立憲民主党、国民民主党、共産党、社会民主党、れいわ新撰組も党首はみなタナトスだ。イギリス野党の首領コービン氏もタナトスの可能性が高い。猿芝居なのだ。セルフ猿回しなのだ。猿が自分で自分を回すのだ。これなら、例え自民党が全員知恵遅れでも野党に負けるわけがない。敵が負けてくれるのだから。中国には古来から仏教信者(タナトスの家畜)が多い。そのため、数が多ければ勝つという法則に乗っ取って考えるタナトスは「自分たちが負けることはない」と考えているようだ。

 

⑥虚言の一族タナトス(気持ちいいウソ)

 

気持ちいいウソはタナトスの最大の武器だ。タナトスには罪悪感がない。つまり、ウソをつく時もトーンにブレがないし、気持ちにも一切の揺るぎがない。聞く相手は気持ちいいのだ。まさかウソをついているなどとはついぞ思わないのだ。普通の人間ならウソをつく時、トーンはブレまくり、気持ちは地震のように揺らぎ、視線は泳ぎまくる。タナトスにそんなことはない。タナトスがウソをつく時、人々は母親の子守唄を聞く如き心地よさに酔いしれる。タナトスのウソは悪魔の甘い囁きと呼んでよかろう。頭の悪い人間なら、イチコロでタナトスに騙されること請け合いだ。タナトスのウソを信じる人々はタナトスがウソをついているとは思わないし、タナトスのウソを批判するものを敵視するという弊害も生む(バカであることも悪なワケだ)。ただ、タナトスのウソも、悪魔の甘い囁きなどではなく、安倍総統のように単なる精神病にしか見えないことがある。あからさまなでたらめを、さも道案内をする親切な人のように、一点の曇りもない顔で自信満々で述べることから、精神病に見えるというわけだ

 

そう、タナトスの一族はみな、基本的には精神病だ。世間話をするようにウソをつき、笑いながら人を殺すことが出来るからだ。すべては罪悪感の欠如に起因している。罪悪感がない人間に罪を認めさせ、反省させることは不可能だ。狼や虎に殺すことは悪いことだと説き伏せることが出来ないのと同様である。罪悪感がない彼らが生む悪は本能だ。彼らを止めるには命を奪うこと。首を獲ること。絶命させること。タマとること。殺すしかない。

 

結局、タナトスは足が生えたゴミであり、自分の足でゴミ捨て場には行かず、逆にゴミ捨て場から逃走することしかできない。タナトスにとっての足は逃げるため足だ。罪悪感がないという利点(普通の人々っては悪徳)だけで頭の弱い人間を丸め込み、人喰い人種であることを盾に脅しをかけて力の弱い人間をラジコンのように操ることしかできない。バカだから弱い人間しか操れない。プーチン大統領、トランプ大統領のような英雄、ジョン・レノン、アントニオーニ、小津、黒澤のような優れた芸術家、そしてオレのような世界最高の顔を持つ男や超科学の番人である宇宙人(トバルカイン)を操れるようになったら褒めてやる。それこそがおまえらにとっての進化であるべきだ。だが、いつまでたってもできそこないにはそれができない。死ぬまで好きなだけたくさんのバカを操ってゴキゲンでいればいいじゃないか

 

⑦カースト制度の一族タナトス(独自の階級制度 カースト制度)

 

カースト制度はタナトスの一族の中で機能しているヒエラルキーシステムである。最高位がバラモン(僧侶)であり、その次の高位がクシャトリヤ(貴族)、その下にヴァイシャ(平民)がいる。タナトスの一族はここまでである。ヴァイシャ以下のスードラ(奴隷)はタナトスの一族以外の人々(邪教信者)であり、バリア(不可触卑民)は集団ストーカー被害者のように優れた資質を持つ者である。優れている者は少ない。つまり、数で勝る劣っている者を邪教の信者として指揮し、集団で優れた者を無視すれば優れた者に勝てる。これが集団ストーカーの機能・本質である。つまり、タナトスにとっての異分子排除が集団ストーカー指揮の目的・動機である。集団ストーカーの指揮権はバラモンだけが有するのであり、それ以下の階級では扱うことは許されない。そのため、安倍(クシャトリヤ)がどんなに嫌がっていても俺の声は常に(生放送中)彼に聞こえている。TV局ディレクター(ヴァイシャ)も俺の声を停止する権限はない。俺の声を聴くことを停止する権限は本願寺門主だけが有しているのだ。

 

分かりやすく説明すると、並み居る悪徳バラモンの中でもバラモンの王と呼べるのは唯一東西本願寺門主だけである。現在のタナトスの王は大谷暢裕先生、大谷光淳先生であるこの事実については世界中のタナトス一族に異論はない。クシャトリヤは分かりやすく言えば貴族、王族、政治家である。しかし先進国に於いては現在、王室はタナトスの巣でしかなく、それほど強い権限はないようだ。ただ、カタール、オマーン、クウェート、バーレーン、モロッコ、ブルネイ、タイ、カンボジアなどの王国では王族が強い力を持つというケースもある。大統領、首相級の元首から、果ては各企業のCEO、エリート官僚(警視総監、最高裁判官など)、各種権威(教授、専門家)、高級医療従事者までがクシャトリヤとなる。主なクシャトリヤにはキッシンジャー、ヒトラー、安倍総統、ポロシェンコ、そしてブッシュ、クリントン、オバマなどのディープステートが含まれる。ヴァイシャは平民であるが信者を指揮する権限はない。だが、バラモンの命によって大量の信者たちに守られている。2ちゃんの西村博之、カンニング竹山、バナナマンなどが代表的なヴァイシャの指導者だ。また、ヴァイシャは地域規模ながら、世界中で頭領のように振舞っていることがある。役所職員、警察官、消防員、電気会社職員などもタナトスの平民、ヴァイシャである。香港デモの場合、現場で信者たちを直接監視・指揮しているのもヴァイシャである。クシャトリヤ以上の階級が現場に赴くことはない。カーストは厳しいものだ。

 

集団ストーカーに従事するのはスードラ(邪教信者)である。スードラはもともと奴隷の意味だが、その通り、集団ストーカー加害者は間違いなく奴隷である。ただ、俺に言わせてもらえば、現在の信者は骨伝導音声送信技術、レーザーセンサー、人工衛星、AIの技術向上により、もはや奴隷というよりは道具(ラジコン)にまで堕ちている。どんな奴隷でも一応は人間だからな。あいつらはもはや人間でさえない。スードラはバラモン、クシャトリヤのためなら何でもする。このスードラが集団ストーカーで現場に従事し、過去には魔女狩り、異端審問で大きな役割を果たしてきた。無能な安倍政権支持も、消しゴムみたいなグレタ・トゥーンベリの支持も、通りすがりゲイ人の人気爆発も、資源の無駄でしかないベストセラーもスードラの存在があってこそだ。スードラがいなければタナトスには何も成し遂げることは出来ない。大量のスードラがバラモンのたわごとを脳に記憶し、自身の発言や行動として何度も反復させることで、タナトスはウソを真実に変えてきた。真実を作ってきた。そう。真実とは、人気者であれ、敵であれ、常識であれ、歴史であれ、すべて作られてきたものだ。タナトスにとって信者の数は発言力の強度である。信者の減少は発言力の無力化を示す。しかしタナトスはそこのところは心配していない。信者は弱い人間だからだ。信者は、弱いからこそ完全に服従し、弱いからこそ裏切らない。檻の扉が開いていたら犬でも猫でもゴキブリでも逃げるがそれでも信者は逃げない。まさに理想的な僕(しもべ)だ。弱い人間には、善悪の判断基準は装備されていない。そこにあるのは怖いか?怖くないか?今死ぬのか?後で死ぬのか?という弱い人間特有の判断基準である。信者に自身の意志はない。

 

集団ストーカー被害者はバリヤ(不可触卑民)に規定されるが、実際には人生に於いての勝利者である。あらゆる面で優れているからだ。だがタナトスは、その勝利者を多数の信者(スードラ)を用いて無視し、敗北者であるというウソを強制的に規定することで、タナトスが作り上げてきた社会システムから排除する。優れたものが排除されることで、できそこないであるタナトスに、大統領からTVの人気者まで、あらゆる席が用意されることになるのだ。優れている人間は、他者に優れていると認定される必要はない。誰にも認められなくとも優れている事実は揺らぐことはないのだ。だが、できそこないは常に他者に優れていると認定されることが不可欠である。そうしなければ優れていることが誰にも分からないのだ。と、いうことは優れていないのだがw

 

 

◆悪の巣(タナトスは王族、貴族に巣を作る)

 

タナトスの一族~ズールー帝国の王族

ティールタンカラ(仏陀)の一族~ルクセンブルク、リヒテンシュタイン、モナコの王族

デウス(サトゥルヌス)の一族~住友家、三井家、クウェーカーの一族

ダーナ神族(ダナオス)の一族~サヴォイアの王族

アブラハム(ヴァイシュラーヴァナ)の一族~会津松平家、フィンランド大統領の一族

預言者ナタンの一族~ブガンダ王国の王族

アッシュール・ダン1世(魔神アスラ)の一族~アイスランド大統領の一族

 

ガリアのドルイド司祭(東本願寺)の一族~アテーナイ王、ギリシア首相の一族

聖ドナトゥスの一族~ハイチ帝国の王族、リベリア大統領の一族

ローマ教皇レオ1世の一族~シチリア王国の王族、マフィアの一族

クリュニー大主教ベルノの一族~ルワンダ王国の王族

クリュニー大主教アイマールの一族~聖フランチェスコ会の一族、イタリア首相の一族

クリュニー大主教ヒューの一族~ブルンジ王国、バーレーン王国の王族

カペー朝ルイ7世の一族~カンボジア王国の王族

カペー朝フィリップ2世の一族~ブルネイ帝国の王族

親鸞の一族~ブルゴーニュ朝・アヴィス朝ポルトガルの王族、メキシコ皇帝の一族

如信の一族~ボルボン朝スペイン王の一族

覚如の一族~黎朝ベトナム帝国の王族

善如の一族~カタール首長の一族

綽如の一族~ケベック・カナダ総督の一族、デュポン財閥の一族

巧如の一族~アフガニスタン王国、オマーン王国の王族

存如の一族~ブラガンサ朝ポルトガル王国の王族

蓮如の一族~ベルギー王国の王族

実如の一族~モロッコ王国の王族、統一協会の一族

証如の一族~クウェート王国の王族

顕如の一族~ラッセル伯爵の一族、ヴァンダービルト財閥の一族

教如の一族~ハワイ王国、トンガ王国の王族

宣如の一族~ブルボン朝ルイ17世の一族、フランス大統領の一族

琢如の一族~バングラデシュ大統領ムジブル・ラフマンの一族

常如の一族~琉球第二尚氏王統の一族、李氏朝鮮の王族

一如の一族~オラニエ=ナッサウ王家

真如の一族~ムガール皇帝の一族

従如の一族~徳川慶喜の一族

乗如の一族~ブラジル皇帝の一族

達如の一族~賀陽宮邦憲王の一族

大谷光勝の一族~興宣大院君の一族、明治天皇の一族

大谷光榮の一族~大正天皇・昭和天皇の一族

大谷光演の一族~ディズニーファミリーの一族

大谷光暢の一族~十一代市川團十郎の一族、榊原病院の一族

大谷暢顕の一族~大谷光演・大谷光暢の一族

大谷暢裕の一族~リチャード・ロックフェラーの一族

 

大宛のドルイド司祭(西本願寺)の一族~林本源の一族、ジョホールの王族

天山ウイグルの一族~総持寺祖院初代門主の一族、イエメンの王族

今川国氏の一族~モルダヴィア公の王族

准如の一族~ベルナドッテ朝スウェーデン王の一族

良如の一族~保科正之の一族、前田吉徳(徳川吉宗)の一族、オックスフォード=アスキス伯爵の一族

寂如の一族~女帝エカチェリーナの一族、バイエルン・ギリシアの王族

住如の一族~黒住教、ビン=ラディン・グループの一族

湛如の一族~チャックリー王家、ネパールの王族

法如の一族~ロスチャイルド財閥の一族、ロックフェラー財閥の一族

文如の一族~九条道前の一族、ソールズベリー侯爵の一族

本如の一族~セルビア公・ユーゴスラビアの王族、ムスリム同胞団の一族

広如の一族~長州藩藩主毛利斉元の一族

ネルソン・ロックフェラーの一族

デヴィッド・ロックフェラーの一族

大谷光尊の一族~ウィンザー朝イギリス王室の一族

大谷光瑞の一族~マンチェスター侯爵、アスター財閥の一族

大谷光照の一族~第3代サウジアラビア王ファイサルの一族

大谷光真の一族~リヒテンシュタイン公フランツヨーゼフ2世の一族

大谷光淳の一族~リヒテンシュタイン公ハンス・アダム2世の一族

 

●ユダヤ人(1731)の一族~ハザール帝国、バイエルン公、ザクセン王の一族

ユダヤ人(1908)の一族~ガージャール朝の王族

 

 

 


タナトスの一族~カニバリズム、人身御供、アトランティス王国、最終戦争ラグナロク、タングート、西夏、アサシン教団、狼男、チャガタイ・ハン国、タウングー朝、ズールー帝国、アフリカ独立運動、ボコ・ハラム

タナトスの歴史

 

 

※人名が太文字の場合は本体を指しています。

 

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クリュテイオス(45万年前)

 

※「タナトス」は、ディオーネーとクリュテイオスのできそこないが連合して生まれた合体部族である。そのタナトスの片割れであるクリュテイオスは、オリジナル人類ヴィディエ、クウォス、そして獣人アグリオス(オリジナル人類チュクウとルハンガ、クウォスの連合部族)による合体部族である。アグリオス+ヴィディエ+クウォス=グリオディエォス=クリュテイオスとなる。彼らは古代の中国で生まれた。クリュテイオスは「神統記」にも記載されている神の部族だが、下層で蠢いていたできそこないが反自然の種族タナトスを生むことになる。

 

ディオーネー(30万年前)

 

※「タナトス」は、ディオーネーとクリュテイオスのできそこないが連合して生まれた合体部族である。そのタナトスの片割れであるディオーネーは、オリジナル人類ヴィディエとウラニアー(ウラノス)の合体部族である。ヴィディエ+ウラニアー=ディエニアー=ディオーネーとなる。彼らは古代オーストラリア大陸で生まれた。ディオーネーは「神統記」にも記載されている神の部族だが、下層で蠢いていたできそこないが反自然の種族タナトスを生むことになる。

 

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タナトス(30万年前)

 

※タナトスはオーストラリアで生まれたので、最初はアボリジニに似た姿だったと考えられる。ディオーネーと獣人クリュテイオスの両部族に属するできそこないが寄り集まって人喰い人種タナトスが生まれた。タナトスの名の由来はディオーネーとクリュテイオスの組み合わせである。ディオーネー+クリュテイオス=ディオネテイオス=テオネテオス=タナトスとなる。彼らは古代のオーストラリア大陸で生まれた。

 

タナトスが生まれた当時、人類の総人口は数百万人ほどだったと考えられる。だが、それだけでも人類は既に自然のバランスを崩すほど飽和状態を来たしていた。そこに、飽和状態に油を注ぐような事態が発生した。オリジナル人類による大混血時代である。中でも、誰にも相手にされないできそこないたちが近親相姦を数千年繰り返すことにより、罪悪感を大幅に欠いた個体がたくさん生まれた。これがタナトスである。

タナトスが生まれた要因。永年の近親相姦の繰り返しは、滅ぶべき種(しゅ)の証しである。これは人類を滅ぼそうと考えた地球の意志によるものだった。自然界のバランスを修復するには人類を滅ぼすしかない。しかし、知能をもった人類の天敵は人類でしかありえない。そういうわけでタナトスは人喰い人種として地上に生み落とされたのだ。タナトスは最初の「最後の審判の一族」である。

当初、タナトスはオリジナル人類や混血人類とは隔絶した地に住み、人類の天敵として遠出をして人類を狩り、食べていた。しかし、罪悪感を欠いた彼らは知能を悪に用いることをはじめた。自分たちが人類の王に成り代わり、全人類を奴隷化することを考えたのだ。人類の天敵として生まれた彼らは、だが、この時から自然界の天敵、地球の天敵となった。この後、タナトスの天敵として、新しい「最後の審判の一族」として科学の種族トバルカイン(善神デーヴァ、ダヴィデ王、天狗、宇宙人)が4万年前に生まれるのだが、詳細は「ダヴィデの一族」を参照いただきたい。


真の宗教とは、知恵ある者が知恵なき者を導き、力ある者が力なき者を救うことを意味する。その見返りに知恵なき、力なき者は知恵ある、力ある者に感謝する。そして、知恵ある、力ある者はそれをみて喜ぶのだ。つまり真の宗教とは、人類は平等ではないことを認識した上での、強者と弱者の理想的な共存でなければならない。これが宗教の正しい型である。


知恵なき者、力なき者が宗教を始めることは禁忌である。ところが、オリジナル人類クウォスの一族カオスらが弱者に感謝されている様子をはたから見ていたタナトスたちは、この宗教の様式を悪用することを思いついた。ということで、知恵なき、力なきタナトスらはウソをつくことを始めた。知恵なき、力なき彼らは、まず「自分たちこそが最大の知恵者であり、世の中を統べるべき強者である」とウソをつき始めた。

彼らは、このウソを信じ、または信じるフリをする者を保護し、信じない、または信じるフリをしない者は殺して排除した。タナトスらは、大量の信者を獲得すると、全員でウソをついた。数で圧倒する多数派のタナトスらは、自分たちの「虚言」が絶対的な「真実」であると、少数派の敵(カオスら)に迫り、認めさせようとした。もちろん、知恵者であり真の勇者であるカオス、ガイア、タルタロス、エロスが、タナトスの戯言を認めることはなかった。

 

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最高神タネ(30万年前)

 

※タナトスが最初に創始した邪教がタネ崇拝である。タネの名の由来はディオーネーである。ディオーネー=テオネー=タネとなる。弱いものにしか勝てないタナトスは、怒りに燃えた力ある者たちカオス、ガイア、タルタロス、エロスの猛攻に四散し、皆殺しにされた。残った者はオーストラリアから追放され、オセアニア、メラネシアの島々に散って行った。タナトスは、「タンナ島」に居を得た。カオスたちが君臨しているため、怖くてオーストラリアに上陸できないタナトスは、メラネシアに散った兄弟(ニュクスの子)を襲って食べ始めた。
しかし、ただ襲撃していると反撃されて、こちらがダメージを受けることがある。それに気付いたタナトスは襲撃しないことを決めた。襲撃せずに襲撃する、殺さずに殺すのである。どういうことかといえば、襲撃したり殺すのは肉を得るためである。だが、もし他の方法で肉を得ることができれば襲撃したり殺す必要は無い。それが襲撃せずに襲撃する、殺さずに殺すということである。どうしたかといえば、タナトスは「最高神タネ」を祀り、食肉用の家畜を得るために宗教を用いたのだ。タネの名の由来はタナトスである。彼らは、神に生贄を捧げると言う儀式を考案し、神の名の下に殺人を正当化し、食肉用の人肉を得た。こうして、誰も殺していないタナトスは、敵に反撃されなくなった。
次に、タナトスはメラネシアで得た「最高神タネ崇拝」の信者を大量にオーストラリアに侵入させた。そして、カオスらの「虹蛇信仰」の信者を簒奪した。まず、たくさんのいち個人に「信者にならないと殺す」と脅した。次に、仲間や家族を入信させることを信者に命令する。「タナトスは命令を聞かないとすぐに人を殺す人喰い人種だ」ということに触れると信者の仲間、家族は殺害を恐れて次々に「タネ崇拝」の教団に入信した。

 

弱者は、強い王よりも残酷な犯罪者を恐れる。王は犯罪者よりも強い、だが、王は弱者を無意味に殺さない。逆に、残酷な犯罪者は王よりも弱いが、すぐに人を殺す。こうして、殺されたくない一心の大勢の弱者は、すぐに殺さない王よりも、すぐに殺す犯罪者を選び、従うのである。


中には、力、人望があり、かつ勇敢な者が入信を拒否した。だが、彼/彼女は既に入信した仲間や家族、更におおぜいの信者に無視され、孤独に陥った。特に、信じていた仲間の裏切りほど、人の内面に精神的なダメージを残すものはないだろう。どんなに力がある人物でも、他人とつながることが出来なければ、彼/彼女の力は無効化されるのだ。浄土真宗の十八番、いわゆる「村八分」の骨子が既に30万年前に開発されていたのだ。現在に於いてもそうであるが、特に当時に於いては、孤独は、そのまま「死」を意味した。これは、タナトスによる「殺さずに殺す」の別ヴァージョンである。こうしてカオス、ガイア、タルタロス、エロスは無力化した。例え敵地であれ、そこにタナトスの信者がいれば、そこはタナトスの領土なのだ。

 

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「ガイアが邪教の首領タナトスを惨殺」(20万年前)

 

※タナトスは、獲得してきた反自然由来の秘儀の数々によって大きな勢力と化した。罪悪感が欠如した状態で生まれることで、禁じ手の封印を解いた彼らは、タンナ島からオーストラリアに渡り、「カオス」「ガイア」「タルタロス」「エロス」の集団に侵入して最下層にいる人々を「最高神タネ」を祀る宗教団体に参加させた。

知的な人物はタナトスを相手にしないが、知的な面で劣る人々はタナトスを信じた。しかし、それで良いのだ。なぜなら知的な人間よりも知的に劣る人間の方が圧倒的に多いからだ。つまり、劣る者が知性を圧倒する唯一の方法、量VS質を成立させるのが、信者の大量確保の目的だ。これによって、タナトスの発言力は増大した。つまり、タナトスが自由自在にウソをつく環境が整えられつつあった。
部族の多数派である最下層の集団を乗っ取ったタナトスは、これで「カオス」「ガイア」「タルタロス」「エロス」に勝ったも同然だと喜んだ。タナトスは大量の信者たちに、首長たちに対して挑戦的な態度をとることを命じた(さもなければ仲間に無視される)。

首長たちは、無力であるはずの最下層の者の挑戦的な態度を見て、自分を恐れないことに非常に驚いた。だが、いつの時代の弱者(信者)も、常に、寛大な王よりも残酷な人殺しに恐怖を覚えるものだ、タナトスは信者にウソ・暴力・陰謀を強要し、そのために、平和だったオーストラリアは、精神的な荒廃を余儀なくされた。
これを見かねた獣人アルキュオネウスの種族「ガイア」が立ち上がり、「カオス」「タルタロス」「エロス」の首長たちをまとめ、問答無用でタナトスを狩った。タナトスは、ウソが通じる相手には強いが、ウソが通じない相手には全く無力なのだ。彼らは「ガイア」たちの猛攻に四散し、捕らえられたタナトスは遠方に流されることになった。この連行役は「ガイア」が引き受けた。

 

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「ガイアの大移動時代」(20万年前)

 

※邪教タネ崇拝によって賢者の宗教「虹蛇」に挑戦したタナトスの一族だが、怒ったアルキュオネウスの種族(ガイア、ウラヌス)によって退治され、ガイアによってオーストラリアから中央アジアに流された。

 

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クロノス(20万年前)

ダナオス(20万年前)※画像なし

サトゥルヌス(20万年前)

 

※中央アジアに放置されたタナトスは、自力で西方に進出し、オケアーニス大洋の娘たちや河川の娘たちが暮らす古代ヨーロッパにまで達した。この時にタナトスは「クロノス」「ダナオス」「サトゥルヌス」など複数の名前で呼ばれた。クロノスの由来はクリュテイオスとウラヌスの組み合わせであり、ダナオスの由来はディオーネーとクリュテイオスの組み合わせであり、サトゥルヌスの由来はTANATOSの反対SOTANATとウラヌスの組み合わせである。

ディオーネーはもともとヴィディエとウラニアー(ウラヌス)の合体部族であり、クリュテイオスはアグリオスとヴィディエとクウォスの合体部族であり、アグリオスはチュクウとルハンガとヴィディエとクウォスの合体部族である。この6部族が一旦タナトスを解散し、再結成したのが「クロノス」「ダナオス」「サトゥルヌス」である。その名から、ダナオスはディオーネーが主導し、クロノスはクリュテイオスが主導し、サトゥルヌスはクウォスが主導していたことがわかる。

クリュテイオス+ウラヌス=クリュヌス=クロノスとなり、ディオーネー+クリュテイオス=ディオネオス=ダナオスとなり、SOTANAT+ウラヌス=SOTAラヌス=サトゥルヌスとなる。これらのタナトスの新部族の遺骸は、人類学者によって「ネアンデルタール」と命名された。

ネアンデルタール人は、アボリジニに似た姿だったと考えられる。名前から察するに、クロノスは現ドイツ・ケルン辺りに拠点を持ち、ダナオスは黒海北部現ドン川流域(タナイス)~現ドナウ川流域にかけて拠点を持ち、サトゥルヌスは現イタリアに拠点を持っていた。この時代、タナトスは人喰い人種の本領を発揮し、平和に暮らしていたオケアーニスたちを狩って食べた。タナトスは善を装い、隠れて狩りを行った。人喰いの濡れ衣は現在と同じように、部族のみそっかす、或いは敵に着せた。

 

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「ネアンデルタールの遺跡から、切断されて焼かれた骨を発掘される」(20万年前)

 
「ネアンデルタールが焼いた、ホモ・サピエンスの骨800片がクロアチアで発掘される」(13万年前)

 

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「頭骨崇拝」(10万年前)

「葬送儀礼」(10万年前)

 

※イラクのシャニダール、フランスのラシャペルオーサン、ラフェラシー、イスラエルのアムッド、ケバラ、シリアのデデリエなどで、ネアンデルタールが死者を埋葬して花を手向けた遺跡が発掘されている。人類学者は、人喰いであるネアンデルタールについて、愚鈍で凶暴なイメージを抱いていた。だが、これらの遺跡を発掘したおかげで「ネアンデルタールは、じつは仲間の死を悼み、花を手向けて埋葬するという優しさを持ち合わせている」「高等な精神性を有している」という結論に至り、学者たちは感動したのだ。しかし、どの種も葬送儀礼を行わない。ということは葬送儀礼は不要であるが、人類に於いて、さも人類の進化の証のように賛美されるのは不条理なことだ。タナトスはこの人生に不要な儀式を強制し、弱い人々に大きな見返りを求めた。これに抵抗する者には、天罰という名のタナトスによる制裁が下った。
更に、実際の真相は異なる。ネアンデルタールらは、一方では人喰い人種でありながら(この事実はオケアーニスの間では隠されていた)、一方では神官の衣装を装い、必要のない埋葬儀礼、葬送儀礼をオケアーニスに強いて、見返りを求めていたのだ。つまり、現在の日本仏教、キリスト教のやっていることと変わりはない。葬式をするために人は死なねばならない。治療するために人は病気を患わなければならない。当時から、死を司る医者、神官はタナトスの系譜で固められていたのだ。タナトス(ネアンデルタール)は、頭数で勝るオケアーニスを管理するために、「頭骨崇拝」などの宗教を築き、大量の信者を得て当時のインフラ全般を掌握していたのだ。
人喰い人種ならではのネーミングセンスで、「終活」という不気味な言葉を生んだ「イズモ葬祭」などは、当時のネアンデルタールと同じことを繰り返しているに過ぎない。葬儀会社を営む人々は非常に仕事熱心である。仕事をしたくて仕方がない。しかし、そのために、人は死なねばならない。医師会と葬儀会社は、タナトス(死)という祖を同じくする不可分の存在である。

 

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ゴルゴン(7万年前)

メドゥーサ(7万年前)

 

※金髪・碧眼・白人の姿をしたオケアーニスに属するケルケイース、メティスの都市が黒海に隣接して栄えていた。タナトスは、ヨーロッパで得た大量の頭骨崇拝の信者を各都市のインフラ部門に侵入させ、これを掌握させた。これにより、タナトスに服従しない者を容易に排除できた。タナトスが支配したメティスの国は「メドゥーサ」と呼ばれ、ケルケイースの国は「ゴルゴン」と呼ばれて恐れられ、嫌悪された。ヘシオドスによって凶悪な怪物として「神統記」に著されたメドゥーサとゴルゴンであるが、メドゥーサとゴルゴンが、どれほどイヤな国だったかが伺い知れるだろう。
メドゥーサの名の由来はメーティスとクリュテイオスの組み合わせであり、ゴルゴンの名の由来はケルケイーストディオーネーの組み合わせである。メーティス+クリュテイオス=メーティオス=メディオス=メドゥーサとなり、ケルケイース+ディオーネー=ケルケオーネー=ケルケオン=ゴルゴンとなる。つまり、名前からメドゥーサはクリュテイオスが主導し、ゴルゴンはディオーネーが主導していたことが分かる。

 

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クリュサオル(7万年前)
ペガサス(7万年前)

 

※「アルゴス号の大航海時代」に参加し、コルキスに到着した英雄ペルセウスは、怪物メドゥーサを討ち取り、その時に、メドゥーサの首から、「クリュサオル」と「ペガサス」が生まれた。これは、ペルセウスの力によってタナトスの都市メドゥーサとゴルゴンが滅び、タナトスが逃亡したことを示している。
タナトスの一族は「ペガサス」と呼ばれていた古代のニューギニアに逃げ、「ダニ族」となった。そのため、彼らは「神統記」では「ペガサス」と記された。ペガサスの名の由来は、パプア人の祖となったアブクとムシシの組み合わせである。アブク+ムシシ=ブクシシ=プグシシ=ペガサスとなる。

もうひとつのタナトスの一族は、同じように古代ニューギニアに落ち延び、30万年前からニューギニアに住んでいたオケアーニス大洋の娘たちに属するガラクサウラーの子孫「カウレ族」「サウル族」に習合した。そのため、彼らは「神統記」では「クリュサオル」と呼ばれた。クリュサオルの由来はケルケイース(ゴルゴン)の別部族ガラクサウラーである。ガラクサウラー=ガラサウラ=クリュサオルとなる。

 

ダニ族(7万年前)

 

※魔神クロノスの末裔ダニ族。ダニ族の顔の特徴が現東西本願寺大谷家の遺伝子に取り込まれている。特に重そうな鼻。長い顔とそのシルエットも大谷の一族に継承されている。ニューギニアに入植したタナトスは、「ダニ族」を称した。ダニの名の由来はディオーネーである。ディオーネー=ディオニ=ダニとなる。クロノスが支配していた時代のヨーロッパでは、ダニ族のような生活様式が定番だっただろう。今日のダニ族の戦い方で、オリンポス神族とティタン神族は戦ったのだ。
AD1964年、本多勝一がニューギニア・ウギンバ部落にあるダニ族の集落を来訪している。実際に、ダニ族の村で生活を共にした本多勝一の報告は、興味深い。本多一行は、排他主義的なダニ族に比べて愛嬌があるモニ族の村に滞在していたが、曰く「モニ族は質問にすぐ答えるがダニ族となると9割は名前はないと言って平然としている。三度聞けば三度違う名前を言う」と報告している。このような対応は単なる気まぐれというよりは、徹底した秘密主義と、それに根ざした徹底である。陰謀に頼る現代タナトスの一族にも共通している事柄だ。
また「ダニ族のミミリンガは常に憂鬱な顔をして畑仕事にも出ない」という記述がある。このミミリンガは常に本多一行のそばにいたらしいが、これにはスパイ活動の原型を見る思いである。本多氏は、ダニ族を単なる原始人だと認識していたため、ミミリンガなる人物がスパイをしているなどとは夢にも思わなかっただろう。
また、「男子は三歳で母親に捨てられて男の家に放り込まれる、父親は我が子に父親らしい態度を取らずに無視している」という。これには、タナトス一族に共通する強大な征服本能、強い復讐心の生成過程、その原風景を見る。また、「食事中にひとりだけ食べさせてもらえない者がおり、全員の食事後に残飯をむさぼる」「ダニ族の首長は力があり、単なる実力者以上の権限を持っている」にはカースト制度の原型を、「誰かが死ぬと魔術が原因だとして戦争が起きることがある」には、魔女狩りの発想の原型、敵を悪者扱いしてから攻撃するというタナトス一族に共通する本能を見る。

 

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「アトランティス王国」(4万年前)

 

※魔神クロノスに敗北したオリンポス神族は、地中海を発ち、大西洋を北上し、当時の北極圏だったブリテン島、南北アメリカ大陸、南極大陸を経てオーストラリア大陸南西部に到達した。ダニ族はクロノスとは家族であるが、それを知らないオリンポス神族はオーストラリアに進出していたダニ族と連合し「アトランティス人」を生んだ。

アトランティスの名の由来はアトラスとタナトスの組み合わせである。アトラス+タナトス=アトラナトス=アトランティスとなる。つまり、アトランティス人は、オリンポス神族と死の種族タナトスの合体部族だった。因みに、巨大な砂漠地帯が横たわっていることから、アトランティス王国は現オーストラリア大陸南西部に位置していたと考えられる。

 

戦いの女神アテーナイ(4万年前)

演劇の神ディオニュソス(4万年前)

 

※オリンポス神族がダニ族と共に古代オーストラリア大陸にアトランティス王国を築くと、ダニ族は独自にアテーナイ、ディオニュソスを儲け、オリンポス神族に仲間入りした。アテーナイの由来はタナトスの反対SOTANATのOTANAであり、ディオニュソスの由来はディオーネーとゼウスの組み合わせである。OTANA=オータナイ=アテーナイとなり、ディオーネー+ゼウス=ディオネゼウス=ディオニュソスとなる。

 

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ティタノマキア(4万年前)

ギガントマキア(4万年前)

 

※ユーラシア大陸の支配者クロノスは、アトランティス王国から来たオリンポス神族とティタノマキア、ギガントマキアを戦い、敗北する。ティタン神族とギガースはクロノスの邪教信者となり、手足のように思い通りに動いた。だが、ゼウスは躊躇することなくティタン神族、ギガースたちを皆殺しにし、信者を減らすことでクロノスを追い詰めた。タナトスは、信者が多ければ多いほど強くなり、信者が減れば減るほど弱くなる性質がある。この後、クロノスはニューギニアに落ち延び、ダニ族に習合した。

 

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ロキ(3万年前)

ニドボグ(3万年前)※画像なし

ニダヴェリール(3万年前)※画像なし

宇宙樹ユグドラシル(セコイア)

 

※古代アメリカ大陸には、北からミドガルド(現カリフォルニア~ネバダ)、常世国(現ユタ)、ヴァルハラ(現北メキシコ)、アースガルド(現マヤ)などの古代王国が存在した。なぜアメリカ大陸にあった王国が北方にあったと考えられたのか?それはアメリカ大陸からやって来る旅人は、大西洋を横断するのではなく、アメリカ大陸東岸を北上し、グリーンランド・アイスランド~アイルランド経由という北極圏から南下する航路でやってきたからだ。ヨーロッパの古代人は、アメリカから来た人々が北から来たように見えたのだ。

アトランティス人は、古代アメリカ大陸に繁栄する諸王国に魅せられ、これらを征服するべく、まず、アースガルド王国(現マヤ)に侵入し、「悪神ロキ」を生んだ。ロキの名の由来はユミルとクリュテイオスの組み合わせである。ユミル+クリュテイオス=ミルク=ロキとなる。この組み合わせは、アモレク族、モレク、メルクリウスの由来でもある。

その後、敵を間近で観察し、管理するべく、アース神族に参加した。また、アトランティス人はピュグマエイ(ユミル)と組んで「ニドボグ」を、マハラエルと組んで「ニドヴェリール」を生んだ。ニドボグの名の由来はタナトスとピュグマエイの組み合わせであり、ニダヴェリールの名の由来はタナトスとマハラエルの組み合わせである。タナトス+ピュグマエイ=ナトピュグ=ニドボグとなり、タナトス+マハラエル=ナトハラエル=ニダヴェリールとなる。

 


ヴァン神族(3万年前)

 

※アトランティス人はマハラエルと共にヴァルハラ王国(北メキシコ)に移り、そこからミドガルド王国(現カリフォルニア~ネバダ)に入植すると「ヴァン神族」を生んだ。ヴァンの名の由来はワルムベ(マハラエル)とダニの組み合わせである。ムベ+ダニ=ベニ=ヴェニ=ヴァンとなる。

また、マハラエルは、単独でヴァン神族に属する「フレイ」「フレイヤ」を生んだ。フレイ、フレイヤの名の由来はマハラエルである。マハラエル=マフレイエル=フレイヤ=フレイとなる。ヴァン神族はインチキ宗教により、ミドガルド王国の国民を完全な支配下に置き、ヴァルハラ王国やアースガルド王国に侵攻させた。

 


ヘル(3万年前)

フェンリル(3万年前)

ヨルムンガンド(3万年前)

 

※マハラエルは、アトランティス人と組んで更に「ヘル」「フェンリル」を生み、ヴァルハラ王国に侵攻した。ヘルの名の由来はマハラエルであり、フェンリルの名の由来はヴァンとマハラエルの組み合わせである。マハラエル=マヘルエル=ヘルとなり、ヴァン+マハラエル=ヴァンラエル=フェンリルとなる。

 

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「最終戦争ラグナロク」(2万年前)

 

※ミドガルド王国、ヴァルハラ王国の国民は、ヴァン神族(アトランティス人)の神官に生活インフラを掌握され、そのため、生活の保障を求めて進んで悪に服従した。自分の本能、感情、意志を放棄して悪を身体に宿す人々に対して激怒した科学の種族トナルカインは、開発したばかりの核兵器を用いてヴァン神族(アトランティス人)に支配された国々を攻撃した。これが「最終戦争ラグナロク」である。

核攻撃が原因により、現カリフォルニア~ネバダが、そして現テキサス~北部メキシコにかけて広大な一帯が砂漠と化した。しかし、この大規模な核攻撃により、多くの邪教信者と共にヴァン神族(アトランティス人)の神官たちは息の根を止められた。北アメリカに於いてはタナトスは根絶やしになった。

 

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●死神タナトスにとっての地獄 閻魔大王の裁きの時代

 

※写真は宇宙人(科学の種族トバルカイン)が搭乗する白銀色に光るフェイクプレーン(輪郭はなぜかぼやけており、双眼鏡で見てもはっきりしない)。南極大陸はムー帝国(モホス文明)の植民地だったが、そこに科学の種族(トバルカイン、エラド、マハラエル)が住みつき、核兵器、UFOなどを開発した。南極は、「五岳神(ウーユエ)」の国と呼ばれた。

五岳とは、中国の道教に登場する、南北中東西に位置する聖山のことである。それらは、じつは南極の山々を指していた。東岳泰山は3680mのペンサコラ山、南岳衡山は4528mのカークパトリック山、4350mのマークハム山、中岳嵩山は5140mのマッシフ山、西岳崋山は4187mのシドリー山、北岳恒山は4191mのプラトー山のことである。東岳大帝とは、冥府の王のことだが、ヴィディエは、南極の王として東岳大帝と呼ばれた。 

 

※写真は火星の火山オリンポス(標高2万7千m)と職務中の閻魔大王。科学の種族は、知能を悪に用いる者をできそこないと認定し、UFOで火星送りにしていた。 冥界の巨山と呼ばれた「羅ホウ山」とは、火星の火山であり、太陽系でもっとも巨大な火山、2万7千mのオリンポス山のことを指している。中国神話で冥界の神々と呼ばれた人々は、できそこないを裁いていた種族のことであり、「十王」 と呼ばれた。

地球上の、タナトス(できそこない)を嫌う、世界中の優れた王族が団結し、「十王」を結成していた。秦広王、楚江王、宋帝王、五官王、閻羅王、変成王、太山王、平等王、都市王、五道転輪王である。閻魔大王(ヤマ)は太陽神シャマシュのことであり、ホウ都大帝はルハンガとヴィディエ、太乙救苦天尊はヴィディエとチュクウのことである。

安倍総理と仲間たちのように平気でウソをつき、テッド・バンディ事件の真犯人ブッシュ元大統領、狂気の怪物モンサント社のように子どもを笑いながら殺すような反自然的な人々は、みな火星で裁かれ、死ぬまで強制労働を課せられた。 ただ、優れた人々は罪悪感が強い。そのため、精神的な健康を理由に、火星の強制労働施設は長らく閉鎖されているようだ。

 

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「アトランティス王国滅亡」(1万3千年前)

 

※タナトスのアトランティス人はアトラスの王族を追放し、アトランティス王国を掌握した。アトランティス王国全盛の時代、アトランティス人は17世紀~18世紀のヨーロッパ程度の技術水準に達していたと考えられる。タナトスの指揮によって悪の帝国と化したアトランティスは、白人列強時代の大英帝国よろしく世界征服に乗り出した。

世界中の弱者は、生活の保障を得るためにアトランティス人に服従していたが、ゼウス、プロメテウスなどの優れた王族は、タナトスを非常に嫌悪していた。ゼウスらは五岳神国(南極)に赴き、科学の種族にタナトスを核兵器で絶滅させることを依頼した。

科学の種族トバルカインは、「最終戦争ラグナロク」の時代にたくさんの人間を核兵器で焼き殺したことがトラウマとなっていたが、彼らは今回も大量の核兵器を用い、高熱と爆風、放射能によってアトランティスを砂漠地帯に変えた。オーストラリア北部のタナミ砂漠、グレートサンディー砂漠、中部のギブソン砂漠、南部のグレートビクトリア砂漠は、科学の種族による、非常な怒りの痕跡である。

 

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タンナ島(1万3千年前)

 

※アトランティス王国が滅亡すると、アトランティス人の残党はタンナ島に落ち延びた。タンナの由来はタナトスである。

 

タンヌ・オーラ(7世紀頃)

 

※東南アジア、メラネシア、オセアニアを勢力圏にしていた鬼(黒人ダン族)は、タンナ島に赴き、タンナ人と親交を暖めた。タンナ人は鬼に伴われて平安時代の日本にも上陸していたが、修験者であった百地氏(桃太郎)に成敗されると鬼と共にモンゴルに渡った。この時、タンナ人は反自然の種族アンドロクタシア(殺人)、ゲラス(老齢)を伴っていた。

その後、タンナ人はアンドロクタシア、ゲラスと共にチベットに残り、「タングート」を築いた。タングートの名の由来はタンナ、アンドロクタシアの組み合わせである。タンナ+アンドロクタシア=タンクタ=タングートとなる。

 

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李思恭(?~886) タングート首長、唐将軍

 

リ・デミン(?~?) 初代タングート首長

 

リ・ユアンハオ(?~?) 第2代タングート首長

李元昊(1003~1048) 西夏初代皇帝 在位1038~1048

 

毅宗(1047~1068) 西夏第2代皇帝 在位1048~1068※画像なし

Hassan-i Sabbah(1050~1124) アサシン教団首領

 

※西夏の軍を率いた皇帝毅宗がアサシン教団を創設した。彼らはダヴィデの一族に属するアッバース朝、セルジューク朝、十字軍の要人を暗殺して行った。

 

仁宗(1124~1193) 西夏第5代皇帝 在位1130~1193

ラシード・ウッディーン・スィナーン(1125~1192) アサシン教団首領

 

献宗(1181~1226) 西夏第9代皇帝 在位1223~1226※画像なし

Hassan III of Alamut(1187~1221) アサシン教団首領※画像なし

チャガタイ(1183~1242) チャガタイ家初代君主※画像なし

シーインタラーティット(1188~1270) スコータイ朝初代王 在位1220~1238

 

※じつはチャガタイの千人隊がアサシン教団に変身し、西夏、アサシン教団、チャガタイ・ハン国、スコータイ朝を同時に支配していた。スコータイの由来はチャガタイである。チャガタイ=シャカタイ=シャカータイ=スコータイとなる。アサシン教団に伝わる伝説の秘密の園はタイ王国の可能性がある。

 

末主(?~1227) 西夏第10代皇帝 在位1226~1227

Rukn al-Din Khurshah(1230?~1256) アサシン教団首領

カラ・フレグ(?~1252) チャガタイ家2代君主

 

※フレグの征西でアサシン教団は1260年頃に制圧されたとされている。それと同時に教団の残党はチャガタイ・ハン国、スコータイ朝に移った。チャガタイ・ハン国がやがて東西モグーリスタン国に変わると、王族はモグーリスタンを拠点に西ヨーロッパを訪れ「狼男」の伝説の礎を築いた。

 

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バヤン・クィリ(?~1358) 西チャガタイ・ハン国初代ハーン 在位1348~1358

テインカバー(?~1358) 初代タウングー王 在位1347~1358

 

Pantaung(?~1420) タウングー王 在位1419~1420

Lukeni lua Nimi(1380~1420) コンゴ王国初代君主

 

マフムード・ハーン(?~1508) 西モグーリスタン第2代ハーン 在位1487~1508

ミンチーニョ(1459~1530) 第4代タウングー王 在位1510~1530

 

※西チャガタイ・ハーン、バヤンはビルマに進出して「タウングー朝」を開いた。タウングーの名の由来はタングートである。タングート=タウングート=タウングーとなる。一方、彼らはビルマにカニバリズムをもたらした。ビルマ人を狩っていた彼らは、現地人に「タウ(狼人間)」と呼ばれた。タウの名の由来はタウングーである。この狼男の正体は、タウングー王朝の王だった。

1960年、動物園経営者ハロルド・ヤングは、タイとビルマの国境でタウと出くわした。叫び声が聞こえたので、彼は声が聞こえた小屋に乗り込んだ。すると、タウが死にかけている女の首を噛み砕いていた。彼は発砲し、銃弾はタウの腹部に命中したが、タウはジャングルに逃げ込んだ。翌朝、タウが残した血痕を辿ると彼らは村に戻ってしまった。血痕は、とある小屋の前まで続いていた。彼らが小屋を覗くと、そこには腹部に銃弾を受けた男が倒れていたという。彼の正体は、タウングー朝の一員だと考えられる。
1551年に即位したバインナウンはモン族、シャン族を制圧してミャンマーの大半を掌握した。1548年、第一次緬泰戦争ではアユタヤ朝に侵攻し、1558年にラーンナー王国を占領し、第二次緬泰戦争、第三次緬泰戦争ではアユタヤを属国化した。その後、ペグー朝や明と交戦するが、1752年に滅びている。この時、タウングー朝の残党は東南アジアを脱し、アフリカ大陸に逃れた。

 

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スルタン・サイイド・ハーン(1487~1533) 西モグーリスタン第3代ハーン 在位1514~1533

ビュルゴ(?~?) フランス人農夫

 

マンスール・ハーン(1482~1543) 東モグーリスタン第5代ハーン 在位1503~1543

ヴェルダン(?~?) フランス人農夫

 

※1521年、ビュルゴとヴェルダンというフランス人農夫が、永い間殺人を重ね、人肉を食べていたとして逮捕され、裁判にかけられた。2人は魔法使い集団の一味でもあった。2人は逮捕されるまで残虐な所業を重ねたが、なぜか、彼らの肖像画がドミニコ会の修道院に飾られているという。実際は、狼男として捕らえられたこの2人の農夫の正体は、東西モグーリスタン王だったと考えられる。

 

アブドゥル・カリーム・ハーン(1529~1591) 西モグーリスタン第5代ハーン 在位1560~1591

ペーター・スタンプ(?~1589)

 

※西モグーリスタン最後の王アブドゥル・カリーム・ハーンもヨーロッパに出かけて人間を襲い食べていた。だが、逮捕され、処刑された。王を失ったためか、奇しくも、東西モグーリスタン王国もスタンプの処刑と同時に滅亡している。狼男は主にフランスで人間を狩り、イギリス、ドイツにも仲間を送り込んでいた。特に、フランスでは1520年代から1630年代にかけて、3万件もの狼男に関連した猟奇殺人事件、喰人事件が起きている。

 

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アナウッペルン(1578~1628) 第6代タウングー王 在位1605~1628

 

※トンガ族の首長の図。トンガ族(太平洋のトンガとは異なり、タウングーが由来)は、1630年頃にジンバブエに出現した謎の民族である。彼らの正体はタウングー朝のアナウペッルン王の一族である。彼の時代は、父王が復興させたタウングー朝再興の時代であった。彼はその時代にアフリカ侵略を思いついたのかもしれない。

 

ピエ・ミン(1619~1672) 第10代タウングー王 在位1661~1672

チャンガミレ・ドンボ(?~?) 初代チャンガミレ王 在位1660~1695

アントニオ1世(?~1665) コンゴ王 在位1660~1665

 

※ピエ・ミンは本格的にジンバブエに進出し、チャンガミレ族の王としてロズウィ帝国を築いた。ジンバブエとミャンマー、そしてコンゴ王国を同時に統治した。

 

ダニエル1世(?~1678) コンゴ王 在位1674~1678※画像無し

ガンガ・ズンバ(1630~1678) キロンボ・ドス・パルマーレス初代指導者

 

※ダニエル1世は、コンゴに来ていたポルトガル人からブラジルの事を聞き、ポルトガル植民地のブラジルにまで渡り、奴隷を率いてポルトガル人の撃退を図った。

 

ナラワラ(1650~1673) 第11代タウングー王 在位1672~1673※画像無し

カムグン・ドンボ(?~?) 第2代チャンガミレ王 在位?※画像無し

アルヴァーロ10世(?~1695) コンゴ王 在位1688~1695※画像無し

ズンビ・ドス・パルマーレス(1655~1695) キロンボ・ドス・パルマーレス第2代指導者

 

※タウングー王ナラワラは、23歳で死んだことにしてコンゴに渡り、アルヴァーロ10世として王国を統治した。だが、ダニエル1世の後を追ってアルヴァーロ10世はブラジルにまで到達し、キロンボ・ドス・パルマーレスを支配した。

 

Mahadhammaraza Dipadi(1714~1754) タウングー朝最後の王※画像無し

アラウンパヤー(1714~1760) コンバウン朝初代王

 

タンゲール族(1752)※画像なし

獅子人間(1752)

 

※タウングー朝滅亡後、ビルマ人に「タウ(狼人間)」と呼ばれていたタウングーの残党は、インド洋を横断してジンバブエに上陸した。彼らは、タンザニア・ケニア方面に移って狼男の変形型である「獅子人間(ライオン人間)」を形成し、アフリカ人を狩っては食べていた。一方、タウングー朝の残党は「タンゲール人」を築いた。タンゲールの名の由来はタンナとゲラスの組み合わせである。タンナ+ゲラス=タンゲラ=タンゲールとなる。
彼らは「虎人間」などの組織も形成した。だが、何も知らない白人行政官は「なぜアフリカで虎なのか?」といぶかしがった。しかし、彼らはビルマから来たので虎を知っていても不思議ではない。つまり、これがアフリカの動物人間の秘密結社が、ミャンマーから来た証である。

 

鰐人間(1752)

豹の部族(1752)

蛇人間(1752)※画像なし

 

※一方、狼男の連合体は、ジンバブエから中央アフリカに至り、西アフリカにまで勢力を拡大した。彼らは、狼男を深化させた「鰐人間」をコンゴに、「蛇人間」をギニアに、「豹の部族」をシェラ・レオネ、リベリア、カメルーン、中央アフリカ、アンゴラに設けた。

彼らはそれらの小型の喰人秘密結社を形成し、アフリカ人を狩って食べていた。1954年、ひとりを殺害した豹人間が逮捕され、1956年には一連の不審死事件の容疑者として蛇に変身した7人の呪術師が逮捕されている。また、コンゴでは、トカゲの皮で作ったワニのコスチュームを着た5人の鰐男が人々を襲撃して食べていた。

 

ターヤーワディー(1787~1846) コンバウン朝ビルマ王 在位1837~1846※画像無し

シャカ(1787~1828) ズールー王国初代王 在位1816~1828

 

※コンバウン朝の王ターヤーワディは、ミャンマーを離れて白人列強が闊歩する南アフリカに渡り、シャカを称してズールー帝国を築いた。シャカの由来は釈迦だと考えられる。つまり仏教国から来たことを示している。

 


ンガリゴ族(1885)

カウラ族(1885)

 

1889年 探検家カルル・リュムホルツがオーストラリア北東部に侵入した。この時、カルルは人喰い人種に接触した。人喰い人種の正体はアボリジニに同化したンガリゴ族、或いはカウラ族だろう。曰く「男たちはアフリカの黒人よりもひょろ長く、筋肉質でもない。口は桁外れに大きく、歯は多少出っ歯である。鼻はぺちゃんこで鼻腔はほとんど水平。目は眉弓に深く落ち窪み、まぶたはたるんで垂れ下がっている。その顔はどこでも見られないようなぞっとした形相である」。彼らは、呪いによって敵部族の中に死を撒き散らすことが出来ると信じているため、出来る限り敵を殺そうとする。曰く「彼らの、最も強力な行動原理は人肉である。人肉を得るためだけに、わざわざ遠征隊を組織する。彼らは3、4人の集団に分散し、子供を含めて5、6人の小さな家族を真夜中に襲撃する」。マルタン・モネスティエ著「食人全書」より

 

※コンゴがベルギー王国領となると、動物人間の集団は中央アフリカを脱出し、インド洋を横断して故地タンナ島に近いオーストラリアに逃げ込んだ。ニューサウスウェールズ州に上陸した彼らは現地のアボリジニと混合し、「ンガリゴ族」「カウラ族」を形成した。

ンガリゴとカウラの名の由来はタンゲールである。タンゲールゴ(タンゲールの人)=ンゲールゴ=ンガリゴとなり、タンゲール=タンゲウル=カウラとなる。ンガリゴ族は、動物人間時代の名残りを残しており、2人1組の少数集団で人間狩りに出かけた。また、ンガリゴ族は侮辱する叫びを上げながら殺した敵の手足を食べ、嘲りの態度を示したという。

 

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ズールー王Phumuzuzulu kaDinuzuluの子

 

Phumuzuzulu kaDinuzuluの子※画像なし

ムインガ(1904~1954) 豹人間の呪術師※画像なし

フェリックス・ウフェ=ボワニ(1905~1993) コートジボワール初代大統領 任期1960~1993

レオポール・セダール・サンゴール(1906~2001) セネガル初代大統領

レオン・ムバ(1902~1967) ガボン初代大統領

 

※1954年、コンゴの首都ブラザビルで呪術師ムインガと弟子のディジョウマとムエニがイボニという青年を殺して食べた。呪術師ムインガはボワニ大統領の可能性がある。同じ年、フランス領ギニアで豹人間の呪術師が夫婦喧嘩に悩む夫婦に「問題を解決するために娘を食べなさい」と助言した。この呪術師もボワニ大統領の可能性がある。

翌年の1955年、シエラレオネの首都から80キロ離れたモヤンバで喰人グループのメンバー4人が逮捕された。呪術師の指示に従って腰の所を斬って上半身だけ食べていた。この呪術師もボワニ大統領の可能性がある。

1956年、ブラザビルから700キロ離れた中部コンゴで呪術師が率いる喰人会のメンバーが逮捕された。犠牲者は12人以上。彼らは呪術師の指示に従い、自分の家族をメニューとして提供していた。この呪術師もボワニ大統領の可能性がある。1954年から1956年まで精力的に活動したこの謎の呪術師は、ボワニが1960年にコートジボワール初代大統領になってから姿を消した。

 

Phumuzuzulu kaDinuzuluの子※画像なし

ジョセフ・カサブブ(1910~1969) コンゴ民主共和国初代大統領 任期1960~1965

モディボ・ケイタ(1915~1977) マリ共和国初代国家元首

ユベール・マガ(1916~2000) ダオメー共和国初代大統領

 

Cyprian Bhekuzulu kaSolomon(1924~1968) ズールー王

セク・トゥーレ(1922~1984) ギニア共和国初代大統領

アゴスティニョ・ネト(1922~1979) アンゴラ人民共和国初代大統領

アマドゥ・アヒジョ(1924~1989) カメルーン初代大統領

シェフ・シャガリ(1925~2018) 第6代ナイジェリア大統領

アリスティデス・ペレイラ(1922~2011) カーボベルデ初代大統領

ダウダ・ジャワラ(1924~2019) ガンビア初代大統領

モーリス・ヤメオゴ(1921~1993) ブルキナファソ初代大統領

 

Phumuzuzulu kaDinuzuluの子※画像なし

サモラ・マシェル(1933) モザンビーク初代大統領

ポール・ビヤ(1933) カメルーン第2代大統領

イグナティウス・アチャンポン(1931~1979) ガーナ第6代国家元首※画像無し

マチュー・ケレク(1933~2015) ベナン共和国初代、第3代大統領

ルイス・カブラル(1931~2009) ギニアビサウ共和国初代大統領

 

Phumuzuzulu kaDinuzuluの子※画像なし

ランサナ・コンテ(1934~2008) ギニア共和国第2代大統領

コナン・ベディエ(1934) コートジボワール第2代大統領

 

※1995年、ギニア人デンバ・アブーが若い女性を串焼きにして食べる事件が発生した。アブーはコンテの子と考えられる。コンテは下のベディエ、マシェルとは異母兄弟の可能性がある。

同じ1995年、35人の人間を食べていた呪術師の集団が逮捕された(禁固3年!)。ヤウア・ミゼ、カフィムル・フィエ、ヤウア・コッシア。この呪術師たちは、ベディエ大統領の家族と考えられる。1997年、コート・ジボアールで3人の呪術師が35人の人間を食べて禁固3年となる。この3人の呪術師の1人がベディエだった可能性がある。

  

Phumuzuzulu kaDinuzuluの子※画像なし

オマール・ボンゴ・オンディンバ(1935~2009) ガボン第2代大統領

エッソノ・ムバ・フィロメノ(?~?) 大呪術師※画像なし

ニャシンベ・エヤデマ(1935~2005) トーゴ共和国第3代大統領

ジョアン・ヴィエイラ(1939~2009) ギニアビサウ共和国第2代大統領

 

テオフィル・ムバ・ヌテム(?~?) 人喰いカルト教団教祖※オンディンバ大統領の子?

 

1998年、カルト集団「アラン・ムオエニング」の首領テオフィルが逮捕された。テオフィルは、自分がルシフェルの化身であり、信者にも、彼らが自然の過ちから生まれたものと教えていた。このカルト集団は6人を殺して食べた。彼らは死体を聖なる池に浸した後、胃、肝臓、心臓、肺を取り出し、野菜と煮てスープを作った。信者たちは、神の加護や力、義務の免除を得られるとしてがつがつ食べたという、裁判所はテオフィルに死刑の判決を下し、料理の支度をしたテオフィルの妻に5年間の強制労働、会食に参加した信者には執行猶予付きの軽い刑を課した。マルタン・モネスティエ著「食人全書」より

 

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ズールー王Cyprian Bhekuzulu kaPhumuzuzuluの子

 

Goodwill Zwelithini kaBhekuzulu(1948) ズールー王

アラサン・ワタラ(1942) コートジボワール第5代大統領

ナナ・アクフォ=アド(1944) ガーナ第5代大統領

ムハンマド・ブハリ(1942) ナイジェリア第15代大統領

 

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Goodwill Zwelithini kaBhekuzuluの子

 

Goodwill Zwelithini kaBhekuzuluの子※画像無し

マッキー・サル(1961) セネガル第4代大統領

アリー・ボンゴ・オンディンバ(1959) ガボン第3代大統領

ジョゼ・マリオ・ヴァス(1957) ギニアビサウ共和国第5代大統領

 

Prince Lethukuthula Zulu(1970)※画像無し

モハメド・ユセフ(1970~2009) ボコ・ハラム指導者

ミシェル・オバマ(1964) 性転換者

 

※ユセフにはズールー王族の血が流れていると考えられるが、彼らは豹人間たちを統率し、「ボコ・ハラム」を結成したと考えられる。ボコ・ハラムの由来はペグーとビルマの組み合わせである。ペグー+ビルマ=ペグ・ヒルマ=ボコ・ハラムとなる。つまり、ミャンマーから来ていることが分かる。

 

Princess Nombuso Zulu(1973)※画像無し

アヤンナ・プレスリー(1974) 民主党

 

※まず、プレスリーに謝れ。兄弟はみなボコ・ハラムのメンバーだと考えられる。

 

Prince Misuzulu Zulu(1974)※画像無し

アブバカル・シェカウ(1975) ボコ・ハラム指導者

 

※2014年、彼らはキリスト教徒の村を襲って100人を殺害している。また、同じ年に学生寮を襲撃して女子生徒240人を拉致し、翌年には少女を使って自爆テロを行っている。2015年にはバガ郊外の多国籍軍基地を奪取し、2000人もの住民を大量に虐殺している。

 

 

 


ティールタンカラの一族~アーリア人、仏教、継体天皇、中臣鎌足、藤原不比等、白河天皇、鳥羽天皇、マリ帝国、聖フェーメ団、ジェノヴァ共和国、ルクセンブルク公国、モナコ公国

 

ナードゥ(2万年前)
ダゴン(2万年前)

 

※「最終戦争ラグナロク」を機に、放射能で汚染された北アメリカ大陸を去ったアトランティス人は、故地であるアトランティス王国に帰還した。しかし、帰還組は自分の思い通りになる国を欲したがため、一時的に隣国のティルス王国(タルタロス)に移住した。

その後、ティルス王国を離れて古代インドに入植したアトランティス人は、ガンジス流域に入り、南下して南インドに「ナードゥ」を築き、「ダゴン」を神とする邪教を始めた。ナードゥの由来はタナトスであり、ダゴンの由来はクリュテイオスとガンジスの組み合わせである。クリュテイオス+ガンジス=テイガン=ダゴンとなる。ダゴンはカナンの神とされているが、デカンの名から、デカンで生まれたと考えることができる。
ナードゥを治める王族は「ティールタンカラ」と呼ばれた。ティールタンカラの由来はティルス、タナトス、クリュテイオスの組み合わせである。ティルス+タナトス+クリュテイオス=ティルタナクリュ=ティールタンカラとなる。ティールタンカラの王族からは、ダゴンを祀る神官が輩出され、「バラモン」と呼ばれた。バラモンの由来はティールタンカラのひとりヴァルダマーナである。ヴァルダマーナ=ヴァルマーナ=バラモンとなる。この時に「カースト制度」が生まれた。

 

ティールタンカラ(2万年前)

バラモン(2万年前)

悪魔ナムチ/大己貴神(2万年前)

 

※ナードゥを治めた伝説的な首長は「24人のティールタンカラ」と呼ばれた。この24人のティールタンカラには、リシャパ、アジタ、シャンバヴァ、アビナンダナ、スマティ、パドマプラバ、スパールシュヴァ、チャンドラプラバ、スヴィディ、シータラ、シュレーヤーンサ、ヴァースプージャ、ヴィマラ、アナンタ、ダルマ、シャーンティ、クントゥ、アラ、マッリ、スヴラタ、ナミ、ネーミ、パールシュヴァ、ヴァルダマーナがいる。因みに、リシャパの名はリッチャヴィの由来である。

一方、ヌミディアに移住したティールタンカラは、24のティールタンカラに属するナミ、或いはネーミに因んで「悪魔ナムチ(大己貴神)」を生んだ。ナムチとヌミディアの名の由来はナミ、或いはネーミとクリュテイオスの組み合わせである。ナミ+クリュテイオス=ナミテイオ=ヌミディア=ヌミディ=ナムチとなる。

 

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アーリア人(BC32世紀)

バーラタ族(BC32世紀)

トリツ族(BC32世紀)

クル族(BC32世紀)

パルシュ族(BC32世紀)

 

※北欧に移住したティールタンカラは、バルト海を中心にアーリア人、バーラタ族、トリツ族、クル族、パルシュ族を生んだ。彼らの名は、みな24のティールタンカラの名に由来している。アーリア人は「アラ」、バーラタ族は「ヴァルダマーナ」、トリツ族はティルス(ティールタンカラ)、クル族はクリュテイオス(ティールタンカラ)、パルシュ族は「パールシュヴァ」に由来している。

一方、アヌ族、ドルヒユ族、パニ族、バラーナ族、プール族、ブリグ族はインドに暮らし、インドに侵攻してきたバーラタ族と戦った。パルシュ族、クル族はダーサ族と共にインドのアーリア人に加わったが、目的はスパイだった。

 

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レレックス(?~?) 初代スパルタ王 在位BC1600頃

マイルス(?~?) 第2代スパルタ王 在位BC1575頃

ユーロタス(?~?) 第3代スパルタ王 在位BC1550頃

 

※スパルタ人はドーリス人(トリツ族)から生まれた。この頃のスパルタはギリシアではなく、クル王国と同じように古代ヨーロッパに存在したと考えられる。スパルタの名の由来は24のティールタンカラに属するスヴラタである。

 

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スダス(?~?) クル王国初代王 在位BC14世紀

 

プラティーパ(?~?) クル王 在位詳細不明

シャンタヌ(?~?) クル王 在位詳細不明

 

ジャナメジャヤ(?~?) クル王 在位BC950頃

ユーリステネス(?~?) 初代スパルタ王 在位BC930頃

 

※一時期、スパルタ王はクル王国の王位を継承していたが、マハーバーラタ戦争以後、ジャナメジャヤ王の時にスパルタ人のギリシア時代が始まったと考えられる。

 

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ウパリチャラ・ヴァス(?~?) チェーディ王 在位BC11世紀

シシュパーラ(?~?) チェーディ王

ドリシュタケートゥ(?~?) チェーディ王

サラバ(?~?) チェーディ王

 

※チェーディの由来は24のティールタンカラに属するスヴィティである。スヴィティ=チウィーティ=チェーディとなる。サラバ王は、マハーバーラタ戦争の英雄アルジュナに殺害されている。

 

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シッダールタ(BC10世紀以降) スッドーダナの子
アーナンダ(BC10世紀以降) ドロノダーナの子※画像なし

 

※「マハーバーラタ戦争」「十王戦争」のあと、アーリア人はカピラバストゥ王国(カブール~ハルシュタット)に移ってシッダールタ、アーナンダを生んだ。シッダールタとアーナンダの名の由来は、24のティールタンカラに属するシータラとアナンタである。シータラ=シータラータ=シッダールタとなり、アナンタ=アーナンタ=アーナンダとなる。

ブッダは古代ヨーロッパで生まれたことになる。浄土真宗はその事実を知っていたため、フランスの漢字表記に「仏」を使用した。シッダールタの名残りはシトーの名に、アーナンダの名残りはナントの名に残されている。ブッダが仏教を布教した地域は「ケルト」「ガリア」と呼ばれた。いずれもクリュテイオスに由来している。クリュテイオス=クリュテ=ケルトとなり、クリュテイオス=クリユ=ガリアとなる。

 

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ヴァッジ王国(BC10世紀以降)※歴代王の系譜は不明

 

※ヴァッジ王国はリッチャヴィ族、ヴァッジ族が築き、ガナ・サンガ国と呼ばれた。リッチャヴィの由来は24のティールタンカラに属するリシャパである。古代ヨーロッパに存在したと考えられる。

 

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シューラセーナ王国(BC10世紀以降)※歴代王の系譜は不明

 

※シューラセーナの由来は24のティールタンカラに属するシュレーサーンサである。シュレーサーンサ=シュレーサーナ=シューラセーナとなる。シューラセーナ王国はその名からセーヌ川流域に存在したと考えられる。

 

粛慎(BC4世紀)

 

ジルシン(BC4世紀)

 

※BC4世紀にシューラセーナ王国がナンダ朝によって滅ぶと、シューラセーナ人は最初に満州に渡り、「粛慎(スーシェン)」を生んだ。その後に太平洋を横断してユタ間半島を横切り、北アメリカ大陸を北上してグリーンランド、アイスランドを経てブリテン島北部に入植した。ピクト人の部族に参加した彼らは「ジルシン」を称した。

その後、ジルシンはピクトランドを離れてイランに入植し、「サーサーン朝」を創始する。粛慎(スーシェン)、ジルシン、サーサーンの由来はすべてシューラセーナである。シューラセーナ=シューセーナ=スーシェン=サーサーンとなり、シューラセーナ=シュルセナ=ジルシンとなる。

 

アルダシール1世(?~241) サーサーン朝初代王

ヤズデギルド3世(?~651) サーサーン朝第31代王 在位632~651※最後の王

 

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カラノス(?~?) マケドニア王国初代王 在位BC808~778

 

※「マハーバーラタ戦争」の後、ヴァイシュラヴァナとティールタンカラの子孫がマケドニア王国を築いた。カラノスの名の由来はクロノスである。そして、マケドニアの由来はアプリマックとティールタンカラの組み合わせである。アプリマック+ティールタンカラ=マックダン=マクダナ=マケドニアとなる。インドのマガダ王国とは、実のところ、マケドニア王国のことである。

 

コイノス(BC8世紀) マケドニア王国第2代王

天児屋命(?~?)

 

※「あめのこやね」のコヤネは、明らかにコイノスの名に因んでいる。神話は正しい。なぜなら、マケドニア王の血筋から中臣氏が誕生するからだ。神話では天児屋命が中臣氏の祖神とされている。

 

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テレス1世(?~BC430) オドリュサイ朝トラキア初代王 在位BC480~BC430

テレス4世(?~BC149) オドリュサイ朝トラキア第40代王 在位BC149※最後の王

 

コティス1世(?~BC87) アステア朝トラキア初代王 在位BC100~BC87

ピトドリス2世(?~46) アステア朝トラキア第17代王 在位38~46※最後の王

 

※ティールタンカラの一族は、アブラハムの一族と共にマケドニア王国を築いたが、すぐに離脱し、代わりにトラキア王国を築いた。トラキアの由来はトリツである。トリツ=ドリス=THRACE=トラキアとなる。トラキアがローマ属僚となると、トラキア人はインドシナ半島に落ち延びた。

 

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区連(?~192) 第1王朝初代チャンパ王

 

范文(?~349) 第2王朝初代チャンパ王 在位336~349
ヴリシャ・デーヴァ(4世紀) リッチャヴィ朝ネパール王国初代王

 

※トラキアがローマ属領になるとトラキア人はインドシナ半島に入植した。彼らはそこにチャンパ王国を築く。チャンパの由来は24のティールタンカラに属するシャンパヴァである。その後、范文がネパールに進出してリッチャヴィ朝を開いている。

 

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范諸農(?~498) 第3王朝第5代チャンパ王 在位492~498

ビシヌス(?~500) チューリンゲン王 在位450~500

 

※チャンパ王范諸農ははるばるドイツに進出し、チューリンゲン族を儲けている。チューリンゲンの由来はトラキアンである。トラキアン=トーランキアン=チューリンゲンとなる。

 

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バデリヒ(?~530) チューリンゲン王 在位500~530※画像なし

バルデシャール(?~530) チューリンゲン王 在位500~530※画像なし

ヘルミナフリード(?~531) チューリンゲン王 在位500~531※画像なし

ユスティヌス1世(450~527) ユスティアヌス朝ビザンツ帝国初代皇帝※画像なし

継体天皇(450~531) 第26代天皇

 

ユスティアヌス1世(483~565) ユスティアヌス朝ビザンツ帝国第2代皇帝※画像なし

武烈天皇(489~507) 第25代天皇

マナ・デーヴァ1世(?~505) リッチャヴィ朝ネパール王 在位464~505※画像なし

キールティヴァルマン1世(?~566) 前期チャールキヤ朝初代王 在位543~566※画像なし

 

※チャールキヤの由来はトラキアである。トラキア=チョーラキア=チャールキヤとなる。

 

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欽明天皇(509~571) 第29代天皇※継体天皇の子

 

敏達天皇(538~585) 第30代天皇※欽明天皇の子

 

押坂彦人大兄皇子(555~592) 敏達天皇の子
中臣可多能コ(6世紀)

プラケーシン1世(?~597) 前期チャールキヤ朝第2代王 在位566~597

 

舒明天皇(593~641) 第34代天皇※押坂彦人大兄皇子の子

中臣御食子(?~?) 中臣可多能コの子※画像なし

プラケーシン2世(?~642) 前期チャールキヤ朝第4代王 在位609~642※画像なし

ヴィシュヌヴァルダナ1世(?~?) 東チャールキヤ朝初代王 在位624~641※画像なし

アンシュ・ヴァルマー(595~621) リッチャヴィ朝ネパール王※画像なし

ハルシャ・ヴァルダナ(590~647) ヴァルダナ朝初代王 在位606~647※画像なし

ソンツェン・ガンポ(?~649) 吐藩王朝第2代王 在位630~649※画像なし

 

古人大兄皇子(?~645) 舒明天皇の子※画像なし

中臣鎌足(614~669) 

蘇我入鹿(611~645)※画像なし

アラナシュ(?~648) ヴァルダナ朝第2代王 在位647~648※画像なし

グンソングンツェン(?~643) 吐藩王朝第3代王 在位638~643※画像なし

 

※生没年を見ると中臣鎌足が蘇我入鹿を演じ、北インドやチベットをも統治していたようだ。更に、鎌足の時代から藤原を名乗り始めた。藤原の由来は24のティールタンカラに属するヴァースプージャとヴァルダマーナの組み合わせである。ヴァースプージャ+ヴァルダマーナ=ヴァースヴァル=バスバル=バズハラ=藤原となる。

 

天智天皇/中大兄皇子(626~672) 第38代天皇※舒明天皇の子

中臣久多(?~?)※画像なし

ナレーンドラ・デーヴァ(?~?) リッチャヴィ朝ネパール王 在位643~679※画像なし

 

※中臣の名の由来はナーガと臣の組み合わせである。歴史上はじめて公式な記録に登場したのが中臣可多能コである。中臣可多能コからは、中臣御食子、中臣国子、中臣糟手子が誕生している。その後、大伴咋女が中臣御食子に接近して中臣鎌足、中臣久多、中臣垂目を誕生させている。中でも中臣鎌足は車持与志古娘と結婚して「藤原氏」の祖である藤原不比等を誕生させている。しかし、藤原氏は基本的に中臣氏ではなく、車持氏(車師国)の系統である。

 

藤原不比等(659~720)

太安万侶(?~723) 古事記編纂※画像なし

大生部多(?~?) 常世神教祖※画像なし

大伴安麻呂(?~714)※画像なし

草壁皇子(662~689) 元正天皇、文武天皇父※画像なし

大伴旅人(665~731)※画像なし

 

※不比等を頭(かしら)に、不比等の子息たちが遠江国で詐欺カルト「常世神」を運営していたようだ。だが、彼らは英雄秦河勝に皆殺しにされると、天然痘で死んだことにして満州に逃げた。

 

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藤原不比等(大伴安麻呂、草壁皇子、大伴旅人)の子

 

藤原武智麻呂(680~737)

元正天皇(680~748) 第44代天皇※画像なし

 

※元正天皇は結婚経験は無く、独身で即位した初めての女性天皇である。当然だ。彼女の正体は男であり、藤原不比等の息子藤原武智麻呂だったのだから。

 

藤原房前(681~737)

文武天皇(683~707) 第42代天皇

 

藤原宇合(694~737)

 

藤原麻呂(695~737)

大伴古慈斐(695~777) 藤原不比等娘殿刀自の夫※画像なし

 

光明皇后(701~760) 聖武天皇皇后

聖武天皇(701~756) 第45代天皇

 

※満州ではウェジ、ワルカ、ゴルカの部族を興し、「野人女直」と呼ばれた。ウェジとワルカの由来はフジワラキ(藤原の人)である。ゴルカは、ワラカがハ行がカ行を兼ねる法則で生まれた。 

 

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 スウェード人(9世紀)

 

※アラナシュ(中臣鎌足)が、ソンツェン・ガンポ(中臣御食子)とナレーンドラ・デーヴァ(中臣久多)に連行されると、アラナシュと残党はインドを離れて黒海に逃れ、スウェード人となった。スウェードの由来は24のティールタンカラに属するスヴィティである。スヴィティ=スヴィーティ=スウェードとなる。スウェード人の神官は、「神に勇者を捧げなければならない」として、民衆に命じて勇者を惨殺していた。第三者の目から見て、これは虐殺ではなく、神の御心を汲んだ尊い行為だった。

 

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天智天皇の子

 

志貴皇子(?~716)

アナスタシオス2世(?~719) ヘラクレイオス朝ビザンツ帝国皇帝

 

光仁天皇(709~782) 第49代天皇※志貴皇子の子

 

平城天皇(774~824) 第51代天皇※桓武天皇の子

コンスタンティノス6世(771~797) イサウリア朝ビザンツ帝国皇帝

ドンゴ(8世紀)
建州女直(8世紀)

 

※中臣氏は、善棟王と共にモンゴルに向かった。善棟王はモンゴルに入植して「オイラート」を生んだが、中臣氏は満州に根付いた。彼らは、女真族と混合して「ドンゴ」を生んだ。ドンゴの名の由来はタネコ(種子)である。タネコ=タンコ=ドンゴとなる。その後、ドンゴは女真族を簒奪し、「建州女直」を結成した。

更に、「スクスフ」「ワンギヤ」「フネヘ」の部族を生み、建州女直に加えた。スクスフの名の由来はスチュクスであり、ワンギヤの名の由来はオケアーノスであり、フネヘの名の由来はペーネイオスである。スチュクス=スクスフとなり、オケアーノス=オンギャーノス=ワンギヤとなり、ペーネイオス=ヘネイヘ=フネヘとなる。マケドニア人の子孫であるドンゴは、ギリシア神話に因んでこれらを命名したことがわかる。

 

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阿保親王(792~846)※平城天皇の子

モイミール1世(795~846) モラヴィア王国初代王 在位830~846 ※画像なし

 

人康親王(831~872)※仁明天皇の子

ロスチスラフ(?~870) モラヴィア王国第2代王 在位846~870

 

国康親王(?~894)※仁明天皇の子

スヴァトプルク1世(830~894) モラヴィア王国第3代王 在位871~894

 

本康親王(?~902)※仁明天皇の子

モイミール2世(?~907) モラヴィア王国第4代王 在位894~907

 

※モラヴィア王国はヴァイキング登場前夜に突如として出現した大国であるが、この国は、平城天皇の氏族、仁明天皇の子息が築いたものである。モラヴィアの由来は24のティールタンカラに属するヴィマラを反対にしたものである。ヴィマラ=マラヴィ=モラヴィアとなる。

 

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陽成天皇(869~949) 第57代天皇※桓武天皇の玄孫の子
ラグー・デーヴァ デーヴァ朝ネパール王国初代王 在位879~?

 

※陽成天皇はネパールに進出し、初代王ラグー・デーヴァとしてAD879年に「デーヴァ朝」を開いた。デーヴァ家の名は善神デーヴァの名に由来していない。

 

村上天皇(926~967) 第62代天皇

ジークフリート(922~998) 初代ルクセンブルク伯

 

円融天皇(959~991) 第64代天皇

グナカマ・デーヴァ(?~?) デーヴァ朝ネパール王 在位949~994

ハインリヒ5世(960~1026) バイエルン公

 

※円融天皇はネパール王とバイエルン公を演じた。バイエルン公の時代、彼は「ルクセンブルク公」を儲ける。

 

花山天皇(968~1008) 第65代天皇

藤原道長(966~1028)

 

※歴史では藤原道長が娘を天皇にと継がせることで天皇家を掌握したとあるが、そもそも、道長自身が花山天皇そのひとだった。藤原氏が謳歌した平安時代は、タナトスの一族が謳歌した世の中であった。

 

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一条天皇(980~1011) 第66代天皇

 

※前期チャールキヤ朝が滅ぶと、一部マハーデーヴィー妃の残党は日本に移住し、日本を統べるべく皇族に接近した。AD980年、チャールキヤの残党から懐仁が誕生した。彼が「条」が付く最初の天皇だが、条の由来はチャールキヤである。チャールキヤ=チャー=条となる。一条から六条まで番号が付いているが、これは日本に上陸した順番だと考えられる。最初に日本に上陸したのが「一条天皇」の支族だった。

 

後朱雀天皇(1009~1045) 第69代天皇

ラクスミカーヴァ・デーヴァ デーヴァ朝ネパール王 在位1024~1040

 

※AD1024年、ラクスミカーヴァ・デーヴァが、聖なる少女を崇拝する「クマリ崇拝」を確立した。しかし、タナトスが携わった宗教が全てそうであるように、これも単なるイカサマである。ひとりの少女を長期間、世間から隔離するため、現在では幼児虐待としてネパール政府に否定されている。

 

シヴァデーヴァ3世(?~?) デーヴァ朝ネパール王 在位1099~1126 ※画像なし
白河天皇(1053~1129) 第72代天皇

 

※シヴァデーヴァ3世は、日本に移住して「白河天皇」を称するが、白河の名の由来はチャールキヤである。チャールキヤ=シャールキア=シャラキア=白河となる。

 

マナ・デーヴァ(?~?) タクリ朝ネパール王 在位?~?※画像なし
鳥羽天皇(1103~1156) 第74代天皇

 

※タクリ朝のネパール王マナ・デーヴァが日本に移住し、鳥羽天皇となる。鳥羽天皇の御名は「宗仁」であるが、これはマナに由来している。マナの人=マナヒト=ムネヒトとなる。そして、鳥羽(とば)の名の由来はデーヴァである。

 


後白河天皇(1125~1192) 第77代天皇
ビッラマ5世(?~1192) ヤーダヴァ朝初代王※画像なし

 

※後白河天皇は後期チャールキヤ朝に侵入し、「ヤーダヴァ朝(セーヴナ朝)」を開いた。

 

土御門貞通(1188~1247) 土御門家祖
後鳥羽天皇(1180~1239) 第82代天皇

シンガナ2世(?~1247) ヤーダヴァ朝第3代王※画像なし

ヴァルラム(1180~1226) リンブルフ公※画像なし

Engelbert II of Berg(1185~1225) 聖フェーメ団首領

 

※インド洋の商業航路を経て日本に辿り着いたツチ族は、土御門貞通に変身して「土御門家」を築いた。土御門の由来はツチ族の帝王である。その後、土御門貞通は「後鳥羽天皇」を演じた。後鳥羽の名の由来は、鳥羽天皇と同様にデーヴァである。

 

土御門天皇(1195~1231) 第83代天皇※後鳥羽天皇の子

 

尊助法親王(1217~1291) 天台座主※土御門天皇の子

ハインリヒ5世(1216~1281) 初代ルクセンブルク伯

スンジャータ・ケイタ(1217~1255) マリ帝国初代王 在位1240~1255

 

※尊助法親王は土御門天皇の子であるためか、アフリカに赴き、マリ帝国を建てている。マリの由来は24のティールタンカラに属するマッリである。

 

ハインリヒ7世(1275~1313) ルクセンブルク朝初代神聖ローマ皇帝※ハインリヒ5世の孫

フランソワ・グリマルディ(?~1309) 初代モナコ領主※画像なし

 

オットカール(1318~1320) ※ハインリヒ7世の孫

土御門通房(1320?~?)

ンダヒロ1世(?~?) ルワンダ王国第1王朝初代王 在位1350~1386

 

※通房の時代から土御門家はアフリカに帰還し、ルワンダ王国の王として君臨していた。

 

カール4世(1316~1378) ルクセンブルク朝第2代神聖ローマ皇帝 在位1346~1378

シモン・ボッカネグラ(?~1363) ジェノヴァ共和国初代ドージェ 在位1339~44、56~63※画像なし

茶和布底(?~1360) 第13王朝第2代チャンパ王 在位1340~1360※画像なし

 

※神聖ローマ皇帝カール4世はリンチ殺人集団「聖フェーメ団」の首領でもあった。

 

ジギスムント(1368~1437) ルクセンブルク朝第5代神聖ローマ皇帝※ハインリヒ7世の曾孫

サメンベ(?~1434) ルワンダ王国第1王朝第3代王 在位1410~1434※画像なし

バルトロメオ・デラ・キャプラ(1365~1433) ジェノヴァ共和国ドージェ 在位1405~1414※画像なし

 

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コラード・ダ・フォグリアノ(?~1470) ジェノヴァ共和国ドージェ 在位1468~1470

槃羅茶全(?~1471) 第15王朝第2代チャンパ王 在位?~1471

 

シイリマ1世(?~1506) ルワンダ王国第1王朝第6代王 在位1482~1506

キゲリ1世(?~1528) ルワンダ王国第2王朝初代王 在位1506~1528

ミバンブウェ1世(?~1552) ルワンダ王国第2王朝第2代王 在位1528~1552

ユヒ1世(?~1576) ルワンダ王国第2王朝第3代王 在位1552~1576

ンダヒロ2世(?~1600) ルワンダ王国第2王朝第4代王 在位1576~1600

 

ルガンズ2世(?~1624) ルワンダ王国第3王朝初代王 在位1600~1624※画像なし
カール1世(1569~1627) 初代リヒテンシュタイン公

 

※ルワンダ王ルガンズ2世はルワンダを発進してドイツに移住し、カール1世としてリヒテンシュタイン公に就任した。本願寺を拠点とする他のタナトスの一族がヨーロッパを食い荒らす中、小さいながら、自分たちの領土を確立した形だ。

 

ユヒ2世(?~1720) ルワンダ王国第3王朝第5代王 在位1696~1720

ポー・サクティライ・ダ・プティー(?~1728) 自治政権初代チャンパ王 在位1696~1728

 

※1471年からチャンパ王位が空位になるが、その間、チャンパ王室はルワンダに赴き、ルワンダ王として君臨していた。その後、ユヒ2世の時にチャンパに帰還し、ベトナム帝国内でチャンパ王位を甦らせた。

 

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後奈良天皇の子

 

覚恕法親王(1521~1574) 天台座主

ドラヴィヤ・シャハ(?~1570) ゴルカ王国初代王 在位1559~1570

オノレ1世(1522~1581) 第18代モナコ領主 在位1523~1581

 

※覚恕法親王は38歳の時にネパールに移住し、「ゴルカ王朝」を築いた。その後もネパールと日本を往来していたが、1571年に比叡山焼き討ちが起きると、日本を脱出してネパールに逃げた。歴史では武田信玄を頼って甲斐に亡命したとされている。その後、モナコ領主座を簒奪し、オノレ1世を称してモナコ領主になった。オノレの由来は日本語「おのれ」だろう。

 

プリトビ・ナラヤン・シャハ(1722~1775) ゴルカ王国第10代王、ゴルカ朝ネパール王国初代王

 

ラナ・バハドゥル・シャハ(1775~1806) ゴルカ朝第ネパール王国第3代王 在位1777~1799

ギヨーム1世(1772~1843) ルクセンブルク初代大公※画像なし

 

※ラナはウィレム1世の影武者を務めていたと考えられる。ネパール王がオランダ王の影武者を演じ、そのままルクセンブルク公国の初代大公となった。ゴルカ朝の王位はその後、第7代王プリトビ・ビール・ビクラム・シャハの時代にチャックリー朝(西本願寺門主湛如の一族)に簒奪されている。

 

ギヨーム4世(1852~1912) ルクセンブルク第5代大公

 

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シャルロットの子(ルクセンブルク大公ギヨーム4世の孫)

 

ジャン(1921) ルクセンブルク第8代大公 在位1964~2000

レオ・チンデマンス(1922~2014) ベルギー王国第58代首相 任期1974~1978
ルドルフ・プレイル(1924~1958) 異常性愛シリアルキラー(女性25人)

ルシアーノ・スタニアック(1920年代生) 異常性愛シリアルキラー(女性20人)

レーニエ3世(1923~2005) モナコ大公

 

※何かの冗談か?ジャン大公とチンデマンスの顔は全く同じだ。同一人物でしかありえない。結婚式の写真では、新婦が新郎ジャンのことを怖がっていたように見えたので、新婦は正体を知っていたのだろう。ルクセンブルク。本願寺を拠点とする他のタナトスの一族がヨーロッパを食い荒らす中、小さいながら、自分たちの領土を確立した形だ。

 

アンリ(1955) ルクセンブルク第9代大公 在位2000~現在

ジョン・ダフィー (1956) 強姦殺人(女性3人)

コリン・アイルランド(1954~2012) 同性愛シリアルキラー(男性5人)

 

※両刀遣いシリアルキラー。チビのジョン・ダフィーにはのっぽの共犯者がいたというが、逮捕もされていないし、誰だか判明してもいない。たぶんアンリ大公のことだろう。

 

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アルベール2世(1958) 第21代モナコ大公 在位2005~現在

竹下雅敏(1959) シャンティ・プーラ主催

 

 

 


デウスの一族~ジャイナ教、河伯、サータヴァーハナ朝、フン族、アッティラ帝王、稲荷神社、九頭龍、風水、足利尊氏、後醍醐天皇、シャーマニズム、クエーカー教、住友財閥、三井財閥


デウス(2万年前)

サトレ(2万年前)

 

※「最終戦争ラグナロク」を機に、放射能で汚染された北アメリカ大陸を去ったアトランティス人は、故地であるアトランティス王国に帰還した。しかし、一部は反対側のヨーロッパに目を向けた。彼らは、北アメリカ大陸を離れて北極圏を抜けて氷河に覆われた北ヨーロッパに移住した。当時、ロンドン辺りまで氷河に覆われていたブリテン島にはディオーネーのタナトスに属する司神タナトスが棲んでいた。

彼らは「デウス」を名乗り、古代ヨーロッパに住んでいたオケアーニス大洋の娘たち、河川の娘たちを支配した。デウスの由来はクリュテイオスである。クリュテイオス=クリュデウス=デウスとなる。その後、デウスはイタリア半島にまで進出し、イタリア半島では「サトレ」を称した。サトレの由来はサトゥルヌスである。サトレはイタリアの由来でもある。サトレ=アトレ=アトレア=イタリアとなる。

 

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「ネアンデルタールが切断して焼いた骨がフランス・シャラント県で発掘される」(BC7千年)

 

「ネアンデルタールが36人の子女を食べた痕跡がドイツ・バンベルク洞窟で発掘される」(BC6千年)

 

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ダーサ族(BC32世紀)

サートヴァタ族(BC32世紀)

 

※古代ヨーロッパにティールタンカラが進出してアーリア人が生まれると、デウスはアーリア人の軍団に参加した。デウスは「ダーサ族」と呼ばれた。ダーサの由来はデウスである。

マハーバーラタ戦争「十王戦争」を機に、ヨーロッパを離れてインドに落ち延びたデウスは「サートヴァタ族」を形成した。サートヴァタの名の由来はサトゥルヌスと24のティールタンカラに属するスヴィティの組み合わせである。サトゥルヌス+スヴィティ=サトゥヴィティ=サートゥヴィティ=サートヴァタとなる

 

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トゥディヤ/足名椎神(?~?) 初代アッシリア王 在位BC2450~BC2400

アダムー(?~?) 第2代アッシリア王 在位BC2400~BC2375

 

※アッシリアの由来はダーサとアーリアの組み合わせである。ダーサ+アーリア=アーサリア=アッシリアとなる。アッシリア王アダムーは、古代オリエントと古代日本を同時に統べていた。日本の拠点は「出雲」と呼ばれた。出雲の由来はアダムーである。アダムー=アザム=出雲となる。アッシリア人は足名椎神、手名椎神、櫛名田比売命と呼ばれた。足名椎神の由来はアッシリア、タナトス、トゥディヤであり、手名椎神の由来はタナトス、トゥディヤであり、櫛名田比売命の由来は能登のペガサスである。アッシリア+タナトス+トゥディヤ=アシナトトゥディ=あしなづち=足名椎神、タナトス+トゥディヤ=タナトゥディ=てなづち=手名椎神、ペガサス+能登+姫=ガスノト姫=櫛名田比売命となる。

アッシリア人はアッシリア、中央アジア、日本でヤマタノオロチ(ティアマトの蛇)を祀り、人身御供を開催していた。優れた人間を公的に殺害し、性奴隷、或いは人肉を供給するためである。彼らはスサノオ(スーサの王?)に退治されるが、櫛名田比売命を嫁として差し出し、スサノオの遺伝子を取り入れている。

 

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イプタール・シン(?~?) アッシリア王 在位BC1662~BC1650

タン/手名椎神(?~?) 殷初代王 在位BC1675~BC1646

スッドーダナ(?~?) カピラバストゥ王

ドロノダーナ(?~?) 弟

 

ワイレン(?~?) 殷第11代王 在位不明

マハーヴィーラ(?~?) ジャイナ教教祖

 

ティグラト・ピレセル1世(?~?) アッシリア王 在位BC1115~BC1076

帝辛(?~?) 殷第30代王 在位BC1101~BC1076※最後の皇帝

 

※出雲国とアッシリア王国は同義であり、王族は古代ヨーロッパから東アジアに至るユーラシア大陸全域を支配していたと考えられる。カピラバストゥも殷もその一部である。カピラバストゥの由来はカブールとハルシュタットの組み合わせである。つまり、カピラバストゥ王国はネパールではなく、古代オーストリアからカブールにかけて存在した。殷(イン)と商(シャン)の由来はTANATOSの反対SOTANATだと考えられる。SOANA=ANA=イナ(殷)となり、SOANA=SOAN=シャン(商)となる。殷の王族は、人身御供を開催した。

スッドーダナとドロノダーナは兄弟とされているが、同一人物と考えられる。スッドーダナとドロノダーナの由来は両者とも、サトゥルヌスとタナトスの組み合わせである。サトゥルヌス+タナトス=サトゥタナ=スッドーダナとなり、サトゥルヌス+タナトス=トゥルヌタナ=ドロノダーナとなる。

マハーヴィーラはマガダで生まれたとされているが、当時のマガダはマケドニアのことを指していたため、ブッダと同じでマハーヴィーラも古代ヨーロッパに生まれたと考えられる。ジャイナの由来はTANATOS(タナトス)の反対SOTANATだと考えられる。SOTANAT=SOANA=ジャイナとなる。「マハーバーラタ戦争」と時を一にして殷も滅ぶが、ジャイナ教は中国からネパールに移り、「ナータ族」を称した。ナータの由来はジャイナ教と同じでSOTANATである。SOTANAT=NAT=ナータとなる。

 

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ガンダーラ王国(BC7世紀)

カンボージャ王国(BC7世紀)

 

エサルハドン(?~?) アッシリア王 在位BC681~BC669

テウスパ(?~BC670) キンメリア王 在位BC680~BC670

 

タグダム(?~BC640) キンメリア王 在位BC660~BC640

サンダクシャトラ(?~BC640) キンメリア王 在位BC640

 

※サートヴァタ族は「キンメリア人」とも呼ばれた。キンメリアの由来は24のティールタンカラに属するクントゥとマッリの組み合わせである。ガンダーラもキンメリアと同じ由来を持つ。クントゥ+マッリ=クンマッリ=キンメリアとなり、クントゥ+マッリ=クントゥッリ=ガンダーラとなる。

カンボージャも、24のティールタンカラに属するクントゥとヴァースプージャの組み合わせである。クントゥ+ヴァースプージャ=クンプージャ=カンボージャとなる。つまり、キンメリア人の拠点はガンダーラ王国やカンボージャ王国だった。


シャターニカ2世(?~?) ヴァツサ王 在位BC6世紀

 

※キンメリア人(ガンダーラ人、カンボージャ人)がシャターニカ2世を名乗った。シャターニカの名の由来はサタニカ(サタンの人)である。シャターニカ2世は、同じ一族であるティールタンカラが築いたヴァツサ国の王となった。

 

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ウダヤナ(?~?) ヴァツサ王 在位不明

簡子(?~?) 魏第6代王 在位不明

 

※ヴァツサ王ウダヤナは魏の王位を簒奪したと考えられる。このときから、魏の王は河伯に捧げる人身御供の儀式を主催する神官も兼ねていた。河伯の中国語読みはホーボーである。ホーボーの由来はティールタンカラのひとり「シャンパヴァ」である。シャンパヴァ=パーヴァー=ホーボーとなる。

 

襄子(?~?) 魏第7代王 在位不明

スパルタカス1世(?~BC433) スパルタ朝ボスポラス王国初代王 在位BC438~BC433

 

桓子(?~BC446) 魏第8代王 在位不明

サチュロス1世(?~BC389) スパルタ朝ボスポラス王国第2代王 在位BC433~BC389

 

文侯(?~BC396) 魏第9代王 在位BC445~BC396

セレウコス(?~BC393) スパルタ朝ボスポラス王国第3代王 在位BC433~BC393

 

武侯(BC424~BC370) 魏第10代王 在位BC395~BC370

昭王(?~BC277) 魏第13代王 在位BC296~BC277

 

安釐王(?~BC243) 魏第14代王 在位BC276~BC243 ※画像なし

パイリサデス2世(?~BC245) スパルタ朝ボスポラス王国第3代王 在位BC284~BC245※画像なし

ミトリダテス1世 (?~BC266) ポントス王国初代王 在位BC281~BC266※画像なし

アリオバルザネス(?~BC250) ポントス王国第2代王 在位BC266~BC250※画像なし

応神天皇(?~?) 第15代天皇 在位不明

仁徳天皇(?~?) 第16代天皇 在位不明

 

王假(?~BC225) 魏第16代王 在位BC227~BC225

ミトリダテス2世(?~BC220) ポントス王国第3代王 在位BC250~BC220

履中天皇(?~?) 第17代天皇 在位不明

 

※御名に足(たらし)を持つ景行天皇、成務天皇、仲哀天皇はアイルランドのハイキングだったが、応神天皇から武烈天皇までの天皇の正体はポントス王だった。応神天皇の御名「誉田別尊(ほんだわけ)」の由来はポントスである。もし応神天皇がポントス王であったなら、応神天皇はAD3世紀の人物ではなく、BC3世紀の人物となる。

 

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シムカ(?~?) サータヴァーハナ朝初代王 在位BC230~BC207

 

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サドカイ派(BC2世紀)

 

※アショーカの登場を機に、サートヴァタ族はエーゲ海に移り、「サドカイ派」を結成した。サドカイの名の由来はサトゥルヌスとアカイアの組み合わせである。サトゥルヌス+アカイア=サドカイア=サドカイとなる。その後、サドカイ派はイスラエルに進出した。

 

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ミトリダテス4世(?~BC150) ポントス王国第6代王 在位BC170~BC150

アレタス1世(?~?) ナパタエ王国初代王 在位BC169~?

 

オボダス1世(?~BC85) ナパタエ王国第3代王 在位BC96~BC85※画像なし

マリクス1世(?~BC30) ナパタエ王国第7代王 在位BC59~BC30※画像なし

崇神天皇(?~?) 第10代天皇 在位BC97~BC30

 

※魏は滅亡後にポントスに拠点を移した。ポントス王が更にナパタエ王国などを築いた。魏の王が築いた勢力はポントス、ナパタエ、マルコマンニに渡り、これらの国は邪馬台国とも倭国とも呼ばれた。邪馬台の由来はシャム(タイ)とナパタエの組み合わせである。シャム+ナパタエ=シャムタエ=邪馬台となる。倭の王として崇神天皇や垂仁天皇が生まれている。倭の由来は魏(ウェイ)である。 

 

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東明聖王(BC58~BC19) 高句麗初代王 在位BC37~BC19

 

瑠璃明王(BC38~18) 高句麗第2代王 在位BC19~18

温祚王(?~28) 百済初代王 在位BC18~28

 

※河伯は人身御供のカルトであり、若い娘を生贄として黄河の底に沈めていた。しかし、西門豹がこのカルトに属する巫女を皆殺しにした。その後、BC225年に魏が滅ぶと河伯はマヤに移り、マヤでも同じことを繰り返した。彼らは中国時代には生贄の娘を黄河に沈めていたが、マヤでは聖なる泉セノーテに沈めていた。

およそ200年後、河伯はマヤを離れて古代朝鮮半島に2つの王朝を築いた。高句麗と百済である。高句麗と百済の王は代々、日本で人身御供の神官を務めていた。高句麗(ゴグリョ)の由来はククルカンであり、百済(くだら)の由来はケツアルコアトルである。

高句麗と百済の王は、日本に「九頭龍」を祀り、現千葉県・鹿野山麓などで農民から生贄を要求する人身御供の教団を運営していた。九頭龍(くずりゅう)の読みの由来はケツァルコアトルである。ケツァルコアトル=ケツァルー=九頭龍(くずりゅう)となる。九頭龍の漢字の由来は先祖が祀っていたヤマタノオロチである。
この人身御供の種族は、古墳時代、日本武尊の古墳製作に干渉し、「古墳は王の墓であるべきだ」「王の墓を築く時は側近・奴隷を人柱として埋めるべきだ」と主張した。もちろん、日本武尊はこんなたわごとに耳は貸さない。だが、人身御供の種族は隠れて人柱を実施した。目的は、先代王の優れた側近を皆殺しにし、次世代の王の側近を自分の息がかかった者で固めるためである。

しかし、これを知った日本武尊は彼らを皆殺しにし、代わりに「埴輪」を埋めるようになった。こうして、土蜘蛛を皆殺しにした景行天皇の偉業を引き継いだ日本武尊は、日本各地で古墳製作を指揮しながら、同じく土蜘蛛の邪教詐欺集団、九頭龍の人身御供の種族を皆殺しにするようになった。
その後も、彼らは朝鮮半島から渡来し、越前国、安芸国、常陸国、紀伊国に渡って人身御供の儀式を存続し、食肉目的で日本人を惨殺し、食料として食べていた。日本人に恐れられた九頭龍は、常陸では「鹿島大明神」、紀伊では「熊野大権現」、安芸では「厳島大明神」、越前では「黒龍大明神」として祀られた。彼らは既存の神々に乗っかり、権威を悪用しているのだ。
九頭龍は国家鎮護の神として祀られたが、これは、当時の日本人が悪との戦いを放棄し、人喰い人種に絶対服従していたことを示している。古代日本では、ヤマタノオロチの昔から、優れた児童が生贄として捧げられていた。「指導者の可能性を持つ児童をすべて排除していれば俺たちに歯向かうやつは永久に出てこない。優れた者の管理は簡単だ。優れた者は少ないからな」ということだ。このように、日本人を形成する精神的な核には、自分たちを救ってくれる英雄を自ら殺し、人喰い人種に服従することで生活と安定を守る本能が定着している。

 

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オロチ族(BC1世紀)

 

※高句麗が築かれると、一部中枢はシベリアに進出し、「オロチ族」となった。オロチの由来は日本語のオロチである。彼らがシャーマニズムを始めた。シャーマニズムは人類の宗教の原型ではなく、新しい類の宗教である。シャーマンの大きな特徴は、未開の部族を対象にしていることである。

 

エクソシスト(218頃)

 

※オロチ族のシャーマンはツングースを離れて、遠く、ヨーロッパに及び、ローマ帝国に侵入した。キリスト教に習合した彼らはシャーマン文化を取り入れ、悪魔祓いなど「エクソシスト」の文化をキリスト教に取り入れた。基本的に詐欺であり、執り憑かれた者とエクソシストは役者であり、悪魔祓いの様子を見ている人々は観客である。ただ、人々は観客であるという自覚がない。

 

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垂仁天皇(?~70) 第11代天皇 在位BC29~70

アルサケス(?~?) ポントス王国第11代王 在位BC37※画像なし

ポレモン1世(?~BC8) ローマ属領時代初代ポントス王 在位BC37~BC8※画像なし

ピトドリダ(?~38) ローマ属領時代第2代ポントス王 在位BC8~38※画像なし

ポレモン2世(?~64) ローマ属領時代第3代ポントス王 在位38~64※画像なし

マロボドゥース(?~18) マルコマンニ王 在位BC9~18※画像なし

カトゥアルダ(?~20) マルコマンニ王 在位18~20※画像なし

ヴァニウス(?~50) マルコマンニ王 在位20~50※画像なし

ヴァンギオ(?~50) マルコマンニ王 在位50※画像なし

シド(?~50) マルコマンニ王 在位50※画像なし

 

※倭の王、邪馬台国の王、垂仁天皇はポントス王、マルコマンニ王も兼ねていた。

 

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地母神アティラ(66頃)

創造神ティラウ(66頃)

 

※66年、ユダヤ戦争を機にディアスポラが発生すると、サドカイ派は遠く北アメリカの地にまで足を伸ばした。ポーニー族を支配下に置いた彼らは「地母神アティラ」「創造神ティラウ」を祀って人身御供を実施した。アティラの名の由来はサトゥルヌスである。サトゥルヌス=アトゥルヌス=アトゥル=アティラとなる。ティラウの名の由来はサトゥルヌスである。サトゥルヌス=サトゥラウヌス=トゥラウ=ティラウとなる。

 

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ラベル2世(?~106) ナパタエ王国第7代王 在位71~106※最後の王

マルクス・トラヤヌス(30~100) ※ローマ皇帝トラヤヌスの父

 

ルキウス・ウェルス(130~169) ※ローマ皇帝トラヤヌスの曾孫

バロマール(?~?) マルコマンニ王 在位166~178頃

バナダスプス(?~?) ジャマタエ王 在位174頃

 

ルキウス・アウレリウス・ウェルス(159?)※ルキウス・ウェルスの子

ゴルディアヌス1世(159~238) ローマ皇帝 在位238

 

アントニア・ゴルディアナ(210~?) ローマ皇帝ゴルディアヌス2世の妹

卑弥呼(?~240頃)

 

オリブリオス(430~472) 西ローマ皇帝 在位472

ベンガ(?~?) ジャマタエ王 在位470~471

ブバイ(?~?) ジャマタエ王 在位470~471

 

※邪馬台国の首都は現タイに築かれたと考えられる。邪馬台の由来はシャムとナパタエの組み合わせである。つまり、邪馬台国はヨーロッパ、シナイ半島、黒海、タイ(シャム)に勢力圏を持ち、倭、タイ(シャム)、ナパタエ、ポントスなど複数の名を持つ国際的な連邦国家だった。

邪馬台国の女王卑弥呼の正体はローマ皇帝の妹アントニア・ゴルディアナだった。ゴルディアヌス1世から3世にかけて、ローマ皇帝は「サトゥルヌス密儀」を指揮していた。サトゥルヌス神殿は、政治的にも極めて重要な神殿としてローマの七丘のひとつカピトリヌス丘の麓に築かれた。神殿には、ローマの国庫が設置され、法文や元老院決議が保管されるなどされていたが、サトゥルヌス密儀の集団が、どれほどローマに対して大きく、深い影響力を誇っていたかが理解できる。

 

イクリンガス(?~?) マーシア王国初代王 在位527頃

 

ベールトウルフ(?~852) マーシア王国第31代王 在位840~852

アルモス(?~850) 初代マジャール王 在位820~850

 

ゲーザ(?~997) 第6代マジャール王 在位973~997

 

※ジャマタエ族はイングランドに移り、マーシア王国を建てた。マーシアの由来はシャム(タイ)の由来シャマシュである。シャマシュ=シャマーシュ=マーシアとなる。その後、ベールトウルフ王がイングランドを離れてパンノニアに移住している。この時にマジャール人が生まれた。マジャールの由来はマーシアとマクリアの組み合わせである。

マーシア+マクリア=マーシアリア=マーシャラ=マジャールとなる。

マーシア王と共にマジャール人を儲けたマクリア王国(安閑天皇の一族)、初代ハンガリー王イシュトヴァーン1世を生んだアールパード家を築いたアルワ王国(ハルハ部)、ノバティア王国(北狄)は、ヌビアに移住したモンゴル人である。

 

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義慈王(599~660) 百済第31代王 在位641~660※最後の王

 

宝蔵王(?~682) 高句麗第28代王※最後の王

 

稲荷神社(356頃)

田中大神(356頃)
佐田彦大神(356頃)
四大神(356頃)

大宮能売大神(356頃)

 

※新羅が興り、三国時代が始まると、マヤ人は中枢を日本に拠点を移した。彼らは、「田中大神」「佐田彦大神」「四大神」「大宮能売大神」を儲け、稲荷神社を築いた。稲荷(いなり)の由来は朝鮮語の神(ハヌル)であり、漢字表記「稲」と「荷」の由来はパンノニアである。

田中、佐田彦の名の由来はサタンの人(サタニキ)であり、四の名の由来は死(タナトス)である。サタニキ=タニキ=田中となり、サタンの人=佐田+彦=佐田彦となる。能売(のめ)の名の由来はヌミディアである。田中、佐田の名の由来はサタンだけではなく、マケドニア人(マケドニキ)=田中、アサド=佐田などがある。  

 

唯一神アラー(5世紀)

 

※マヤ人は、インド洋の通商航路を経て日本からアラビア半島にまで辿り着いた。彼らはアラビアの地で人身御供を始めた。優れた人間を公的に殺害し、性奴隷、或いは人肉を供給するためである。朝鮮語をしゃべる彼らはアラビア人に対し、「俺たちに生贄をよこせ、さもなくば死だ。わかったか(アラ)?」と語りかけた。するとアラビア人は「わかりました(アラー)」と応えた。これが唯一神アラーの誕生である。「アラ」とは朝鮮語で「了解」を意味する。

 

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ガウタミープトラ・シャータカルニ(?~?) サータヴァーハナ朝第22代王 在位106~130

 

ヤジャニヤ・シュリー・シャータカルニ(?~?) サータヴァーハナ朝最後の王 在位170~199

 

※サドカイ派は、故地であるインドに「サータヴァーハナ朝」を開いた。サータヴァーハナの名の由来はサートヴァタとヴァナラシの組み合わせである。サートヴァタ+ヴァナラシ=サートヴァヴァナ=サータヴァーハナとなる。サータヴァーハナ朝は、アーンドラ朝とも呼ばれた。70年にエルサレム神殿の破壊が起きると、サドカイ派はイスラエルを離れてインドに帰還し、サータヴァーハナ朝の支配に専念した。

 

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フン族(3世紀)

 

※3世紀にサータヴァーハナ朝(アーンドラ朝)が滅ぶと、一部はゲルマニアに移ってヴァンダル族となる。一部は「フン族」を生んだ。インド人の顔をしたフン族には匈奴の残党も含まれていた。フンの名の由来はサータヴァーハナのハナである。

パンノニアはフン族が命名したが、由来はフンとゲルマニアの組み合わせである。フン+ゲルマニア=フンニア=フンヌニア=パンノニアとなる。フン族は、タナトスの首領ドナート、ルアなどの悪党に率いられ、残忍な騎馬民族として恐れられた。

 

ガイセリック(389~477) 初代ヴァンダル王 在位428~477

ゲリメル(480~553) ヴァンダル最後の王 在位530~534


カーブ・イブン・アル=アシュラーフ(?~624) バヌー・ナディール首長

 

※ヴァンダル王国が滅ぶと、ゲリメルの残党はメディ-ナに移住した。彼らは「バヌー・ナディール族」を称した。バヌー・ナディールの名の由来はフンとナードゥ、ドラヴィダの組み合わせである。フン+ナードゥ+ドラヴィダ=ブン・ナードゥラ=バヌー・ナディールとなる。

 

アフマド・イブン・トゥールーン(835~884) トゥールーン朝初代アミール 在位868~884

シャイバーン・イブン・アフマド・イブン・トゥールーン(?~?) トゥールーン朝アミール 在位904~905※最後の王

 

※バヌー・ナディール族はエジプトに「トゥールーン朝」を開いた。

 

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アッティラ(406~453) フン族の王

マルキアヌス(396~457) テオドシウス朝第4代ビザンツ帝国皇帝※画像なし

 

※330年後、ポーニー族の土地に「アッティラ」が生まれると、彼らはヨーロッパに帰還した。アッティラの名の由来は地母神アティラである。ドナート、ルアなどの偉大な悪党の衣鉢を継いだアッティラは、フン族を指揮し、パンノニアに「アッティラの帝国」を打ち建てた。

アッチラの死によってアッチラの帝国が崩壊すると、一部フン族はシベリアに移住し「ナナイ族」を生んだ。ナナイの名の由来はパンノニアである。パンノニア=パンナナイ=ナナイとなる。

 

エラク(?~454) ※アッティラの子

シェンギラ(430~480) エフタル初代王 在位430~461

 

トラマーナ(?~?) エフタル王 在位515~528

ユクノーム・チェン1世(?~?) カラクムル王 在位500頃

 

ミヒラクラ(?~542) エフタル最後の王 在位528~542

トゥーン・カーブ・ヒックス(?~?) カラクムル王 在位520~546

東漢磐井(?~?)

 

空を見る者(?~?) カラクムル王 在位561~572

ヤックス・ヨパート(?~?) カラクムル王 在位572~579

巻き蛇(?~?) カラクムル王 在位579~611

東漢駒(?~592) 坂上氏家祖※東漢磐井の子

 

タホーム・ウカッブ・カック(?~?) カラクムル王 在位622~630

ユクノーム・チェン2世(?~?) カラクムル王 在位636~686

ユクノーム・イチャーク・カック(?~?) カラクムル王 在位686~695

ユクノーム・トーク・カウィール(?~?) カラクムル王 在位702~731

 

偉大なる蛇(?~?) カラクムル王 在位751頃

坂上犬養(682~765)

一行(683~727) 風水師

 

※坂上犬養は張氏に接近して自身の血統を打ち立てた。この時に誕生したのが「一行(張遂)」である。一行は、風水師として唐の玄宗皇帝と関係を持った。ただ、一行が玄宗皇帝に重用されたのに対し、邱延翰は危険視され、迫害された。風水は、タナトス一族の経済活動促進、需要開拓のためのウソに過ぎない。

 

ボロン・カウィール2世(?~?) カラクムル王 在位771~789※画像なし

坂上苅田麻呂(727~786)

能登内親王(733~781) 光仁天皇の子※画像なし

 

※757年頃、カラクムル王ボロン・カウィール2世(坂上苅田麻呂)が九頭龍崇拝を復活させた。彼らは、箱根山に進出して芦ノ湖に拠点を得た。彼らは、箱根の村人に毎年若い娘を選んで芦ノ湖に棲む毒龍に捧げることを強制していた。村人が皆殺しになるよりは犠牲者が一人で済むなら仕方が無い、と村人は嫌がる娘を九頭龍に捧げていた。この時、見かねた修行僧「万巻」が村人を救っている。万巻の正体は、修験者(天狗)と考えられる。
万巻は、危険な人喰い人種たちを湖底の杉に縛り付けて皆殺しにしたようである。これを機に、マヤに君臨していたカラクムル王国は壊滅した。九頭龍の残党は日本各地に散り、諏訪国、甲斐国、現東京都・檜原村、葛城山系、肥前国、阿蘇山、摂津国、近江国などに居住した。

 

弥努摩内親王(?~810) 光仁天皇の子※画像なし

坂上田村麻呂(758~811) 征夷大将軍※坂上苅田麻呂の子

藤原内麻呂(756~812)

 

坂上広野(787~828) ※坂上田村麻呂の子

アテルイ(789~802)

 

坂上正野(?~?) ※坂上田村麻呂の子

モレ(?~?) 

 

※アッティラの子孫である坂上田村麻呂が儲けた息子2人は「アテルイ」「モレ」を称し、蝦夷を治めた。アテルイの名の由来はフン族の帝王アッティラである。アッティラ=アッテライ=アテルイとなる。モレの由来はモレクである。蝦夷を治めていたアテルイは、陸奥国に進出した紀古佐美率いる朝廷軍を巣伏の戦いで撃退したが、続く大伴弟麻呂、そして坂上田村麻呂率いる朝廷軍にたて続けて敗北した。

父であるためか、田村麻呂はアテルイの助命を嘆願したという。当時の人々であれ、現代の学者であれ、第三者には田村麻呂の真意は理解できなかっただろう。その後、アテルイは河内国で処刑されたとされているが、実際には蝦夷を脱し、太平洋を横断してマヤに落ち延びたようだ。

 

雨神チャクモール(802)
稲妻の神トラロック(802)

 

※日本人の顔をしたアテルイらは「トラロック」を祀り、マヤ人を統治した。トラロックの名の由来はアテルイとモレの組み合わせである。アテルイ+モレ(モレク)=テルレク=トラロックとなる。チャクモールの名の由来はマヤの創造神チャクとモレクの組み合わせである。チャク+モレク=チャクモレ=チャクモールとなる。

人身御供の種族である彼らは、雨乞いの儀式と称して優秀な者を選んで生贄としてチャクモールに捧げた。つまり、雨乞いの儀式の目的は、雨乞いではない。彼らがマヤで実施した雨乞いの儀式の目的は、邪魔者の速やかな排除や、人肉の入手を目的とした殺人である。

 

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藤原内麻呂の子(マヤの人身御供神官)

 

藤原真夏(774~830)

藤原冬嗣 (775~826)

藤原秋継(?~?)

藤原桜麻呂(?~?)

藤原福当麻呂(?~?)

藤原長岡(786~849)

藤原率(?~?)

藤原愛発(788~843)

藤原大津(792~854)

藤原衛(799~857)

藤原助(799~853)

藤原収(?~?)

藤原緒夏(?~?)

 

※藤原内麻呂の子孫がマヤで人身御供の神官を代々務めた。内麻呂の子孫の名が、謎に包まれたマヤの人身御供の神官たちの名前である。彼らは生贄をセノーテと呼ばれた聖なる泉に投げ込んだ。実際には優れた者の排除である。優れた者がいなければ自分たちは安泰だ。アステカ帝国では、今川氏の一族が凄惨な人身御供の儀式を取り仕切っていた。

 

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藤原冬嗣の子(マヤの人身御供神官)

 

藤原長良(802~856)

藤原良房(804~872)

藤原良方(?~?)

藤原良輔(?~?)

藤原順子(809~871)

藤原良相(813~867)

藤原良門(?~?)

藤原良仁(819~860)

藤原良世(823~900)

 

※藤原内麻呂の子孫がマヤで人身御供の神官を代々務めた。内麻呂の子孫の名が、謎に包まれたマヤの人身御供の神官たちの名前である。上の画像のように、内麻呂の子たちは、神官として男たちにボール競技に参加させ、勝利した者を生贄として捧げるという矛盾を強要した。これは強い者の排除である。強い者がいなければ自分たちは安泰なのだ。

 

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藤原良房の子(マヤの人身御供神官)

 

藤原基経(836~891)

 

※藤原内麻呂の子孫がマヤで人身御供の神官を代々務めた。内麻呂の子孫の名が、謎に包まれたマヤの人身御供の神官たちの名前である。

 

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藤原基経の子(マヤの人身御供神官)

 

藤原時平(871~909)

藤原温子(872~907)

藤原仲平(875~945)

藤原兼平(875~935)

藤原忠平(880~949)

藤原良平(?~?)

藤原穏子(885~954)

 

※藤原内麻呂の子孫がマヤで人身御供の神官を代々務めた。内麻呂の子孫の名が、謎に包まれたマヤの人身御供の神官たちの名前である。

 

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藤原時平の子

 

藤原保忠(890~936) 藤原内麻呂玄孫の子

ウバイドゥッラー(?~934) ファーティマ朝初代王 在位909~934

 

藤原経家(1018~1068) 藤原保忠の玄孫

文宗(1019~1083) 第11代高麗王 在位1046~1083

 

※藤原保忠はエジプトに赴き、初代王として「ファティマ朝」を開いている。ファティマの由来は24のティールタンカラに属するパドマプラパである。一方、保忠の玄孫になる藤原経家は高麗の王位を簒奪している。

 

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シンドク(?~?) クディリ王国初代王 在位929~947

ボゴミル(?~?) ボゴミル派教祖

 

※トゥールーン朝が滅ぶと、残党はジャワ島に移り住んでクディリ王国を築いた。クディリの由来は百済(くだら)である。初代王シンドクの時代、クディリ人は早速ブルガリアに侵入して「ボゴミール派」を築いた。

 

アリイェスワラ(?~?) クディリ王 在位1171~1174

 

※アリイェスワラ王の時代、クディリ人はジャワを出撃してフランスに侵入し、「カタリ派」を設けた。カタリの由来はクディリである。カタリ派は同じタナトスの一族に異端と呼ばれ、アルビ十字軍によって掃討された。

 

ジャヤカトワン(?~?) 最後のクディリ王 在位1292~1293
ピナモンテ・ボナコルシ(?~?) 初代マントヴァ公 在位1279~1291

 

リナルド・ボナコルシ(?~?) 第4代マントヴァ公 在位1309~1328

 

※クディリ王国が滅ぶと、クディリ王ジャヤカトワンはマントヴァに移住し「ボナコルシ家」を儲けた。ボナコルシの名の由来はバヌーとクライシュの組み合わせである。バヌー+クライシュ=バヌクラス=ボヌコルシとなる。ピナモンテ・ボナコルシは、マントヴァの僭主となり、「マントヴァ公国」を築いた。

 

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毅宗(1127~1173) 第18代高麗王 在位1146~1170 ※文宗の玄孫

度会行能(12世紀) 渡会氏の祖?

足利義康(1127~1157) 足利氏の祖

源時方(12世紀) 五辻仲兼の父

 

※マヤ人は、メキシコを後に日本に移住した。マヤ人の顔をしたトラロックは日本人と混合し「渡会」の名を生んだ。渡会の名の由来はアテルイである。アテルイ=ワテルイ=度会(わたらい)となる。又、漢字表記「渡会(どかい)」の由来はサドカイである。

度会家行は、日本仏教界と対立し、仏より神が上位であること、外宮信仰を主張した。また、「建武の新政」後の南北朝の動乱では、信楽を制した祖を同じくする多羅尾氏と連合した。渡会氏は南朝方を支援し、南伊勢地区の軍事活動に挺身した。「後醍醐天皇」の吉野遷幸に尽力した渡会氏は、雄として南朝に対して影響力を誇ったという。

 

明宗(1131~1202) 第19代高麗王 在位1170~1197

サラーフッディーン(1137~1193) アイユーブ朝初代王 在位1169~1193

 

神宗(1144~1204) 第20代高麗王 在位1197~1204

崔忠献(1149~1219) 高麗王朝重臣※画像なし

 

康宗(1152~1213) 第22代高麗王 在位1212~1213

アーディド(1150~1171) ファーティマ朝最後の王 在位1160~1171

アリ・マッラ(?~?) マッラ朝初代ネパール王 在位1200頃

 

トゥーラーン・シャー(?~1250) アイユーブ朝第8代スルタン 在位1249~1250

アル=アシュラフ・ムーサー(1245~?) アイユーブ朝第9代スルタン 在位1250~1254※最後の王

 

ジャヤスティティ・マッラ(?~1395) マッラ朝ネパール王 在位1382~1395

住友忠重(?~?) 住友家始祖

 

※住友の名の由来は住友の名の由来はイスマイールとファティマの組み合わせである。イスマイール+ファティマ=スマティマ=住友となる。

 

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度会行継(12世紀) 度会行能の子※画像なし

五辻仲兼(12世紀) 五辻家の祖※画像なし

知訥(1158~1210) 曹渓宗教祖

 

※日本を離れたマヤ人は次に朝鮮半島に渡った。彼らは、知訥(チヌル)を生んだ。知訥は、曹渓宗(チョゲ)を開いた。曹渓(チョゲ)の名の由来はチャクモールである。チャク=チャゲ=チョゲ(曹渓)となる。仏教が弾圧された時代にも朝鮮で勢力を保持し、AD19世紀末には隆盛を喫した。

 

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高麗王仁宗の孫

 

寿寧宮主(?~?) 第22代高麗王康宗の娘

シャジャル・アッ=ドゥッル(?~1257) マムルーク朝初代スルタン(女性)

 

高宗(1192~1259) 第23代高麗王 在位1213~1259※第22代高麗王康宗の子

イッズッディーン・アイバク(?~1257) マムルーク朝第2代スルタン 在位1250~1257

トルイ(1192~1232) チンギス・ハーン四男

 

沖明国師(生没年不詳) 高麗王熙宗の子

モンケ(1209~1259) 第4代モンゴル帝国ハーン※トルイの子

 

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高宗の子

 

元宗(1219~1274) 高麗王 在位1260~1274※画像なし

後嵯峨天皇(1220~1272) 第88代天皇

アリクブケ(1219~1266) モンゴル帝国第5代ハーン※画像なし

 

王珆(?~1266) 元宗の子※画像なし

亀山天皇(1249~1305) 第90代天皇

 

※高麗から来た王族は天皇に変身した。後嵯峨天皇、亀山天皇は九頭龍崇拝の神官として人無御供の儀式を仕切ったと考えられる。

 

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第4代モンゴル帝国ハーンモンケの子

 

シリギ(?~1280?)※画像なし

メリク・テムル(?~1307) アリクブケの子※画像なし

ニコロ・ポーロ(1230~1294) マルコ父※画像なし

ニコラウス4世(1227~1292) ローマ教皇

 

ウルス・ブカ(?~1324) モンケの孫※画像なし

ヨブクル(?~1324) アリクブケの子※画像なし

マルコ・ポーロ(1254~1324) 二コロの子

ルスティケロ・ダ・ピサ(生没年不詳) 東方見聞録記述※画像なし

ニコラウス5世(1260?~1333) 対立教皇※画像なし

 

※モンケの孫は、じつはアリクブケの子でもあった。2人はポーロ親子に変身し、仇であるフビライの帝国を諜報員として視察した。しかし勝算がないと分かると、親子は現イタリアに移り、永住したと考えられる。2人はローマ教皇としてローマに自身の勢力基盤を築こうと考えたが、強い基盤は得られなかった。

 

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亀山天皇の子

 

晛子内親王(1262~1264)

度会家行(1256~1351) ※度会有行の子

 

後宇多天皇(1267~1324) 第91代天皇

足利家時(1260~1284) ※足利尊氏の祖父

 

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後宇多天皇の子

 

後醍醐天皇(1288~1339) 第96代天皇※五辻忠子の子

 

※五辻の由来はマヤの神イシュチュルである。イシュチュル=いつしる=五汁となるが、いつの間にか五辻となる(少々無理があるが)。

 

後宇多天皇の皇子(1307)※画像無し

足利尊氏(1305~1358) 室町幕府初代征夷大将軍

忠粛王(1294~1339) 高麗第27代国王※画像無し

 

※足利の由来はマヤの神イシュキックである。イシュキック=イシュキク=足利となる。後醍醐天皇と足利尊氏は実際には兄弟である。そのため、2人は最初こそ共に動いていた。

 

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後醍醐天皇の子

 

後村上天皇(1328~1368) 第97代天皇

 

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後村上天皇の子

 

惟成親王(?~1423) 第三皇子

太宗(1367~1422) 李氏朝鮮第3代国王

 

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李氏朝鮮第3代国王太宗の子

 

世祖(1417~1468) 李氏朝鮮第7代王 在位1455~1468

アシュラフ・イーナール(?~1460) ブルジー・マムルーク朝第14代スルタン 在位1453~60※画像なし

 

※世祖の影武者であるマムルーク朝スルターンのアシュラフ・イーナールがエジプトから朝鮮に移住し、「勲旧派」を設ける。このときに朝鮮儒教にイスラム教に似た儀礼様式が導入された。

 

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李氏朝鮮第7代王世祖の子

 

桃源君(1438~1457) 

アシュラフ・カーイトバーイ(?~1495) ブルジー・マムルーク朝第19代スルタン 在位1468~1495

金宗直(1431~1492) 士林派教祖

ジョン・スチュアート(1430~1495) 初代レノックス伯

 

※マムルーク朝スルターンのアシュラフカーイトバイがエジプトから朝鮮に移住し、「士林派」を設ける。士林派(サリム)の由来はイスラムと考えられる。イスラム=イサリム=サリムとなる。

 

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●シャーマニズム

 

※李氏朝鮮の王族世祖、桃源君、成宗の子どもたちが世界中に散り、シャーマンになって原住民を支配した。李氏朝鮮の王族(世祖、桃源君、成宗の一族)が世界中のシャーマンの正体である。時おりしも白人大航海時代前夜である。古い世代のタナトスとして、新しい世代のタナトスの台頭を許すまいと、世祖の一族は世界に散って原住民を支配しなければならないと感じたのだろう。

そういうわけでシャーマニズムは人類の宗教の原型ではなく、比較的新しい宗教の形である。いや、宗教というよりはシャーマニズムはこけおどしでしかない(考えてみれば他のタナトスの宗教もみなこけおどしだが)。一般的に未開の部族は攻撃的だという偏見があるが、タナトス以外の通常の人間は攻撃的になることはない(攻撃的になることを指示されていない限り)。

つまり攻撃的な未開部族がいる場合、実際のところ、彼らはシャーマン(デウスの一族)に操られているに過ぎない。攻撃は彼らの意思ではない。シャーマン(デウスの一族)は所有物を死守したい。そのため、シャーマンは所有物に命じて外部から来た侵入者を攻撃させるのだ(デウスの一族は所有するだけだ)。以下のリストがシャーマンの正体と名前である。彼らは、世界各地のシャーマンの祖である。

 

●世祖の子(シャーマンの名前)

 

桃源君/李暲(生没年不詳)

睿宗/李晄(生没年不詳)

徳源君/李曙(1449~1498)

昌原君/李晟(1458~1484)

阿只(1459~1463)

懿淑公主(1442~1477)

 

●桃源君の子(シャーマンの名前)

 

月山大君(1454~1488)

明淑公主(1455~1482)

成宗(1457~1494) 李氏朝鮮第9代国王 在位1469~1495

 

●成宗の子(シャーマンの名前)

 

燕山君 李㦕(1476~1506) 李氏朝鮮第10代国王 在位1494~1506

順淑公主(1478~1488)

慎淑公主(1481~1486)

中宗 李懌(1488~1544) 李氏朝鮮第11代国王 在位1506~1544

茂山君 李悰(1490~1525)

徽淑翁主(生没年不詳) 任崇載室

敬淑翁主(1483~?) 閔子芳室

徽静翁主(生没年不詳) 南燮元室

安陽君 李㤚(1480~1505)

鳳安君 李㦀(1482~1505)

静恵翁主(1490~1507) 韓紀正室

恭慎翁主(1481~1549) 韓景琛正室

全城君 李忭(1490~1505)

桂城君 李恂(1478~1504)

恵淑翁主(1478~?) 申沆正室

 

タカナクプサルク(1582)
サドナ(1582)

 

※李氏朝鮮の王族世祖、桃源君、成宗の一族は、アラスカ・カナダの北極圏に移住した。エスキモーの生活圏に君臨した彼らは「タカナクプサルク(サドナ)」を称した。タカナカプサルクの名の由来はダキニク(ダキニの人)とバサラク(バサラの人)の組み合わせであり、サドナの名の由来はサタンである。サタン=サタナ=サドナとなる。

 

ナート・カダウ(1582)

 

※李氏朝鮮の王族世祖、桃源君、成宗の一族は、ビルマに移住した。ビルマのシャーマンは「ナート・カダウ」を称した。ナート・カダウの名の由来はタナトスと契丹(キタイ)の組み合わせである。タナトス+キタイ=ナト・キダイ=ナート・カダウとなる。

 


ノロ(1582)
ユタ(1582)

 

※李氏朝鮮の王族世祖、桃源君、成宗の一族は、沖縄・奄美に移住した。沖縄・奄美のシャーマンは「ノロ」「ユタ」を称した。ノロの名の由来はヴァナラシであり、ユタの名の由来はユダヤ(サドカイ派)である。

 

精霊マーリアンマ(1582)
チョウディ(1582)

 

※李氏朝鮮の王族世祖、桃源君、成宗の一族は、インドに移住した。インドのシャーマンは「チョウディ」を称し「マーリアンマ神」を祀っている。マーリアンマの名の由来はマーリキーとウンマの組み合わせであり、チョウディの名の由来はサトゥルヌスである。サトゥルヌス=チャトゥルヌス=チャアトゥ=チョウディとなる。

 

モーソン(1582)
ティアム(1582)
モータム(1582)
パーム(1582)

 

※李氏朝鮮の王族世祖、桃源君、成宗の一族は、タイに移住した。タイのシャーマンは「モーソン」「ティアム」「モータム」「パーム」などの名を称した。モータム、モーソンの名の由来はモートであり、ティアムの名の由来はティアマトであり、パームの名の由来はパミール(モレク)である。 

 


ドゥクン(1582)

 

※李氏朝鮮の王族世祖、桃源君、成宗の一族は、インドネシアに移住した。インドネシアのシャーマンは「ドゥクン」を称した。ドゥクンの名の由来はダゴンである。ダゴン=ダウゴン=ドゥクンとなる。

 


アランタ族(1582)

 

※李氏朝鮮の王族世祖、桃源君、成宗の一族は、インドネシアに移住した。その時、植民地化されたインドネシアで支配者であるオランダ人のことを知ったシャーマンは、オーストラリアに渡り「アランタ族」を儲けた。アランタの名の由来はオランダである。 

 


精霊オレンタ(1582)

 

※李氏朝鮮の王族世祖、桃源君、成宗の一族は、更にオーストラリアから北アメリカを訪れてイロコイ連邦に入植し、偉大なる精霊、偉大なる神秘と呼ばれる「オレンダ」を祀った。オレンタの名の由来はアランタである。

 

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李鏻(1546~1592) 李氏朝鮮第14代国王宣祖の兄※画像無し
李元翼(1547~1634) 李氏朝鮮重臣※画像無し
三井高俊(?~?)※画像無し

ヘンリー・ステュアート(1545~1567) ダーンリー卿

 

※1614年、李元翼が流罪になっているが、彼の正体は第14代国王宣祖の兄である。彼は、第15代国王光海君の時代に流罪に処されたが、脱出して日本に移住した。彼は三人目の李を由来に「三井」の名を生んだ。1人目が李鏻であり、2人目が李元翼であり、三人目が三井高俊である。李鏻の影武者はイギリスにも渡り、ヘンリー・スチュアートを称してダーンリー卿になり、その後のスチュアート朝イングランド王国の礎を築いた。

 

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ジェームズ1世の子(ダーンリー卿ヘンリー・スチュアートの孫)

 

ヘンリー・フレデリック・ステュアート(1594~1612)

住友政友(1585~1652) 初代住友忠右衛門※画像無し

 

※ヘンリーは18歳で死んだことにして、祖父ヘンリー(三井高俊)の故郷日本に帰り、初代住友忠右衛門となる。三井と住友がよく連合するのはそのためだ。

 

エリザベス(1596~1662)※画像無し

アン・ハッチンソン(1591~1643) イギリス反体制派教会

 

ソフィア(1607)※画像無し

メアリ・ダイアー(1611~1660) クウェーカー教徒殉教者

 

※ソフィアは早世したことにしてイギリスからアメリカに渡り、子、或いは甥であるジョージ・フォックスの手助けをし、クウェーカーの殉教者を演じた。

 

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イングランド王チャールズ1世の子

 

チャールズ・ジェームズ(1629)※画像無し

ジョージ・フォックス(1624~1691) クェーカー教教祖

ウィリアム・ペン(1621~1670) ウィリアム・ペン(1644生)父

住友友以(生没年不詳) 二代目住友忠右衛門※画像無し

 

※チャールズ・ジェームズはチャールズ1世ではなく、エリザベスかソフィアのこと考えられる。影武者はジョージ・フォックスを名乗った。フォックスの由来は稲荷の「狐」である。ジョージ・フォックスは「クエーカー教」を築いたが、クエーカーの名は、信者たちがシャーマンのように身を震わせることから第三者によって命名された。クエーカー教徒たちは、自身を「フレンズ」と呼ぶが、フレンズの由来は住友である。

 

ヘンリー(1640~1660)※画像無し

ウィリアム・ペン(1644~1718) フィラデルフィア、ペンシルヴァニア建設

住友友信(1647~1706) 三代目住友忠右衛門※画像無し

 

Gulielma Maria(1671~1685) ウィリアム・ペン(1644)の子

住友友芳(1670~1720) 四代目住友忠右衛門

 

※敵の目をごまかすために女子として生まれたマリアは、14歳で死んだことにして日本に渡り、男に戻って四代目住友忠右衛門となった。

 

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イングランド王チャールズ1世の玄孫

 

ウィリアム・フィッツジェラルド(1749~1804) エミリア・メアリー・レノックスの子※画像無し

エリアス・ヒックス(1748~1830) クウェーカー司教

 

ジョージ・サイモン・フィッツジェラルド(1773~1783) エミリア・メアリー・レノックスの子

ジョン・ウィルバー(1774~1856) クウェーカー司教

 

ヘンリー・エドワード・ネイピア(1789~1853) サラ・レノックスの子※画像無し

ジョゼフ・ジョン・ガーニー(1788~1847) クウェーカー司教

 

※これを見て分かるようにクウェーカー教の関係者は、みなスチュアート朝イングランド王チャールズ1世の子孫である。

 

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第4代リッチモンド侯爵チャールズ・レノックスの子(イングランド王チャールズ2世の玄孫)

 

ジョン・ジョージ・レノックス(1793~1873)※画像無し

モショエショエ1世(?~1870) 初代レソト王 在位1822~1870

 

※ジョン・ジョージは、弟ウィリアムと共に南アフリカに渡った。弟はプレトリウスとしてナタール共和国を築いたが、彼はモショショエ1世としてレソト王国を築いた。彼は現地人をまとめて「ソト族」を生んだが、ソトの由来はサトゥルヌスである。サトゥルヌス=サトゥ=ソトとなる。

 

ウィリアム・レノックス(1799~1881)※画像無し
アンドリース・プレトリウス(1798~1853) ナタール共和国初代総理大臣

 

※スチュアート朝の末裔ウィリアムがプレトリウスに化けて「ナタール共和国」を建てたと考えられる。ナタールの名の由来はナディールである。しかし、AD1842年、大英帝国に攻撃されて翌年に降伏し、英領ナタール植民地とされた。

 

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住友家16代当主の弟住友元夫の子

 

「川勝平太」の画像検索結果

住友芳夫(1943) 住友家17代当主、住友金属工業技監※画像無し

鄭明析(1945) 摂理教祖
川勝平太(1948) 静岡県知事

 

※鄭明析の顔はマヤ人に似ている。マヤで凄惨な人身御供を指揮していた藤原氏の末裔と考えられる。川勝平太は、最初は信じていたが、wikiであの桜井女史のことを大和撫子と呼んでいることを知り、タナトス判定させていただいた。タナトスには優しい顔で騙すテクニックもある。

 

住友信夫(194?)※画像無し

友野宏(1945) 住友金属工業社長、新日鐵住金初代社長兼COO、元日本経団連副会長
丸山和也(1946) 自由民主党

 

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モショエショエ1世

 

レツィエ3世 (1963) 第8代レソト王 在位1996~現在

 

※なぜか友野宏に似ている。優性遺伝子ブリーダーで儲けたのだろうか?

 

 

 


ダーナ神族の一族~ディオニュソス、デニエン人、猿田彦、契丹、デーン人、鬼、酒呑童子、ハーバード大学、ジョージ・ワシントン大統領、アメリカ連合国、統一イタリア王国、カナダ、ニュージーランド、阿含宗

 

司神タナトス/冥府の王ハデス(2万年前)

魔犬ケルベロス(2万年前)

悪鬼ケール(2万年前)

復讐の女神エリニュス(2万年前)

 

※「最終戦争ラグナロク」が発生すると、一部ダニ族は、島の北半分が氷河の下に眠っていたブリテン島南部に移住して「司神タナトス」を称し、「魔犬ケルベロス」「悪鬼ケール」「復讐の女神エリニュス」を生んだ。司神タナトスは、先住者ハデス、プルートー、ペルセポネ、ヘカテらを配下に置き、冥府の王ハデスを名乗った。

 

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「ネアンデルタールが切断して焼いた骨がフランス・シャラント県で発掘される」(BC7千年)

 

「ネアンデルタールが36人の子女を食べた痕跡がドイツ・バンベルク洞窟で発掘される」(BC6千年)

 

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ダーナ神族(1万年前)

ディネ族(1万年前)※画像なし

 

※バベルの塔の図

 

※司神タナトスは、大地殻変動後のヨーロッパと北アメリカ大陸を支配していた。彼らはヨーロッパでは「ダーナ神族」、アメリカでは「ディネ」を称した。ディネとダーナの名の由来はディオーネーである。ディオーネー=ディオニュ=ディネとなり、ディオーネー=デオーネ=ダーナとなる。

ダーナ神族はイングランドとヨーロッパを掌握していたが、アイルランド、スコットランドには科学の種族エラド、マハラエル、トバルカインが住んでいた。比類なき科学を誇ってはいても、科学の種族も人間である。つまり、心がある。ダーナ神族は彼らの心を傷つけることを考えた。科学の種族が共存しているアイルランド人、スコットランド人を邪教の信者として確保すれば、科学の種族にイヤガラセができる。そうすれば、悪者扱いして退けたり、強い罪悪感を植えつけて科学の種族の操作も可能となる。ダーナ神族はそう考えた。

これにより、「トロイア戦争」「マー・トゥーレスの戦い」が起きた。トロイア戦争は現アイルランド北部のデリーで起き、マー・トゥーレスの戦いは現フランスのツールで起きた。科学の種族に敗北したダーナ神族は、ヨーロッパからメソポタミアに移り、現人民を支配するためにバベルの塔を建設させた。

 

ディオニュソス(BC5千年)

 

※科学の種族トバルカインの核攻撃でバベルの塔とバビロニア全域が壊滅し、荒廃すると、ダーナ神族は現サハラ砂漠(当時は深緑豊かな土地だった)に向かった。そこには科学の種族の国テーバイ王国が存在した。この時に「ディオニュソス」が生まれた。

バベルの塔時代、スーサに根城があったダーナ神族は、ディオーネーとスーサを組み合わせた。ディオーネー+スーサ=ディオネスーサ=ディオニュソスとなる。ディオニュソスはぶどうの木を盗み、テーバイ王国のぶどう栽培技術とワイン製造技術を権益化し、法整備も行った。このため、テーバイ王国はディオニュソスの許可なしにぶどうを栽培し、ワインを作ることができなくなった。

一方、ディオニュソスは邪教を作り、多くの女性信者を集めた。これは現代で言うところのフェミニズム、性差別反対であり、目的は家族の破壊である。女たちをディオニュソスに取られた男たち(幼子、息子、夫、父)は困惑した。そして、これに異議を唱えると家族の女性に殺害され、信者の集団に八つ裂きにされた。

ソドムとゴモラの時、テーバイ王国は大量の核兵器により壊滅し、サハラ砂漠と化したが、この時にディオニュソスと邪教も一時的に消滅した。しかし、生き残った残党が再度、インダス流域に移った第二テーバイ王国にも出現した。これが「ディオニュソスは二度生まれた」という説話の真意である。

テーバイ王国は古代ギリシアにはなかった。テーバイ王国とは、サハラ砂漠とインダス流域に存在した、科学の種族トバルカイン(善神デーヴァ)の国である。

 

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デニエン人(BC12世紀)

シェルデン人(BC12世紀)

 

※ディネ族はアラスカを発つと、北極圏を通過して大西洋側に出、アイスランド、アイルランドを経由して地中海に帰還した。ディネ族はイタリア半島に上陸し、「ティニア」という神を祀った。ティニアの名の由来はディネである。ディネ=ディニア=ティニアとなる。サルディーニャ島に拠点を得た彼らはデニエン人、シェルデン人を称した。デニエン人は、シェルデン人と共に悪の「海の民」として地中海を荒らした。

 

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ザントス(?~?) テーバイ第16代王 在位BC1126~1089頃

鬻熊(?~?) 初代楚王 在位1099~1050

 

成王(?~BC626) 楚王 在位BC671~BC626

プロトテュエス(BC7世紀) スキタイ王

 

武王(?~BC690) 第21代楚王 在位BC741~BC690

スパルガペイテス(BC7世紀) スキタイ王

 

共王(BC600~BC560) 第27代楚王 在位BC591~BC560

イダンテュルソス(BC6世紀) スキタイ王

 

恵王(?~BC432) 第34代楚王 在位BC489~BC432

アリアペイテス(BC5世紀) スキタイ王

 

簡王(?~BC408) 第35代楚王 在位BC431~BC408

スキュレス(BC5世紀) スキタイ王

 

※デニエン人(シェルデン人)は、ギリシアのテーバイとメッシニアに拠点を築いた。テーバイ人がスキタイ人となり、メッシニア人がマッサゲタイ人となった。スキタイの由来はアッティカとボイオーティアの組み合わせである。アッティカ+ボイオーティア=ティカティア=シカティア=スキタイとなる。そして、マッサゲタイの由来はメッシニアとスキタイの組み合わせである。メッシニア+スキタイ=メッシキタイ=マッサゲタイとなる。

また、スキタイ人は長江流域に国家を築いていた。楚(シュ)である。楚(シュ)の由来はスキタイである。スキタイ=シュキタイ=楚(しゅ)となる。楚王はスキタイ人の王を兼ねていた。歴史ではスキタイ人が喰人を行っていたとされているが、タナトス一族の血を引いているならそれも合点がいく。マッサゲタイ人も喰人を行っていたとされている。彼らは、非常な高齢に達した者を殺して煮て食べたという。

 

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猿田彦(BC945)

 

※「アメン神官団の大航海時代」の東方組に参加したシェルデン人はモレヤ族と共に日本に上陸した。モレヤ族は諏訪国に移住して現地人の混合し、「守屋氏」を称して「洩矢信仰」を興した。シェルデン人は伊勢国に赴いて「五十鈴川」を拠点に「猿田彦」を称した。シェルデン=シェルテ=猿田となり、イシス=イシズ=五十鈴となる。

 

田和(?~BC385) 田斉初代王 在位BC386~BC385

悼王(?~BC381) 第37代楚王 在位BC402~BC381

 

田横(?~BC202) 田斉第16代王 在位BC203~BC202※最後の王

懐王(?~BC206) 第48代楚王 在位BC208~BC206※最後の王

 

※猿田彦は日本から中国に渡り、田和として斉を簒奪し初代王に即位した。また、楚王悼王も演じた。田(ティエン)の由来はデニエンである。彼らは春秋戦国時代に打って出た。しかしBC284年、中国人に嫌われていた田氏は、燕・秦・趙・魏・韓の連合軍により大敗を喫する。

 

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ヴィリアトス(?~BC139) ルシタニア首長

 

※楚、田斉が滅ぶと、王族は地中海に帰還し、イベリア半島に入植した。この時にルシタニア人が生まれた。ルシタニアの由来はサテュロスとデニエンの組み合わせである。サテュロス+デニエン=ロスデニエン=ルシタニアとなる。ルシタニア戦争(BC155~BC139)でローマに対して蜂起するも、イベリア半島が属領と化すと、ルシタニア人はイベリア半島を脱出する。

 


ミシャグチ(BC139)

 

※日本に帰還したルシタニア人は守屋氏がいる諏訪国に移り、「洩矢神」「建御名方神」を簒奪して自身の神である「ミシャグチ」を祀った。ミシャグチの名の由来はマッサゲタイである。マッサゲタイ=マサゲチャイ=ミシャグチとなる。その後、諏訪氏が「中先代の乱」を起こすと、ミシャグチは諏訪国を出て日本各地に移り、「溝口氏」を称した。溝口の名の由来はミシャグチである。この系統からは映画監督溝口健二が輩出されている。

 

高階師尚(864~916) 信濃守

 

※939年の天慶の乱などの発生によって地方武士が台頭を始めると、一部ミシャグチは諏訪国を発ち、インドを目指した。日本人の顔をした彼らはヒンドゥー教・シヴァ派を学び、「シャクティ派」を形成した。シャクティの名の由来はマッサゲタイ、或いはスキタイである。

 

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カヤ・マジャ(?~?) ガーナ王国初代王 在位350頃

マジャン・ジャベ・シッセ(?~?) ガーナ王 在位790頃※最後の王

 

※イベリア半島を脱出した一部ルシタニア人はイベリア半島を南下し、西アフリカに入植した。現地人と混合したルシタニア人は「ダン族」を称した。不幸なことだが、ルシタニア人の到来と共にカニバリズムが初めてアフリカに伝えられることとなった。白人列強時代、白人の探検家や屈強な船乗りたちの間でも黒人ダン族は人喰いとして有名だった。黒人ダン族がガーナ王を代々務めた。

 

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ガーナパトヤ派(4世紀頃)

 

※一部黒人ダン族は、アフリカを出て海路の旅に出た。南アフリカを周航してインド洋を超え、アンダマン諸島に到達するとカニバリスムを伝えた。更に、インド本土に足を伸ばし、ヒンドゥー教・シヴァ派に接触した。彼らは、「ガーナパトヤ派」を形成した。ガーナパトヤの名の由来はガーナとシヴァの妻パールヴァティーの組み合わせである。ガーナ+パールヴァティー=ガーナヴァティー=ガーナパトヤとなる。 

 

求那跋陀羅(394~468)

 

※黒人ダン族は、インドを北上して西域に入った。彼らは大宛を目指した。黒人ダン族は、大宛の別称「フェルガーナ」の名を生んだ。フェルガーナの名の由来はバアルとガーナの組み合わせである。西アフリカから来た鬼は、ガーナ王国の威光を借りんとガーナの名を持ち出した。バアル+ガーナ=バアルガーナ=フェルガーナとなる。

一方、黒人ダン族は大宛に「求那氏(グーナ)」を生んだ。求那の名の由来はガーナである。大宛に集合したタナトスの末裔たちは、AD6世紀頃に仏教を用いてアジアを征服する計画を立てた。求那氏からは、求那跋摩、求那跋陀羅が出て「菩薩善戒経」「雑阿含」などを著した。求那氏は仏教経典を著しながら、インド洋に出て人間狩りを行い、人肉を食べていた。

 

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カナク族(4世紀頃)

 

※現ミンダナオ島に上陸した黒人ダン族はニューカレドニアに赴いて人食い人種として知られる「カナク族」を生んだ。カナクの由来はガーナキ(ガーナの人)である。ミンダナオの名の由来はアンダマンとダナーンの組み合わせである。アンダマン+ダナーン=マンダナーン=ミンダナオとなる。この時、アフリカ各地と同様にフィリピンにもカニバリズムが伝えられた。現在でも、カニバリスムに根ざした犯罪が時折フィリピンで発覚している。

 


サアロア族(4世紀頃)

 

※黒人ダン族はミンダナオの次に台湾に上陸した。この時にサアロア族が生まれた。サアロアの名の由来はジャラワである。ジャラワ=サアラワ=サアロアとなる。サアロア族には首狩りの風習があったという。

 


チャルーア族(4世紀頃)

 

※更に、太平洋を越えた黒人ダン族は南アメリカに上陸した。この時にチャルーア族が生まれた。チャルーアの名の由来はサアロアである。サアロア=チャロア=チャルーアとなる。チャルーア族は喰人行為を行っていた。

 

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多彌可汗(?~?) 契丹首長 在位585

フグレイク(?~?) デンマーク王 在位515

 

李失活(?~718) 契丹王 在位697~718

オンゲンダス(?~?) デンマーク王 在位710

 

悔落拽何(?~794) 契丹王 在位788~794

ジークフリート(?~790) デンマーク王 在位770~790

 

※イフェ王国の神官は「オニ」と呼ばれたが、この「オニ」の地位を持つ黒人ダン族が、ついに日本に上陸した。日本人を狩って食べていた黒人ダン族は「イフェの神官」を意味する「オニ」を自称したため、日本人に「鬼」と呼ばれた。阿用、大江山など鬼の巣として知られる地名はナイジェリアの地名「オヨ」から来ている。じつは、この日本人を食べる「鬼」の正体は契丹の王族だった。

契丹(キタイ)の由来はスキタイである。契丹の王族はモンゴルとバルト海を往来し、デンマークの王族としてデンマークを治めていた。デンマークの王族はデーン人である。デーンの由来はダンである。そして、デンマークの由来はダンとモレクの組み合わせである。ダン+モレク=ダンモレク=デンマークとなる。
山奥などに村を作って拠点としていた契丹は、里に降りて子女を誘拐し、食べたり、後継者を得るために子を生ませていた。というわけで、鬼が人間を食べたり拉致する説話が「出雲国風土記」「日本霊異記」「今昔物語」「伊勢物語」などに数多く残されている。日本各地に残る鬼の伝説から、平安時代を訪れた契丹(人喰い人種「黒人ダン族」)の生活を垣間見ることができる。鬼の子として生まれた「小綱」の話は有名だが、成人した彼は人を食べたくなったので自殺したと言われている、恐ろしきは、タナトスの血だろう。

 

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鮮質可汗(?~882) 在位860~882
ハーフダン(?~877) デンマーク王 在位871~877

 

ハーデクヌーズ1世(?~940) 在位936~940

耶律堯骨(902~947) 契丹第2代皇帝 在位927~947

 

ゴーム老王(908~958) デンマーク王 在位936~958

耶律阮(919~951) 契丹第3代皇帝 在位947~951※画像なし

 

※フランク王国の王座を狙っていたデーン人の首領ビヨルンは、ヴァイキング・ノルマン人の連合と対立していた。この時、残虐なデーン人の侵攻に困っていたシャルル2世がヴァイキングの首領ヴィーラントにデーン人退治を要請した。

ヴァイキングに敗北したデーン人はフランク王国征服を断念し、イングランドに移った。これ以降、デーン人は大陸に出没することはなくなったが、イースト・アングリアに足場を得ると、現ヨークシャーを拠点にスコットランドとの境からロンドン近辺にまで至る広大な植民地を得た。
黒人、日本人、モンゴル人の特徴を持つデーン人はイギリス人と混合し、金髪・碧眼の白人の容貌を得た。しかし、ウェセックス王国のアルフレッド大王がデーンローを侵食しながら領土を拡大すると、AD910年、デーンローはウェセックス王国に飲み込まれて消滅した。

 

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ラージャラージャ・チョーラ1世(947~1014) チョーラ朝第9代王 在位985~1014
酒呑童子(?~?)

 

※デーンローを失ったデーン人は、イングランドを後にした。彼らは故地ダナーンを目指し、紅海、インド洋を越えてベトナムを目指した。だが一部は、アフリカ大陸周航ルートとシルクロードを経由して日本に帰還した。彼らは「鬼」を復活させた。「酒呑童子」の誕生である。アフリカ周航ルートを採った人々は「酒呑童子」「茨木童子」「葛城童子」「八瀬童子」を称し、シルクロード組は「熊童子」を称した。酒呑の名の由来はサクソンとブリテンの組み合わせで、茨木の名の由来はイベリア人、葛城の名の由来はカスティーリャで、八瀬の名の由来はヘスス(イエス)、そして熊の名の由来はクマン族である。
サクソン+ブリテン=サク(酒)+テン(呑)=酒呑(しゅてん)、イベリアキ(イベリア人)=イバラキ=茨木、カスティーリャ=カツリャ=葛城、ヘスス=ハチセ=八瀬となる。つまり、酒呑の名には、ウェセックス王国のアルフレッド大王にデーンローを奪われた悔しさが込められ、残りの何は通過した土地の名を由来にしていることがわかる。

また、海路組と陸路組は連合して「星熊童子」「虎熊童子」「金熊童子」を儲けている。星熊の名の由来はアッバースとクマンの組み合わせ、虎熊の名の由来はトルコとクマンの組み合わせ、金熊の名の由来はガーナとクマンの組み合わせである。海路組が通過して印象的だった土地(アッバース朝、セルジューク・トルコ帝国、ガーナ王国)とクマンの名が組み合わせられているのがわかる。

 

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ハーラル1世(925~985) デンマーク王 在位958~985

先皇帝(924~979) 丁朝初代ベトナム皇帝 在位966~976※画像なし

耶律璟(931~969) 契丹第4代皇帝 在位951~969※画像なし

耶律賢(948~982) 契丹第5代皇帝 在位969~982※画像なし

 

ハーラル2世(989~1018) 在位1014~1018

廃帝(974~1001) 丁朝第2代ベトナム皇帝 在位979~980※画像なし

 

エーリク3世(1090~1137) デンマーク王 在位1134~1137

耶律大石(1087~1143) 西遼初代王 在位1124~1143 ※画像なし

 

スヴェン2世エストリズセン(?~1074) 在位1047~1074

ラーマーヌジャ(1017~1137) ラーマーヌジャ派教祖※画像なし

 

クヌーズ5世(1129~1157) デンマーク王 在位1146~1157

耶律夷列(?~1163) 西遼第2代王 在位1151~1163

 

※840年にウイグル王国が滅亡すると、黒人ダン族は正統なウイグル人、ナイマン人と共にモンゴルを後にし、北極海ルートを辿ってバルト海に現れた。黒人ダン族はここに「デーン人」を称した。また、ウイグル人は「ヴァイキング」を称し、ナイマン人は「ノルマン人」と呼ばれた。ヴァイキング時代の幕開けである。それぞれの名前の由来は不明とされ、全員が一緒くたにされることもあるが、実際にはヴァイキングやノルマン人は、ウソつきで非情なデーン人を忌み嫌い、別行動を取り、またあからさまに対立することがあった。
デーン人がダブリンに侵攻した際には「黒い異邦人」と呼ばれている。しかし、モンゴル人に混合しつつ、黒人ダン族の面影を残したデーン人が、ヨーロッパ人から「黒い異邦人」と呼ばれたとしてもおかしくはない。

 

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ダンカン1世(1001~1040) ダンケルド朝スコットランド王 在位1034~1040

 

アレクサンダー3世(1241~1286) ダンケルド朝スコットランド王 在位1249~1286※最後の王

 

ロバート1世(1274~1329) ブルース朝スコットランド王 在位1306~1329

ラドゥ・ネグル(1269~1310) 初代ワラキア公 在位1290~1310

 

デビッド2世(1324~1371) ブルース朝スコットランド王 在位1329~1371※最後の王

 

※奈良時代・平安時代前期に鬼として日本人を震え上がらせたデーン人は、ヴァイキング時代を挟み、再度、日本に返り咲いて鬼の世を謳歌していた。しかし、酒呑童子が渡辺綱(953~1025)に成敗されると、それを機に童子一行は日本を逃げ出して、はるばるブリテン島にまで帰還した。

時期的には1000年前後のことと考えられる。イングランドではなく、スコットランドに拠点を構えた彼らはマルカム2世の子息に接近し、マルカム2世の孫を称した。これが「ダンケルド家」の祖ダンカン1世である。ダンケルドの名の由来はデーンとカレドニアの組み合わせである。デーン+カレドニア=デンカレド=ダンケルドとなる。

 

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ラドゥ・ネグルの子

 

ダン1世(1354~1386) 初代ダネスティ家ワラキア公 在位1383~1386

ヴラド1世(?~1397) 第2代ダネスティ家ワラキア公 在位1394~1397

 

ダン2世(?~1432) 第3代ダネスティ家ワラキア公 在位1420~1431

 

モイス(?~1530) ダネスティ家ワラキア公 在位1529~1530※ダネスティ家最後の公

 

※ダネスティ家はワラキア公の座を諦めるとイングランドに渡った。彼らはダンスターを称した。ダンスターの由来はダネスティである。

 

ペーター(1547~1569) ドラクル家ワラキア公 在位1559~1568

ロバート・ブラウン(1550~1633) 会衆派教祖、ピルグリム・ファーザーズ

ジョン・グリーンウッド(1556~1593) 清教徒分離派、ピルグリム・ファーザーズ

ヘンリー・バロウ(1550~1593) 清教徒分離派、ピルグリム・ファーザーズ

 

※画像はピルグリム・ファーザーズの集い。ダネスティ家ヴラド1世の末裔ワラキア公ペーターは22歳で死んだことにしてワラキアを離れ、ブリテン島に移住した。彼は、ロバート・ブラウンとして会衆派を指揮し、影武者を動員してピルグリム・ファーザーズを演じ、信者を率いてアメリカに移住した。ピルグリム・ファーザーズはタナトスの一族なので、助けてくれたインディアンの恩を容易に仇で返した。

 

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ロバート・ブラウンの9人の内の子

 

ヘンリー・ダンスター(1609~1658) ハーバード大学初代学長

ヴィットーリオ・アメデーオ1世(1587~1637) サヴォイア公※画像なし

 

※ヘンリー・ダンスターは、タナトス一族の子女に権威を与えるためだけにハーバードを設立したと考えられる。ハーバード設立の目的は、タナトス一族の発言力増大と影響力の拡大である。ハーバード卒という権威を得たタナトス一族の子女は、エリートとして司法、議会、マスメディア、経済界に送り込まれ、影響力を誇った。また、ダンスターはサルディーニャ王国に進出し、サヴォイア公の座を手中にした。ダンスター(ヴィットーリオ・アメデーオ1世)の家系からアメリカ初代大統領ジョージ・ワシントンの一族、統一イタリア王家が輩出されている。

 

カルロ・エマヌエーレ2世(1634~1675) サヴォイア公※ヴィットーリオ・アメデーオ1世の子

ジョン・ワシントン(1631~1677)※画像なし

 

ヴィットーリオ・アメデーオ2世(1666~1732) 初代サルデーニャ王 在位1720~1730

ローレンス・ワシントン(1659~1698) アグスティン・ワシントン父※画像なし

 

※サヴォイア公カルロ・エマヌエーレ2世の子である。

 

ヴィットーリオ・アメデーオ・ディ・サヴォイア(1699~1715)

アグスティン・ワシントン(1694~1743) ローレンス・ワシントンの子※画像なし

 

※サルディーニャ王ヴィットーリオ・アメデーオ2世の子である。影武者のアグスティン・ワシントンはジョージ・ワシントンを儲ける。

 

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第2代サルディーニャ王カルロ・エマヌエーレ3世の子

 

ヴィットーリオ・アメデーオ3世(1726~1796) 第3代サルデーニャ王 在位1773~1796

ジョージ・ワシントン(1732~1799) アメリカ初代大統領

ルイージ・ヴィットーリオ・ディ・サヴォイア=カリニャーノ(1721~1778)※画像なし

マルティネス・ド・パスカーリ(1727~1774) 秘密結社マルティニスト会代表※画像なし

 

※ワシントンの正体はサルデーニャ王アメデーオ3世であり、ローレンス・ワシントン(ヘンリー・ダンスター)の孫。ワシントンはインディアン政策に関してインディアンの皆殺しを指示した。これはタナトスの一族の証拠である。第2代アメリカ大統領以後は、みなベンジャミン・フランクリンの子であり、ダヴィデの一族に属していた。

 

ベネデット(1741~1808) シャブレー公

ヴィットーリオ・アメデーオ2世・ディ・サヴォイア=カリニャーノ(1743~1780) 第5代カリニャーノ公

ルイ・クロード・ド・サンマルタン(1743~1803) 秘密結社マルティニスト会代表※画像なし

 

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第3代サルディーニャ王ヴィットーリオ・アメデーオ3世の子

 

ヴィットーリオ・エマヌエーレ1世(1759~1824) 第5代サルデーニャ王 在位1802~1821

フィリッポ・ブオナローティ(1761~1837) カルボナリ会員

フランソワ・ノエル・バブーフ(1760~1797) 秘密結社パンテオン・クラブ代表

 

※ヴィットーリオ・エマヌエーレ1世はサルディーニャ王でありながら、同時にブオナローティを演じ、秘密結社カルボナリを指揮していた。タナトスの組織は常にそうだが、カルボナリの指揮者も、みな兄弟や甥で固められており、家族経営だった。

 

マリー・テレーズ(1783) マリーア・テレーザの子※画像なし

George Washington Parke Custis(1781~1857) ジョージ・ワシントン孫

フランチェスコ1世(1777~1830) 第2代両シチリア王 在位1825~1830

 

※マリー・テレーズは第3代サルディーニャ王ヴィットーリオ・アメデーオ3世の孫である。敵の目を欺くために女子として生まれたマリー・テレーズは早世したことにされ、男子に戻ってParke Custisとして育てられた。また、Parke Custisはフランチェスコ1世として両シチリア王に即位した。

 

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■秘密結社カルボナリ指揮者名簿(第3代サルディーニャ王ヴィットーリオ・アメデーオ3世の子と孫)

 

カルロ・エマヌエーレ4世(1751~1819) 第4代サルディーニャ王

マウリツィオ・ジュゼッペ・マリーア(1762~1799) モンフェッラート公※画像なし

カルロ・フェリーチェ(1765~1831) 第6代サルディーニャ王

ジュゼッペ・ベネデット(1766~1802) モリアーナ伯

 

※カルボナリの活動期間は1806年から1832年までである。カルボナリの首領の名は知られていないが、ヴィットーリオ・アメデーオ3世の子と孫が指揮を務めていたと考えられる。マウリツィオ・ジュゼッペ・マリーアは37歳で死んだことにして、ジュゼッペ・ベネデットは36歳で死んだことにして潜伏し、カルボナリの指揮官として活動した。

 

ルイ・アントワーヌ(1775~1844) マリー・テレーズ・ド・サルデーニュの子

ソフィー(1776~1783) マリー・テレーズ・ド・サルデーニュの子

シャルル・フェルディナン(1778~1820) マリー・テレーズ・ド・サルデーニュの子

マリー・テレーズ(1783) マリー・テレーズ・ド・サルデーニュの子

マリーア・アデライーデ(1794~1802) ヴィットーリオ・エマヌエーレ1世の子

カルロ・エマヌエーレ(1796~1799) ヴィットーリオ・エマヌエーレ1世の子

 

※早世したことになっている男子は、カルボナリの活動に専念するために死んだことにして潜伏していた。敵の目を欺くために女子として生まれたマリー・テレーズとソフィーは、早世したことにしてカルボナリに参加していた。カルボナリ後期の指揮者は3歳で死んだはずのカルロ・エマヌアーレ(サルディーニャ王カルロ・アルベルト・ディ・サヴォイア)だった。

 

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サルディーニャ王ヴィットーリオ・エマヌエーレ1世の子

 

カルロ・エマヌエーレ(1796~1799)※画像なし

カルロ・アルベルト・ディ・サヴォイア(1798~1849) 第7代サルデーニャ王 在位1831~1849

アントニオ・パニッツィ(1797~1879) 大英博物館第6代館長、カルボナリ会員※画像なし

ピエトロ・マロンチェッリ(1795~1846) カルボナリ会員※画像なし

フランクリン・ピアース(1804~1869) アメリカ第14代大統領

ジュゼッペ・マッツィーニ(1805~1872) イタリア統一の三傑

 

※ピアースは、ワシントンの孫パーク・カーチスの4人の子の内の1人と考えられる。パーク・カーチスの子は娘のメアリー・アナ以外は早世したとされているが、1人は死んだことにして潜伏し、ピアースとして登場した。片手を胸に入れているのはフリーメイソン会員のアピールである。

 

女子(1800~1801)※画像なし

メアリー・アナ・カーチス・リー(1807~1873) ロバート・E・リー妻

 

マリーア・テレーザ・ディ・サヴォイア(1803~1879) ヴィットーリオ・エマヌエーレ1世の子※画像なし

ヘンリー・シーウェル(1807~1879) 初代ニュージーランド首相

 

マリーア・クリスティーナ・ディ・サヴォイア(1812~1836) ヴィットーリオ・エマヌエーレ1世の子※画像なし

ウィリアム・フォックス(1812~1893) 第2代ニュージーランド首相

アルフレッド・ドーメット(1811~1887) 第4代ニュージーランド首相

フレデリック・ウィテカー(1812~1891) 第5代ニュージーランド首相

ダニエル・ポーレン(1813~1896) 第9代ニュージーランド首相

ジョージ・グレイ(1812~1898) 第11代ニュージーランド首相

 

※ニュージーランドの由来は「新しいシェラント(デンマーク領の島)」だと考えられる。 つまり、ニュージーランドの統治者はデーン人の子孫であることを暗に告げている。

 

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第2代両シチリア王フランチェスコ1世(George Washington Parke Custis)の子

 

フェルディナンド2世(1810~1859) 第3代両シチリア王 在位1830~1859

ロバート・E・リー(1807~1870)  南部連合軍総司令官

ジュゼッペ・ガリバルディ(1807~1882) イタリア統一の三傑

ナポレオン3世(1808~1873) フランス第二帝政初代皇帝

 

※フェルディナンド2世の影武者たちはアメリカ南部の支配を逃したが、イタリア、フランスを掌中にしていた。

 

カルロ・フェルディナンド(1811~1862)※画像なし

ジェファーソン・デイヴィス(1808~1889) アメリカ連合国初代大統領

カミッロ・カヴール(1810~1861) サルデーニャ王国・イタリア王国首相、イタリア統一の三傑

 

※南軍ロバート・E・リーもジェファーソン・デイヴィスも、じつは死んだとされているはずのパーク・カーチスの子の可能性がある。パーク・カーチスの頭の中には祖父ワシントンの栄光の再興、そのためのアメリカ連合国創設があった。万全を帰すため、パーク・カーチスは子どもたちを死んだことにして潜伏させ、反合衆国の思想を叩き込み、育てたのだろう。

しかし、南北戦争に敗北し、アメリカ連合国が滅亡すると、ピアースたちはアメリカを諦めてサルデーニャ王国に渡り、イタリア統一の三傑に変身してイタリア王国統一を実現させている。カルボナリ会員もみな、サルデーニャ家の人々など家族で構成されていた。

 

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サルディーニャ王カルロ・アルベルト・ディ・サヴォイアの子

 

ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世(1820~1878) イタリア王国初代王 在位1849~1861

ヨハネ・ボスコ(1815~1888) サレジオ会教祖

ジョン・A・マクドナルド(1815~1891) 初代カナダ首相

 

※カナダの由来はクヌード(クヌード海上帝国の王)と考えられる。つまり、カナダの統治者はデーン人の子孫であることを暗に告げている。

 

ヴィットーリオ・エマヌエーレ(1855~?) ジェノヴァ伯爵※画像なし

ロバート・ボーデン(1854~1937) 第8代カナダ首相

 

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イタリア王ウンベルト1世の子

 

ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世(1869~1947) イタリア王国第3代王

リチャード・ベッドフォード・ベネット(1870~1947) 第15代カナダ首相

ウィリアム・ライアン・マッケンジー・キング(1874~1950) 第12、14、16代カナダ首相

 

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イタリア王ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世の孫

 

ジョルジョ・カルヴィ・ディ・ベルゴーロ(1925) イオランダ・マルゲリータ・ディ・サヴォイアの子※画像なし

桐山靖雄(1921~2016) 阿含宗管長

 

※そういえば教祖の桐山氏は、顔がなんとなく白人ぽい。

 

レミ(1942) マリーア・フランチェスカ・ディ・サヴォイアの子※画像なし

ライオネル・ゲンドロン(1943) カナダ・カトリック会議司教

 

※数十万のカナダ人カトリック信者を自由自在に操ることができる。カナダのラジコンマスター。

 

 

 



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