目次
11月の星座 ペガスス座
11月の星座「うお座」
柿が赤くなると医者が青くなる!?
イチョウの由来はアヒルの足
イチョウの効用
美しい景色を眺める季節
芭蕉の忌日「時雨忌(しぐれき)」
国際的行事の『七五三』
冬の足音~もみじ狩り~
秋の養生法
冬への扉を開く木枯らし1
日光の節約
飛行機雲でわかる天気
魅惑の星「すばる」
簡単な、天気図の見方
山の天気は変わりやすい!
亥の月の亥の日
決断の背景
厳父と言うべき、武家の教育
人知を超越した直観力
十二支の動物物語
老化と一番関わりのある臓[腎]
体とは実に賢くできている
プラス思考と免疫力
乳が んのリスクを減らす7つの方法
気陰・気血の不足解消法  
円形脱毛の治療法は?
生活習慣病に克つ、気血水について
セカンドオピニオン
血圧不安に効く養生
更年期と鬱
月の満ち欠けと体のリズム
気陰両虚の便秘
欝は心の便秘、愚痴は心の排泄物
元気な人の落とし穴
徳川時代から続く現代日本人の就職観
徳川家の兵学校
痛くない注射針
酒で3年、茶で10年
道標となるもの
一人カラオケ
ラムウィンナーティー
心臓のポンプ力を助ける
新大陸発見が世界の料理を変えた!
世界有数の長寿国として知られる日本…。
歴代総理大臣出身地図に見る「たかが総理されど総理」
冷凍食品中心にする企み、失敗
中国料理の謎
握り寿司物語
いま『うどん』アツい!
なんでマナーって必要なの?
源頼朝の隠し子伝説
戦国を知らない子供たち
縄文時代に想いをはせて栗を食す
朝粥のすすめ
消えてしまった北京宮廷料理
即席めんを発明し世界の食文化を変えた男 安藤百福 前編
特定保健用食品[エコナの問題]
塵も積もれば山となる
キャシュレス社会の到来 
ややこしい?名前の付け方
ネット難民にならないように
アバウト、のんびり、ニュージーランド
『古事記』の神々(その8)
古代中国人と戦前までの日本人 
蛙が教える努力の素晴らしさ
猪対策はコレ!
何もしない贅沢な時間
郵便集荷車は緊急車両?
飛行機で偉いのは?
車載の「縫いぐるみ」タマにはお洗濯しませんか?
ご先祖様のおかげで
奥付
奥付

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痛くない注射針

田舎暮らし、家庭菜園で悩むのは蚊との付き合い方だ。朝晩や雨の後は特に多い。今年は秋になっても蚊が居座っている。

 歳をとって免疫力が低下しているせいか刺されたあとの治り方が遅い。後頭部の刺され後は、かきむしった後がおできのようになってしまっている。家人はそんなに大きな痕にはなっていなというが、見えない後頭部の疵痕を触ると、大きく感じて、ついかきむしってしまい、直りを遅らせてしまうことになる。長女曰く確かに歳のせいだと思うが、最近の蚊刺されには、従来の薬が効きが悪くなっていると、テレビで見たことがあるという。

 自動車鈑金の職人さんは、凹んだ鉄板を修正するときに、凹み具合を手でさすって確認する。素人の目にはほとんどわからない凹凸でも、手触りでわかるのだ。見えないところを手でさするとよけい大きく凸を感じる。

 蚊といえば、以前から疑問に思っていることが3つある。戦国武士のように、耳元に飛んできて、「我○○蚊太郎なり、いざ立ち会え!」とばかりに、羽音を立てて近づく。黙って来れば、手で潰されまいに、正々堂々と来るのである。

 第2は、刺された時に痛くないことと、刺されたあとが赤く腫れてかゆいことだ。蚊が吸い取る血液など微々たるもの(1mg)だから、痛くなくてかゆくなければ、黙って吸わせてやるのに、なぜ、吸った痕跡をわざわざカユミで知らせる必要があるのだろか?

蚊の針口が刺さった時になぜ痛くないなかを真剣に研究している人がいる。その秘密は、蚊の口である針の形状にある。針はキチン質というしなやかな物質でできていて、太さは80マイクロメートルと非常に細く、先端がノコギリのようにギザギザしていて、この針を皮膚に突き刺すのではなく、上下に細かく振動させながら、皮膚や筋肉の細胞を押しのけるようにして、切り開きながら刺していくことで、痛みを感じさせないのだという。

すなわち、針自体が非常に細く、さらに先端がギザギザしているおかげで皮膚と接触する面積が小さくなり、摩擦が少なくなるのが痛くない秘密なのだ。

これをヒントに、東京の町工場の親父が痛くない針(マイクロテーパー針/岡野工業/テルモ)を作り評判になっている。

 2~3ケ月に1回、通風の薬を貰いに整形外科に行くたびに、血液検査をしてもらっているが、注射が大嫌いなので、採血に、この針を使ってくれと、先生にたのんだら、この注射器は

先端の外径0.2ミリ/内径0.08ミリという細さの中で、根本から先に行くほど細くなるというテーパー形状をしている特殊針を使っているので、少量の薬を注射するにはいいが、採血のような大量に血を抜く用途には適さないと、断られた。蚊だって、細い針で血を吸っているのにと、食い下がったが、採血量が違うと相手にされず、看護婦さんにも笑われた。

 (コラムニスト 井上勝彦/絵:そねたあゆみ)2013-11


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酒で3年、茶で10年

「酒は呑め呑め呑むならば 日乃本一のこの槍を 呑み獲るほどに 呑むならば これぞまことの黒田武士」

黒田節という、大昔に流行った歌ですが、末尾に黒田武士とあるように(「節」と「武士」とを掛けたわけです。)江戸時代、筑前福岡藩主であった黒田家に由来する歌ですが、私が子供の頃までは、福岡では酒席などでは、よく耳にした歌です。

でも、最近では本当に耳にすることはなくなりましたし、若い人は知らないでしょう。

コミュニティでの宴会が崩壊している現状を嘆くばかりですが、曰く、黒田家がまだ、福岡に来る前、時の当主、黒田長政の家臣で母里太兵衛という人が、酒癖の悪いことで知られる福島正則の邸に使いしたところ、太兵衛が家中でも知られた酒豪であったことから、正則は大杯に並々と酒を注ぎ、「これを飲め」と執拗に勧め、固辞すると、なおも絡んできて、ついには、「飲み干したら、何でも好きな物をやるぞ!」と言いだしたことで、ついに、太兵衛は腹を決め、「それでは」と言って、そのまま、一気にその大杯を飲み干すと、そのまま、正則が豊臣秀吉から拝領した名槍「日本号」を所望した・・・と。

「あ、これだけは!」と言って蒼くなる正則に対し、「武士に二言はござるまい!」と言って、そのまま、持って帰ってきてしまった・・・という実話に由来するものです。

ところで、昔、プロ野球の広島東洋カープの監督に就任した方が、「選手にとって酒というのは身体能力の低下に繋がり、プレイの妨げになる」として選手に禁酒令を出したことがあったそうです。いわゆる、管理野球の先駆けみたいなものだったでしょうか。

その時、それを聞いた当時のオーナーが、「君ね、そう言うけど、『酒で3年、茶で10年』というように、お茶だと十日かかるところが酒だと三日で仲良くなれるんだよ」と言ったとか。

・・・結局、その監督は禁酒令を取りやめにしたといいます。

この点は、私も思い当たるところがあります。

同じ組織の一員とはいえ、全国から集まった初対面の人たちと、マジメな昼間の会議だけで意思疎通が出来るものでもありませんよ。会議とは、とかく、「何を言ったかではなく、誰が言ったか」が問題になるものですから。

昼間、いて好かない奴と思っていたのが、夜の会で話してみると、意外に良い奴だったりで・・・、同じ事は、軍隊にも言えたようで、私が敬愛する元帝国陸軍参謀にして、兵法評論家であった故・大橋武夫氏も、その著書の中で、「旧日本帝国陸軍では、昼間、軍事演習があるときは、夜は慰労と称して宴会があったが、実はこれが意外に大事だった。ここで、バカ騒ぎをして、懇親を深めると、戦闘中などに援軍を要請した際に、普段なら、『今、こちらにもそんな余裕はない!』と言われるところを、『おぉ、あのときの貴様かぁ、こちらにも余裕はないんだが・・・、仕方ない』ということになる」・・・ということを述べておられました。

理想としては、こういう緊迫した場面で私情を差し挟むべきではないのでしょうが、やはり、そこは人情でしょう。

確かに、良い悪いではなく、これが人間という感情を持った生き物の現実であり、業務を円滑に進める上ではやむを得ないことなのかな・・・とも思いますが、如何でしょうか、御同輩。

 

(文:小説家 池田平太郎/絵:吉田たつちか)


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道標となるもの

 

 「敵を知り、己を知らば、百戦するとも危うからず」って、ご承知の通り、これは有名な孫子の兵法の一節ですよね。この点で最近、良く若い人の間で、「金が欲しい」、「金持ちになりたい」って言葉を耳にしますが、では、これをこの孫子の論法で説くならば、まずは、「金を知る」ことが必要でしょう。

 では、そもそも「金」って何ですか?お金の持つ交換、時間、保存などの特徴を述べるのは、今更、釈迦に説法ですのでここでは述べませんが、自分なりにこれを突き詰めて考えてみるならば金とは「サービス券」ではないかと思うんです。

 子供が父の日に、お父さんに肩たたき券を1枚あげる。お父さんはその日でなくとも、肩が凝った日にそれを出して肩を揉んでもらえるし、もっと集めて別のサービスと交換してもらうよう交渉することもできる・・・。それをさらに高度化、複雑化したのが「お金」だと。

 何が言いたいかというと、要は「金が欲しい」と言うのなら、人が「して欲しい」と思うサービスを提供すればいいわけで「人はこれをして欲しがっている」とか、「これがあったら皆、便利だろうな」などということを積極的に人に施してやればいいんですよ。

 逆に、自分がそれをして欲しいなら、相手にも何らかのサービス券をあげてしてもらわなければならない。どれくらい、自分のサービス券を相手に渡してまで、それをして欲しいか?ということでしょう。ただ、皆がそのサービス券が欲しくなればそこに競争が生まれるわけで、となれば、人がして欲しいことを言われてやっていたのではもらえる確率は低くなります。たくさんサービス券が欲しいなら欲しがるであろうサービスを言われる前に提供しなければならないわけで、かつ、満足させればなお良しです。

 ところが、この論理には範疇外の事象があります。それは誰かの持っているサービス券を奪ってしまうこと、即ち、泥棒です。

だから、泥棒は公権力によって厳しく取り締まられているわけでしょうが、でも、現実には、「浜の真砂は尽きるとも・・・」ではないですが、泥棒の種は尽きないようです。

 この点で、分かれ道で、もし、迷うようなときには「倫理」というのは、確実に一つの「道標」(みちしるべ)にはなるでしょう。まったく迷わないならこの限りではありませんが、もし、わずかでも迷うようなら倫理に背かない方に行けば、とりあえずは間違いないと思いますよ。(小説家 池田平太郎/絵:そねたあゆみ)

 


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ラムウィンナーティー

少しずつ冬の足音が近づいて来るこの季節には、温かい飲み物が恋しくなります。
今回ご紹介する「ラムウィンナーティー」は体の中からぽかぽかと暖かくなるので、これから冬にかけてぴったりの飲み物だと思います。使用する茶葉は、ディンブラBOPがおすすめですが、お好みでいろいろと試してみて下さい。OPなど大きい葉を使用する場合は、蒸らし時間を長くして下さいね。

<ラムウィンナーティー・2杯分>
茶葉・・・ティースプーン2杯(ディンブラBOP)
水・・・350cc
生クリーム・・・適量
ラム酒・・・適量
砂糖・・・適量

<作り方>
①生クリームを泡立て、5分立てくらいになったらラム酒と砂糖を少々振り入れ
少し甘みを付け、さらに泡立ててホイップクリームを作っておく。
②温めたティーカップに砂糖少々とラム酒ティースプーン一杯を入れておく。
③温めたティーポットに茶葉を入れ熱湯を勢いよく注ぐ。
④約3分蒸らし、茶こしを使ってカップに注ぎ、①を浮かべる。

*このラム酒と砂糖入りのホイップクリームは、プレーンなパウンドケーキやカステラに添えてもおいしくいただけます!

(紅茶コーディネーター 吉野留美/絵:吉田たつちか)

 2004-11


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心臓のポンプ力を助ける

 秋がだんだんと深まり、本格的な冬がすぐそこにまで来ています。血液を循環させる働きを担当しているのは、五臓の中の心であり、心気と心陽が大きく関わっています。

 心気とは血を全身に巡らせる先導役となる気のことをいい、心陽とは血液を巡らせることにより体を温める作用のことを指します。

 外気温が下がる・・・寒邪が支配する季節は、体も血管も縮こまり、血液の流れが細くなります。特に手足の先は心臓から最も遠い末梢で、ポンプ力が弱いと手足は冷えてむくみやすくなります。

 足先が冷えると、冷たい血液が子宮や内臓を通って心臓に戻らねばならず、体は中から冷え切ってしまいます。

 冬場の心臓を助ける方法は足の筋肉を鍛えることと、足元を温めることです。

 特に座りっぱなしや立ちっぱなしの姿勢の方は、こまめに「かかと上げ下げ運動」や「足首回し」「足の雑巾絞り風マッサージ」、「足首でお尻たたき運動」をすることで、足の筋肉が第二のポンプとなって、末梢血を心臓に返してくれます。こうすることで、心臓への負担は大きく減らすことが出来るのです。

 また、足を冷やさないようにレグウォーマー等で温める工夫をしてください。足湯が出来れば一番よいですが、可能でない場合は、温かいペットボトルやユタンポで太ももの内側を温めましょうね。

(薬剤師、薬食同源アドバイザー 高田理恵/絵:吉田あゆみ)
2011-11


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新大陸発見が世界の料理を変えた!

 コロンブスの新大陸発見は、色々な意味で世界を変えました。ヨーロッパの人にとって、それは新たなる希望と侵略先の発見であり、アメリカ大陸先住民にとって、自分たちがヨーロッパ人たちに大虐殺され、さらにヨーロッパ人たちが持ち込んだ病原菌のため、民族絶滅の危機に追い込まれるという悲劇のはじまりであり、やがてアメリカ大陸に侵略した白人たちは20世紀に世界を支配するほどの世界覇権国に発展することになります。  この新大陸発見は料理の世界にも強烈な変化を与えます。これまでユーラシア大陸にもアフリカ大陸にもなかった植物がヨーロッパに入ってくることになり、やがてそれらは全世界に伝わって行くことになります。それはわたしたち現代日本人にもおなじみの野菜たち。ジャガイモ・トウモロコシ・サツマイモ・トマト・カボチャ・ピーマン・ピーナッツ・唐辛子・インゲン豆・パイナップルなどなど……これらは南北アメリカ大陸からヨーロッパを経由し、世界に広まった食べ物たちです。これらの食べ物はただ世界に広がっただけではなく【世界の歴史】をも大きく変えていくことになります。  なかには「え? これって日本原産じゃなかったの?」という野菜もあるかも知れません。そんな野菜たちでも名前から、原産国が外国であることがわかるものもあります。  たとえばジャガイモ。ジャガイモは中南米あたりが原産と言われていますが、日本にはインドネシアのジャカルタから持ち込まれたため、ジャカルタの当時の言い方「ジャガタラ芋」が「ジャガイモ」になりました。トウモロコシは“唐から来たもろこし”つまり唐の国=外国から入ってきた“もろこし”とい意味。“もろこし”とは「蜀黍」と書き、黍(きび)というイネ科の雑穀を意味します。つまりトウモロコシとは「外国から来た黍」という意味となります。トウモロコシもイネの穀物ですから、間違った言い方というわけではなさそうです。  サツマイモは、薩摩藩(鹿児島)から伝わってきた芋が語源。しかし、その薩摩では“唐芋(からいも)”と呼ばれていました。カボチャは「カンボジア」経由できたのでカンボジアが訛って「カボチャ」。トウガラシは、「唐」つまり外国から来た辛子。インゲン豆は、明の国から来た禅僧、隠元が持ってきたという伝説からそう呼ばれています。  これらアメリカ大陸出身の食べ物たちは、はるかアメリカからヨーロッパを経て、さらに中国や東南アジアなどから日本に入ってきたため、その途中経過の町の名前が付いていたりします。なんだかおもしろいですね。  トウモロコシがヨーロッパに伝わると、これまでの小麦や大麦の代用品として、人々の口に入るようになりました。トウモロコシは14世紀のはじめにヨーロッパに伝わり、16世紀には日本にも伝わっています。ヨーロッパに入ってきたトウモロコシは、多くの日人に食べられるようになりますが、それは“美味なる食べ物”というより“貧乏人の小麦の代用品”として人々に食べられるようになったといいます。  トウモロコシは収穫率が高く大量に作ることが可能なので、貧民のみならず豚や牛の飼料としても使われるようになり、食肉の生産量も増える結果となりました。いまやトウモロコシは米、麦と並ぶ三大穀物と言われていますが、ヨーロッパに入ってきた頃は、貧乏人を飢えから救った食べ物であり、家畜の餌だったのです。  そういえば、筆者が漫画家のアシスタントをしていた若い頃たまたま住んでいたアパートの前にトウモロコシ畑があり、酒のツマミがなかったため、こっそりその畑のトウモロコシを失敬したことが何回かあります。そのトウモロコシは家畜の飼料用であったらしく、スイートコーンのような甘みもなく、家畜用ということで、それほど農薬も使っていなかったのでしょう茹でると必ずゲジゲジのデッカイのが浮かんでいるようなトウモロコシでした。でも、食べてました。当時のわたしは、貧民どころか家畜並の生活をしていたということでありましょう。 (食文化研究家 巨椋修)
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歴代総理大臣出身地図に見る「たかが総理されど総理」

先日、歴代総理大臣出身地地図なる物を見る機会がありました。

それを見ると、生まれも育ちも山口県の菅直人氏が東京で、逆に、東京生まれ東京育ちの安倍晋三氏が山口県出身(出生時の本籍が山口県)となっており、まあ、そもそもが「出身地」などという概念自体あやふやなものでしょうが、それでも山口県に一度も住んだことがない安倍さんを山口県に入れるのはどうかという気はします。

 ただ、今の時代、親の転勤などで物心付く前に出生地を離れ、その後、全国を転々とするケースも少なくないわけで、その状態で一律に出生地なら出生地・・・と決めつけてしまう必要もないでしょう。

(この点は昨今の二世議員の多くが安倍さんと同様に、「選挙区は親の出身地」というだけの人達が多いことを考えれば、そういう人たちがこれから総理になることも十分に考えられるわけで・・・。)

 また、この点で言えば、第20代総理大臣の高橋是清翁などは東京(江戸)生まれの東京育ちですが、生後すぐに仙台藩の足軽の家に養子に出されており、従って、その後の海外留学なども「藩命」という形をとっており、つまり、彼は廃藩置県までの所属は仙台藩なんですよ。

 まあ、今で言う本籍みたいなものでしょうから、それほど深く考えなくてもいいのでしょうが、ただ、こちらも同様のことは実は結構多く、総理ではありませんが、乃木希典、福沢諭吉などもそれぞれ、長府藩士、中津藩士でありながら、出生は東京、大阪です。

もし、乃木や福沢が総理になっていたら、それぞれ山口県出身、大分県出身に括られるのではないかと思うわけで、ならば高橋は宮城県出身に括られるべきでしょう。

 

「そんな江戸時代の話!」と仰るかもしれませんが、これらは今なら、さしずめ、両親の仕事の関係でニューヨークで生まれ育った人が帰国後、総理になるようもので、その場合、出身地は「アメリカ合衆国」とするのか・・・ということになるわけですよね。

もちろん、ニューヨーク出身が決して悪いわけではないわけですが、その場合でもどこか日本国内で選挙区というのはあるわけで・・・。

まあ、結局、こういう物は、成人するまでの居住年数の多寡もさることながら、やはり、本人が人格形成上、もっとも影響を受けた土地・・・とするべきなんでしょうね。

 

ところで、この地図を見ていて意外なのは中国地方の突出ぶりが目立つ一方で、兵庫以東では大都市を除けば岩手、群馬、石川以外はなべて低調ということ。

特に、東京近郊は神奈川は小泉純一郎氏までは1人だけで、千葉も野田佳彦氏が初、埼玉、茨城、山梨に至っては未だ0。

さらに、在任期間という点でも、山口県出身の桂太郎、佐藤栄作が1.2位で、同県は他にも伊藤博文、岸信介も結構長くやってますから、数が多いばかりか、任期の面でも突出しているのがわかると思います。

確か、昭和の終わり頃に「内閣100年」とかいって特集やってたような気がしますから、総理大臣が登場して約120年・・・。

こうやってみると、「たかが総理、されど総理」・・・なんだなあって気がしてきます。

(小説家 池田平太郎/絵:そねたあゆみ)2013-11

 


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冷凍食品中心にする企み、失敗

 部屋の大家さんが、日本から来たばかりで心細いだろうと自宅に招待してくれました。超美人のフランス人の奥さんとやさしげなご主人。これぞフランス家庭料理というのを出してくれ・・・

前菜はバルコニーで、メインはダイニング、デザートはソファー

といちいち移動!オシャレな気がするが、毎日はちょっと無理!

会話は英語とフランス語のチャンポン。両方わからない私は微笑みながら食べるのに尽力。

「フランス人はヴィトンを買わないのよ!ブランドものを持たないのがカッコイイの!」

と奥さんが激しい口調で言っていたのだけわかりました。

とりあえず日本人代表して謝っておこう・・・

 で、そんな大家さんが教えてくれたのが、「とっても安くて味がいい!」という「PICARD」冷凍食品専門店。

 ご飯作りに早くも行き詰まっていたので早速行ってみると、冷蔵庫しかない店内。店内音楽など一切無し、近未来の世界に来たみたいです。

 かなりの種類の多さ。海鮮・野菜のきったものの他、スプーン乗せ前菜、グラタン、煮物、炒め物、ピラフ、ピザ、フォンダンショコラなどあらゆるデザート・・・そして発見したのが、来ましたジャポネエリア。

 ラーメン、焼き鳥と並んでいたのが・・・・BENTO!

内容を見てると、焼き鳥、餃子、酢飯・・・ん?酢飯?さらにその上にあったのが、SUSHI。 

日本人への挑戦状と受け取ります!で、勢い余って買っちゃって、あけてみると。まー かちかちですよね。消しゴムみたいです。我々日本人はあったかいお寿司なんか食べないよ~?

 馬鹿にしながら説明書きを読んでみると、「1分30秒レンジで温めて、その後冷蔵庫で15分冷やす」

冷凍をあっためてまた冷やす!考えましたねー

 1分半ではまだ凍っていたサーモンも、冷蔵庫から出したころには柔らくなって絶妙な冷たさ。やりおるのう、と口に入れると・・

うーん?米がギュウギュウ。魚の味がするようなしないような。でもサーモンが好きな人ならイケるかな・・・

確かに寿司ではあると認めてもいい!
一方、酢飯弁当は、もちろん冷蔵庫で冷やさず、あったかいまま頂くわけですが、酢飯があったかくなって酢のにおいがツーン。

何かの汁にたっぷり浸かっている鶏肉はノンジューシー。一緒に食べたら酢豚風とも言えるかもしれません。餃子はニラの代わりになんの香菜を入れたのか、異常な臭み。酢飯と混ざり合わない事この上なし、口の中がしっちゃかめっちゃか。舌が新たな化学反応に対応しきれていない様子。その後何時間も口の中に違和感があり、クレームブリュレを突っ込んでも、アイスクリームとぶっ込んでも、口が困っている・・・かわいそうに・・・

 なぜか喉が渇いてたまらないよ!ヴォルヴィック1、5ℓはいりまーす。

 美食の国フランス、不得意分野見破ったり!そしてこれからの食事を冷凍食品中心にする企み、失敗!

(フランス在住 コラムニスト ヨシノアイコ/写真共)

2011-11

 


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縄文時代に想いをはせて栗を食す

 栗きんとんに栗羊かん、モンブランにマロングラッセなど、秋の味覚のひとつである栗を使ったデザートが店頭に並んでいます。太ると分かっていても、旬の果物を使ったデザートには、つい手が伸びてしまいますね。

 デザートだけではなく、栗はお米と一緒に炊きこんで栗御飯にしたり、広東料理では鶏肉と一緒に炒めたりもします。そのように私達が栗を食べ物として味わうようになったのは、はるか縄文時代の大昔からだそうです。

 青森県にある縄文時代の集落跡の三内丸山遺跡。そこから大量に栗が出土しました。調査により、この集落では栗を主食にしていたことが解りました。そして、それらの遺伝子を調べると、構造が似通っていることも発見。これは縄文時代の人々がいい品種の栗だけを選んで育てていたことを意味しています。約五千年も前から美味しい栗を沢山食べるために栽培をしていたなんて、驚くばかりです。

 栗は食べるだけではなく、木は家の柱にも使われました。水に強く耐久性に富むので、現在でも栗の木は無垢フローリング材やテーブルなどの家具に使用されています。そして、鉄道のレールの下に敷く枕木にもなりました。残念ながら害虫の被害によって栗の木の減少したことから、最近の枕木はコンクリートに取って変わってしまいました。しかし、一部のローカル路線では栗の木で作られた枕木が今でも残っていて、昔ながらの風情をかもしだしています。

 イガイガした実から現れる丸いフォルムの茶色い栗。皮をむいて調理すれば、黄金に色づきます。口の中でホクホクと優しい甘さが広がる時、縄文時代の人々も同じようにこの栗を食べていたのだなと当時の様子を想像すると、味わいも一層深いものになりますよ。

(小説家 華山 姜純/絵:吉田あゆみ)

2011-11


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朝粥のすすめ

随分と朝晩は冷えるようになりました。世間では、バナナダイエットが人気で、あちこちの八百屋さんでバナナが売り切れだとか・・・。

元気で熱が盛んな方にはよいかもしれませんが、冷え性や、痰湿タイプ(水っぽくブヨブヨ太り)の方にはお勧めしません。

特にこれからは寒い季節です!朝は、お腹を温める食べ物をいただき代謝を良くした方が健康にもダイエットにも良いですヨ。

お勧めは、生姜や青じそを使ったお粥や雑炊です。生姜や青じそは、醒脾といって、眠っている胃腸を目覚めさせ、体を活性する働きがあるためです。今朝は、生姜と、青梗菜(活血作用)の雑炊を炊いてみました。

 <作り方>

1,生姜を薄くスライスし、さらにせん切りにする

2,青梗菜は食べやすい大きさに切る

3,少量の胡麻油で、1と2を炒める

4,鍋にお湯をわかし、鰹節を入れ、お茶碗1杯のご飯を入れ、煮立ったら、3を入れ、塩で味付けして出来上がり

・胃腸に優しく、うっすらと汗をかいて、体が軽くなるメニューです。毎日、具を換えて工夫するとよいですね。

・人参とシーフードミックスを、生姜と炒めて入れれば、養血の働きたっぷりのメニューに。

・南瓜や、山芋を入れれば、補気作用バツグンです。

・青じそは、トマトと相性がよいですね。

・シーフードリゾットにしてみてはいかがでしょうか?

(文:薬剤師、薬食同源アドバイザー 高田理恵/絵:吉田たつちか)


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消えてしまった北京宮廷料理

3千年の歴史とも4千年の歴史とも言われている大中国。中国人が食べないのは2本足なら人間だけ、4本足なら机と椅子だけ空を飛ぶものは飛行機だけ、水を潜るものは潜水艦だけ、という言葉があるように中国は食文化においても大変な歴史を持っています。

 その中でも、最高峰はやっぱり首都であり宮廷があった「料理」は歴史も味も最高級と言えるでしょう……と、いいたいところなのですが、実は北京料理の歴史ってそれほど古くなく、いまの北京料理が生まれたのは60年ほど前。つまり中国共産党が政権をとり中華人民共和国が誕生してからと言われています。

 毛沢東率いる中国共産党の幹部たちが、北京にあるという山東省の料理を出す店で外国からの賓客をもてなしていたところ、この店の料理が評判になったことから、現在の北京料理が生まれたと言われています。もともと山東省は優秀な料理人が多く、北京の料理も山東省の影響を受けて油っこいものでした。

 いまの北京料理も充分油っこいのですが、この豊沢園飯庄の料理はそれらに比べて上品であっさりしたものであったようで。これが賓客たちに評判となりその名が広まっていき、また、北京の料理店もこの豊沢園飯庄の料理を真似して広まっていったといいます。

 

 北京は言うまでもなく、金、元、、といった国の都であり、そのうち以外は、中国の9割以上を占める漢民族ではなく異民族であった北方民族に支配されていたという歴史もあります。

 清の時代にあった宮廷料理は清国の崩壊とともに、全中国に散らばったとも言われ、清国時代の満干全席という、数日間をかけて100種類以上の料理を食べるという宴会料理も清の滅亡で廃れてしまい、現代ある満干全席は、宮廷料理の資料から想像して再現したものだといいます。

 もちろん、現代の北京料理にも宮廷時代の影響は強く残っているものと考えられますが、ただ、庶民料理ではなく“宮廷”料理ですからねえ。

宮廷料理人そのものが、それほど多くいたとも思えず、清が滅亡してから宮廷料理人が、どれくらい北京の市井に行き料理を伝えたかはよくわからないのです。一応、料理史においては、宮廷料理人たちは市井に下って宮廷料理を伝えたってことになっているのですが……

 これがフランス料理の場合、フランス革命後に宮廷料理人がレストランを開いたりしたことがわかっているのですが、中国の場合はちょっとわからない。

 また、中国共産党が中国を支配した後、1966年から1976年にかけてに起こった文化大革命で、過去の知識人文化人は相当数粛清され殺されているんですね。その数3千万人から7千万人。(3千人から7千人ではなく“万人”ですから、凄まじい大虐殺です)

 その粛清の嵐の中、異民族に仕えていた宮廷料理人が「わたしは清国の皇帝にお仕えした料理人でした」と、看板をかかげて商売ができたとは思えず、おそらく世に潜まざるを得なかったのではないでしょうか? 

 当時の中国では「旧世界を破壊せよ!」「新世界を建設せよ!」というスローガンの下、数多くの伝統的な物事やそれを伝える人々が大粛清されたときでもありました。

 事実、文化大革命のとき、中国の伝統料理店のほとんどが「美食はブルジョア的である」ということで破壊されてしまいました。

 さらに中国では個人経営の料理店が出せるようになったのは、1984年からなのです。

現代に伝わっている北京宮廷料理というのは、後に宮廷料理を資料などから再生させているものと思われるのです。

ただし、現代北京料理の歴史がたったの60年程度であったとしても、北京料理の価値が落ちるという意味ではありませんので念のため。

 そもそも現代の世界各国の代表的な料理のほとんどは、過去からの民族料理を原典としつつ、ここ100年くらいの間につくられたものですしね。

 (食文化研究家 巨椋修(おぐらおさむ)/絵:そねたあゆみ)2013-11

 


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特定保健用食品[エコナの問題]

特定保健用食品(トクホ)である花王の食用油「エコナ」には安全性に関する懸念があるということで、メーカー側が販売を自粛し、世論の逆風を受けてトクホの許可も自主的に返上した。

 エコナについては、販売当初から主成分であり関与成分(医薬品でいうところの有効成分にあたる)でもあるジアシルグリセロールに発癌を促進するのではないかという疑念があったにも関わらず、メーカー側は安全性に問題はないと強弁し、販売を継続していた。内閣府の食品安全委員会で安全性に関する審議が継続されている中で、新たに発がん性の強く疑われているグリシドールに体内で変換する可能性の高いグリシドール脂肪酸エステルが他の植物油の10~182倍も高いことがさらに発覚した。ここに至り、やっと花王は販売中止に踏み切った。

 通常の食用油は、トリアシルグリセロールというものが主成分であるが、花王は工業的にトリアシルグリセロールをジアシルグリセロールに変換することで、体に脂肪のつきにくい食用油を開発することに成功した。

 花王には食用油は長年の食経験があるから安心だという油断もあったものと思われるが、ジアシルグリセロールそのものは本来天然には余り存在しない微量成分である。ジアシルグリセロールの化学構造上の特性から従来のトリアシルグリセロールを主体とする食用油よりも製造工程でグリシドール脂肪酸エステルを大量に生成させてしまう結果となった。高度に加工されたものは、これまでの食経験による安全性をを単純に当てはめることができなかったということであろう。

 魚の焼け焦げやワラビなどのように発がん性物質の含まれるものは身近な食品にも潜んでいるが、常識的な摂取量では問題がないとされている。エコナも今後の審議によって、シロ(無害)という結果になるかもしれないが、現時点では「疑わしきは使用せず」の原則に従うべきであろう。
(医学博士 食品保健指導士 中本屋/絵:吉田たつちか)


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ややこしい?名前の付け方

 フランスの英雄・ナポレオンのことを、フルネームで「ナポレオン・ボナパルト」と言いますが、これって、どっちが名字でどっちが名前なのかな?。
 日本などアジア諸国では名字が先で、名前が後に来るのに対し欧米諸国では名前が名字の前に来るわけで、であれば、西洋人の名前を日本の書籍などが使う場合、日本風に名字を先にして名前を後にする方式にしているのか、それとも、そのまま西洋風に使っているのか・・・。

 ナポレオン王朝やナポレオン家、ナポレオン一世などと言いますから、ナポレオンが名字なのでしょうが、ナポレオンの甥のナポレオン三世の名は「ルイ・ナポレオン」。じゃあ、やっぱり、ボナパルトが名字で、「ボナパルト・ナポレオン」が正しいのか・・・と思うと、ナポレオン三世こと、ルイ・ナポレオンの兄の名前は「ナポレオン・ルイ」だったりするわけで・・・、もう、ややこしいったら仕方がないわけです。

 さらに言えば、ジョン・F・ケネディなどというのは、明らかにケネディが名字ですよね。ついでに言うと、ブッシュ前大統領の名前はジョージ・ウォーカー・ブッシュなのに、その父で、同じく元大統領の父の名はジョージ・ハーバート・ウォーカー・ブッシュなわけで、これまた、何ともややこしい・・・と。

 私は、「名前というものは人を識別するためにある」という考えから、自分の子供たちには、私と父に共通していた一文字を使わずに、敢えて、皆、まるで違う名前にしたのですが、そんな私からすれば、これらナポレオン一族やブッシュ父子などに見られる西洋人の名付けに関する考え方というのはどうにも理解に苦しむわけです。

 この辺は日本でも伊達政宗などは祖先にあやかって同姓同名としたような例もあるわけですが、もっと言えば、古代ローマの英雄・ユリウス=カエサルは、主に英語読みの「シーザー」で知られており、一方で、ロシアの女帝・エカテリーナは英語読みで「キャサリン」、フランス語では「カトリーヌ」であり、イングランドの王妃にはやたらと「キャサリン」がいるし、おまけにフランス王シャルル6世の娘カトリーヌはイングランド王ヘンリー5世に嫁いでキャサリンになっているし・・・で、もう、こうなると本当にややこしいったらありゃしないです。

 ちなみに、他の地域はどうかというと、西洋と東洋の中間に位置する中東地域では、基本的に名字という物は存在せず、名前だけしかないのだそうです。

 となれば、当然、同じ名前の人はたくさん存在するはずで、ではどうやって、それらの人を識別しているのかというと、自分の名前だけでは誰だかわからない場合、その上に父の名前を付け、それでもわからないときには、さらにその上に祖父の名前を付けるのだとか。

 サッダーム・フセインという人物を例に取ると、彼は正式にはサッダーム・フセイン・アブドゥル=マジード・アッ=ティクリーティーであって、そのうち、サッダームが自分の名前、フセイン・アブドゥル=マジードが父の名前、アッ=ティクリーティーは祖父の名前なわけです。

 従って、我々、日本人は良く、「フセイン大統領」などと言ってましたが、死んだ父の名前で彼を呼んでいたわけですから、本当はこれはおかしな話なわけです。 (小説家 池田平太郎)



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