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俄然下山

 はじめから登山など興味なかった。それでも趣味はなんなのか、週末はどうしているのか、いちいち聞いてくる輩がいるじゃない。どうしてこなすべきかと窓の向こうを眺めれば手頃な山。一度くらい登っておいて週末は主に山だと答えようか。

 そして週末、登山口まで列車で出向き、杖をつく老夫婦追いかけながらゆるゆる山頂を目指した。坂道を登り続けるのに何が楽しいのか。山頂からの曇った景色に何を思えばいいのか。はやくも下山を考えた。表参道の一号路を登ってきたから、獣道のような六号路を下ってみようか。右足でガゼンと踏み出せば、左足がゲザンと追い越した。右足がガゼンで左足ゲザンだ。なんだろう。この充足感。

「週末は山に登るとか」

「山は俄然下山だね」

「趣味は登山なんですね」

「いえいえ、私は俄然下山」

 ガゼンゲザンと獣道を踏みしめる。このままどこまでも下り続ければ、もう二度と面倒な輩をこなす必要もなくなる気がしてる。


そんな

 壁から次々と生えてくる。一本や二本ではないのだ。あまりに生えてくるので一本捥いでみる。そして、恐る恐る鼻先へ近づけた。こんなものを欲した覚えはない。どうせ生えるならばと考えて、特に壁から生えて欲しいものはないと思い至る。それでも貧乏生活にはありがたかった。バイトの給料日前、お陰で3日くらいはなんとかしのげた。

 ある日、気まぐれに人差し指で押し込んでみた。すると、次々壁に吸い込まれていくではないか。俺は慌ててその一本を捕まえる。少し力を込めれば難なく抜けた。あとは残らず消えてしまった。

 今頃、お隣さんの壁からこいつらが次々生えているのだろうか。俺は手にした一本を眺める。

「お隣さん?」

 角部屋ではないから両側にお隣さんがいるはずだ。しかし、俺はお隣さんを知らない。こいつを手に訪ねてみようか。

「おまえの仕業かっ」

 なんて怒られてみるのも一興。

「あなたのお陰ね」

 なんてことには、ならないか。


にゃん十億光年の

 群れることはあまり得意ではなかった。まるで孤独を感じない訳ではない。孤独が好きなのかと問われれば嫌いではないが、時にふれあいを求めることもある。それは同じ毛のものであろうとなかろうと。

 いつだったろうか、ぼんやりと光る四つ足の生き物と遭遇した。とても弱い光だったけれど、ちょうど太陽の隠れる時間だったから、俺はなんとかそれを認識することができた。この辺では見かけることのないつるつるの身体でパペポピポと鳴いた。俺はニャアと鳴いた。続いて、ピポピポパと鳴くものだから、俺はゴロゴロと喉を鳴らした。すると、あいつは光を増した。僅かな変化だったけれど、思わず目を閉じた。次の瞬間には残光があるのみ。

 あれから空を見上げることが多くなった。光を放つものと言えば夜空に浮かぶものと考えたから。まばゆい星々の隙間に僅かな光を放つあいつが隠れているようで。何十億光年の彼方まで届くように俺はニャンと鳴いた。

 

 課題「猫SS」


存在とヒゲ

 世界の中に私やヒゲが存在しているのではない。私のヒゲが生えている限り、一つの生の世界が存在する。私はヒゲにより自己を了解し、ヒゲにより可能性をめがける。歩き出せば私以外の存在が次々立ち現れる。両手を広げなくとも風を感じる。空を見上げなくとも湿度を感じる。そして、暗い夜道でも世界を感じた。

 ある時、鼠と対峙する。その先に固有の死が待つことに触れる。おまえも同じヒゲを持つ者。かといって交わることは決してない。一匹であることを強く感じ、時に道を譲ることで自分を慰める。それが良心だと考える者もいる。気まぐれだと笑う者もいる。
 ヒゲがムズムズしはじめ前足で顔を洗う。雨が近いのだろう。風も強くなってきた。雨がしのげるところに向かった方が良さそうだ。私は少しだけヒゲを広げて小走りになる。最近、こんな天気が増えた。笑う者の良心が足りない。死ぬことが問題とならない。無駄な不安が多すぎる。ヒゲを持つといい。

 

 課題「猫SS」


10匹

「私たち抜きで私たちのこと決めないで」

 中央にはやたらと声がでかい男。エプロン姿のおばちゃんもいれば、一人は男か女か分からない。四つ脚もいれば、三つ目もいる。

「死にたくなる世の中を変えたい」

 震えながら懸命に小声を吐く小僧。それを抱えあげる筋肉質の女。後ろを向いたままのつむじ禿、まだ現れていない奴もいるという。

「こんな人たちに負けるわけにはいかない」

 あんたは唾を飛ばしながら指をさす。こんな人たちと呼ばれた連中を掻き分けて、一人の少女が踏み出した。

「誰もがその事実も解決法も全て知っている」

 あんたは少女に歯ぎしり。少女は俺たちをまっすぐに見つめたまま。

「目覚めて変化する。やらなければならないのはこれだけだ」

 まだ現れていない10匹目とは誰なのか。俺でよければと手を挙げたい気持ちを臆病風が押さえ込む。

せめて自分の意志で一票を投じたい。



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