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生活保護と働けるヒト

 まだ若い俺がリストラの対象になるとは思わなかった。収入の断たれた俺はアパートの賃貸を払い続けるより一度実家へ帰るべきだろうと考えた。

「駄目だ」

 電話で親父は即答した。五年前、親父は店を営んでいる最中に突然倒れた。懸命のリハビリでなんとかお袋の手を借りながら暮らしているが、とても仕事を続けていられなくなった。

「おまえは働けるヒトだろ」

「何か問題があるのか?」

「万が一、おまえが帰ってきたら生活保護が打ち切られるんだ」

 その現実を知り唖然とする。続いて、電話を替わったお袋が情け容赦ない声を響かせた。

「ま、帰られたらの話だけど。二度と帰ろうなんて思わないで頂戴」

 たまには帰ってこいと何度も言っていた両親が、こんなことがあるものか。俺は信じられず故郷への切符を手に列車に乗り込んだ。しかし、生活保護は鉄壁だった。駅を下りれば巨大な城壁が、そして、無数の騎馬隊、鉄砲隊が声を上げて攻めてきた。


れいぞうこ

 吸引力の変わらない、ただひとつの冷蔵庫と聞かされていた。

「最期にもう一度言うぞ。決して開けてはいけない」

 父は母を追うようにして死んだ。俺一人で、どうすりゃいいんだよ。

「開けた過ぎるだろ」

 父が命を引き取った三分後にはその両開きのドアに手をかけていた。世界の吸引がはじまった。死んだ父と俺なんてあっという間。家財道具が次々飲まれ、ガラス窓が瞬時に砕けた。アパートは冷蔵庫を中心に圧縮をはじめたかと思えばすぐ消えた。冷蔵庫が街に飛び出した。人々は逃げ惑うが駄目。車は暴走するが無駄。地面ごとズルズル吸い続けるうち自分の吸引力で倒れる。冷蔵庫は地中に引きずられ、地球は括れる。地球の裏側で異変に気づいた人々も次の瞬間に吸われていた。月もチュッと。膨張しているとされていた宇宙の収縮がはじまった。何も無い部屋とは、部屋中のものを取り除き、時間も空間もなくなった様子のこと。冷蔵庫はバタンと閉まる。


れいぞうこ前日譚

 兄さんはストを決行する。地球規模の気候変動問題に対して誰かが行動を起こさなければ。国のエネルギー政策なんてあてにならないから、膝を抱えて縮こまる。パン生地の薄いあんパン、見た目以上にずっしりとしたあのイメージ。ゆっくりと息を吐きながら首を折る。限りなく小さな玉となれば余りにもずっしり。空間が歪む。時間が遅れはじめた。

「あんた、またこんなことして」

 姉さんの声がする。手が伸びる。近づいてはダメなのに。そんなことするから、指が伸びる、腕が伸びる、渦を巻いてグングン伸びる。光の速さで巻きついて、その手は凍てついた。

「そして、姉さんは兄さんを抱いたまま冷蔵庫の中へ引き込んだ」

 俺は熱くて酒臭い親父と布団に潜り、そんな話しを聞かされながら眠った。だから俺には兄姉がいないんだって。

 時は流れた。

「最期にもう一度言うぞ。決して開けてはいけない」

 れいぞうこのことだ。父は母を追うようにして死んだ。


乗り換え駅

「100年後に無くなる国が10こあるんだって」

「先生に聞いたの?」

「動画で観た」

「そうか…。二酸化炭素はどうにかせにゃいかんよな」

「1億年後には地球が無くなるんだって」

「動画で観たの?」

「友達に聞いた」

「太陽に飲み込まれるとか、そんな話?」

「知らね」

 あいつは小さな画面に首を折り、コントローラーを操作する。飽きないね。俺はスマホを取り出した。地球の最期ってもっと先ではなかったかしら。

「100年後なんて関係ねぇと思ってるでしょう?」

 俺はギクリと肩を揺らす。

「そんなことはない」

「1億年後は?」

「関係ないかなぁ」

 列車は減速しはじめた。

「急行に乗り換えだよ」

「いいよ。座って行こう」

 シートに深く座り直すと、あいつは腰を上げる。

「俺、乗り換えるよ」

 いつの間にそんなに大きくなったのか。目を丸くして見上げる。立ち上がるあいつはどこまでも大きく、俺を容易に踏み潰した。


安全神話

 人民をモルモット扱いし続けたこの国に、放射線耐性を持つ俺たちが生まれた。いくら遺伝子が傷ついても修復タンパク質がほぼ完璧に機能する。稀に生じる癌細胞も免疫応答により排除された。

 しかし、マイノリティに温かい国では無い。声を掛けてくるのは貧困を善とする手配師ばかり。俺たちは日雇いの作業員として廃炉に従事させられた。

「安全神話は遂に現実となりました」

 拍手の鳴り止まない議会。繰り返し報道するマスメディア。情報を遮られた俺たちはカメラを付けたヘッドセットから指示を受ける。毎時1000μSvを超える現場で重機を操り、夜は飯場で雑魚寝した。

 ある日、新たな作業員を従えて手配師が現れた。何かいつもと様子が違う。なにより防護服を着ていない。

「お前たち、いつまでこんなことをしているつもりだ?」

 飯場がざわつく。手配師はヘッドセットを装着した。

「俺たちとあいつらのどちらか優れていると思う?」



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