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目球

 転んだところが悪かった。地面から飛び出していた突起にちょうど目玉が突き刺さってしまったのだ。その突起はささくれ立っていて引っ掛かる。このまま頭を上げれば目玉がすっぽり抜かれてしまいそうだ。

 どうしたものか。私は四つん這いになって目玉を突き刺したまま思案する。どうせもう使い物にならないだろうから、取れてしまったところで構わないかも知れない。それでも何十年と共にした目玉だ。手放したしまうのは惜しい。その上、これがはじめてのことではないのだ。目玉は二つ、三度目ではない。はじめての時はすっぽり目玉がとれてしまった。最後の目玉を無くすのはやはり惜しい。

 ふと何も見えないはずの私に僅かな光が差した。反射的にその輝点を探るべく力を込めれば、急激に視神経と毛様体筋が突起物へ蔓延っていく。私は地球を僅かに引き伸ばし、その先に蒼い星を見た。それは水が液体として存在する可能性。系外惑星に生命を感じた。


猿の玩具

 メンバー募集をした。

 楽器なら演奏会で合わせシンバルを鳴らしたことがある。合唱会では声を張り上げた。ギター、ベース、ドラムが集まればバンドになるだろう。俺はシンバルを鳴らしながら声をあげよう。そんな玩具があったよな。

 はじめにギターが決まった。経験は無いそうだ。次にドラム。怪力の持ち主。なかなかベースが決まらなかったのは、山田が女の子にしようと言って聞かないから。川畑は鼻を鳴らすが反対もしない。

 ところで合わせシンバルはどこで買えるのか。俺は豚汁を作りながらアルミ鍋の蓋がもう一枚あればでいいのではと思いはじめる。川畑はダンベルを握り筋トレに余念がない。山田は箒を握ってジャーンと叫んだ。

 ストリートに出る前に、リバーサイドで練習を積むことにした。合宿になりそうだ。俺は新しく買ったアルミ鍋でカレーを煮込んでいる。川畑は廃材を集めて小屋を建てはじめた。そして、山田は箒を握ってジャーンと叫んだ。


予告

 殺人予告が届いた。具体的な時間と場所が記されていたが、そんな場所に縁は無い。電車を二本乗り継げば辿り着く距離だけれど、平日の昼間は仕事だからちょっと。

 ついに俺にもこんなモンが届くようになったと足立に自慢してやろうと思ったが、なにかの間違いだろう。

それでも僅かな可能性を信じて、乗り換え案内で会社からの経路を検索してみる。昼休みに出発すれば会議を一つブッチするくらいで帰ってこられるか。いや、待てよ。帰ってくる時間の心配はいらないか。

 予告犯が現れなかったら。そんな心配もあったが、俺は昼休みにオフィスを後にした。電車を乗り継いで目的地に到着すれば、殺風景な通りの割には妙に人が多い。ポケモンでもいるのか?そして、視線を感じて目を向ければ、口元を強張らせた足立の姿。俺は顔面を紅潮させた。自分だけの予告であれと願ったのは俺だけではないだろう。この際、絨毯爆撃で一掃されても構わない。俺は天を仰いだ。


案の定、幽霊

 結婚記念日に死んだ女房が翌日に帰ってきた。私は涙を流しながら抱きつこうとしたが、案の定、幽霊だった。
 飯は食わない。家事もしない。それでも、いてくれるだけでいい。本当か?
 目覚ましをひっぱたいて、眠い目をこする。女房はまだ敷き布団の上に横たわっている。死んでしまったのかと思って肩を揺すろうとするが、俺の手はすり抜けて枕を掴む。
「起きろぉっ」
 声を上げてしまうことも増えた。女房は驚いて目を開く。
 触りたいのだ。おはようと髪をぐちゃぐちゃにしたい。私の湯呑みを割って舌を出す彼女の頭を小突きたい。時には腕を回したい。
 そして、私たちの特訓がはじまった。私が頭を撫でたら髪を乱すこと。私が頭を小突いたら舌を出すこと。抱き枕などというものをはじめて購入した。こいつに抱きついたらプロジェクションマッピングさながら映り込むこと。
「成仏できないじゃない」
 女房は笑み、私は必死に抱き枕を捕まえた。


心を入れ替える

「今度こそ心を入れ替えて卒業するよ」
「あんたの心って、プリンターのカートリッジみたいね」
 去年はSIMカードだった。一昨年は畳だったか。
「今度は違う」
「何が?」
「切迫感」
 姉貴は笑いながら、ちゃぶ台を打って立ち上がる。そして、冷蔵庫に手を伸ばした。
「もう一缶もらうよ」
「自分で買ってきたんだろ」
「一応、あんたにあげたもんだからさ」
 姉貴は再びあぐらをかいた。
「去年、SIMカードって言ったじゃない」
 覚えてんのかよ。毎年仕込んでんだろ。
「なんか違うよね。主体がSIMなんだから。でも、そうなるとあんたの心ってなんなわけ?」
 あれ、本気説教モード?泣きそうな笑顔が胸を打つ。
 4月で大学8年生。どうにか単位をかき集めないと退学だ。もう酒を抱えた姉貴が訪ねて来ることもないだろう。
 毎年この時期を密かな楽しみにしていた。悲しみの涙で濡らすわけにはいかない。俺は最後の心に入れ替えた。



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