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新商品発表会

 我が社の新商品が発表された。その名もリヒトゥング。ドイツ語で方角、方向のほか、機運、明るみ、間伐地などという意味もあるらしい。片手で持てる程度のちょっとした道具。これはただの花瓶ではないのか。いや、どう見ても手持ち扇風機でしょう。何を言う、次世代の情報通信端末じゃないか。社長は大型スクリーンに映し出された商品を眺めたまま延々拍手を続けるだけ。

 女子営業が立ち上がって声を上げた。

「これは女性の社会進出を後押しする画期的なツールになるかも知れません」

 負けじと男子エンジニアも立ち上がる。

「これにより防災対策を根本的に変えることになるでしょう」

 社長は振り返りようやく口を開いた。

「世界は皆さんの求めるところに即して、その都度開かれるものです」

 俺はポカンと口を開く。早く会議が終わらないかと思っているせいだろうか。残念ながら、俺にはこれが泡立つビアグラスにしか見えない。


担々麺と炒飯

 仕事でたまに下りる駅には、小さなロータリーを挟んで二軒の中華料理店があった。ロータリーにあわせて店舗もそれなりだ。満福楼と一品菜、そんな大食いする歳でもないけれど、どうしたってマンプクの響きは魅力だ。

 滅多に来ないのだからイッピンも味わってみてはどうかと思いつつ、気づけばマンプクへと足が向く。いつもの担々麺と炒飯セットは、辛みのきいた白胡麻たっぷりスープは絶品だけれど、炒飯には葱と卵しか入っていない。それでも客入りが悪くないのはやはり店の名前によるものか。

 

 その日も私は色の無いチャーハンを蓮華ですくい上げていた。そして、ふと焦点をロータリーの向こうに当てた。自分はおろか知性の存在しない宇宙など実在しないも同然。思いがけずロンリーワールドに思いを巡らせた。すると、一人の男が満足げに一品菜を出た。嗚呼、世界にはあらゆる可能性が準備されている。私は蓮華をスープに浸して、それを啜り上げた。


求めるところに即して

 家を出て、会社とは反対方向のホームに立った。

「皆さんの求めるところに即して、その都度世界は開かれます」

 社長の言葉を都合よく解釈して、俺はふらりと足を運ぶ。鞄には新商品のサンプルを突っ込んでおいた。その名もリヒトゥング。ドイツ語で方角・方向のほか、機運、光の射し込む間伐地などという意味もあるという。片手で持てる程度のちょっとした道具。

 俺が入社して間もない頃、失踪したかと思えば、大きな商売を見つけて戻ってくるいい加減な先輩がいた。そんな先輩も今はどこで何をしているやら。あの頃はまだまだ時代が緩かった。いつまでも景気が回復しない昨今、そんな真似してなんになる。

 長年マーケティングに従事してきた。足で稼ぐ術もなくすぐに立ち止まる。そして、鞄からサンプル品を取り出した。

「それはなんですか?」思いがけず声がかかる。

「あなたの求めるところに即して、」

「え?」

 そこに世界が開かれた。


会議!会議!会議!

 我が社は自転車通勤が良しとされている。ただし電動自転車は御法度だ。来る2020年に向けて着々と準備を整えている。仕事は何より会議が良しとされているようになった。答えの出ない会議、ゴール設定のはっきりしない会議、会議をするための会議、業績は会議の長さで決まるのだ。会議室の数も来年までには倍に増やす予定。全席ペダル付き。 

「全社会議をはじめるぞ」 

 週はじめには、一番大きな第七会議室に全社員が集められる。社長の話し半分、全社員総出でペダルを漕ぎまくる。自転車通勤の甲斐もあって、皆、逞しい太ももを持つ。 

「さあいよいよ2020年には、送配電部門を別会社にする「法的分離」が実施される」 

 我が社も参入のチャンスだ。


目球

 転んだところが悪かった。地面から飛び出していた突起にちょうど目玉が突き刺さってしまったのだ。その突起はささくれ立っていて引っ掛かる。このまま頭を上げれば目玉がすっぽり抜かれてしまいそうだ。

 どうしたものか。私は四つん這いになって目玉を突き刺したまま思案する。どうせもう使い物にならないだろうから、取れてしまったところで構わないかも知れない。それでも何十年と共にした目玉だ。手放したしまうのは惜しい。その上、これがはじめてのことではないのだ。目玉は二つ、三度目ではない。はじめての時はすっぽり目玉がとれてしまった。最後の目玉を無くすのはやはり惜しい。

 ふと何も見えないはずの私に僅かな光が差した。反射的にその輝点を探るべく力を込めれば、急激に視神経と毛様体筋が突起物へ蔓延っていく。私は地球を僅かに引き伸ばし、その先に蒼い星を見た。それは水が液体として存在する可能性。系外惑星に生命を感じた。



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