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タカオの日常

  その日、タカオは自身の男性を捨てた。

 

 それを決めたのは、もう五年以上前だ。

 父の死をきっかけに、タカオは性転換手術

 を決心した。

 

 その医者は、無免許医だったが、腕は

 確かだった。そして、人並み以上の体力を

 五年のうちに付けろという。

 

 そして、タカオが男性の地下格闘技の大会

 で優勝したのは、ほんの数週間前だ。

 約束を果たしたタカオは、もう一度医者を

 訪ねる。

 

 医者の最後の確認に、タカオは大きく頷く。

 麻酔がかかり、タカオの気は遠のいた。

 

  タカオの男性部分は取り除かれた。その

 手術は1時間とかからなかった。

 ここまでは、太古の昔から行われている

 処置だ。問題はここからだ。

 

 無免許医の前にあるのは、タカオの細胞から

 作り出した、子宮だ。これを、元男性の

 体に移植するのは、宇宙歴21998年

 の今日が人類初となる。

 

 心なしか、無免許医の手が震えている。

 

  タカオの父は伝統的な考え方を持っており、

 長男のタカオには厳しかった。演劇舞台役者

 の道を、長男として立派に継いでもらいたい、

 そう考えていた。

 

 父が母に暴力を振るうようになったのも、

 タカオの性向を知ってからのことかもしれない。

 そしてタカオは、父との関係も含め、全てを

 捨てたい、そう考えるようになった。

 

  タカオの意識は戻った。が、麻酔ボケで

 数時間話すこともできない。

 やっと喋ることができるようになったとき、

 タカオは無免許医に聞いた。

 

「うち、女になったん?」

 

 その無免許医は大きく頷いた。

 手術は、子宮が数年かけて完全に定着し、

 そして実際に子どもを産めたときにはじめて

 成功したと言える、と付け加えた。

 

 そしてタカオは、ナミカと名前を変える。

 

 そこからは自らの子宮との闘いだった。

 手術開始時80キロあった体重は60キロに

 まで減る。闘うこと、半年。

 

 しかし、タカオ、いや、ナミカは勝利した。

 

 体重も70キロに戻したナミカは、白地に富士

 の浴衣に雪駄を履いて、晴れやかに退院する。

 

  体を動かせるようになったナミカは、

 ゆっくりと、リハビリを兼ねた格闘技の

 トレーニングを再開していく。

 

 数か月後にナミカは気づく。しなやかさを手に

 入れた体は、武術の腕も総合的に強くなって

 いることに。

 

 自信を取り戻したナミカは、舞台の稽古も

 再開する。それは父との思い出を取り戻す

 時間でもあった。

 

 男性の力強さにしなやかさが加わる。

 過酷な経験も加わって、表現の幅が広がった。

 

 入院中の体がまったく動かせないときに、

 ネットワークサイトで、演劇や武術に

 限らず、政治、経済、軍事、宗教、哲学、

 あらゆる文献を読み漁り、テキスト

 投稿による対話にも加わった。

 

 すべてを捨てたと思ったナミカは、再び

 多くのものを得たのだった。

 


この本の内容は以上です。


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