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ジーン編6

  東ザータの女村長と、塔のある西ザータの村長は、突然オレの暮らしている療養所へやってきて、オレに英雄の証である剣をくれた。

 オレもそれはうれしく思ったが、……その後、突然手足が動かなくなった事。村長たちの使う、『変異種』という謎の言葉。オレは、そういう細かい事を、まだ気にしていた。

 

 オレの正体は、その『変異種』だそうだ。

 だから、何なのだろう。何も、わからない。
 

 

 

 オレは午後の光が好きだった。太陽が空の一番高い所を過ぎてから、少しずつ光は黄色くなってくる。それから夕方にかけてだ。白い壁の陰になるオレのベッド。この切なさが、楽しくて仕方ない。
 ガイにその話をしたら、自分と似ているものが好きなんじゃね、と返ってきた。 

 

 オレのこの前適当に切った長い髪。短く切ったり、他の男と同じように結う事も考えたが、オレはなんだか髪がある程度顔にかかってこないと、落ち着かない。ナイフで肩にかかるくらいに切った。
 

 その髪が、強い風が吹くと、午後の光と同じような色をしているのがわかる。

 

 午後の光を楽しみながら、借りてきた書物を読んでいた。書物といっても、子供の教育向けに書かれた、やさしい文字しか使っていないものだ。
 しかし、誰向けだとしても、書物は面白い。オレは、文字が読めるようになったのをとてもうれしく思っている。ときどき読めない所もある。それを穴埋めのようにして想像するのが、また面白さをかきたてる。
 

 

 

 オレの家はまだ建てている途中らしい。火傷も完全には治っていないので、まだ療養所で毎日を暮らしていた。包帯だらけの体で、机の向こうの黄色っぽい光を、時間を忘れて眺める。

 どこかで金属で木を叩くような音がする。これが家を建てる音なのだろうか。女村長がくれた家がどこか知らないが、わりと近くなのだろう。その他は、とても静かだ。

 

 もうあれから、いくつかの季節が流れた。それでも、オレはベッドに、しばりつけられたまま。
 オレは、はっきり言って、焦りを感じていた。

 

「キャメルさん、お食事の時間ですよ」

 顔を上げると、看護係のジーンと目が合った。ジーンは視線を少し下に落とした。オレは食器をつまみ上げて言った。
「ジーン、いつも思うけど、この食器は、何でできているんだ?」
 オレは、食器をいつも不思議に思っていた。午後の淡い光にかざしてみる。
 土を焼いたものでは、なさそうだ。少し、光が透ける。

 

「それは、薄く切ったパンですよ」
「パンなのか」
 確かに、妙に軽くて、ざらざらしている。指でなでてみる。

 

「じゃ、この書物に書いてある、『陶器』という物ではないんだな」
「それは陶器ではありませんが、ガイさんがときどき持ってきてくださっている、あの壺は、陶器の一種ですよ。それくらいしか、わかりませんけれど。――本当に、ごめんなさい」
 この女性は、頭を下げて、いつも過剰に謝る。――それで、表情を隠しているようにも思える。

 

「でも、『陶器』をわかっているんだろう?」
 意外とこの女性は物知りかもしれないな、と思ったので、言ってみた。

 

 左斜め前にある机に、さっき開いたままにした書物があった。オレは、それを手に取った。
「じゃ、ジーン、これを見てみろ」

 

ジーンは、真っ黒な目を大きく開けた。

 「わたしで、いいのですか? 文字も、読めないけれど」

 

「誰でもいいよ。こっちが、東だそうだ」
「――東?」
 

 机の向こうに木がある。そっちの方角をオレは指さした。

「こっちの、太陽が昇る方を、東というらしいよ」

 

 ジーンは、口のそばに手をもってきた。

「東ですか。わたしは、北極星がある方を、北というんだと聞いた事があります。北極星は、他の星と違って、年中位置が変わらないんですよ。だから、旅をするときに役に立つんです。――すみません、それくらいしか。ごめんなさい」

 

 ジーンは、また深々と頭を下げたが、オレは、とても面白い、と思った。ジーンというこの女性、本当に教育を受けていないのかどうか知らないが、オレよりずいぶん、いろいろと知っていそうだ。

 

「あっ、お食事の邪魔をして、本当にごめんなさい。スープが冷めてしまいます。もう、スプーン無しでも飲めますよね、キャメルさん。あと、他の方にもお食事を持っていかなければ――」
「とか言って、どうせ時間あるんだろ。今、そもそも食事の時間じゃないし」
「よくおわかりですね」

 

「ジーン」                         
「はい」

 

 ジーンがオレをまっすぐ見た。真っ黒な目だ。オレは、机の上に手をやった。
「時間あるなら、この紙を見てみろよ。これを、『地図』というらしい」

 


この本の内容は以上です。


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