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ジーン編5

「お前ら、何か話しに来たんじゃなかったのか!」
 オレは全身を揺すって叫んだ。この村長たちは、いったい何をしに来たのか。療養所に突然二人でやって来て、オレに剣だけ渡して、隠し事をしながら帰ろうとする。オレの心の中の疑問を増やすばかりだ。西ザータの村長は、オレを『変異種』と呼ぶが、まず『変異種』とは何だ。

 

 東ザータの女村長が、しわしわの口を動かした。頬の肉が揺れる。

「威勢のいい事よ。わたしがお前に、話しに来たとでも言ったかの? わたしらはあんたに剣と家をやった。特にその剣は高価な物じゃ。大切にするがよい。そして、あんたと西ザータのこのおっさんが会って話した。もう用件は済んでおる。ヒマな日とて、無駄話をしている時間は無いというのに、何がそんなに聞きたいんじゃ」

 

 女村長も馬を後ろに向けた。馬の尾が大きく揺れた。

 

「キャメルというお前、何か大きく誤解をしてはいないか?」
 塔のある西ザータの村長が、二、三歩馬を進め、陽の当たる場所で半分こちらを見た。

 

「過去にとらわれるのは、やめなさい。お前の父は、放火殺人を犯した。それでも、私はお前を殺人犯の息子などと、差別する気は無い。村の若い者など、事件自体を知らないであろう。過去など忘れて、楽に暮らしたらいいぞ。村の者は、お前をあたたかく受け入れてくれるであろう。英雄としてな」
 村長は、ひとつ咳をした。

 

 走って西ザータの村長を馬から引きずり降ろしてやりたかった。しかし、少し動くだけでかなりの痛みがある。思わず歯を食いしばった。歯がギリギリと音をたてた。

 

「それはもう聞いた。で、なぜ父とオレが一緒に幽閉されるんだ! 普通は、その怖ろしい、父だけだろうが!」

 オレが大声で村長と会話するので、後ろ側のベッドの病人たちが、何やらざわめいている。

 

「それを聞いたら、過去は戻って来るのか?」
 村長はまたひとつ咳をした。
「どうしても、聞きたいか?」

 

 馬ごとこちらを向いた老人の目が、森のそばの陰でギラリと光る。
 オレは何だか、背中にゾクッとしたものが走って、……不器用な事に、何も言えなくなった。
「……いいえ」

 

「とりあえず顔を見れて良かったわ。さらば」
 西ザータの村長はもう振り向かず、馬を進めた。女村長もそれに続いた。何か、嵐が過ぎ去ったかのように、オレの全身から、力が抜けた。オレは倒れるように、また寝る姿勢になった。

 

 違う。何か隠している憎たらしい村長たちのせいではない。本当に、手足に力が入らないのだ。

 

 目を閉じて、あの青い『リンゴ』を思い出す。あれを追って、木に登っている時もそうだった。突然、足の力が抜けた。足が一本、無くなったようにさえ感じた。ちょうどその時と同じ感覚だ。

 

 とても、不気味だ。自分が、砂の中に引きずりこまれていくようにさえ感じる。 

 

「よっと」
 木の陰から、突然ガイが顔を出した。
「ハゲとクソババアが、ようやく行ったか。あいつら、うるせえんだよなあ」

 

「あんた、全部聞いてただろう」

 オレは寝転んだままで、自信ありげに言い、また見栄を張った。
「当たり前だぜ」

 ガイがウインクした。

 

「遠くには行ってないと思った!」
 オレは今日、初めて笑った。手足は、動かないままで。――それをガイに、言えないままで。

 

「それにしても、女は教育を受けていないというのに、なぜここの女村長は、村長になれたんだ?」
 オレは、それが不思議に思えて仕方なかった。

 

 ガイが顔をしかめて、小声で言った。
「南方集落の村長は、世襲だ。世襲で決まってんの」
「世襲?」

 オレは、ガイを見上げた。ガイは、続けた。

 

「人殺しのキャメルにわかりやすく言うとな、村長の親が死んだら、その子が村長になるのさ。その子が死んだら、さらにその孫が村長になる。たぶんあのババアは、ひとりっ子だったから、スバラシイ教育を受けて村長になれたんじゃねえの? 村長になるかどうかは、能力には関係ねえんだ。この南方集落の一番の失敗だな!」

 

 ガイは、手を大げさにたたいて笑った。療養所の木の小さな机。そこに、さっきの壺は置かれていた。

 


この本の内容は以上です。


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