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受験・就職活動の方へ

 望む結果を求めて、日々取り組まれている事と
思いますが、「結果を求めすぎる・・」と
感じる事は無いでしょうか?

 

 

 

人は誰しも「結果」は、イメージしやすいと思います

 

 

でも「過程」をイメージする時に

出来れば避けたい事柄や
後回しにしたい事を直視したくないと

 


心のどこかで感じていると
おおよそで計画を立てる事は無いでしょうか?

 

 

 

ある程度、その過程に沿っていれば
結果が得られるし、得ようと思えば得られる

 


と、私もついそう思ってしまいます

 

 

 

でもそのように積み上げられた上には
ちゃんと望む結果が、揺ぎ無くあるだろうか?と考えた時に

「過程」=「積み木を積む」事だと思ったのです

 

 


その事だけでなく、枠から飛び出して
新たな発想で、新たな何かを実現したい時にも
「積み木を積む」過程に置き換えてみませんか?

 

 

 

小さな子供が、積み木を積めるようになるには
まず何から始めると思いますか?

 

 

 

我が子の場合では、まず積んである積み木を

「ガラガラ、ガッシャーン!」と

何度も崩す所から始まりました

 

 

次に、積み木を横に並べるのです

 

 

大人からすると、積み木は積む物ですから
「えっ?積まないの?」と思いますよね

 

 

3段階目で、やっと積み木を積めるようになるのです

 

 

1段階目の崩してしまう時は

「あ~でもない」「こうでもない」と模索して
方向性を考えたり、今の既成概念を壊してみる

 

 

 

2段階目の横に並べる時は

「こうしていけば良いんだ」と方法が見つかったり
継続していく事を表していると思うのです

 


3段階目の積み上げる時は

勉強でしたら「知識」を表していると思いますし
「経験」も同様だと思います

 

 

 

でも大事なのは、「事実」をいくら積み上げても
そこに「自信」が伴っていなければ
横から微かな力でも押されたら崩れてしまいます

 

 

 

「そんな自信なんて無いよ~」と思われたら
あなたが積んで来た積み木を見てみて下さい

 

 

 

高く積まなくても良いんですよ
沢山積む事が、何かを成し遂げられるのではなく

 

 

「何を積んだのかが大事!」なのです

 


自信を持って取り組んで来た積み木を
積み上げられたのなら・・・、

 


力を入れなくても、ふっと望む結果が
あなたという土台の上に、積み上がる事でしょう

 

 

 

どこまで積みましたか? どう積んでいきますか?

 

 

 

 


受験、就職活動の方へ 続編

合格通知を受け取られたり、就職が決まった方

 

 

もしくは不安や焦りで、これからを迎える方も
多いと思います

 

 

 

「もし願っている結果で無かったら・・・」

 

 

この時期は、志望先が第一で
その先の事や、それ以外の事は考えられないし
考えたくないと思うのです

 


なので今は「まだ、このメッセージを読めない」と
思われても大丈夫です!

 

 

 

「そんな事が書いてあったな~」と
思って下さるだけで良いですよ(#^^#)

 

 

続けますね

 

 

もし結果が届く前に「自分には、この道しか無い」と
強く思われている方こそ、地図を広げてみて下さい

 

 

出来れば紙の地図を広げて下さい

 

 

※アナログ派なので、お手数をお掛けしてすみません※

 

 

 

ご自分が住まわれている市内の地図があれば
一番良いですね

 

 

まずご自宅の場所を指で指して下さい

 

 

 

その次に、まず良く行く場所までのルートを
辿ってみてもらえませんか?

 

 

学校やコンビニ、スーパーなど、どこでも良いですよ

 

 

おそらくいつも同じルートで行かれていると
思うのですがいかがでしょうか?

 

 

それは一番速いルートだからでしょうか?
それは一番行きやすいルートだからでしょうか?

 

 

それでは次に、ご自宅からその場所までの
別のルートを指で辿ってみてもらえませんか?

 

 

どうでしょうか?いくつルートがありましたか?

 


のどかな所に住んでいる私でも、いくつかありますよ♪

 

 

遠回りになるとか、距離ではないのです

 

 

 

「これが一番なんだ!」と思っている行き方でも
色々な行き方があって、どの道で行っても良いんですよね?

 

 


私の話になりますが
昨日もしかしたら就職していたかもしれない場所に
行ってきた話をさせて下さいね

 

 

呼ばれるのを待っている間
そこで働いていらっしゃる方々を見ながら思ったのです

 

 

「もしかしたら、この向こう側に居たかもしれない」

 

 

それは就職の際、第一志望だった所です

 

 

そこは他の志望者も居なくて、私は受ける=受かると
思っていました

 

 

でも最終的に、選考の当日になって
一番成績が良い子が、そこを志望先に替えたのです

 

 

勿論、私はスライドして第2志望先を受ける事になりました

 

 

しかも自分にとっては、2度目の事だったのです

 

 

高校も第一志望を受験する学力がなく
というより、自分の努力が本当に足りなかったのです

 

 

今思えば、なんであの時必死に勉強しなかったんだろう?と
自分の生ぬるさに、がっかりするぐらいなんですよ

 

 

就職の事は、不可抗力であっても
進むはずだと思っていたのに、阻まれた感情がありました

 

では・・・、その後どうなったでしょうか?

 

 

今の私があります

 

 

特に、そうなって良かった!と思えるのは
主人と出会えて、今の家族があるからなんです

 

 

お給料や待遇は、もしかしたら第一志望の方が
良かったかもしれません

 

 

でもお金では得られない出会いがありました

 

 

「行き止まり」の標示があっても
必ずその手前で他の道に繋がっていますよね

 

 

どんな道に進む事になったとしても
必ずどこかに通じて、どこかに行けるのです

 

 

だから思うままに、挑戦して欲しいと思います!!

 

 

願う結果でなかった場合は・・・、
地図を大きく広げてみて下さいね

 


どの道を行くのか、あなたが選ぶのです

 


「頭の中の渋滞を解消する方法」

「頭の中の渋滞を解消する方法」

 

 

日々、やらなければいけない事が多いのに
「なかなか思うように進まない」「片付かない」
そのような事はないでしょうか?

 

 

 

頭の中が混乱してしまい、作業効率が下がる一方

 

 

それは頭の中が、渋滞しています

 

 

例えば、5つの案件を今日中に終える必要がある

 

 

そういう場合、あなたならどう進めますか?

 

 

頼まれた順番に、作業をしていきますか?

 

 

 

頭の中が渋滞する原因は
まず取り掛かっている作業中に

次から次へと増えます

 

 

 

最初の作業を終えていないので
まずそれを終わらせようとします

 

 

 

終わったら2つ目の案件に取り掛かります
そして3つ目、4つ目と順に取り掛かります

 

 

いかがでしょうか? 

 

 

私は、いつもこれで無駄な時間を消費してしまいます

 

 

なかなか進まない案件に時間を取られ
あ~でもない、こ~でもないとしている間に
他の事が出来たのに・・・、という事がよくあります

 

 

それでは、どう進めて行けば良いのでしょうか?

 

 

 

 

まず「案件=車」に置き換えてみて下さい

 

 


さあ、ドライブをしましょう~♪

 

 

 

頭の中が渋滞をしている時は
あなたは高速道路を走っています

 

 

 

しかも1台ではなく、5台です

 

 

5つの案件=5台の車です

 

 

この5台の車は、1から順に連なって走行しています

 

 

 

高速道路は、次のインターまで降りれないので
とにかく順番に走行します

 

 

 

これが、一般道ならばどうでしょうか?

 


時間がかかりそうな案件よりも先に
短時間で終わる作業に取り掛かるために
別ルートで最短で行く事が出来ます

 

 

 

ゴール地点が同じならば、どのルートもOKです

 

 

 

締切が同じならば、どの案件をどの順番で
どう取り掛かるかは、選択出来るのです

 

 

 

高速道路の場合は、パーキングエリアや
サービスエリアを利用してみましょう

 

 

 

1つ目の案件の行き詰った所で、一旦手を止め
他の案件に取り掛かるのです

 

 

 

休憩している間に、後ろを走っていた車に
抜かれる事と同じです

 

 

 

さて本線に戻る時は、焦っているでしょうか?

 

 

 

逆に終えられた案件がいくつかある事で
余裕が生まれ、時間内に間に合うと思うのです

 

 

 

もしどう取り組めば良いのか悩んだとしたら

 

 

 

まずどの道路で、どのルートで
目的地を目指すか、ドライブをするつもりで
考えてみてはいかがでしょうか?

 

 


行楽の季節では、頭の中も
ゆったり心地良くドライブしてみませんか?

 

 

 

 

 


あなたは、どうしていますか? レジの会計編

あなたは、どうしていますか?

   

 ~レジの会計編~

 

 


いきなりですが、質問です

 


あなたは、レジの会計で、おつりを受ける時に
「ありがとう」「ありがとうございます」など
何か言葉を添えますか?

 

 

しばらく前に、ネットニュースで
「言う」「言わない」
賛否両論の記事を目にした事がありました

 


ここからは、あくまでも私の主観なので
「そうした方が良い」とかではない事を
ご理解頂けたらと思います

 


それでは続けますね

 

 

私が、「どうしてかな~?」と感じたのは
どうしてお釣りを受ける時だけ、そうなのでしょうか?

 

 

 

教室で、落とした消しゴムを拾ってもらい
受け取る時に「ありがとう」って、言いますよね?

 

 

 

会社で、落としたボールペンを拾ってもらい
受け取る時に「ありがとうございます」と言いますよね?

 

 

道を尋ねて、教えてもらった時に
「ありがとうございます。助かりました」など
お礼を言いますよね?

 

 

誰かから何かを受け取ったり、してもらった時には
「ありがとう」「ありがとうございます」を言うのに

 

 

お釣りを受け取る時は、何も言わない・・・???

 

 

私自身は、いつもレジに商品と代金を置く時に
「お願いします」と言います

 

 

そして会計が済んだ商品とお釣りを受け取る時は
笑顔で「ありがとうございます♪」と言います

 


音符マークを付けちゃうぐらいです(^^♪

 

 

ここで一旦、会計前に振り返ってみたいと思います

 

 

買い物に行く所をイメージしてみて下さいね

 

         ↓

 

コンビニ・スーパー・カー用品のお店など
どのお店でも良いですよ

 

         ↓


お店の中に入って、買いたいと思っている
商品を手にしました

 

         ↓


「さぁ、この商品は、あなたの物ですか?」


         ↓


違いますよね。まだお店の商品です


         ↓


それでは、その商品を手にしたまま
お店の外に出れば、あなたの物になりますか?

 

         ↓

 

違いますよね。絶対にダメです!

 

         ↓


「じゃあ、どうしたら、お店の商品が
 あなたの物になるのですか?」


         ↓


ここでレジの担当者さんが登場します


         ↓

 

レジの担当者さんは、お金を受け取ったり
渡すだけでなく、お店の商品だった物を
あなたの物にしてくれるのです


         ↓


私は、その事へのお礼を含めて
「ありがとうございます」と言っています

 

 

 


そもそも私がそう思うのは、子供の頃
自営業の家で育った環境だからだと思います

 

 

 

お正月しかお休みがないお店だったので
ほとんど出掛けた思い出がありません

 

 

なのでレジの所で、よく母と店番をしていました

 

 

 

その時、黙ったままお釣りを受け取るお客様を
ほぼ見た事がないと記憶しています

 

 

 

恥ずかしがり屋さんの小さな子供でも
ちゃんと母の顔を見て「ありがとう」を
言ってくれたのを記憶しています

 

 

 

なので、まだ自転車に乗れないぐらい小さい時
10円、30円、スペシャルで50円を握りしめて
駄菓子屋さんに買いに走って行った頃から

 

 


一度も黙ったまま、お釣りを受け取った事が
無いんです。風邪で声が全く出なかった時でさえ

息を吐くようにして「ありがとうございます」を
言いながら、何度も頭を下げて伝えようとしました

 

 

 

話が長くなっている上に、少しそれてしまいますが

 

 

 

最近、商品のバーコードは、店員さんがして下さるけど
会計は、自動精算機になっている店が増えていますよね

 

 

セルフレジで会計をした時も同じですが

 


何だか買い物が、味気なく感じてしまうんです

 

 

一つ一つの商品は、企業やメーカーさんが
商品開発をされて、熱意を込めて作られていると
思うと、人から人へ受け渡して欲しいなと思うんです

 

 

負担軽減や効率化も大事だと思いますが
作りての視点からも、単なる受渡しでは無いように

 

 

「ありがとうございます」の言葉が

手から手へ受け渡されると良いなと思うのですが

 

 

あなたは、どうされていますか・・・?

 

 

 


あなたの言葉には、あなたの顔がありますか?

昨今、携帯電話の普及やSNSのツールによって
とても便利な時代だと思うのですが

 

 

言葉が溢れている様に感じるのは、私だけでしょうか?

 

 

この「溢れている」という意味は
どうにも「一方通行」の言葉が多く感じるのですが
どう思われますか?

 

 

ここで質問です

 

 

あなたが生まれた時、電話機はどうでしか?

 

 

黒電話でしたか? コードレスでしたか?
それとも携帯がありましたか?

 

 

私は、黒電話の時代なのですが
一言に込める思いと責任を伴っていたように感じました

 

 

 

自分の言葉を発する時に
とても考えていたように思うのです

 

 

その当時、言葉を伝える手段は、黒電話
手紙、会って話す ぐらいだったと思います

 

 

今のように、送信した言葉を削除したり
取り消せないので、私が小学生の時でも
慎重に言葉を選んでいたと思います

 

 

 

特に電話のマナーは、小学生でも
ある程度は、身についていたと思います

 

 

どうしても夜9時を過ぎて掛ける場合は
「夜分遅くにすみません」とお詫びをしますし
その時間に掛けないように気を付けていました

 

 

そしてちゃんと名乗るのは、今も同じですが
黒電話やコードレス電話の場合は
ご家族が出る場合が、ほとんどなので
敬語もある程度言えました

 

 

小学生の間でも「〇〇ちゃん、いますか?」から
「いらっしゃいますか?」に変化しますし
不在の時の対応は、会社での対応と同じぐらいでした

 


「今、掛けても大丈夫かな?食事時かな?」


携帯でも、勿論配慮していますが
この時は、もっと相手を気遣っていたと思います

 

 

手紙に関しても、何度も読み返して
そして何度も書き直して、相手がどう思うのか
言葉を選び、言葉に想いを込めて届けていたと思います

 

 

 

ここまで慎重に言葉を選んでいたのは
それは自分の言葉だからなんです

 

「自分の顔がある言葉」だからこそ
相手に届ける言葉を一生懸命考えて
届けようとしていたのだと思います

 

 

 

今の時代は、ハンドルネームや匿名で
言葉を発する事が出来ますが

 

 

顔が見えない場合、面と向かって言えない事を
画面に向かってなら、言いっぱなしで言える

 

 

そのような言葉が、溢れている様に感じてしまうのです

 

 

画面に言葉を入力する時
その言葉にあなたの顔はありますか・・・?

 



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