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ジーン編3

 小さな療養所。ベッドの頭側に白い壁がある。もうその壁も、白いとわからなくなる時刻だ。

 ガイは身振り手振りで、オレと看護係のジーンの会話に、彼があきれた訳を説明した。ガイの手や指は、夕闇の中、いっそう黒い。

 

「あの看護係の姉ちゃん、貧しそうな服装だけど、めっちゃ美人じゃん。控えめで上品。すばらしい! 他の胸元見せびらかして歩いてる金持ちっぽい女と、違う魅力があっていいんだよ。そして、背は高いけど優しそう。俺、あの姉ちゃんを狙ってたのに! たぶんあの姉ちゃん、お前を気に入ってんだよ。『きれいですね』って、けっこう大胆なところあるんだなって思って、さらに興味がわいたぜ。それで、本題。お前、何でそんなに女に興味無いの? おかしくね?」

 

 オレは、長い髪が風に吹かれてうっとうしいので、首を振って払った。ラクダ色、とガイが呼ぶ髪。

「女? オレはただ看護係の人と話していただけだ。女だからって何とも思わないが。ガイは、違うのか?」
 ジーンは、命の恩人。とりあえず食事を、もらえる。ありがたい事だ。それだけだ。

 

 オレは、ゆっくり身体を起こした。ゆっくり。でないとまた痛くなる。髪が夕闇の中で顔にかかり、赤っぽく見える。

 

 ガイが変わった表情をする。そろそろ顔も見えなくなる頃だ。
「あんた、出逢った頃と、人格変わったな。それとも、元がそれだったのか?」
「知らねえ。興味が無いな」
「あのね――」

 

 ガイが手をバッと広げた。
「あんた、いつまで女にモテると思ってんだ? 人はいつかおっさんになる。俺みたいな。その前に美人を見つけたらさっさとストックしとけよ。お前だってきっといつまでもその顔じゃねえぜ。いつか老けて、ハゲて、太って、シワができてくるぜ? 自然はそういう風にできてんだ」
 ガイは、いつも手を動かしながら喋る。それが少し面白いと思うようになった。

 

 オレは今、とても人間らしい生活をしているような気がする。塔の中にいた時よりずっと。ほとんど動けないのだが、それでも自然は美しいものだと、ここにいても思う。どこかに、消えてくれない気持ちがあるだけだ。

 

 オレは、短命? なぜわかる? 長く生きられない? 

 オレの見つけた『自由』って、結局何だった?

 女村長の言葉を、塔の窓から見えた緑を、ガイの向こうの黒く染まった木に描く。ランプがつくまでは、暗い療養所。

 

 オレは、塔の窓の外の『自由』に、物心つく頃から、憧れて生きてきた。――『自由』は、楽しいはずだ。窓の外の世界に出れば、オレは、幸せになるはずだ。

 ところが、どうだ。窓の外の自由な世界で、オレは全身火傷を負い、寝てばかりの生活で、いまだに自由になったものの、何がしたいかもわからず……

 

 ガイが動かしていた手を止めて、暗がりの中、オレをのぞきこむように見た。心の中の迷いを見られたくないオレは、また見栄を張った。強がった。

「で、ガイは何しに木から下りてきたんだよ」

 さりげなく、話題を変えたのだった。

 

 ガイは、いつも背負っている麻の袋を広げて、オレの顔に近づけて見せた。

「いや、キノコを採りに来てたのさ。お前は知らないだろうけど、ここの村人は、どれが食べられるキノコか、っていうのを幼少の頃から親に教えられて、知ってるのが当然なんだぜ。キノコは毒もってるのもあるから、初めて採るならここの村人と一緒に行ったらいい。お前、自然とか世界の話、好きだろ。キノコ採りは本当に自然の恵みをもらってるように感じて、一度やったらやめられなくなる。自然を知りたいならまずキノコ採れよ」

 

「ガイ」
「何?」
「暗すぎて、キノコがよく見えないけど」

 

「ははは!」

 ガイは大声で笑った。暗いので、姿ははっきり見えない。
 

 そう、話すうちに、いつの間にか日は暮れ、夜になっていた。

「ジーンの姉ちゃんに明かりをつけてもらわなきゃな。ははは! はははは!」

 

 ガイは、何がおかしくて、こんなに笑うのだろう。

 オレも、そんな風に、笑えたらいいのに。

 


この本の内容は以上です。


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