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ジーン編2

 目を開けて、また閉じた。まっ白の景色だ。
 この療養所には、時間が無いようにさえ感じる。オレのベッドの左斜め前にある、大きな木と机。机には、木の葉が降りかかっている。

 

 実の父、放火殺人犯を消し、オレは『英雄』とたたえられたものの、素直に喜べないでいた。油の中へ落ちたオレは、この療養所へ火傷だらけで運ばれ、命はとりとめたものの、寝たきりの生活をしている。でも、素直に喜べないのは、火傷のせいじゃない。

 オレは、眠いのでもう一度、目を閉じた。

 

 

 

 それから、どれくらい経ったのだろう?

 

 朝焼けなのか夕焼けなのか。半分布で覆われた視界に、看護の女性の顔が映る。髪の結い方が不思議だ。東ザータの人じゃないな。なんとなく、そんな事を思った。

 

 視界が、夢の中にいるようにかすんで見える。この女性の顔をよく見る。看護の女性は、他にいないのか。オレにはわからない。スプーンを差し出す、彼女の顔。ミルクでやわらかくなったオートミール。細切れのパンとジャム。

 毎日、そればっかりだ。

 

 でも、オレはそんな毎日が好きだった。

 

「どうかしましたか?」
 突然、オレの目から一筋涙がこぼれた。
「どうもしてないよ」
 オレは応えた。自分が何をしているか、わからなくなっただけだ。

 

 オレは、東ザータの英雄。放火殺人犯を、殺した男。

 ここへ運ばれて来たとき、ベッドのそばでささやいた女村長の言葉が忘れられない。
『英雄とは、人々に都合良く人を殺した者の事じゃ。忘れるな』

 

 オレは、考えすぎなのだろうか。都合良く殺せば、殺すのも自由。自由って何だ?

 

「ご、ごめんなさい」
 看護の女性は、顔を引っこめて、頭を下げた。
「わたしが何か、気に障るような事を言ったようで――」

 

「言ってない。それより、他の人の食事はいいのか? お前は」
「あの――」

 女性は、言葉を詰まらせた。

「何?」

 オレは、布で覆われていない右目を細めた。

 

 

「すみません、もう少し、ここにいていいですか?」

 看護の女性は、軽く手を合わせた。
「ヒマならいいよ」
 オレは右目だけで、赤い夕闇に包まれたその女性を見た。

 

 

 

 そういえば、オレは彼女の名前も知らないのだった。顔は、何度も合わせているのに。
「名前、何?」
「ジーンです。あなたは、キャメルさんですよね。すみません、あの黒い人が、いつもいつもあなたを呼んでるもので」

 

 オレは、不意に、首をわりと自由に動かせるようになった事に気づいた。下を見ると、ベッドの脇にまるい木の椅子が一つ。ジーンは、なるほど、いつもそこに腰かけてオレの食事の世話をしているのだろう。

 

「それにしても、きれいですね」

 ジーンは、背をかがめてオレを見た。
「何が?」
「――あなたが」

 

 オレは少し驚いた。
「オレがきれい? 変な女だな」
「わたしは変わり者ですからね」

 彼女は、顔を少しほころばせた。

 

 その時、一番遠くのベッドから、男の呼ぶ声がした。
「ジーン、行かなくていいのか?」
「わたしは、行かなくていいけど。でも、そういう仕事なので、行ってきますね。あと、ごめんなさい」
 ジーンは、深々と頭を下げた。オレにはよく意味がわからなかったので、うなずいた。

 

「わたしが何か、思い出させてしまったのかもと思って」
 ジーンは、視線を机の方へ外した。

 

「ごめんなさい」
「別に、何も思い出していないけど」

 オレは、こういうとき、どこまでも見栄っ張りな自分が嫌いだった。
「じゃあ、さっき何で泣いたの?」

 ジーンは、悲しそうな顔をした。

 

「言いたくない」
 オレは、目線を毛布の方へやった。

 

「そうですか……すみません」
 ジーンは、夕闇の中を早足で歩いて、その患者の男の方へ行った。

 

 その時、少し遠くの白い皮の木をガイが伝ってきて、枝から飛び降りた。
「あんた、何やってんだ」
「看護係の女と話してただけ」
 オレは表情を変えずに答えた。というより表情を変えるとあごが、まだ少し痛いからだ。首は大丈夫なのにな。

 

「てめえなあ――」
 ガイはひたいに手をあてて、悩むようなあきれたような表情をした。

 

 


この本の内容は以上です。


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