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六-二.ねがうこと

 午後の授業が終わり、放課後になる。

 あとは帰るだけ―――というのが、私のいつもの日常なのだが、今日はやらなければならないことがある。

 あーーーー、憂鬱だ。机に突っ伏していると、クラスメイト達のにぎやかな話し声が聞こえてくる。一人の女子が「マンガを描きたいのだけど、絵の才能がない」と友達に泣きついていた。
 あのコも漫研だったりするのだろうか。絵が描けなくてもマンガは描けるらしいぞと言いたかったが、話しかけるような仲でもないので、黙って立ち上がり私は教室を去った。


 一年の教室に向かう。
 学校に友達が一人もいない私は授業を受ける教室と学食以外にはほとんど出向かないので、新鮮な気分だ。いや、よく考えたら去年は私も一年生だったはずだ。この辺の教室を使っていたじゃないか。
 懐かしい気分になって1年A組の教室を覗きこむと、男子が数人で何かを談笑している。何を話しているのか少しだけ気になったので、聞き耳を立ててみる。

「貧乳という言葉には“貧”というネガティブな漢字が含まれているので、蔑称として受け止められかねない。これはからはヒンヌーと呼ぶのはどうだろうか」

 ……

 ………


 オイ、1年ども。
 私の思い出がつまった教室で何をしゃべってんだよ。


 上野を待たせるのも悪いので、そのまま1年A組の教室を素通りして1年E組の教室へと向かう。

「あー! センパイセンパイ! こっちっす!」
 まだ他の生徒も教室に残っているのに、大声で呼びかけるのはカンベンしてほしい。

 放課後に私と上野の二人で居座れる場所はそうはない。学食は封鎖されるし、漫研の部室には他の部員がいるらしい。どこかの店に行くお金もあまりない。ということで、私が上野の教室に向かうこととなったのだ。

 教室の隅っこの席を借りて座ると、上野が満面の笑みでスマホをこちらに見せてきた。
「私は捨てアカを取りました!」

 これは、Twitterのアカウントか。
 「捨てアカ」とは「捨てアカウント」の略で、自分が普段使っているアカウントとは別のアカウントを新たに用意することで、“自分が誰だか特定されない”ように使うことが多いらしい。自分が普段使っているアカウントが誰にも知られていない私は、もちろんそんなことをしたことはないけど。

「んで、どうすんだ? 普通にリプライを送るのか?」
「それだと第三者の横槍が入るかもしんないんで、グループDMに誘いこみたいっすね」

 リプライとは、Twitterのどのアカウントからでも送れるが、他の人にも見られてしまうメッセージ。
 DMとは、基本的にはTwitterでフォローしあっているアカウントでしか送れないのだが、他の人には見られることのないメッセージ。

「ということは、相手からフォロー返ししてもらわなくちゃいけないのか。難しくないか?」
 伊達に誰からもフォローされずにTwitterを続けている女じゃないんだぞ、私は。
「秘策があるっす」
 そう言って上野が私に見せたのは、やむなしレイがフォローしている人の一覧だった。

「この人、女性アカウントからフォローされると必ずフォローし返すみたいなんすよ」
「最低だなコイツ!!

 ということで……と、上野が見せてきたのは例の捨てアカの投稿だった。

 ……




「これ、私の写真じゃねえか!」
「こういうつぶやきをしておけば女子高生のアカウントにしか見えないし、99%フォロー返しされるっすよ!」

 むしろ怪しいだろ……
 こんな手に引っかかるバカなんて……

「ほら、もうフォロー返しされたっす」

 バカいたーーーーーーーーー!!

 ◇

「じゃあ、ちゃっちゃとDM送るっすよ」
「待て、上野。オマエは何と送るつもりだ」
「さっさと続きを書けよ、このボケナスがあああ! って」
「いきなりそんなこと言ったら、即行でブロックされて終わりだろ……」

 更新の催促なんてされても、そもそも小説書きなんて人種は「書きたいのはやまやま」なんだ。でも、どうしても文章が出てこないとか、出てきても面白くならないとかで書けないんだ。無理強いしても、出てこないもんは出てこない。

「続きを書いてくれたらセンパイのパンツ画像を送りますからって言ってもダメっすかね」
 私がダメだ!

「まずは当たり障りのない話題から入って、徐々に『どうして続きを書かないのか』の理由を聞きだして、そこから相談に乗るってのがイイだろう」
「センパイ、コミュ障のわりによく考えてるんすね。いや、よく考えるからこそコミュ障になるんすかね」
 ほっとけ。
 そうして話し合った結果、上野が送ったDMはこんなカンジになった。


シャンシャン:
 やむなし先生、フォロー返しありがとうございます! 私のセンパイもやむなし先生のファンなんで、グループDMに招待してもイイですか?


「何だ、このシャンシャンってハンドルネームは」
「ほら、あっし上野なんで」

 ちなみに私のハンドルネームは9876543210だ。

「センパイの名前こそ何すか! 女子高生らしさのカケラもないじゃないっすか、そんなんだから誰もフォローしてくれないんすよ」

 えー、数字だけの名前ってカッコ良くないか?
 そんなことを言っていると、やむなしレイから返信がやってきた。

やむなしレイ:
 こちらこそフォローありがとうございます! 今まで一生懸命やってきてよかったです。センパイともども、これからもよろしくお願いしますね!


「なんか、思ったよりフツーの反応っすね。小説書くのをサボってゲームやってるヤツのセリフとは思えねっす。」

やむなしレイ:
 ちなみに、あさってから初代『バイオハザード』の実況を始めるからよろしくね!


「ゲーム実況の方のファンだと思われてるじゃないっすか!!

 ここで仕方なく私が助け舟を出す。

9876543210:
 やむなし先生はじめまして。先生がファンタジー作品を書いているころから作品を読んでいます! 私が一番好きなのは、未来を予知できる少年が主人公だったバトルものです!


「へー、前はファンタジーとかバトルものとかも書いてたんすか、この作者。推理ものだけじゃないんすね」
「あぁ…この作者、学園ものとかSFとかも書いてるぞ」
「多才っつーか、なんつーか……」

やむなしレイ:
 バトルもの! あの作品、当時「何が面白いのかサッパリ分からない」「理由もなく人を殺す敵がイミフメイ」とか散々叩かれて、二度と書かねえよって思ったもんです。まさか、好きな人がいらしたとは……


「作者の中では黒歴史になってんじゃないっすか!」
「そんな……私はアレが一番気に入ってたのに」
「どういう話なんすか?」
「テメエ、『浦島太郎』はネタバレすんなって言ってたくせに、こっちはイイのかよ」

シャンシャン:
 実は、私がやむなし先生の小説を知ったのはセンパイに教えてもらったからなんすよー。新作も続きを楽しみにしてるっす


「どうっすか? 自然な形で続きを催促できたんじゃないっすかね」
「まぁ、イイんじゃないか? これで、どうして更新していないのかが分かるだろうし」

やむなしレイ:
 申し訳ないですけど、もう小説は書くつもりないんすよねー


「ええええええええええっ!?
「えーーーーーーーーー!?

 流石に私も上野も同時に叫んだ。
 教室には私達以外にもう誰も残っていなくて良かった。

 しかし、この作者――――「この作品の続きを」ではなく、「小説自体を」もう書くつもりがないと言ったぞ。

やむなしレイ:
 小説って書くのがすごく大変なんですけど、読みたい人は多くないから大した反応はもらえないし、誰からも褒めてもらえないし、来るのは辛辣な批判意見ばかりだし、自分には向いていないのかなーって


 そう、その予感はあった。

 今回の小説は、第1話の冒頭から過剰なまでに叩かれるのを恐れた描写が続いていた。叩かれないように叩かれないように断り書きを繰り返していて、叩かれそうな描写が出てきたら物語を巻き戻してまでやり直していた。きっと今までの作品で批判ばかりされてきたことで、叩かれない予防線を張りたかったのだろう。そんな状態まで追い詰められた人が、物語を描き続けることは出来ない。

 だが、それを読んでもなお、誰もこの作者に救いの手を伸ばさなかった。

 今のインターネットは、マンガでも小説でもゲームでも動画でもブログでも、「誰でも作品を発表できる」場だ。そのせいで、恐ろしいまでの数の作品にあふれている。がんばってがんばってがんばって作品を作って投稿しても、誰も応援してくれないなんてケースも多いのだろう。いや、むしろそれがほとんどなのかも知れない。

 しかし、上野は食い下がる。

シャンシャン:
 でも、私とかセンパイみたいに、感想を送ってはいない隠れファンだっていると思うっすよ


やむなしレイ:
 閲覧者の数もどんどん減っているんですよ。その割には批判コメントは変わらずに来るし、もうイヤになっちゃってね


9876543210:
 ちなみに批判コメントってどんなのが来るんですか?


やむなしレイ:
 「リアリティがない」「キャラクターの行動が唐突」「男に都合のイイ展開ばかり続くのが虫唾が走る」「女を性の対象としか見ていないのが透けて分かるのが不快」「オッサンの妄想を押しつけるな」「そもそも誰も読んでないだろ、こんな作品」「とにかくお前のことが嫌いだから早く死んでほしい」


「ポンポンと出てくるなぁ!」
「後半は批判っつーか、個人攻撃っすねー」

やむなしレイ:
 その割には「面白かった」なんてホント言ってもらえないんですよ。別にそのせいでやめるとは言わないんだけど……誰からも「面白かった」と言ってもらえなくて、批判ばかりされた作品は、失敗作だと思うじゃないですか


シャンシャン:
 はぁ……まぁ、そうっすかね


やむなしレイ:
 それで次の作品はガラッと方向性を変えて、全然ちがうことをやると「前のが好きだったのにどうして変えたのか」って怒られるんですよ。じゃあ、ちゃんと“前の時点で”そう言っておけよ! と


「だからこの作者、ファンタジーとか学園モノとかSFとか時代劇とか、バトルとか推理とかいろんなジャンルを書いていたんすか」

 それは別に多才でも何でもなく、「何をやっても芽が出ない」と思って右往左往しているだけだったのだ。そうして行き着いた最後の場所が『浦島太郎を殺した犯人を探す時代劇』だとは。

やむなしレイ:
 「批判もちゃんと受け止めてこそ創作者だろ」とか言う人もいるけど、それはちゃんとした批判だったらの話だと思うんですよ。ろくに文章も読めない、ろくに文章も書けないヤツの批判意見なんて何も参考にならねえっつーの! 推理小説を途中までしか読まずに「犯罪を肯定するのか」とか「犯罪被害にあった人の気持ちを考えたことがあるのか」とか言われても、「ここからその犯罪を解決するんじゃボケエエエエエ!」としか言えないですよ。


 あー……だから、「何の事件も起きていないのに、それを解決しようとする探偵の話」が始まったのか。

やむなしレイ:
 作品と感想に限った話じゃないけどさ、今の世の中どうしてこんな「クレーム」ばっか飛んでくんの? やれ「不快だ」とか、やれ「差別的だ」とか、やれ「配慮に欠けている」とか、全方位的に誰のことも不快にさせない物語しか許されないのかよ! そうしたクレームを真に受けて、誰のことも傷つけないように女のコが集まってキャッキャっとイチャイチャするだけの作品を書いたら今度は「内容がない」とか言うんだぜ。作品からその内容を奪ったのは、誰だよ!!!!!!


 これはあくまでやむなしレイというキャラクターの見解であって、作者の見解ではありません。

やむなしレイ:
 だからね、小説を書くのはもうやめて、次は動画を作って投稿しようかなと思っているんです


「路線変更にもほどがあるっす!」

 ふーーー。私の方は少し落ち着いてきた。
 小説を書くのをやめると言われたのは驚いたが、確かに最新作は「迷走している」感が強い不安なものだったし、ここらが潮時なのかも知れない。

 くり返すが、彼らはアマチュアなんだ。やめたくなったらいつでもやめてイイんだ。


「イくないっすよーーーー!
 私は続きが気になってんすよ! 浦島さんを殺した犯人は、誰なんすか!」

 まぁ、推理小説の結末を書かないでやめるというのは私もどうかと思うが、このケースは特殊だ。何故ならこの作品に限っては「読者が先に真相を知っている」のだ。だから、結末を書かれなくてもさほど問題はない。


 『浦島太郎』を知らない、なんて特殊な人でもない限りは。


シャンシャン:
 やむなし先生! アナタが今後も小説を書き続けるかどうかなんて、どうでもイイっす! アナタの人生はアナタの自由っすからね。でも、一度始めた物語は区切りをつけてください! あっしは新作の続きが読みたいんすよ!


 上野の必死の、魂の叫び。

シャンシャン:
 書いてくれたら、センパイのパンツ画像を送ってもイイっすから!


 オイこらてめえ。
 また「女を性の対象としか見ていないのが透けて分かるのが不快」って批判されるぞ。

やむなしレイ:
 いや、正直ぼくは女子高生のパンツになんてそんな興味ないんですよw


シャンシャン:
 え! そうなんすか。女子高生のパンツに興味がない霊長類がいるとは思わなかったっす


 この後輩は女子高生のパンツを万能なものだと思いすぎている。

やむなしレイ:
 女子高生がミニスカートでパンチラしながらサッカーする作品とか書いたことがあるせいか、誤解されているみたいですけど。ぼく自身は別にエロイのが好きなワケじゃないんですよ


「つか、何なんすかその『女子高生がミニスカートでパンチラしながらサッカーする作品』って! どこでやってんすか、そんなの!」

 意外と近くでやってたりするんだよな、これが……

やむなしレイ:
 創作活動をしたことがない人の中には「作品=作者が気持ち良くなるためだけの妄想」みたいに思っている人がいるんですけど、恐らくすべての小説書き・マンガ描き・イラスト描きは「作者のため」じゃなくて「読者のため」に作品を書いていると思うんですよ


シャンシャン:
 そういうもんすか


やむなしレイ:
 そりゃそうですよ。自分に都合のイイ&自分が気持ち良くなるためだけの妄想だったら、わざわざ何時間・何十時間もかけて作品にしてアウトプットしなくても、脳内で十分じゃないですか。それをわざわざアウトプットするのは、「人に見せるため」「読者を楽しませるため」って目的がなきゃやってられないですよ


 ……

 ……確かに、そうなのかも知れない。

 「読者のため」だから作者は作品を書き続けることができるのかも知れない。
 そういう目的がなかったら、作品なんて書かずにゲームばっかりやっていた方が楽しいのかもしれない。



 でも


 だけど


 だと言うのなら……!


シャンシャン:
 それは間違ってるっすよ! 先生!「間違ってる」と言わせてもらうっすよ!


 上野は真剣な目でフリックする。

シャンシャン
 「読者のため」ってゆーのは立派だと思うんすけど、それって作品の評価を読者に丸投げしてるだけじゃないっすか!


 上野はフリックする。

シャンシャン:
 それで「読者から褒めてもらえない」「批判意見ばかり来る」って、作者自身が作品のことを黒歴史のように言って、挙句にはもう小説を書くのをやめるとか言い出して……なんか、読者に責任転嫁してるように見えるっすよ!


 フリックし続ける。

シャンシャン:
 だから、一度だけでイイから


シャンシャン:
 「自分のために」作品を書いてほしいっす


シャンシャン:
 読者の反応とか批判意見なんて気にせず、クレームなんて「うるせえこのやろう!」で一蹴してイイから、「自分が書いて楽しい」「自分が読んで楽しい」作者が気持ち良くなるためだけの妄想を形にした作品を書いてほしいっす。小説をやめるかどうかは、それから考えればイイんじゃないんすか?


 ……

 ………

「上野、オマエ」
「あっしも漫研っすからね。気持ちは分かるんすよ」

 作品を生み出す大変さ。
 やめたくなる気持ち。
 すべてを投げ出せばきっと楽になれるという悪魔のささやき。


 でも、

 でも、忘れちゃいけない。


 初めてペンをとったあの日を。
 初めて物語を書いたあの喜びを。

 生まれてくるキャラクターと、動き出す世界――――

 私たちは、何が楽しくて作品を書いていたのか。


やむなしレイ:
 シャンシャンさん、ありがとう。ずっとノドに引っかかっていたものが取れた気がします


シャンシャン:
 小説 書く気になったっすか?


やむなしレイ:
 ハイ! これからは読者の反応なんて気にしないで「自分のため」だけに小説を書こうと思います!






 そのメッセージを読んだとたん、上野はこっちを見てニヘニヘ笑う。
 やはり、コイツにこうして心の奥まで飛びこまれたら、ゼロ距離射撃でどんな相手もイチコロなんだな。相手の幸せを一番に願い、相手が一番願っている言葉を言ってあげられる、私にはない能力だ。


やむなしレイ:
 次の作品は、ぼくが妄想する、ぼくだけのための「冴えない男が異世界に転移して、魔王と戦いながらお姫様とかメイドさんとかロリエルフとかとイチャイチャして、ハーレム御殿を築きあげてひたすら子作りをする小説」を書こうと思います! 自分のためだけに!


 誰だ、さっき「ぼく自身は別にエロイのが好きじゃないんですよ」とか言っていたのは! 
「女を性の対象としか見ていないのが透けて分かる」じゃねえか!


 ……


 ………ん?


 ……あれ?


 上野が叫ぶ。
「ちょっと待ってくださいっす! それじゃあ浦島さんを殺した犯人はどうなるんすか! あっしが読みたいのは、あの推理小説の続きなんすよ!!

 だが、読者のためではなく、作者自身のためだけに作品を書くことに決めた作者には、もう読者の声は届かないのであった。めでたし、めでたし。






「めでたくねーーーーーーーっす!」

 

  to be continued...


この本の内容は以上です。


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