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その剣の銘は

 浮遊城の地下牢獄の一室には、ひと振りの剣が収められている。

 

 剣――それは、時に戦の供として、時に権力の象徴として用いられる。

 そのようなものが、何故然るべき場所ではなく、このような場所に収められているのか。

 

 それは……遠い遠い昔。

 『楽園』の噂が のぼる前に遡る。

 

 

 ――「それ」は最初、戦のために作られた。

 長い年月の中、様々な人間の手に渡るうちに『付喪神』と呼ばれる者が憑いた。

 

 『それ』は最初、「戦場」という名の世界と、それに関する事しか知らなかった。

 だが……一人の鍛冶師の手に渡ったことが切っ掛けで、それ以外の『世界』があることを知る。

 

 

 そして『世界』に興味を持った『それ』は、

 様々な生物の裏の面――「心に秘められた感情」――を映し、取り込むようになった――

 

##

 

 生物の体臭・排泄物臭といった牢獄独特の臭気を帯びた、陰鬱な空気漂う地下牢獄の通路を

 四人組の冒険者が駆けている。

 

「この程度の鉄格子開けれないとか、どんだけ貧弱なんだか……」

「いや、普通の人は鉄格子破れませんから」

 

 粗野な物言いの人物の発言に、丁寧な物腰の人物は手を ぱたぱたと振りながら突っ込みを入れる。

 会話を聞く限り、彼らは何らかの理由で投獄され――そして今、脱獄している真っ最中なのだろう。

 

「ん? あれ、なんだろ」

 

 子供っぽい口調の人物が視界の端に人ではない「何か」を見とめて足を止めた。

 

「……剣かあ。

 なんでこんなところにあるのかな」

 

 「それ」が何であるかを理解した人物は好奇心から牢の前に駆けていく……が、

 その剣の前に立った直後、異様な肌寒さを感じて後ずさった。

 

「あう……なんか寒気がする……」

「……ふむ」

 

 その人物の尋常ならざる反応と言葉を受けて、沈黙を保っていた最後の一人は

 その牢の壁と鉄格子を調べ始めた。

 

「寒気の原因はその剣のようだな。

 現に この牢だけ――」

 

 最後の一人――凛とした物言いの人物が壁面を指でさする。

 

「封印の文字が刻まれている。

 ……それでも あちこち綻びが生じている辺り、その剣は相当 曰くつきなのだろうな」

 

##

 

 ここに閉じ込められる者達は皆、死んだ目をしている。

 だが……最近 獄中の身になった彼等は、そうではなかった。

 

 このような絶望的な状況にあろうとも、目に宿る光は消えるどころか――爛々と輝いていた。

 ……まるで、かつての『主』を見ているかのようだった。

 

「(……これが「懐かしい」という感覚、か)」

 

 

 ――『私』が「生まれ変わった」時、『主』は既に老齢の域であったが、

 その好奇心・向上心……そして、優しさは衰えることを知らなかった。

 

 その際に『私』が なまくらだったのも、『私』の経緯を聞いた『主』が

 「戦場以外のものを見せたい」と、敢えてそうしたと語っていた。

 ……もっとも、『私』は『主』とは直接 対話をした訳ではないが。

 

「(あの時間は……少なくとも、『主』が生きている間は ずっと続くと思っていた)」

 

 

 だが……ある時、この世界を統べる者が『主』の技術に目を付けた。

 

 「武器を作れ」というものであれば、まだマシだったろう。

 だが奴は……『武器を作る』というだけで反逆の意志があると見なして、『主』を この牢獄に閉じ込めたのだ。

 

「(奴……白き、虎……)」

 

 

 鍛冶師としての本分を全うしていただけで そんな環境に置かれようものなら、

 遅かれ早かれ心が折れるものであろうが、『主』は最期まで弱さを微塵も見せなかった。

 

「(『私』に気を遣ったのか、それとも生来のものだったのか、今となっては知る由もないが)」

 

 

 ……とはいえ、長い獄中生活で衰弱していったことで『主』の動作は少しずつ緩慢になってきた。

 そして、ほどなくして『主』は自力で動くこともままならなくなり――やがて、動かなくなった。

 

 それから少しして、奴の部下が動かなくなった『主』を連れ出そうとした。

 せめてもの抵抗にと――戦場の凄惨な記憶を、『私達』以外の獄中の者の怨嗟の声を、直接 奴等の脳内にぶつけた。

 

「(『私』には、これくらいしか出来なかった)」

 

 

 ――そして、それを繰り返していくうちに――『私』の身は徐々に、

 当時とも違う、「生まれ変わった」時とも違う、禍々しさを感じさせるものになっていった。

 

「(今の『私』を見たら、『主』は怒るだろうか……それとも、悲しむだろうか)」

 

 

 

 

 ――『私』は戦乱の時代に生み出され、戦場を駆け抜けてきた。故に人の死には慣れている。

 

 それでも、ここまで親身になってくれた人間は「もういない」のだと思うと……やるせない気分になった。

 『主』に非はなかったのだから、尚更だ――

 

 *

 

『……剣かあ。

 なんでこんなところにあるのかな』

 

 牢の外から響く子供らしき者の声に、『私』は我に返った。

 人の身であれば きっと「顔を上げていた」だろうと、ふと思う。

 

『あう……なんか寒気がする……』

『寒気の原因はその剣のようだな。

 現に この牢だけ――封印の文字が刻まれている。

 ……それでも あちこち綻びが生じている辺り、その剣は相当 曰くつきなのだろうな』

 

 曰くつき、か。確かに否定できない。

 奴の部下を狂わせていたのは……他でもない『私』なのだから。

 

『そんな剣一本に かかずらってる場合じゃねえだろ。

 さっさとここを出て――』

 

 粗野な物言いの人物の言葉が『私』の「耳に届いた」。

 『私』は「耳を澄ませて」、後に続く言葉を待つ。

 

『――あの虎野郎のツラ一発ぶん殴ってやらなきゃ気が済まねえ』

 

 その人物の言う『虎野郎』とは十中八九、奴のことだろう。

 奴は……未だに生きているのか……。

 

『……それ、本意ですか?

 言い出すまでに随分 間がありましたけど』

『あ、当たり前じゃねえか!』

 

 このような機会が再び訪れることは、そう無いだろう。

 

 ……そう思い至ったと同時に『主』の言葉が、

 そして彼等――獄中の身にあった者達――の無念が、「胸中に」蘇る。

 

『あー、そっかあ。

 ジャンヌさん美人さんだもんねー♪』

『うるせえ』

『あいたっ』

『デコ弾かれて済んだだけ、幸運だと思いやがれ』

 

 

 ――『私』は、戦うことしか出来ない――

 

 ――「生まれ変わった」今でも、きっとそれは変わらないだろう――

 

 ――それでも、彼等の無念が晴らせるならば、本望だ――

 

 

 気が付くと『私』は、感情に突き動かされるままに……その一団に命じていた。

 

「私を持っていけ!」

 

===

 

 ――「それ」は最初、戦のために作られた。

 長い年月の中、様々な人間の手に渡るうちに『付喪神』と呼ばれる者が憑いた。

 

 『それ』は最初、「戦場」という名の世界と、それに関する事しか知らなかった。

 だが……一人の鍛冶師の手に渡ったことが切っ掛けで、それ以外の『世界』があることを知る。

 

 

 そして『世界』に興味を持った『それ』は、

 様々な生物の裏の面――「心に秘められた感情」――を映し、取り込むようになった――

 

 

 

 

 ――その剣の銘は、『裏見』という――

 

===

 


奥付



二次創作短編集


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著者 : mofu6262
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