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しじまの灯台(6ページ)

「ローズ・オデッセイ」

 

 

 

メリー・クリスマス・テス・ニコラ+アマス・ジョゼルーナ+ナシュ・ジューン

 

 

 

 

スカートを見ていた。色科がいた。彼女はじっとスカートを見ている。虹色のフレアスカート。水玉模様のプリーツスカート。花柄のティアードスカート。チェックのプリーツスカート。赤いバブルスカート。サスペンダーつきの花柄フレアスカート。デニムフレアスカート。チェックのタイトスカート。スカートは沢山の種類がある。色科はこれがいいよと言う。それは水色の水玉模様のスカートだった。水希は色科にいい色のスカートだわと言う。色科は微笑む。ありがとうと言う。彼女はスカートをじっと見る。そしてこのスカートの色はここまでだという。水希は聞き返す。この色はいい色だけど、ここまで。水希は考える。この色はいい色というのは水色のことだろう。それでその色がここまで。水希は思考を素早く動かす。そしてここまでというのは限度があるということではないだろうかと考える。水希は限度があるということなのかしらと聞く。色科は当たりであり間違いだねと言う。水希は困ってしまった。どこが違うのだろう。水希は考えてみる。限度があるということは色には使えないのだろうか。色は数量ではないから。限度はない。そうだろうか? 水希は自分の考えを述べる。色科は頷く。うんそうだねと彼女は言う。その通りだ。色に限度はないんだよ。ではここまでとはどこまでなのかと水希は思った。それはね、と色科は言う。この色は水色だけど、それは簡単に言って水色という意味だけれども、この色はここまでなのだ、そしてこことはどこでもない場所で場所ではないのだ。簡単だよと色科は言う。水希は困ってしまった。よくわからない。ただ場所ではない場所というのはわかる気がした。そういう矛盾した概念もあるのだろう。そう思う。

 水希は色科に言う。あなたは考えが深いのね。色科は微笑む。普通だよと彼女は言う。水希は普通じゃないと思う。小魚色科。年齢19歳、身長130センチ。少女のように小柄。緑色の髪をしている。天才。色彩の天才。文学賞を総なめにした詩人。世界的な評価も高い。言語団に所属。水希と同僚であり友達。彼女との――つまり色科との――差は歴然。文学の才能が違う。でも水希も一応作家をしている。言語団に二人とも所属している。言語団についての説明は省略(面倒くさいから)。二人とも水色の家に住んでいる。つまり同棲。まあとにかくそんな感じ。この情報からわかることは小魚色科は素晴らしい天才であるということだ。それは間違いない事実だ。小魚色科は天才だ。彼女は色彩詩を書く。色彩語によって激烈な色彩感覚の至高色の爆発を起こす。哲学色の物語。神色の詩集。南色の北から来る風のような色彩。とにかくすごい。言語をこれだけパワフルに色彩豊かに使用できる人間はこの世界にも殆どいない。彼女は化物。あるいは巨匠なのだ。水希はそれを知っている。だから色科と一緒にいるとその行動の端々に彼女の天才を感じるのである。それが今水希が色科のことを考えた理由。

 色科はもう次のスカートを見ている。青色のプリーツスカートだ。水希は色科を見ている。色科はこのスカートにもここまでなんだねと言うのだろうか? しかし違った。うーん駄目だと彼女は言った。何故なのか水希にはわからなかった。どうして駄目なの?と水希は聞いた。色科はスカートを戻すと駄目な理由を語り始めた。まず色が普通すぎる。こんな色のスカートはどこにでもある。次にこの形。プリーツスカートだけど全然プリーツじゃない。それからこの値段。高すぎ。そして最後にもう一度言うと色がよくない。この青は純粋な青じゃないし特殊な青でもない。普通過ぎる青なのだ。これはいただけない。これではだめだ。これでは優れているところがなくなる。そういう意味でこのスカートは駄目だ。水希は納得した。特に色についてに考え方。普通過ぎる青という概念を知った。なるほどそれは確かにあるだろう。どこにでも使用される使い古された普通の思想のような、あるいは使い古された普通過ぎる道具のような。それは普通すぎて没個性すぎて駄目なのだ。水希はそういうものを沢山見ているのではないかと思う。例えば街中とか北崎市の駅とかそういう場所で。水希はなるほどと思っていた。

色科の言うことは的確だ。水希はそう思ってまた色科を見た。色科はこんどは虹色のフレアスカートを出してきた。水希は眼がカラフルになる気がした。色科はこのスカートについて、非常にいいスカート、この淡い色も独特だし何より可愛い、スニーカーと合わせるとベストだろうと言った。色科はスニーカーを履いている。色科に合いそうだ。色科は青いストライプの入ったシャツ型の、襟のついた半袖のワンピースを着て、ピンクのマークの入った白いスニーカーを履いている。ワンピースはボタンをしっかりと留めて、腰の部分が細くなっていてすごく可愛いものである。水希は色科がこの虹色のスカートを買うのかと思った。しかし色科は買わないと言った。何故なら私はこういうスカートを持っているから。同じものは買わない。誰かが買うかもね。

そういえばと色科は言った。何?と水希は言った。水希は何か買うものがあるんじゃなかったの? そうだった水希はシャツを買おうと思っていたのだった。それを今思い出した。水希はそうだったじゃあそれを買いましょうと言った。そしたらカルディコーヒーに行こうと色科は言った。

 

 

 

 

 水希と色科はショッピングモールを移動する。カラフルから1階のカルディコーヒーに着く。色科は眼をバラ色に輝かせる。沢山の食べ物がある。チョコレート、七色のグミ、辛そうなポテトチップス、ドライマンゴー、珈琲あずきチョコ、大きな黒いかりんとう、バナナ味のカステラ、焼きチーズ、ビスケット、キャラメル、キャラメルポップコーン、えびせん、せんべい、マドレーヌ。

パスタコーナー。ズッキーニの冷製トマトソース、カニのトマトソース、白色カルボナーラ、アラビアータ、ナポリタン、ミートソース、チキンクリーム、バジルクリーム、ペスカトーレ、ボンゴレ。

流れるように品物を見ていく。

チーズ。

 ゴルゴンゾーラ、ロックフォール、リヴァロ、モッツァレラ、リコッタ、マスカルポーネ、フージェル、ゴーダ、ピコドン、イディアサバル。

品物は沢山ある。しかしこれが欲しいという決定打がない。水希はさらさらと品物を見ていく。チョコレートを見つける。外国産で写真が印刷されている。波のような模様のあるチョコレート菓子だ。水希はそれをみて少しだけ買いたいかなーと思った。それで籠の中に入れた。色科は何をしているのだろう? 水希は棚の森の中を進んでいく。色科は奥のほうにいた。彼女は棚の上をずっと見ていた。何か買いたいのかと水希は聞いた。色科は腕を組んでこれは重大な決定だと言った。何が重大なのか水希は聞いた。色科はつまりと言った、ここにこうして並んでいる紫芋のバームクーヘン、これこそ季節限定の一級品、口溶けの柔らかくて深い紫の味、これこそ私が今日買うべき友だ! 色科はそれからバームクーヘンの色がいいとか、味もきっといいとか、この包装が素晴らしいとかいって散々バームクーヘンを褒めて、それから私はこれを買う!と言って2袋バームクーヘンを籠に入れたのだった。水希は可愛いと思った。でも彼女は真剣なのだから馬鹿に出来ない。色科はいつも真剣だ。彼女にとって世界はすごく美しくて真面目なのだ。水希も色科の世界に一緒に入ってみたいがそれは出来ないだろう。つまり想像力とは個別のものであって、人は自分の想像力を超えることができない、色科の世界に入ったら水希は水希でなくなるのだ。そういうことだ。水希は微笑んだ。そして私も買いたいものがあるのだったと思った。コーヒーは水希の大好物だ。従ってここはコーヒー屋なのだからそれを買おうというわけである。そこでさっそくレジのところに行く。

プラスチックのケースに入ったコーヒー豆たちをうっとりと見る。イタリアンロースト、カナリオ、エスプレッソブレンド、イタリアンロースト、リッチブレンド、カフェジーニョ、ケニア、スプリングブレンド、グアテマラフレンチ、コロンビア、キリマンジャロ、バリ、ブラジル、ブルーマウンテン、マンデリン。

 水希はふっくらした店員にエスプレッソブレンドを2袋頼む。しばし待つ。色科は後ろで詩を書いている。頭の中で詩を考えてそれを言葉に出すのだ。それは美しいゲームだ。水希はそれを聞いて少し感動しながら立っている。カルディコーヒーのコーヒーの袋は青い見た目をしている。表面には山羊と黒人が描かれている。赤い目玉のような太陽が黒い光を放っている。絵画のような絵なのだ。水希はそれが好きというわけではないけれども何となくそれを見る。赤い太陽は今色科が喋っている詩の中のモモレッドの太陽のようだ。水希はクスッとする。なんとなく笑ってしまった。

 色科は待っている間詩を作っていたが、途中で飽きたようでやめた。そしてふんふんふーんと鼻歌を歌い始めた。色科の鼻歌に出てくる曲は例えば、ベートーヴェンの「第九」とかスメタナの「わが祖国」とかホルストの「木星」とかラヴェルの「鏡」などだ。その他にも久石譲の「アシタカせっ記」とか、同じく久石譲の「風の伝説」なんかを口ずさんだりもする。趣味は結構普通だが一回好きになるとずっと同じ曲をヘビロテして水希も聞き慣れてしまうほどである。色科のこの行為に意味はないようだ。ただ好きだから口ずさむということらしい。水希はそれで納得している。

 色科が今日口ずさんでいるのはワーグナーの「ワルキューレの騎行」だった。ふっふふっふーふーと言っている。水希はワルキューレの騎行?と聞いた。色科はうんそうだよと言った。そしてこれは私のアニメへの愛が詰まってるんだよと彼女は言った。なるほど色科はアニメの興奮をこのワルキューレで表現しているようだった。色科はアニメが大好きだ。特にスタジオジブリのアニメが好き。一番好きなのは「崖の上のポニョ」だという。水希はあまりアニメはみないから詳しくないが色科はリビングで一人でアニメを見ている。それはなんだか男の子というかマニアっぽいし水希はそれについて全然気にはしていないのだが少しだけ変わっているとは思う。アニメの色彩感覚に感動しているのだと思う。それは彼女ならではの感動の仕方なのだろう。水希にはよくわからない。スタジオジブリのアニメが面白いことはわかるけれども。

 水希はコーヒーの袋を受け取る。そして籠の中に品物と一緒に代金を払う。次は色科の番だ。まず彼女は言う。水希財布貸してと。つまり色科は財布をいつも水希のバッグの中に入れているのである。子供みたいだ。しかし本人には言わないが。水希は色科に黄緑色の財布を渡す。色科はカルトンに小銭を落とす。お金を大事に使いなさい。色科はわくわくしながらレジの前にいる。この子はお金を払うことも楽しいわけだ。

 お金を払い終わった二人は通りに出た。色科は眼が嬉しさにあまり虹のようになっている。両手で股の間に袋を持っている。青いストライプの入ったワンピースが風に吹かれたように淡い印象を与えた。色科は言った。水希、林屋に行こう!と。

 林屋とは紀伊国屋書店の前にある喫茶店である。バイトのジーナとは知り合いである。林屋はボトルグリーンの壁に枯山水のような灰色の床をしている。座席は全部で20ほどあってテーブルが10台ほどある。レジでは和菓子を売っている。色科の好物は林プリンと林抹茶だ。彼女は林屋に来ると必ずそれを食べる。緑の象徴だと彼女は言う。

 色科は店の前まで来た。わくわくするなと彼女は言った。水希はコーヒーが飲みたいなと思った。店内に入る。ジーナが出てくる。彼女はあら緑ちゃん!と言う。色科は緑ちゃんと言われている。髪が緑色だからだろう。水希はこんにちはと言う。ジーナは二人にこんにちはと言ってそれから中にご案内する。一番奥の席に座る。椅子は華奢な青銅製で座るところのクッションはベージュだ。ジーナは二人にメニューを渡すが色科はすぐにメニューをテーブルの上に置いてしまう。そしてジーナがいなくなる。ねえと水希は言う。今日は何を食べるのかしらと。決まっている、林プリンと林抹茶だよ!と色科は言う。なるほど今日も彼女はそれを食べるのだろう。それによって口の中が緑色になり心の中も緑色になり、精神も緑色になり夢も緑色のなるのだろう。この緑の少女にとってはこの上もないことだろう。彼女は色彩を食べるわけだ。色彩を飲むわけだ。色彩で出来た体を持つ少女。水希は色科のことを色彩そのものだと思う。色彩の巨人なのだ。巨大なエメラルドの眼をして、青い太陽に体をホワイトグリーンに照らされて、激烈な緑の思考で色彩を飲み干し、体全体を色彩の王国にしてしまう。桜色の指先で言葉に触れて、青白い炎のような想像力で色彩を考える。そしてもう全てを色彩にする。色彩の脳みそ。色彩の腕。色彩の髪。色彩の脚。色彩の手。色彩の思考。そうして色彩でいっぱいになった色科はもう神色だ。神のような色をしている。しかし色科は神などではない。彼女はただの人間だ。水希はため息をついた。そして色科を見た。ねえ水希と色科は言った。食べるものは決まってるしメニューは全部覚えてるし、早くジーナを呼ぼう!

 ジーナはすぐに来た。金髪で青眼。すこしやさぐれたところがあってヒッピーのような感じがする。しかし美人だ。水希はアイスコーヒーと言う。色科は林プリンと林抹茶。緑ちゃんはいつも同じね。うん!と色科は言う。ジーナは黒いプラスチ


この本の内容は以上です。


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