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大濠公園の畔、女刑事カップルのマンションです。

初秋の爽やかな海風が湖面を掠めて、バルコニーの鼻先まで穏やかなヨードの香りを運び上げます。

かつてこの地は、草香江という博多湾から続く入り江だったようで、筑前福岡藩初代藩主 黒田長政 公により、海との間が埋め立てられ福岡城の外堀として取り込まれた後、近代になって昭和4年に福岡県が公園として整備しました。

今では、池を一周する約2kmのジョギングコースも現代的に整備され、湖中の島を弓形に繋ぐ橋々が趣深く、福岡市民の憩いの場として親しまれています。

 当直明け非番のカップルは、陽が高くなるまで例によって、巨大なクイーンズベッドの寝床を温めています。

二つの裸体が上下逆に寄り添う様は、夏の夜の暑さを凌ぐカップルの何時もの寝姿でした。

急に寝返りを打った小麦色の片足が、白い乳房を蹴り上げます。

吃驚した玲子が、「―――痛い!何すんのよぅもぉ~。」

眠気眼を擦りながら、笑子も頭を擡げます。

「大体どうしてあなた、何時も上下逆なの?寝床に入るときはちゃんとしてるでしょ!」

不満そうな甲高い声で、玲子が呟きます。

「一回転してるのは、玲子さんの方ですよぉ!ほら、こっちが枕元ですからぁ・・・。」

笑子が、小馬鹿にしたように云い返します。

玲子も負けてはいません。白い両腕で小麦色の両脚を絡め捕ると、笑子の背中に馬乗りになって腰を浮かし、「生意気云うと許さないわよ!おら、逆エビ固め!」

大きく反り返った敏感な部分を覗き込みながら、「まだ子供だって思ってたけど、大分色気づいてきたわねぇ・・・。」

「ひどい!玲子さん!」

 

10時を廻って二人は、久し振りの街歩きに地下鉄に乗り、繁華街に出かけます。

中年女性の濃厚なバタ臭さを、若い透明な娘に向って惜しげも無く曝け出し、自らは聡明で高貴な雰囲気を気取りながら、天神の地下街を闊歩する玲子の後姿を見ていると、笑子の脳裏に暗鬱とした想いが拡がります。

こうやって若い女は無色透明で無臭の体に、他人から色や香りを附加されていく。私もやがてあの人に、あの人と同じように染められていくんだろうか。―――それは何だか、私らしくない。”

急に振り返った玲子が、「何考えてたの・・・笑ちゃん?」

「いえ!別に何も・・・。」

「あなたの考えてること分かるわ・・・あなた、私のようにはなりたくないって思ってるんでしょ?それはそれでいいのよ、お互い分からない事は幾らでもあるわ、あなたと私は違う、だから一緒に居られるんだからね。でも私も少し怖いのよ・・・ちょっとあなたの右腕前に出してみて。」

出した右腕に自分の左腕を添わせると、「ほら、肌の色が少し似てきたと思わない?―――きっと、あなたが私を内側から染め変えているのよ、何だか怖くてわくわくするわ。」嬉々とした満面の笑みでそこまで云うと、笑子の右腕を掴みぐいぐい引っ張って、ある施設の受付カウンターの前に連れてきました。

「この前から眼をつけていたエステサロンよ、今日は二人で心身癒して綺麗になって帰りましょ。」

「で、でも玲子さん。私エステ初めてですけど・・・。」

「大丈夫よ、マグロのようにじっとしていれば良いんだから・・・赤の他人から体中揉み解されるのもいいものよ。今日は私の奢り、どう?」 

 

エステの施術で、全身に瑞々しさを取り戻した二人は、頬の艶を輝かせながら西鉄天神駅から大宰府に向います。

「―――どうだった、初めてのエステ?」

「温かくて、ホッコリして・・・気持ち良かった!」

「警察の道場で、同僚の婦警投げ飛ばしてばかりじゃ、女は綺麗になれないわよ。偶には自分の体にお金かけないとね。」

西鉄太宰府駅から、有名な太宰府天満宮まで長い参道の両側に、賑やかで楽しげな土産物店が続きます。今年は、九州国立博物館開館20年の特別展で、四つある国立博物館所蔵の全ての国宝が大宰府に集まっていて、それを知らせる幟が参道の両側に並んでいます。

名物 “梅ヶ枝餅” をほうばりながら大鳥居を抜け、心字池に架かる3連の太鼓橋を渡り、手水舎で身を清めて楼門を潜ると、極彩色の社殿が現れます。

天神様 (菅原道真) を祀る太宰府天満宮は、学問・至誠・厄除けの神様として年間一千万人近い参詣者を動員する九州最大の神社で、京都北野天満宮と共に全国の天満宮一万二千社の総本社でもあります。

 お宮のシンボル “飛梅” の木を右手に見ながら、二人とも柏手を打って神妙に参拝します。

社殿を取り囲む回廊の一隅に、御札やお守りを販売する社務所の売り場があって、受験生らしき学生の集団が賑やかに屯しています。

回廊を北に抜け、菅公歴史館を左に見ながら、境内の北端にある茶屋に向います。


九州国立博物館入り口近く、菖蒲池の畔の “うぐいす茶屋” は有名ですが、北端のこちらは参拝客も少なく社殿の喧騒からのがれ、初秋のしっとりと穏やかな空気に包まれていました。

 目的の “お石茶屋” への道すがら、小さな日よけテントを張ってかなり太めのおばさんが、何やら不思議なものを売っています。

海洋深層水から抽出しとぉエキスの保湿美容液ばい、色は墨んごつ黒かけど大学ん研究所で安全性ば確認しとぉたい。イオン状態のミネラル分がとの豊富に含まれよって、美肌効果が高かぁばい。」

見ると、昔懐かしい注射液のアンプルに黒い液体が満たされています。

すぐ傍には、ハート型の小さなアンプルカッターも・・・。

「好いとぉ相手と一緒に、肌に擦り込んで掌ば合わしぇると、相手ん気持ちの手に取るごつ解るっちゃん・・・。」

2本2,800円のところを、2,500円に値切って購入したその直後、玲子のスマホが鳴動しました。

「緊急招集よ!九州国立博物館の床下で職員の男性が刺されたって、国立博物館ってこの近くよね、現場に直行するわよ!」

 

碧い巨大な屋根が独特なデザインの九州国立博物館は、収蔵庫の床下に免震装置を組み込んだ免震層を有し、展示室・収蔵庫・科学修復エリア・事務エリアが免震構造となっています。免震層には人が屈んで入れるほどの空間に3種類の免震装置が配置され、震度7の水平入力を震度4以下に減衰させる能力があります。

収蔵庫奥の人通口 (ハッチ) から、機動捜査隊員と鑑識課員が忙しく出入りしていました。

奥寺の姿を目敏く見つけた玲子が声を掛けると、「ああっ!黒木さん、いや黒木警部、それに白河刑事、早いですね。」

「偶々近くに居たからね、貴方が指揮してるの?」

ヘアキャップの上からヘルメットを被り、シューズカバーを履いて両手に白手袋を着け人通口のタラップを降ります。

天井のLEDランプに照らされた広大な床下空間は宛ら要塞のようで、巨大な鉄骨梁と打放しコンクリートに囲まれ閉鎖された内気に、白く輝く塵がゆったりと漂っていました。

等間隔で並ぶ複雑な免震装置の間、コンクリートの床に白くマーキングされた人型の中に、大量の血痕が拡がっています。

捜査一課の刑事達も次々到着して床下の空間は騒然となります。

「被害者は?」

「検視の後、先程救急車で搬送されました。」

若い機捜隊員のひとりが手帳を見ながら答えます、「内藤俊介、42歳。当博物館の警備責任者です。バルコニーに出る鉄扉のノブに、血痕が付着していました。錠が外部から壊されていますので、被疑者はバルコニーから侵入し逃走したんだと思います。」

検視を担当した鑑識課の検視官が、搬送を見送って再び免震層に降りてきました。 

「刺創は左脇腹から斜め上に貫入した一か所のみ、流血を伴う外傷は他になし、手掌部と肘部に軽度の擦過傷、左胸部に自傷扼痕、顔面及び四肢末梢部に強いチアノーゼ、頸部に索条痕・扼痕等なし。口腔内に少量の吐瀉物が残留、解剖を待たないと何とも言えんが、腹部大動脈を刺創が貫通している可能性がある、恐らく失血性ショック死だ、死後6時間ってところだろう。」

検視官が玲子の顔を見ながら説明します。

「凶器は?」

「刺入口の形状からして、錐やアイスピックのような先端が尖った刃物だ、ナイフのような扁平なものではない・・・。」

鑑識課員のひとりが透明なジップ袋の中の、血の付着した長いドライバーを示します。

「―――それの可能性が強いな。」

奥寺が免震装置の上の、何やら複雑な装置を一心に観察しています。

笑子が近づくと、「今、施設担当の職員を呼んでもらってる。レーザーを使った何かのセンサーだと思うんだが、今まで見た事がないよ。」

免震装置の上に乗る鉄骨柱の下端に取り付けられた、リング状の装置から、斜め向かいの柱の同様な装置に向けて、4方向に紅いレーザー光が水平に走っています。柱を頂点とした鉄骨梁で囲われた四角形の対角線を、丁度たすき掛けにレーザーが結んでいる様子です。

鉄骨梁の側面には、所々一抱えもありそうな樹脂製のユニットが、真新しい金属ベルトで固定されています。

駆けつけた施設担当の前で装置を指差すと、「それは、竣工時に九州大学の構造工学研究所が取り付けた、光学加速度センサーです。20年前の竣工時、この規模の免震装置は日本の何処にもなかったものですから、研究目的での設置要請を受けました。確か免震層全体で、81個のセンサーが設置されている筈です。メンテナンスも全て九大が委託した業者がやっています。そう云えば、昨夜も蓄電池か何かの設置で明け方まで作業していた筈ですが・・・ああっ、その大きな樹脂製のユニットがそれだと思います。」 


免震層の床下から事務エリアに移動して、警備スタッフの話を訊きます。

「通報されたのはあなたですね、昨夜からの経緯を説明してください。」

警備事務所で待機していた、紺の制服の若い警備主任が答えます。

「―――昨夜は閉館後、九大のメンテナンス業者が入って、大容量バッテリーの搬入設置作業が明け方まで続きました。大型の機材でしたので、収蔵庫の人通口では対応できなくて、外部バルコニーにある鉄扉を開放し搬入して貰いました。朝7時過ぎに、業者の担当者が作業完了の報告に来ましたので、内藤課長と私とで、現場を確認しに免震層に降りたんです。全部で9台のバッテリーユニットを搬入後、鉄骨梁の側面に固定し、センサー及び配電盤との配線を完了したと説明を受けました。搬入口の施錠や、他に異常がないのを確認して、事務所に戻ってきたのが、8時前です。当直が終わって交替スタッフに業務引き継ぎ後、気になることがあるから先に帰るよう課長から言われたんです。―――ええ、自宅が近いものですから何時も一緒に通っています。15時前になって課長のご自宅から、まだ帰らない旨TELが有りました。何か嫌な予感がしたので、博物館に引き返し、当直スタッフと館内隈なく探したんです、そしたら・・・。」

「気になるって何の事かしら?メンテナンス業者の作業員の人数は?」

「―――4人です、課長がその内の一人に見覚えがあるんだが、どうしても思い出せないって・・・。当直スタッフの話では、私が帰宅した後、2時間程パソコンで作業していたが、急に立ち上がって部屋から出て行ったまま帰ってこなかったので、帰宅したもんだと思ったようです。」

「他に、何か変わったことは?」

「課長の机の上に、走書きのメモが置いてありましてね・・・。」

机上に置かれた付箋を兼ねたメモ帳の最初のページに、“春日アメと書かれた一枚が残っていました。

 

翌日、警備主任の話の裏を取るため、九大構造工学研究所を訪れます。

対応に現れた中年の研究員は、免震技術研究室の准教授で、九州国立博物館担当と自己紹介しました。

「あの装置そのものは単純な仕組みで、レーザーの位相の変化から、加速度の方向と大きさを割り出します。館内に設置したストレージにデーターを保存すると同時に、インターネット経由で広く公開しています。床版があれだけ大きいと、地震時に床一体で動く訳じゃなくて、場所によって加速度の微妙な差があるものですから、いくら免震構造でも、床版に大きな面内応力が生じます。それを計測して合理的な免震構造の設計に資する為の、研究です。」

「20年前から、ずっとあの装置で?」

「いえ、3年前に全て新しいものに取り換えました。電源は博物館の設備を使わさせて頂いているのですが、予期せぬ停電等に耐えられるよう、各装置各々にバッテリーを備えたものとしました。ただ、これが曲者でした・・・。」

「―――と仰いますと?」

「異常放電して熱を持ったり、全く充電できなかったり・・・委託先のメンテナンス業者のスタッフに、バッテリーに詳しい人間がいまして、大型大容量のもの数個にまとめた方が、安定するって事でしたので・・・。」

「最後に、“春日アメ” と云う言葉にご記憶は?」笑子が確認します。

「何のことでしょう・・・新しいキャンディーですか?」

 

九大が委託した、メンテナンス業者は糸島市の国道沿いにありました。

バッテリーユニットを取り付けた作業員4名に面会を求めると、「ひとり、体調を崩して欠勤しています。昨日の朝、作業を終えて帰るまでは元気だったんですが、ゲートを抜けた辺りで蒼い顔して吐き気がするって云い始めて・・・。」

「―――それで?」

「糸島までとても持たないから、近くで降ろしてくれって・・・結局、ゲートから5分程にあったクリニックに、無理云って診て貰うことにしました。」

「―――付き添われた?」

「いえ、心配しないでいいから先に帰れと云うもんですから、徹夜で3人とも酷く疲れていたこともあって・・・。」

「その人の名前は?」

「―――松岡健治っていいます。電気にやたら強くて、九大の先生に今度の大型バッテリーを勧めたのも彼です。本当は他の現場の担当なんですが、一昨日は複雑な電気の配線作業があったものですから、応援に来て貰ってました。秋の長雨の影響で特別展の展示物搬入が遅れ、当社の作業も何度も延期になりました。博物館近くの、彼の実家の農業倉庫に予めバッテリーを保管させて貰ってたのが幸いして、一晩で作業を終えることが出来ました。」

春日アメに関しては、九大の准教授と同じ反応でした。

コピーして貰った履歴書から、松岡作業員のアパートを訪ねます。 


今宿にある現住所のアパートに、松岡作業員は不在でした。

ドアのポストから郵便物が溢れ、不審に思って隣の住人に事情を訊くと、もう一週間以上見かけないとのこと。

「―――変ねえ、何処から糸島の会社に通ってたのかしら?」

「どうします、本部に戻りますか?」

笑子が確認すると、「博物館近くのクリニックに行ってみましょ、それとわるいけどメンテナンス業者にもう一度TELして、松岡作業員の実家の倉庫の場所を訊いてみて。」

 

「それが変なんですよ。顔色が悪くて血圧も低いから、処置室のベッドで休んでもらって点滴の準備してたら、急用思い出したって、ドクターに挨拶もせずに名刺と五千円置いて出て行ったんですよ。」

淡いブルーのナース服を着けた若い看護師から、クリニックの通用口の前で話を訊きます。

「ドクターは何て仰ってるんですか?」

「患者の個人情報だから、令状が無い間は、何も話すなって云われてますけど・・・。」

「其処を何とか・・・ご迷惑掛けませんので。」

「慢性の心臓疾患があるんじゃないかって・・・心電図から。」

 

松岡作業員の農業倉庫は、天満宮から北西の方向、連歌屋の丘の中腹にありました。朽ちかけた木造小屋を想像していましたが、わりと新しいプレハブ倉庫で、住宅団地の外れに建っています。

軽ワゴンが横付けされ、隅には洗濯物がロープに干されていました。

「さっきのTELでは、3年前に実家が農業やめてから誰も使ってないって訊いてたようなんですけど・・・。」

「―――生活感があるわね、裏のドア開いてるみたいよ。」

シャッターが閉じられた正面から裏に廻り、開いたドアから中に入ります。

「きっと此処から、糸島の会社に通っていたのね。」

床に転がったカップ麺の容器や、空のペットボトルを避けながら奥に進みます。

一段上がった床の上に寝具一式敷かれたままになっていて、不自然な形を拡げてみると小柄でがっしりした青年の体が横たわっていました。

履歴書の顔写真の男性、松岡健治の遺体に違いありません。

 

「心臓が悪かったのか?病死だな、死後6時間ってところだ・・・。」

昨日と同じ検視官が、救急車を見送りながら呟きます。

鑑識スタッフを指揮する奥寺が、黒い樹脂製の小さなキューブを持って倉庫から出てきます。

「あの仏さんが、博物館のバッテリー設置作業を担当してたんですか?」

「―――何?そのキューブ?」

リチウムイオンポリマーセル (単電池) です、仏さんが亡くなっていた床下から、ゴロゴロ出てきました。」

「博物館に取り付けたバッテリーユニットに入ってた電池?」

「バッテリーモジュールの替わりに何を入れたんだろう?」

その時、倉庫から若い鑑識官がジップ袋に入った小さなUSBメモリーを持って出てきました。

奥寺が自分のiPadに繋いで読み込むと、「いかん大変だ!直ぐ九大にTELして、バッテリーモジュールの捜査許可を取れ!全員、博物館に戻るぞ!」 

 

次の朝、博多区東公園の福岡県警本部大会議室です。

刑事部及び警備部のスタッフ全員に招集が掛かり、緊急捜査会議が開かれています。

「早朝に集まってもらったのは外でもない、九州国立博物館に展示中の国宝が、人質に取られた!」

県警本部長が口火を切ります。

「担当の鑑識主任から説明を受ける、当面の最重要案件になるから、留意して訊くように。」

緊張した様子で奥寺が立ち上がります。

「博物館の床下、免震層の鉄骨梁にペンスリット (高性能爆薬) を仕掛けられました。被疑者は松岡健治、昨日午前9時頃に持病の心不全で病死しています。」

「松岡は三日前、九大が設置した光学加速度センサーのバッテリー設置作業の為に、博物館の免震層に入っています。作業に先立って、松岡の親族所有の倉庫で、当該バッテリーユニットが一時保管されていました。恐らく倉庫の中で、松岡によってユニットの中のバッテリーモジュールとペンスリットが、すり替えられたものと考えられます。」

「倉庫の床下から採取したUSBメモリーの中に、“国立文化財機構” 宛ての脅迫文があった、国宝を爆破して欲しくなければ、香港とパナマの匿名口座に計一億ドルを振り込めという内容のものだった。」

刑事部長の佐藤が、話を付け加えます。

「早急に国宝を搬出して貰わないと・・・。電源を落として、バッテリーユニットを取り外せないんですか!」

後方から若い刑事の声が上がります。


「ユニットのカバーを開けて中を確認したところ、全てがペンスリットにすり替えられた訳ではなくて、バッテリーモジュールを一部残しています。つまり電源を落としても自律して起爆できるシステムのようです。脅迫文のUSBメモリーの中に、システムのアーキティクチャ― (構成) が記載されていて、それによると主たる起爆シークエンスは九大が設置した加速度センサーのデーターパターンに依ります。」

「どういう事ですか?」

「開館以来20年間の加速度センサーのデーターは、インターネットで公開されています。そのファイルをダウンロードしたストレージが、9個のユニット全てに実装されています。通常開館日の観客の歩行による加速度パターン、特別展の場合の加速度パターン、閉館日の加速度パターン、夜間のパターン等々、それらストレージに存在する過去のデーターと、リアルタイムの加速度パターンを常時照合しているようで、もしストレージに存在しないパターンで免震層が揺れた場合、起爆装置が作動する仕組みです。」

「―――そしてダウンロードファイルから意図的に削除されたパターンが、展示品の搬入・搬出時のパターンです。」

「成る程!つまり現在展示中の国宝を外部に搬出しようとした途端、爆破されるということですね。」

「バッテリーユニットを無理に取り外した場合も、加速度センサーが働きますので、起爆されると考えます。」

場内が水を打ったように静まり返ります。

「―――時限爆弾、ということでは無いんだな。時間はある程度自由に使える訳だ・・・。」

刑事部長が、ぼそりと呟きます。

「ダウンロードファイルのデーターは時間と連動してますので、正確にその曜日の免震層の加速度パターンを再現しなくてはなりません。つまり、博物館のスケジュールに従い、ウイークデーの加速度パターン、土日繁忙日の加速度パターン、特別展終盤の駆け込み集中日のパターンを、人員を動員して実際に展示場内を歩かせて・・・。」

「普通に開館してお客さんに入って貰えばいいじゃないですか、修復エリアや事務エリヤも通常通り職員に働いて貰って・・・。」

若い刑事の声に呆れた様子で、「爆発物の上を民間人に歩かす訳にいかんだろ!保安距離以内は、当然立ち入り禁止だ!」

刑事部長が大声を上げます。

「―――機械で再現できんのか!」本部長も声を荒げます。

「そのような起振装置もあるにはありますが、場内に搬入するだけで、ユニットが起爆します。」

「いくら人を集めたって、歩き回るのを正確に再現できんぞ。歩き方の個性もあるだろうし・・・。」

「システムは近似解アルゴリズムの適用で、ある程度数値のばらつきを許容しています。その曜日の予想入館者数に対応した、人員さえ集められれば・・・。」

本部長が立ち上がります。

「県警のスタッフを総動員する、足らん場合は県内の自衛隊に協力を求める。公僕の職責に鑑みて全員覚悟を固めるように!」

 

会議後の刑事部屋です、カップルの隣の椅子に、奥寺がぐったりした様子で腰を下ろしています。

「奥寺君、昨夜徹夜だったんでしょ。無理もないわよね・・・。」

玲子が優しい目で尋ねます。

「何とか、システム解除できないか色々やってみたんですが、駄目でした。かなり長い時間かけてアーキティクチャ―を組んでるようで、解除するには、恐らく同じ時間が掛かるんでしょう。」

「もし、匿名口座に1億ドルが振り込まれたら、松岡はどうやって解除する積りだったのかしら?」

「起爆解除コードがあるようです、複雑な数字の組み合わせだと思うんですが、脅迫文のUSBメモリーには記載されていません。それより黒木警部、松岡と内藤警備課長の関係は分かったんですか? “春日アメ” って云うのは?」

「春日アメに関しては全くダメ、主要な製菓業者、製糖業者に確認してもそんな名前の飴は存在しないって、通称名でも訊いたことが無いって云うから、飴じゃないのかも知れない。笑ちゃん、松岡の経歴については?」

慌てて自分のシステム手帳を出しながら、「メンテナンス業者に提出された履歴書は、ほゞ正確な内容です。ただひとつ欠損した経歴がありまして・・・。」

「―――何なの?」

「手投げ弾製造で執行猶予2年の前科があります。」

「それは?」

「学生時代、春日市の陸上自衛隊駐屯地でアルバイトをしていた時期に、知り合った自衛官から作り方を教えられて、面白半分で作ったようです。」

「―――アルバイトは何してたの?」

「駐屯地内の売店の、販売員です。」



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