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六.むせきにん

 ――――どうしたもんかな。

 木曜日の昼休み、いつものように日替わり定食を頼み、私は後輩を待っていた。

 いつか こんな日が来るとは 思っていた。
 そうなりそうだ とも 思っていた。

「大塚さん」
 見上げると、黒髪の生徒会長がお盆を抱えて立っていた。




 今日の彼女のメニューは親子丼だった。この人は丼ものしか頼まないのか? 意外というか、何というか。

「小説、見た?」

 彼女は「見た?」と聞いてきた。「読んだ?」ではなく。
 きっと彼女も分かっているのだろう、黙って頷く。

「上野さんとはもう話した?」
「いんや、これからだ」
「そう……彼女はどう思っているのかしらね」
「悪いな、アンタも巻き込んじゃって」

 自分から首をつっこんできた上野とちがい、彼女は本来こんな作品とは関わらなくてよかったはずなんだ。

 そこにノーテンキな声が響く。
「あー! カイチョーだ! 1週間ぶりっす! 相変わらずおキレイで」
 ニヘニヘ笑う上野。
 それを見て少し安心したのか、生徒会長は「じゃあ」と他の生徒会メンバーが集まっているテーブルへと向かう。

「オマエ、あの生徒会長にもフツーに話しかけられるのすげーな」
「そうっすか? 美人だし、やさしいし、何言ってもイヤな顔しないし、1年生の間では人気の先輩っすよ」

 私は……少し、怖い。
 同じクラスになったりしたことはないが、あの堂々とした立ち振る舞い、達観したような物言いは、同い年の身としては委縮してしまうのだ。

 生まれてこの方、たった一人の友達もいない私と。
 学校中から愛されて生徒会長になった彼女―――

 私にとって近寄りがたい存在に思えるのは、そういう理由もあるのかも知れない。


「そんなことより小説っすよ! センパイ!!

 しまった。話を上手くそらしたつもりだったが、そうはいかんかったか。

「続きがアップロードされていないってどういうことっすか!」

 ◇

 やむなしレイという作者は、毎週水曜日の夜に最新話を公開していた。だから、私は毎週木曜日にここでそれを読んでいたのだ。だが、今週はまだ最新話が公開されていない。

「きっと、忙しくて間に合わなかったとか、体調を崩したとかだよ」

 そう言ってみたが、これは出まかせだ。多分そうではない。
 こうなる予兆はあった。それが分かっていたのに私は何もしなかった。私にとってインターネットは、誰ともつながらない場所だから。

「ちがうっすよ、センパイ! これを見てください!」
 上野がこちらに向けたスマホにはTwitterが映ってる。これは、まさか……






「そうっす!作者のTwitterアカウントっす!この一週間の作者の動向を探ってみやしたが、アニメの実況とかゲームの生配信とかしてるんすよ! むっちゃヒマそーじゃないっすか!」

 確かに、見てみたら昨晩も古いゲームの生配信をしていたみたいだ。ゲームしてるヒマがあるなら小説を書いてほしいというのは、読者としてはまっとうな意見のように思える。だが……

「サボってんすよ! サボリ! 許せないっすよ!
 こちとら続きが気になって仕方ないのに!」

 オマエだって授業をサボってスマホで小説読んでるじゃねーかよとは思ったが、それは黙っておく。うーん、どう説明したら良いものか。

「上野……おとなしく聞いてくれ」
「はい?」
「何週間か前のオマエが言ったように、投稿サイトの小説というのはアマチュアが書いている。これでお金を稼いでいるというワケじゃない」
「そうっすねー。だから、あっし達が無料で楽しめるんすもんね」
「趣味の延長というか、楽しいからやっていけるというだけだ」
「っすね。あっしも漫研だから言っているイミは分かるっす」

 え? オマエ、漫研なの?
 「漫才研究会」じゃなくて? 「漫画研究会」なの?

 確かに、“ノックスの十戒”とか知っていたし、マニアックなところはあったが……

「漫研なのに『浦島太郎』も読んだことないの……?」
「あー、センパイ! そういう発言は良くないっすよ。世の中にはごまんと作品があるんだから、どんな有名作品にもまだ読んだことがない人がいるもんすよ! それをたまたま先に読んでたからって、みんなが読んでて当然みたいに思うのはゴーマンっすよ!」

 確かに私も『ポケモン』やったことないが、『浦島太郎』をそういうのと同列に語るのはどうかと思うぞ。

「まぁ、イイや。その話は。
 要は、作者がただやる気だから続けているだけってことな」
「ふむふむ、それで?」
「だから、作者のやる気がなくなったとたん、途中で更新が止まったりするのが投稿小説なんだよ」

 ……

 ………


 …………



「え~~~~~~!!!!!!!!?」

 人がギュウギュウ詰めの学食で叫ばないでほしい。ほら、周りが一斉にこっちを向いた。

「作品を完結させないままぶん投げて、やる気がなくなったからもうやめます、なんて……そんなこと許されるんすか!?

 まぁ、怒るのもムリはない。

「読者は、物語の結末を知らないままずっと悶々としなきゃいけないって言うんすか!?

 こんな風に怒り出すことが想像できたから、生徒会長は心配していたのだろう。

「それじゃあ、誰が浦島さんを殺したかずっと分からないってことじゃないっすか!」

 それは……うん、ごめん。
 恐らくオマエ以外の日本人は全員、真相が分かってる。

「なんでセンパイはそんな冷静なんすか!
 あっしより先に、この小説を読んでたじゃないっすか。途中でやめられたら、腹立たないんすか!?
「こんなこと、しょっちゅうあることなんだよ……」

 もう慣れてしまった。
 作者が飽きて途中で止まった物語達、「リアルが忙しくなったのでやめます」とインターネット上から去っていく人達、時代に合わなくなったと閉鎖していくサイト達。

 いや、これはインターネットだからとか、アマチュアだからとかに限った話ではない。好きな雑誌が廃刊になったり、好きな俳優が引退したりして、ショックを受けたことは一度や二度ではなかった。しかし、それに文句を言う資格は私にはない。待つことしかしてこなかった私には―――

「上野、オマエ……一度でもこの作者に『面白かった』みたいな感想送ったか?」
「ないっすよ」
「そういう応援がなかったら、こんなこときっと続けられないんだよ」

 たかが趣味だ。お金になるワケではない。
 読んでくれる人の反応がなければこんなことは続かない。
「でも……そこまで面白くなかったしー」と、上野は口を尖らせる。

 

 ……
 ………

 

 ………え?

 

「オマエ、さっきまで『続きが気になって仕方ない』とか言ってなかったか!? 面白くなかったのかよ!」
「『面白い』と『続きが気になる』は別じゃないっすか。面白くはないけど、最後どうなるのかは気になる、みたいな」
 まぁ、それは分からなくはないけど。


「センパイこそ、感想を送ったりしたんすか?」
「まさか。学校にすら友達が一人もいない私がそんなことすると思うか?」
「威張らないでほしいっす。でも、やっぱりセンパイがそんなにショックを受けていないのが気になるんすけど……」

 そこまで言って上野は、ハッと何かに気付いたかのようなリアクションをとる。

「まさか、やむなしレイの正体って……!」
「私じゃないぞ。そんなベタなオチがあるか。私の兄貴とか父親とかイトコとかストーカーしている相手とかでもない。この話は『誰が作者なのか』の正体を推理する話じゃねえんだよ」
「そこで“友達”って単語が出てこないのがセンパイらしくてイイっすね」

 そうやって力なく笑う。
 コイツ、本当にショックだったんだな……

「私は今、読んでいるネット小説が10本あるからさー」
「そんなに!」
「だから、1本くらい途中で終わっても気にならない」
「ヒドイっす!!

 突然終わりを告げてしまうインターネットコンテンツなので、いつ終わってもイイように好きなものをたくさん持っておこうというのが私のスタイルだ。そうしてどれか一つを熱烈に応援するワケでもないので、それが原因で終わってしまうのかも知れないが……

 あっしには1本中1本だったのにーとウダウダ言いながら上野はチャーハンをかっこむ。そこで、ふと決心したようにこっちを向く。

「センパイ! 今日の放課後、時間をくださいっす」

 なんだ……?
 この関係は、毎週木曜日に学食のテーブルをシェアするだけの仲じゃなかったのか。

「責任とってもらうっす! もし拒否すんなら、センパイのクラスメイト達に『あの人、クールぶってるけど実はみんなと仲良くしたくて、みんなから話しかけられるのを待ってるんだぜ』ってウワサを流すっすよ」

 やめて。
 マジで。それだけは。よくもそんな残酷な仕打ちを思いつくもんだ。

「分かったよ。んで、何をすんの?」
「連絡をとるんすよ」
「連絡…? 誰に…?」
「決まってんじゃないっすか。この小説の作者、やむなしレイに続きを書けって言ってやるんすよ」


  to be continued...


この本の内容は以上です。


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